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昨日、あしびなー向かいでみつけました四葉のクローバー。探そうと思ったわけじゃないんですがすごく元気に咲いていてきれいで惹きつけられてじっと見ていたらでっかい四葉。人生を振り返ってもそうそうみつけた覚えがないし天使界からの贈り物のようです。ですので、この写真にクンダリーニレイキのエネルギーが流れるようセットしておきます。もし気が向いた方はこの写真を見ながらクンダリーニレイキを受け取りますと宣言して深呼吸をしながら1~3分くらいリラックスしてお過ごしください。特にこの部分、とかこのテーマに流したい、というのがあればそれも一緒に宣言してみてください。感じても感じなくても、流れたと思ってお水を飲むことを忘れずに。できるだけゆったりお過ごしください。強烈な好転反応が出るほどではないと思いますがもし出た場合は適切に対処してください。みなさんへ感謝とともにAZU
2010.02.25
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2月は梅雨のように連日雨でしたがようやく晴れ間を見せてくれるようになりました。*我が家のベランダからの今日の空*自分のことは自分が一番よく知ってる、なんて言葉があるけどそれは真実でもあり、とんでもない間違いでもある。その言葉を鵜呑みにして私は私のことをこんなにわかった、なんて思ってしまうと本当の自分と出会うせっかくのチャンスにふたをしてしまうことにもなる。潜在意識は顕在意識の10倍です、とか100万倍です、とか言われても実際にそれをリアルに感じるのは難しい。じゃあ私が知ってる、あるいは感じてるこれ、この自分はいったいなんなんだ、ということになる。実際に自分が知っている、知覚している世界は幻想に等しい。頭が納得している自分と自分の本当の気持ちがまるでかけ離れていることを人はあまり知らない。自分の心を探求することが人間にはとてもとても大切なことだと言える。なぜなら人間は心でしか愛を知ることはできないし愛を学ぶことは人間にとって、最重要課題だからだ。愛を学ばずして本来の成長はないし真理や真実を生きたことにはならない。しかし愛を学ぼうといったん決めれば人生を豊かにしてくれるのに必要なすべてはついてくる。現代人はまず生活必需品や必要なものを整えて勉強は勉強、仕事は仕事、経済、住むところ、それから家族のいろんな問題、なんて具合に次から次へと問題を渡り歩いているけれど世界は、自分の心が作り出しているホログラフィーだということを知っていればまずは立ち止まってその場所から、原因の世界に入っていったほうがいい。原因は心の世界にある。だから、心が死んでしまう前にまず心の世界に入っていくことだ。心はおろそかにされがちである。そんなものでメシが食えるか、とか夢みてないで現実をみろ、とか散々な扱われ方をする。ですが、現実、真実は、本当に心の中にしか存在していないし心を通してしか私たちは真実に触れることかできない。それが現実だ。心の中にはまず未浄化の感情がごろごろ転がっている。それをこつこつ解体していくと重荷は軽く、健康になる。自由に本来を感じるようになる。喜怒哀楽をありのままに体験できる。人が感情を恐れるのは心を開くと未浄化の感情に出会ってしまうからだ。でもそれはずっとは続かない。取り組み解体すると喜びを感じられるはず。そうすると、感謝を感じる時間が増えてくる。自然にそうなる。感謝が増えると光を見る。自分の中の光を。それが自分の中の光と、本来の自分と出会いつながり、それそのものを生きることだ。もし、本当の自分を、光を、神をみつけられずにいるのならまずは心を覗き込んで解体されるのを待っている未浄化のものと向き合ってみてほしい。それは必ず、みつけられ、解体されるのを待っている。
2010.02.24
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セラピーのほうではなくて映画のほうです^^沖縄では3D映像は吹き替え版のしかやっていないんですがこれって普通ですか?どうしても映画館で吹き替え版は見たくないので今月初めに3Dではないほうを見ました。そっちのほうは人気がないみたいで那覇メインプレイスの映画館では小さい部屋がガラガラでした。でももうなんといってもあらゆる面ですごかったのでこれは3Dではどうなるんだという好奇心で昨日今度は吹き替え版を3Dで見てきました。ご覧になった方のお話しを統合してみて3Dを見ないなんてありえないというご意見もありましたが感触としてはもしかしたら3Dでないほうがいいのかもね、なんて予想もしていました。実際両方見てみた結果は3Dより通常の映像のほうがよかったです。あと、吹き替えじゃないほうが(当たり前かもしれないけど)圧倒的によかった。おもしろいもので、3Dで映像が立体でこちらに迫ってくるとかえって心は閉じてしまって引いてみようとしてしまうんですよね。映画の醍醐味はやっぱり前のめりにのめりこんで自分が入り込んで見ると楽しいわけですがあちらがこっちに出っ張って来てしまうとこちらとしてはアトラクションのように作り物として切り離して見てしまう。アトラクション的な映画だといいかもしれないけどアバターは数々の興味深い要素を含んでいる映画なのでやっぱり心を開いて入り込んで見ると得るものも大きい気がします。それにしても吹き替え版、まいっちゃったな。大声優さんの娘で自身もちょっぴり足を踏み入れさせていただいた身としては気軽に批判できないところもあるのかもしれませんがそれにしてもぶち壊しだ。ジェームス・キャメロン監督の「アビス」という作品のDVDでは私の父(仲村秀生)が主役のエド・ハリスさんを当てているんですがやっぱりどうしてもあんな風に演じる声優さんていないものだなと思う。父の演技はエド・ハリス本人以上に彼のからだから声があふれているように聞こえる。彼のパッションや筋肉の動きにふさわしい声と台詞まわしが彼の英語の台詞のニュアンスを、それ以上に日本語として表情豊かに聞かせる。そういう吹き替えを私はいまだに父以外の演技に見たことがない。つまり当て師はハリウッドスターの演技を理解したうえでさらにアテレコのテクニックに長け、自身も同等の魅力ある演技ができていないとなかなかオリジナルに取って代わる感動を与えることはできないわけだ。演技の真髄を体系立てて教えなおかつぶつかって競い合い磨かれていくくらいの教育、育成の場が確立されていないことは日本の表現芸術においては致命的だとやはり思う。80年代に野田秀樹さんが30歳くらいのとき「イギリスなんかでミュージカルを見ていると圧倒的に思うことは日本では天才が出てきてもそれは突然変異で終わってしまうけどむこうでは、すごいのが出てきてこれはすごい!なんて言ってるとまたそれ以上のが出てくる。どんどん出てくる。そういう基盤がもうすでにある。」なんて言っていたのをよく思い出す。日本ではそういうのが期待できるのはやっぱり歌舞伎界くらいなんじゃないかと思う。幾世にわたるDNAの、目覚めと気づきと鍛錬の壮大な記憶。すばらしい演技ってそういうのが絶対に必要なものなのだ。
2010.02.23
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たとえば好きなことに没頭している時肯定的に創造的に活動しているときそれはチャネリングしている状態、などとよくそういう本にはある。そのことは私ももともと知っていて芝居をやっているときは完璧にそうだったのでなんとかその時の様に自由自在にガイドやハイヤーセルフや天使や妖精やマスターや神と対話したいものだとずいぶん望んだものだ。今世紀初頭からはヒプノセラピストをやっていて瞑想という訓練にもだいぶ慣れて(若くて平安がなかった頃にはじっと座ることが苦痛だったので走るとか、体操とか、芝居のトレーニングとかでその状態を得ていた)レイキを始めてからは格段に早く的確にそして日常的に変性意識状態に入るようになりヒーリングのときにやってくる情報を読むこと、伝えることにもだいぶ慣れてきた。チャネルをしてガイドから受け取ったりハイヤーセルフと繋がりたいと望んでいる方は多いと思う。それで第3の目をトレーニングしてる方も多いと思う。私はたくさんのヒプノセラピー(催眠療法)のセッションを通じてこれにはちょっとしたコツと秘訣があると思っている。催眠状態は脳をリラックスさせて変性意識状態に入りそこからさらに誘導によって潜在意識を遡ったり内なる崇高な自己(ハイヤーセルフ)とコンタクトしたり過去世の自分と言われるパーソナリティを体験したりするのだが根底にあるのは要するに変性意識状態、瞑想、チャネリング、ヒプノ、レイキヒーリングでもたらされる状態と共通と言っていい。ヒプノセラピーを始めるとき、いろいろなケースを学ぶわけだが受けにいらっしゃる方はほとんどの方が初体験だ。最近は経験者だという人も増えてきたがちょっと前は100%そうだった。それで、ほとんどの方はまずテレビの催眠術ショーを連想したり夢のような感じで絵巻物が展開することを期待している。チャネリングにしてもきっとそうなんじゃないだろうか。世の中でチャネリングがわりとすぐにできてしまう人が体験から教えているので「あるときピンクのドレスを着てまばゆいばかりに輝いた美しい天使が・・・」なんて書いてあるのでみんなそりゃ期待してしまうと思う。ヒプノでは、まずいろんな期待や思い込みを手放していただくところから始める。絵巻物をみようとしないでもらうためにとても重要なところだ。人間の知覚をタイプに分けると視覚派は1~2割に満たないそうだ。普通は感覚派。それとごく少数の聴覚派。人は映像を頭で作ることができるのでみんな一生懸命やれば見えないことはないのだかそれが自分のエゴなのか、インスピレーションなのかなかなか見分けがつかないので結局葛藤してしまう。まぶたの裏に意識を向けて一生懸命映像を見ようとしている人はこちらから見ても何をしようとしているのかよくわかるので「それはしないでください」と伝える。心の目をハートに下ろして、まず感じてみてください、と言う。すごく大きく分けると、快と不快くらいは人間大体常に感じてるはずなのだ。でもヒプノのときに限って「なにも感じません」と言い張る方もいる。そういう場合は、そこに大きな一つ目の鍵がみつかる。つまり、そこにまず大きなブロック(本来あるもの、本来の流れを閉ざす壁)がある。簡単にいうと、感じなくさせているヨロイのようなものだ。ほとんどのセラピー、エネルギーワークの役割はこのブロックを解放することにある。なので、催眠にうまく入れるか否かにこだわらなければこの時点でセラピーは始まっている。本来の流れに戻す、それを妨げるものを手放すのが始めから最後までその目的だからだ。チャネリングに話を戻せばこのようにやはりハート(感じること)に意識をフォーカスするのがまず大切だと思う。私たちはとめどない思考によって感じるセンサーを防御している。思考している限り、それが真実なのかどうかはわからない。思考は都合のいいように理由を考えるしそれが思考のシステムだからだ。感じるというモードに入り心を開くと心の中の雑念(癒されざる思い)があふれかえってきてとてもじゃないけどガイドのメッセージどころじゃないと思われるかもしれない。それであわてて心にふたをしてしまう。でも、そこまできたら恐れずに感じきってしまってほしい。感じきると、それは手放せる。私が言いたいのは、自分の嫌な面をみて現実を思い知れということではなく感じきる勇気を出したら恐れは消えうせる、ということを体験してもらいたいということだ。人間の(成長の)自然な流れ、あるいはあるがままの自己、あるいは自己の本質、光である神たる自己―すなわち本来から目隠しをして隔ててしまっているのはこのような恐れだからだ。かくして心にある有象無象に光を届け正体を明らかにした瞬間に恐れは消え私たちは本来を取り戻す。そうしているうちに私は何者なのかを思い出しチャネリングというものが特殊なあとづけの機能などではなく最初から備わっていて自分がそれを使うにふさわしい存在だったと思い出す。チャネルするには自分を思い出しゆるすことだ。すでにそうだったものをそうだったと認めることだ、というのが実は確実で自然で無理のない方法だと思うのだ。
2010.02.15
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母と妹と入れ違いで、今度は鬼が沖縄へ。アンチエイジングの鬼(私のお気に入りリンクのブログの主です)korridaこと勝田小百合ちゃん一家と再会。小百合ちゃんとは10年以上のお付き合いでもとは役者つながりで当時同じ釜の飯を食べた友達の友達。小百合ちゃんは出会った直後からカイロプラクターの道を進みそれが4年前に楽天ブログで偶然再会し小百合ちゃんのブログはものすごい勢いで人気爆発して今では本を数冊出版、完璧なオーガニック化粧品のプロデュースが大成功毎週雑誌に出てない時がないほどの人気治療家になった。もちろん今もすごい良心的な内容で施術をしている。ナチュラルカイロプラクティックであった当時は偶然だかなんだかしらないけど家も近くてよく遊びにいったりご飯食べたりバイトや所属プロダクションや彼氏まで紹介してくれ(彼氏以外は実際にお世話になり)ほぼ一方的にお世話になった気がする。なのに小百合ちゃんは「私は前世でアズさんに助けられたんです、きっと。恩返しです。」とか言ってせっせと世話を焼いてくれた。沖縄へは化粧品の原料を採取したり調べたりということで時々みえてたそうだけど沖縄で会うのでは初めて。東京では銀座サンクに歌を聴きに来てくれて不思議なシンクロもあった。そのときの日記はこちらだんなさん同士は初対面で、息子くん5歳も私は赤ちゃんのときに会った以来でした。玄関のチャイムが鳴りドアを開けると5歳の彼がひゃーという感じで飛び込んできていきなりダッシュ。まっすぐにうちのだんなさんの胸にどーんと飛びつき抱擁。なんという贈り物なんでしょう^^それからしばらくうちのリビングでお茶してから南城市の八風畑という海沿いにコンテナを並べた黒糖精糖工場と併設のカフェでごはん。そしておなじみの斎場御嶽[せーふぁうたき](私なんとすでに今年3度目)へ参りカフェやぶさちで再びおちゃをしてものすごくゆったりと過ごしました。南部のあのあたりはやっぱりすばらしい。すべてが神聖で荘厳です。一分一秒もその神聖さから離れたくないという気がしてきます。パワースポットと呼ばれる場所は地磁気が高い場所を賢者がみつけて祈りの場所としたのでしょう。地の持つ高いエネルギー場と人の祈りによる磁場ですべてのカルマ、滞りを浮上させ癒す力があります。具合が悪く感じられてもまた逆によく感じられてもおそらく起こっていることは同じなのではないかと今回は実感しました。聖なるものに恐れは不要です。日々を望むように確信しつつ意識的に意図的に生き実践するそんな生き方をしてるご家族とはなんとなく波長も合い何気ない会話もとても触れ合う部分が多く言葉少なさとは反対に満たされ実りある時間をいただきました。沖縄ここ数日は打って変わっての初夏に近い陽気。ベランダ全開、裸足で日記を書く今日。
2010.02.11
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沖縄は桜満開です。母と妹が沖縄へ来ていた。初日にみんなで車で移動している時に母が「私ね、あれだけ散々いろんな薬飲んでよくならなかった脈拍数が正常になったよ。脈だけじゃなくていろんな数値どんどんいいほうに向かってて健康になってる。」と言う。「なんで?」と思わず聞き返したら「みおちゃん、やってくれたじゃない。お医者さんが検査の結果みてびーっくりして、つきものが落ちたみたいだ、って言ったよ。」私がやったあれって、遠隔ヒーリングのことだった。妹から母の咳があまりに酷くてちょっと怖いくらいだからと以前に言われて気合入れてやってからびたっと良くなってその後は妹がいつもやってくれているのだが例によって「信じない」母が、「お医者さんに、娘たちがヒーリングしてくれてるからかしら、私はあまり信じないんだけど、と言ったら僕は信じますよ、って言われた」と言う。それから最終日に妹と母にヒーリングとマッサージをした。母は膝に古傷(中学生のときの関節炎)があって時々歩くのも困難になる。今回は心配しながらもたくさん(沖縄の人から見たらたぶん信じられないほどたくさん)歩いたので膝に集中しつつクリスタリンレイキをした。クリスタリンレイキはクンダリーニレイキの中の1種で心身両方の古傷を癒すのに効果があると言われている。これだけは遠隔でできないのでいいチャンスだった。クリスタリンレイキは「未解決の部分に埋め込まれたエーテルのクリスタルを除去し完治に向かわせる」とあるが確かにヒーリングしているとそれが起こっている、と見て取れるような現象が起こる。今回は母の膝の古傷にいいのではと意図して行ったがなんと10分ほどで母が突然胸を苦しげにかきむしる動作をした。これまでもレイキセッションでは感情的なトラウマの浮上などで結構激しい現象が起こることがあったので驚かなかったがどうしたの?と尋ねるといきなり「胸の古傷が痛い」と言い出した。何も言わずに膝周辺のマッサージをしていただけなので母は何も知らないのに古傷、という言葉が出たので私はちょっと面食らった。その傷のことは子供の頃母から聞いていた。小学生のとき子供用の自転車が買ってもらえず大人の自転車に横またぎのようになって漕いでいたところ転んで胸の真ん中をハンドルで酷くぶつけた。祖母は仕事で忙しく親戚は冷たくて病院に連れて行くどころか看病もしてもらえず動けないまま数日間たたんだままの布団にもたれて苦しんだという。身体の怪我と心の痛みと両方が癒されないままでっかいクリスタルが埋め込まれていただろうと想像がつく。レイキが必要なところに勝手に流れるということも目の当たりにした気がした。しかも妹が言うには母はその胸の古傷周辺は怖がって触らせないとのこと。膝だったから油断して余計にスムーズにいったのかもしれない。その後半日も飛行機ぎりぎりまで歩ききり母はいつになく明るく元気だった。あれ、今までずーーーっと、ウツだっただけなのね、こんなキャラだったんかい、と何度もデータ上書きしなければならなくて私のメモリが大忙しだった。クリスタリンレイキは3回セットで施術するといいそうなのであと2回、砂絵ちゃんたのみます。妹の砂絵ちゃんのブログはこちらちなみに写真の仏さまは砂絵作です^^ちゃんちゃん。
2010.02.09
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