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2026年05月13日
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テーマ: ニュース(96560)
カテゴリ: ニュース
近代フランスの思想家ルソーについて、東京大学教授の宇野重規氏は4月26日付東京新聞コラムに、次のように書いている;




 しかし、経歴を見るとトラブルの連続である。故郷ジュネーブを離れて各地を放浪し、やがては教会との対立からフランスにもいられなくなる。ようやく英国で受け入れてくれた哲学者とも衝突してしまう。恋多き男であったが、子どもを育てることはなく、現代でいえば養育放棄(ネグレクト)の批判を免れない。音楽、文学から政治学まで幅広いジャンルで活躍したが、いわゆる専門家の枠に収まる人物ではなかった。

 そのルソーの著作として最も有名な一冊が「社会契約論」である。難解な著作として知られるが、よく読んでみると、現代でも響く言葉をたくさん残している。このたび筆者は「ルソー『社会契約論』」(中央公論新社)という小著を上梓した。

       ◇  ◆  ◇

ルソーが本の冒頭で強調しているのが「力による正義は認めない」という決意である。 なるほど、確かに世の中を見れば、強者が弱者を踏みにじる現実があることは否めない。 だからといってそのことが正しいわけではないし、強者に弱者を支配する権利があるわけでもない。 それなのに政治の言説は事実上、「強者の権利」と「力による正義」を容認してしまっているのではないか。大国の横暴を前に声を上げることのできない21世紀の私たちに「刺さる」言葉であろう。

 ルソーが生きたのは戦争の時代でもあった。ひとたび他国に占領されれば、敗戦国の民衆はあたかも「奴隷」のごとき扱いをされることも珍しくなかった。これに対しルソーは、戦争はあくまで国と国の関係であり、個人と個人が戦っているわけではないと考えた。戦争が終われば、人と人とが憎しみ合う理由などないと説いた彼の主張は、理想論にも聞こえるが、憎しみの連鎖が支配する現代世界において、意味のある考え方とも言える。

 「社会契約論」を読んでいて、悩ましいのが「一般意志」という概念である。ルソーによれば、一人一人の個人にはその人に固有な特殊意志がある。とはいえ、特殊意志をいくら集めても、社会の共通の意志、すなわち一般意志にはならない。バラバラな意志はどこまで行ってもバラバラなままである。現代でも各種の世論調査が行われているが、単に個別の意見を集計しただけでは、社会として進むべき方向性は見えてこない。

       ◇  ◆  ◇

 もちろん、各人の思いや利害はある。それでも、自分も社会の一員である以上、社会全体にとって何が望ましいことなのかをいま一度、じっくり考えてみてほしいとルソーは説く。例えば、一個人として税金を払うのは嫌であっても、共に社会を営む上でのコストを公正に負担するのならば、考える余地はあるはずだ。

 社会として共有すべき意志があるとすれば、それは何なのか。孤独に陥りながら、他の市民と対等に協力することを夢見たルソーの一般意志論は、分断の時代にあって、あまりにも現実離れした学説なのか。あるいは民主主義の対話を取り戻すヒントなのだろうか。


2026年4月26日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-現代に『刺さる』ルソーの言葉」から引用

 王権神授説などという権力者に都合の良い「思想」がはびこっていた西欧で、「力による正義は認めない」と宣言したルソーの「社会契約論」は、その後の西欧社会に民主主義の思想を広めて社会の発展を促進したのでしたが、それから300年ほど経った現代は、「社会契約論」とは縁のない不動産屋上がりの「大統領」が「世の中には力による正義以外は存在しない」とでも言うかのような暴虐な政治を行っているが、これは落ち目の軌道に入ったアメリカ資本主義が進む「宿命の道」なのであって、日本はこういう落ち目の国とは早めに縁を切って、今のうちに「社会契約論」を勉強し直して、まっとうな国家体制の立て直しを考える時期に差し掛かったと考えるべきだと思います。





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最終更新日  2026年05月13日 07時51分53秒


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