2017/05/17
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本日、連続で更新しています。
はじめに「 新たな誓約(1) 」からご覧ください。



「気持ちのいい風・・・」
抜けるような、蒼穹の青さ。
湖岸を歩くレティシアの声は明るい。
このところ、ようやく彼女は笑顔を見せるようになってきた。
特にユベールの侍女、シャルロットとは馬が合うらしく、時にはユベール抜きに二人で話に興じることもあるようだ。
この二週間、ユベールもレティシアと多くを語り合った。
フライハルトを離れ、ウィーンで過ごした日々のこと。
エルヴィンやリーゼロッテとの再会。
アンベルクでの勝利、イタリアで見た海、ニコラとの決別。
そしてマントヴァでの敗北と、グストーの里にかくまわれたこと――

ユベールのエスコートでレティシアは湖岸を散策する。
夏の日差しが彼女を解放的にさせたのだろうか。
レティシアは桟橋に腰かけ、靴を脱いだ素足を水につける。
しばらく足をばたつかせて感触を楽しんでいた彼女だったが、気付くとレティシアは湖面を渡る風の泡立ちを見つめ、沈黙している。
「レティシア様・・・」
「・・・なぁに?」
「いえ・・・そろそろ休憩でも、と。」

瀟洒な白い屋根の東屋には、シャルロットが用意した軽食と飲み物がおかれていた。
リキュールの瓶を開け、グラスに注ぐ・・・淡い金色の液体から、甘やかな芳香が散る。
一口含んだユベールはレティシアの横顔を見つめながら、その味わいをゆっくりと喉に流し込む。

もうじき、二人の時間が重なるときも終わってしまう――
連隊長という地位を得た時は、これまで以上に女王のため力を振るえると思った。
だが、いつ終わるとも知れない対仏戦争の中、再び国外の戦場へおもむく時は近いだろう。
次は、幾年・・・
自分は生きて、この人のもとへ戻れるだろうか。

発作的に彼女の頬に伸ばした手に、レティシアは抗わなかった。
そのまま指を滑らせ、彼は唇を奪う。
「・・・っ」
繰り返し重ねられる口づけ・・・ユベールの意識は陶酔に塗りつぶされていく。
レティシアの背に手を当て、床に押し倒す。
彼女の呼吸が耳元にかかり、ユベールは一層追い詰められる。
思いにまかせ彼女の手首を掴み、決して逃れられぬよう押さえ込む――

だがそこで、ユベールの動きは止まった。
「・・・レティシア様・・・おっしゃって下さい。」
かすれた声が苦しげに訴える。
「このような暴挙は許さぬと――」
自分ではもう、引くことができない。
言葉と裏腹に、レティシアの体に加わる力が強まる。
「・・・ユベール・・・手を。」
その声に沈黙が流れ、やがて血が通わぬほどきつく押さえつけられていた腕は解放された。
レティシアが閉じていたまぶたを開き、自分を組しだく男の顔を見上げる。
彼女の手が差し伸べられ、ユベールの黒髪を撫で――そのまま、彼の唇をたぐり寄せた。
交わされる、深い口づけ。
レティシアはユベールの右手をとり、己の頬から首へと這わせる。
そして優美な弧を描き、彼の目を焼く白い肩へ――熱い吐息がかかり、彼の全身は震える。
陶然としていく昂ぶりの中で、レティシアは祈るように囁く。
「無理強いは必要ない。私の望みを、叶えて。」


***



レティシアは、触れ合う温もりに意識を浸している。
激しい熱情が去った後も、まだユベールは彼女に優しい愛撫を加えていた。
口にするまいと決めた言葉を、彼は心の中で幾度も唱える。
レティシアの指が褐色の、以前より精悍になった頬に触れ、まぶたに思いを込め接吻した。

これも、恋の成就と呼べるだろうか。
長く分かたれていた想いは、ついに遂げられた。
「貴女が、誰のものであっても・・・」
ユベールの心は、彼女のもとへ向かう。
レティシアは、自分とこの世界を結ぶ楔(くさび)。
「お慕いしています。レティシア様――」
女王はユベールと額を合わせ、彼の背を慈しむように撫でた。
「・・・ありがとう。貴方と過ごす時間は、いつでも幸福で・・・私を満たしてくれた。」
二人が出会った時も、そして今も、傷ついた彼女の心の隔たりを、彼はなんと易々と越えてしまったことだろう。
彼がいたから、レティシアは色彩を取り戻すことができた。立ち上がる力を得られた。
それでも、このときに――

優しく体を離すと、レティシアは上体を起こした。
彼女のまなざしを受けて、ユベールの口元が微笑みをつくる。
レティシアの髪を、彼は指で梳(す)いて最後のときを愛おしむ。
「お戻りになって下さい、陛下。王都へ・・・貴女の居るべき場所へ、私が送り届ける。」

このときに――あの秘祭の夜から宿り続けた想いを、二人で終えよう。

「ユベール・・・」
「貴女は強い御方だ。勇敢な人だ。ご自分の運命を前に立ちすくむことがあっても、必ずまた歩み出せる・・・彼は、貴女を信じている。」

***


太陽が沈んで辺りは淡い橙に包まれ、湖面に遊ぶ水鳥たちの影も絶えた。
ユベールは一人、楡の木に背を預けて座り、緩慢な夕暮れを見送る。
自分に向けられた視線の気配に、彼は口を開く。
「ロイ・・・」
ユベールに促され、ロイ・コルネールは下草を踏み分け親友の隣に腰を下ろす。
「・・・大丈夫。お別れできたよ。ちゃんと・・・笑えたと思う。」
最後は言葉の端が震えて、ユベールは再び口をつぐんだ。
「お前は立派だよ。」
ロイはユベールの肩に手を添える。
「僕のすべてをかけて、悔いはないと思える人だ。素晴らしい気持ちだよ。僕は、愛した・・・あの人を、愛した。」
胸にこみ上げる熱さを、ユベールは吞みこんだ。

ロイは思う。
これから先もユベールは、女王へ忠誠を尽くすだろう。
そして女王も、彼に栄誉を与え報いるだろう。
苦難多き激動の時代にあって、疑いなく美しいもの――
二人の信愛が、どうか断ち切られぬようにと、ロイは願った。





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Last updated  2017/05/17 08:37:59 PM
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