チヌマンダイ

チヌマンダイ

2006.11.10
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十五夜床の間.jpg


琉球の舜天王統の義本王はあまりの旱魃のため凶作続いたので、王位を英祖にゆずり琉球の各地を転々とし巡礼して廻っていたが最後は与論島のタテダラの近くの洞穴で息を引き取ったと
物語を作ってみたらおもしろそうだ。
 義本王が即位したのが1249年である。
私の守護神は大舜といわれている。大舜は中国の歴史にも記されている孝行息子であるのでしっかりせねばならないが・・・・・。そもそも、守護神を信じればのはなしである。
さて、十五夜踊りで何に向かって祈願するのかと聞いたところ、写真の正面にある「太鼓」だときいた。寄進者の子孫も参加していて2番組は安泰である。

海洋少年
 昨日の告別式は島中の参列者のもと滞りなく盛大に行われた。故人の人柄によるものと思われる。岩村神官のおかげで、埋葬の儀式についてききながら写真に記録したのであとで整理しておきたい。今回は使い走りの役目だったので自由に動くことが出来、ぞうりつくり・池堀などについて聞き取りすることができた。
 さてさて、鹿児島より来客があったので3日祭りは早めに切り上げて楽園荘に行ったら、カナおばあちゃんと床の間で話していた。母の従姉妹にあたるが私と同じ歳、浪人してたころお世話になった人で姶良町に住んでいて、旦那が役場職員なので似たような生活環境だろう。旦那の妹さんが与論島初めてなので観光しながらのお墓参りにと訪ねて下さった。この前、兼光さんのアトリエ「ノア・ノア」を訪ねた時久しぶりに会った。与論は高校のとき以来というからなにもかも変っているだろう。まず、私の家も、父の生家も、キビ植えした畑も。

最初の2ページ読んでみた。世田谷農大から小説の舞台、砧はすぐ近くにある。
 妙なとりあわせである。田舎者にとって、時の、田園調布の町並みは憧れであった。
有名人に偶然会えないかなどとおもいながら、多摩川あたりを散歩したりしていた学生時代を思い出させる。
 昔の静かな住宅街のイメージを、与論島文化人村構想に膨らませている昨今である。
ランドアンド・ランドスケイプの夢をもう一度。








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Last updated  2006.11.11 05:40:15
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