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2017.01.22
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カテゴリ: 探訪 [再録]

                                                                                    [探訪時期 2015年2月]
前回ご紹介した縣神社西側のあがた通りの向かい側には、「松阪屋嘉八本店」「堀井七茗園」という宇治茶の老舗がすぐ目の前にあります。
一方、「大幣殿」から平等院の方向に歩道を歩むと、左手に見えるのが、冒頭の雰囲気のよい門構えの邸です。



門の手前には、地蔵堂と思える小祠と源氏塀の前に石灯籠が配されています。

門を過ぎると蔵があり、そこに 「芳春園」の看板 が立っています。お店は通りの向かい側(南側)です。


芳春園の看板のある蔵からほんの少し先に進むと、門と白壁の築地塀が続く一画です。 門柱には「浄土院」の表札 が掛けられています。 門を通り過ぎ築地塀の東端側から眺めると

門が開いていましたので、入口付近を少し拝見しました。入口傍で側面の庭の手入れをされている人を見かけました。普段も昼間は開いているのかどうかは未詳です。
お尋ねすると、 浄土院の建物そのものには、平等院の境内からアクセスできる のだとか。
ここは裏手の門にあたるようです。門のすぐ内側、通路脇の庭だけ少し拝見しましたが、ここだけでもなかなかいい作庭です。

築地塀のすぐ内側の細長い庭が竹林になっていて、石灯籠が配されています。

ここに 織部灯籠が 置かれていたのです。このタイプの灯籠は、時折みかけるだけなので、ちょっとうれしかった・・・・。

織部灯籠に続く石組み

築地塀沿いの一番奥、東端部分の庭。通路は直角に左折しています。


こちら側の築地塀に沿って、庭が作られています。

この静かな雰囲気の空間が素敵です。

白い築地塀の先には、このかなりの高さの生け垣が歩道沿いにつづきます。
右の写真は、東端近くから西を眺めた景色。




生け垣が切れたところで、 道路からみてぐっと切り込んだ広場となるこんな空間がぽっかりと広がる のです。北面すると生け垣の上に高く格子状に組み込まれた垣根。東側には竹垣の上にさらに高い生け垣で構成される空間です。
 こちらが 平等院の南門 です。
観光バスなどの駐車場に近い側からの 平等院へのエントランス になります。南門を入ると、「平等院ミュージアム鳳翔館」が一番近い見どころです。
位置関係は、 「平等院マップ」 (平等院のホームページ) こちらからご覧ください。

南門の前の広場スペースを横に見ながら、宇治川の方向に近づいて行きます。すると、

こんな基壇があります。

「平等院多宝塔跡(復元基壇)」 でした。長年宇治に暮らしていますが、この復元基壇の存在は知りませんでした。意識して見るということをしないために、すぐ近くを通っていても、いままで見過ごしていたのでしょう。

以下が説明板に記載の内容です。
「かつて平等院には鳳凰堂以外に多くの堂塔が建てられていましたが、その大半は廃れ、場所すら不明となっています。この多宝塔跡は、平成6年の発掘によって発見され、同じ場所に鳳凰堂の基壇を参考に復元したものです。
 平等院に塔が建てられたのは、鳳凰堂建立の8年後(1061)で、建立者は藤原頼通の娘の寬子です。文献には多宝塔と記されていますが、発掘成果からは珍しい単層の塔(宝塔)の可能性が指摘されています。
 いずれにしろ、当時の平等院をうかがう、貴重な遺跡の一つです。」(京都府宇治土木事務所・宇治市教育委員会)

この基壇を見た後、宇治川畔の堤防を歩き、平等院の周辺を周り込みます。

以下、再録にあたり文を過去形に修正して残します。 ***ココカラ***
宇治川はこの探訪の時には「塔の島地区河川改修」が継続されていました。 (資料1)
塔の島の桜並木の西側は伐採されてしまい、見る影もない状態になった のです。「市民がまったく知らないうちに乱暴に大量伐採される事件が起こりました」 (資料2) という形のスタートで、当時は大変物議を醸しました。宇治川の洪水問題を考えると対策の必要性と言う点を看過できないのも事実です。しかし、課題を残す工事でした。昨年2016年に工事は完了しています。 記録写真として残しておきたい所存 です。
横道にそれました。現地はこんな景観でした。

十三重塔のある塔の島に架かる橋の下流側で堰き止められていました。

塔の島と橘島を繋ぐ橋が架かる下流側で堰き止められていたのです。その下流側の橘島西側が島の先端まで、左の写真の状況で工事が進行しました。
宇治橋の上から眺めても、当時は宇治川の美しい景観が一部損なわれていました。その時に観光にこられた人々には、少し残念だったことでしょう。  ***ココマデ***

さて、西岸の川沿い道路から平等院の外周に位置する堤防上の散策路を歩みます。

            散策路の、ある地点からの平等院鳳凰堂の眺め

真正面から見た鳳凰堂の姿は、 平等院のホームページのトップページをご覧になると、美しい姿が見られます。こちらからごらんください。
この写真をご覧になれば、後はもう現地でご自分の目でご覧になりたくなるでしょう・・・・。

木の葉の間から見える屋根上の鳳凰に焦点を絞り、デジカメのズームアップをすると、こんな感じで撮れました。

「鳳凰」は、「中国で古くから尊ばれた想像上の鳥。仁君の聖政にあたって姿を現すと伝えられる」(日本語大辞典・講談社)という瑞鳥です。百科事典には、「空想上の鳥の名。古来中国で麒麟,亀,竜とともに四瑞として尊ばれた。嘴は鶏,顎はつばめ,背中が亀,尾は魚,首はへび,前部が麒麟,後部がしかに似て,聖徳の天子の兆しとして出現すると伝えられる。」 (資料3) と説明されています。





もう一つのロケーションからの眺め 。垣間見という感じ・・・・で





堤防上の散策路から外れて、築地塀を周り込みます。
               塀脇に 「飛雲」(小村千晶作) という彫刻が置かれています。

そして、 平等院表参道の傍にある「源氏絵」
これは宇治市源氏物語ミュージアム所蔵の 「源氏絵鑑帖」(伝土佐光則筆)からの二帖 です。左が「巻五十三 手習」、右が「巻五十四 夢浮橋」の場面です。


ここが 平等院への入口 になります。写真の右手奥が宇治橋から表参道を歩いてくるときの道です。私は堤防上の散策路から左折してこの前に出て来たことになります。


看板のところを入ると、右前方に「世界遺産『古都京都の文化財』」の銘板碑があります。また左側には、宇治の史跡紹介があります。



参道を進むと、

                平等院の表門です。

平等院は現在、既存のどの宗派にも属さない単立寺院となっています。そして、浄土宗の浄土院と天台宗系の最勝院の両寺により管理されています。この二寺が平等院の塔頭です。最勝院もまた単立寺院だそうです。 (資料4)

つづく

参照資料
1) 「塔の島地区河川改修について」  国土交通省 近畿地方整備局 淀川河川事務所
2) 宇治・塔の島問題とは  :「塔の島を守る会ブログ」  
3) 鳳凰  :「コトバンク」
4) Q&A   :「平等院」

【 付記 】 
「遊心六中記」としてブログを開設した「イオ ブログ(eo blog)」の閉鎖告知を受けました。探訪記録を中心に折々に作成当時の内容でこちらに再録していきたいと思います。ある日、ある場所を訪れたときの記録です。私の記憶の引き出しを兼ねてのご紹介です。少しはお役に立つかも・・・・・。ご関心があれば、ご一読いただけるとうれしいです。

補遺
松阪屋嘉八本店  ホームページ
堀井七茗園  、ホームページ
(名)芳春園岩井勘造商店  :「京都府茶協同組合」

平等院  日本語版ホームページ
Byodoin Temple  Homepage
鳳凰   :ウィキペディア
源氏物語の世界  :「宇治市源氏物語ミュージアム」

宇治川サクラプロジェクトについて   :「宇治市観光協会」
塔の島地区の河川改修について   :「国土交通省 淀川河川事務所」

     ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


スポット探訪 [再録] 宇治を歩く 善法・妙楽周辺 -1 善法寺・学校創立碑 ・「山宣」の墓 へ
スポット探訪 [再録] 宇治を歩く 蓮華周辺 -2 縣(あがた)神社 へ





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Last updated  2017.01.22 11:38:47
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