フリーページ
――ロシアと1300キロの国境で接するフィンランドの人々が長年の軍事的中立の立場からの転換を支持し、北大西洋条約機構(NATO)加盟に至りました。何が変わったのでしょう。
昨年2月、ロシア軍の戦車が連なる映像が流れ、全面戦争の始まりが示されました。キーウ近郊のブチャ周辺での残虐行為についての映像で「これまでとは違う、何かが始まった」という見方が強まりました。分水嶺(ぶんすいれい)でした。
多くの人がブチャは「フィンランド東部の町の一つだったかもしれない」と考えました。 フィンランド人は、1939年に始まった「冬戦争」で、(現在ロシアからの侵攻を受けるウクライナのように)いわれのない侵略を受ける経験をしています。
――専門家にも世論の激変は驚きだったのですか。
そうです。ロシア軍の侵攻前から「(侵攻が起きたら)フィンランドはNATOに加盟するだろうか」という議論は始まっていましたが、私は「世論は加盟に反対だから」と否定的に見ていました。
今起きていることは自然な展開に見えるかもしれませんが、 30年近く一貫して加盟に反対してきた世論が急速に、劇的に変化すると、侵攻前に見通すことは困難でした。
――対ロシアで慎重にならざるを得ない事情があります。
小国フィンランドが、大国ロシアと長い国境を接している。この紛れもない事実、そして「力の非対称性」に対処することが外交・安全保障と防衛政策の中核なのです。
フィンランドは主に2つの方法で対処してきました。「対話」と「防衛・抑止」です。 歴代の政策立案者は、ロシア(旧ソ連)に「非同盟」の立場で対話する道を選んできました。 そして冷戦が終わってもフィンランド人の大半が軍事同盟に参加しない方がいいと考えた。ロシアとの関係維持に役立つからです。
しかし昨年2月、第2次世界大戦後で初めて、対話に比べて「防衛・抑止」が明白に優位になり、加盟に至りました。
――それまでは対話も現実的な道として続いたのですね。
それもフィンランド人が選んだ道でした。同時に伝統的な領土防衛を堅持してきたことも重要です。ロシアに挑発的にはならない姿勢を保ちながら、一方で防衛力を高めてきた。フィンランドはロシアとの良好な関係を模索しながらも、防衛面でナイーブ(無邪気)ではなかったのです。(聞き手・金成隆一)
*
<Matti Pesu> フィンランド国際問題研究所の主任研究員(外交・安全保障)。大学や欧州委員会、フィンランド外務省での勤務経験もある。
ナフサ供給「6月に詰む」・・・境野氏の… 2026年05月08日
象徴天皇制と戦争放棄(7日の日記) 2026年05月07日
C a k e Not Ha t e(5日の日記) 2026年05月06日
PR
キーワードサーチ
コメント新着