PR

×

Free Space

PVアクセスランキング にほんブログ村

Keyword Search

▼キーワード検索

2015/03/04
XML


侯爵の望みは騒乱から身を引き、慎ましいザンクトブルクの地で眠りにつくことなのだ。
フライハルト随一の名家に生まれ、軍人としての才覚を十分に持ちながら、その半生の最も輝かしい時期を王家に奪われてきた――ユベールは、苛立ちと諦観を行き来する父のさまよえる心を、垣間見た気がした。
「父上・・・」
ユベールは窓辺に寄り、ザンクトブルクの城下を見渡す。
深く息を吸い込み、吹き渡る清冽な風で肺を満たす。
「私はアンベルクやマントヴァで、この土地の竜騎兵たちと戦いを共にしてきました。フランス兵と幾度も斬り結び、多くの犠牲もあった。そうして死地を越えて、ザンクトブルクに戻った・・・あの時の兵士たちの顔を、忘れることができません。」
安堵の涙と笑み、出迎える家族たちの歓声、そして帰還かなわなかった者たちへの嘆き。
「あの時、ザンクトブルクは初めて私の故郷になった・・・この土地で育ったのではない私にとって初めて。この地に住む人々がただの“民”ではなく、名前も顔も持った、一人ひとりの人間になったのです。」
かつてユベールにとって、故郷とは名ばかりの異国にすぎなかった。しかし――
「私は陛下への恋情だけで、参ったのではありません。この地を守りたい・・・フランス軍に蹂躙(じゅうりん)されることのないように。」
ユベールは侯爵に向き直り、アラブ織の敷物に跪いた。
「父上の助力がなければ、グストーは宰相の地位から追われます。そしてグストーの力なしに、列強諸国の野心に対抗する方策もない。父上のご決断が、フライハルトの命運を決するのです。」
一層身を低くし、ユベールは懇願する。
「父上であれば、アルブレヒト殿をお止めできるはず。どうか、この国と他ならぬザンクトブルクのために・・・ご英断を!」

長い沈黙が続いた。
自分の訴えは父に届いたのか。
あぁ、そうであってほしい。
ユベールは伏したまま、先ほど床に据え置いた己の長剣に視線をやる。
もし父が拒むならば、自分は――
その時、ローレンツ侯の低く愁(うれ)いを帯びた声が断じる。
「宰相にも黒獅子にも、味方はせぬ。」
「・・・父上・・・っ。」
「何も変わらぬ。変えられぬのだ。アルブレヒトという男は、こうと見定めたなら決して退くことはない。説得など無為なこと。唯一の主(あるじ)である女王ですら制御できない黒獅子を、今さら誰が止められる。そして、たとえ我が軍が宰相に加担したところで、形勢を逆転するほどの力にはなれぬだろう。」
無駄な血を流す意味はない。
侯爵はそう結論付けると、息子に退室を命じた。
だがユベールは、なかば力が抜けたように立ち上がることが出来ずにいた。
このまま成果もなしに戻れるはずもない・・・レティシアは、この国はどうなるというのだ。
ザンクトブルクの城を手に入れることは、女王奪還への唯一の足掛かり。
ならば自分は・・・父を幽閉してでも――

「お待ちください!」
居室の扉が荒々しく開け放たれ、大柄の男が入室する。
侯爵が咎める前に、男はユベールの隣にひざまずき、自ら名乗りを上げる。
「私はザンクトブルク竜騎兵第一中隊、アドルフ・ギーゼン少尉。若君の副官を務めて参った者です。」
深い黒の瞳で、アドルフは真っ直ぐにローレンツ侯を見上げ言葉をつなぐ。
「侯爵殿下は、むろん私のことなどお見忘れでございましょう。ですが私は7年戦争の折、ボルク将軍の私兵隊の一員であった父に連れられ、侯爵殿下が指揮される部隊に同道しておりました。」
7年戦争――ハプスブルク領シュレジェンを巡る、オーストリアとプロイセンの戦い。
ヨーロッパ中を巻き込んだ戦争に、かつてローレンツ侯爵は旧友ボルク将軍と共に、オーストリア陣営として参戦していた。
「北ドイツの戦場では、プロイセンの強兵を相手に苦しい戦いでございました。フライハルトの兵士は自国のためでなく、オーストリア皇帝のために多くの血を流した。だが劣勢の中で、殿下はこうおっしゃった。目前の敗北に臆してはならない。たとえ犠牲を払おうと、戦う値打ちのあるものが存在するのだと。」
床についたアドルフの右手が、無意識に拳をにぎる。
「そして侯爵殿下は、鮮やかにベルリンを征服された。私は十にも満たない、従卒見習いに過ぎませんでした。ですがあの時、戦いというものを教えられたのです。あれから30余年が過ぎ、私は多くの戦闘に加わりました。己の食い扶持(ぶち)のため、生き残るため。あざとく立ち回っては、己を敏(さと)い戦達者などと思い上がっていたのです。だが私は、再びこの目で見た。あのアンベルクで、連合軍の名高い将校たちですら二の足を踏んだ状況で・・・圧倒的なフランス兵の火力を相手に、若君は勝利をおさめフライハルトを救った。一体誰が、確実な結末など約束できるでしょう。殿下、私はようやく思い出せたのです。大切なのは勝利の目算ではなく、戦いの真価だ。命をかける値打ちが見いだせるかだ。そうでございましょう!亡きボルク将軍は、ご自分の娘のようにレティシア陛下を慈しんでおられた。あの御方なら必ずこうおっしゃる。殿下、今こそ、その時なのだ!」

幾度か荒い息を吐いたアドルフは、侯爵に恭順の礼をとり裁断を待った。
回廊では駆け付けた警備兵たちが、固唾をのんで事の成り行きを見守っている。
やがて侯爵はアドルフが腰に差したサーベルに手をかけて引き抜くと、その刀身を返し眺め・・・刃の先をアドルフの心臓に当てた。
「父上!」
仲裁に入ろうとするユベールを、アドルフは引き留める。
「アドルフ・ギーゼンとかいったな。この私を相手に、吼えおって。貴様がボルクを語るなど、まことに笑止。」
「・・・・ごもっとも。」
「ギーゼン少尉。私がどうしても助力せぬと言えば、貴様はどうする。」
「もし内戦が起こるならば、私は若君と共に戦場に立ち、結末を見届けます。それはこの城にいる、第一中隊の兵士たちも同じ思いでございましょう。」
侯爵は視線をゆっくりと息子に移す。
吹き込んだ西風が彼らの間を駆け、低いうなりを上げて散った。
「私はフライハルトの民が、お前を受け入れることは決してあるまいと思っていた。」
この国は変わりゆく――侯爵の思惑を越えて。
国のあり方も、人々の心も、戦いの様相も。
それは世界の激動に翻弄されてのことだけではない。
レティシアが自らの手で、波紋を生み出してきた。
フライハルトは、もはや侯爵が憎み親しんできた国とは異なっていたのだ。
「・・・私は宰相にも黒獅子にも、味方せぬ。だがこの城や兵をどう扱うかは、お前の好きにするがよい。」
侯爵は静かにそう告げると、後は言葉もなく立ち去った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村  ←よろしかったらポチっと応援お願いします





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2015/03/06 05:27:28 AM コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: