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2006.08.28
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テーマ: たわごと(27605)
カテゴリ: うちそと系


けれど続かない。

美しい暮らしがしたいものである。例えばイラクで、あるいはレバノンで、あるいは世界のどこかで、虫けらみたいに人々がなぎ倒されているとしても。
朝は庭の草をむしる。心地よい汗をかいたならシャワーを浴びよう。それから子どもたちにあいさつをし、軽い朝食をとり、仕事に出かける。電車は少し混むけれど、そのくらいはがまんしよう。会社に入れば、同僚の女性にさわやかに声をかけよう。どうにも気にくわない上司にだって、挨拶くらいはしておこう。仕事は楽しい。いや、楽しいことばかりではないけれど、はじまったものはたいていの場合、それなりに手を尽くせばやがて動き出す。そうして終わっていくものだと信じよう。
例えば世界は争いにみち、環境破壊は人々の良心をあざ笑うようにして取り返しがつかなくなっていたとしても、あるいは人間の何ともしれない未来はどのように考えても希望がもてないとしても、あるいは友人が病に倒れようとも。

美しい暮らしがしたいものである。残業などはさっさと拒否し、帰りの電車に乗り込めば、西に太陽が沈んでいくのを眺めることができる。駅前商店街は、なぜだか昔みたいに人々が忙しそうに行き来している。こどもの手を引いて銭湯へと向かう家族連れの姿だってある。立ち並ぶ商店の店の奥は、道路からも簡単に見渡すことができる。お店は開けているけれど、それぞれの家族は夕餉のときだ。居間には必ずテレビがついていて、きっと巨人戦を見ているのだ。

私たちは美しい暮らしをしてきたのだろうか。
もちろんそんなものは、どの時代のどこを探したってない。私たちの多くは善良で、そうして無関心なのだ。無関心はやがて暴力装置の一部となって、私たちはその代償を支払うことになる。無辜なる民などどこにも存在せず、存在するとすれば、それはどこまでも相対的なものにすぎない(つまりそれは存在しないということだ)。

美しい暮らしなどいらない。それは一瞬の間につかみとることができるかもしれない。だがまた一瞬の間に腐敗するものである。美しさは、傲慢で、いかがわしいものでもあるからだ。


いまさらだよね。
私は駅のホームで佇む私を見ている。その見ている私を私は見ている。その見ている私を私は見ていて…






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Last updated  2006.08.29 00:10:17 コメント(4) | コメントを書く
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★みゆきち★@ 性感エステってもったいないよね ムラムラってきたら性感エステに通ってた…
ウラガエル @ お久しぶりです。 suiさん どうされているのでしょう。 …
紫陽花ロック @ 鎧駅は 海に向かって断崖絶壁に駅のホームがあり…
ウラガエル @ そーですか? 育児・子育て きらりさん 「そーです…

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