Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年09月02日
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カテゴリ: 霊魂論
「四次元/Die Vierte Dimension」数学と現実
第二部 質疑応答 ドルナッハ 1920年10月15日 答弁中半部:霊性太陽系
 天体は単純な幾何学的な過程の記述にのみ適うような単純な経緯には従っていません。このことが起こるのは、私たちが、真に人間を含み、人間の中で生じる現象を観察する自然科学の形態へと進んで行くときだけです。これらの現象を考慮することは、私たちが宇宙空間における出来事や経過についての観点を発達させるための助けになるでしょう。ウンガー博士も触れたように、人間は人間的な要素を考慮しない今日の科学から本当に閉め出されているのです。相対性理論のような考え方、そして、それは確かに現実に対応していないのですが、そのような考え方が影響力を持つことができるのは、現代科学があまりにも完全に現実からかけ離れているために、人間の外側にあるあらゆるものを取り扱いながら、その内部で生じることは何ひとつ取り扱わないからであるということに他なりません。人類は現実に即した方法で考えるという技術をもう一度習得し直さなければならないでしょう。ここに石があるとしますと(*記録されていない図を指し示しながら)、皆さんはそれが独立して存在する。少なくともある程度は独立していると見ることができます。すべては皆さんがどのような前提に立っているかにかかっているのです。私たちがその石の境界線の内側にあるものを見るとき、私たちはその石についてのある種の観点を発達させると云うことができます。けれども、今は石ではなく、摘み取ったバラについて考察するとしましょう。私たちは石にとっての現実性を石の境界の内側において割り当てるのと同じ仕方では、バラにとっての現実性を割り当てることはできません。その理由は、摘み取ったバラは独立して存在することができないということによります。それは何か別のものとの関連で発達しなければなりません。私たちは、石はその記述された境界の内側に一定の現実的な存在性を有している、けれども、バラはそうではない。何故なら、それはその根や茎との関わりの中でしか存在し得ないからであるといわなければなりません。もし、私がそれを其の根から引き離すならば、その存在にとっての前提条件はもはや存在しなくなり、維持することが不可能になるのです。私たちは、自己の思考をものごとの中へと沈め、それらのもの自体を考慮する技術を学び直さなければなりません。私たちがこの技術を再び獲得したときにのみ、私たちは、当然の帰結として、例えば、天文学の健全な形態を有していることでしょう。私たちは相対性理論のような恐ろしく抽象的な考えを持たなくても済むようになります。本質的には、相対性理論は真の現実であるところの考えに基づいたものではありません。通常の定式:s=v×t(距離は速度と時間の積に等しい)はきわめて示唆に富んでいます。現実を記述するとすれば、ただ次のようv=s/tに書き表すことができるだけです。私たちが抽象的な方法で現実を把握するときには、現実の対象物の中に存在するあらゆるものを計算することができます。抽象的なレベルでは、多くの異なるものを把握することができるので、抽象性の中に留まったままで多くの異なる計算をすることができるのです。けれども、私たちはこれらの抽象性を現実的なものと信じるべきではありません。無機的な世界においては、速度だけが現実であり、時間と空間は単なる抽象です。ですから、私たちが時間と空間を含む計算を始めるときには、私たちは非現実的なものの領域へと入り込み、そして、ひとたび非現実的な意味で考え始めると、もはや現実へと戻ることはできなくなるのです。ですから、これらの問題は私たちの時代の非常に重要な欠点に関連しています。今日では、自然を理解しようとするとき、人間は精神を完全に無視するようになり、私たちの魂は抽象性に向かうようになりました。ある意味で、抽象性を扱うのはきわめて気持ちのよいことです。何故なら、そのとき、私たちは私たち自身を対象やできごとに沈め込むことを学ぶ必要がないからです。空間や時間の意味で考えることは、定性的な側面に私たち自身を沈めたり、あるいは、何か別のことがらとの関連で、現実的なものとして考えることができるものであれば、何であれ、それによって、現実的な意味で抽象的にではなく考えることができるということに気づいたりすることよりも容易なのです。皆さんはこれから私が言おうとしていることを信じる必要はありませんが、何れにしてもこれは本当のことなのです。思考する能力や現実を理解することへの願望を育てた人間にとって、アインシュタインの相対性理論を読むことは拷問なのですが、それは、アインシュタインが提示する考えのすべては、数学的に非常に首尾一貫したものであるにもかかわらず、多少なりとも現実感覚を持つものにとっては、文字通り考えも及ばないことだからです。そのような思考を追求しても何もなりません。誰かが箱の中に閉じこめられて高速で空間中を飛行し、戻ってみると新しい世代の人々や全く異なる状況があったということについて、アインシュタインが考えたあれこれのことを提示するとき、それには何を意味し、どういう種類の道理にかなっているのでしょうか。私たちがそのような状況について考えるときには、私たちはもちろん空間と時間の意味においてのみ考え、その実験に供されている間に破壊されるかも知れないその人物や物体の外的な体的本性については無視しています。この反論は、相対性についての課題を狂信的に考える人にとっては素朴なもののように見えるでしょうが、現実との関連においては考えざるを得ないことです。現実感覚を持っている人であれば誰であれ、そのような思考を結論に至るまで見通すことはできません。例えば、車を運転しているとき、パンクしたと考えてみましょう。私が乗った車が地上を疾走していると考えるのも、車がじっとしている間に下の地面が動き出していると考えるのも同じだと仮定しましょう。もし、本当に違いがないのだとしたら、車だけに関係する小さな故障のために、地面が突然ぶつかってくるというようなことがどうして起こるのでしょうか。もし、それが同じことだとすれば、この状況をどのように考えればよいのでしょうか。その結果は外的な変化に影響されるはずがありません。前に申し上げたように、相対性の理論家に関する限り、そのような異論は恐ろしく素朴なものかも知れませんが、それらは現実というものを実際に反映しているのです。その思考が抽象性に、首尾一貫した思考を支えているのであれば、抽象性でもよいのですが、そうではなく、現実に根ざしている者であれば誰であれ、そのような問題を指摘しないわけにはいきません。ですから、私たちは基本的には理論的な形態を取る天文学とともに生きているのです。ひとつの古典的な例は、私たちがコペルニクスの3法則を無視していることです。私たちはそれが心地よくないので、脇へ押しのけているのです。それを研究すれば、私たちが慣れている計算を不快に感じることを学ぶことになります。私たちは何をやっているのでしょうか。私たちはコペルニクスの第二法則を適用するのですが、私たちの計算は釣り合いがとれず、正午が間違った場所に行ってしまいます。そこで、私たちはベッセル補正として知られる日々の補正を導入します。けれども、もし、私たちが、それらの示唆するところのものに十分に気づくとすれば、コペルニクスの3法則を考慮する必要性を理解するように、つまり、現実を扱い始めることになります。ここでのポイントは、そのような問題の背後にある原則を認めるということです。現在、私たちがそのような原則を取り扱う方法は私たちをあらゆる方向に彷徨(さまよ)い出させていまいます。シュテッフェン氏の仕事は、認識の特別な領域において、三つのそのような耐え難い道を提示したという点で素晴らしいものです。今日今どき、そのような間違った道に出会うことは珍しくありませんが、それらは現実の生活に影響を及ぼします。私たちは現実を欠く数学から導かれる方法で考えるように訓練されていますが、この型の思考は次第に天才の試金石と言ってもいいようなものになっています。実際、現実感覚というものは、ときとして、天才よりもずっと役に立つのですが、その理由は、もし、皆さんが現実感覚を持っているならば、皆さんは現実の状況の側に留まらなければならないということによります。皆さんは物体やできごとの中に皆さん自身を沈め、それらとともに生きなければなりません。もし、皆さんが現実感覚を持っていなかったとすれば、皆さんは、単に数学的な定式や手法を操作することによって、あらゆる種類の抽象性を、最も天才的な方法で、空間と時間に課すことができます。皆さんは真に驚異的なレベルの抽象性へと上昇することさえできるのです。これらの抽象性は、ときとして、きわめて説得力のあるものとなり得ます。私は現代のセット理論のことを考えているのですが、それは無限を説明するための基礎として用いられてきました。セット理論は数学のまさに原則であるところの数を解消するのですが、その理由は、数を通常の数ではなく、単に人為的に選んだセットを別のセットと比べることによって、個々の実体をそれらの質や順番とは無関係にクラス分けすることによります。セット理論は無限について一定の理論を発達させることを可能にしますが、その間ずっと抽象性の中を泳ぎ回っているのです。具体的な現実の中では、そのような操作を遂行することは不可能です。私たちは徐々に私たち自身を現実の中に沈める必要性を無視することに慣れるようになったという点に注意することが重要です。この関連で、精神科学は本当に誤解を解く必要があります。



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最終更新日  2023年09月02日 06時10分06秒
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