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ここ数日、催眠療法についての共通するご質問をいただくので忘れないうちに少し書いておこうと思う。お問い合わせで多いのは、こういう症状が治りますか?(効きますか?)家族に受けさせたいのですが(こういった症状は)治りますか?というような内容です。催眠療法は医療行為ではないのでこういう症状が治ると言ってしまうと違法になります。でも、催眠の仕組みをご理解いただけばだったら自分のこういう問題に何かしらの働きがありそう、とか原因に関係がありそう、という風にわかっていただけるのではないかと思うのです。だから私は仕組み、ということをお話させていただきたいのです。仕組みを知るということは症状を消す、ということより時には一生の宝になると思うからです。癒しには仕組みがあります。その仕組みは宇宙とか神とか真理と呼ばれるものの理なのです。ですから例外はなく働きます。ですがもちろんいつでもどんな場合でも私とお客さまとに100%働くかどうか絶対とは言えません。私が行うことは原理に対して限りなく忠実にすべきことをするだけです。その結果起こることは正直言って人知を超える(少なくとも理性を超える)ことです。ですから毎回そこには奇跡があります。奇跡というと神頼み的に聞こえるかもしれませんがこれは仕組みに忠実な奇跡なのです。奇跡というのは決して突発的なものではなく真理に基づいて起こるべくして起こることです。ご家族が心配して療法を探していらっしゃることも多いかと思います。ですが催眠は基本的にご本人の意思が最も重要です。催眠が効くかどうかご心配の方が多いと思いますが催眠はとても強力です。潜在意識に踏み入れば変わりたくなくても変わります。ある意味後戻りはできません。それは操られるようにして変わるという意味では断じてなくご本人の潜在意識が解放されることによる変化なのです。時々見られることですが私はこのまま変わりたくありません、でもこの部分だけ取ってもらいたいのです、というようなご希望があります。でもそれは無理です。意識は好むと好まざるとにかかわらず、今の状態で調和しています。ひとつを変えれば全体が変わります。ですから、ご家族としてはご本人の一部だけ取ったりつけたり治したりしてくれればと望まれても大きな目でみるとご本人の人生全体に関わってくることですのでご本人が率先して変化を許可してくださる必要があります。きっかけはご家族でも最終的にはご本人の意思が大切なのです。またご本人が未成年の場合は催眠の影響が強すぎることがあります。子供はある意味常に催眠状態のようなもので潜在意識にどんどんインプットされている時期です。ですから本当に少し心を開いてもらっての対話(カウンセリング)で充分同じ意味があります。確かに催眠による暗示を与える(あなたは鳥にな~る的な)やり方もあるのですがこれは麻酔にも似ています。根本的な原因を見過ごしてしまうことに繋がることもあるかと思いますので人間形成の大切な時期にはなおのこと心の中の原因に取り組むことのほうが有益なのではと考えます。催眠を受けるかどうかのカウンセリングはするのですか?というご質問もありました。それから、催眠にかからなかったらお金を返してくれますか?というご質問もたまにあります。私の答えはどちらもノーです。催眠を受けることを決めるのはご本人です。受けると決めた方に対して必要なことを行うのが私の仕事です。催眠状態にはどなたでも入ることができます。本当に、お風呂で鼻歌歌っているのと変わらないのです。ですがセッションルームはご自宅のお風呂ではないので少々準備が必要だというわけです。そのための準備は充分にさせていただきます。それでもどうしても催眠に入れないという体験を選ばれるのであればそれはご本人次第なのです。また、入れなかったらどうしてくれるの、という考えをお持ちの方は往々にして白か黒か、という判断をしがちです。けれど、意識の世界は白黒ではないしセラピーの目的はその白黒の世界からの目覚めにあります。セッションをご一緒して何も変わらないという方はいません。ですがその変化をどうジャッジメントするか受け入れるか入れないかまた生かせるか、死なせるか、はご本人次第だと私は考えます。この部分の線引きは私にとってもある意味命をかけた取り組みです。私は自分にとってだけ有利な、或いは甘い線引きをするつもりはさらさらありません。かといってお客さまにだけ有利で甘い線引きもしません。これは私を生かしてくれている、癒し手として働かせてくれている大いなるものと私自身との約束ごとです。その『結果』は、ご自身への導きと私という存在をご信頼しここRuachへ来て共にセッションを創ってくださった方と私との間だけで成立する神聖な体験だと私は信じています。奇跡体験のベテランである私のほうが少しだけリードしてこの体験の受け取り方を示唆させていただきたいのです。
2010.03.31
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なんとなく空虚な感覚があるのはひとつのエネルギー的なイベントが一区切りしたからなのかなと感じています。この春分くらいが分かれ道でいつから続いていたのかと思い起こすと去年の皆既日食からだったように思う。まる8ヶ月はなんだかひとつの大きなうねりのなかにあった。次のイベントのテーマはなんだろうなぁと今はからっぽな感じの中にある。私は特に月に願いをかけなかった。いつもありがとう!とだけ声をかけておいた。
2010.03.31
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昨日のお休みはだんなさんと自転車で半日の旅でした。まずはあしびなーで沖縄すばを食べました。トッピングのお肉があぶってあっておいしかったです。二人ともとんこつだしのふと麺で、だんなさんは三枚肉、私はソーキをいただきましたがだんなさんは今までの三枚肉の中で一番おいしかったそうです。お店はこちら⇒楽風OKINAWAあしびなーはだんだんとにぎわってきているようで歩いてすぐのところにこんな場所があるというのも楽しい気分です。以前何度か閑散としているところに出くわしたので心の中であしびなーをとっても応援しています^^あしびなーのクロックスのお店にドーナッツプラントが入っていたのでちょっと嬉しかったです。自由が丘でたまにドーナツコーヒーをいただいておいしかったので好きでした。それから、ホウオウボクとマニラヤシの種を拾いました。だんなさんが育てようと張り切っています。それから、潮崎のサンエーちょっと用事を済ませてサンエー潮崎シティの中にあるカフェでお茶しました。東京でいうとスタバみたいな感じのカフェで、北谷と那覇と潮崎にしかありません。ちなみに糸満市にはスタバはありません。那覇の人に軽く笑われたりします。去年の今頃は糸満に住んでいたので一人でよくお買い物に来ていましたが沖縄へ来て夫婦とも仕事はいったん白紙になり食べていけるのかどうかもわからない状態でとてもカフェでお茶するなんていう気分になれませんでした。それで昨日はだんなさんと初めてそこでお茶することができてものすごーく幸せだなぁと感じました。振り返ればスーパーの一角なんだけど。潮崎の海岸と住宅地を一周しそれから今度はだんなさんがこっち、というので行ってみるとロンドン杜公園、という糸満市真栄里にある山です。ほとんど全貌が見えないのでどきどきしました。自転車を置いて徒歩で階段をどんどん上るとなんだか人のうちみたいなところに出て、あれ?となりましたがそこは介護施設でした。さらに上がっていくとりーっぱな公園が。しかもひとっこひとりいません。空気が異常にに澄み切っていて高原だか桃源郷だかに来ちゃった気分です。奥には展望台があって上ると最高でした。さらに森の向こうから人の声がします。行ってみると野球のできる立派な広場があり観光地のようにきれいに整備されていました。さらに奥は森です。こんなにうっそうとしたガジュマルの森は初めてかもしれません。ジャングルです。ロンドンガマというものすごい言い伝えのあるガマがあります。糸満市の由来は英語のエントマンから来ているという説を初めて知りました。あんまりすごいお話なので載せておきます。興味のある方はこちらへ⇒週間レキオそれから公園よりもっとすごかったのは公園を超えるといきなり普通に集落があったことです。私たちはどんどん森の奥へ向かっていたつもりだったのでその奥は?!と覗いてみたらとても古い、これぞ沖縄、という集落だったんですね。夕暮れ時の真栄里は本当にタイムスリップ;トリップで私たちの興奮は最高潮でした^^あれは味わった人としか分かち合えない感覚だと思うのですがああいった場所のエネルギーってたまらないものです。樹の形や伸び方で感じるのですがちょっと普通じゃないんですよね。あれは他を寄せ付けない自然のちから。だからこそ古いものがそのまま残されているんだと思うんです。私は以前東北に行ったときにとても強くその感覚を感じました。さて、今度は西崎のうまんちゅ市場へ滑り込みで到着。野菜を少しだけ買い(自転車なのでたくさんは買えませんでした)最後は豊崎のグランビューガーデンホテルに。というのは、いただいたお食事券があったからでそれでニヘデビールをいただきました。グランビューガーデンホテルは先日母と妹が来たときに宿泊しました。二人とも気に入っていたし、地元なのでこれも心の中で応援しています。レストランはプールに面した席でライトアップされていい感じでした。美々ビーチのホテルのようにゴージャスではありませんが好感が持てます。おつまみもおいしくいただき沖縄ありがとう、という一日でした。ものすごく中身の濃い、ちょー地元的な休日でした。
2010.03.30
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たくさんの人が昨夜から先ごろまで、或いは今夜までに月に願いを伝えたことでしょう。望むことがかなうのはとても嬉しいこと。でもかなわなかったとき人はどんな風にそのことを受け入れるのでしょう。幸運の神さまに願いが届かなかったから願う気持ちが足りなかったから願い方が間違っていたからそもそも願うことが間違っていたから・・・?私は、本当に必要なこと本当に魂が望むことは願った瞬間にもうかなっていると思うのです。でも人はそのかなった結果をなかなか受け入れられません。自分の内面を知ると自分が本当は何を欲しているのか何を求めているのか何が本当に自分を満たしてくれるのかがわかってきます。顕在意識が望んでいることと潜在意識が望んでいることは往々にしてずれていたりさかさまだったりまったく想像を絶するほどのレベルで違っていることが多いのです。自分を本当に満たしてくれるものを求めてそれを得ない限りは人は本当に幸せにはなりません。変性意識でのワークをするとそのギャップに少しずつ気づきその溝を少しずつ埋めていくような導きが起こってきます。本能、衝動的な欲求のままに欲しいものを手に入れていっても幸せには近づいていかないばかりか刈り取らなければならない芳しくない種を蒔くことにもなります。私たちは目覚めない限りはコード化されたカルマのシナリオを無意識に突き進み消化する生き物です。そのシナリオにうんざりしたときが魂のおめでとうの時なんだと思います。幸せを願うなら幸せの正体をよく調べて熟知しましよう。でたらめに走り回って偶然たどり着くほど肉体の命は長持ちしないし生命の法則はそうはできていないものです。私は人間は幸せを目指してこそ進歩するものだと思っています。
2010.03.30
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今日の豊崎は思わず笑ってしまうほどのいいお天気です。少し前の黄砂ではこの目の前に見える丘やサンエーの看板までもがもやに隠されていました。まったく信じられない。…心の中でもよくこんなことが起こっていますね。例えば黄砂を知らなくてもしあれが霧だと思っていたらあんなに何日続けて霧が晴れないなんてちょっとおかしい、異常だな、怖いなと感じる。でも黄砂だと知れば、それは起こりうると納得がいく。黄砂による「もや」という現状は変わらなくてもそれによる恐怖心は軽くなる。でもいい加減、窓は開けられなくて窮屈だし知らずに開けてしまっていた間に部屋は随分汚れていてそこらじゅう触ると砂がついて不快です。大掃除が必要になる。でも原因がわかっているので方法もシンプルだし手間も最小限で済みます。汚れの原因が何なのかわからないと必要以上の化学薬品を使ってみたり大げさに考えて、やり始める前に疲れてしまったり。あきらめてしまうかもしれません。正体を知って適切に対処すればお部屋も快適になりこうやってお天気のいいすばらしい日にはまた心の底からそれを楽しむことができます。ありのままを受け入れることができます。
2010.03.28
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沖縄に来てから癒しという仕事に専念するようになりその分やはりとーっても中身の濃い日々を送っている。私自身の癒しが進んできたので何かに発散する必要がなくなって、専念できるようになったと思う。自分自身が癒される体験はもちろんセラピスト、ヒーラーにとって必須だが単に体験ではなく本当に中身が癒されて(霊的に回癒が進んで)いくと本当の意味でようやく正直になれるのだということを実感する。私はもともと正直者ではあった(嘘つきではなかった)はずだがいろんなことに気を遣って(気を奪われて)或いは気をまわして起こっていないことを心配して、と様々な理由でやはり言えないことやできないことがたーくさんあった。それはおそらくどんな人もそれぞれそういう部分を抱えているはず。そういう心配、おそれ、また罪悪感が癒されていくと率直に、正直になれていく。とてもシンプルで軽やかだけれどただシンプルで軽やかだけを目指しても本当にそうはなかなかなれないものだ。自分に本当に取り組むということはとてもリアルに自分の中身を変えていくことだ。いくら何かを身につけたり持ち物を増やしてもそうはならない。
2010.03.27
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今日は少し長めにゆっくりと瞑想をすることができました。最近はマスター・ヨガナンダにも導いてもらっています。最も高貴なる神がいつも私とともにあってくれるようとても深く望みました。どれくらい時間が経ったのか、目を開けるのがもったいない気もしましたがそーっと目を開けてみると視界がぼやけていて代わりにとってもくっきりと黄色い網目のオーラがはりめぐらされているのが見えました。網目は近くを見たり遠くを見たりすると細かくなったり大きくなったりしました。部屋中をぐるっと見回しましたがそこらじゅうに見えました。こんなにものすごくくっきりと見えたのは初めてです。第7層のオーラは金色の網目と言われたりしていて神との繋がりをあらわすと言う人もいます。瞑想で神との繋がりをとても祈ったのでそれが目に見えてあわられた、という感じでしょうか。次の瞑想が楽しみになりますね。
2010.03.25
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沖縄は俄然夏に近づく足音がします。うちのだんなさんは運転で日焼けした右腕の皮がむけました。と言っても海では泳げないですよ。沖縄は常夏だと思っていらっしゃる方も多いですが^^まだ最高気温が25度になる日もたまにある、というくらいでとても過ごしやすい季節です。先日セッションにいらしてくださったまっちんさんがご自身のブログに記事をアップしてくださったのでご紹介します。~まっちんの日々なブログ~最後のほうにとても興味深い記述がありました。クリスタルのくだりなんですがこのお話はセッションでは伺っていなかった部分でブログを読ませいただいて知ったのですが…私たちは心や体の未解決の傷にクリスタルを埋め込むと言われています。それによって塞いでおくのですが完治はしません。それで今度はそれを除去することが必要になります。クンダリーニレイキのクリスタリンレイキはその作業をしてくれるのですがまっちんさんのセッションでは特にクリスタリンレイキはやりませんでした。でもヒプノのなかで古傷が癒されブロックが解放されたときに「クリスタルがばらばらになり光に吸い上げられていく」というビジョンをご覧になっていたということでした。ご本人も「宇宙とつながった」感じがしたとおっしゃっていましたが私も同じように感じました。まっちんさん、ありがとうございました。
2010.03.23
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春分の日。今日からは夏至が近づいてきます。我が家のベランダからは日の出が拝めるのですが引越し当初は窓の一番右よりでした。今はまんなかあたり。夏至には左端になるんだな、たぶん。今日はなんぶトリムマラソン。朝からどっかーんと花火(?)もあがってました。豊崎から眺める豊見城市と糸満市はなぜだかものすごい霧に包まれています。こんなお天気は初めて。いつも澄んだ空気のおかげですぐ近くに見える山々が今日は真っ白い霧の中にうっすらと影を見せるだけ。でも雨はなく、今は日も射しています。不思議な景色です。昨日は夜からなんだか恒例の浄化があり風邪のような不快な症状や具合の悪いときに出やすい症状が次々と目白押し。吐き気、めまい、悪寒、喉の痛み、頭痛、その他…。でもそれらの症状がやってきては消えるのが繰り返されてしかも重くないんです。だから、風邪とは少し違うのがわかる。それで、眠りながら、なんだかずっと、作業している。マスターと話したりとか、してるんですよね。何度も目が覚めるたびに「あれ、今何の話だったんだけ」と思う。起きるたびに具合も悪い。だけど朝起きる時間になるとどうやら作業は完了していてもうかだらはどうってことないんです。で、寝ている間に気になったことを起きてからいろいろ調べたりします。結構大事なことも多いです。こういうのは覚醒における結構スタンダードなパターンかと思われます。寝てる間にコードを埋め込まれる、とか、そういうのですね。今やっぱりこの時期はきっと地球でまれにないほど光が注いでいるというのは本当なんだろうと思います。たくさんの人に必要なことが起こり幸せに結びつくことができますように願うとともに私もがんばります。
2010.03.21
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先日消えてしまった日記のテーマはこれでした。スピリチュアルの教えの中でももっとも大切なことのひとつ、無条件の愛。巷でも無条件の愛をおくるね、なんてフレーズをたまに目にします。だいぶ以前、まだ今ほど癒しの進んでいなかった頃私も実践しようと取り組んだりしました。でもどうしてもうまくいかなかった。この世のすべてに無条件の愛を持ちそれを体現するって実際どういうことなんだろう?どんな状態なんだ?どうしたってそのときの私にはできないどころかイメージの中ですら感じることすらできなかったのです。なので、無条件の愛については態度保留、ということでやってきました。最近になって「この宇宙すら神の創ったものではない」(好きですね、このフレーズ)という概念に出会ってこびりついていた「無理」が一掃されるようにすっきりしどうやら神は本当に「理」だったと実感できるようになり私の癒しは格段に進んだようです。それでまた最近になって今度は「神への無条件の愛」という概念に出会いました。無条件の愛はエゴからは発せないしまたエゴは幻想であって真実ではないのですから無条件の愛は神なる真実にのみ捧げられるものであって幻想に向かっておくるべきものではなかったのです。神への無条件の愛、また神からの無条件の愛の中にあるとき私たちは初めて幻想に対しても無条件の赦しを行うことができる。なんだ、だから結局この世のすべてに無条件の愛を与えるでいいじゃない、と思われるかもしれないけれど本気でやってみると、この違いは天と地のように違うということがわかるのでは。
2010.03.19
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レイキアチューメントを受けてくださった方のアフターワークアウトのために枠を設けました。今のところ個人セッションの形でさせていただきます。トータルヒーリングスペースRuach *REIKI-WORKOUT*お時間内でご希望に沿って行わせていただきますのでご要望をお伝えください。感謝とともに☆
2010.03.16
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先日ご紹介した四葉のクローバーなんですがうちに帰る頃にはくったりしていたのがコップの水で元気回復しその後、今日までとっても元気。お花は枯れてしまったのにはっぱのほうは夜になると閉じてみたり朝にはまた開いたりして今日、あまりに元気なものだからよーく見たら根っこが生えてきてました。押し花なら知っているけどこんなクローバー見たことない。すごいな。クンダリーニレイキを受け取ってくださった方々からメッセージいただいておかげで元気なのかもしれません。お礼にもう1回、お届けします。ご感想では、ハートチャクラに響いた方が多かったようです。確かに色も、それからライトボディのセンターの形も、合っています。再び添付いたしますので、クローバーの写真を見ながら「クンリーニレイキのエネルギーを受け取ります」と宣言し3分~5分間深呼吸してリラックスしてください。お水をのむことを忘れずに。改善したいテーマがあるときには心の中でこの四つ葉ちゃんに伝えてくださいね。それでは、感謝とともに…
2010.03.13
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昨日の沖縄は、たぶん今シーズン一番の寒さだったと思いますがその最中、しかももっとも苦手分野である税金の計算なんかしつつもものすごい平安の中にいました。私と繋がってくださる多くの方が一緒にそんな平安をすごしてくださると本当にいいなと思います。最近出会った本です。パラマハンサ・ヨガナンダとの対話数字からのメッセージでアセンデット・マスターからのサポートに気づくように、というメッセージが来てぼんやりとマスターの名前を眺めていたらヨガナンダ、という馴染みのない方が気になって探してみたらこの本でした。私は今ACIM(「ア・コース・イン・ミラクルズ」=奇跡のコース)に取り組んでいますがヨガナンダの教えはその世界とほぼ一致しています。私は以前はびーっしりと真理が書かれている本のほうが好きで対話なんて隙間だらけだから物足りないと思っていましたが「神の使者」の流れで奇跡のコースを実践している今は対話の隙間を自分で埋めることができるようになっているのかとても多くの恩恵をいただける内容です。本当は「あるヨギの自叙伝」という本がヨガナンダの真骨頂らしいのですが手始めはこちらにしました。さて、ここのところ、潜在意識に働きかけるワークがどれほど重要かということを改めて思い知っています。私の行っているセッションはどれもそういう目的のものですがセッションにいらしてくださる方の変化から私が改めて学ばせていただいています。セッションの次の日からいきなり、どうしてもできなかったことができるようになってしまう、というような方が続出しているのですがそれがあまりに急激でしかも自然なので中にはワークの結果だと気づかない方もいらっしゃいます。以前の私なら、それでもとにかく良くなったんだからいいやと思って黙っていました。だけど最近は、それはワークの結果ですよ、と申し上げるようになりました。これは、私のセッションの自慢をしているわけではなく本当に、すべては自分の内面から起こっていてそれにご自身が取り組み、結果として感じ方、行動、そして環境、世界が変わるのだ、ということを意識して体験していただきたいと思うようになったからです。決して、急に状況が変わったから、気分が良くなったり何かが解決するわけではなく世界が内面の投影なのだ、その世界を変えられたのだ、という体験は一生の宝であり、すべてを開く鍵を手にしたと言えると思います。また、自分が「考えてわかったから」ではなくリラックスして(戦うのをやめて)手放した(赦した)から変わったのだ、ということも非常に重要でありこれからの人生を豊かに生きるためにぜひ忘れずにいていただきたいと感じています。潜在意識に働くこと、とはやはり祈りと瞑想なのです。ヒプノセラピーもレイキも瞑想のマスターに格段に早く近づく方法のひとつだと私は日々実感しています。私の探求は、すべての人が幸せの道を歩む可能性、です。すべての人が幸せを選ぶとは限りませんが幸せを選ぶ人すべての人がそうなれる法、というのが段々と見えてきていて内心ものすごく充実しています。
2010.03.11
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ポジティブシンキングの仕方を学んでできるのならどんどんやるのがいいと思います。でもやってみたらうまくできない、やろうとがんばるほど難しい、苦しい、と感じるかたもたくさんいるはず。私はそうでした。私たちの思考は、顕在意識に属します。感覚、感情、本能、直感、直観、またハイヤーセルフとも呼ばれる内なる神、愛、光は潜在意識のほうに属します。思考と潜在意識が一致していれば葛藤しなくて済むのですが多くの方が、人生は思うようにならないとか自分は思うようにならない、と感じてるとすればそれは思考と潜在意識のベクトルが違うから。潜在意識を無視して思考だけを変えても、人生は、自分は変わりません。人生を思うまま、あるがままに生きたいのであれば潜在意識にアプローチすべきです。すべての答えは心の中にある、と言われるのはこのことを指します。人生という荒波を乗りこなし平安につながることをお望みなら思考モードから感じるモードにシフトチェンジしましょう。瞑想はその方法です。ヒプノ、レイキはそのシフトチェンジに大きな助けとなります。
2010.03.07
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今しがた、かなりきっつ~い内容の日記を書きましたが時期じゃなかったようで見事に消えてしまいました。渾身だったのですが、あきらめます。昨日、今日と、沖縄は暑いです。そろそろクーラーを買わないと…と本気で思いました。セッションではいらしてくださる方から奇跡のおすそ分けをいただく毎日です。沖縄に来てよかったなぁと最近ようやく実感がわいてきています。(おそぃ)沖縄ではいわし雲というのをあまり見なかったのですが最近よく見かけます。東京では秋の雲でしたが沖縄ではうりずんの雲なのでしょうか。それとマンションの手すりに鳥が鳴きに来てくれるようにもなりました。マンションの吹き抜けですごく響くので本人(鳥)も気分がいいのかずっと飽きずに鳴いています。本当にすごくいい声です。昨日は主人が目をきらきら輝かせながら奇跡が目白押しだ、という話を聞かせてくれました。幸せです。
2010.03.06
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滝に打たれに、ではないんですが比地大滝(ひじおおたき)という、沖縄で最大の滝まで行ってきました。本島北部国頭村は初めてです。滝までは川沿いに40分ほど歩きます。うっそうとした森の中をせせらぎとともに滝に向かうのはヒプノセラピーの過去世回帰のときの誘導のせりふの世界とそっくりでした^^大きなシダやヤシはあるのですがなんだか沖縄の森というより本土で散策した森(奥多摩、尾瀬、鎌倉など・・・)を思い出すので主人と二人でどうしてだろうと考えていたのですが主人が「わかった、この森ガジュマルが一本もない」と気がつきました。南国のジャングル感より日本(私たちが感じる)の里山風なのはそれだったようです。おかげさまでなんとなくいろいろな懐かしい感覚を思い出したりそれが新たな感覚に塗り替えられたりしてとても新鮮な気分を楽しめました。滝というのはやっぱりいいものですね。自動的に癒されてしまいます。清々しくなりますね。ところで先日の地震の際にはご心配いただきありがとうございました。我が家はかなりひどく揺れておかげで私は人生で一番大きな揺れを体験しました。大事なものが壊れたり、それに伴って床が若干傷ついたりしました。沖縄では「沖縄には地震は来ないよ」とよく伺っていたのですが99年ぶりの大きな地震だったそうです。でも沖縄ではお二人がけがをされた以外はほとんど無事でした。地球ではあちこちで大規模な地震が起こっています。今に始まったことではないにしてもその被害の規模を思うとその場所に残る傷跡はあまりに大きいと感じます。きっとそういうことが起こるたびに多くの方が祈りを捧げていらっしゃるはずです。具体的に地球のプレートの歪みを小刻みに分散するように地球とワークなさっている方もいます。おそらくたくさんいます。そういうことは、すべてが繋がっているということがわかってくるとどんどん当たり前のことになっていきます。
2010.03.02
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