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私たちの毎日は、楽しいことばかりではありません。 嫌な事やつらい事、悲しい事が必ずあります。そして、それは誰にでもあります。 原因がわかっていることならまだしも、理不尽な問題や解決不可能に思えるような難題が次から次へと迫ってくることがあります。 そんな時、あなたはどうしますか? お酒を飲んだり、カラオケを歌ったり、スポーツをしたりと様々な方法で気晴らしを試みるでしょう。しかし、それで本当に気分が晴れるでしょうか?その時は、現実から逃れることができ、楽しい気分になりますが、われに返るとまた現実の世界に引き戻され、憂うつな気分になってしまうのではないでしょうか。 パスカルは、『パンセ』の中で「人々は死を、みじめさや無知をいやすことができないので、自己を幸福にするために、そういうのも考えずにいようとした」と言っています。 現実から目を背け、逃れようとしているだけでは、何の解決にもなりません。幸せに生きようとするなら、どんな現実であっても真正面から嫌な事を受け止めた上でそれを乗り越えていかなくてはならないのです。 誰にでも不幸と思えるようなことはあります。それをどう受け止め、どのようにして乗り越えていくかによって、その後、楽しく幸せな気持ちで生きていけるかどうかが決まってくるのです。 自分の心を自由にしてみましょう。不安な気持ち、つらい気持ち、悲しみの気持ちを心の奥にしまいこんでしまうのではなく、子供の時のように素直に感情を表現してみましょう。悲しい時は、泣き、涙と共に悲しみを流してしまいましょう。一人で自分の心を解放するのが難しいときは、誰かにそっと話してみるのもいいでしょう。 このようにして、表面だけではなく心の奥から気分の転換が上手にできるようになることが、幸せをつかむ方法なのです。心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.30
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生と死 あたかもよく過ごした一日が安らかな眠りを与えるように、 よく用いられた一生は安らかな死を与える。 レオナルド・ダ・ヴィンチ(イタリアの画家、建築家、彫刻家 1452~1519) 人は何のために生きているかをいつも考えねばなりません。 この問題が解決されるとき、その人は死について あまり考えなくなります。 キング(アメリカの黒人牧師、ノーベル平和賞受賞 1929~1968) いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。 『論語』心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら 天(あめ)が下のすべての事には季節があり、 すべてのわざには時がある。 生まるるに時があり、死ぬるに時があり、 神のなされることは皆その時にかなって美しい。 『旧約聖書』(イスラエルの王ソロモンの言葉)
2006.09.29
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「早くしなさい!」 お母さんが、子供に対して、一番よく言う言葉ではないでしょうか? 「早く起きなさい!」「早く着替えなさい!」「早く顔を洗いなさい!」「早く食べなさい!」「早くお風呂に入りなさい!」「早く寝なさい!」・・・・・子ども達は、一日中、早く早くと急がされているのです。 また、このほかにも、「何度言えばわかるの!」「何を聞いているの!」「どうしてやらなかったの!」など、繰り返しガミガミ言っているのではないでしょうか。 もちろん、これらの言葉に効果があり、子ども達が「できる」ようになれば良いのですが、なかなかそうはいきません。たとえお母さんの思うとおりにやったとしてもその時だけです。その時は、言われたとおりにするけど、翌日は言われるまでやらない。この繰り返しです。だから、繰り返し毎日言うのでしょうけど。 ガミガミ言うお母さんの子供は、どちらかと言うと自立心が育ちにくく、言われたことはできるけど、自分からは進んでできないという子供に成長する傾向があります。 ガミガミ言う前に、用意をする時間を十分に与え(子供のペースは大人のペーストは違います。)、本人の責任で取り組ませると良いでしょう。早くしないとどうなるかという結果をあらかじめ話しておき、後は、本人に任せるのです。最初は、寝坊したり、遅刻をしたりすることがあるかもしれません。でも、それが良い経験になるのです。何回か失敗しているうちに、少しずつ、自分でできるようになってきます。できたら、ちょっと大げさにほめる事も忘れないでください。 ガミガミ言うことが少なくなれば、お母さんも子供も楽になりますよ。心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.28
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あなたは、人から好かれていますか? 人には、好感を持たれる人とそうでない人がいます。もちろん、人によって好みのタイプは違いますし、自分の本質を理解してもらえないために好かれない等ということもあるでしょう。 しかし、好かれない理由が自分の方にある場合も多いのではないでしょうか。 人から好かれたいと思っていながら、こちらから相手に対して打ち解けるような態度を見せない。 人に対する関心を見せることがなく、自分のまわりに冷たい壁をつくっている。 「人からどう思われるか」ということばかりを気にして、不自然な言動をとってしまう。 好感を持たれるためには、自分から心を開いて、ありのままの自分の姿を表現することが大切です。心を開いて自分から相手に近づいて行く時、相手も心を開いてくれるのです。 ・・・・・自分のありのままの姿を見せる自信がないですか?では、そのテーマについては、また後日、考えましょう。心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.27
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今から20年ほど前の春、札幌に転勤するようにとの辞令を受け、東京から札幌へ行くことになりました。 「スキーはできますか?」との甘い言葉に誘われ、一人、札幌に向かうことになったのです。車を持っていかなくてはならないので、飛行機ではなくフェリーで行くことにしました。北海道行きのフェリーは、いくつかの港から出ていますが、新潟港から小樽港への航路を選び、高速道路で新潟まで向かいました。そして、新潟港から期待と不安の入り混じった複雑な気持ちで船に乗り込みました。 船の長旅は、初めてでした。北海道も初めてでした。最初は、日本海を眺めながら、明るい気分で船に乗っていましたが、日が暮れ始め、次第にあたりが暗くなると、だんだん気持ちが暗くなってきました。甲板に出て、風に当たり、ウォークマンで音楽を聴きながらまわりを見ると、あたりは見渡す限り真っ黒な海、どちらを見ても真っ黒な海、海、海・・・。 これからどんなところに行くのだろう・・・、孤独と不安な気持ちで押しつぶされそうになりました。 朝になると、小樽の陸地が見えてきました。東京では、桜が満開でお花見をしてきたのに、船から見える小樽はまだまだ雪が残っていて全く違う景色でした。初めての北海道の春は、色とりどりの花が咲き乱れる素晴らしいものでした。そして、5月にはもう一度お花見ができ、すっかり北海道での生活が気に入るようになったのです。 それから、札幌で過ごしている7年の間に、結婚もし、子供も生まれました。美しく魅力的な札幌での生活は、大変楽しいものになりました。 今、真っ黒な海の中を不安な気持ちを抱きながら進んでいる人はいませんか?どちらを向いても真っ黒な海ばかりで、他には何も見えない・・・、陸地さえも見えない・・・、そんな中をひとり孤独と戦っている人はいませんか? でも、信じてください。必ず朝が来ます。必ず陸地に到着します。今は、まわりが真っ暗で見えないかもしれませんが、陸地はあるのです。暗闇の先には幸せが待っていると信じましょう!心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.26
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昨日のつづき・・・ まず第1の「疲れた人」は、職場に、そして人生に疲れている。家庭のことでも疲れている。言い換えれば、ストレスの処理がうまくいっていない人だ。職場にそういう疲れを持ち込んでいる人は「やる気のない人」に見えてくる。こういうタイプの上司や部下にはあまり魅力が感じられない。企業の生き残りには邪魔になっても助けにはならない人だ。 第2の「疲れさせる人」は国の内外を問わず嫌われ、いろいろな欲求不満を抱えているせいか、苦情や批判が多い人である。特に上司や組織に対する批判が多い。もっともらしいことを言うので支持もあるが、全体のイメージは暗く消極的である。 第3の「引退した人」は、現役ではあるが気持ちの上ではすでに引退しているような姿勢を持った人だ。職場での新しい企画などに対する積極的な関心や好奇心をすでに失っている。職業人として新しいアイディアを生み出したり、新しいことに挑戦していくという明るい姿勢は見出せない。 第4の「疲れを知らない人」は、体が頑丈で健康だということだけではない。人生に積極的に取り組む姿勢を持っている。関心が自分にだけではなく、外に向かっていて、困難なことにも挑戦的な姿勢で立ち向かっている人である。だから肉体的に疲れることはあっても、いやいや仕事をしたり、自分の現状に不満をもっていないので、「疲れを感じさせない」、また「疲れを知らない」人である。周囲の人にも明るさをもたらしてくれる。 上司は部下に対して「お疲れさま」と言うだけでは十分ではない。カウンセリング・マインドのある上司は、「あんな難しい仕事をよくやったね」などと言って仕事の中身をきちんと評価する。このような上司はプロとして尊敬されるだけでなく、人の気持ちのわかる「疲れを忘れさせる」上司として人望を集めるだろう。 田渕昭三著「もっと楽ーに生きるための12章」福音社より
2006.09.25
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日本の職場では、相手の人に声をかけるとき、よく「お疲れ様」とか「ご苦労様」と言って、お互いにねぎらいの言葉を使う。これは外国にはない習慣なので、私の外国の友人たちはそれをとても良い習慣だと言っている。アメリカでは先に帰るときなどは「あまり働きすぎないように」(Don't work too hard)とか、「ではまた」(See you again)などと声をかける。「疲れ」というより、「働く」ということが表に出ている。アメリカ人は出張や旅から帰ってきたとき、「お疲れになりましたか」とは言わないが、「楽しい時を持ちましたか」と尋ねるのが普通である。 日本人の生活の場や職場では「疲れ」という言葉が多い。日本は人口が密集しているので何かと疲れがたまりやすいのではないかと思う。カウンセリングにこられる方も、人間関係の疲れが原因の人が多い。欧米社会のように、自立、独立、自己の責任ということが尊重されている社会では、むしろカウンセリングにこられる方には孤独とか寂しさに対する問題が多い。これも文化の違いかもしれない。 そこで、職場で働く態度に関連して、「疲れる」という意味の含まれている4つの言葉を紹介しながら、日本の職場、また、海外の職場での上司のあり方について考えてみたい。 第1に「疲れた人」(tired)、第2に「疲れさせる人」(tiresome)、第3に「引退した人」(retired)、第4に「疲れを知らない人」(tireless)という単語で、いずれの言葉の中にも「疲れ」という言葉があるところを見ると、欧米も結構「疲れ」という言葉にこだわりをもっていることが分かる。 ・・・・・つづく 田渕昭三著 「もっと楽ーに生きるための12章」 福音社 より
2006.09.24
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玉川大学工学部の玄関の壁面に次のような言葉が書いてあります。(今でもあるかどうか分かりませんが。) 「神なき教育は、知恵ある悪魔をつくる」 誰の言葉か分かりませんが、強く印象に残っています。 どのような意味の言葉なのでしょうか。私には、2つの意味があるように感じました。 一つ目は、「神」を「心」と入れ替えて読んでみると分かります。「心なき教育は、知恵ある悪魔をつくる」・・・今の教育は、心を育てることをおろそかにしているように思います。優れた学力・知識があり、学歴が十分あっても、素晴らしい人とは限りません。優秀な知恵を使って巧みな悪事を働く人は後を絶ちません。頭脳ばかりが優秀でも、人間性が育っていないため、その能力を正しく活用することが出来ないのです。そろそろ、トータルで「人」を育てる教育をしなければいけない時期に来ているのではないでしょうか。 二つ目は、「自分を超えた存在」のことです。玉川大学は、キリスト教の精神を取り入れている大学なので、この「神」という言葉は、キリスト教の「神」を指しているのだと思いますが、この部分を神道の「神」、仏教の「仏」と入れ替えて考えても良いでしょう。また、「something great」(偉大な何か)と考えても良いでしょう。「金さえあれば何でもできる」「金で買えないものはない」と豪語した某社長がいましたね。自分の力がすべてで、あたかも自分の力で生きているかのように考えている人が今の日本には多くいます。しかし、本当にそうでしょうか?自分の命は、自分で造り、自分でコントロールしているのでしょうか?何でも自分の思い通りにいくのでしょうか?自分の力の及ばないことが数多くあるのではないでしょうか?「神なき教育は、・・・」は、傲慢な心を捨て、謙虚な心を持って生きていくことを示唆しているのではないかと思います。私は、自分の力だけで生きているのではなく、「something great」や周りの多くの人々に支えられて生きていると考えています。
2006.09.23
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先日、「自分を見つめる」ことの大切さを賢人の言葉を通して考えてみました。 しかし、自分を見つめていると、自分の欠点や弱い面ばかりがどんどん出てきてしまい、落ち込んでしまうこともあります。自己を肯定しようとすればするほど、劣等感や罪悪感ばかりが出てきてしまい、立ち直れなくなってしまうこともあります。 自分を見つめることは大事なことですが、自分だけを見つめていると嫌な面ばかりが気になってしまうのです。 自転車に乗って一本の白線の上をまっすぐに進もうとしたことはありますか?足元の線ばかり見つめていてもふらつくばかりで、まっすぐ前に進めませんよね。グラウンドに石灰でラインを引くときも同じです。目の前を一生懸命見ても、あるいは、後ろを振り返って、「まっすぐに引けているかな」と気にしながら引いてもまっすぐには引けません。自転車もライン引きも、ちょっと遠くに視線をやり、目標とするところを目指して進むとまっすぐに進めるものです。 自分を見つめた後は、ちょっと遠くを見てみましょう。今まで目に入らなかった何かを新たに発見できるかもしれません!
2006.09.22
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イギリスのある大学で、教授がひとりの優等生に尋ねました。教授 「あなたは、卒業したらどうしますか?」学生 「弁護士になりたいと思います。」教授 「それは、すばらしいですね。では、それからどうしますか?」学生 「それから、結婚をして幸福な家庭を築き、大会社の顧問弁護士として豊かな生活をしたいですね。」教授 「それもいいですね。・・・それからどうしますか?」学生 「それからですか?そうですね、60歳くらいで仕事をやめ、静かな田舎でのんびり暮らしましょうか。」教授 「ますますいいですね。・・・それからどうしますか?」 何度も何度も聞かれるので学生はイライラしながら、答えます。学生 「それから、それからって、いい加減にしてください。もうそれからは死ぬことしか残っていませんよ!」 さらに教授は、尋ねます。教授 「それからどうしますか?」 私たちが生きている意味、人生の目的は何でしょう? 学歴でしょうか。幸福な結婚でしょうか。大会社に勤めることでしょうか。のんびり裕福に暮らすことでしょうか・・・・。 これらが何もない人は、生きていてもしょうがないのでしょうか。 人生の計画は必ずしも予定通りにいくとは限りません。途中でどんな困難が待ち受けているか分かりません。そこで躓いてしまわないように自分が生きている意味、人生の目標をもう一度見つめ直してみましょう。
2006.09.21
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先日、非常勤をしている小学校の子ども達と「鴨川シーワールド」(千葉県鴨川市)に行って来ました。 シーワールドには、青や黄色など色とりどりの魚や様々な水生動物がいます。子ども達と綺麗な魚を見たり、ショーを見たりして、楽しい時を過ごすことができましたが、その中でも私の印象に強く残ったのは、ここで生まれた赤ちゃんたちの姿です。 8月に生まれたオウサマペンギンのひな2羽、7月に生まれたバンドウイルカの赤ちゃん(母親「ビーナ」から産まれたオス。現在、体長約40cm、体重約40kg)、5月に生まれたカマイルカの赤ちゃんキララ(体長約130cm、体重約35kg)、そして全国的にも珍しいシャチの赤ちゃんラン(体重約400kg)等です。 どの赤ちゃんたちも、ぴたりとお母さんのそばに寄り添い、安心しているような姿が印象的でした。 シャチやイルカの赤ちゃんたちは、とても活発で、お母さんの少し後ろを泳いでいたかと思うと、ちょっと離れて水面に出てジャンプ!また、戻ってきてお母さんにくっついて泳いでいたかと思うと、また離れてジャンプ!・・・お母さんがそばにいてくれるので、安心しているのでしょうか。赤ちゃんたちは思い切りはしゃいでいるようでした。 お母さんと赤ちゃんの距離・・・これが絶妙だなあと思いました。ずっと、べったりではなく時々離れていく赤ちゃん、また、それを見守っているお母さん。 赤ちゃんシャチや赤ちゃんイルカはお母さんの保護のもとで、安心して活発に泳ぎ回り、少しずつ自立していくのです。 私たち人間の親子間の距離は、どうでしょうか?
2006.09.20
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自分に足りないものは何かを、じっくり考えてみましょう・・・。自分の弱さを心から知り得た時、人は真から強くなる。真の自分を見出す。 北原白秋(詩人・歌人 1885~1942)私たちは、まず自己を肯定するところから出発したほうがいいようです。自己を肯定し、自己を認めてやり、自己をはげまし、喜ばせること。それが必要ではないか。 五木寛之(作家 1932~ )自分に何ができるかは、自分以外の者にはわからない。いや、自分でもやってみるまではわからないものだ。 ラルフ・エマーソン(アメリカの思想家・詩人 1803~1882)人を知る者は智、自らを知る者は明 ― 人を知るより、自分を知ることのほうが難しい。 老子(中国 春秋戦国時代の思想家)
2006.09.19
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20数年前、東京の病院に勤めていたた頃、病院で職員向けの講演会がありました。講師は、田原米子さんでした。何度か米子さんの生き方を取り上げた映画を見たことがあったので、どのような方か楽しみにしていました。体が不自由だと聞いていたので、誰かに付き添われ、車椅子で来るのだとばかり思っていたのですが、ドアを開けて現れたのは、元気よく歩いてくる一人のおばさんでした。これが、あの米子さん・・・と大変驚いたものです。 米子さんは、18歳の時、母親の死にショックを受け、小田急線の新宿駅で列車に飛び込み、自殺を図りました。一命は取りとめましたが、気がつくと、両足と左手を切断、残る右手も小指と中指が切断されていたのです。「どうして、死なせてくれなかったの」と、まわりの人を恨み、病院で服毒自殺を図りますが、助けられ、知人を通して訪れた2人の人クリスチャンを通して、生き方が劇的に変わったのです。そのうちの1人は後に牧師となり米子さんと結婚する田原昭肥さんでした。 それまでは、「どうして自分だけが不幸なの」という否定的な考え方だったのが、「私にはまだ3本の指がある!」という感謝の気持ちに変わったのです。彼女は、3本の指だけで2人の娘を育て、料理、洗濯など家事をこなしました。そして、喜びと希望、生きる素晴らしさを、日本全国や海外での講演会を通して語り続け、2005年4月に67歳で亡くなりました。 米子さんの明るい口調、輝いた表情に圧倒されながら、本当に自殺を図った人なのだろうかと考えさせられながら講演を聴いたことを思い出します。 作家の三浦綾子さんの『ナナカマドの街から』の中に次のような一文があります。「自分で自分の人生に見切りをつけた時、その人生は貧しくなる。しかし希望をもった時、実に豊かに生き得るのだ。全国のどれだけ多くの人が、田原さんの生き方に力づけられたことだろう」 「私には、・・・がある!」と、「ある」ことを感謝し、希望を持って生きていけるようになりたいものです。
2006.09.18
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山本良樹さんの詩から 「シーソー」 バタコン もうだめ ギッコン あきらめないで バタコン 自信をなくしちゃった ギッコン いい時も悪い時もいろいろあるよ 生きてるんだもの ギッコン 上がったり バタコン 下がったり 今度はギッコン 元気を出して さあ
2006.09.17
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人に好かれようと、媚びるように付きまとう人。あれこれ探るように尋ね、余計なお節介をする人。・・・このような人は、人に好かれないでしょう。 相手になんの関係もない話をくどくどとする人。自慢話を得意そうに話す人。不平や愚痴を言って、同情を求める人。・・・このような人の話を喜んで聞きたいと思う人はいないでしょう。 今、これを読んで、周りにいる誰かの顔が浮かんだ人もいるのではないでしょうか。身近なところに一人や二人そのような人がいるものです。・・・・では、自分の顔は浮かびましたか?ちょっと、振り返ってみると良いでしょう。 相手と自分との間には、適度な距離間や言葉のキャッチボールが必要です。人に好かれようという思いから一生懸命になり、自分のペースで物事を運ぼうとすると人間関係はうまくいかないものです。 人に好かれようと思わず、好かれるに値する人間として生きることが大事なのではないでしょうか。
2006.09.16
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以前にもご紹介した「生活の処方箋」(千代崎秀雄著)より・・・。 「隣人の欠点について」 人の欠点を、せめて3つまでは忍んであげる寛容さを持ちなさい。 なぜなら 1.あなた自身にも、まだ直すことができていない欠点が、少なくとも3つはあるであろうから。 2.あなたにとってはその人の欠点と思われることでも、公平な立場から見れば、かえって彼の長所かもしれないから。 そうすれば 人を憎んだり、嫌ったりせずに生活できる。 「いじわるの育つ畑」 「いじわる」の木は日当たりの良い土地では育たない。 栽培法 愛の日光の不足する畑で、「欲求不満」という肥料をほどこしてやると、りっぱな「いじわる」の実がなる。 そこで あなたのまわりにいじわるな人がいたら、なぜ彼がそうなったかを考えよ。そうすれば嫌悪の念は同情に変わる。
2006.09.15
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05年に公立の小学校内で児童が起こした暴力行為の件数は、過去最多の2018件になったそうです。最も多かったのは、子供同士の暴力で951件、次いで器物損壊が582件、対教師暴力が464件でした。 私が住んでいる千葉県は、児童・生徒千人あたりのいじめの発生が、全国で2番目。いじめの発生件数そのものでも全国3番目。暴力行為も4年連続で増加しているそうです。 ふだん問題行動のない普通の子ども達が衝動的に暴力行為に走ってしまうというのが、最近の傾向のようです。 いろいろな原因が考えられますが、まず第1に、自分の感情をコントロールできない子ども達が増えているということです。親の感情のままに怒鳴り散らされたり、甘やかされたりしている子供は、感情を上手にコントロールできなくなります。親の都合によって子供は振り回され、感情をコントロールする力を養われなかった子供は、湧き上がってくる負の感情を抑えることができなくなるのです。 第2に、人間関係力が不足しているということです。野山を駆け回り、友達との遊びの中で、自分の気持ちを表現する方法を自然に身につけていた時代とは異なり、今の子ども達は、面と向かって言葉で気持ちを表現することや相手の気持ちを察することが苦手です。これは、ゲーム機の影響でしょうか。もっともっと、人間同士の生の係わり合いが必要な気がしますがどうでしょうか? 第3に、ストレスを抱える子供の低年齢化があげられます。親に過度の期待をかけられている子供は、親の前では良い子になり、ストレスを溜め込む傾向にあります。少子化により、一人ひとりの子供にかけられる期待はますます大きくなってきています。親としては、子供の今の姿を受け留め、すべてを受容してあげることが大切なのではないでしょうか。
2006.09.14
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研修で面白いことを学んできましたのでご紹介します。 「人は幸せになるために生まれてきた」 これを科学的に証明するために行われた「赤毛ザルの実験」というものがあります。 2匹のサルに実験台になってもらい、一方は快い刺激をたくさん与えて幸せを感じるように育て、もう一方は不幸を感じるように育てました。その後、サルの脳を調べると、左目の奥にある神経細胞のニューロンに違いがあることがわかりました。 幸せを感じていたサルの方は、幸せなニューロンと呼ばれる「スピンドルニューロン」が伸び、不幸を感じていたサルの方は「スピンドルニューロン」が伸びていなかったそうです。ここでおもしろいのは、不幸を感じていても、「スピンドルニューロン」が短くなったり、不幸なニューロンが伸びたりしていないということです。現状維持ということです。しかも、不幸なニューロンというもの自体が存在していないらしいのです。 人間の脳には、約100億個のニューロンがあります。「楽しい」とか「うれしい」というような幸せを感じると、「スピンドルニューロン」は4kmも伸びるそうです。そして、伸びたニューロンが脳の他の細胞を刺激し、活性化するのです。幸せを感じることによって伸びるニューロンのみが存在するということは、「幸せ」なことですね。 宝くじでも当たらない限り、大きな幸せを見つけることは難しいかもしれませんが、日常の生活の中から、小さな幸せを見つける習慣をつけ、「スピンドルニューロン」をグングン伸ばしてみませんか。
2006.09.13
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心と体は別々のものではなく、心で生じたことは体に影響を与え、体で生じたことは、心に影響を与えます。ストレスに強く、ストレスを上手に解消している人は、脳が活性化し、心身の抵抗力が増加しているため、病気にかかりにくいといわれています。 ストレスを解消するためには、「気持ちのいいこと」をするとよいでしょう。お風呂やマッサージによって、なんともいえないリラックス感が生じますが、それが良いのです。(私は、温泉が好きですね・・・) 人間の体には、交感神経と副交感神経があります。仕事をしたり、緊張した状態が続くなど、交感神経が働いている状態では、脳内で興奮系のホルモンが分泌され、体も心もスイッチが入った状態になっています。元気が出て、活動的になれますが、これが、続くと体も心も疲れてしまいます。そのため、体にはスイッチを切る働きをする副交感神経も備わっているのです。副交感神経が働くと、心身の緊張が解け、ストレスから解放されるのです。「気持ちのいいこと」をすると、副交感神経が働いて、スイッチを切るので、リラックスできるのです。 自分にとって、「気持ちのいいこと」をみつけることが、ストレス解消の第一歩です。
2006.09.12
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人に好かれたいと思ったら、自分からも好きになるよう努めなければなりません。人を嫌っていて人に好かれるということはありません。自分から愛情を持って接してくれる人を拒む人はいません。最初は、相手にしてくれないような人でも、こちらから愛情を持って好意を示していくと、無関心ではいられなくなってくるのです。 作家の三浦綾子さんが講演で「たとえ、好きでない相手でも愛しなさい。」と、言いました。聴衆の一人は、「それは、偽善ではありませんか。」と、言いました。三浦さんは、それに対して、「偽善で何がいけないのですか。愛そうとしなければ、嫌いな人を好きになることはできません。」と、言いました。人には、それぞれ性格があり、すべての人をはじめから好きになれるわけではありません。愛そうとすることによって、相手の中に愛すべき点を見出すことができるようになるのです。 相手の嫌な面ばかり見るのではなく、愛すべき点、親しむべき点を見つけ、こちらから好きになるよう努力すれば、相手の心も変わってくるのです。
2006.09.09
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最近、寄せられる相談の中には、原因をただせば幼少時代の親子関係、特に母子関係が大きく影響を及ぼしていると考えられるものが多くあります。人間関係、夫婦関係、自分に対する自尊心の低さ、自信のなさ等、様々な問題の大きな要因になっていると考えられるのです。 母親からの愛情を感じることのできなかった子供は、自分に自信が持てないばかりか自分を好きになることすらできません。また、自分を好きになれないのですから、他人を好きになること等もっと難しいことです。愛情を受けて初めて、人を愛することができるようになるからです。(これを読んでいる方の中には、親の愛情を十分受けてこなかったという方もいらっしゃると思いますが、手遅れだと思わないでください。乗り越えることはできますから・・・。) 「イエスタデイ・ワンス・モア」等で有名な歌手カーペンターズの妹カレンは、1983年、32歳の若さで心不全のため亡くなりました。カレンは、拒食症を患っていました。亡くなる直前、病床で母親に「お母さん、私だけのお母さんでいてね・・・。」と言ったそうです。カレンは、両親からの愛情を感じていませんでした。小さい頃から厳しく育てられ、がんばってもがんばっても、どんなに成功しても親から認められず、愛されていないと感じていたのです。その結果、拒食症になり、亡くなってしまったのです。最期の最期になって、やっと、お母さんに愛されていると感じることができたのかもしれません。 どんな子供であろうと、母親として子供のすべてを常に受容し、密接で温かい関係を築くことが大変重要なことなのです。そこから、基本的信頼感や安心感を持つことができるようになり、後に大きく羽ばたいていくことができるようになるのです。
2006.09.08
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山本良樹さんの詩から おまえが悪い 「おまえが悪い と指を差しさしたら 残りの3本の指は自分にむいているだろう 人のせいより 自分のせいが多いんだよ」 って兄弟げんかをする子に言ったら 「おまえが悪い」って5本の指を全部私に向けてきた 「なるほど・・・」 自分のことは、よくわからないものです。人の失敗はすぐに気付くのに、自分が同じ失敗をしていることに気付かない。人の言葉によって傷ついているのに、自分の言葉で人を傷つけていることに気付かない。相手に優しくしてもらうことばかり望んでいるのに、自分は相手に優しくしていない。「おまえが悪い」と言う前に自分を見つめたいものですね。反省・・・。
2006.09.07
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あなたの人生は、バラ色ですか? 最近、印象に残った文章がありましたのでご紹介します。 人生のひとつの岐路は、理屈抜きのおもしろさを味わえるかどうかにある。ところが「くだらない」という考え方をしていると、この理屈抜きの喜びの体験を回避することになる。「くだらない」という無意味感をもつことによって、自分からこのような機会を拒絶してしまうのである。 おいしいものを食べることなども大切なことであろう。「食べる」ことなどといって軽く見てはならない。そしてこれがまた大切なことなのだが、おいしいものを味わう能力があっておいしさを楽しめるのではない。おいしいものを食べているうちに、舌がこえてくるのである。そして、舌がこえてくると「食べる」ということが楽しみになる。すると遠くにまであるものを食べに行くようになり、そこから人生が明るくなるということもある。食通になってから、という考え方をすると、人生は味気なく、むなしく、不安と心配におそわれてくる。まずいろいろ食べることなのである。 自分の感情が低調になってしまうのは、基本的に元気になったら活動しようという考え方で生きているからである。活動するから元気になるので、その逆ではないということを忘れてはならない。スポーツをしながらよく”ファイト!ファイト!”と声を出すのは、元気だからではなく、逆に声を出すことで元気になろうとしているのである。元気だから歌うのではなく、歌うから元気になることを忘れてならない。 歌うことも食べることも、決して「くだらない」ことではない。生きることがなんとなくつまらないという人、精神的活動の低調な人は、何事も決して「くだらない」という前提に立って行動してはならない。そのように生きることで、いよいよそのくだらないという前提は自分の中に強化されてくるのだから。 灰色の人生をバラ色に変えるためには、まずその灰色の前提に立って生きることをやめることである。逆に人生はすばらしいという前提に立って生きることである。 加藤締三「行動すること」より心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.06
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3分間・・・・・3分間とは、どんな時間でしょう? カップヌードルにお湯を注いでから食べられるようになるまでの時間・・・。ウルトラマンが地球上で戦える時間・・・。(残り時間が少なくなると、カラータイマーが点滅しますね。)・・・その他、色々あるでしょう。 先日、参加したカウンセラー研修で、「人の話は、3分間聞きなさい。」というお話がありました。人は、話すことが好きです。相手の話を聞いている途中に相手の話を遮って、話してしまうこともよくあるものです。 例えば、夫が妻の話を1分間しか聞かずに、「それは、こうした方がいいよ・・・。」等と言ってしまうと、妻は言いいたいことも言えず、心の中にもやもやがたまり、場合によっては1時間以上もの夫婦喧嘩になってしまいます。夫が妻の話を3分間じっくり聞いてあげると、妻は満足し、「うちの夫は、なんて私の気持ちがわかってくれるのだろう・・・。」ということになるのです。 人間関係を円滑にするためには、「聞き上手」になることが大事です。相手の言うことに対して、反論したり、説教したり、あるいは余計なアドバイスをすることは、相手の心を閉ざすことにつながることがあるのです。本当の「聞き上手」は、まず、相手の話を素直な気持ちでよく聞いてあげる人です。自分の話に耳を傾け、気持ちを理解してくれる人には心を開きます。そして、その人の話は、素直に聞いてくれるようになるものです。 3分間、一生懸命、聞く練習をしてみましょう。・・・「聞き方」については、また、後日。心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.05
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昨年、上映された映画「星になった少年」をご存知でしょうか?ご覧になった方も多いのではないかと思いますが、日本で初めてのゾウ使いの少年が志半ばで事故死をしてしまうという実話に基づいた映画です。 今日、その舞台となった「市原ぞうの国」に行って来ました。そこで、本物のランディをはじめミニスターや他の様々な俳優動物たちに会って来ました。そこには、映画の主人公「哲夢」の弟や妹達がいます。小学校時代の私の教え子なのですが、20代になり、立派に動物園・プロダクションの仕事をしている様子を見ることができ、うれしく思いました。 弟のたっ君は、次のような言葉を言っていました。 「動物のことは、本で見たり、読んだりするだけじゃなく、実際に本物を目で見て確かめて欲しい。」 もしかすると、本物は本に書いてあるものと違うかもしれない、というのです。ゲームやパソコンが日常生活であたりまえになった今日、バーチャルな世界、仮想の世界があたかも現実であるかのような錯覚をもたらしています。そして、最近、仮想と現実の区別がつかない子供や若者が増えてきています。 本物の動物に触れるとその感触や温もり、臭いを感じます。また、じっと見つめる目からは、命の尊さを感じます。これらは、机の上やバーチャルな世界では感じることのできないものです。 動物に限らず、子ども達には「本物」に触れる経験をたくさん与え、生き生きとした感性を身につけさせたいものです。心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.04
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社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所が全国の上場企業に行ったアンケート調査の結果、「心の病」が多い年齢層は「30代」で全体の61.0%を占めていることがわかりました。02年は、41.8%だったのですから、いかに「30代」で急増しているかがわかります。また、「3年間で心の病が増加傾向」と答えた企業は、61.5%を占めるということです。さらに、「心の病」で1ヶ月以上休んでいる社員のいる企業は7割を超え、これも増え続けているそうです。 その原因として考えられることはいくつかありますが、その一つが管理職の若返りです。30代会社員が中間管理職になり、業務が集中しているためだというのです。 HOYAグループ総括産業医の小林祐一医師は「30代前半は、テレビゲーム世代で、対人関係が不得意な傾向がある」と見ています。また、カウンセラーの松本圭樹さんも「仕事で疲れ帰宅しても、気分転換にゲームをやり、就寝時間が遅くなる。その結果、睡眠障害や心を病むことにつながっているのではないか」とゲームの影響を指摘しています。(2006.8.21付朝日新聞より) これらの言葉から、対人関係の未熟さ・ゲームではストレスが十分に解消されていないこと・睡眠時間の不足が「心の病」の大きな原因になっていると推測することができます。 この3つの中で最も心身の健康に影響を与えるのが睡眠であると思います。睡眠を十分にとらないと脳内の神経伝達物質であるセロトニンの働きに異常をきたしてしまいます。それが様々な「心の病」を引き起こすのです。詳しくは、またその内・・・。とにかく、規則正しい睡眠を取り、ストレスを解消することが心身の健康にとって大事なことですね。心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.03
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あなたは、なぜ明日生きていたいのですか? 19世紀のスコットランドの神学者ヘンリー・ドラモンドは、「人はなぜ明日生きていたいかというと、誰かを愛しており、また、誰かから愛されているからだ。」と言いました。 もし誰も愛する人がいなければ・・・、もし私を愛してくれる人が誰もいなければ・・・人は孤独になり、生きていくことができません。この「愛」という言葉からは、男女の愛をを連想してしまいますが、「愛」という言葉には親子の愛・兄弟の愛・友人の愛・そして、もっと広い意味での「愛」が含まれています。 立派な老人ホームで、老女が自殺しました。彼女は、「誰も訪ねてくれない。どこからも電話がこない。・・・」と書き残していました。物質的に恵まれていても、孤独の寂しさには耐えられないのです。 ドラモンドは、「愛は人生のエネルギーである」と言いました。愛が人々を支え、苦しみを乗り越えていく力を与えてくれるというのです。 「私は、誰からも愛されていない」と感じている人は、まず、自分から愛してみましょう。心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.02
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最近、ちょっと考えさせられた文章がありましたので、ご紹介します! バタ足の ふと軽くなる一瞬あり 水は静かにわたしを 恕す(ゆるす) 佐藤きよみ (注)恕=相手を思いやること。ゆるすこと。 バタ足の慣れないうちは、前に進むことよりも水をバシャバシャ打つほうに、エネルギーをとられるような感じだ。それが、ふとしたコツを会得することによって、変わる瞬間がある。それまでは、人間の体に抵抗していたかのように思われる水が、急に優しくなって体を前進させてくれるものとなる。その変化の感じを「水は静かにわたしを恕す」と作者はとらえた。全身で水と対話した人でなくては、生まれない表現だなあと思う。 水泳の体験が、感受性豊かな一首にまとめられたというだけでも、読みごたえのある歌だが、さらに全体が、人生の比喩のようにも感じられる。一人よがりにもがいていた時には、障害だったものも、ちょっとした視点の切り替えや考え方の変化によって、思いがけなく自分を支えてくれるものになる・・・そんな解釈も可能ではないだろうか。いかにもという押しつけではなく、さりげなくそういう広がりを見せてくれるところが、またこの歌の魅力だろう。 〈俵 万智「三十一文字のパレット2」より〉心理カウンセリング〔ベイサイドカウンセリング〕のトップページはこちら
2006.09.01
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