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2026年02月28日
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テーマ: ニュース(96530)
カテゴリ: ニュース
私たちは学校の歴史の授業で「天皇機関説事件」ということを学習しました。現代ではごく常識的な学説であるが、戦前は「天皇は神さまの子孫である」という右翼思想に凝り固まった軍人や学者が、理路整然と天皇機関説を発表した憲法学者・美濃部達吉を強く批判し、美濃部は貴族院議員を辞任することとなり、その後は右翼と軍人が世の中を支配するようになり、日本は侵略戦争への道を進むこととなったものです。その当時の世相を研究した本が、最近講談社から出版されて、7日の朝日新聞は次のような書評を掲載しました;


「戦争を起こして日本をこんなにしたのは軍人ばかりが悪いのではなく、日本中の男という男がみな卑怯(ひきょう)だったからです。わたくしはそう思います」

 発言の主は美濃部民子。夫の憲法学者・美濃部達吉は戦前、天皇を「国家の最高機関」とする説に立っていたが、「不敬」だとして右翼や軍部から攻撃された。学界や官界の常識だった天皇機関説はいとも簡単に葬られ、神がかり的な天皇主権説の天下になる。 「卑怯」の2字が重いのは、そのとき声をあげるべき人たちがほとんどあげなかったからだ。

 その一人が憲法学の弟子にあたる宮沢俊義だ。宮沢が戦後に語った弁がある。「わたしは事情の許すかぎり、小さくなっていようと決心しました」。下手に抵抗しても効果がないだけでなく、大学に災いが及ぶと考えた。周りの空気を一切読まずに自説を訴えた美濃部の人間が「大きい」とすれば、 周囲を気遣う宮沢は「小さい」。そしてその小ささは、学者だけでなく当時の政治家や官僚などに共有されていたと著者は言う。

 読んでいて苦しいのは、美濃部ではなく、口を閉じた人たちに近さを感じてしまうことだ。メディアも「慎重な取り扱い」を言い訳にして、身を守った。そうやって常識や良識がいつのまにか押しつぶされる。1930年代に限った話ではないだろう。

 関係する人物を網羅した本書は、機関説を排撃する側にも光をあてた。なかでも「原理日本」誌上で美濃部を執拗(しつよう)に攻撃した蓑田胸喜(むねき)は深く掘り下げられている。名前をもじって「狂気」とも言われた人だが、実は「気の小さな、どっちかといえば臆病な善人」という同僚の評価が興味深い。 「小さい」人物はあちこちにいて、戦争への道ができていった。
<評・有田哲文(本社文化部記者)>

     *

 『天皇機関説タイフーン』 平山周吉〈著〉 講談社 3080円

     *

<ひらやま・しゅうきち> 52年生まれ。雑文家。『江藤淳は甦(よみが)える』で小林秀雄賞、『小津安二郎』で大佛次郎賞。


2026年2月7日 朝日新聞朝刊 13版S 20ページ 「読書-『小さい』人物が導いた戦争への道」

 この記事はなかなか示唆に富んでいるというか、日本人とはどういう民族なのかという問いに、明快に回答しているように思われます。天皇機関説は当時の学会や官界では常識であったが、国内の一部に狂信的な「天皇は神さまの子孫」説の信者が、大声どころか暴力まで使って威張り散らすと、有識者は「大学に災いが及ばないように」と黙り込んで、その結果、大学は守ったが国はほろんだ、というのでは本末転倒というものではないかと思います。現代もまた、憲法とは民主主義を守るために国家権力を縛るものである、という「常識」を、高市首相は否定し、「憲法は、国家の理想的なあり方を言い表したもの」と主張し、小選挙区制を利用して5割に満たない得票率でも議会の3分の2以上の議席を占めて、高市個人の「理想」を書き込んだ文章を「憲法」にしようとしている。そのような首相の言動に対し、メディアは世界の常識である憲法観を示し、「個人的な理想像の誤り」をしっかり主張しないことには、この国は再び「破滅への道」を歩みだすのではないかと危惧する次第です。





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最終更新日  2026年02月28日 01時00分05秒
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