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こんばんは。雨は嫌いです。でも地震はも~~っと嫌いな月月です。(↑松○引越しセンターCM風に)東京は昼前から雨が降っておりましたが皆さん如何お過ごしでしょうか。ここで私のヘンなポリシーを。【小雨では絶対傘をささない。】さて、本題。先日弟からメールがきてました。「ヤフオクに森伊蔵、出品中。」へー。アイツ、プレミアム会員になってたんだぁ。私もID持ってるからちょっち覗いてみっか~、と思って覗いたら、かなり高値がついてました。弟にサクラになって入札額をあげるように言われたので入札単位の1000円だけ上乗せしてボタンをポチッ。私が入札して27000円になりました。そして今日弟からメールが。「落札、ありがとうございます(はぁと)」( Д ) ゜゜……どうやら私のつけた値が最高入札額だったようで私が落札者となってしまいました…orz弟の出品した物を27000円も出して買う気なんてさらさらないので出品者側から「希望額に達しない為」という理由でキャンセルしてもらうことに。あー、焦ったよまぢで。しかし森伊蔵、すごい人気だね。アレって一升瓶で3000円くらいだよね確か。それが30000円overの値がついてるんだもん。ちなみにうちの実家には森伊蔵のストックがあって、常時5~10本くらいストックされてます。父親の会社のお得意さんにあげる為のものです。今回弟が出品したのは、自分が抽選であてたモノらしい。ヤツは今まで3回くらい当たってます。3回っていったらわりと高確率なんじゃないかなぁ。そんなところで運使ってどうする。森伊蔵、何度も飲んだことあるけど、私は富乃宝山の方が好き。まぁ、飲めりゃなんだっていいさ。--------------------------本、買ってきました。欲しいのがいっぱいあったけど財布にお金が入ってなくて買えなかった…。いつも「アレ読んでみたい」って思ってても、本屋に行ってから忘れてしまう…メモしとかなきゃ。てか私、更年期障害だわ。最近左肩が痛いしね。これはたぶん四十肩でしょ。はー年はとりたくないね。■読みたい本の備忘録・あさのあつこ:バッテリー・小川洋子:博士の愛した数式・京極夏彦:姑獲鳥の夏(??夏??なんだったか忘れた)
2006年01月31日
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一時期全然進まなかった500円玉貯金が最近ハイスピードで進み、そろそろ10万overな今日この頃、如何お過ごしでしょうか。こんばんは。貯蓄の鬼こと月月です。3月にはアパートの更新があるから、そのうちの半分以上はとんでいきます。チクショウ。でもまた貯めるさ。コツコツとなっ!今日は完全にオフだったのでDVD見てました。「シャイン」と「アマデウス」見る予定を変更して「フレンチ・カンカン」を見ました。これはあまりにも有名すぎる映画なので皆さん知ってると思いますが、ムーラン・ルージュが生まれるまでのドタバタをルノワールが描いてます。何が良かったって、最後、カンカンを狂ったように踊るシーンに尽きるでしょう。あと、これもクライマックスですがムーラン・ルージュが開店し次々とステージが進んでいる中、オーナーとシンガーが親密そうにしているのを見て嫉妬し、「踊らない!」といって部屋に閉じこもり、出てきたニニにオーナーが激怒するシーン。そこでオーナーがこんなことを言います。 俺に大切なのは スターを作り続けること 大切なのは 客を楽しませることだ 悲しいのはな 客が怒るからじゃない いい団員を失うからだ 団員じゃないのなら 出て行け!!このシーン、好きだな~。昔、高校で教鞭とってた時、吹奏楽部の生徒には常に似たようなことを言ってました。すごく共感できます。ところどころにフレンチ・ジョークもちりばめられてました。フランス語わかってたら劇中のフレンチ・ジョークなんかにも笑えると思うんだけど。そこがちょっと残念…クライマックスが良くて、ラストのカンカンを踊るシーンを2度ほど見ました。----------そんなことしてたら、なんかまた映画が見たくなって、夕飯の買出しついでにBOOK OFF行ってきました。いろいろ物色したんだけど、あまりいいのがなくて「ジャズ・シンガー」というモノクロ映画と「仮面の中のアリア」という映画のDVDを購入。どちらも音楽が絡んでます。まだ見てないですが、ちょこっと紹介します。************■ジャズ・シンガー監督:アラン・クロスランド脚本:アルフレッド・A・コーン88分 1927年 アメリカ第1回アカデミー賞特別賞受賞作品だそうです。■仮面の中のアリア監督:ジェラール・コルビオ脚本:ジェラール・コルビオ、アンドレ・コルビオ、パトリック・イラトニ他94分 1988年 ベルギー挿入楽曲のリストがあったので見てみたんですがマーラー、ヴェルディ、ベルリーニ、モーツァルトなど、素晴らしい歌曲作品を残した作曲家の名前が並んでいます。**********ちなみにジャズ・シンガーの方のDVDは店員さんが入れ忘れて明日とりに行かなくてはなりました。めんどくせぇ。今夜2本とも見ようと思ってたんだけどなぁ…まぁ仕方ない。BOOK OFFではついでに本も2冊買ってきました。今更だけどダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」と村山由佳の「夜明けまで1マイル」。無性に恋愛小説が読みたくなった時は村山由佳の小説を読みます。最近も時間がある時は半身欲しながらお風呂で本を読んでます。そんなことしてるとあっという間に汗ダクになってます。今日のオフはこんな感じで時間が過ぎていきました。とさ。
2006年01月30日
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短いけれど、とても嬉しかった話。仕事から帰る時、自宅の最寄り駅で電車を降りた瞬間、30代半ばくらいの小ぎれいな女性から声をかけられた。ウォークマンを聞いていたので初め気付かなかったが、私の方をみながら話しているので、どうやら私に話しかけているらしい、ということがわかり、慌ててヘッドホンをはずした。「マフラー、違いますか??」携帯をいじりながら電車を降りたのだが携帯に夢中になってマフラーを座席においたままだったことを忘れていたのだ。電車を降りてから振り返ると、確かに座席に私のマフラーがあった。「あぁ~!すっ、すみません!ありがとうございます!」慌ててマフラーをとりに戻ろうとすると、声をかけてくれた女性と一緒にいた、赤ちゃんを抱いた男性が私の座っていたところに走って行ってマフラーを取ってくれた。「ありがとうございます!」電車が出発してしまうので、慌てて御礼を言ってマフラーを受け取った。ほんの一瞬の出来事だったけど、とても嬉しかった。声をかけてくれたのは極上の美人、というわけではないけれど、とても柔らかい表情をした、すてきな女性。一緒にいた赤ちゃんを抱いた男性も、優しい表情をした人だった。目立ったキレイさ、つくられたキレイさはなかったけれど、内面からにじみ出る美しさが感じられた。接していてどこか温かくなるような感じの………。マフラーは高かったものでもないし、とても大事なものでもないけれどそうやって声をかけてくれたのがとても嬉しかった。「困った人や、落し物に気付かずに歩き去ろうとしている人がいたら声をかけてあげたい。」電車を降りる時に声をかけてくれたあの夫婦と接して、強くそう思った。なんだかとてもあたたかい気持ちで帰宅できた。
2006年01月25日
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私の住んでいる東京都K市はまだまだめっさ雪が残ってます。滑らないように気をつけながら駅から自宅に向かい、「滑らずにすんだぁ~」と思った矢先、自宅アパートの階段に足をかけようとした瞬間滑ってしまいました。虚しいです。さて、今日は普段できない素晴らしい体験ができたのでその話でも。私が勤めている心障学級は児童数9名で、3グループに分かれています。一応、重度・中度・軽度というふうに障害の重さでわけてあるのですがどのコが重度でどのコが軽度か、実際はキッチリ分けることは困難です。学習の進度と人数的なことを考慮して、3グループにわけてあります。私が普段いるグループは重度グループで、国語の学習はカードを使ったり算数は数字にも至らず、どちらが大きい、多いなど量を比べたりする授業。今日は男・将吾がインフレインフルエンザの為欠席でいつも担当しているゆーちゃんも定期通院の為お休みだったので重度グループの教師が余ってしまうので、軽度グループのお手伝いをさせていただきました。軽度グループはめちゃめちゃ仕事のできるS先生が担当しています。私たち指導員が軽度グループにつきっきりでいることは普段ではありません。だからとても貴重な体験といえます。担当したのはワタルという小学4年生の男の子。ワタルは隣の小学校から10月中旬に転校してきた子です。後天的な障害児で、その点では他の児童と異なっています。詳しくは知りませんが、高熱が続いて障害を持ってしまったのだとか。手と足に麻痺があり、言語もあまりはっきりしません。服を脱ぐ、ランドセルを開けるなどの作業も一人ではできません。知能的には実は重度グループなのですが、人数的な関係とメンバーの関係で軽度クラスにいます。S先生のグループはユウキくんという、5年生の多動性障害を持っている男の子とワタルだけなのですが人数が少ないので通常学級で学習進度が遅い児童が数名学習に来ます。おそらくS先生はそういった児童を計4・5名面倒見てるんじゃないでしょうか。今日はその児童を見ることがあったのですが、その児童に合った教え方(言い方)で、その児童に合った教材で指導していました。その教材が素晴らしいんですよ。遊びの中で学習していく教材で、児童が苦手と思わずに取り組めるようになっていました。数字が覚えられない子どもには、ペットボトルに数字を書いてボーリングのピンに見立て、ボールを投げて倒れた数字のシールをノートに貼るとか、言わせるとか。その数字ボーリングピンは、かけ算九九を覚えた児童にも使われます。倒れたピンの中からS先生が選んで「コレとコレをかけると?」と言って、児童が答える。正解するとノートのシールグラフが貼られ、児童は「グラフがここまでのびた」と言って自慢気。楽しみながら、そして達成感を味わわせながら学習して、進度の遅れていた児童がみるみる力をつけていきます。なんであんな教材が思いつくんだろうなぁ~なんて思ってしまいました。私なんかゆーちゃんの教材を考えては失敗…ばかりなのに。でもS先生の話を聞いていると、私のような経験は山ほどしたとか。そして今でもそういうことはよくあるんだそう。「あ~、この教材はあのコには合わなかったかぁ~。なんて言って、またイチから作り直すのよ~」とおっしゃっていました。あんなにベテランの先生でも日常茶飯事なんですねぇ…なんだか勇気づけられました。このS先生、児童にも人気がありますが保護者にも人気があります。ダメなことはダメ、おかしいことはおかしいと、保護者にもビシッ!と言う先生なんですが、ビシッと言いながらも素晴らしい指導をしてるからこそ慕われるのでしょう。もとは通常学級で指導されていたんですが、定年を迎える時に通常学級で児童を送り出したいというようなことを仰ってました。でも心障学級で児童にマンツーマンで勉強を教えて、できなかったことがどんどんできるようになって送り出すのもいいわね~なんてことも言ってました。S先生が通常学級で指導されてるのも見てみたいなぁ。教師としてだけじゃなくて、人間的にも物凄く魅力的で素晴らしい先生です。今の勤務先は給料は最悪だし、ボーナス出ないし、経済的には不満はものすごくたくさんありますが、管理職をはじめ、上司が皆素晴らしい人ってところが救いです。よくもまぁこれだけの人材が揃ったなぁと思うほど素晴らしい先生方ばかり。校長も素晴らしい人なんですよ~。この話はまた違う機会に。今日はとても貴重な、そして素晴らしい体験をさせていただきました。明日はゆーちゃんは登校するだろうから、また再び重度グループでの学習になりそうです。
2006年01月24日
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もはや新曲じゃないんですが、いろいろダウンロードしました。AI/StoryCrystal Key/恋におちたら柴崎コウ/かたちあるもの大塚愛/プラネタリウムなんかどれもバラードで(「恋におちたら」はミディアムバラードだけど)切ない曲です。そういう時期なのよ、冬ってのは。ダウンロードして、一人で大熱唱してますわ。でもどのアーティストも声が高い。ってゆーか昔の私なら難なく出ていたんだろうなぁ。最近声が出ないのですよ。裏声がキレイにひっくり返らないことがしばしば。酒とタバコのせいだろうが。最近ハイライト吸ってるので、100%引かれます。女がハイライト吸うなYO!!みたいな感じで。スロットうってて、おもむろにポケットから取り出して吸ってたら隣のおにーちゃんがビックリして、タバコを凝視してた。いいじゃんハイライト。安くてニコチンたくさん摂取できんだからさ。とりあえずダウンロードした曲の話題に戻りましょう。「かたちあるもの」は昔からダウンロードしたかったんですがずっと迷っていてやっとダウンロードしました。歌詞よりメロディーに惹かれました。サビのところね。「Story」は昔のバイト先の女の子が大好きだと言ってよくカラオケで歌ってて最近になって自分の中で盛り上がってきたもの。このAIって人は私と同じ鹿児島の人なんですよ~。まぁ彼女の場合、ロスと鹿児島を行き来するような生活をしてたみたいですが。彼女のソウルがいいですね。非常にヨイ。この人、ハーフだよなぁ。純日本人でこんなソウルフルな歌い方出来てたら気ちがいだよ。。「恋におちたら」はなんとなく。(笑)「プラネタリウム」はバイト先でよく歌ってと言われるんですが他の女の子に押し付けていました。他の女の子が歌ってるのを聞いていいなぁと思ってたのでダウンロードしてみました。今回ダウンロードした4曲の中で、コイツが一番好きかもしれません。歌詞もメロディーも好き。ちょっち歌詞を紹介します。 行きたいよ 君のところへ 今すぐかけだして 行きたいよ 真っ暗で何も見えない 怖くても大丈夫 数え切れない星空が 今もずっとここにあるんだよ 泣かないよ 昔君と見た きれいな空だったからはぁ~切ない。めっちゃ切ない。ちょっと、思うところがありまして。それで切ない。歌の歌詞って自分とシンクロすると好きになりませんか。
2006年01月23日
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「スイートスプリング」っていうフルーツ、ご存知ですか?今日、給食で出て美味しかったので紹介したいと思います。はっさくとみかんを掛け合わせた新種で、甘くもありサッパリもしていて、とってもおいしいです。皮はみかんより厚くて、はっさくよりも薄いです。全てがはっさくとみかんの中間、ってことになりますかね。給食を食べ終わったあとの授業で、教室を移動しての授業だったのですが渡り廊下のところに6年生が調べたらしき食品に関する掲示物があって、そこにたまたまこのスイートスプリングの紹介もしてありました。熊本県が一応名産地で、味については上記のようなことが書かれていました。ところでうちのクラス、給食で少しでも不思議なメニューがあると、正規の教員の3人でよく議論になっています。その議論を聞いて私たち指導員3人は腹の中で笑ってるわけなんですが。例えば今日のスイートスプリングなんか、そりゃもう議論の的ですよ。今日の議論はこんな感じでした。T先生「へぇ…これがスイートスプリングですかぁ」Y先生「甘いし、でもアッサリしてるし、美味しいですね」S先生「何と何を掛け合わせてあるんでしょうかね」(この時はまだ何が掛け合わされているかわからなかった)Y先生「皮の色をみたらライムかな~と思ったけど、ライムだったらもっと酸味があるわよね。」S先生「ずっと前、スーパーで売ってるのを見たんですけど、いくらくらいだったかなぁ…」T先生「結構高そうですよねぇ。」Y先生「スプリングっていうからどんな味なのかと思ったけど、爽やかで、スプリングって名前が合ってるわね」T先生「あ~~~、なるほどね~~。(←自分の中で何かを発見したらしい)」私たち指導員3名「……(心の中でクスッと笑う)……」T先生「スイートスプリングねぇ~。じゃあ甘夏はスイートサマーになるわけだぁ。」誰もコメントせず。私たち指導員3名「……(心の中で爆笑)……」T先生「へぇ~~~。不思議だねぇぇ。」まぁこんな感じです。T先生、Y先生、S先生の議論はいつも、T先生の「不思議だねぇ。」という言葉か「面白いねぇ。」という言葉で締めくくられます。というか、その言葉で片付けられてしまいます。因みに他にもT先生の締めくくり台詞はあって、「難しいねぇ。」というのもそのひとつ。帰る時にFさんやRちゃんなんかと次に議論になりそうな給食のメニューを探したんですがありました。格好の餌食になりそうなこんだてが。サーターアンダギー絶対コレです。おそらく沖縄料理なんですがね。そういう不思議なメニューがある日は朝から話題になります。朝の会で、毎朝こんだて係りさんがこんだてを読み上げるので、その時に既に話題になるわけです。この「サーターアンダギー」を見て、自閉症のはーちゃん(♀)が一言。セーターアレルギーみたいだねぇ。お見事。(2006/01/23)
2006年01月18日
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こんばんみ。クソ寒い毎日、如何お過ごしでしょうか。今日で阪神大震災から11年が経ちました。11年前の今日、何をしていたか皆さん思い出せますか?私はこの日のことを忘れもしません。…って、私自身は地震を体験したわけではなくニュースで見ていただけなのですが。11年前、私は中学3年生でした。(嗚呼、逆算したら今の年齢がバレてしまふ。。。)1月17日、私はインフルエンザで学校を休んでおりました。午前中は熱が高く、薬を飲んでひたすら寝ていました。ふと目が覚めると、正午。熱もさがり気分もよかったので、1階へ降りてご飯を食べることにしました。私の両親は共働きですが、自営業で会社は自宅の目の前なので自宅で昼食をとります。昼前になると母親は仕事を抜け出して従業員の分のお茶を用意し、それから食事の支度をします。子ども達は学校なので普段は2人分の食事の用意ということになります。私が1階におりるとTVがついていて、母か父が一度帰ってきてTVをつけ、それからまた会社に行ったような雰囲気でした。TVの画面にはヘリコプターから映したような映像が出ていました。煙が出ていたり建物が崩れているように見えて『どこで火事があったんやろ』なんて漠然と思っていました。すると父が帰ってきて「すごいでしょ、地震。関西だって。」と言いました。( Д ) ゜゜ぢしん!?父が「どこのチャンネルに合わせてもこの話題でもちきりだよ」というので片っ端からチャンネルまわしてみると、確かにやってるやってる、地震情報。淡路島が震源地。その時私の脳裏に浮かんだものは上沼恵美子。そんな冗談はおいといて。…って冗談でもないんですけどね。ホントに上沼恵美子が浮かんだんですよ。私はインフルエンザで寝込んでいた為地震があったことを知ったのはおそらく国内で1・2位を争うほど遅かったんじゃないかと思います。布団で寝て、おきて、TVで地震情報を確認して…あれは忘れもしませんよ。というかなんか覚えてるんです。私は地震を体験してないけど、それくらいショックな出来事だったってことなのかもしれません。地震は早朝の街を襲い、たくさんの人の命を奪いました。でも不幸中の幸いだったのが、早朝だったこと。新幹線はまだ走っていなかったし、街も動き出していなかった。これが街が動き出していて新幹線も走っていたらもっともっとたくさんの人の命が奪われたと思います。今は地震なんてなかったかのように街も復活しましたが当時TVで見る避難所生活の様子は本当に辛いものなんだろうだと思いました。阪神淡路大震災で命を落とされた方のご冥福をお祈りします。(2006/01/19)
2006年01月17日
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ずっと書かなきゃ、と思ってたのに書けなかった話を。(2006/02/25)-----------------圭介と飲みに行ってきた。ヤツは1月いっぱいで東京を離れる。2月上旬に一度実家に戻って1週間ほど過ごしてから就職先である熊本に移ることが決まっている。だから今日がおそらく東京での最後の晩餐になるのだった。**********待ち合わせた場所は私の住んでいる所から1駅行ったところ。まずは私が学生時代によく行っていた定食屋さんへ。彼が中学3年の時に(高校3年じゃないとこがミソ)立教大の見学に来た時にも連れて行った定食屋さんで、しきりに懐かしがっていた。その時とほぼ同じカウンター席に座り、「うわ~、むっちゃ懐かしい~!」を連発。そこの定食屋さんは安くて量が多いことが売り。カウンターで違うお客さんの定食が目の前に並ぶのを見て中3で食べ盛りだった弟はご飯を大盛りに。しかし弟が見た違うお客さんの定食についていたご飯は大盛りではなく普通盛りだったのである。彼の前に出てきた大盛りご飯は、アニメで丸いちゃぶ台を囲んで「お母さん、ご飯おかわり!大盛りで!」とか言うジャイアンのような体格のガキの手に握られている、丼の上に富士山のように盛られたご飯だった。しかし彼はそれを完食。その上、私のご飯の半分までもを食していた。その彼も、もう22歳。性欲に反比例し、その時のような食欲はなくなったらしく、普通盛りのご飯を注文していた。贔屓目と思われるかもしれないが、身長180センチ以上で野球部で培われたその筋肉の塊のような肉体の前に置かれた普通盛りのご飯は、なんだか鬼を相手に針で戦う一寸法師のようで、違和感あるように思えた。(全然贔屓目じゃない。)次に以前お客さんとも行ったことのあるバーへ。落ち着けるかな~と思って行ったものの月曜日で客がおらず、逆に落ち着かないので移動することに。次に、朝7時までやっている居酒屋へ。そこは前から入りたかったお店だったので今回初挑戦。通された先は個室。いやぁ、相手弟なんで、そこまでまったりできる空間じゃなくてもいいんですけど(笑)でも個室はさすがに居心地がよかった。鹿児島弁でガッツリ話した。ま、個室じゃなくても鹿児島弁でガッツリ話してるけどさ(笑)ここでは弟の中学時代の話に。私の姉弟は、全員地元の公立中学校に通った。3人姉弟だったので教師たちの間では何かと有名だったらしい。私は成績は中の上くらいだったしそんなに目立ってはいなかったけど、文化祭の劇でシナリオを書いたり合唱の伴奏をしたりクラスソングを作曲したりと地味に活動していたので頑張っている、と評価してくれている先生もいたようだ。私が3年の時の1年にすぐ下の弟の弘がいた。コイツは成績は下の下、うしろには両手くらいしかいない成績だったがリトルリーグつながりの先輩がたくさんいてかわいがってもらっていたので顔は広く、思春期にありがちな反抗的な態度をとることもなかったので先生たちからもかわいがられていた。3年になってからはリトルリーグで主将をしていたり応援団長をしたり登校拒否児の面倒を見たりしていたので(彼は面倒を見てる気はなく、ただ遊びたいから構っていただけだった。笑)わりと目立っていたことになる。そして末の弟・圭介が入学。彼の入学からの一部始終を、今日の晩餐で数時間にも渡り語った。**********彼は学年で一番背が高く、入学式からイヤでも目立ってしまっていた。そして武勇伝の数々を築く。1つめの武勇伝は入学して最初の音楽の授業。一番前の席で大あくびをしていたのと、音楽のF先生が入ってくるのが同時で先生に鉄拳をくらったらしい。ちなみにF先生は非常に温和で年に1度ほどしか怒ることがない。圭介は授業後、音楽準備室に呼び出しを受けた。そこでのやりとり。先生「あくびするくらい眠かったのか」圭介「……」←もちろんふて腐れた態度先生「(ネームプレートを見て)…○○か。下の名前は?」圭介「ケイスケです。」←もちろんまだふて腐れた態度先生「○○ケイスケか……。………ん?○○?お前、もしかして月月の弟か?」圭介「ハイ、そうですけど」←だからどうした、というふて腐れた態度先生「お~~~~~!俺はお前の姉ちゃんの担任だったぞ」圭介「( Д ) ゜゜」←驚きそう、F先生は私が3年の時の担任で、しかも吹奏楽部の顧問だった。東京の音大を卒業したF先生は、私が音楽の道に進みたいと言った時いろいろと相談に乗ってもらったりもしたのだった。そこから2年半に及ぶF先生と圭介のバトルは始まった。なぜそのバトルが3年に及ばなかったのか、というと、圭介が3年生の時の体育祭で和解という形で終止符が打たれたからである。体育祭で、圭介は応援団長をし、チームを優勝に導いた。彼は応援団長どころか応援団にもなりたくなかったのに、担任である理科のM先生が「ケイスケが団長で、ケンサク(※)が副団長じゃなきゃ、先生はイヤです」と駄々をこねたそうだ。※ケンサク=圭介のリトルリーグの友達で、オホモダチと言われていた奴。いつも常に2人でいて、お互いそれ以外に友達がいないくらいに思われていた。ヘンな先生だが、そういうことがまかり通ってしまう不思議なキャラクターの持ち主だった。このM先生、F先生とは物凄く仲良しで、よく二人で飲みに行ったりしていた。応援団でさえしたくなかったくらいだから初めはやる気がなく、とりあえずやるか、という程度のものだったらしい。その時に私が、「うちの高校の体育祭、面白いよ。弘が団長した時も見に来たよ。それでなんかやる気になって優勝したしね。ま、騙されたと思って行ってみれば?」と提案し、副団長のケンサクと私の母校である鹿児島市内の高校に足を運んだのだった。そこで繰り広げられた高校生の演舞は中学生だった彼らを刺激するには充分だった。帰宅してから早速二人で打ち合わせをし、カレンダーの裏や広告の裏に並びや演技を書いて作戦?を練ったらしい。そうして練りに練った演舞は、体育祭当日、中間の部でもラストでも満場一致で票を集め、ぶっちぎりの優勝だった。その時のことを振り返って、圭介は興奮気味に言っていた。「いや~、あれは青春だったね!マジで!お姉の高校に行ったのはマジでよかった、ホントに行ってよかったと思う。自分が高校生になって、自分の高校の体育祭を経験しても、それでもお姉の高校の体育祭はよかったって思えたくらいだね。あれを見てケンサクと二人でエライ感動したんだよね。うわぁ~、俺らもああいうことしてぇ!って。お姉の高校は個性強いとこじゃん?だからいろんな演舞があってさ。ビシッとキメるチームもあれば、ありがちだけど男子が女装するチームもあるし。でもそれぞれやることをハンパなく仕上げてるじゃん。なんか、細部までとことんこだわって、っていうか。そういうところもすげぇって思ったんだよね。そういうのを見ると、いろいろ士気が高まってさ。やりたい演技とかもすげぇ出てきて。ラストは音楽に合わせてチャラチャラ踊る演舞じゃなくて、曲とか使わず太鼓だけで勝負しようってことになってさ。1年生とかにも妥協せず教えたね。完璧にしたかったから。だから優勝した時はマジ嬉しかった。優勝したかったっていうより、演舞を完璧にしたかった。その結果、優勝できた、みたいな感じだった。もちろん体育祭が終わって、ケンサクと二人で打ち上げしたよ。バヤリースで乾杯したからね!(爆)酒もタバコも女もないのにさぁ~!」その体育祭の夜、打ち上げをしていたのは圭介とケンサクだけではなかった。M先生とF先生も優勝の余韻に浸りながら祝杯をあげていたのだ。そして感極まった2人は、我が家を訪ねる。父は仕事の付き合いで飲み会へ、母は叔母のところへ、そして圭介はケンサク邸で打ち上げ。我が家は留守で、後日、M先生からその事実と感謝の言葉を打ち明けられる。「ケイスケ、F先生と呑んでいたら君に御礼がいいたくなって家まで行ったんだよ。F先生も感動したと言っていたよ。遅くなったけど、いい体育祭をありがとう。」そこで2年半にも及ぶバトルに終止符が打たれたのだった。担任でもないF先生がそういうふうに思っていたことを知り閉ざしていた心を開こう、という気になったのだ。まぁバトルというより、単に圭介が子どもだっただけなのだが。そういった体育祭の話から、F先生やM先生の授業の話、その他の共通の先生の話、授業の話、合唱コンクールの話、ケンサクと過ごした日々(くだらなさすぎて笑えるネタばかり)…などなどこれまでにないくらい、たくさんの話をした。そうこうしていると、時計の針は1時半を指していた。圭介はもちろん電車はなくなっているので、うちに泊まることに。私の家の寝室にもう1つ布団を敷いて、お笑いのビデオを見て2人でひとしきり笑った後、就寝。かなり充実した最後の晩餐になった。圭介、熊本でも頑張れよ。
2006年01月16日
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東京タワーになりた~~い!月月です。 今は東京タワーよりもインフルエンザになりた~い! (仕事が休めるから) 記入率UPさせた~~い!ので、こんな日付のトコロにちょっち書いてみました。オリエンタルラジオ知ってますか? 「武勇伝武勇伝、武勇でんでんででんでん♪」 で有名なオリエンタルラジオ。 最近になってむっちゃハマってます。 Yahoo!のプレミアム会員になると動画も見れるんですが それで見てむっちゃハマった。 ちなみに今日の日記の書き出しはオリラジのツカミです。 オリラジのツカミは、 あっちゃん「東京タワーになりたぁ~~い!」 しんごくん「あっちゃんカッコイイ~~っ!」 (ここからリズムにのってラップ調に) し「オリエンタルラジオです」 あ「お願いします」 し「あっちゃんいつものやったげて!」 あ「おぅ聞きたいかオレの武勇伝」 し「そのすごい武勇伝をゆったげて!」 あ「オレの伝説ベストテン!」 し「レッツゴー!」 みたいな感じで始まります。 で、ネタに突入。 全てではないけど、私が知ってる中のいくつかを。 順番は考え付いた順であって、別に好きな順じゃないです。 ・準備運動で筋肉痛、すごい準備運動の準備しろ ・スカートの中で雨宿り、その時始まる恋がある ・メガネは1回かけたら捨てる、いつも清潔でいたいから ・彼女の髪型角刈りに、中身が好きだと言いたくて ・千手観音に千本ノック、自分のチームに入れたいの ・一日3ミリバス停ずらす、2年を費やし自宅の前へ ・三途の川でもバタフライ、死んだじいちゃんが流れてる ・カーナビの支持を全部無視、お台場行くのに埼玉経由 ・ピノキオの鼻に釘を打つ、もう嘘ついても鼻のびない 短いフレーズの中に笑いが凝縮されてます。 途中でMCというかコントみたいなやりとりもあります。 それがコチラ。↓ 【マンガ】 しんご「ねね、あっちゃん。このマンガ、読んでみてよ。感動して泣いちゃったんだから。」 あっちゃん「泣いちゃったぁ~!?バンバババン!(マンガを床に叩きつけて踏みつける)」 し「何するんだよ!」 あ「誰かが涙を流さなきゃいけない社会なんてもううんざりなんだよ!!!」 し「かっこい~~!!」 【ダーツ】 し「よし、ダーツしよっ」 あ「いいだろう。俺に向かって投げろ」 し「えっ?あっちゃんに!?できないよ!」 あ「いいから投げろ!」 し「……えいっ」 あ「あぅっ…」 し「それっ」 あ「うぅぅっ…」 し「もうできないよ!」 あ「いいんだよ!」 し「どうして自分を傷つけるの!」 あ「人は…傷つくことでしか優しくはなれないから!!!」 し「かっこい~~~!!!」 ワロタ。 学校でよく「かっき~ん!」とかいって子どもらと遊んでます。 子どもらが気に入っちゃって、何度もやれと催促されて何度も「かっき~ん!」とかやってるバカな私。 特にまーくんが好きなんだよね。「あっちゃん」というところを「まーくん」にかえてやってます。かっきーーーーん! まーくん、かっこい~~~!♪まーくんいつものやったげて!オゥ聞きたいか俺の武勇伝!そのすごい武勇伝を言ったげて!俺の伝説ベストテン!! レッツゴー!…ってのを一人で全部言ってます。まーくんは「かっきーーん!!」は好きだけど、ラップのとこはさすがに意味がわかんなくてキョトンとして私を見あげています。私が担当してる児童のゆーちゃんなんかも「月月先生壊れちゃった」みたいな目で見てきます。Rちゃんは私よりも芸能関係に疎いので(ケミストリーを知らなかった)モノマネとも知らず、ゆーちゃんと同じ「月月ちゃん壊れちゃった」という目でチラチラ見てまきす。その冷たい視線が快感になり、しかし業務中なので「快楽に溺れてはいけない」と自分に言い聞かせ冷たい視線と快楽を払拭すべく気合を入れてかっきーーーーーーーーん!!というと、まーくんが大はしゃぎで「あ゛ーーー」(本人はかっきーん、といってるつもり)と言いながら私と同じポーズをとってくれます。いつまでもこのネタにまーくんがウケてくれるとは思えないのでそろそろ違うネタ仕入れなきゃね。ちなみに、レギュラーの「あるある探検隊」もします。どういうわけか、まーくん、知ってるんですよ。てか、障害児でそういうネタがわかること自体すごいです。TVにはあまり出てないけど、機会があったらオリラジ、見てみてください。ブログなんかもあるし、「ファイルマン」(フラッシュ・動画の投稿掲示板)に行けば、オリラジがエンタの神様に出演した時の動画が見れます。あとYahoo!プレミアムに入会されてる方は「Yahoo!動画」でご覧になれます。(2006/02/25)
2006年01月15日
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新学期が始まったばかりなのに既にグダグダな今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか。マイブームは野球の応援歌の着メロのダウンロード、毎月10曲ずつダウンロードし、携帯の本体容量がゼロになってしまった月月です。ではタイトルのマイブームは何?ってことですが、我がクラスいちの芸人「たっくん」のマイブームです。たっくんとは以前から一緒に本を読んでいました。というか絵や写真を眺めながらその絵や写真のアフレコをして二人でギャーギャー騒いでいたわけです。例えば、「海岸のオタリアを襲うシャチ」の絵や写真を見ながらたっくん「うわぁぁ、シャチがきたぁぁ」私「逃げろぉ~!危ないぞぉ!」たっくん「はやくっ!はやく~っ!助けて、助けてぇぇ~!」私「海のギャングだ~!早く逃げろぉ~!」それから、「アザラシを狙うシロクマ」の写真を見ながらたっくん「うわぁぁ、シロクマがきたぁぁ」私「逃げろぉ~!危ないぞぉ!」たっくん「はやくっ!はやく~っ!助けて、助けてぇぇ~!」私「食べられちゃうぞ~、早く逃げろぉ~!」それから「シマウマを捕獲しようとするライオン」の写真を見ながら 以下略というわけです。だいたいが襲われている側のアフレコです。これらを私はたすけてシリーズと呼んでいます。毎日たすけてシリーズのやりとりをしているのですが、最近たっくんに異変がおこりました。やたらと接続詞や、接続詞的な言葉を入れたがるのです。どういう感じかというと、下のような感じです。「海岸のオタリアを襲うシャチ」編たっくん「うわぁぁ、シャチがきたぁぁ!と、その時っ!」私「逃げろぉ~!危ないぞぉ!」たっくん「はやくっ!はやく~っ!助けて、助けてぇぇ~!そ、そしてっ!」私「海のギャングだ~!早く逃げろぉ~!」「アザラシを狙うシロクマ」編たっくん「うわぁぁ、シロクマがきたぁぁ!が、しかしっ!」私「逃げろぉ~!危ないぞぉ!」たっくん「はやくっ!はやく~っ!助けて、助けてぇぇ~!と、その時っ!」私「食べられちゃうぞ~、早く逃げろぉ~!」どうでしょうか。場面にあわない接続詞たち…聞いててウケるんですけどね。でもやっぱり場面に合った言葉を使ってほしいのでたっくんの発する接続詞にあわせて、その後のセリフを変えたりしています。つまり、たすけてシリーズの展開は、たっくんが突発的に言う接続詞によっては様々な展開がありうる、というわけです。で、どうしてそういう接続詞を言うようになったのかな~と考えたんですが絶対TV番組の影響なんですよね。ストーリー性のあるバラエティー番組に多いと思うんですが「と、その時!」とか「そして!」とか「しかし!」とかそういうつなぎ方、多いじゃないですか。たっくんはそういう接続詞だけを取り出して覚えてしまったみたいですね。これが良いんだか悪いんだかわかりません…。言葉を覚えるのは悪いことではないけど、場面にそぐわない使い方をされてもねぇ…。
2006年01月11日
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1万枚達成と唐突に言われても何の話かまったくわからないと思います。むろんスロットの話です。生まれて初めて、スロットで万枚出しました。シャキーン。これがそのレシート。記念に!と思って、パチ屋のトイレでこそこそ写メった。なんて根暗なワタシ(はぁとパチンコをうとうと近所のパチ屋へ行ったのですがいい台が空いておらず、スロコーナーに行くと愛機「吉宗」に【7000枚over】とかかれた札が刺さった台が。しかも空き台。イベントの内容も知らず、おそるおそる吉宗をうってたんですが1万ちょいつっこむと、レギュラーボーナスをゲット。そこからがすごかった。今までこんなにドカスカ出たこと、あったか?ってな具合に、ハマることを知らずドカスカドカスカ出まくった。一番ハマった時で、約750回転。へっ、そんなモンはまったうちに入んねぇよ( ̄~ ̄)私がスロットを打ち始めたのが4時頃。閉店である11時までに10,000枚。その前に約7000枚でてるから、その台は今日1日で2万枚近く出てることになります。あの吉宗の台捨てていったヤツ、バカだな。時間がなかったのかもしんないけどね。おかげで私がオイシイ思いをしました。残念なのが、換金率。等価交換だったら、メダルが1枚20円で計算されるので10,136 × 20 = 202,720つまり、換金すると約20万円になるのです。しかしそこのパチ屋は「6枚交換」といって100円でメダル6枚分の交換なんですよ。(いうまでもなく、等価交換なら100円でメダル5枚分。)で、どういうことになるかっていうと10,136 ÷ 6 × 100 = 168933.3333…換金したら\168,500でした。等価交換の店と約3万違う…痛いけど仕方ない…(涙)でも初めて1万枚出したので(しかも夕方からうち始めたのに。)すごく嬉しいです。ラオウを昇天させた時より嬉しいね~。ちなみにこのお金の行方は、家賃の支払いと今年アパートの更新なんで、その費用にしたいと思います(笑)
2006年01月10日
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新聞やTVで既にご存知の方もいらっしゃると思いますが早稲田大ラグビー部が大学選手権で優勝し、二連覇を成し遂げました。その瞬間、月月は実は国立競技場におりました。つまり、決勝戦を競技場に観戦に行っていたのです。序盤こそ早稲田は元気がありませんでしたが、1トライ決めるとそこから着々と点を重ね、気付けば関東学院のトライは1つ。早稲田は早いパス回しで相手を圧倒し、また大学ナンバーワンといわれる関東学院のFB有賀を封じ込め、圧倒的有利に試合を進めていきました。もう結果は出ていることですので詳しい内容は書きませんが試合後の表彰式でとても感動したので、そのことについて書きたいと思います。まずは監督の清宮さんがインタビューされていたのですが二連覇の喜びか観客からの拍手のせいか、涙。それを見て観客から、再び大きな拍手。(勿論私もその中の一人)監督として采配するのは最後の年だったからでしょうか?それから選手のインタビューがありましたが、印象的だったのはやっぱり主将の佐々木くんの言葉。はっきりとした言葉は覚えていないのですが、インタビューにはチーム全員で勝ち取った二連覇です、というようなことを言っていました。それから佐々木君のコメントの中で最も印象的だったこと。試合に出ていない4年生もいた。でもそいつらが愚痴ひとつ言わずに動いてチームを盛り上げてくれた。そいつらがいたから自分は今日この場所にいる。そいつらに本当に感謝したい。これには私も目頭が熱くなりました。高校時代、部活で吹奏楽をしていて、私もそう思ったことがありました。その時の自分とオーバーラップさせてしまったのだと思います。吹奏楽コンクールの九州大会、部員約90名の中から50人選抜され、大会に挑みます。完全に実力主義。まさに下克上で、1年も3年も関係ありません。全ては良い演奏のために。私が2年の時も3年の時も、メンバーに選ばれなかった最上級生が3・4人いました。最後の舞台にのることはできないのに、部活に毎日顔を出して楽譜の整理をしてくれたり、掃除をしてくれたり、合奏の時には椅子や譜面台、機材のセットをしてくれてメンバーが演奏に集中できるような環境づくりをしてくれました。あと、千羽鶴を折ってくれたりもしました。その仲間の姿を見て、何も思わないわけがないんです。この人たちの為に、できる限りの努力をしよう。本番は絶対良い演奏をしよう。そして全国大会に行こう。結果は私が2年の時は銀賞、3年の時は九州大会で4位、全国大会出場はあと1点足りずに消えました。3年の時、宿舎での最後のミーティングで、3年生が部員全員の前で一言ずつコメントするのですが私は早大の佐々木くんと同じことを皆の前で言いました。「舞台に立てなかったのに、腐らずに毎日部活に来てメンバーが演奏に集中できる環境を作ってくれた人。その人たちがいたから、私は最後の舞台に立てました。その人たちには感謝してもしてもしきれません。全国大会には出れなかったけど、この夏、いろんな人の優しさに触れることができていい夏になりました。」ここでこう書くとクサいです。敢えて自分でツッコみます。でも大会最後のミーティングで皆が下を向き涙をすすっているという図を思い浮かべて、もう一度↑のコメントを呼んでください。ほ~ら、クサくないでしょう?(謎)なんてふざけたことは置いといて。佐々木くんのコメントを聞いて、高校時代を思い出してしまいました。佐々木くんは100名以上の部員をまとめる主将ですし同じ学年で試合に出れない人もたくさんいるでしょうから私の何十倍も仲間の大切さ・ありがたさを痛感しているのだと思います。お立ち台の上で涙を流しながらコメントする佐々木くんを見て、目頭が熱くなりました。ついでに写メ撮りました。試合風景を写メろうと何度も試みたのですが逆光でムリでした。とりあえず表彰式の時に電光掲示板をパチリ。電光掲示板に写っているのは主将が掲げた優勝トロフィーです。間違ってもドンペリではありません。(2006/01/12)
2006年01月08日
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自分が出した年賀状30枚に対し、自分の手元に届いた年賀状の数が1月3日現在で9枚という今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか。こんばんは。人間不信気味の月月です。9/30って、3分の1にも満たないじゃないですか…そりゃへこみますって。クリスマスを過ぎた頃に慌てて書いたんですが、仕事でお世話になった人や上司を中心に、30枚書きました。大学時代の友達や教え子、今までレッスンについた先生などに書くとあっという間に30枚くらいになっちゃうんですよ。それでも削った方なんですが…。で、元旦、ポストをあけてみると、届いていた年賀状は2枚ですよ、2枚。実家の方に届いてるのかな?と思い、実家に電話してみると届いてないとのこと。どんだけ友達少ないねん。でも「あっ、でも、先生や上司を中心に書いたから、友達からはあんまりこないか…だからこんなモンかも☆」と自分を奮い立たせつつ日付はかわり、1月2日。(でも私が書いてなくても、友達の方から出してくれると思ってた…自意識過剰だったんだね、あたし……( ̄- ̄ )トオイメ)ポストを覗くと4枚の年賀状が。1枚は今の職場の教え子、将吾から。(将吾が書いたワケじゃなくてお母さんが書いたもの。)1枚は修士論文と郵便局のバイトに明け暮れ、おそらく出すのが31日かそこらになったであろう、根暗の会A子のもの。1枚は、これまた演奏会やら仏語学校の課題やらに追われギリギリに出したであろうT子女史のもの。そして1枚は高校時代の師匠、というよりむしろ恩師から。今は県警音楽隊の隊長をされており、多忙極まりない方です。これまた30日か31日に書いたであろうもの。普通、先生や上司の方から年賀状なんかくれませんよね。でもこの先生はいつも書いてくれる、もんのすごいイイ先生なんです…。A子もT子女史も先生も、超多忙な人なので納得できる。元旦に届かなくともむしろ「忙しい中で書いてくれてホントにホントにありがとうっっ」と言いたい。それ以外のヤツら、何やっとんじゃゴルァ!!まぁでも私も必要最低限の友達にしか出してないから当然か…なんて自分を落ち着かせつつ迎えた、1月3日。同僚のRちゃんと、同じく職場の非常勤のK先生、高校で働いていた頃の直属の上司から届いていました。ん??Rちゃん??私が出した年賀状を見て慌てて書いた感じの年賀状…(汗私、同僚だと思われてない?K先生と上司はわかる。上司とか先生って、基本的に自分から出さないもの。うんうん。鹿児島の恩師が特例なのよ。でもさぁ、同僚って普通年賀状くらい出すだろ?FさんとRちゃんは恋人同士だからおそらく年賀状やりとりしてるよな。そうしたら「月月ちゃんにも…」ってなるよな。それって私にとっては自然なことなんだけど、不自然なことなの?いやー、今回の年賀状で一番ショックだったのはコレだったよ。Rちゃん、昨年も5日あたりになってから返事がきたんだよなー。昨年元旦に年賀状もらってたら、普通は「昨年自分から出せなかったから、今年は出さなきゃ」って思うだろ…。まぁ人によって考え方っていろいろあると思うけどね。私だったらそうするかな、ってだけでRちゃんはそうは思わないんだろうね。Rちゃん、やっぱりてめーとは合わねぇよ。ちなみに元旦に年賀状をくれた2名は、というと。1枚はもうかれこれ6.7年ほどメル友をしているY太郎くん。関西在住なんで会ったことはないですがメールだけでやりとりを続けてもう7年くらい経ちますねぇ。一度、電話で彼の相談にのったことがあって、それから「月月は恩人だ!」みたいになって年賀状をくれるようになりました。そしてもう1枚は最後に会ったのが20歳の時…熊本在住のちづるちゃん。学生時代、鹿児島に長期で帰省するたびにケーキ屋でバイトしてたんですがそのケーキ屋さんで最年少にして唯一同い年だったのがこのちづるちゃんですよ。同い年だったのもあって、ちづるちゃんの家にも泊まりに行ったりしました。彼女は長年付き合った彼氏との間に子どもができて、寿退社という形でケーキ屋さんを辞め、実家のある熊本に移りました。昔はたまにメールをやりとりしてたんですが、最近は年賀状が近況報告の場になってたり。Y太郎くんとちづるちゃん、ホントありがとう(涙)一度も会ったことのない人と6年も会ってない人が年賀状くれるってのに他の人は何やってんだゴルァ!(特にRちゃんとかむしろRちゃんとかいわゆるRちゃんとかつまりRちゃんとか)………なんて傲慢なことを思いつつ、会ったことなかったりずっと会ってない友達をこれからもずっと大事にしようと思った2006年の始まりでした。
2006年01月03日
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今日はバイト先のお客さんとラグビー観戦に行ってきました。その人は元ラガーマンで、今もクラブチームでしてるんですが12月も末になってから仲良くなったお客さんです。昨日電話がかかってきて、もしよかったら一緒にどう?と誘われ、私もずっとラグビー見てなかったので、行くことに。試合は大学選手権の準決勝で、第一試合が同志社大学VS関東学院大。第二試合が早稲田大VS法政大。準決勝の試合は1日でどちらもするので、かなりオトクです。朝10時半に待ち合わせをして、国立競技場へ。初めての国立競技場は物凄く広くて、感動しました。今までずっと秩父宮でしかラグビー見てなかったので。競技場へ着くと、雨がパラついてきて、降るな!降るな!とずーっと心の中で願っていました。でもその願いも虚しく、雨は強くなり、傘をささなければならないほどのものに。お客さんが気を遣ってくれて、「下で休憩してきていいよ」というので観戦をやめて、喫煙所で一服しながら雨が小雨になるのを待ちました。タバコを吸っているとお客さんが出てきて、「雨、強くなる気配はないけどやむ気配もないから、今日はリタイアしよう」ということに。近くの喫茶店でお茶をして、家の近くで飲みにでも行こうってことに。東京メトロの外苑前駅に行く途中で、お客さんが「ここの居酒屋、来たことある~」というのでお店を見てみたら、看板にあかりがついているではありませんか。その時の時刻、およそ14:37:25結局そこで5時すぎまで飲んでいました。途中、TVでラグビー観戦してる友達にメールして、試合経過を聞き、経過を聞いては喜んで乾杯してました。平和なヤツらです。はい。決勝のカードは関東学院大 VS 早稲田大。おそらく早稲田が勝つんじゃないかなぁ。ちなみに私は早稲田応援です。タイトルに「ラグビー観戦」ってあるので、一応観戦したトコだけ書いておきます。関東学院は序盤、地に足がついてない感じでした。同志社が押してて、「もしや同志社が勝つ?」と思ったくらい。あ、いや私は実は同志社応援だったんだけど、前評判的には関学有利だったので…。結局、結果的には前評判どおりになってしまいましたが序盤は同志社がペースをつかみかけてたと思います。ちなみにここでの「序盤」ってのはホントに序盤でして、前半13分くらいのハナシです。そこまでしか見てません、ワタクシ。(笑)今日結局飲みがメインになっちゃったし、日記のタイトル、かえたほうがいいかしら(笑)
2006年01月02日
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大晦日に「元旦は家から一歩も出ない」をスローガンに掲げ、スーパーで食糧をゴッソリ買いこんだ私。大晦日の夜、元旦の朝・昼・晩3食の計4食、食べようと思ってコロッケを買ったのにコロッケにかける中濃ソースが3滴くらいしか残ってないことに気付きものすごくへこんでしまった今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか。こんばんは。イオンの力で皆さんを今年も癒していきます 月月です。コロッケには中濃ソースしかないと思ってましたが元旦からコンビニに行くのがイヤだし、何よりも家から出たくなかったのでコロッケには仕方なくケチャップをかけて食べました。今日は先日3時間書けて書いたのに楽天のメンテナンスだか定期バックアップだかで幻と化した「今年もよろちくび」(決定)を再び書いていきたいと思います。で、ナニを書いてたかっつーと、今年の抱負というか目標です。目標をたてるからには、やっぱり達成したい。目標だけたてて達成できないんでは、ここで公言した手前、カッコ悪いじゃないですか。だからムリな目標はたてたくないんですよ。例えば、スロットやめるとか100万円貯金するとかダイエットするとかタバコやめるとかお酒やめるとか金輪際下ネタ言わないとか…かといってアッサリ達成できるような目標ではイヤ。スレスレのところが難しいなぁと思って悩んでました。で、結局落ち着いたのがこの2つ。1、健康に気をつける。もともと意外と体が弱いので、常に健康に気をつけようと思ってます。具体策としては、あまり夜の仕事のシフトを増やさないことですね。つまりはスロットはほどほどに、ゲーセンもほどほどに、ってこってす。2、教員採用試験合格。昨年なんとか二次試験までコマを進められたので今年も一次突破を目指します。そして勿論二次突破!具体策としては論文や教養試験は直前になっても、実技と面接は少しずつでも対策を進めておくこと。特に昨年完敗だった実技は、5分でも毎日続けること。面接対策は日々正しい日本語を使うよう心がけること。まぁこの日記の中では正しくない日本語がかなりあると思いますが。あと本を読んで語彙力をつけ、自分の伝えたいことを正確に相手に伝えられるようになること。この2点を今年の目標にしたいと思います。皆さんはどんな目標・抱負を立てたでしょうか?それでは改めて、今年もよろしくお願いいたします。
2006年01月01日
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