全85件 (85件中 1-50件目)
♪ 明 日 は 四 国 へ ♪ 4月1日に大阪を出発し、岡山経由で 四国の香川県へ行ってきます。 6人の仲間と一泊二日の旅行です。 温泉旅館に泊まって金毘羅さんに お参りします 石段は何段あるか数えてきます。 うまいもん食ってワイワイやります。 うまいもんといえば香川名物の 讃岐うどん!!たんと食べてきます。 ではそれまで二日の夜に帰ります。
2005年03月31日
♪ 春 の 季 節 ♪ 3月弥生も終わりとなった。 どうも旧暦と新暦があるからややこしい。 弥生も終わったと書いたが 弥生は旧暦の呼び方だからねぇ 新暦で言えば4月ごろなんです。 ジンチョウゲ・ユキヤナギ・トサミズキ・ ハクレン・アンズ・レンギョウetc が咲き桜も開花宣言していよいよ春が来た。 でも文楽はまだまだ本当の 春が来たとは、思わないんですよ。 本当の春は初蝶を見た日なんです。 初蝶が舞っているのを見て 春が来たと思うんです。 本当の春はいつくるのだろう
2005年03月31日
蝶 に な っ た 女 蝶になりたい女がいた 花から花へと明るい笑顔で舞いながら 楽しく暮らしたいと思っている 蝶になりたくてもう何年たったろうか 風の便りに噂を聞いた 暗い酒場の片隅に夜の蝶がいた
2005年03月31日
赤 い 自 転 車 の 女 春が来たなら赤い自転車で 出かけましょう リュック背負ってジーパンはいて 花咲く野辺にでかけましょう 赤い自転車ペダルをこげば 心ウキウキしてくるよ 夢のあふれる花園で 心静かに眠りましょう 明日を夢見る女には 赤い自転車よく似合う 今日も野辺ゆく女がひとり 赤い自転車押しながら 恋の歌うたってる
2005年03月30日
無 口 な 女 無口な女であった やせてやつれている 女はいつも”” くちなし ”” の花をながめていた。 ”” くちなし ””の白い花~♪ おまえのような花だったぁ~♪
2005年03月30日
親 孝 行 母の肩をもむ。 僕は、母の肩をもむことで幸せを感じるのだ。 母は、肩が軽くなったと喜ぶ。 肩をもむ最中、僕は母に聞くことが必ずある。 それは「痛くないか?」「気持ちいいか?」 の二つである。 この言葉は、必ず肩をもむ時の必須語である。 「痛くないか?」は僕の力が強すぎて母の顔が 苦痛にゆがんでいないかということの確認で あるし、「気持ちいいか?」というのは、本当に 気持ちよくて幸せを感じているのかの確認なのだ。 そのときの母は決まって「痛くないよう~」 「気持ちいいよう~」と最後の語尾をあげる。 最後のよ~でワンオクターブあがってのびるのだ。 それが本当におかしくて、僕の琴線をくすぐり 笑いころげてしまうことがある。 母は、肩がこっていらだっていたのだろう。 僕が肩をもんだことで、今夜はぐっすりと 眠れそうだと言った。 こんな親孝行いつまで続くのだろうか。
2005年03月30日
春 が 来 た 女 春が来た~♪ 春が来た~♪ どこに来た~♪ 女は今喜びの絶頂にある うれしくって うれしくって 女は友達に語った あの人からプロポーズされたのよ とうとうあたいにも人生の春が来た 10年間も待っていたんですからね
2005年03月29日
病 気 に な っ た 女 病気はないと思っていたが 病気になってしまった女がいる 病名は絶対に言えない こうなっては仕方があるまい 女は通院することにした 誰かが耳元でささやいた あの女の病名は「 恋の病い 」です
2005年03月29日
バレンタインの女 「いつも筆者ですがと言っているのは あまりにも様にならないし、みんなと 同じくゴーストライターの筆者にも 名前をつけたいんじゃ」 「それから筆者は透明人間じゃ!! 黙っていればどこにいるかわからんのじゃよ」 Aさんとは声のやりとりしかできないが 色々と心のうちが知りたいんで よろしくたのんだよ。 まあAさんは筆者の声をイアーホンで 聞いているようなもんじぁのう」 「そうねぇ姿が見えないだけに声を 聞いても誰だかわからないことがあるわねっ」 「そうだAさん!! 次からは筆者の声は じゃ~言葉”を使うからいいかなぁ」 「なんですか?じゃぁ~言葉というのは?」 「これはだね。。語尾にじゃぁをつけるわけだよ」 「ああじゃこうじゃというようにね~」 「これで少しは筆者であるとわかるだろうね」 「それからいいかいAさん!!」 「Aさんに用事がある場合はジャーンという 音をだすから筆者がきたという合図だと 思ってくれないか いいねっ」 「ああっその音で筆者だとわかるのね」 「私のフルネームはいつ頃決まるのかしら?」 「ああその話かね」 「これは物書き大王さまの許可がいるんじゃよ!」 「物書き大王と言ったらブログを牛耳っている?」 「許可を受けないと名前はつけられないの?」 「そうなんだ!!特に人の名前は許可を うけないとだめなんじゃ!」 「今から超特急で物書き大王様に 話をして許可を受けることにしよう!!」 「それからAさんの個人データも もらってくるからね」 「なんですって。。私のデータをもらう?」 「物書き大王様によろしくいってよねぇ~」 「わかったよ!!じゃぁ~またくるよ!!」 (つづく)
2005年03月29日
犬 を 抱 く 女 ふさふさとした毛の 白い犬を抱いた女がいる 犬の名前はチエと言うんです もう私の子供だわ 娘が死んだとき買った犬で チエは娘の名前なんです この犬は死んだ娘の生まれかわり だからどまでも一緒だといった その女の住むマンションの入り口には 「 このマンションでは犬を飼うことが 禁止されています 」と書かれた 貼り紙があった 女は娘と一緒にこのマンションに 二人で住んでいる
2005年03月28日
バ レ ン タ イ ン の 女 女はマンションに着くとジャージ姿になった。 リラックスして過さないと明日から 頑張らないといけないのでね。 C子にメールした 少し風邪気味だから20日の 日曜日に会おうね。・。 そんな返信メールをいれた。 「Aさん!! 筆者ですが診察結果は 大事にいたらず何よりだったねぇ」 「あっ!!これは」 「その節は親切にしていただいて ありがとうございました。 おかげで本当によくなりました。」 「びっくりさせてゴメンなさい!」 「透明人間の筆者だから音声だけで すいません!!」 「いやAさんもお疲れかと 思うんだが色々と話をしたくてね」 「ああ~いいですよ。なんでもお話しますから。」 「いやこれからもゴーストライターとして 書いていくのだがこの辺で決心しないと いけないと思ってねっ」 「えっ決心ですってぇ?」 「ああ~実はなぁ~AさんとかBさんとか C子さんとか言っているが色々とこれから やっかいなことになりそうなので 名前をつけたいと思っているんだよ」 「ああ~そういうことですかぁ””」 「いい名前で呼ばれたいわ」 「名前は筆者に任せてくれるかい?」 「いいですよ 筆者なんですから 私は何もいえないわ!!」 「わかったよ!!それじゃふさわしい名前を 真剣に考えることにしょう」 「それから筆者も名前をつけたいんじゃよ!!」 「えっ!!ゴーストライターにも名前を」 つづく
2005年03月28日
♪ 薬 師 寺 を 訪 ね て♪ (その6) 3月20日(日)薬師寺を訪ねた。 金堂・東塔・西塔・大講堂を観て 白鳳伽藍の一帯を散策したが その美しさには圧倒された。 先に観た唐招提寺とは対照的といえる。 唐招提寺はひなびた寺だとすると 薬師寺は絢爛豪華な寺であろう。 いずれにしても徒歩20分ほどの 位置にくすんだ色彩不足の唐招提寺と 朱色の鮮やかさ目にしみる薬師寺が 隣り合わせにあることに初めて訪れた 人は不思議さを感じずにはおれないだろう 白鳳伽藍をあとにして次は 玄奘三蔵院伽藍(げんじょうさんぞういんがらん) に行ってみることにした。 北受付を通りさらに北の方向に進んでいくと 右手に本坊事務所やお写経道場があった。 そして正面に朱色の玄奘塔が見えた。 この玄奘塔を囲んだエリアが 玄奘三蔵院伽藍である。 伽藍中央にある玄奘塔は、法相宗 (ほっそうしゅう)の始祖・玄奘三蔵の ご遺骨を真身舎利(しんじんしゃり) として奉安し、須弥壇(しゅみだん) には玄奘三蔵訳経像(やっきょうぞう) をお祀りなされている。 また玄奘塔のさらに北(真裏)には 玄奘三蔵院伽藍・大唐西域壁画殿 があった。 そして今日は春季特別公開の 初日であった。300円UPに なっているのは玄奘三蔵院伽藍・ 大唐西域壁画殿の公開のためである。 大唐西域壁画殿は、平山邦夫画伯が 30年の歳月をかけて完成された 玄奘三蔵求法(ぐほう)の精神を 描いた壁画を絵身舎利(えしんしゃり) としてお祀りしているのです。 その荘厳な壁画の感想など 簡単に言えるものではない。 薬師寺を訪ねて個々に感ずるのが 最もふさわしいことだと思う。 こうして私はお彼岸の中日に薬師寺 を訪ね健康を祈願しました。 そして唐招提寺と薬師寺の奈良散策は すべて終わりました。 ( その1~その6おわり )
2005年03月28日
♪ 梅 田 に 外 出 ♪ 街は人でいっぱいだった☆ 人間的生活からかけ離れたコンクリートと 鉄ときたないストリート☆ 意味のないネオンと不必要な広告合戦!! どの店に入っても心の やすらぐことはなかった☆ 僕の体質にあうような物はなかった☆ 華美なイルミネーション・奇抜なデザイン!! あたかも人間の作り出した最高級品 (ブランド)のように見せかけた模造品・ 粗雑な心のない商品の氾濫!! それを知らずに偽ブランドばかり求めて 群がる人たちに僕は叫びたいのだ!! 君らは間違っていると。・。・。・ 土にまみれ汗をかいて得るものに 価値あるものを。。。 金で何でも買えることに 僕は異様な恐れを抱く☆ 街は人でごったがえして人心は すごみ肉体はむしばまれ人間社会の 破壊は一日一日と進んでいる 都会が殺漠とした人間社会の 集団自殺行為を次々と犯しつづけて いることを知るべきだ☆ 都会は暗黒の労働者を生んでいる☆ 日本経済の発展は都会を中心として 飛躍してきたが今はもうこれ以上の マンモス化は必要ないと思った☆ そんな疑問をもちながら梅田近辺を ひとりウロウロと歩いた☆ この日記に書いたことは素直に 感じた自分の思いである☆ だけど反面都会はすごい夢を あたえてくれる場所なんですね。 都会という成熟したスペースが なかったら人間としての成長は なかっただろう。 情報社会のなかで都市からいただく いろいろな恩恵もあるということも よくわかりました。 演芸・演劇・映画・音楽・本etc 都会はいろんな情報発信基地でも あるんですね。 都会の恩恵を感じながらももっと人が 少なかったらもっと都会はユートピア であるのに。・。・。・。・。・ なんて勝手なことを思ったり しましたぁ~ (●^o^●)
2005年03月27日
電 車 の 女 私は電車に乗り込んだ 座席の前にはうら若い女性と 5・6歳の娘さんがいた そして女はバックを開け何かをはじめた まつ毛をていねいにカールさせアイシャドゥー をぬり眉毛を整え口紅をひき爪を研いだ 電車の女は衆人たちの前で堂々と 化粧をするのであった 女の美しさは化粧ではない 化粧していいかどうかの女としての 良識ある心の姿である それが女の美しさではないでしょうか それはそうと5・6歳の娘さんは どう思っているのだろうね
2005年03月27日
バ レ ン タ イ ン の 女 Re:おはようございます。 ★昨日はお仕事なのに会って くれてありがとうございました! 遅くまですみませんでした 早速ワインのチョコレート 味わってくれたんですね。 とってもうれしいわっ!! 家に着いたのは02:00頃でした。 今日も仕事で頑張ってるから 心配はいりませんよ。 ではまたね メールには嘘をいれた。 病院に来ているのに保育園にいる こういう嘘を書かねばならなかった。 昨日の帰りにこういうことがありまして などとは死んでもメールできなかった 昨日の帰りのことは胸のなかにそっと しまっておかなければいけない。 誰にも言えない秘密であった。 Bさんがチョコレートを味わってくれた。 あと6個のチョコレートを味わって くれることにうれしさがこみあげてきた。 異性に対してチョコレートあげたことが こんなにも自分をうれしい気持ちにさせて くれるものなのか。。 前の夫には感じなかった女としての 純真な愛が心のなかで騒いでいた。 メールをしていると昨日の夜Bさんに 逢ってからの弾けた私を思い出した。 つたない演技がよみがえり胸の中で クスッと笑う自分がいておかしくなった。 バレンタインの女になれたうれしさと帰りに 味わったつらさが心の中に同居していた。 病院にいてもBさんの面影がちらついて 少し心が乱れているのを感じていた。 次の方お入り下さいといわれハッとして 女は診察室に向かった。 女はまた赤いプリウスのドアを あけ、運転席でエンジンを始動させた。 熱も下がっていてこれで明日は 保育園を休まなくていい 診察の結果にホッとした。 診断結果は扁桃腺のはれからくる発熱で あって体温は37度7分であった。 喉の痛み止めや解熱剤など4種類の 薬をもらった。 人間なんて弱いものなのよ! 男も女も病気には勝てないのだ。 今年は花粉症でマスクをした人が 多い気がした。 花粉症が猛威をふるい悩んでいる人がいる。 C子もそうであった。 帰ってからC子に返信メールをしょう そう思いながら車を発進させた。 赤いプリウスを運転すると気分が癒された。 女の運転は安全運転であった。 住宅街だから駅前のショッピング街 に行かないとこれといった店はない。 帰りの道も案外静かであった。 体調が悪い時は無理をしないのが 一番だからどこにも立ち寄ることなく マンションに帰った。 つづく
2005年03月27日
働 く 女 化粧もしないで女は働く 夜遅くまでなりふりかまわず働く 子供を育てるために仕事一途に 働く女がいる 何の資格もない 何の教養もないから 自分を生かす適職がわからない しんどい仕事でも働けるだけで 幸せだと思っている 子供のためになりふりかまわず働く 化粧はもう10年もしたことがない 母を待つ子供の声が聞こえる 子供のために化粧を忘れて 懸命に働く女がいる
2005年03月26日
♪ 薬 師 寺 を 訪 ね て ♪ (その5) 3月20日(日)に薬師寺をたずねた。 南受付から南門・中門・金堂・西塔・東塔 そして大講堂と私は今、白鳳伽藍の真っ只 なかにいる。 薬師寺は、天武天皇により発願(680)、 持統天皇によって本尊開眼(697)、さらに 文武天皇の御代(みよ)になって、飛鳥の地に おいて堂宇の完成をみたのである。 その後平城遷都(710)にともない この地に移されたのであった。 当時は、南都七大寺のひとつとして、その 大伽藍はわが国随一の壮美をほこったとか。。。 金堂を中心に東西両塔、講堂、回廊が立ち並び なかでも裳階(もこし)を施した金堂や塔の たたずまいの美しさは””籠宮造り”” と呼ばれて人々の目を奪ったそうである。 龍宮造りなどとはなかなかどうして当時 の薬師寺の華やかな伽藍が目に浮かんで くる言葉であっていいですね。 これは薬師寺を訪ねた人でないと文章で いろいろ説明してもわからないだろう。 とにかくその美しさに心が晴れ晴れして うわ~うわ~という感嘆の言葉を心の なかで叫んでいるだけの私でした。 金堂・東西両塔・大講堂を画像で お見せできないのがとても残念です。 それから1300年を経過したわけである。 この間に薬師寺は、いろんな災害をうけた。 特に、亨禄元年(1528)の兵火では、 東塔(国宝・白鳳時代)を除く諸堂が 灰になってしまったのである。 昭和42年、高田好胤(こういん)管主(かんす) によって薬師寺白鳳伽藍の復興が発願された。 失われた堂塔の復興を薬師寺の大悲願とし お写経勧進によって、金堂、西塔、中門、回廊、 さらには平成15年3月に大講堂が復興され 白鳳伽藍の輪奐美(りんかんび)として よみがえったのでした。 (その5おわり)
2005年03月26日
バ レ ン タ イ ン の 女 真っ赤なプリウスが駐車場から発進した。 心地よいエンジンのひびきが女の顔を紅潮させた。 赤い色を見ると色彩学的には元気になれるらしい。 闘牛士のもつ赤い色をみて突進する牛たち どうも赤い色には興奮するなにかがあるようだ 私もあの男に向かって突進する闘牛になれるか どうかは今夜のあの人からかかってくる 電話の中身によるだろう。 傷ついても傷ついても突進する牛に なれるどうかは女の気持ち次第だった。 だるくても赤い車で疾走すると元気が生まれた。 少し遠回りして病院に向かった。 プリウスに関しての余談だが・・・ このトヨタプリウスは最近外国でも人気がある。 タイタニックで人気俳優となったレオ様も このプリウスに乗っているそうである。 レオナルド・ディカプリオはいわずと知れた ハリウッドスターだが彼は雑誌の取材で 「 燃費が悪く、排気ガスをまき散らす環境に悪い 車なんて僕には関係ない。。プリウスがあるから」 ほかにもアンソニー・ホプキンス、プラッド・ピット、 メグ・ライアン、メリル・ストリープ、ジム・キャリー などはプリウスを愛車としているようだ。 閑話休題 女の運転するプリウスが青空内科に着いた。 車は病院の隣のスペースにとめた 女はゆっくりと車のドアをあけて病院に入った。 診察券を出し受付を終えて順番を待つことに したが診察を受けるのは自分をふくめて5人だった。 そして診察の待ち時間にBさんにメールした。 時計の針は10:15をしめしていた。 つづく
2005年03月26日
き れ い な 女 目がきれいだ 口元がきれいだ 歯並びがいい 手がきれいだ 胸元のリボンがきれいだ ピンクの上衣がいい 笑ったとき目がなくなって しまうのがいい タバコを吸わないのがいい お酒は少し飲むのがいい 長い黒髪がとてもいい 素面に近い化粧がいい 足のきれいなのがいい キスの上手なのがいい あなたはいつもきれいです そして一番きれいなのは あなたの心です あなたの心が一番好きです
2005年03月25日
走 る 女 少し暖かい午後にひとりの走る女を見た スーツ姿のサラリーマンがさえない表情で 歩いているというのに・・・ その女は女豹のように横断歩道をわたり 陸橋をわたり 走る 走る 走る 走る 風をきり車の渋滞の中をもろともせず 前方を直視したまま颯爽と走る 走ることで何を得ようとしているのか 何を思いこの女は疾走するのか 誰も女の心はわかっちゃいない ただこの女の激しい熱情に比べれば 疲れた表情をして歩いている男達の なんとみすぼらしいことよ 走る女の熱情に拍手を送ろう
2005年03月25日
バ レ ン タ イ ン の 女 08:10にBさんから・08:45に C子からのメールがあった・・・ 「きのうはどうもありがとう!! 無事着きましたか? 帰りが遅かったものだから心配でした☆ またチョコレートを頂いてありがとう!! 帰ってからワインのチョコレートをひとつ 頂いたけどおいしかったですよ これから毎日ひとつづつ頂いて七つの味を 楽しませてもらいますよ! それから今晩1000頃TELしますので よろしく!!またメール下さい。」 Bさんは早速ワインのチョコを食べたんだ。 私が昨日どんな状態だったか知らないBさん!! まあ内緒にしとかないと 今晩TELあるっていうけどなんだろう? 私の思いに対するBさんの返事かも知れない? きっとそうでしょう。。。 言いにくいのでメールするからと言っていたBさん!! そんなことを考えて少しだけ不安になった。 C子からは次のメールだった。。。 「おはよう!!どうだった? また会おうね。また会える日知らせてね。 じゃあ~ね!」 C子といつ会おうかなぁ まあ病院に行ってこないと 女は病院に行く支度をした。 寒気がするようでまた熱があるのかも 知れなかった。喉の奥はまだ痛い。 病院は駅の近くにある青空内科に行く ことにした。この街では評判のいい 病院だった。 駅前にはもうひとつ雨森(あめもり)医院 というのもあったが名前が嫌であった。 いかにも診察がルーズであるような イメージがして青空内科に決めた。 病院には自分の車でいくことにした。 バスやタクシーでもよかったが マイカーで行きたかった。 駅に行くのには保育園の前を通るので 少しまわり道をすることにした。 なぜそうするのか知りたければ教えましょう。 それは私の車が赤いプリウスだから 赤くて目立つからこの近辺では誰が乗っている のかよく知っている人がいるからなのよ。 園長に見っかったら困るからだ。 女の自慢の車で女友達の家に行ったり 買い物をしたりこの車があるから離婚後も 少なからず元気で暮らしてこれたのだと いつもそう思っている。 この車がなかったらどんな暮らしをしていただろう。 楽しみは半減していたことだろう。 この車がなかったらと言ったが 買ったのは2年前であった。 それまでは赤い日産マーチに乗っていた。 私は赤い車が好きなのかもしれない。 いや赤い色で元気をもらった気がする。 バカにしないでよ”~♪ そっちのせいよ”~♪ 赤いポルシェではないが真っ赤な プリウスに乗ると心が高鳴った。 それは女の住んでいるインペリアルマンションの 居住者の中でプリウスに乗っているのは私だけ” そんな気持ちがうれしくてハンドルを 握るのが楽しくてしょうがなかった。 ただ燃費がいいからと買ったプリウスだけど 最近はエコカーとして地球環境に自分の車も 少なからず貢献しているという思いがあった。 つづく
2005年03月25日
僕 の ピ エ ロ 僕の心にはピエロがいる いつもおどけて笑っている 僕の失敗をみて笑っている 不器用な人生を笑っている いつも笑っているピエロ
2005年03月24日
泣 く 女 もう春なのに女は泣いている 心の痛みに耐えて泣いている 涙をふいて元気をだせといいたいが いえばまた泣きだしそうだから そっとしている 恋を失くした女がひとり 泣くだけ泣いて涙の中で あいつに石をぶつけろと いってやりたいけれど いえばまた泣き出しそうだから そっとしている 恋を失くした女がひとり もう春なのにもう春なのに ひとり泣いている
2005年03月24日
♪ 薬 師 寺 を 訪 ね て♪ (その4) ♪ 薬師寺や 春の伽藍の 仏たち ♪ (文楽) 3月20日唐招提寺から薬師寺へ 向かって歩いた 薬師寺は奈良市西ノ京町にある☆ 受付で800円の入場券を買う☆ 普通は500円であるが、今日は 平山邦夫画伯が薬師寺に献納した 玄奘三蔵院大唐西域壁画の春季 一般公開の初日であるから300円 UPとなっていた☆ 薬師寺にはどこにも墓がないのである☆ それは檀家をもっていないからないというのだ☆ だから葬式はやらないことになっている☆ はっきり確認したわけではないが敷地内を 境内といわず伽藍というらしい☆ 受付でもらったちらし「薬師寺伽藍図」にも 敷地内を受付場所(南)から北に向かって 「白鳳伽藍」さらにその奥の地域が 「玄奘三蔵院伽藍」となっている☆ 受付を左に折れて行くと赤い梅と白い梅が 咲き誇っていた☆ 紅梅と白梅か? さらに進んでいくと中門があった☆ 中門に入ると正面に朱色の金堂そして金堂に 向かって金堂の左に西塔・右に東塔があった☆ さらに金堂の奥には大講堂があった☆ 東塔をのぞけば朱色の伽藍そのものであった☆ うわ~すごい!! 朱色の伽藍だぁ。。。 心はそう叫んでいた☆ (その4おわり)
2005年03月24日
酒 を 飲 む 女 女は今日も酒を飲んでいる 酒は涙かため息か~ 一人酒場で飲む酒は~ 女は世の中にすねて酒を 飲んでいるわけではない 酒がないと生きていけない アル中の女なのであった 女は酒を飲んでいるときが 一番幸せだという 淋しい空っぽの心に想い出の 酒をついで陶酔するのであった 朝から夜まで飲んでいる女 体を壊さなければいいんだが・・・ 酒の飲めない男や女達が集まり 酒を飲んでいる女をみつめている
2005年03月23日
♪ 薬 師 寺 を 訪 ね て ♪ (その3) ♪ 薬師寺や 空も朱色の 彼岸なり (文楽)♪ 唐招提寺はどちらかといえばひっそりと した名刹であった☆ 鑑真和上の坐像は六月でないとご開扉がないから また六月にこようと考えつつ門をでた☆ 春の陽気とはいかないがそう悪い天気ではない☆ 今度は薬師寺を目指してまた20分ほどかかる アスハルトの道を歩いた☆ 途中で「大納言」というレストランがあったので ここで一服することにした☆ 少しひなびた和食のレストランでした☆ ぜんざいを注文した☆ 小さな漆塗りのお椀に塩コンブがついて500円☆ そこを出て薬師寺に向かってまた歩いた☆ 朱色の薬師寺の建物が見えてきた。 (その3おわり)
2005年03月23日
★ 長 編 ロ マ ン 小 説 ★ ♪ 連 載 開 始:2005・2・14♪ ★ バ レ ン タ イ ン の 女 ★(38回) リリリジ~♪ リリリジ~♪ 女の細い手がのびて目覚まし時計の音を止めた☆ さあ~起きようとしてりきんだが 体が重くて起きれなかった。 起きようかもう少しベッドにいようか 女は逡巡していた。 疲労が体のなかでうんうんとうなっている。 布団の中で天井をみてうつろな目を開いた。 私に一体何が起こったんだろう? 頭がボゥ~としてまだ夢をみているようだった。 今日は保育園の仕事を休んでしまったんだ。 昨日から今日にかけて起こったことを整理した。 バレンタインデーの昨日の帰りは最悪 であったことを思い出しまた情けなくなった。 さあ終わったことは忘れてとにかく 病院へ行かねばならない。・。・ 女はやっとベッドを離れることにした。 眠い目をこすりながらバックにいれていた 携帯をだして受信を確認した。 Aさんと女友達のC子からメールが来ていた。 (つづく)
2005年03月23日
★ 長 編 ロ マ ン 小 説 ★ ♪ 連 載 開 始:2005・2・14 ♪ ★ バ レ ン タ イ ン の 女 ★(第37回) ★ 夢なるか 恋する女 バレンタインデー 女の部屋は7階であった。 友達から家を買う時は3階以上に しなさいよ!!といわれていた。 そして購入する際に7階の部屋にきめた。 理由は泥棒は1・2階に入ることが多いからだった。。。 それと生垣とか樹木とかによる外部からの目隠し にも問題があるから1・2階はだめだからね” そういわれていたからである。 エレベーターで7階までいき少し 歩いて710号室のドアを開けた。 夜のマンションには管理人もいなくて 一人で自分の部屋にくるのも怖かった。 ドアを開けるとホッとした。 ああ~やっと我が家に着いたぁ。 女はコートもマフラーもバッグも和室の 6畳の部屋においてあくびを噛み殺し ながらトイレにたった。 それから冷蔵庫を開け牛乳を飲んだ。 ほてった体の中に冷たい水分が流れこんだ。 唾を飲みこむと喉の奥にまだ痛みがあるが 薬の効果があったのかどうか少し 和らいでいるのを感じていた。 あとはもう眠るだけだった。 疲れて果てて今日ほどつらい日はなかった。 バレッタをはづしすぐにシングルベッドに潜り込んだ。 目覚し時計は09:00にあわせておいた。 保育園の園長には筆者文楽さんが電話して許可を もらってくれるそうだから何も心配することはない。。。 そう思うと一気に睡魔がおそってきた。 何もかも女の脳裏から消えていった。 (つづく)
2005年03月22日
雨 の 女 雨がふる あなたはいない 雨がふる 恋の涙 愛のしずく 胸をぬらして 雨がふる 雨がふる あなたをしのぶ 雨の音色が 愛の歌うたうよ 雨がふる あなたはどこに 雨がふる 愛の涙 恋のしずく 肩をぬらして 雨がふる 雨がふる あなた探して 夜の雨だれ 恋の歌うたよ
2005年03月22日
♪ 唐 招 提 寺 を 訪 ね て ♪ (その2) ♪ 春眠や 鑑真和上 開扉まだ (文楽)♪ 唐招提寺は奈良市五条町にある☆ 奈良の郊外にあるため街の喧騒はない☆ ただ奈良に都があった1200年前は 都の中心街にだったそうである☆ ★門を入ると正面に修理中の金堂の建物が見えた☆ 見えたといっても外観的には何も見えていない☆ それは灰色の鉄筋?と鉄板?の建物でおおわれて いるからである☆ 金堂は4年後に完成するらしい☆ その建物に入ると金堂の歴史のある 太い木の柱が数本あってまるで別世界 (古代)のような雰囲気でした☆ いまこの建物の中で金堂の平成大修理が 行われているのを知ることができました☆ ★この唐招提寺の開祖は中国の高僧「鑑真和上」である。 754年東大寺に到着するまで12年間、前後5回に 及ぶ難航海に失敗したにもかかわらず初志を曲げず 奈良の都に着いたときは両眼を失明していたという☆ 763年五月六日大往生となったが弟子達が師の 大往生を予知して造った和上の寿像(乾漆・国宝) は、山内開山御影堂に安置されている☆ ★毎年御忌当日(5/6を6/6に当てる)を中心に 前後3日間(6/5~6/7)開扉されるが 俳聖松尾芭蕉といえども像前に襟をただして 感動を禁じえなかったという☆ 境内に松尾芭蕉の句碑があった☆ ★ 松尾芭蕉の句 ★ ♪「若葉しておん目の雫(しずく)拭(ぬぐ)はばや」♪ 松尾芭蕉はこのように詠んだのである☆ 金堂・鑑真和上御廟・旧開山堂・講堂などを観て 唐招提寺の散策は終わった☆ (その2おわり)
2005年03月22日
今日は、すずめが巣作りを始める頃だそうです☆ ★ 我と来て 遊べや親の ない雀 ★ 一茶 ♪ 薬 師 寺 & 唐 招 提 寺 を 訪 ね て♪ (その1) 3月20日、春分の日にひとり奈良の 「薬師寺」と「唐招提寺」を訪ねた♪ ★大阪難波駅から近鉄電車に乗車し、「大和西大寺駅」 で乗り換え二つ目の駅の「西ノ京」で下車した☆ 時刻は12;25であった☆ まず、「西ノ京」というこの駅の名前が気にいった☆ 奈良の都を彷彿させるにふさわしい「駅名」である☆ ★まず先に唐招提寺を訪ねることにした☆ 薬師寺は「西ノ京駅」の目の前にあった☆ その薬師寺を横目に見ながら片道約20分 ほどで唐招提寺である☆ 唐招提寺に行く道は、幅約4Mの 片道通行で唐招提寺から薬師寺に 向かっての一方通行になっていた☆ ★アスハルトに白いラインを引いただけの歩道が 唐招提寺に向かって一直線にのびていた☆ その一直線にのびた真正面の突き当たりが 唐招提寺であった。 道は石畳とか敷石をならべたような歩道ではない☆ 普通の道・一般道となんら変わらないアスハルトだけ の道で唐招提寺へ向かう左側の道のみが歩道なのだ☆ だから車や唐招提寺から帰る人と対面通行となる☆ その道にはぽつんぽつんと店があるだけであった☆ レストランと喫茶店がひとつづつ、古銭などを 売っている小さな店がひとつ、手土産などの 小さな店がひとつそのぐらいであった? 京都のお寺のようなにぎやかさはひとつもない☆ 奈良ではの静かな道であった☆ (その1おわり)
2005年03月21日
歌 う 女 女は心を真っ白にして舞台に立つ 美しい声で心の歌をうたう 男も女もその歌声に感動し 大きな拍手を送りつづけた 女の歌は愛の歌 女の歌は赤いバラ バラを贈ろう君たちに 私の真ごころ赤いバラ 心に愛のバラを咲かせましょう 女が歌い終わるころ観客の心には 百万本の愛のバラが咲いていた
2005年03月21日
バ レ ン タ イ ン の 女 女のマンションの白い壁が闇のなかで眠っている。 玄関前のシンボルツリーが寒夜の風にゆれていた。 「Aさん!! 筆者はこれで失礼するがいいですか?」 「はい!!本当にありがとうございました。」 「これからすぐ寝てまた病院で診察を受けますので」 「色々とご心配かけっちゃった””」 「ごめんね筆者文楽さん!!」 「いえいえ無事帰ることができてよかったねっ」 「ああっそれから今日は保育園の方には 休むように言っとくよ」 「えっなんですって””筆者文楽さんが言ってくれる?」 「ああ~魔法の杖があるからね””だいじょうぶじゃ!!」 「Aさんの声で園長さんの許可をもらってやるよ」 「休みはとりあえず今日だけということでなぁ~」 「病院に行くまではぐっすり眠るんですよ」 「わかったわ”お任せしますから・・・」 「よろしくお願いします。0830頃連絡してくれますかぁ~」 「了解したよ!!じゃあ~今日はゆっくりしなさいよ。」 「今日のご恩は忘れません!!ありがとう!!」 女は玄関前で何度も別れの手を振った。 薬の効果が少し出てきたのと家に着いたことで ほっとしてやれやれと思っていることだろう。 「じゃあ~筆者はまたくるよ””お元気で・・・」 「さようなら~」 時刻は0330になっていた。 つづく
2005年03月21日
春 夜 浅きを覚ゆれど 春夜に眠る草花の 芽吹く匂いのありにけれ うれしき夜の闇のなか 春の夜風に草萌えて 花は春夜の夢のなか 明日の陽光待ちにけれ うれしき朝の輝きに 今日は彼岸の中日・春分の日です。 春とはいえまだ浅き感じがします。 でも草花は春夜の中で春の緑萌え 花開く日を夢みているのです。
2005年03月20日
カ ラ オ ケ の 女 あの女はいつもカラオケBOXに いくと英語で歌うのだった 1曲ではなく3曲も4曲も 英語で歌うのであった 男達はいつも冷たい視線をなげかけた そしていつのまにか女のまわりから 男達は消えていった 男達はみんな日本の歌が好きだった
2005年03月20日
バ レ ン タ イ ン の 女 やっと女のマンションが見えてきた。 体調さえよければもうとっくに着いていた はずだがすっかり予定が狂ってしまった。 人生には色々とつらいことがあるものである。 女の悲しみは今日で終わりにしたいと 思ってはいるのだが順調に幸せな人生に なるかどうかというのは誰も予言できない。 人生色々なんだよ男も女も 小泉首相もたしか国会で「人生色々」 そのように発言したと思う。 一国の首相がいった言葉だけに重みがある。 飲み屋の平凡なお客さんが言ったのとは わけが違うんだ。 けれどもこの「人生色々」という言葉は 人間社会を生きていくうえでの真理を ついた数少ない心にすぅ~とはいってくる そしてよく理解できるフレーズではないか? 困った時つらい時失敗した時につぶやいて みるがいい!!心が少し軽くなったような 気分になるというものだ!!」 「人生色々」というのはまさしく名言であろう。 人生を順風満帆にまっとうして・・・ 「いい人生だった」なんて言って死ねる人は そんなに多くは存在しないのではないか。・。・ 人生は波の上をいく航海によくたとえられる。 航海をするうちには暴風雨にも台風にも 悩まされあるいは船の進路だってわからない 時もあった。それが人生ではないのか? 小さな辛苦も大きな辛苦も愛する妻と あるいは夫とともに生涯を過せた。 そういう意味で口にする言葉ではないだろうか? いい人生だったと口にして死んだ人でも 少なからずの葛藤はあったはずである。 ここでいういい人生だったというのは 色んな苦労はあったけれどそれらを乗り越えて なんとか人間最後に優秀の美を飾ることができた。 もう何もやり残すことはない充実した人生だった。 そんな思いではないだろうか? この女Aさんも情けない思いでいっぱいであろう。 ””死んでしまおうなあ~て””とは思わなかった だろうが精神的に相当にまいったに違いない。 ゴーストライターの凡人文楽であってもあえて これからも筆者と言わせてもらうこととするが 筆者としてAさんに言う!! 「人生色々なんだ!!これからが本当の人生だよ」 「いつも前を向いてバレンタインの女として人生を 謳歌するんだねっ」 「恋にも愛にも仕事にも幸運を祈っているからね」 つづく
2005年03月20日
バ レ ン タ イ ン の 女 「魔法の杖とか物書き大王様 のことをもっと知りたいです」 「ああ~また教えるよ””」 「魔法の杖は、ほら! 薬とか体温計・それから ミネラルウォーターをAさんにあげただろう!!」 「あれが魔法の杖の力なんだ!!」 「かけ声はエィツヒュウーというんだよ」 「ええっあれなんですかぁ? すごい魔法の力なんですねぇ」 「また色々とその話をしてあげるから これからもよろしくたのんだよ」 「この小説のヒロインはAさんだからねぇ~」 「筆者はなぁーいつでもAさんの味方なんだから 何かつらいことがあったら相談するんだねっ」 「筆者に出来ることがあればなんでも相談にのるよ”」 「魔法の杖もあることだからねぇ~」 「筆者の方もAさんに相談にのって もらいたいこともあるだがね」 「わかりました!!バレンタインの女の小説は 私で成り立っているんだから私の心のうちの すべてについてお話することにします。」 「多少恥をかいてもできるだけ協力しますよ」 「ああ~そうしてくれんか! ほんと筆者も助かるよ」 「実はなっAさんとは声だけのやりとりなんじゃ””」 「Aさんの実像は筆者にはよく見えているんだが Aさんには筆者凡人文楽は見えていない!!」 「残念だが筆者は声だけのやりとりしか 出来ない透明人間みたいなものでのぅ」 「わかっています””」 「筆者ですから透明人間なんですね!!」 「でも声だけで励ましてくれたり 応援してくれたりそれだけでいいんです。」 「淋しい時に声をかけてくれると本当に 私はれしいんですよ。。。」 「今日も色々ありがとうございます””。」 「いやいやそう言っていただければ 筆者ももっとAさんのために頑張って いい小説を書かなければいかんのう」 「なんでも恋心とか心のうちは よくわからんからねぇ」 「Aさんによく確認して、話を聞きながら 進めたいのでよろしくお願いしますよ」 「いえっ こちらこそよろしくお願いします。」 「あっ私のマンションのエントランスが 見えてきたようだわ””」 つづく
2005年03月19日
落 日 昨日も今日も仕事に疲れた男と女 そして明日も明後日も相も変わらず 仕事にあけくれる男と女達 仕事に疲れた男と女が帰る ビルの谷間に今日の落日を見た
2005年03月19日
逃 げ る 女 女は一体どこへいくのだろうか 何もかもがわからなくなった 父も母も男も女さえも信じられなくなった 生きている意味がわからなくなってしまった だから人間のいないところへ行って自分一人の 人生を楽しみたいなんていうのは卑怯だろうか もう私を追わないで もう私を泣かせないで 今日は父に母にそして男にも女にも別れて 夢の国へ旅立つ日なんですから もう私を追わないで一人にさせて下さい 人間のしがらみを捨てにいく女がひとり みんなにさようならをいいながら旅立った
2005年03月19日
笑 わ な い 女 あの女は何故笑わないんだろう もう10日間も笑わないで化粧ばかりに 時間をついやしている 笑えば化粧をしなくてもきれいになれるのに 笑うことによって美しく輝くような女に なれるのに
2005年03月18日
心 の 風 心にはいつも風が吹いている おだやかな風と吹きすさぶ風 おだやかな風はうれしい心 吹きすさぶ心はつらい心
2005年03月18日
バ レ ン タ イ ン の 女 「それからひとつだけ筆者凡人文楽からのお願いじゃ!!」 「いやゴーストライターとしてこれからもこの小説を 書いていくことになるんですが、Aさんのことを もっともっと知りたいんだよ!!」 「筆者が女性の心理や気持ちがよく分らなくて 書くことにいきずまった時は、直接Aさんに 聞きながら進めていきたいと思ってるんですがね。」 「Aさん!! いいだろうか?」 「それは筆者文楽さんの小説がスムースに 書けるように私は協力をおしまないわよ””」 「もう私は弾けちゃっているから。・。・ 女の気持ちを何でも話しますよ。」 「過去のことも話していいわよ!! だから何でも聞いてくださいね。」 「いえっ。。愛してくれる誰かさんを ずぅっと待ってる女じゃなくて私から 積極的に男を愛したいの””」 「これって筆者文楽さんわかる? 」 「いや~何といっていいか。」 「女の方から愛したいというのだね」 「わからないのぅ?」 「私は、筆者文楽さん!!バレンタインの女でしょ””」 「もう待ってる女が嫌になったの”」 「いい加減はじけないと死ぬまで待っている 女になってしまうわよ””」 「ああなるほどぅそういうことなのか。。。 バレンタインの女とはそういう意味なんだ!!」 「受身の女じゃないのがバレンタインの女なんだ」 「今度また、ゆっくり聞かせておくれ」 「 体がよくなったらまた頼みますね」 「筆者文楽の魔法の杖のことも教えるからねっ」 「なんですって!!いま魔法の杖って言いました?」 「エイッ!!ヒュウーというやつさ。」 つづく
2005年03月18日
書 く 女 女は書きつづける 赤いA4サイズのファイル ノートに何かを書きしるす 書く女はいつも美しい 知的作業をしている 人には魅力がある なかでも何かを想いながら ノートにむかって一心に 書いている女の人が好きだ それは男の書いている姿より 女の書いている姿の方が はるかに絵になるからだ 喫茶店の片隅でコーヒーを 飲みながら書く女にみとれて いる一人の書く男がいた
2005年03月17日
★ー 彼岸の入り ー★ 3月17日は彼岸入り 彼岸の初日・彼岸の中日・彼岸明け 暑さ寒さも彼岸まで 冬の寒さにさようなら 冬の風から春の風 優しい風が吹いたなら お墓参りにいきましょう 今日は雨が降っている 彼岸の入りは春の雨 彼岸の入りは雨の中 お墓参りは雨の中 先祖供養は雨の中 彼岸の初日雨の中
2005年03月17日
バレンタインの女 「いやゴーストライターというのは代筆屋でしてね」 「ということは誰かに代わって書いてるわけ?」 「ああそういうことなんだよ」 「それで誰に代わって?」 「それはなぁ物書き大王様の依頼を 受けて書いているんだよ!!」 「なんですかぁ?その物書き大王様の依頼とは?」 「いやいや”話せば長くなるんだが・・・ それはだねっ ネットの世界に君臨する 物書き大王様から「バレンタインの女」という 小説を書くように言われたんだよ」 「だからバレンタインの女のストーリーも 最終的には物書き大王様が決めるんだ!!」 「あえて筆者と言わせてもらうんだが文楽が 書いても気に食わなければ修正されたり 削除されたりされるんだよ。」 「だから運命が開けると言いたい ところだが100%確実にはなぁ~」 「いや書くのは凡人文楽だからこれからも Aさんの幸せを願って書いていくつもりだよ!!」 「物書き大王様はどこにいるの?」 「ああネット上の色んなブログを牛耳って いる王様なんだ!!」 「牛耳っているんですかぁ??」 「ああ~このことについては、また 教えることするからいいですね””」 つづく
2005年03月17日
3月15日は、菜の虫が蝶になり、 飛び交い始める頃だったそうです。 そして今日16日はとても暖かかった こういう日が何日も続くと初蝶が生まれるのです。 またそろそろ初蝶が飛び交う時季がきた 初蝶を見る日はいつなのか わくわくする時季がきたました
2005年03月16日
わ が 足 汚い足でもわが足だ 地につかぬ足でもわが足だ 僕が生まれてはじめて両足で立ったとき お父さんとお母さんはとっても喜んだ 自分の小さな足できれいな足でヨチヨチと 歩いてお母さんの胸に飛び込んだとき お母さんは僕を力いっぱい抱きしめてくれた だけど僕は今よごれた真っ黒な足で 人生という道の上に頭をたれて立っている 真っ黒な足でよごれた足で立っている
2005年03月16日
バ レ ン タ イ ン の 女 なだらかな坂を10分ほど歩けば女のマンションがある。 5年前に買った新築マンションで8畳のリビング・ 6畳の和室・6畳の寝室がありこの女の安らぎの マイルームであった。 保育園は駅とマンションの中間付近にある。 「文楽さん!!」 「私の運命は開かれますか?」 一歩一歩ゆっくり歩きながら 女は筆者に問いかけた。 これは、バレンタインカードのメッセージ を教えてほしいとAさんに筆者が頼んだ ことがあった。 そのとき筆者は、教えてくれたらAさんの 運命が開かれるかも知れないと言ったのだ。 しかしそのあと筆者は運命が開かれない かも知れないと言っているのだが 「 確かに運命が開かれるかも 知れないと言ったよなぁ~ 」 「実はなぁ~そのことなんだが 言っておかなければいけないことがあるんだ!!」 「あのなぁ””筆者凡人文楽などと言っているが ほんとは、ゴーストライターなんじゃ!!」 「えっ筆者じゃなくてゴーストライターですって?」 つづく
2005年03月16日
愛 の 玉 手 箱 あなたにあげたい物がある 女から男へのプレゼント それは愛の玉手箱です ほら 私の目の前で開けてごらん なんだろう? 開けてみるよ たった1枚の紙切れ あなたのために死ぬまで愛を捧げます あなたのために死ぬまで尽くします あなたと一緒に幸せになります うれしいよ これって男泣きだなぁ 僕は日本一幸せな男だよ
2005年03月15日
★ー 母 ー★ ベルを押すと母があらわれた 「元気か?」僕は言った 母はよく来たというような表情を 浮かべながら門戸を開けて僕を迎え入れた 僕は母に逢うたびに母が幸せであるかどうか 母の表情から読み取るのがいつもの癖になっていた 今日は幸せそうな微笑みを浮かべて「 寒いねぇ 」 「 早く中へお入り”” 」と言ったので僕は安心した ぐっすり眠った。 0900ごろ起床した 芋の入ったおかゆは僕の大好物だった ゆうべ何を食べたいと母が聞いたので 僕はさつま芋のおかゆが食べたいと言った 母は僕が言ったとおり昼の食事に おかゆを作ってくれた 母の手料理は僕の好みを知りつくしている 料理のうまさでは誰にも負けぬものがある 何ヶ月ぶりだろうかこのような 美味しいものにめぐりあったのは 小さい頃のおかゆの味が懐かしかった。 喉を通る感覚がなんともいえない味わいがあった 『 うまいなぁ~ 』僕はそういって4杯もおかわりをした 母はうれしそうな顔をして5杯目のおかゆをついでくれた ハイ!! ストップ 久しぶりに母を訪ねて芋の入ったおかゆを食べた男。 母の手料理もとても美味しかったようですね。 これからの母と子の展開はどうなるのでしょう? この続きはあなたにおまかせしますのでよろしく!!
2005年03月15日
全85件 (85件中 1-50件目)

![]()
