「思考と直覚」時間と霊魂30 時間線上で神との唯一決定的な接点は兎も角も、旧約ユダヤ教では「地と、森羅万象の完成した。第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれた。」としますが、キリスト教では、神の創造も唯の一度で完了した過去の業に過ぎないものではなく、世界創造と同時に伝統・継続的な「不断の創造」としての現在の継続創造事実があるととされ、ドイツのプロテスタント神学者R・K・ブルトマン(Rudolf Karl Bultmann)の新約聖書のパラダイスの表象とその解釈をめぐる問題としての非神話化や「現在的終末論」を展開したC・H・ドッド(Charles Harold Dodd)を徹底的終末論を一方の極と考えるならば、その対極として考えられる「実現された終末論」(realized eschatology)、イエスと共に世界は既に世の終りたる神の国がこの世界の中に入り込んできていると思考、イエスそのもの自身が認識し、また、それを教えたとするものです。ドッドは、世の終わりがこれから来たるものとして、イエスによって信じられていたことを勿論のこと否定はしなかったが、強調点は徹底的終末論とは異なり、既にイエスと共に神の国、神の支配がこの世に到来しているというところでしょう。此の様に「実現された終末論」は、既に神の国の最も重要な要素たる神の支配が起こってしまっている以上、其の要素が未だ此れから先のいつに完全に実現されるものであっても、いつそれが完全に実現されるかはそれ程に重要な問題ではなくなる。終末についても現在性、即ち、現在進行形であると指摘しています。 哲学・思想 ブログランキングへ