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2015/03/12
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今回、ひさびさにグストー(ジュール・バリエ)の手下たちが登場します。彼らについては 「おまけの天黒」

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ザンクトブルクが、宰相グストーを支持する。
その一報を受けた王宮では、ローレンツ侯爵の動向が廷臣たちの混乱に一層の拍車をかけていた。
息子に城と私兵隊の指揮を委ねながら、自らは沈黙を続け、中立の姿勢を崩さない。
だが往年の勢いこそ衰えたとはいえ、やはりフライハルトの名門ローレンツ家の居城がグストーの陣営についたことは、人々に大きな衝撃を与えた。
まして渦中の子息ユベールは女王の寵臣中の寵臣、レティシアの意を最も忠実に汲む者のひとりと目されているのだから。
「老獪なのか、ただ浮世への関心が尽きたのか――」
宰相グストーは、王宮の東棟にある私室で独り言のように呟いた。
侯爵の態度は、今回の騒乱でどちらの陣営が勝利しても、ローレンツ家の面目が立つように計算されているようにも見える。
元よりグストーは、侯爵の全面的協力が得られるなど考えていなかった。
引き出せる最大限の成果を、ユベールは出したと彼は思う。

この数日で、王宮の勢力図は日々目まぐるしく変化していた。
前宰相クロイツァーの二人の息子であり、今ではグストーの腹心であるノルベルトとリヒャルトが、グストー更迭の即日裁決をどうにか回避し、黒獅子の騎士を支持する諸侯の切り崩しを進めている。
とはいえ、宮廷はフォルクマール率いる騎兵に取り囲まれているのだ。
帯剣したレオンハルトが、いざという時は身を盾に主人を守る覚悟で、昼夜を問わずグストーの傍らに控えていた。
レオはソファに腰かけたまま、室内をぐるりと見渡す。
日頃は雑然としているのに、所々歯の抜けたような空白があるのは、グストーが実行しようと書き溜めてきた政務案の書束を、密かに宮廷外へ運び出させたためだ。
その光景は、レオにどことなく不吉なものを思わせた。
時刻は既に夜半過ぎ。コツコツと窓を外側から叩く音が響いた。
宵闇に紛れて、漆黒の影がするりと室内に忍び入る。
「ジュール様・・・騎兵隊に不穏な動きが。」
グストーに古い名で呼びかけたのは、彼の忠実なる幽鬼、ギィ・フェルディナン・オービニエである。
相変わらず灰色のフードで全身をすっぽりと覆った彼は、片側の目元しか見えない。
「強引にでも、貴方を捕える気のようだ。お急ぎください。」
グストーは灯りを吹き消すと窓枠を乗り越え、幽鬼が確保した退路を進む。
外壁を伝い、宮廷の中央部分へと繋がる回廊の小窓から再び内部へ、そして地階へと降りて書庫の一角へ・・・
書棚の3段目に配置された本を数冊抜き取り、奥の壁に現れた文字盤の数字を記憶の通りに合わせると、少し離れた位置からガシャリと掛け金の動く音がする。
レオが力を込めて二つ隣の棚を水平方向に押すと、滑車が作動する。
ぽっかりと口を開いた通路が、闇の先へと続いていた。

フライハルト宮に複数用意された、王族のための脱出路。
苔むした地下通路は王都外壁の北西に通じ、グストーたちを騎兵隊の包囲から逃した。
カンテラを持って先導する幽鬼と共に楡の木立をゆくと、一台の小型馬車がひっそりと停まっていた。
背を丸めて御者台に座っているのは、ゴーチェだろう。
「ジュール様・・・」
馬車に乗り込もうとしたグストーを、幽鬼が呼び止めた。
「本当に、お行きになるのですか。」
闇に潜む幾つもの、いや幾十もの気配にレオンハルトは振り返り、剣の柄に手をやった。
これは幽鬼が従える、尖兵たちの気配なのか。
ギィは掠れた風鳴りのような声で言う。
「・・・今ならばまだ、貴方を安全に国外へお連れすることもできる。」
グストーが諸国をめぐり多くの危地を越えてきたことは知っている。
だが彼はこれまで、一つところに執着するということがなかった。
だからこそ、危うい場面でも身を守ることができたというのに。
ザンクトブルク一城を得たといって、この不利な状況を打開できるのか。
「我々は、貴方を失うことはできない。貴方を失っては、意味がない。」
ヴァレリーやジャン達だけではない、グストーが各地で導いてきた者たち、これから彼が救うであろう多くの者たちのために――

「待てよ!」
幽鬼の言葉を、語気鋭く遮ったのはレオンハルトだった。
彼は幽鬼に掴み掛らんばかりの勢いで迫る。
「あんた、考え違いするなよ・・・どういう目的であんたらが活動してきたか知らないけどな。勝手にフライハルトに乗り込んできて、この国をこれほど混乱させておいて」
次の言葉を、レオはグストーに向けて叩きつけた。
「今さらレティシア様を置いて逃げようなんて、許さない!マスター、そんなこと俺は、絶対にさせない!」
瞬時に、ひりつくような敵意が周囲の空間に満ちる。
レオンハルトの淡い緑の瞳が、虚空を睨みつけた。
「・・・レオ、控えろ。」
姿の無い視線を一身に浴びながら、グストーはレオに下がるよう命じる。
四方の暗闇を見上げた彼の褐色の髪を、雲間からこぼれた月明かりが映す。
「ギィ。俺はこの国と心中するつもりで残るのではない。まだ打つ手はある。それに――」
と、グストーはレオンハルトを一瞥した。
「俺は女王を手放すつもりも、毛頭ない。」
「マスター・・・」
「俺はこの国に、ジュール・バリエの・・・グストー・イグレシアスという男の決意を示してやろう。この無明の世界に、いかほどのものを打ち立てられるか証(あか)してみせよう。お前たちに強(し)いて、巻き込もうとは思わない。だが俺についてくる気があるなら、二度と不信を口にするな。」
炯々と白い月光が、グストーの姿を照らし出す。
幽鬼は半ば欠けた唇を結んでいた。
いまだ複雑な色が浮かぶ切れ長の瞳を、彼はかすかに伏せる。
葉擦れの音がして、鳥型のマスクをつけた影が樹上に姿をみせた。
「ねぇ、ギィ。あんたがジュールを信じないで、どうするのさ。」
それを聞いた御者姿のゴーチェが、顎髭をしごきながら呟く。
「俺は初めっからなァ、ちゃんと分かってたんだ。ジュールの旦那がなさる事は、いつだって正しいって。」
グストーは口元に微笑を浮かべ、馬車の踏み台に足をかけて命じた。
「なら、急げ。目的地はザンクトブルクだ。」

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Last updated  2015/03/12 07:07:21 AM コメント(2) | コメントを書く


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