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昨年・一昨年と大晦日にちゃんとブログを書いており、その内容は「今年はのんびりできた」 「来年はもう少しがんばろうかな」というものであった。 今年一年を振り返った時に、あまりそういう感じがない。たぶん今年度はS中の出現により、怒ったりあきれたり、感情の起伏が激しかったので、「働いたー」とか「つかれたー」という思いが強かったのかもしれない。 成果はそう上がっていないのだが(笑)、働いたような気になった今年度、特に3月までは楽しく介助員をやっていたU中学校の仕事に曜日の都合で行けなくなり、その代わりにつらいS中での講師の仕事が週3日もあったことがいろいろな面でいい勉強になった。 大変な学校は未だに大変だぞ…ということを思い出し(笑)、いざとなったらそういうところでも一応通用するぞという自分を思い出し、そういうところで担任をしている先生たちは大変だなあというのがはたから見てるとよくわかり、それでも大人がいい加減にやっていると学校は良くならないなあということを目の当たりにし、もしここに自分が教諭として担任として入ったらやっぱりつぶれるだろうなあ…とも思うのであった。 こちらではなんと3人も休職中の先生がいて(たぶん心の方かな)、私もその代わりの一人なのだが、教諭の代わりが講師では授業は代われても、学年の仕事では代わりになれない(行政によっては常勤講師という産休代替みたいなシステムの地区もあり代わって担任を持つこともあるようだが)ので、それだけでも人手不足。人がいないところを持ってそうなるから、さらに学年の教諭の負担は増えるし、生徒に目をやる時間はなくなるし、それでまた次の人が倒れる…という悪循環が生まれる。 一方でうまく回転しているI中では、中心になっていいムードでやっている教諭たちがいて、いろいろなことが好転するから、今まで教育に冷めていたようなベテランもだんだん巻き込まれていき、なんだか生徒ともいい感じになってくる…という不思議な様子を見た。 厳しい言い方をすれば、「やっぱり大人の影響が…」とも言えるし、でも大変な学校を助けるようなシステムがないことがそもそもこの違いを生んでいるような気もする。教員の数をただ増やして解決するとは思わないが少なくともある程度の余裕はないとつらいなと思う。 今年の私は2校で同じ時期に同じ学年に授業をしていたのだが、いろいろな面でやり方もちがっているし、生徒から見た印象も違うだろうと思う。それは「揺るぎない自分の授業が完成していない」(笑)ことかもしれないが、「柔軟性があって、相手に一番あったことを選択している」のかもしれない。もしかして、自分があまり悩まずにこの仕事をできるのはそこ(いい意味でも悪い意味でもいい加減)なのかなあとも思う。 ところで、マニュアルは必要だけどこだわりすぎても…というのが昨日のレコード大賞の司会。 EびちゃんとMえちゃん(匿名になってないか)による違う意味でハラハラドキドキ緊張のある番組だったが、圧巻は2カ所。 C-UTEという最優秀新人賞をもらったグループは労働基準法の関係で、賞の発表・表彰時にはステージにいられなかった。で、代わりに壇上にはプロデューサーのつんく氏が。たぶん、どのアーティストが来ても聞く予定のことばの載った台本があったのだろう。そこでEびちゃんは聞いた。 「この気持ちを誰に伝えたいですか?」 この人、賞もらった本人じゃないし(笑)、さすがに返事に困っていたようだった。 そしてレコード大賞はコブクロ! 結構感動。そんな感動の場面でMちゃあきが小渕くんに聞く。「お母さんになんて伝えたいですか?(ちょっと違う表現だったかもしれないがこんな質問)」 思わず言葉に詰まりながら小渕君がやっとしゃべろうとしたその時…びっくりするほど明るい声でEびちゃんが、「さあ、それでは歌ってください!」 もしかしたら時間がなくなりそうで、ディレクターが必死でマキのサインを出していたかもしれないけれど、今一番大事なのは何…って見えないと生放送の司会はつらいなあ…と思ったのであった。たぶん、曲の最後がCMで切れても文句は出るだろうけど、あの時小渕君が言おうとしたひとこと…聞きたかったなあ(笑)。 今年一年、当初の自閉症の啓蒙という役割を終えて?ほとんど私的な記録と可したブログにおつきあいいただいた方々どうもありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。(たぶん)【CD】フジテレビ系ドラマ『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』主題歌コブクロ/蕾《通常盤》<2007/3/21>
2007/12/31
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泊まった翌日は、「東京ドームアトラクションズ」で遊んでから帰る。その昔の「後楽園ゆうえんち」のことだ。 フリーチケットはなぜか「紙でできているテープを腕に巻き付けて貼る形状」のものだった。もちろんこんなものをつけるとSは3秒でちぎるので無理。私がポケットに入れた。しかし、最初のアトラクションで「ルールだからダメです。」と言われて乗せてくれない。「つけられないならもう一度チケットセンターに行って、証明書を書いてもらって欲しい」と言われる。「割引があるかもと思って(結局なかったが)障害手帳を見せたのにその時特に何も聞いてないですよ」とこちらもちょい怒り。ここで乗り物を目の前にもどったら朝からSの怒り爆発だ…。それにこちらにそんなにも落ち度があるわけでなく、チケットをごまかしているわけでもなくここにあるのだ。 そういう押し問答の末、この1回に限りOK、その後すぐにチケットセンターに行くということでそのまま乗れるように押し切った。そこまで苦労して乗ったのだが、水の上を走る乗り物に喜んでいたS、最後に高いところから滑り落ちるとさらに喜んだのもつかのま、水をバシャーとかぶって泣くのであった(笑)。 その泣き方で、「ただものじゃない」ところを見せられて、こちらも義理が立った?というものだ。 さて、どのアトラクションも前日とはうってかわってかなりガラガラ。都会の遊園地は昼の方が空いているのか。うちの方では17時までで夜は営業してなかったりするけど…。 前日夜は120分待ちだった観覧車も、待ち時間なしで3回、メリーゴーラウンドにいたっては5回、他も乗れるものはほぼ2回ずつ乗って十分 元を取った。 観覧車から、観覧車の内部(普通あるはずの軸がなくてそこを通っている)を通る恐ろしいコースターが見えるのだが、一番高いところからはどうみてもまっさかさまに落ちている…。そんなところを両手を上げて乗っているような人の姿を見るとかなりびっくり。 もちろん年齢的にそれにはうちのSは乗れないのだが、高いところ大好き、スピードの出る乗り物、高いところから落ちる乗り物、回転するもの…何でも好きな息子に対して、私は高いところに行くのも嫌だし、コースターも特にふわっと落ちるのが苦手。なんだかんだ避けているアトラクションがあったのだが、「あれ」(観覧車の中を通るコースター)にくらべれば他はたいしたことないな…と勇気を出して、高さ61mまであがるというパラシュートみたいなヤツに3人で乗った。 6歳より上の人はOKとあったので正直なめてかかった。 カゴの中に乗ってみるとなんだかこころもとない。 「2回行きます」というお姉さんの声。 するすると上がると遠くを見ていてもそこがすごく高いことがわかり気が遠くなっていく…。 恐怖のあまり、「そうだ、さっきの、ちょっとしか揺れてないけど画面を見ているとすごく動いた気になるアトラクションに乗ったつもりになろう」と思わず目を閉じた。 体が浮き上がるような感じで、すさまじくふわーっとして下まで落ちて(降りて)いった。恐怖で血の気がひいていく中、となりの少年は、ゲラゲラ笑っている(笑)。 「もう1回行きます」と言うお姉さんに思わず断ろうかと思ったが、Sは大喜びで、指を出してもう1回の合図や、両手を合わせてのお願いポーズまで飛び出してアピール。こちらも腹をくくってもう一度チャレンジ。 といっても、今度は、最初から最後まで完全に目をつぶって他の考え事(何を考えたかまったく不明)をして、目を一回も開けないことをがんばった。すると、さっきより恐怖半減! ふわーっと落ちていることだけはごまかしようがないが、夢の中のような気分でごまかせた?ようだったが、地上に降りると足がよろけた(笑)。私の苦手な部分を集めたかのような乗り物であった。 こわい乗り物大好きな有償ボランティアをいつか募集したいと思う…。 とりあえず、たぶん一睡もしていないS、帰りの2時間以上の電車の度も寝ずに帰宅。家に帰ってちょっと泣いたらさすがに爆睡した…。となりで爆睡した私も旅先から帰って生まれて初めて「やっぱりうちがいい」と思うのであった。
2007/12/28
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3学期早々にSの小学校の特学の宿泊行事がある。 去年も行った旅館なのだが、この夏は家族の入院で遠出してないし、春先の旅行はほとんど実家に泊まったし、夜よそに泊まるとどうなるか心配…ということでこの冬休みに「宿泊訓練」という名の1泊小旅行に出かけてきた。 終業式が終わって、家で昼食を食べてから出発。東京都心に出て、東京ドーム周辺で過ごすという予定。 阪神ファンである私がなぜ敵の聖地に…って、朝食付きで一人5000円、人工炭酸泉の大浴場付き…という好条件を見つけたからである。もちろん東京ドームホテルとかそういう立派なものではなく、「ドーミーイン水道橋」という、ちょっとドームと関係あるようなふりをした感じがすてき(笑)。 さて、夕食がてらドーム周辺を散策。イルミネーションがきれいで、きらきら好きのSも喜んでいたのだが、あまりの人の多さとその勢いにけおされてしまう。まだ25日だったので、クリスマスを過ごすアベック(古い表現か?)の群れなのか、ものすごくたくさんの人。 ガラガラの所をちょっと乗るか…なんて思っていた観覧車は、なんと120分待ち!! じゃあ、どうしようか、他のアトラクションにするか…なんて言っていると、学校にも行ったし電車にも2時間以上乗って疲れたSは突如道にひっくり返って大泣き。光の回廊の地面で、一人寝ころび泣きわめく子の頭に、自分の片足のクツを差し込んで知らんふりをしている男親の姿(しばらくそっとしとかないと復活しないから)を「虐待か?」と思いながらチラ見して、100人くらいの人が横を通過していった。ほんの1~2分の出来事なのだがさすがに恥ずかしかった。 その後すぐに復活して食事に。ラクーアというビル内のお店はカップルの行列で、あきらめかけたが、こういう時にやはり「ギョウザ」は敬遠されるのか、中華料理屋さんは空いていたので予定通り入って食事。Sはやたらといろいろと食べて、とてもお利口。初めてのお店でも食べることに成功。 さて、大浴場のついたビジネスホテルにもどって過ごすのだが、和室の練習もしたいけれど、ベッドがないとジャンプできない…ということで、和洋室を探してここを選んだのであった。浴場は大浴場といっても、湯船に10人は微妙…という大きさ。ただ、すごくいい感じの癒しムード満点の浴場である。入る時にいた数人のビジネスマンズもちょうどあがり、Sとふたりで貸し切り状態でゆったりした。 そして、肝心の「寝る練習」である。実は内側からのカギがひねるとすぐ空くようにできており、Sは一度出ようとして自分でドアを開けられることがわかったので、脱走されては大変…「Sが寝ないと私たちは寝られないね」と、夕方、妻と話したところであった。 しかし、炭酸系の飲み過ぎか、パジャマが新しいからか、部屋が楽しいのか、Sはいつまでも、走り回る、飛び回る、疲れた気配なし…でいっこうに寝ない。電気を消すといつもだったら入ってくるはずの私の布団に寄ってもこない…。 私はアルコールも入っていてすごく眠いのだが、入り口付近の畳の上の布団に横たわりながらも寝られないままだ。 しかし、10時半にベッドですやすやと寝た女がいる。気がつかないうちに勝手に一人すやすや。お酒飲まないのに…。この人の睡眠は、職員会議であろうが何だろうが誰にも止められない。 Sはその後も同じ感じで、落ち着かず興奮しっぱなし。無理矢理布団に入れて抱きついて押さえていても、そのうち抜け出していく。 1時くらいにやっと布団でじっとし始めて、その頃に私もうとうと。 ところが変な電子音で目が覚めた! ああ、なんと買ったばかりのせいもあり、携帯電話のメール着信時の着信音をまだ切っていなかった。そして、マナーモードにし忘れていた。そこに来て、夜中に大量のスパムメールがちょうど来たもんだから続けて鳴ったのだ。 音に目覚めた私は、背中合わせのSをのぞくと…目が開いている…。 今起きたのか、ずっとかどうかはわからないが、また行動開始。 その時に、妻は一度起きたが、「S君寝ようよ…」と寝言のようなことを言い、交代で起きようというそぶりなく、また寝た。 その後も寝ないSに対して、そしてその後も起きない妻に対して、そしてついでにこんな時に新品のパジャマを持たせた義母(家で就寝中)に対して、言いようのない怒りがこみ上げてくる。 そして、怒りの3時半…。この男をほっておいてドアの前に布団をひいて寝ようと決意。そこは一段下がっていて、寝にくいし少し汚いのだが、もう知らん。ところがそんなところに布団をずらすとSは寄ってくる。怒った顔で、布団を元の場所に持って行こうとするのだ。「お前は来るな!」と布団越しにキックで蹴ったり、となりのベッドに投げ捨てたり…もうぶち切れ。 今度は何度もその繰り返し。 音の大きさに妻が起きたのが4時頃。ちょうど私はトイレ大に。行きたくてもそれも行けなかったのだ。 そんな中、やけくそで思ったことは、「どうせ寝ないのなら風呂にでも誘うか…」 日頃、家で風呂に誘うと布団にもぐり込むからちょうどいいし、いざとなったら早朝風呂行ってもいいやと思った。 「S、お風呂行きますか?」 ニコッと笑って手を挙げた…。 タオルを持って、廊下を歩き始めると、なんとスキップ…(笑)。もし他の人が見ても、早寝早起きの二人とは思っても、まさか徹夜中の親子だとは思うまい。それにしても、さっきまでもう少しで殴り倒しそうだったところから、このご機嫌なほのぼのぶり…自分でもおかしくなってもう笑ってしまった。 そんな午前4時過ぎ…それでも先客がいた。お年寄りの早起きもすごいな。が、その人が上がるとまた貸し切り状態。 Sは笑顔でシャンプーをさせたり、少しずつ湯船に使ったり、お湯の中を大きくゆっくりまわったり、中心でくるくるまわったり楽しそう(笑)。 部屋に帰ると、満足したのか、今度はおとなしく布団に入った。が、結局目はつぶらずにゆったりするだけであった。いったいどうなっているのか…。脳内にドーパミンとかがドバーっと出ているのかも。私は2時間くらいだけ寝られた。 翌朝の朝食後、チェックアウトまで後1時間。さあまだ寝るかなと私が思っていると、Sはパンフレットを持ってきて、風呂を指さしてアピール! 最後の一風呂…3回目の入浴をすることになったのであった…。温泉でもないのに3回入る人は普通いないぞ。
2007/12/27
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携帯電話のバッテリーが一日しか持たなくなってきた。バッテリーを買うのに7000円くらいするようなので、思い切って買い換えることにした。 ドコモなのだが、ムーバだし、機種名はP504i …気がつくともう4年と11ヶ月これを使っていた。保護してあった過去のメールを見ると、養護学校で働き始めてすぐのつらかった時期、元同僚や教え子からの励ましメールや、中学校保護者からの転勤にびっくりしましたメールなどがあって、「うーん、この5年間って結構激動?の時期だったのだな」と実感。 買い換える前のものは実はカメラもついていなかった。下手についていると「つい…」と犯罪的に使ってしまって首が飛ぶのではないか…と自重した(笑)のもあるのだが、今はもう大丈夫(ほんとか?)というのと、むしろついていないのを探すのも難しいので今回はありにした。 いろいろ新しい機種を見たけど、最新のシリーズ(905)はどれもこれも機能がありすぎるし、びっくりするほど高い。みんな横並びで5万円。2年間使うベーシックプランで3万6千円ってちょっとなあ。 もちろん、高性能なのはわかったが、貧乏性なので、「型オチ」の商品を何軒かで見て回って、D903iTVを1万2千円で購入。いやあ、ついにワンセグだよワンセグ。 家に帰って、基本操作とかをいろいろと試みながら、ついにテレビをつける…。 つかない…。 最適な感度調整などするのだがいっこうに映る気配なし。 適正な電波がありません…だかなんだかそんな表示が出て思い出した。自宅のそばの山には大きな高圧電線が通っていて、「電波障害地域」なのだった。今の普通の地上波テレビは共同アンテナから入っているのだが、やはりだめだったか…。 家では大きなテレビを見ればいいのだから別にいいのだが、この携帯、他で使えば本当にちゃんと入るのか? もしかしてびっくりするほど感度悪かったりして…と少し疑い始めたのであった。 もうすぐ買って3日たつが、未だに着メロも待ち受け画面もどうやってとりに行くのかわからずそのままである。(笑) ちなみに前の携帯では、かかってくる相手がどこの所属かわかるように、数校分はその学校の校歌のイントロが着信音のメロディだった。もちろん、譜面は耳コピーしたり生徒手帳のを移して自分で入れたオリジナル着信音…。結構自慢。 大学音楽サークルの人からかかると、バックビートのオリジナル曲「Na Na Na」が鳴るし(笑)、他の人の着信音とまちがうことなど絶対になかった。 今の携帯で普通の曲が高音質で流れるのを聴くと、なるほどもうそういう時代じゃないんだな(笑)と驚くのであった。なぜって、そもそも自分で音符書く機能が携帯の中に見つからないし。 ここ数日ブログの更新がなかったのは、大掃除が忙しいのと、携帯の取扱説明書ばかり読んでいたからであった…。
2007/12/23
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広汎性発達障害(たぶん自閉症かな)の12歳の少年が12月6日から行方不明になっているということです。 すでに公開捜査にはなったそうですが、ここに来る人ならもし発見した時に保護できるかな(うちの息子で少し自閉症に詳しくなってるから)と思ったもので、載せておきました。 ミクシィに入れる方は、こちらの方の日記をご覧ください。YAWARAさんの日記 住所が近い方への転送やブログでの転載などもOKのようですが、チェーンメール化しないようにご配慮ください。 たくましく生き抜いてくれているといいのですが、夜冷える時分だけに心配です…。 1月8日、千葉県で無事保護されました。気にかけてくださった方、ありがとうございました。これにともない、個人名を伴う情報を削除いたしました。
2007/12/18
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講師をしている地元のI中学校では、特別支援学級で介助員をしていない(やっていたのは他校)のだが、時々遊びに行っている。主に3年生に向けてのひとこと文集みたいなのがあったので、せっかく書いたその原稿をここに引用してみた。 引用始 もう2年前になるだろうか、昼休みに○組に行った時に謎の戦いに巻き込まれた。当時の介助員○○先生が3年生と戦い、それに触発された1年生男子が私に戦いを挑んできたのだ。相手と両手を合わせながら押し合い、バランスをくずして足が動いた方が負け…というルールの遊びなのだが、彼に余裕で勝ちながら、時にわざと負けて、勝ち星が接近するようにして盛り上げていた。 2年生になると「ケンシロウ」「ラオウ」と呼び合う本気のライバルとなった。校内ですれ違う時に「ラオウ!」と呼び止められることはとても恥ずかしかった…が、小さな声で「ケンシロウ、後で勝負だ」とささやいた。 そして、今年度、すっかり強くなった彼は、私に余裕で勝ちながら、○勝△敗という戦いがいつも少しの差になるように調節しているようだ…。見事な成長を遂げたケンシロウも含め、3年生の立派な成長には目を見張るばかりです! 引用終 何やってんだか、俺(笑)。ラオウとケンシロウを選べる業界初の2wayモードで、楽しみながらタッチタイピングが習得できるソフトです。ホロン 北斗の拳 激打2 12316;タイピング覇王 12316;価格改訂版
2007/12/16
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昨日のクラブトヨタW杯が始まる前、我が家の食卓での会話。 私が「チャンネル、サッカーにしまーす」と言いながら変えると、試合前の様子が映し出された。 うちのじいさまばあさま(義父・義母)は日頃はあまりスポーツを見ないのだが、国際大会になると何の種目であれやたらと見て、ああだこうだ言う人たちなのだ。が、細かいことはあまり知らない。 画面を見るなりじいさまが、「今日、日本は『イラン』とやるんだろ?」 日本と言えないわけでもないけど、一応「浦和レッズ」でナショナルチームではないのだが、まあそれはいいとして、「イラン」ではなくて、AC『ミラン』…。 基本的に下手なことを私が偉そうに言ってまた憎しみをあおってはいけない(笑)ので、妻がこういう質問に答えた方がよいのだが、これまた知らないので、「イランってことはないでしょうけど、どこだっけなあ、イタリア?」 さすがにこのままだと惜しいけど違うので、 「えーと、浦和はイランのクラブチームにはもう勝ったから、今日は「ACミラン」っていうところとやります。」 しばらくして、ばあさまが言った。 「私は別になんとも思わない顔だったけど、今日の相手チームにはトトだかカカだかいう騒がれてるのがいるんでしょ?」 昼のテレビで見たのか、よく知っていたなあとは思うけど、確かにカカはいるけど、トトはサッカーくじの名前だし、何よりも「トト様・カカ様(お父様・お母様)」みたいにセットで出てくるともうおかしくてしょうがないのだが、妻の実家に入ったマスオさんとしてはここで大笑いするわけにもいかず、カレーをそっとかみしめて、妻の返事を見守るのであった。 妻曰く「さあ?」…。
2007/12/14
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お笑い番組の『エンタの神様』にここのところ続けて出ている「フランチェン」は小学生にも大人気だ。 今日、Sの交流給食で小学3年生の教室に行ったのだが、野菜を多く盛りすぎて足らなくなったらしく、先生が「多いなって人は減らしに来てくれますか?」ときくと、教室中、「いいよー」の嵐。 独特な節回しの「いいよー」なので、フランチェンの真似だとわかって思わず笑ってしまったのだが(担任は気づかず)、このフランチェンなるキャラがかなり微妙なのだ。 見た目は「フランケンシュタイン」なのだが、そののんびりしたしゃべり方やおとぼけぶりが受けている。それを見て、こんな風に思うことが逆に失礼かもしれないのだが、あまりにも「特別支援学校高等部の気のいい男子生徒」という感じなのだ…。 または、作業所で働く、やさしくておっとりした感じのお兄さん…という感じ。 番組の中では、意地悪な笑いではなく、癒し系のキャラとして人気なようで、みんな優しい笑い声だ。 ただ、今後これが爆発的に流行って、そして特に障がいを持つ人と関わりのなかった人が、そのフランチェンにそっくりな上記のお兄さんたちに出会った時にどうなるのだろう…。ほほえんで接してくれる人と、「こいつフランチェンみたいだぜ」とバカにする人とどっちが多いのだろう…と考えるとすごく微妙なのであった。 とりあえず、我が家の自閉症児Sは、のんびりしていないし、「いいよー」も言わずに「うー」といばるだけなのでまだフランチェンに負けているけど…。 フランケンシュタインこれは本物。
2007/12/11
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8日はジョン・レノンの命日。あれから27年…ってそんな先の時代になっても彼の名を冠に付けたコンサートが行われるなんて思ってもいなかった。 今年(も)行かなかったけれど、忌野清四郎復活とかメンバーもすごく魅力的だった。 さて、9日は、日本時間での命日(強引)。そんな日に久しぶりにバンドで練習ができた。 音楽っていいなあ…と素直に思えた。 ただし、久しぶり過ぎて弾くのに必死(笑)。
2007/12/09
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毎回定期テストに出している時事問題、今回の一部。A 2007年のノーベル平和賞受賞者の名を答えよ。(ア ナイ・ゴア イ アル・ゴア ウ ナイ・マグマ エ アル・マグマ)B 防衛省(旧防衛庁)がらみの収賄事件(わいろをもらった事件)の中で名前が出てくる「山田洋行」という会社は、主に何を取りあつかう会社なのか。(ア 海軍カレー イ 文房具 ウ 兵器 エ 海外旅行) 得点をあげるつもりで出したAは、もちろんイが正解。マグマは単に「マグマ大使」に出てくる悪者がゴア(そんなひどいあだ名の友人も大学時代にいたが…)だから、おうちの人にでも笑ってもらおうと思って出したのだが、他の難しいところはすべてできたのに、ここでアのナイ・ゴア とかを選んで満点を逃した人までいて申し訳なかった…。 Bは、大人もかなり誤解していたり、私も最初は「内田洋子」って女が黒幕か…なんて思っていたので、ひっかかるとは思っていたが、できた人の方が少なかった! 圧倒的に多かったのはエの海外旅行。洋行する…って確かにことばとしてはあるけど、昔か! イと書いた人の多くはやはり「内田洋行」さんの教材で三角定規とか使っているからだったようだ。 アは冗談のようで、防衛=軍と来たのか意外と支持?を集めた答え。これを機に「洋上では今でも金曜日はカレーが出る。これは曜日の感覚を忘れないため。」というへえ情報が各クラスで発表されたが、それを知っている人ほど選ぶという謎の状況。「接待=カレー」だったのかと思ったとの声。 選択肢にはないけど、「ゴルフの会社かと思った…」という声も。政治や行政に関わるみなさん、詳しく新聞を読まないとわからないような一般人の想像を越える悪いことをしないでください!よこすか海軍カレー(ビーフ)よこすか海軍カレー 200g < 終 >
2007/12/08
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授業の中で『漁業の問題点』を自由意見で言わせると、今度はたいした意見が出ない(笑)。I中学校は山の学校だからしかたがないのだが、このあたりは「漁業とともに発展した商業の町下関(過去の栄光)」出身なので、私はまあまあ得意である。 授業的には、・沿岸漁業の衰退 ・遠洋漁業・排他的経済水域(200カイリ)の設定による打撃 ・養殖漁業(余ったえさによる海の汚染) ・育てる漁業(栽培漁業) ・輸入の激増 とかそのあたりが流れである(もちろん大まかな流れであり、今でも沿岸漁業をがんばっているところはある) 。 灰谷健次郎氏の作品を最近読み直していたこともあり、「底引き網を引いてもほとんど9割はゴミばかりで、それを持ち帰ると船が沈むからまた海に捨てて残ったほんの少しの魚を船に残す。その中に箱ふぐやウナギなどの高級魚がいなければ、へたすれば赤字である…。」 そんな話を自分が見たかのように(笑)話すのだが、本当に悲しい現実だ。 興味深かったのは、『沿岸漁業で魚が捕れなくなった理由』を聞いた時に、「乱獲のため」という意見は出ても、普通は出るであろうあの意見が、どうしても出てこないのだ。 世代によるものなのか、土地によるものなのか…。 出なかったことばは、「海が汚れたから」である。 これは意外だった。私たちの世代だと、目の前でだんだん汚れていく海を知っていたり、今よりもひどい汚れの海の話(東京湾のヘドロとか)も知っているし、工場排水による公害病のニュースもあった。でも、それなりに美しい海のことや、そこで日帰りの沿岸漁業で生計を立てていた漁師のみなさんや漁師町の暮らしを少しは知っていた。 公害垂れ流しが許されなくなった今、東京湾とかはあの頃よりきれいなのだろうけど、『全国のどこでもかしこでもいくらでも魚が捕れた時代があった』ことに、こどもたちはもう思いも寄らないのかもしれないなあと思うのであった。 追伸:「下関では縁起を担いで『フグ』のことを『フク』と呼んでいる」という結構有名な一説があるのだが、それは観光関係の人たちががんばって流しているだけで、漁業関係者も一般市民もみんな普通に『フグ』と呼んでいます。以前、友人の結婚式で東京から来た司会者が「新郎の出身地下関ではフグのことをフクと呼んでいます」と言った瞬間、会場の半分(新郎側)から「言わん、言わん」の大合唱であった。(笑) 【送料無料★産地直送】本場下関ふぐ専門店「ふくの関」より調理したてを新鮮冷蔵で直送!「絶品!とらふぐ刺し」2人用!この歯ごたえ天下一品!御歳暮:クリスマス:年末年始に最適!今ならご注文頂いたお客様へは大福茶(特上煎茶)をプレゼント♪【楽天鮮魚部門ランキング
2007/12/05
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昨日の日記、「第1次産業 その1」を問題提議のため(笑)にミクシィの方にものせといたら、まんまと元教え子で地理とか環境関係の学問をやっている青年がコメントをくれたので、こっちに転載します。なお本人からの許可は事後承諾…です。 ぜひ、自然保護関係のお仕事をしているミュージシャン上がりの(ていうか現役か)T君、この記事に気がついたらコメントしてやってください。 引用始め今の僕の指導教授が林学者なので、たまに話しは聞いています。とりあえず、日本は公共事業の矛先を道路やダムから、環境や教育や福祉へと変更せねばなりませんね。当面としては、林業を公共事業化することが起爆剤になるかと。公共事業は無駄な展開と不透明な組織がなければ、市場主義を調整する数少ない選択肢だと思うので。日本のような山林国家は、山が荒れれば都市も被害を受けます。だから、枝打ちや間伐や植林を公共事業でまかない、間伐材はバイオエタノールとか地域産業の材料にしていくのが望ましいと思います。山林管理は大変な労働力が必要なため、雇用の安定という公共事業本来の意味も取り戻せますし、もともとの林業者も助かります。今の日本は国内の木材資源を使いたいのに、自由経済の影響で使えない。そのため、フィリピンのラワン材は大打撃を受け、今はマレーシアが打撃を受けています。熱帯林の消失に日本が絡んでいるのは間違いないので、伝統的な先住民族に恨まれてもしょうがないです。なのに、国内では人件費が高いために杉やヒノキが放置されて、山が荒れ、花粉症や洪水、土砂崩れの被害で日本中が苦しんでいます。第一次産業を見つめなおさないと日本はヤバイと思います。H中学時代に社会マニアだった僕の現状の見解です。何か偉そうにすみません……。添削してください……ww 引用終わり この意見、専門家のコメントということにして授業で使おうと思う。
2007/12/05
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中学校の地理の中で、農業問題は大きく取り上げてあるが、今の教科書ではほとんど記述が皆無に近いのが林業と漁業(水産業)である。 我が家が校区でもあるI中学校地区では、室町時代に炭焼き小屋で焼かれた木炭をふもとの町で販売したのが定期市の始まりで、商業とともに林業が大きく発展して、明治の頃には文化も栄え、自由民権運動も盛り上がり、つい私議憲法まで作っちゃって……で、昭和になって急速な都市化にはついて行けず、戦後はさびれていった町なのである。 そういう背景もあるから、『林業の問題点にはどんなことがあるか?』という問いへの自由意見は、さすがに土地柄が出る。 もちろん、普通に、世界的な規模で森林伐採などによる熱帯雨林の消失 → 二酸化炭素の排出量増加 → 地球温暖化 というグローバルな知識もあるのだが、身のまわりの現実は、『森林伐採=悪』ではないのである。 結構、中途半端な環境教育の影響で、そう思ってしまうのが普通な今時分、今日出た意見の中には、『切るために植えた木なのに切ることができない!』というこの町の林業の現実を表す意見がいくつもあったのだ。 現在のスギの山は、時期をずらして計画的に切っていくために植えたもの。ところが、安い輸入材ばかりが使われるようになり、単価の高い日本の木は使われない。その結果、林業従事者の生活が成り立たなくなったり、スギの手入れ(特に枝打ち)が行われなくなった。で、スギの花粉もまた増えた。日本向けの輸出のために熱帯では木が切られすぎて、先の世界的な問題に…と考えていくと、たとえ高くついても切るべきものを計画的に切れると良いのだろうと思うが…。 都知事が最近花粉症になった東京都(大笑い)では、やっと都の事業として森林の手入れにお金を出すということが始まるそうなのだが、本来なら、国内で自然のサイクルでできるはずのことが、経済優先で行われずに他の国や地球全体に迷惑をかける…とても不思議な、でもこの国らしいことである。 ちなみに、普通の社会科教師よりこのあたりの事情に詳しいのは、義父が林業で全然収入がなく(笑)、今の2世帯住宅も山(1億)か木全部(5千万)を売って立てる予定だったのに、まったく売れず、結局私たち夫婦がローンを払っている(泣)という現実があるからなのであった。 自分の所の山の手入れをしていたのはえらいけどそれは無報酬。誰かの山の仕事がある時だけ手伝って手当てが出る…そういう生活だったらしい。まあ、ひとこと言わせてもらえるなら、結婚直前に勝手に立てずに、山が売れてから立てろよ…。 杉材12(Jパネル)抜節補修なし2枚セット
2007/12/04
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私の知り合いにはいろいろと変わった経歴や珍しい職をお持ちの方が多いのだが、その多くの変わった方々は音楽関係(ロック系)の時の知り合いである。 なるほどといえばそうだし、当時の生活を思い出せばまさか…という感もある方々は、現在、新聞記者だったり、テレビ局のディレクターだったり、建築デザイナーだったり、自然保護関係の仕事だったり、清掃アルバイトだったり、インテリアデザイナーだったり、ライブハウス店長だったり、作曲家(兼業)だったり、車いすテニスプレイヤーだったり、ケアハウスマネージャーだったり…おかげで学校関係以外の仕事のこととかを聞く機会があってとても貴重である。ただ、普通の大手企業の会社員…という生活が一番聞けなかったりもするのだが…。 で、自分が教師の職をやっていて知り合った方々は、その時に教職にあるわけだから、そうそう他の変わった世界に首を突っ込んでいる方は少ないのであるが、ある意味一番珍しい方が、この時に一人いらっしゃるのだ。 Y中学校で教諭の時に同じ学年で担任を持っていた先生。確かに、学年集会やっている時に後方で体をほぐしていたり、回転し始めたり(笑)、ただものではない感じはあったり、バレエをやっているという話は聞いていたし、大学では落語研究会だったなんて話は知っていたのだが、当時もその後も、とてもまじめな感じの教務主任であった。 そして、都道府県教委の研究員にも出ていったり、主幹となったり、もう誰の目にも「そのうち、指導主事・教頭(副校長)・校長…なのか」と思っていた時にその先生は退職した。 なんと、その時、勢力拡大?のために大規模なオーディションをおこなった劇団四季に入団することが決まったのだ! 当時、同じ職場の方々はその判断にびっくりしたということだったのだが、その話題の時に、「そりゃあ、劇団四季通ったのなら普通そっちに行くに決まってるでしょう!」という私の意見もまわりにびっくりされたので、みんなにとってはやはりただごとではないできごとだったらしい。 その中条きよし似のすてきなおじさまは、その後、劇団四季でも数々の舞台を踏み、現在は退団して、フリーで音楽関係・演劇関係の指導・講演などを行っている。 学校教育に精通していて、一流の芸を持っていて、大人の品格がある…こんな方もなかなかいないと思うので、フリーで動き始めたばかりの今がチャンス!ということでご紹介いたします。 日本全国対応かどうかまではお聞きしてないけど、どんな人なのか興味があるだけでもご覧ください! ↓高橋辰也ホームページへジャンプ
2007/12/01
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