Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年01月18日
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カテゴリ: 霊魂論
内的霊的衝動の写しとしての美術史
第1講 ドルナハ  1916年10月8日-LXXX以下-3
ルドルフ・ジョセフ・ローレンツ・シュタイナー講演
 今、私たちが試みなければならなかったのは、さまざまな潮流が、もう一度繰り返しますと、自然主義のなかに入り込んでいこうとした精神(霊、ガイスト/Geist)、魂的なものをいっそう外的な表現に表すことができるようになったことで、表現力においてもますますいっそう写実的になった魂的なもの(das Seelische)、関係性において霊的に働きかけるためにいわば個別性を組み立てていく構成的なもの(das Kompositionelle9、そしてアレゴリー的なもの(das Allegorische)、これらのさまざまな潮流が、いかに個々の衝動として現れてくるかを示すことでした。そしてこのようにして、ミケランジェロとラファエロ、そしてその後継者たちの偉大な創造のなかに表現されるに至ったものが築き上げられたのです。私たちは、まったくもってひとつの霊的なものが、さまざまな道筋で人間を貫き、自然的なものを自らのものにしようとするのを見ます。私たちは、精神(霊)がまず、人間精神を通じて人間のなかに表現されるものを、人間に即して獲得しようと努め、それによって霊的な観照がますますいっそう自然の把握のなかに入り込んでくるのを見ます。次いで私たちは、フラ・アンジェリコやボッティチェリといった芸術家たちの場合のように、魂が入り込んでくるのを見ます、さらに私たちは、構成がもはや何か自明なものとしてヴィジョンから与えられるということのなくなった時代に、霊をふたたび作用させようとする個々の構成の試みを組み合わせることによって、実にラファエロがこれほどの高みに至らせたものを創り出す試みがなされるのを見るのです。私たちは、世界の出来事に語らせようという望みがアレゴリーに通じていったのを見ます、そしてアレゴリーは、またも、みなさんがこの(79フランチェスコ・トライーニ-トマス・アクィナス)の画にごらんになれるように、ボローニヤの「聖チェチリア」の構成のような構成のことのみを考えていただきたいのですが、ラファエロにおいてまた自明の霊性となったものを、根底において写実主義(現実主義)に導くのです。

第79:フランチェスコ・トライーニ-トマス・アクィナス





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最終更新日  2024年01月18日 06時56分31秒
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