Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年06月07日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ21
 通俗的と時には批判されることもある「汎神論」とは、「神」と存在全体としての宇宙・世界・自然とを同一視する思想体系です。神と存在全体を一元的なものとして世界存在そのものを理解し、両者の質的対立を認めない点では有神論とは異なりますが、史的流れの中では諸宗教において自らの宗教的正当性を神秘的側面を持たせ理論化若しくは正当化する際に屡々(しばしば)現れる思考形体で、宗教の正当性の体系化の一つの典型として利用され取り込まれてきた経緯があります。自然や世界に働く統一的原理としての神を構想するギリシアの思想やインド大陸の仏教のようなタイプと、神が万物に遍在する及び自我と神との一致を主張するベーダやバラモン教のようなタイプまでがあります。人間の内面性,神秘的生活と宇宙の調和を強調するところから,スピノザやゲーテ等に影響を与えたことは疑いを挟めません。「一者(ト・ヘン/to hen)」論は「存在事物の源泉である一者」から生み出された下位の存在事物は、存在の働きにより、その下に他の存在事物を生む。こうして、世界は、光がその源から発してしだいに光度を弱め、ついに闇(やみ)のうちに消え入るように、一者の光輝として存在し、次第に存在の度を弱めてついに無(非存在、質料)に至る。事程左様な多様な存在者の位階秩序ととして把握されています。それは、一者がその同一性そのものによって生み出す他と多の世界である。理性、魂、生物はそのおもな経過・段階です。哲学読み下せば「愛知」とは、魂をもつ存在事物である人間が、源泉である一者へと、他と多の世界から離れて還(かえ)る過程であるとも云えます。一者とは、存在事物が存在する限りでもつ統一性の根拠であるが、一者そのものは如何なる「多」を含まず、其のことにより、分別の原理である「言語」や「理性」によっては把握されず、人間の言語による分別を超え、「脱我(ekstasis)」として「融一(henosis)」或いは「神的合一」されるとしたものです。中世の神秘思想と神学体系への影響は極めて大きいものがあります。
Goethe1

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最終更新日  2017年06月07日 06時32分37秒
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