Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年10月10日
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カテゴリ: 霊魂論
「キリスト存在について」Ⅴ
デュッセルドルフ 1909年4月18日夜
 キュリオテテス、デュナミス、そしてエクスシアイ、あるいは叡智霊、運動霊、形態霊と呼ばれる次のヒエラルキアにまで降りてきますと、彼らはもはや神を直接見ることはないと言わなければなりません。彼らには、神をその直接的な形態において、つまり、神そのものを見るということはもはやないのですが、彼らは神の顕現を、つまり、こう言ってよければ、その表象を通して神が自らを現すのを見るのです。その表象が神であることは彼らにとって明らかです。セラフィーム、ケルビーム、そしてトローネと同様、彼らもまた神によって顕現されたものを実行するための直接的な衝動を受け取ります。その衝動は全く強力であるというわけではありませんが、それでも直接的なものです。セラフィーム、ケルビーム、そしてトローネにとって、神の命令と見られるものを実行しないという可能性はありません。それは考えられないことなのです。何故ならそれは彼らが神の近くにいるためです。加えて、キュリオテテス、デュナミス、そしてエクスシアイにとっては、神自身によって意志されないことを行うということもまた同様に問題外のことなのです。とはいえ、世界がさらに進化していくためには、そこに何か非常に特別なことが介入しなければなりませんでした。
 さてここで、神秘学的な叡智においてある程度の進歩を達成した人たちにさえ理解するのがいつも困難であったようなテーマを紹介しようと思います。古代の秘儀においては、次のような仕方で、それを理解可能なものにしようとしました。古代の秘儀への参入におけるある特定の段階で、弟子は残虐で恐ろしい形相をした敵対的な力が存在するところへと導かれたのです。そして、その力は、弟子の目の前で、考え得る最も恐ろしい所行を遂行しました。これらのことを行ったのは、他ならぬ仮面をかぶった司祭、仮面をかぶった聖人たちでした。必要な試みを生じさせるために、司祭たちは恐ろしい存在として、幽鬼的な姿に仮装し、考え得る最も恐ろしい所行を遂行したのです。これは何のためだったのでしょうか。秘儀参入者、司祭が悪を行うものの姿で、悪の仮面をかぶって弟子の前に現れたのは何故でしょうか。発達というものが、正しい道からいかに遠く逸れてしまうものかということを弟子に示すためです。弟子は悪に直面して立つという幻想を抱くようにさせられました。仮面が取られたとき、弟子は初めて真実を見ました。幻想が取り払われたときに初めて、弟子はその場面が試験あるいは試みを創り出すための手段であったことを知りました。弟子を悪に対して強化し、武装させるために、当然のことながら過ちを犯すはずのない司祭によって、それは最も忌まわしい姿で示されたのです。これは宇宙進化の中で実際に生じたことがらの反映に過ぎません。木星進化と火星進化の中間段階に当たる時代を通して、いささか浅薄な表現をしますと、デュナミスあるいは運動霊の領域に属する一団の存在たちに対して「反抗命令」が出されました。彼らは、前進的な影響を及ぼす代わりに、進化の過程に障害を生じさせるように配置されたのです。このことは「天上の戦い」として私たちに知られるようになりました。これらのいわば「反抗する命令」を受けた運動霊たちの行為は進化の道を横断して投げつけられたのですが、それは、ヒエラルキア存在たちを支配する宇宙の力が自らに、もし、道がなだらかであったとすれば、存在することになるように意図されたものは決して生じないだろうと言ったからです。何かもっと偉大なものが生じなければなりません。
 さて、皆さんが荷車を押し、そして、それを前に押すことで、一定の力を発達させると想像してみてください。もし、皆さんが荷車に重い荷物を積むとすれば、皆さんはより強く押さなければなりませんが、そのために皆さんはより大きな力を発達させることにもなります。神が宇宙進化の過程を木星期に至るまで、そしてそれを越えて進めようとしたと想像してみてください。確かに人間はよく進化したかも知れませんが、その進む途上に障害が置かれたとしたら、さらに強くなることもあり得ます。ですから、ある種の運動霊たちが反逆命令を受けなければならなかったのは、人間をよくするためだったのです。当初、彼らは悪の存在ではありませんでした。彼らを悪の力と見なす必要はありません。むしろ、彼らは発達の道筋の上に障害を置くために自らを捧げたと言ってもいいでしょう。ですから、これらの運動霊は、言葉の最も広い意味で、「妨害の神」あるいは「抵抗の神」と呼ぶことができます。これは発達の道に沿って置かれた障害あるいは抵抗の神たちなのですが、それが置かれた瞬間から、未来に達成されるべきあらゆることがらが成し遂げられる可能性が生じたのです。これらの抵抗命令を受けた運動霊たちはまだ彼ら自身が悪の存在であるというわけではなく、反対に、通常の発達過程に反抗することで、彼らは進化の偉大な促進者となったのです。とはいえ、彼らが創り出した嵐の中から次第に悪が生じたために、彼らは悪の創始者となりました。



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最終更新日  2023年10月13日 10時15分07秒
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