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さて、今、元気にがんばっているテニス中年?Hであるが、15年くらい前にケガをした時のことをやはり書いておきたいと思う。 Hは大学時代のバンド仲間で、ドラマーだった。最初に一緒だったバンドからの3人で新しいバンドを作り、それが卒業後も私が続けるBUCK BEATにつながった。そこから数えると7年やったことになる。ついでだが卒業後はその二人はカタギの先生(高校教諭)になって故郷に帰っていった。だから4年間のバンド仲間。 そのHが故郷の高校教師生活の初めての冬、雪道でスリップして対向車線に飛び出した…と聞いた。地方の新聞に事故記事が載ったという情報が先だった。 無事かどうかを聞く前に「ああ、またか」と思った。実はその最初のバンドでは、ボーカルTが大学4年生の時(本人は2年生のままだったけど)に脳挫傷で死んでいた。Tとのことはそれだけでも長い話なのでここではふれないが、それもあって、「ああ、Hも死んだか…」と勝手に思ったので、「入院中」と聞いて、妙に安心してしまったのだ。 で、友人Oと先輩まっこい氏とお見舞いに行った。事故からしばらくたっていたと思う。本人たちは久しぶりに会って、旅行気分で宿泊して、翌日Hの病院に行った。 目の前のHの姿を見て、驚いた。車いすに乗って、その足が驚くほど細かった。そういうことに詳しくない当時の自分でもピンと来た。 本人から「脊髄損傷って言って、腰のあたりを強く打ったから下半身が動かなくなった。もう歩けないんだよ。」と自然に言われた。 ちなみに車は対向車線を飛び出して大破。その車を見た妹さんは、「生きてるなんて奇跡だ」と言ったそうだ。 生きてたことに感謝する気持ちともう歩けない現実と…いきなりつきつけられて困惑した。 感動しやすく熱いまっこい氏はその場で泣けたが、そのまっこい氏に冷酷と思われている(『北の国から』を見て泣かなかったからだが)私やOは感情を通り越して無反応だった。少ししてトイレで大便をしていたら泣けてきた。 「生きていたことに感謝しなきゃあ」とたぶんたくさんの人に言われたに違いない。でも目の前には『もう歩けない現実』がずっとあるのだ。友人Hは、楽観的で、いい加減で、人生何とかなると思っているタイプで、結構大ぼけで、本気になると結構やるヤツで、かなりHで…と愛すべきキャラなのだが、そのあいつでも悩んだんだろうなあというのを感じさせた。 今思えば、まだ通り越してないし、悩みのまっただ中かもしれなかったが、「医者が『失ったものを数えずに、残ったものを数えなさい』って言ったよ。」とか「人によっては、最初の1ヶ月で動かない足を刺して自殺するから注意が必要らしい」とかそんな話をして、「俺はもう大丈夫」というムードを出してくれた。 リハビリセンターも出て、自宅生活になってから、友人Hが恵まれていたのは、『労災』が完全に認められて、『障害年金』もキッチリ出たこと。当時の「飲酒運転、酒少しなら当たり前」の時代に、酒飲みの彼が、運良く、まったくのしらふで起こした事故だった。飲んでいたら、その手当の多くを棒に振っていたのだ。収入があるということはその後の生活、物心両面で大きかったろうと思う。 ちなみに、今現在も私の月収より遙かに多いのだから(笑)。 最初は、おっちゃんたちと健康麻雀ばかりやっていたり、パソコンいじったりしていたが、そのうち知り合いを通じて『テニス』と出会い、テニスを通じて、世界を広げていった…そうだ。ちなみに車いすバスケットにも誘われたが、激しい当たり合いに「とんでもない」と思ったそうな。 今の彼は、『自信を持って生きているけど、いばるような人生ではないと思っている』ような不思議なスタンスで、なんだかちょっとかっこいい。 当時、Hのけがのことで、自分の中では『障がい』ってものが、急に身近になった。 それまで、『障がいを持つ人』と関わる機会はあっても、『ともだち』になる機会はなかった。 ところが急に『ともだち』が『障がいを持つ人』になったので、するとあまりにもすんなりと受け止められた。大変だったんだろうなあ…でもあいつはあいつ、俺は俺…みたいに、変に同情もしないし、でも大事に思う気持ちもあるし…。 Sの自閉症という障がいを受け入れる時、あるいは「たぶん、自分の子は障がいを持つだろうなあ」という予感めいたことを感じていたのは、自分の中でそういう準備ができていたからかもしれない。 わかったような気になって、私が障がいを語れるのも、息子Sと友人Hのおかげである。 そして、まったく無断で、この事実を書き留めて、後ろ姿とはいえ見る人が見ればバレバレの写真を載せるのであった…。
2007/08/30
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飲み会で見たチェアテニス選手のみなさん、友人Hもそうだが、『タバコすいまくり』 『酒飲みまくり』 『しゃべりまくり』 『店のお姉さんやおばさんにつっこみまくり』……すごく勢いがある。 昼の大会中も『会話を楽しんでいるなあ』と感じる。試合を通じて、また新たな知り合いができて『つながっていく』…そういう感じのすてきな世界だ。 閉鎖的ではないのだが、試合会場ではさすがに選手のみなさんの輪には厚かましい私も入れなかった。うまくいえないのだが、『一人だけまだ自転車を買ってもらっていない少年』…というような感じで、車いすでない自分がちょっと引け目を感じてしまうのであった。 夜、偶然同じ店に入った他の県の人たちとも少しご一緒したのだが、やはり、吸う・飲む・しゃべる…すごい。もちろん飲み会だから昼とは違ってこちらもとっつきやすい。 それにしてもよく飲むし、ふと私が友人Hに「みんな、刹那的っていうか破滅的によく飲むねえ…」と言うと、 「他の病気とかの人もいるけど、車いすテニスの多くの人は事故とかの脊髄損傷で、あとから破滅的になったっていうよりは、そういう破滅的な人だからこうなったってことかな…」と自虐的に言っていた…。申し訳ないけど、少し、「なるほど…」とは思った。 彼らのすばらしいところは、『ないもの』と『あるもの』…そのことがわかる人たちだということ。失ったものと残ったもの…その悩みや希望や挫折…楽しむ気持ちとあきらめている気持ち…そうした思いがそれぞれの背景にあることを知っている人たちの持つ共通の明るさなのかと思った。 ケガや病気の前の人生も、その後の人生も人それぞれ…でも今同じ場所で戦ったり仲良くしたり…そんな不思議な縁を持った仲間なんだろうなあ。 その昔、大学のサークルの大先輩たちの飲み会に参加している時の1年生のような気持ちになった。だってその苦労、俺はしてないひよっこだもん…と。 さて、友人Hが若者にテニスのアドバイスをしている姿には、夢幻を見るようであった…。 あれ、俺の知ってるHだよなあ…と不安に思ったが、すぐにY談をしている 姿を見て妙に安心した。うん、まちがいなく私の友人のHだ…。
2007/08/30
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車いすテニスの基本的なルールは硬式テニスのそれと同じだが、ツーバウンドまでOKというのが特別ルールだ。 試合の迫力はかなりのもの。私は以前、中学校女子の部で全国大会に出る硬式テニス部と同じグラウンドにいた(笑)ので、結構全国レベルのショットを見たことが過去にある(テニス部見てないでちゃんと野球部の練習見ろよ)のだが、やはりメインクラスになるとそのスピードが出ているし、パワフルタイプの選手のここぞという時のスマッシュはそれ以上の大迫力だ。 で、さらにすごいのは、車いすの操作。 相手の動きを読んで、右左と次々とターンをして待つ。よくわからないが、この『向き』がすごく大事なのだと思う。 遠くに打たれた時に、ギリギリでとろうとして必死で行く時のスピードはものすごい。一流選手が走るのよりは遅いかもしれないが、かなりのスピードに感じた。 ダブルスの駆け引きも見ていておもしろかった。 ただし、試合時間は長い。セルフジャッジでやっていると、球を拾いに行く時間もかかるし、フルセットまでもつれれば2時間軽く超えてしまう。テレビ中継とかは夢のまた夢か…と思ったが、女子の部には本格的なビデオカメラが入っていた。 若い選手同士(中学生と高校生?)のすばらしい試合をやっていたので、たぶんこれから注目の選手なのだと思う。先日放送の国枝選手(世界ランク1位)に続く女子選手というような期待のかかったドキュメントの制作なのかもしれない。 さて、私の友人Hは、国枝選手が高校時代に2セットストレート勝ちで通り過ぎていってしまった…という男なのでテレビ中継はもちろん入っていない(笑)のだが、私の手持ちのビデオカメラでは、画面サイズからはみ出るくらいの移動距離、さらにテープもバッテリーもなくなる試合時間…ドキュメント制作は無理だったが、期待していた珍プレーはなく、好プレーが多かった。 10年以上前に初めて見に行った時は、カウントをまちがえてひとりでコートチェンジしたり、サーブの前の得点コールを忘れては「あ、いけね」と何回もやり直したり、技術とまた違うところで笑わせてもらったのだが、今回は『ベテランの味』を感じた。 私が見に行った大会2日目は、シングルのコンソレ(敗者復活戦)もダブルスも両方勝った。 夜は、近くに住む後輩家族も来て、一緒に飲むことになった。 ちなみに選手たちは夜な夜な大宴会をやっているようで、たとえ俺たちが誘わなくても、Hの試合期間中は毎晩宴となるそうだ。 友人Hいわく、「勝つためには『飲んでも翌日動ける練習』をしておくしかない」そうで、禁酒するようなことは念頭にないらしい(笑)。 さらにいわく、「飲み会で安心して飲むには、『初日勝って、2日目か3日目で負けるのがベスト』」(笑)だそうだ。ランキングも上がるし、たくさんの仲間と会う機会も楽しめるし…ということらしい。 うーむ、それが世界に駆け上がった選手との違いだな…とは思ったが、全国から集まった同じスポーツ選手たちの飲みっぷりを見ていると、「確かに…この会も試合と同じくらい大切かも」と納得させられてしまうのであった。
2007/08/29
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先日話題にした歯のフラップ手術をついにした。 今回は表現がちょっとグロテスクなので、苦手な方や想像力が豊かすぎる人はとばしてください…。 やった場所は、下の前歯付近6~7本。 「もうやばい」と言われていた『奥歯4カ所』への本丸突入はまだ…。 どうも、楽?で効果がはっきりしているところから始めて私を納得させるつもりらしい…。 そして3時40分に治療は始まった。 広範囲にしなければならない麻酔は前のところより痛くなかった。 前のところでは、「シュルシュル」とポンプみたいな音を立てて中に入っていくのがイヤだったり痛いように感じていたが、今の所は針はいっぱい刺すけど痛みはない。 ルートプレーニングの時は、ここまでが特にイヤだったが、実はここから先は「どんと来い!」という感じで結構平気だった。 あんなにガリガリやられても平気な、私なりの歯医者での工夫は……『考え事をする』こと。 決して、『今、何をしているか』 その手の位置や機械の音からイメージしてはいけない。 違うことを(できれば迷宮入りしそうな内容だったり、今後の人生についてなど)いろいろああだこうだ考えることによってあっという間に時間が過ぎるのだ。 ところが、今回のフラップ手術では、そうも言っていられなくなった。 いつ歯茎を切ってはがしたのかはよくわからなかったのだが、水の出る機械みたいなので歯垢を削り始めてからは、どうしても何をやっているのか感じて、力が入ってしまうのだ…。考え事ができない。 しかも……ありえないところを削っている。 通常の歯科治療で虫歯とかをいじられる深さ…と全然違うのだ。 「そこは私のあごですけど…、あごの骨なんですけど…」 と必死で念を送るのだが、手は止まらないし、もちろんあごの骨と歯の境目をやっているのだからそれでいいのだ…。 今、この治療をやっていることを後悔しながら(笑)も、あとは終わるまでなすがまましかないのだ…このまま歯茎縫わないと困るし、せっかく開けたのなら歯垢落とさないともったいないし…と自分を言い聞かせ、でも私が頭でどう考えようと関係なく、歯科医の治療は続く。 麻酔が効いているから、痛くはないのだが、何か一つ一つの動作に手術していることを感じてしまい、気が遠くなっていく…ダメだ。 一段落するまで、結局1時間くらいかかった。冷房がよくきいているのに、背中に変な汗をかいてびっしょりかいていた。「終わりましたよ。今日は、前歯の方が根が浅いし、歯の根っこが1本につき1つなので、そこを掃除しました。思ったより骨がもう下がってきていました。奥歯だと根っこが2~3本あるからちょっとずつしかできませんし、それでももっと時間がかかったりもするのですが、こんな感じだと大丈夫でしょう?」 と笑顔の歯科医。日頃はこういう時に、愛想良く答えたり、つい意地を張ってしまうなんともないふりをする私なのだが、この日はなんとも素直に、「いや…結構つらかったです…限界でした。」 終わって、自宅に帰った。『親知らず』と違って歯を抜いたわけではないので、熱などは出ないのだが、なんだか体に力が入らずイヤな感じ 。 結局、夕食は食べられず(医者は食べていいと言ったが自分が無理)、ウィダーインゼリーとか冷たいスープとかを飲んだだけ。 早めに寝たのだが、何か歯のまわりに違和感がある。 朝、目覚めた時に、下の前歯全体がなんだか「プニプニ」している。 縫ったひもでも巻き付いているのかなと思って、寝ぼけまなこで鏡を見てびっくり! お歯黒ならぬ、お歯赤…下の歯数本分が真っ赤なマウスピースをつけたような状態になっていた。 今ひとつ止まっていない血が、少しずつしみ出て、やわらかいまま固まっていたのだ。 いやあ、気持ち悪かった。煮こごりみたいになって歯のまわりについていた。 朝の食事はまだスープ程度。Sの放課後遊び活動で、小学校に行き、結構、人としゃべる必要があったのだが、なんとかギリギリしゃべれるくらい。前歯だからこうだったのかもしれないが、あとあと、翌日仕事って時にやると授業できるかなどうかな…という感じ。 でも1ヶ月に1回だったら耐えられるかな…歯茎の位置が下がるのがイヤだけど健康になるならいいか…とかいろいろとまだ考えるのであった。 さて、さすがは厄年(数えの本厄)、やっとこれをひとつ乗り切ったら、今度は先日の消化器検診にひっかかり、直接撮影の2次検診送りが決定! 明後日は、S中の授業初日(午後から)の午前中に、バリウム飲んでおなかゆるゆるで登場だ。 それにしても、肝臓は脂肪肝って毎年言われるくらい太っているのに、胃が悪いって…両立するのかなあ?
2007/08/28
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24・25日と厚木に一人で行ってきた。 友人が、チェアテニス神奈川オープンに出たのだ。 車いすでやるテニス…先日、『情熱大陸』なる番組で、今や世界ランキング1位の国枝さんが紹介されて少し知名度が上がったかもしれない。が、たいていの人はまだ、車いすのスポーツと言えば、バスケットボール(漫画の『リアル』もそうだし)なのかもしれない。 実は友人は初めて出たわけではなく、もう10年を超えるベテラン選手。 ただ、私が久しぶりに試合を見たというだけで、彼自身はずっとこの世界でがんばってきていた。 初めて行った当時は、Cクラス(たぶん)だったが、ケガからまだ数年だったので、テニスを始めたこと自体がかっこよかったし、うれしかった。 そして、今年、ヤツはすでに「メイン」という一番上のランクで戦っていたのだ! 日本ランキングとか世界ランキングでも順位がつくような位置にいた。日本で20番以内にランキングされた時もあるらしい。 ただし、世界ランキングの方は、高校時代のテスト順位か?っていうような200番台…すごいのかすごくないのかわからない(笑)。 ということで、何から書いていいのか、どこまで個人情報を書いていいのか、そして私が誰だか会場の人にも特定されたくない…などまだ少し考えたいので続きは明日以降また。
2007/08/27
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この夏、結構家でテレビの前にいたのだが、たいていはSが一緒なので、同じビデオを要求されて、落ち着いて高校野球が見られなかった。 でも、なぜかいつもタイミング良く、佐賀北高校の試合は見る機会があった。 おかげで、かなり好きになり、応援していた。 福井商とやっていた時は、普通の学校同士の対戦だけど高校野球らしいなあ…くらい。 宇治山田商との延長15回は楽しみながら見たが、「どっちも決め手を欠く」チームだなと思った。今思えば、どっちもいい守りをしていたということなのだが…。 結構好きになってきただけに、帝京との一戦は、「ボロ負けしてかわいそうなことになるのかな…」なんて思っていたが、もう最高の試合展開。本当におもしろかった。 どちらも好きな長崎日大の試合の時には、佐賀北はすでに強豪チームになっていた。 そして今日、山口県人としては広島県のチームに肩入れの気持ち…はあまりなく、どちらかというといつも中国大会で負けるジェラシーの方が強く(笑)、やはり佐賀北びいきに。もし広陵が勝っても中国地区の強さが証明されて春の選抜の枠が増えるかも…だから勝ってもよし…とずいぶんいい加減な立場。 前半の様子を見て、さすがは広陵、試合巧者だなあ…と感心。ちなみに私が現役高校生の頃(24年前)の広陵は試合中に相手がどんどんけがをする(スパイクなどで傷つけられる)という怖いチームとして知られていた。山口県の春の大会でうち(下○西)があと一つ勝っていれば中国大会(各県代表と開催県のベスト4で開催)で当たるはずだったのだ…広島商ではなくて広陵が代表で来たことで、「当たらなくて(勝てなくて)良かったー」と変な安堵感があったことを覚えている。 でも、その後はすごく伝統校的ないい感じになり、今年の投手なんてイケメン…昔の、するどいそりこみ・眉細投手…のイメージとは全然違ってさわやかである。 話がそれたが、8回の裏、ランナー満塁の時に、すばらしい球が2球あった。いわゆるストライクかボールか『どちらもありえる球』というヤツだ。判定はボール。イケメンが「えー」とすごくさわやかにがっかりしていた。人間性を見せたあの瞬間、「これは俄然おもしろくなった」と興奮した。動揺を感じたのだ。 次のバッターは3番副島。変なものだが、やっぱりオーラとか出ているのだろうか?それとも長年の野球勘(笑)。このバッター、絶対何かやるな…と思った。差し込まれたファールを打った時により強く思った。彼が打つと相手のものすごいエラーが起きるとかそういう予感。 そして結果は…あの逆転満塁ホームラン! 「何かやるな…」なんて思いながらも、そんなすごいことがあるとは予想を遙かに超えていたので、打った瞬間、「あーーーーーー」とにしおかすみこみたいに叫んでしまった。 一緒に驚く相手が居なかったので、そばにいたSにどれだけすごいか説明し(本人はまったく意に介さず)、Sもぴょんぴょん跳びはねて祝福していた(それはいつもだが)。 ということで、佐賀北高校野球部、この夏の思い出をありがとう! (テレビが思い出かよ…)
2007/08/22
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ところが、バーベキューの時に友人がくれた沖縄みやげの地域限定版『ハイチュウ』を食べていた時のこと…急にハイチュウが固くなった! 数年前に詰めた歯がハイチュウにひっついてとれていた…。切れ目を作って2つ合体式で詰めたヤツだ。 洗って、「この向きかな…」なんてあてていると「スポッ」と入ったので、その日はそのままにしたのだがやはりはずれるので歯科に行くことにした。 そこで考えた。 例の今までの歯科医に行くとこのあとの道筋(フラップ手術)が決まってしまう…。どっちにしろ長く通う必要はあるのだから、地元の歯科医を探そう。そこで、他のいい方法があるかもしれない。 場所的、時間的に都合のいいところを見つけてそこに決めた。 意外と混んでいて、予約は翌日になってしまったが、歯は、奥の虫歯を少し治療してその日のうちに入った。そして案の定、歯周病治療の方の話に…。 ここまでやったことの話をして、「できれば切らずにすめば…」ということで治療方針決定。その日はそれで終わっていたのだが、今日は歯のレントゲンと例の深さチェック…。 求めたセカンドオピニオンは…… 同じだった…。 前の歯科医でも、「奥歯全部で4カ所」と言われたが、今回も同じ…もしかしたらここはいっぺんにはできないから5回に分けるかも…とまで。 相当に悪いことはよくわかったので、「じゃあひとまず1カ所一番悪いところをやってみて、その効果や痛み次第で残りを考えるということで……」と懇願。 一応その方向とはなったのだが、「実は一番悪いところはすでに手遅れかもしれなくて…」ということで『効果の期待できるところ』から取り組むこととなった。 今まで、親知らずのすごいのを3本抜いたこともあるし、それから考えるとそうおそれなくていいのかもしれないのだが…結構怖い。 経験者や詳しい方ご意見ください。
2007/08/20
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この春、歯の痛みが大変なことになって、ほとんど何も食べられないくらいの状況…虫歯の悪化ではなく、歯周病の進行で弱っているところにばい菌が入ったのだろうということだった。 結果、その腫れが落ち着いてから、部分麻酔をして歯石をとるという果てしない治療がおこなわれた。 果てしない…は大げさだが、1回でも私にとってはかなりのがんばりなのに、2回目の治療の時に「全部で4回ですかね?6回?」と聞いて、「8回に分けておこないます」といわれた時には気が遠くなった。 そういえば、10年くらい前にこの治療の途中で行かなくなったような気がする…。でも今回は完走をめざした。 スケーリングではもうとりきれないくらい進行しているので、ルートプレーニングってやつをやっていたらしい。部分麻酔が効いているから、その時はガリガリやられても平気だが、うちに帰る車中で麻酔がきれる頃が結構つらかった。その痛みも運転で気が紛らわせるのだが、麻酔そのものを打つ時が私は一番イヤだった。チクリはいいとして、その後、シュルシュルシュルと薬品がいっぱい入れられるあの感じがイヤで、麻酔が終わると『峠を越したー』という気になっていた。あとは考え事とかをしているうちに終わる。 うまくない人がやった時に、下の歯をやっているのに、上の歯に「バキッ」と3回くらい当てられた時はさすがに痛かったが…。 しかし、この歯科医院は以前の職場に近くて行っていたところなので自宅からは遠い。今年はたまたまS中の仕事があるから週3回そっちに行ったが、そのうちの2回は担当の歯科医師がお休みの日。週1回だけで、それもその日の都合によってはいけなかったので月2回くらいのペースで通った。 1学期中に全部終わらせるつもりだったが、結局夏休みにもそのためだけに車で1時間の道のりを何度か行く羽目に…。 しかし、8回がんばった甲斐あって、実感としては、以前よりも歯茎がぎゅっと引き締まった気がしていた。 で、歯茎の高さ(骨の残り具合)の検査をしたら……以前よりは良くなったが、奥歯のあたりがやっぱりダメ……ということらしい。 4mm以上でダメなのに、8とか10とか深いところまで検査の針みたいなのが刺さる。 「これでしばらくは様子を見ましょう」と言われるつもりが、「やっぱりダメですねえ。次回からは、歯茎を切って直接歯垢を削ってまた縫い合わせる外科治療をやっていきましょう。」と言われた……。 「部分麻酔して、やっている時は痛くなくて、あとで痛みは出るけど痛み方もルートプレーニングの時と同じですよ。抜糸するまで糸はありますが…」と歯科医はたいしたことないって感じで言うが、こっちはかなりびびりぎみ。一応同意して予約を取って帰った。 家に帰ってインターネットでいろいろ調べると、確かに結構一般的な手術というか治療らしい。その効果のほどはどれくらい…とは思うが、自分の歯の寿命が1年しかもし違わないのならやんなくてもいいかな…10年違うなら絶対やるけど…とより悩む。 ちょうどそのころに家族の入院があったので、予約はキャンセル。「9月にまた電話をします」としたまま、「よし、今回はここまで」となんとなく心に決めたのであった(続く)。
2007/08/20
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「めどがついた」との報告のままにしていました。 ご心配いただいた方々、申し訳ありません。 もう15日水曜日の午前に妻は退院しています。 さすがは急に入院が決まった病院、抜糸の翌日に傷口の確認をしたら、「退院は明日か明後日のどちらにしますか?」となったらしい。 長くいることもないので「じゃあ明日でお願いします」としたそうだが、入院も退院も急なところがすごい。 家にもどってきても、要安静なので、全然戦力じゃない……のはしょうがないが、とりあえず義父母との通訳がもどってきたので、精神的にすごく楽である(笑)。 Sにおなかを踏まれたら困るのに、日中からやたら寝る(前からだが)ので、警備が大変だ。 「Sが来たらよけるから大丈夫、横になっているだけだから」と口では言っているが、100%そのまま無防備に寝てしまう…。 寝ないか、カギしめてから寝るかにしてくれ!
2007/08/18
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クーラーのないわらG家の2階では、室内で熱中症になる可能性だって否定できない。 なぜないかについては、以前も書いたかもしれないが、義父母の住む1階は風が涼しいのでそう暑いと感じてないこと、2階は欠陥住宅で風が通り抜けないので窓取り付け型のエアコンでもつけようかと思ったが『アンペア数を上げる電気工事が許されそうもないこと』、妻が『私の生まれた街は○○のスイスといわれたエアコンのいらない街』と変な意地を持っていること…などから未だない。 もちろん地球温暖化の叫ばれる今、クーラーをつけない(つけられない)我が家はすばらしいのだが、こんなところに長居していては……。 と、今日は暑くなることを見越して、朝からSを連れて市民プールに出かけた。以前は、一人で水遊びに連れて行くことなど、心配性の義父母(というか私を信用していない)に許されなかったのだが、妻の入院中にそれ(一人で連れ出すこと)が当たり前になったのでこういう時に気が楽になった。 気が楽…といいながらも、彼を一人で面倒見るのはかなり大変である(笑)。 でも、障害者手帳を保持していることで、割引のみならず、専用の着替え場所を用意してくれたりすることがわかり、ずいぶんと楽になった。数年前来た時は、男子更衣室で、フリチンで脱走していくSを、ハンケツ状態の私が必死で追いかけ、男子更衣室を出る前ギリギリで捕まえる(笑)という一歩まちがうと私が犯罪者?になりかねないこともあった。 本人も聞き分けが良くなった?面もあるので、何かと楽になった。 埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市では、40.9度の日本最高気温更新…というニュースは家に帰ってから知るのだが、そんな日だから家にいなくて良かったー! しかし、そんな日はプールだって暑い。人はいつもよりたくさんいるし、流れるプールの水もぬるま湯のようだった。そして何よりも日差しが強い! 家に帰って、鏡に映る自分を見ると、上半身が真っ赤。 ずっと学校プールに行ったSは真っ黒なのに…。 おなかが出ていたせいで、おなかの上半分は真っ赤、下半分は真っ白であった…。
2007/08/16
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原型になった『クラス会バーベキュー』をもともとやっていたのは、最初に担任をした学年、担任として初めて出した卒業生…前回の記事の子たちから見ると6コ上の学年の人たちだ。 そのクラスの会を運営していたのは、なかなかの問題児だったN君としっかり者の女子Fさん。この二人がつきあい始めた中3の頃、双方の親から相談されて、それぞれ向こうが悪いみたいに誤解しているから「あんなすばらしい子を見つけるなんてお目が高い。受験に向けてきっとがんばれるでしょう」と双方をほめまくっておいたのでよりうまくいったのだが(笑)、そんな二人が中心となっていた。 元3年4組のクラス会は卒業後、4回くらいあったのだろうか…。 ある年、突然終わった。 なぜ会が終わったかは予想通り……二人が別れたからだ。 その二人が一緒に会う場を、他の人がわざわざ作るのもなんなので、そのままになってしまった。 そのうち、また違うメンバーでその学年のサッカー部(当時顧問)を中心にしたほとんど野郎どもばかりのバーベキューに、隔年くらいでさらわれるようになった。前日くらいにいきなり言われて、当日Nが家まで車で迎えに来て、最後に送ってもらう。ゲスト待遇のようでいて、忙しいとか体調が悪いとか言ってもさらわれるので拉致監禁のようでもあったが、それもここ数年はなくなっていた。だからこの学年は男の動向ばかりよく知っている。 ちょうどそんなことを話したりもした今年の6コ下の人たちとのバーベキューだったのだが、その次の次の日のことだ。 H中学校の校区のスーパーで、病院帰りに私が『Sの例のジュース』を12本くらい買い占めているとその前に立ちはだかる女性がいた…「まさかあなたもこれを買いたいの?」と思い、最後の1本を取るのをやめようと手を止めた時に、 「先生」と声をかけられた。 先の二人のうちの一人、Fさんである。 当時のようなかっこいい姉ちゃん…のようでもあり、今にもバーベキューの買い出しが始まりそうな気がしてしまった。カゴいっぱいの食料はすごく主婦っぽい感じ。 「もしかしてもう母ちゃんか?」と聞くと、2歳児と3か月の二人の子の母になっているらしい。今日は寝ている間に実家の母に預けて買い物中、結婚して夫はマスオさん状態で同居中、ということはH中校区在住、ものすごく覚えにくい珍しい(というか字で書くまで外国の苗字かと思った)苗字に変わった、出産前までうちの校区の保育園で保育士をしていた…など一気に聞いた。 そういえばもう一人のN君も、今年1月にあった時に、これから結婚なんてことを言っていたなあ…なんて思いながら、不思議な再会をかみしめるのであった。 こっちの久々の再会はいいけど、この『妻やっと退院、自宅静養中の出かけにくい時期』に、Nたちの「さらわれバーベキュー」がそろそろありそうな危険な予感がするので、携帯電話には慎重に出るようにしよう。つまり、相手によっては出ない……(笑)。
2007/08/14
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Sのこの夏2回目のバーベキューは、私の教え子たちとのクラス会だった。 H中最後の年、2年生の時のクラスなのに、一度卒業時に集まったことが良かったのか、多少のメンバーの変遷はありながらも10人以上の規模で毎年続いている。 そういえばなぜうちのそばの川なのだろう…と思いきや、もう何年か飲み会としてやっているけど今まだ22歳の人たちだということに何らかの秘密がある…かもしれない…が、いやきっと思い違いだ。 まあそれは時効としても…、何回もやっているといろいろと上手になっているし、説明不要のこともあるし、翌日の私の道具後片づけのことを抜かせば(これは家のそばでやる宿命だ)、ずいぶんと楽をさせてもらえるようになった。 幹事もしっかりしていて、私はほとんど丸投げで、希望だけ言わせてもらえる。 今回、当日やったことは買い出しの車を出したことだけで、あとはSを連れて行って、川遊びと一応バーベキュー、それが終わって家に連れ帰ったら、川原にもどってきて、アルコールを飲んだり、ガツガツ食ったり、もらいタバコをして…の楽しい会であった。 どうやら、Sがこの会に顔を見せるのは6年くらいぶりだったらしい。 4~5歳の頃ではそれどころじゃなくパニッカーだったろうし、その後は平気だったとしても、たぶん川の方が荒れていたから連れて行かなかったのだろう。泳いではいけないのに川に連れて行ったりしてはバーベキューどころではないからだ。家の前を通ったら、網戸に張り付いて叫んでいるのを見た…という人もいたので、まるで座敷牢のような暮らし…と思われていたかもしれない(笑)。 それで今年はどうなったか……ほとんど泣きに行ったようなものであった…。 水につかりたい…でも冷たい…水につかりたい…でも冷たい…「この野郎お前のせいだ!」と父をつねる(もちろん私のせいではない)…この繰り返しのうちに、私にしかられるは、思い通りに行かないは…で、「わーんわーん」 「しくしく」 両方の泣きを見せた。 川に来たけど、『いつものメンバー(大学の友人たち)と違うし、いつもの乗り物(そのメンバーのこどもたちのワニや竜)がないよー』というのもあったのかもしれないが、なかなかこちらの思惑通りには行かないものだ。 それでも時折ニコニコして、特にお姉さんにサイダーをもらったりするとこの上なくうれしそうであった。 今回すばらしいアイデアとなったのが、大きな浮き袋の『カバの係留』作戦。やった男子はまったくSのことなど想定してなかった(笑)のだが、テントを張るためのペグとロープが余っていたので、なんとなく、ふくらましたカバの大型浮き袋を小舟のように係留していたのだ。 川の流れが速いから、のって流れるわけにも行かず、かといってちょうどいい水たまりもできていない状況の中、浅瀬にあって流れていかないカバの上をSはとても気に入ったようだった。「瓢箪から駒」というのはこういうのかと思った。 さて、もうひとつの「ひょうたん…」。 2学期からのSの付き添い募集を、近隣の教育学部や保育学科のある大学に掲示していたのだが、結局見つからなかった。この日来てくれている1名(つまり教え子)が早々と応募してくれて決定していたのだが、その後はまったく動きなし。 もうすでに時間切れで、翌日S中に電話をして「すみませんが7枠分の講師を探してください(3枠は自分ができる)」というつもりであった。 が、ふと、「そうだ、学部にこだわらなければ、水曜日に暇な大学生がいたりして…」と思ったので、まさにダメもとでバーベキューメンバーに聞き始めた。全然知らない人なら資格その他にこだわるけど、このあたりの人たちならとりあえず信用はできそう?だし…と。(この人たちを信用しないと自分を否定することになってしまうので…) で、授業がいっぱいだったり、留年しそうな人など、意外とOKのとれる大学生がいない中で、突然、その募集ビラに強く興味を持ってくれた女子がいた! 大学生ではないし、すでにアルバイトでしっかり稼いでいる存在だ。一応、今回、有償ボランティアとはいえ、時給にすれば高校生程度…そんなことに反応を示すとこちらも全然思っていなかった子が、「こういうの興味ある。私やろうかな。」となった。 最初は正直、「こいつで大丈夫かな?(笑)」と少し思っていたが、話しながらよく考えてみると、生きる力は強いし、人と関わるのも上手だし、学校の先生という人種とうまくいくかどうかはわからないが(笑)たぶんSの担任の先生たちとなら大丈夫そうだな…ということで、また本人がこういう仕事に興味を持つきっかけになるとおもしろいなあ…といろいろ考えるうちに「よろしくお願いします!」という気持ちになった。 ちなみに、「現在、職またはアルバイト探しています」という男子が少し考えてくれていたのだが、「アルバイトが決まると行けなくなる」という状況や、その後すっかり酔っぱらってその話どころではなくなったことにより、急にその場で『補欠降格』が決まったのであった…。 その彼についても、クラス会のような集まりって、自分の人生が調子悪い時は行きにくいものだが、こうして顔を出してくれたことが結構うれしかった。お母さんが「わらG先生にあいさつしてきなさい」と小遣いをくれた(笑)ってところが、笑えるような笑っちゃいけないような話だが……。 そんなこんなで、Sがそれなりの大変さとそれなりのかわいさの両方を見せた上でも、2名の付き添いがゲットできたことはとてもすばらしかったのである。これからよろしくお願いします。 そしてその結果、私がS中の枠を減らすことなく、彼らとの「あの毎日」がまた始まるのである。一度別れる気だった分、少しはかわいく思えるといいのだが…(苦笑)。
2007/08/14
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妻の入院も今日で2週間、「あれ、もうそんなにたつかな?」と思うくらい慣れてきてしまった(笑)のだが、本日抜糸をして、明日もう一度傷口の確認などをして、今週中に退院のめどが立ってきたらしい。 となりのベッドの人も同じ手術だったらしく、もどってきて一様に言っていたのが、「意識がある分、抜糸が一番こわかった」とのことだった。 なんでも、糸だけでなく、縫い目の間に『でかいホッチキス針』があって、それを見てしまうともうたまらないそうである……が見てない人にはなんとも言えない。 思わず、「そのホッチキス針は、コの字型のままであって、さすがに先を曲げて綴じてないよな?」と聞いて、余計恐ろしくなるような想像をしてしまった。 どっちの状態でもイヤだが、綴じてないそうだ。 それはさておき、入院中さすがに暇らしく、暇さえあれば寝てしまう妻もさすがに24時間は寝ていないので、どんどん本を読み進めてしまうらしい。持って行く古新聞も珍しく隅々まで読んでいる。 こんな機会ならいいかも…目の前で読まれないことだし…ということで、以前のブログに『夏季休業の過ごし方』シリーズで書いた2つの作品(A4用紙に印刷して綴じたもの)を「このボツになった原稿も読んでみて」と置いてきた。 本当に某出版社に郵送したけど、「検討の結果、出版にはいたりませんでした」という手紙付きで戻ってきたものである。 なんだかんだ言われてもなんだが、以前、仕事で作った文書(学級便りとか行事の企画書など)を見てもらった時期もあったので、思わず言ってしまったこと。 「赤ペンを入れて、添削すんなよ。」ということで、機会がありましたらみなさんもどうぞ。 アルファポリス文庫というところのドリームブッククラブという企画に期間限定で3ヶ月だけ私の短編小説が載っています。 携帯から投票したり、もし出版されたら必ず買う…と約束をするとポイントになり、一定数になると本当に出版されるという企画なのですが、まあ人の目に触れるだけでいいかと思っていたら、ポイントが少ないとトップページから消えるので、見てさえもらえなくなりそうです。 なので、ぜひ、とりあえず作品読んでみたり、投票したりしてください。ポイント300で出版までいく確率はないので、安心して「株主」にもなれますよ。(流れるから出資の必要もなくなります) とよくわからない話だと思うので、とりあえずページに行ってどんなシステムかなど確認してみてください。 8月12日の新聞にここから出た作品がテレビ番組欄に広告されていたり、まあ一応そう怪しいものではなさそうです。 ついでに、そちらの作品の掲示板にコメントなどを書いてくれるとうれしいです。 ドリームブッククラブへ入場 ドリームブッククラブにはここ↑から入場できます。ちなみに10月24日まで『虹色シンドローム』仲間結一(本名ではありません)の名で公開中です。ちなみにここから出た売れてる本は『虹色ほたる』ですが、偶然題名が似ているだけで残念ながらまったく関係ありません…。 小説のコーナーの下の方にあります。お手数ですが、うまく入れなかったら、作品名で検索してみてください。
2007/08/13
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みなさんはご存じでしょうか? 赤ちゃんのおもちゃとしてかなり昔から存在するあの人形の秘密を!まず、名前からしてわからなくてアフィリエイトを探すのにも苦労をしたけどこれ↓ちなみに「赤ちゃん ゆらゆら」で検索して見つけた(笑)。この商品名は「おきあがりボロンちゃん」…初めて聞いた。起きあがりこぶしとも、だるまさんともちがうのは、ただもどってくるだけでなくて、独特な音がする。不思議な響き。木琴とかガムランとかを連想させる音質。さて、その音の秘密は……この写真のようなものが、あの赤ちゃん人形の中に入っているのだ。そして長さの違う金属の棒の部分に、中央の振り子のような金属がぶつかって音を出している!ちなみにこの人形、我が家ではデビュー間もなく、Sに壊され、しまい込まれていたのがここで数年ぶりに出てきた。すでに顔や胴体が壊れていたので、丁重に捨てようと思ったのだが、中身が気になって取り出してみた。こんなものが…と驚くとともに、音がとてもいいので円柱のまま使っていたら、油断している間にSはさらに分解。ふたを開けて中身を取り出したので、この作りのすべてがわかったのであった。そして、今、相当重いこの金属の固まり……何かのはずみで投げられた場合は部屋のガラスが割れる…ということから、また押し入れの奥へと消えていったのであった。
2007/08/13
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『自閉症のある人』の行動特性のひとつに『こだわり行動』とされるものがあり、うちのSの場合ももちろんあるのだが、そう強くなく意外とあきらめたりもできる。幼児の頃と比べると、思ったより自閉こだわり部分が和らいだが、思ったより知的な遅れは大きかった……というのが正直なところだ。 そんなSの日頃のこだわりは、教室で机からはみ出ているイスを直して回ったり、スリッパをまっすぐにして回ったり……。下足箱の中のくつはなぜかそろえず両端に離れている…とかそういう独自のきっちりこだわり。 夏休みの今はそろえるものがないせいか、いつも以上に廊下のスリッパの位置やリモコンの位置にうるさい。数日前なんか、インターネットをしている私の、左手を着いている位置を直しに来た(笑)。生きてる人はいろいろと動くんだよS君。 さて、本日はあまりの暑さに、玄関前で水浴び。幼児用のビニルプールはさすがにもうちょっと小さいが…。水に入り、冷水シャワーで少し遊び、庭の葉っぱを拾ってきてちぎって水の中に入れ…一通り終わるまで30分以上。 その後の一応のこだわりは……シャワー。確かに体が冷えすぎるから温水が気持ちいいのかもしれないが、体をふいて家に上げるとそのまま風呂場に猛ダッシュ。シャワーを出せと要求する。せっかく水浴びしたんだからもういいじゃんと思いながらも結局私も一緒に浴びることになる。ついでにシャンプーとかもしてしまうためだ。 たぶん…と思うのは、学校のプールを出る時に最後に浴びるシャワー。このことから『水のあとはシャワー』というのが『一応のこだわり』になっているのかと思う。日頃、お風呂に入れたりするのは大変なのに(入るのは好きなくせに呼ばれても行くまいとして抵抗する)、この時ばかりはいつもスムーズ。近所の川に遊びに行っても家に帰ってきたら風呂場に突撃。たぶんSが今後水遊びするようなところならどこでもシャワーがあるだろうからまあいいか。今や海水浴場にだってあるし、別に困るこだわりじゃないし…と思うのだが、どれくらいこだわりになっているのか、わからないままなのである。 今日は、その後、センターの歯医者に行き、定期検診。といっても普通の歯磨きとフッ素らしき水分をつけての歯磨きをイスに座ってやったあと、診察台に『タッチ』してくる…というメニュー。 そして、その後は大型スーパーにお買い物。そしてここでの一応のこだわりは…このスーパー1階のたこ焼き屋。もともとたこ焼き好きだがここのは特によく食べる。たこ焼きにかなりうるさい西日本出身の私もここのは認める味である。なので買い物のあとはたいてい寄るのだが、今日は私をぐいぐい引っ張っていった。実は買うまではこだわりではない。買わない時もあるのだ。 買ったあと、その場で食べるとなると店のすぐそばの簡単な席で、『ラムネ』を飲みながら食べる…のがこだわりなのである。 今日はお昼をあまり食べなかったせいもあり、おなかが空いていたのか、すぐに食べようとアピール。しかし、いつもは売っている『ラムネ』が売っていない。「今日は仕入れをしていないんですよ」とのこと。あるつもりで、すでに『置いてある見本のビン』を手にとってアピールするSにしてみればかなりのショック。まったく代わりにならないけど一応緑茶を購入。 席に座って食べ始めて、まだ残っていたマイ水筒(中身はスポーツドリンク)を飲んではいたが、食べるのにいつもの勢いはなく、8個中3個くらいで終了。 トイレに行って家に帰ろうとしながらも、ふと「そういえばこのスーパーの売り場にあるのでは」と思い、買いに行ってみるとまったく同じラムネがあった! ラムネ1本持って買い物学習。レジが混んでいて、この98円の買い物が心配されたが、ラムネが手に入るということで我慢にも成功。 せっかくならいつもの場所で飲ませてやるかとさっきのたこ焼き屋の横に再び行った。 Sはうれしそうに飲んでいる。 ふと、「またたこ焼き食べたりして…」と思い、少し冷めたたこ焼きを広げてみると…… 本当に食べ始めた。 そこから3個ほど食べて、計6個で終了。 さっきもそんなにつらい表情は見せてはいなかったが、やはり『一応のこだわり』に成功した今は、妙な『達成感』に満ちあふれた表情をしているのであった。 今後、たこ焼き屋がラムネを取り扱わないつもりだったりすると困るので、アピールもかねて、お店のゴミコーナーにキッチリとラムネのビンを置いておいた。 「今日、販売していないのになぜ?」と驚いていただきましょう…。宣伝:アルファポリスというところのドリームブッククラブという企画に期間限定で3ヶ月だけ自閉症のある中学生を主人公にした短編小説が載っています。 携帯から投票したり、もし出版されたら必ず買う…と約束をするとポイントになり、一定数になると本当に出版されるという企画なのですが、興味ある方はとりあえず作品だけでも読んでみてください。 ドリームブッククラブへ入場 ドリームブッククラブにはここ↑から入場できます。ちなみに10月24日まで『虹色シンドローム』仲間結一の名で公開中です。 お手数ですが、入れなかったら、ことばで検索してみてください。 新着でもなくなり、順位も低いので、見つけるのが困難な状態になっています(笑)。
2007/08/10
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実は8月のアタマから妻が入院している。 Sの出産以前から子宮筋腫の大きいのがいくつもあって、それこそ生理は重いし、貧血はひどいし、一度大きな筋腫の一部を掻き出したりしたが付け焼き刃…これじゃあ着床しないでしょうし、妊娠も難しいでしょう……なんて言っていた頃にSは奇跡的に妊娠した。まさに『神の子』である(笑)。 で、出産とともに子宮筋腫が小さくなる人もいるというのでそのままにしておいたようなのだが、特に変化はなかった。Sは今は8歳に(もうすぐ9歳)になっているのだが、その間、「その後、病院に行ってないだろう」と責めても、面倒くさがって行っていなかった。 昨年あたり、貧血がひどくなり、やっと病院に行き、「年齢も年齢ですから、もし今後の出産希望がなければ全摘しましょう」ということになったらしい。夏休みでないと手術が難しいので、7月中旬にお願いし、そのために生理を止める注射(1月に1回、なんと2万円)を4月から打っていた。 ところがこの病院、混んでいるのか適当なのか、なかなかその日が来ない。ベッドが空かないのか、催促しても、「まだいつになるかわかりません。ガンの方だって、待ってもらっているんですから!」とよくわからないようで説得力のある?返事。ガンってほどじゃないし…と引き下がりながらも、「急に『明日から入院です』と言われてもいいからお願いします」と頼んでいたところ、本当に「明日朝10時に入院してください」と前日の午後3時に言われた(笑)。 手術はその4日後だったのだが、これまた一苦労。というのもうちの家族ならではの苦労。 まず、Sは病院に長時間はいられないので家でお留守番決定。で、手術には配偶者が立ち会ってないと…ということにやっとなり(そりゃそうだろう、考える以前に)、Sに家で付き添うのは義父か義母のどちらかということに。 食事のことなどから義母がSと家で待機することが決定。 で、聞きつけた母方の叔母(おしゃべりなので騒ぎが大きくなりがち)が来ることになり、ちょうど休みの取れた義妹も来てくれることになった。 いくら義父と私だけでは女手がないからといって、二人もいらないので、どちらかは家でSのお留守番につきあって欲しいと妻から言ったのだが却下。本人の希望が通らないところがこの一族らしい(笑)。 そして迎えた手術当日。手術前に思ったより叔母がおとなしかったので「ああよかった。さすが慣れているな」と安心したのもつかの間、手術中の家族待合室では、もう大変。 義父は耳が遠い。そのせいか、叔母と義父と義妹の会話はばかでかい声。他にも『おじいさんの長時間にわたる手術待ち(会話より推測)』の家族が、そう緊迫した面持ちではなく待っていたのだが、そちらに申し訳なくてしょうがない。 もしかして、「自分たちの緊張感をほぐすためにしゃべりたい」のかもしれないのだが、『あー、うるさい』と言えない私(笑)は、じっとしているうちに寝てしまった(おいおい)。 手術が長いので、1時間くらいで目覚めた。相変わらず続いている3名様の会話。もう他の家族はいないかのような気で(実際はいる)、朝青龍への悪口や外国への差別的な会話や、他の病院をほめてここをけなしたり、果ては『ゴミ分別』の話題。今そんなことは話題にしなくてもいいのだが、まちがったことを義父が堂々と大声で話すので、時々私も突っ込むはめに…。 手術の予定は1時間半だったが、それは最短ということで、少し難しいと聞いていたので長めに叔母には伝えておいた。そうしないと長引いた時に心配する時間が長くなるという配慮である。 ところが義父が「普通は1時間半の手術だ」なんて言ってしまったものだから、その後の時間、みなさんはより不安を感じて、よりおしゃべりが続くのであった(笑)。 2時間15分くらいして、思わぬ方向から「○○さーん」と呼ばれた。手術室の扉から、『バーン』とストレッチャーに乗って出てくると思っていたので意表をつかれながら反対方向に行くと、医者だけがいた。妻や看護師さんがいないのでちょっと「ま、まさか……」とびびったが、そういうことではなかった。 なんと、いきなり医者に見せられた。何を見せられたかというと、「そんなの聞いてないよ!」と突っ込みたくなるような、『摘出した子宮と筋腫ご一行様』を抱えて立っていたのだ! 子宮全摘なので、筋腫と言うより『でかい肉塊』を持って立っていた。 いやそれにしても、筋腫そのものがでかいので、子宮もでかいこと……。ちなみに筋腫はソフトボール大のものが4コはあると聞いていたが、その大きさや「まんまるさ」にはびっくり。でも、血まみれだし、かなりグロテスク……。その重さも1800gあったらしい。 ひとまず、その部屋に勢いで入った4名であったが、叔母は、「かわいそうに…」となぜか臓器を見て泣き出した。いや、今さら同情されてももうずっと10年以上、腹の中にあったのがやっと出たんだし、泣くならこれ見てじゃなくて本人見てだろう…。 医師は、なんだかすごく充実していたのか、それとも本日3件続けての手術にやけ気味だったのか、勝ち誇ったように説明してくれる。「写真とりますか?」なんて言われて、ちょうどSに説明しようと『妻が病院のベッドに寝ている写真』を撮るために持っていたデジカメを取り出して撮影した。このページにアップ……はしませんのでご安心を。 それにしても、他の3名様もすごい。最初こそ動揺した叔母も含めて、今度は血まみれ臓器を前におしゃべり。医師が「これは○○で~」と最後まで言い切らないうちに「はー」とか「ほー」とか返事をして、それに関しての何かをしゃべってしまう。『いや、日本語は最後まで聞かないと否定か肯定かわからないし…』という私の思いはよそに、あまりにもリアクションの大きな人たちに気をよくしたのか、医師もしまいには、私ではなく、義妹への目線で語っていた(笑)。 固い筋腫ばかりでなく、奥の方には柔らかい筋腫もあり、「栄養が行き渡らないこのあたりはこうして柔らかくて悪くなりやすい」なんて医師の説明に対して、動物の身取り(腑分け)経験豊富な元猟師の義父は「イノシシの場合も同じだ」などと逆に解説を始める始末…(苦笑)。 こうして、妻がまだ出てきていないから安心しきれない中、医師とのことばのキャッチボールが続くのであった。 すごい人たちであるが、妻もさすがはこの人たちの血縁者……。手術室から出てきて、全身麻酔から覚めての最初のひとことは 「ねむい……」であった。 「いや、今、お前寝てたし」という突っ込みは控えておいたが、この麻酔の覚め時は、夢かうつつか…となるらしい。 すかさず、叔母が、「私はJ(自分の家の高級犬)のおしりに押しつぶされてうなされたのよ!」なんていうから、もうずっこけてしまいそうだった。 聞いてしまったばかりに、妻も犬のおしりにうなされなければいいが…と思ったが、大丈夫だったらしい。タオルの角をそろえたいのにそろえられずにうなされたらしい……。 すみませんが、私がもし入院する時は、絶対に叔母には内緒でお願いします! ということで、このブログを見てくれている方のうち、実在の私を知っていて夏休み中に私が飲み会を企画するのをお待ちの方…がいらっしゃいましたら、入院生活がまだ2週間は続き、その後自宅でどうなることかまだわからないので、お待ちいただくかおあきらめくださいませ。
2007/08/08
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Sの学校のプール指導は今日までだった。あー、これからは3日に1回くらいは市民プール通いか? 暑いし、ストレス発散にちょうどよいのと、学校プールは送り迎えと着替えは保護者がやる(特学では)がプール指導は先生にお任せ(マンツーマン)できたのでけっこうよかった。 ただ、「学校に行く習慣を忘れないために片道(行き)はSを歩かせる」としてしまったので、連日のこの暑さ、片道30分は地獄であった。ちなみにSがプールにいる間に私は車を取りに帰るから、一番運動して、しかも涼しくないのは私だ! ひとりではいろいろと大変なようで、もしかしたら市営プール通いの方が楽かも。 さて、題名の『バディ』というのは、プール指導の時の点呼でやるもの。地域性なのか、古い時代のものだからか、私は生徒としてはまったく知らなかった。大人になって、中学校のプール指導でも見たことなかったかな…夏休みのプール、中学校はガラガラだから点呼とる必要もなかったけど…。 で、以前、仕事で行った小学校でこれを知った。こどもも大人も気合いが入っている。先生が、「バディ!」というと、児童全員がつないだ手を上に上げて、「オーーー!」 「○年○組!」と先生が言うと、列の一番前から二人組が、「いーち」 「にー」 「さーん」…………とやっていく。クラス分終わると、最後尾の人が計算して(2倍して1引くか引かないか)、「○年○組 ○○名」という風に叫び、他の先生がそれを記録していく。 そして、次のクラス…という風に進んでいくのだが、安全面に関わることだからけっこう真剣にやらせるし、はり詰めた空気がけっこうよかった。ちょっと軍隊的と言えばそうとも言えるが、古いものなのか新しいものなのか、私の中では謎のままであった。 夏休みのプール指導で自分が進行役でこれをやってみると、こっちがよく覚えてなくてかけ声とかタイミングがあやしくても(笑)、それなりにこどもたちがやってくれるので、これがなかなか気持ちよかった。だから、『バディ』というのはこういうもんだと思っていた。 で、Sの通う小学校。誰かがこのやり方を持ち込んだのか、去年までは確か先生が人数を数えていたと思うのだが、今年はこの『バディ』をやり始めた。 ただし……『へなへなバディ』…。 その日の進行の先生の気合いにもよるようだが、声は小さかったり、自分の数がわからなくなったり(笑)で、なかなか悲惨なものを見せてもらった。こうなると、「あー、仕事で行っていたあの小学校は遠泳とかやるだけあって、プール指導鍛えていたんだなあ」と感心。 Sの小学校も何をやっているのか少しずつこどもたちがわかってきたのか、最終日の今日あたりはまあまあ声が出てきていた。ただし、1・2…ときて、すごく間があって3…と変拍子みたいになるのはどうにかして欲しいが。 で、今回の『バディ』ですごかったのは、以前から「あの先生はちょっと……」と私が目をつけているSの学年の通常級の先生。40代後半男性。遠足の時に「さあせっかくだからみんなで駅名を覚えよう!」と言って、すでに10年前に変更された駅名をまちがえて復唱させていたり、Sと私に校内で会うと「あっ、Aくーん!」と自分のクラスに交流に来る他の子の名前を呼んでくれたりする(どうも区別がついていないらしい。確かに自閉仲間だが…)というなかなかおとばけというか、大丈夫か?という方なのだが……。 最後に、『バディ』をとったところ、あるクラスの子が「○組全員います!」と言えずにごそごそしていた。 「どうした!」と先生が叫ぶと……「あっ、いや、さっきより増えています」と児童からの返事。 間、髪を入れず、「多い分にはいいや!」 確かにそうだけど、プール外の金網の脇にいた私は、思わず吹き出してひっくり返って笑ってしまった。 いやあ、この学年の行事、心配だなあ…。
2007/08/08
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土曜日に、大学時代の友人たちの家族4組とバーベキューをした。毎年、この時期にうちの方まで来てもらっている『安上がりお泊まりイベント』だ。みんなには安い宿泊場所にとまってもらい、うちは家が近いので家に帰ってSに負担をかけずに遊べる…というメリットがある。 天気とか川の水の量とかいろいろと自然に左右されるのだが、今年は天気もよかった。ただ数日前の大雨の影響で、自宅そばの川はちょっと無理…宿泊所のそばの支流でバーベキュー&川遊びとした。 小さな川なので流れはちびっ子たちにもちょうどいいのだが、こっちの方が水温が低い。 Sは、学校のプールでさえ、水温が低い日は何度も上がろうとする…という温室育ちのおぼっちゃま(笑)なので、着替えて勢い込んできたものの、冷たい川に足をつけたまま、不機嫌に。 冷たい川に足をつけたかと思うと、父に怒ってつねろうとし(別に私が冷たい水にしたわけではない)、川原に戻り、川を羨望のまなざしで見つめ、また冷たい川に足をつけ…と行ったり来たりしているうち(10分間くらい)に、だんだん体が水温に慣れたようだ。 とはいえ、プールみたいに深いところに入ることは冷たいので嫌がるので、浮き輪いらず。もっぱら他の子たちの大きな浮き袋…ワニとか竜(エルマー?)に乗りたがり、貸してもらっては水辺でそれにまたがり(乗って浮いたり流れようとはせずに)涼しい水辺でのごろ寝を楽しんでいた。 さすが自閉小僧、みんなが持ってきてくれる『前と同じ』ものがあると何となく落ち着くのかもしれない。 ちなみに我が家に昔(大学生時代)からある『カバ』の浮き袋は今やすぐに空気が抜ける。でもこれはSが『陸でくつろぐ場所』として重宝している。 今年はこの上で、食べるは食べる。少し焼いたキャベツ、生ピーマン、焼いたとうもろこし、豚肉の韓国風味付けの肉以外の部分(それはまわりのたれをなめるだけ)と、鶏肉の皮付き部分…今までこのイベントで見たことがないほどの食欲でびっくりした。 数年前は、川に降りてきてすぐ泣いて戻った…だったので、まわりのメンバーとかムードにもすっかり慣れたのか、はたまた給食を食べるようになってから「いつどんな場所でも食う時は食うぜ」となってきたのか、いずれにしてもとてもよかった。 最終的にはキャベツは半玉分くらい一人で食べた。本当は焼きそば用にと思って買っといたんだけどすみません(笑)。
2007/08/06
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尾木直樹という教育評論家がいて、見た目はものすごくうさんくさい(失礼)のだが、「この人けっこういいこと言うなあ」と以前から思っていた。 なんて言うか、『学校の現状』をすごくわかっている。いい面も悪い面も。 そして発言の裏付けとなる研究をよくしている。ホームページを見て感心した。どこかの審議会のみなさんが思いつきや思いこみでものを言っているのを考えると、「こういうふうにやるんだよ」と見せてやりたくなった。 で、この本は『教師格差 -ダメ教師はなぜ増えるのか-』と一見、教師への批判書かと思いきや、そんなことなく、歴史的な経緯をくみ、実に正確な分析をしている。 教育関係の書を読んで、100%の賛成をするなんてことは『どちらかというと変わった意見を言う人』である私にはありえないことなのだが、今回、この本については、100%賛成。 なんとか審議会はいらないから、この人を文部科学大臣にして、すべて丸投げしてひとりで解決して欲しいくらいほれました。 ちなみに『国務大臣はその過半数を国会議員から選ばなければならない』…つまり人数が半分こえなければ民間人でもいいのは有名(竹中経済なんとかも)だが、中3の公民でこれを教えるたびに、「もし総理大臣になったら、俺を文部大臣にしてくれ! まず授業は全国で全部午前授業にするから!」とお願いしていたのだが、もう尾木直樹氏に譲ります(笑)。 宣伝:アルファポリスというところのドリームブッククラブという企画に期間限定で3ヶ月だけ短編小説が載っています。 携帯から投票したり、もし出版されたら必ず買う…と約束をするとポイントになり、一定数になると本当に出版されるという企画なのですが、興味ある方はとりあえず作品だけでも読んでみてください。 そちらの掲示板にコメントなどを書いてくれるとうれしいです。 ドリームブッククラブへ入場 ドリームブッククラブにはここ↑から入場できます。ちなみに10月24日まで『虹色シンドローム』仲間結一の名で公開中です。 お手数ですが、入れなかったら、ことばで検索してみてください。
2007/08/04
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市教委に、転学手続きの申し込みに行った。 転学する予定は来年度だが、体験入学とかその他もろもろのために、現在通う小学校の校長から『夏休み中に市教委に手続きに行く』ことを面談で強く約束?させられていたので、市役所に行くついでに立ち寄った。 今年度中のことで市教委に他の用事があったのでそちらをすませたあと、別の担当者に引き継がれた。 で、その方はとてもていねいな応対ですばらしいのだが、都道府県が作っている用紙に書いてある『ことば』が案の定、お役所仕事で杓子定規で…。 いろいろな事情を許さないような表現なので、わざと勝手に一筆付け加えたりした。 たとえば、『第1希望の学校』として校名を書かせたり、『転学を希望する理由』と書いてある。なんでもかんでも『希望・希望・希望』のオンパレード。 自分で書く用紙と、面接して担当者がその場で書く用紙とあったのだが、そのどちらもそんな感じである。 うちに限らず、『希望とはまた違うんだけど…やむをえず』という人もいるはず。また、もっと傷ついていて追われるように街を出た…とかそういう時だってあるはず。いろいろなパターンもあるんだと都道府県教委に認識させるためにも、『状況が変わらないようならやむを得ず希望』とか勝手に項目に書き足したりした。 「えっ、どういうことでしょうか?」と担当者が驚いているので、ことの経緯を伝え、「本当は、市教委や校長が全力を挙げてサポートしてくれるのならこのままここに通いたいのですが、それもしないし、『通うのももうダメ』だって言うから手続きをしています。なので、この用紙の形式に合わないところは『合わない』なりに勝手に書かせてください。」 後から続く人がイヤな思いをしないように、少しは都道府県教委に嫌がらせをすることを決めた(笑)。拒否しているのに勝手に進められている感じで伝えてもらうことにした。本当は『来年度から…』という線については同意しているのだが、なんだか事実と違う形で、「こちらから望んだ」みたいにされるのも頭に来るからだ。 担当者はなぜか協力的(笑)で、項目の中に、『現状の学校において心配なこと…』と、「今の所はこのことがイヤだ」と書く欄があって、「じゃあ、ここは、この学校に本当は残りたいんだったら、書けないわけですね…。」などとこちらの意を組んでくれる。 「校長が上ばかり見ていて責任逃れするので嫌い…」とは書けないし、かといって空欄ではこの紙自体出すことができなさそうなので、懸案になっている「安全面の不安」くらいは書いた。 そうやってできた紙を元に、今後の流れや必要書類について担当者が語り始めた。 「特別支援学校への転学は 『主治医の診断書』 が添付書類として必要ですがいつ頃ならとれますか?」 「えー? とれるけど絶対にとりません! だって、こどもの様子を見て『養護判定』を出したり転学を薦めているのは市教委なのに、なんでこっちがそれを進めるための文書を用意するんですか? しかも診断書って5000円とか8000円とかするんですよ。冗談じゃありません。」 なんでこっちが金を払うわけ?と マジであきれた。 「『親が提出を拒否している』と伝えてください」と話すと、 「そうするとこちらからはそのまま診断書抜きでも提出できますが、書類が足らないということで県からそちらに『直接』連絡が入ることになりますがよろしいですか?」と心配そうに言う担当者。 私は思わず、あまりにもうれしそうな顔で、 「それは好都合です! 楽しみにして待っています。」と言ってしまった。 「面倒だなあ」と思う反面、「ようし、もめたるぞー」と張り切っていたりするから、複雑である…。 ちなみに都道府県教委は、『講師としての私』の雇い主でもありますので一応ご承知置きを(笑)。
2007/08/03
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先日、療育センターに行った時の話。 うちの自閉症のあるSは、受付でファイルを渡されるとそれを持ってエレベーターに行く。いつも、扉が開くと走って乗り込もうとするので、「降りる人が降りてから」と言うのだが、混んでないので、残念ながら降りてくる人がいない。 この日は違った。 扉が開くと、エレベーターに座り込んでいる小学校2年生のダウン症のある少年がいた! 着いたとわかって、ムクッと起きあがってダッシュで降りようとしてくる。 Sに避けさせようとして気がついた。 この男、クラスメイトのG君である! いきなり、私がゲット。 嫌がる少年をだっこで持ち上げて3階へ一緒に移動した。 3階に着くと、エレベーター前にG君母がいた。 「あー、よかったー。ありがとうございました。」 「1階で降りるところでばったり会ったので連れてきました。」 「えー、下まで行ってたんですかー!」 1階に突然現れた少年は、3階から突然姿を消して探されていたのだ。 自分でボタンを押したのか、こちらが押したから下まで来たのかは謎のままだが、実は彼もSと同じ「脱走仲間」なのである。 母が先生と話をしている間に逃走。エレベーターに乗ったのだと思うが…。 それにしても、エレベーターが開いた瞬間に見えた、座り込んでニヤニヤしていた『いたずらな瞳』が頭から離れない。 おぬしも悪よのう…。 宣伝:アルファポリスというところのドリームブッククラブという企画に期間限定で3ヶ月だけ短編小説が載っています。 携帯から投票したり、もし出版されたら必ず買う…と約束をするとポイントになり、一定数になると本当に出版されるという企画なのですが、興味ある方はとりあえず作品だけでも読んでみてください。 そちらの掲示板にコメントなどを書いてくれるとうれしいです。 ドリームブッククラブへ入場 ドリームブッククラブにはここ↑から入場できます。ちなみに10月24日まで『虹色シンドローム』仲間結一の名で公開中です。 お手数ですが、入れなかったら、ことばで検索してみてください。
2007/08/02
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