Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年10月26日
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カテゴリ: 霊魂論
第2章 人間の本質(28節 12 - 14)
12 動物には記憶はない
 植物が意識を持つという誤解もあるが、それより、動物が記憶力を持つという誤りの方が多いだろう。主人と再会した犬の喜びようを見れば、当然、記憶力があるように思える。しかし、犬による主人の再認識は、記憶ではない。犬は、主人のある構成要素から発せられる一種の引力を感じ取る。主人の存在、つまりこの構成要素の存在が、犬に快の感情を生じさせる。主人が現れると、主人の存在によって新たに快の感情が呼び起こされる。しかし記憶とは、その時に特定の体験を感じることでなく、過去の体験の保持である。ここまで納得できても、事柄を見通せないと犬に記憶力があると考えることもありうる。犬は主人の不在を悲しむからである。事情は次の通りである。犬は、主人と一緒の生活を通して主人の存在を不可欠に感じるようになる。それゆえ、主人の不在は、空腹と同じで、喪失感となる。人間本性の洞察には、こうした厳密な区別が必要なのである。
13 動物の記憶:正確な観察の必要性
 動物における体験と行動の関連を事柄に即して観察すれば、人間における両者の関連との違いが分かるはずである。動物に記憶がないことは、超感覚的には直接に観察される。しかし、通常の感覚的観察でも、動物の振る舞いを観察し、それについてきちんと考えれば同じ結論に到達する。ところが、観察が不十分だと、動物に人間と同様な記憶があるか否かは確定できないという反論もありうること。つまり、人間は、自己の魂内を内省することで、記憶の存在を確認するが、動物に対してはそうした内省はできない。したがって、動物の記憶について論じることはできないというのである。しかし、これは観察から間違っている。正確な観察の必要性が必須である。記憶能力の有無を実際に判断するのは、自分の場合も、他人あるいは動物の場合も、外界の事物との関係を観てである。記憶の根底には内的な力があるかもしれないが、その有無の判断は外界との関連で行われている。そして、動物における外界との関連も観察できるし、それをきちんと行えば、上述の結論、「動物に記憶がないことは、超感覚的には直接に観察される。」に達する。
14 忘却・想起は自我に関係
 自我にとっての想起と忘却は、アストラル体にとっての目覚めと眠りに相応する。眠りによって昼間の憂い事が消えるように、忘却によって嫌な経験や過去の一部を消す。また、消耗した生命力の回復に眠りが必要であるように、新たな体験に囚われなく向き合うには、記憶の一部を消さなくてはならない。忘却によって初めて新たなものを学ぶ意欲が生れる。字を学ぶにあたっては、その練習の逐一を覚えているわけではない。それでも書く能力が後に残る。字を書くたびに、文字練習の際のあらゆる体験が蘇るならば、字などは書けない。



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最終更新日  2022年10月26日 06時10分06秒
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