遊心六中記

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2025.05.11
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カテゴリ: 探訪




いよいよ、 醍醐寺聖天堂秘仏初公開のエリアに向かいます
表書院から、 「純浄館」 と称する建物の回縁を左に回り込み、本堂に繋がる廊下に進みます。
聖天堂は本堂の西側に位置しています。

廊下の途中に 「醍醐寺聖天堂」 に向かう廊下があり、 最初にこのお堂を拝観 しました。

聖天堂に進む廊下の入口に、案内掲示が掲げてありました。
拝観手続きの際に案内説明文をいただきました。

宝形造りの屋根のお堂 の正面入口のところに 唐破風の屋根 が設けてあります。
聖天堂とはその名の通り、大聖歓喜天(聖天)を祀るお堂 です。
今回の初公開にあたり、大聖歓喜天像は本堂の一画に初公開の場所が設定されていて、そちらで拝観する形でした。

その前段として、 聖天堂内を拝見 し、その場で唱導に合わせて真言を唱えた後で、説明を拝聴しました。
堂内はせいぜい数人が入れる広さです。


唐破風の屋根の棟の正面の 鬼板には巾着の形が造形されて います。
巾着は大根、お酒とともにお供えされる油で揚げたお菓子 」を表しているそうです。
併せて、「聖天様のもたらすご利益の大きさも表しています」とのこと。

油で揚げたお菓子は 「清浄歓喜団」 という名称で知られています。 京都の亀屋清永さん がこの和菓子処です。奈良時代に伝わった唐菓子のの一種「団喜」です。 (資料1)

「鶏羅山(ケイラセン)」と彫られた額 が掲げられています。これは聖天様が住んでいるヒマラヤ山脈のカイラス山をあらわすそうです。

醍醐三宝院の聖天堂では、毎朝午前3時から、聖天行者が聖天様に油を注いで供養する秘法(浴油法)が行われている そうです。


純浄観の東側面の向こうに、池の 土橋 が見えます。





   本堂の南面の回縁からの庭の眺め

純浄観の東側面


本堂に入る前に、 回縁の北側 を眺めました。
五社明神の西側に 「拝殿」​ があります。 三宝院境内の北東隅には 「五社明神」​ が祀ってあります。


ふり返ると、 本堂は正面が西向き で、 向拝と屋根を支える柱、本堂と純浄観をつなぐ廊下の屋根、純浄観の入母屋造檜皮葺の屋根 が見えます。

 頭貫の上の 蟇股


    向拝の正面から見上げた 蟇股と本堂の棰

本堂内は撮影禁止です。
本尊は快慶作の弥勒菩薩像 本尊に向って右に宗祖・弘法大師(空海)像、左に開祖・理源大師(聖宝)像が安置されています 。本堂は 弥勒堂 とも呼ばれています。
本尊の弥勒菩薩坐像は建久3年(1192)、勝賢僧正が後白河上皇追善のため造立したもので、像内に銘文が残されているそうです。 (リーフレットより)

堂内に入ると30人近くの人が正面の外陣に坐って案内係の人の説明を聞いています。その列に続いて坐りました。しばらくして様子が掴めました。
本堂内の北東隅の一画を臨時に秘仏聖天(歓喜天)初公開の場所に設定されていて、一度に5人ずつが拝観できるという形でした。 待機時間がけっこうありました。

拝観した 大聖歓喜天像 は、印象では高さ16cm位の感じ。 頭が象で人の身体をした2体が抱擁する姿の双身像です。
拝観できたのは江戸時代に造像の聖天さん。三宝院は醍醐寺座主の居住する本坊となっています。私の聞き間違いでなければ、座主それぞれの聖天さんが祀られてきているとの話でした。

御蔵山聖天さんの記事を書いた時に載せた 図像の事例 を引用し聖天さんをご紹介しましょう。 (資料2)


本堂を出た後は、純浄観の回縁を引き返し、順路指示に従って、 奥宸殿に向かいます。



純浄観の回縁から眺めた奥宸殿の東面と池
この池は奥宸殿と聖天堂との間に位置します。
池に架けられた 木橋の向こう(北)に 茶室「松月亭」 が見えます。

奥宸殿の東側
奥宸殿の南東隅から眺めた 畳敷きの通路を兼ねた空間と回縁


奥宸殿の回縁から眺めた 純浄観の北面と池
純浄観は高床式になっていて、 建物の下を池が横切っています

松月亭
手前に躙り口 が見えます。茶室の屋根は檜皮葺きでしょうか。



「奥宸殿」(重要文化財)の内部 江戸時代の建築で書院造です。
醍醐寺座主の居住空間と言われています。
左側面に 武者隠し があります。床の左側に 違い棚 があります。違い棚は背後の壁面から少し手前にあるようです。 「醍醐棚」 と呼ばれ、 「天下の三大名棚」 と称されているそうです。 (リーフレットより)
違い棚の上部に 天袋 が設けてあります。

床 

床の右側に 付書院 があり、ここの窓は 花頭窓の形で腰障子 が使われています。


付書院の箇所の外側の眺め





書院造の間の続きにある部屋です。

奥宸殿を拝見して、三宝院見学の順路は終わります。


三宝院の門を出て、 唐門の表側 を改めて眺めてみました。


東をみれば、桜馬場の両側の桜の木々の先に 西大門(仁王門)の屋根 が見え、その向こうに 笠取山 が見えます。 笠取山の山頂にあるのが上醍醐寺 です。
874年(貞観16)に笠取山の山頂に如意輪・准帝胝両観音を安置する堂宇を建て、聖宝(理源大師)が創建 したのが醍醐寺の始まりです。上醍醐が出発点でした。上醍醐は907年に醍醐天皇の勅願寺になりました。 
理源大師の門弟の 観賢が初代の座主となり、下醍醐寺の造営が始まります
五重塔が落成したのは、952年(天暦6) です。   (資料3)


西大門(仁王門)



リーフレットより
これで終わります。
ご覧いただきありがとうございます。


参照資料
*三宝院の案内図リーフレット(間取り図として上掲の資料)
1) ​ 千年菓子 ​  :「亀屋清永」
2) ​ 歓喜天 ​  :ウィキペディア
3) 『日本史大辞典 4』 平凡社 p493-494

補遺
世界遺産 京都 醍醐寺 ​  ホームページ
三宝院  ​  :ウィキペディア
伝統の技 ​  :「村上社寺工芸社」
檜皮葺・柿葺 ​  :「文化遺産オンライン」
書院造とは? ​  :「THE GATE」
書院造から生まれた文化 ​  :「NHK for School」

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Last updated  2025.05.11 18:04:55
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