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文科省の教科書検定強化によって、歴史教科書の南京事件の記述が大幅に後退し、ちまたでは「南京虐殺はウソ」論を展開する百田尚樹『日本国紀』がベストセラーになっている。高校では「南京事件は大学人試には出ないから勉強しなくてもよい」とされ、良心的な教師が授業で教えると、校長などから「偏った授業と世間から批判される」と圧力がかけられている。
日本は 「国際的に恥ずかしい、こんなひどい国になってしまった」と嘆息するとともに、安倍政権によって失われた日本の10年を総括せざるを得ない。
◆家永教科書裁判 司法が事実認定
筆者が南京事件の研究をするようになったきっかけは、家永三郎東京教育大学教授が自著の高校日本史教科醤にたいする文部省(当時)の教科書検定を、日本国憲法と教育基本法に違反すると訴えた家永教科書裁判(第3次訴訟)であった。
筆者は、家永三郎『新日本史』(三省堂)の「南京大虐殺」と、「日本軍の婦女暴行」の記述を不合格にした教科書検定の誤りについて、1991年4月、東京高裁における控訴審の証言台にたって、批判を展開した(東京地裁では家永側か敗訴していた)。 筆者は「世界に知られていた南京大虐殺」と題する意見書を提出して証言をおこない、1993年10月の逆転勝訴の判決を獲得、最高裁判決(1997年8月)により家永側の勝訴が確定した。
日本の司法が南京事件の歴史事実を認定したことにより、中学、高校の歴史教科書の記述は大きく改善された。東京書籍の中学校歴史教科書(1984年版)は以下のようであった。
「ナンキンを占領した日本軍は、数週間のあいだに、市街地の内外で多くの中国人を殺害した。その死者の数は、婦女子、子どももふくむ一般市民だけで7~8万人、武器を捨てた兵士をふくめると、20万人以上ともいわれる。また、中国では、この殺害によるぎせい者を、戦死者をふくめ、30万以上と見ている。この事件はナンキン大虐殺として、諸外国から非難をあびたが、日本の一般の国民は、その事実を知らされなかった」
◆教科書議連からしつような攻撃
1997年4月から使われた中学校7社の全歴史教科書に「従軍慰安婦」が記述されたことに衝撃をうけた安倍晋三氏は、事務局長となって「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を結成(後に「若手」を削除、教科書議連)、中学校の教科書から「従軍慰安婦」「南京大虐殺」をはじめとする侵略・加害の記述を削除させようと執拗(しつよう)な教科書攻撃を開始した。
2006年9月に第1次安倍内閣が成立すると、12月の国会で教育基本法改悪案を強行採決した。翌年2月、教科書議連は「南京問題小委員会」を発足させ、6月「調査検証の総括」を発表、「一次資料を中心に検証の結果、南京攻略戦が通常の戦場以上でも以下でもないと判断するに至った」と南京大虐殺を否定した。これが、安倍政権の教科書検定における「政府見解」とされるようになった。
第2次安倍内閣は2013年12月に文科省の教科書検定基準を改定、中学校教科書において、閣議決定した「政府見解」を記述できるようにした。19年度に新しい検定基準でおこなわれた中学校の教科書検定では、南京事件にたいする「政府見解」を記述するように圧力がかけられ、記述は大きく後退させられた。
「政府見解」をそのまま記述した教育出版の教科書は「占領した首都の南京では、捕虜や住民を巻き込んで多数の死傷者を出しました」としただけで、本文に南京事件の語はない。前述した東京書籍の教科書は、 「犠牲者数を書くな」という教科書検定意見によって、1984年版には記述されていた犠牲者数の記述が、単なる「多数」に後退させられた。
「日中不再戦」の願いが、岸田政権によって危うくされている今こそ、南京事件、日中戦争の過誤の歴史に目を閉ざしてはならない。
<かさはら・とくし> 1944年生まれ。都留文科大学名誉教授。『南京事件論争史』『日中戦争全史』(上・下)『通州事件 憎しみの連鎖を絶つ』ほか
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