2017/05/17
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「えぇと、こちらは会議に回す前に、事前に折衝を・・・昨年の資料を添えてください。保管庫にあるはず。B12の棚です。それから・・・」
執務室でせわしなく応対しているのは、宰相を補佐する官吏、マルセルである。
一見、柔和だが手際がよく、およそ邪心とは無縁の彼を、宰相は重用している。
もっとも今日の彼は、ひっきりなしに持ち込まれる案件と部屋の前にできた長蛇の列に悲鳴を上げた。
額に汗をかきながら、心の中で念じる。
(乗り切れ・・・乗り切るんだマルセル!こういう時お役にたってこその、官吏じゃないか!)
必死にみずからを鼓舞する青年に、男が尋ねる。
「あのう、ところでB12って右側の通路でしたっけ?」
「・・・ご自分で確かめてください!」

一方、王宮の東棟では宰相の私室前に、やはり人だかりができていた。
扉の前では、艶やかな緋色の上着に軍靴を履いたレオンハルトが、腕組みして立ちはだかっている。
「マスターは安息日だって、伝えたよな。」
「は、はい・・・ただ宰相殿のご裁可をいただかないと進まない件が多々ありまして、バイエルンとの約定も大詰めですし、今日は陛下もお戻りになるわけで、いつごろご公務に・・・」
「予定は未定。以上。」

肩を落として立ち去る男たちを、レオは鼻息荒く見送る。
常人より遥かにめまぐるしく活動するグストーの精神に、彼の肉体は時折追いつかなくなる。
周期的にやってくる安息日・・・外界を遮断し、水以外のものを受け付けず、泥のように眠る・・・だが、ジークムント公の反乱が起きてからの数か月、グストーは満足に己を安めるということがなかった。
新体制の中心で辣腕を振るい続けた彼は昨日、突如休息に入ってしまったのだ。
(計画外に、それも二日続けてなんて、これまでなかった。まぁ、マスターも人の子だったって事だけど。)
そう主人を思いやりつつ、廊下を行きかう侍女たちのうなじや腰の曲線を観察していたレオンハルトは、時計に視線を落とす。
「おっと、まずい!」
警備役を他の衛兵と交代した彼は、扉越しに声をかける。
「マスター、レティシア様がお戻りになる時間です。出迎えに行ってきます。」
主人が聞いているかは分からないが、レオは大急ぎで宮殿裏の練兵場に向かった。
途中、自室に飛び込んで制帽を掴む。
鏡の前で手早く着衣を整え、気を引き締め直す。
集合場所にたどり着いたときは、既に部隊の将兵が隊列を組み終え、指揮官たるレオを待ち受けていた。

彼らは号令とともに、王宮の正門へと行進する。
王国近衛師団・・・新たに女王派の諸侯から供出された私兵と、徴兵による兵士とを混成させた、王家の直属部隊。
騎士制度の廃止にともない、レオは中隊長として近衛に籍を置き、日頃は宰相の警護任務に出向、という形をとっている。
近衛兵たちは、直立のまま待機する。
やがて、勇壮な竜騎兵部隊に先導された王家の馬車が姿を現し、門をくぐる。
静止した馬車のステップから、近衛連隊長にエスコートされ女王が降り立つ。
レティシアがレオの前を通り過ぎる時、彼は軍隊式の敬礼をしながら片目をつぶってみせた。
思わず、女王の口元に微笑が浮かぶ・・・王宮のエントランスでは、彼女のもとへ歩み出たノルベルト長官が、胸に手を当て深礼する。
左右に居並ぶ宮廷人たちも女王への敬意を示して出迎えた。

磨き上げられた大理石の床。
ホールの中央から螺旋状の階段の先へと続く、目の覚めるような藍色の敷物は、これほど鮮やかな色彩だっただろうか。
彼女は、彫刻で囲まれたドーム状の高い円天井を見上げる。
・・・戻ってきたのだ。
この王宮こそが、フライハルトの中枢――女王レティシアの、あるべき場所。





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Last updated  2017/05/17 08:46:12 PM コメントを書く


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