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「戦争を起こして日本をこんなにしたのは軍人ばかりが悪いのではなく、日本中の男という男がみな卑怯(ひきょう)だったからです。わたくしはそう思います」
発言の主は美濃部民子。夫の憲法学者・美濃部達吉は戦前、天皇を「国家の最高機関」とする説に立っていたが、「不敬」だとして右翼や軍部から攻撃された。学界や官界の常識だった天皇機関説はいとも簡単に葬られ、神がかり的な天皇主権説の天下になる。 「卑怯」の2字が重いのは、そのとき声をあげるべき人たちがほとんどあげなかったからだ。
その一人が憲法学の弟子にあたる宮沢俊義だ。宮沢が戦後に語った弁がある。「わたしは事情の許すかぎり、小さくなっていようと決心しました」。下手に抵抗しても効果がないだけでなく、大学に災いが及ぶと考えた。周りの空気を一切読まずに自説を訴えた美濃部の人間が「大きい」とすれば、 周囲を気遣う宮沢は「小さい」。そしてその小ささは、学者だけでなく当時の政治家や官僚などに共有されていたと著者は言う。
読んでいて苦しいのは、美濃部ではなく、口を閉じた人たちに近さを感じてしまうことだ。メディアも「慎重な取り扱い」を言い訳にして、身を守った。そうやって常識や良識がいつのまにか押しつぶされる。1930年代に限った話ではないだろう。
関係する人物を網羅した本書は、機関説を排撃する側にも光をあてた。なかでも「原理日本」誌上で美濃部を執拗(しつよう)に攻撃した蓑田胸喜(むねき)は深く掘り下げられている。名前をもじって「狂気」とも言われた人だが、実は「気の小さな、どっちかといえば臆病な善人」という同僚の評価が興味深い。 「小さい」人物はあちこちにいて、戦争への道ができていった。
<評・有田哲文(本社文化部記者)>
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『天皇機関説タイフーン』 平山周吉〈著〉 講談社 3080円
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<ひらやま・しゅうきち> 52年生まれ。雑文家。『江藤淳は甦(よみが)える』で小林秀雄賞、『小津安二郎』で大佛次郎賞。
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