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2018年07月03日
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テーマ: ニュース(96878)
カテゴリ: ニュース
昨日の欄に引用した神奈川新聞の記事の続きは、沖縄戦体験者の戦後の困難について次のように書いている;




 米軍による空襲や艦砲射撃は「鉄の暴風」と形容されるほどにすさまじく、生活の場が戦地となった住民は戦闘に巻き込まれた。

 住民の命を脅かしたのは米軍だけではない。 日本軍もまた、住民を「スパイ」として処刑し、壕から艦砲射撃の中に追い出した。 県民の4人に1人が命を落とし、戦火が激しかった本島南部ではさらに死亡率が跳ね上がる。自治体別で軒並み4割を超え、全滅した集落もあった。

 蟻塚さんが語る。

 「国内唯一の地上戦となった沖縄戦は、本土の空襲と様相が大きく異なります。武装した米兵が目の前を動き回り、見つかれば殺される状況でした。友軍であるはずの日本軍に恐怖心を抱き、集団自決も起きた。本土のような救援はなく、生き延びても収容所に押し込められました」

戦後、つらすぎる過去から逃れるため、多くの人々が口を閉ざした。 日々の暮らしに追われ、やがて沖縄戦の記憶は脳の奥にしまわれた。

 しかし、年齢を重ね、人生を振り返る時期になると、近親者の死や退職などをきっかけに「寝たふりをしていた記憶」が「熱い記憶」として呼び起こされ、さまざまな心身の不調を引き起こすようになった。

 特に認知症は、記憶は全般的に脱落するが、痛みを伴う記憶はこぼれ落ちることなく、むしろ突出し、先鋭化するという。4人の子どもが犠牲となった98歳の女性が、唯一人生き残った娘に付き添われて来院したことがある。潜在化していた記憶が表面化したのだろう。子どもたちのつもりでおもちゃの赤ちゃんを背負っていた。

 蟻塚さんらが戦後67年の2012年度に戦争を体験した高齢者約400人を対象に行った調査では、39%がPTSD発症の可能性が高いとされた。阪神淡路大震災の5年後の調査では22%だったという。

      ■■■

 沖縄では、今なお戦時の記憶が島を覆う。

 苛烈な戦火をようやく逃れた後も、平和を享受することはかなわなかった。米軍による土地の強制接収が続き、巨大な基地群が造られた。以来、「沖縄に基地があるのではなく、基地の中に沖縄がある」と言われる状況を強いられてきた。本土復帰後も基地の重圧に苦しみ、沖縄戦と現在が地続きにつながっている。

 蟻塚さんが語気を強める。

 「相次ぐ米兵の事件事故に戦慄し、早朝から深夜に及ぶ米軍機の轟音におびえる。戦時のトラウマが癒やされる暇はなく、傷口が今も生々しく開いています」

 沖縄戦の組織的戦闘が終結した6月23日の「慰霊の日」が近づくと、不眠を訴える人は少なくない。沖縄戦関連の報道が戦時の記憶を呼び覚ます。「この夏、本土では『戦後73年』という言葉が飛び交うでしょう。 でもね、沖縄には『戦後』はありません。戦争は過去の歴史ではなく、現在進行形の問題なんです

 夏祭りの最後を飾る花火大会になると、お年寄りを帰宅させる地域もある。音や火薬の臭いで戦時の記憶が呼び起こされ、恐怖心を抱かないようにとの心遣いだ。報道におののき、花火にさえ身をすくめるお年寄りたち。その頭上を、きょうも米軍機が飛び続ける。
(田中大樹)


2018年6月23日 神奈川新聞朝刊 A版 21ページ 「時代の正体-戦争の記憶 風化せず」から後半を引用

 毎日の米軍基地の騒音に相次ぐ米兵の犯罪、米軍機の事故などが70数年前の戦争体験を思い出させるというのは辛い話です。同じ日本にいながら、こういう思いで生活している人たちもいるのだということを認識することは大事だと思います。





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最終更新日  2018年07月03日 01時00分05秒


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