Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2022年10月08日
XML
カテゴリ: 霊魂論
神秘学概論-序言
 七版から十五版での序言(一九二○年)
[旧版からの変更]ー6
 第一章「神秘学の性格」
眠りと死
 その1
 <睡眠に関する神秘学的説明、及び、睡眠時のアストラル体について>
 人間は睡眠に陥ると肉体とエーテル体だけを有し、アストラル体と自我とを含まぬようになる。睡眠中に意識や、思考内容、快苦が無いことは、このように説明される。こうしたとき、アストラル体と自我は、破壊されてしまっているのではなく、体を離れて魂的・霊的な環境の中で活動している。アストラル体と自我は、肉体とエーテル体の中での活動と魂的・霊的な環境での活動を交互に繰り返している。
 人間の肉体が物質世界に属するように、アストラル体もアストラル界に属している。睡眠のたびにアストラル体はアストラル界に戻り、目覚めと共に肉体・エーテル体によって吸収される。アストラル体は、睡眠中には宇宙の中にあり、肉体・エーテル体の外で生きていると言ってもよい。ここで言う宇宙とは、人間全体がそこから生まれてきたような場所であり、人間形姿の源泉を有する場所である。人間はこの宇宙に調和的に組み込まれている。アストラル体はここで力を自らに蓄え、そこを離れても活動できるようにする。この力の発露が、健康な眠りの齎す爽快感である。

  <夢について>
 睡眠時、アストラル体が完全には肉体及びエーテル体から離れずにいることがある。夢が生じるのはこのときである。アストラル体が、依然感覚器官と何の関連を持たない程度には肉体と離れているけれど、エーテル体とは一定の関連を持っているとき、アストラル体の諸経過が形象となって知覚される。そしてアストラル体がエーテル体とも離れてしまうと、夢のない眠りとなる。
 その3
 <死の直後、死後の体験、エーテル体とアストラル体の分離>
 エーテル体が肉体から切り離されることが、死である。この後(のち)は、肉体は物質的な作用によって崩壊していく。しかし死に際してもエーテル体は崩壊するのではなく、しばらく、勿論、個人差はあるが数日間程度はアストラル体と結びついて存在する。このときに両者を結びつけている力は、生きているあいだにも働いていた力であるが、アストラル体がエーテル体に人間の形姿を与えていたような、そのような力である。
 アストラル体がエーテル体と結びついているとき、肉体とは切り離されているから最早感覚を得ることはないが、エーテル体が有する形象を過去の人生の思い出として体験する。生きているあいだに体験できるそれまでの思い出は肉体による束縛のために不完全であったが、魂にとっての人生に於ける印象は何一つ失われてはおらず、完全な思い出を体験することが出来る。
 やがてエーテル体は肉体と結びついていた頃の形態を失い、アストラル体と分離する。このことは生きているあいだにも一時的ながら起こることがあり、そのとき人は、「しびれが切れる」と言う。そして死後このことが起こると、思い出も消え去る。
 その4
 <自我が自身の願望を消去する。
 死後、自我は自身の願望を消去するようになる。生きているあいだには、自我には三つの願望があった。一つは体に由来する願望である。これは体が崩壊すれば消えてしまうものである。二つ目は自我の霊的本性から発する願望である。これは体が諸器官で以て対象を開示し、霊的な体験をすることによって満たされる。そして第三のものは、感覚世界に於ける霊的でないものによって満たされるような願望である。これは言わば感覚的な願望であり、例えば美味なる食事の楽しみなどがこれに当たる。この第三の願望は、死後、満たされることがない。自我は、この願望を消去しようと努めるのである。
 その5

 次に死後体験するのは、死の直前から幼児期に至るまでの人生を、時間を遡行して辿り直す、というものである。このとき、物質界を対象としていた自我の欲望の結果は、全て満足感ではなく苦痛を齎す。これは、自我の欲望を消去することにも役立つ。欲望が浄化の火によって焼き尽くされると言ってもよい。
 こうして人間は新しい存在段階に入り、アストラル体と分離する。自我は、感覚生活から得た霊的なもの(これは全ての体験と経験の精髄である)をその人生の成果として霊的な世界(霊界)に入る。この、霊的外界とでも言うべき環境には、自我と同質の、他の自我存在が満ちている。そして自我は、彼らと身体器官を通さず直接的に語り合うようになる。
 その6
 <霊界に於ける存在様式、諸領域、そして人間>
 霊界の諸事象は、感覚界の事象と比較して理解することが出来る。例えば、感覚界で対象が色を伴って現れるように、霊界の存在も色となって自我の前に現れる。感覚界での印象に最もよく似ているのは、聴覚的な現れである。霊界に於ける生命のあり方は感覚界の音響や協和音とよく似ている。霊的存在たちは他の自我に流入することによって自己表明を行う。このとき二つの存在は、感覚界に於ける二つの存在のように互いに区別できるようには、存在していない。

 他にも、感覚世界に於ける「熱」に対比できるものを第四領域とし、また「光」に比較しうるものを第五領域として認めることが出来る。熱のように全ての事物や存在を貫いているのは、霊界に於いては思考内容そのものである。物質界に於ける人間が、自身の住まう環境に創造的・生産的な仕方で働きかけるために魂の中に生じさせる全ては、この霊界の第四領域に由来する。そして第五領域に存在するものは、叡智である。叡智は、陽光が地上の事物を照らし出すように、霊界に於ける存在を照らし出してその真の意味と霊界にとっての役割を明らかにする。
 死後の人間は、霊界の第一領域に於いては、その肉体を成り立たせていた諸力の中で生き、第二領域に於いてはそのエーテル体を、そして第三領域に於いてはそのアストラル体を構成していた諸力の中で生きる。そして自我の周りには、再びアストラル体が形成される。死後に於いては、睡眠中とは異なり、霊界から自我に流れ込む力はそれを賦活するのみならず、新たに形成をも行う。形成されたアストラル体はエーテル体と肉体を必要とするようになり、人間は再生する。このとき、その自我が浄化される過程で看取された苦痛の像が、その苦痛を償おうとする力を自我に与える。このようにしてそれまでの人生が新しい人生を規定するようになるのである(この、以前の生き方とのちの生き方のあいだの法則的な関連を、「カルマ」と呼んでおこう)。
 その7
 <遺伝について>
 このような超感覚的な視点からの考察は、感覚界に於ける人々の出自を偶然のものと見なさない。また、その人の持って生まれた才能を遺伝として説明することもない。或る血族の終わりに偉大な人物が現れたとして、寧ろ神秘学は、その人物が自分の人格のために必要な体をその血族の中に求めたことを示していると説明する。霊界に於ける経歴を背景として、その人物の出自は決められているのである。
 その8
 <霊学の内容は出来事の意味を変える>
 霊学が語る超感覚的な諸事実は人生を論理的に理解させてくれる。たしかに説明の付かない事柄を説明できるからと言ってその理論が正しいとは限らない。しかし、霊学が語る内容は本書が後半で述べる方法によって体験することが出来る。この体験そのものが証明として機能することになる。
 そして超感覚的な諸事実は、それのみならず、人生に於ける出来事の意味合いを変えることが出来る。例えば、つらい出来事をそれまでのように単なる心を苦しめる事柄ではなく、前世に於ける自分が自分に課したものだと理解することで、それは必然的で、自分が乗り越えるべき出来事だと受け取ることが出来るようになる。
 その9
 <霊学と教育>
 動物は生まれたときから生きる術を心得ているが、人間はそうした遺伝とは無関係に、前世に由来する内的な力を教育によって引き出すことが出来る。遺伝された素質と、その素質を通して発揮される力は異なる。教育とはこの後者に働きかけることだと言ってもよい。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年10月08日 06時10分07秒
コメント(0) | コメントを書く
[霊魂論] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: