Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2024年10月07日
XML
カテゴリ: 霊魂論
ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」
第六講-8/現代医学において可能な道と真に有効な道
テーマ8. 現代における治療の可能性に関しては、古代の医師たちの立場に立つこともできるが、地球外的な作用が忘れ去られ、古代の方法が忘れ去られた後でとられる方法として、ホメオパシー的なシステムや、光と空気を直接用いるような物理療法の道がある。しかし、真に有効な道は、精神科学によって、鉱物的なものと地球外的なもの、植物的なものと地球外的なもの、動物的なものと地球外的なものとの関係を見ていくことによってのみ開かれる。
 さて常に注目しておくべき重要なことは、思考においても、地球上で、つまるところ私たち自身が行なうことにおいても、私たちが切り離していることが、自然においては何らかのやりかたで常に結合されているということです。私たちは思考において、重力に従うもの、つまり塩形成への傾向を持つものを、光の担い手となるもの、つまり光作用への傾向を持つものから、さらには、この両者の均衡に従うものからも、切り離します。けれども、自然においてはこのように至る所で切り離されているのではなく、自然においては、このような作用のしかたは、互いに結びつけられ、組み合わされていて、非常に精巧な組織構造を形成しています。この精巧な組織構造は、すでに黄金の、その光輝のなかに含まれています。黄金を通じて、霊的なものがいわば純粋に、外界をのぞき込むからです。ここで注意を向けていくことを、私はいわば括弧に入れて申し上げたいと思います。何と言っても皆さんは、古代の文献から得られる示唆を、近代の文献に役立てようと夢中になられるかもしれないからです。昨日引用した学位請求論文を皆さんが作成されるなら、古代の文献を正しく理解することさえできれば、これらから示唆を得ることもできるでしょう。その際きわめて重要なのは、本来的に古代の文献は、どの物質のなかにも、三つの原理がすべて、塩的なもの、水星的なもの、燐的、あるいは硫黄的なものが、いろいろと組合わされていると見ていること、そして古代においては、この三つの原理を何らかの物質から分離しようと苦心していたことを理解することです。つまりは次のような見解が持たれていたのです。鉛は、私たちが暗示したような方法で生じるけれども、黄金や銅と同様、鉛も、三つの原理、つまり塩的なもの、水銀的なもの、燐的なもののすべてを含んでいる、という見解です。そして、私たちが、塩的なもの、水銀的なもの、燐的なものによって人間を治療することができるためには、それを取り出すこと、つまりそれを、それが結びついているものから何らかの方法で切り離すことが肝要なのです。古代の化学においては、このプロセスに対して、きわめて周到な注意が払われていました。このプロセスは、黄金の場合が最も困難なものと見なされていました。ですから、「黄金を壊すより、黄金を作り出す方が易しい」というローマの箴言(*)は、実際これもまた古きものの賛美に通ずるものです。なぜなら、黄金のなかで、塩的なもの、水銀的なもの、燐的なものという三つの自然の原理が互いに結び付いていて、黄金からこれらの原理を取り出すのは、最も困難であると考えられていたからです。これまで述べてきたように、私たちは、思考においても、この地上で行うことにしても、塩的なものと燐的なもの、そして水銀的なものを切り離しますが、自然においては、そうしたものは相互に結び合わされ非常に精巧な組織構造を形成しています。古代の文献からは、あらゆる物質のなかに、塩的なものと燐的なもの、そして水銀的なものが組み合わされていること、そしてそうした三つの原理を分離しようとしていたことがわかりますが、今日では、それは非常に困難なことです。さて、古代人が三つの自然原理を苦心して取り出そうとこういうプロセスで行なっていたとおりやろうとしても、今日容易には(*今日現代の科学技術力はこれらも可能化する。)うまくいかないだろうということはまったく明らかです。けれども、この講演でもまさにそうするつもりなのですが、ときおり古代の文献に光が投げかけられるだけで、古きものをまったく度外視して、今日なお研究できることにに入っていくだけでも、次のようなことに行き着くことができるのです。つまり、私が昨日ときょう、自然の物質から皆さんに特徴をお話しした、これら三つの原理から、必要なものを取り出すためには、実際何らかの方法で、自然の物質によって燃焼プロセスを起こさなければならず、それによってはじめてたとえば火を担うもの、光を担うものが分離されること、さらに、ある目的のために自然の物質から水銀的なものを取り出すことも試みられなければならず、その結果、塩的なものに押し寄せるものだけが後に残されるということです。これはさらに、何らかの酸の性質を持つものによっても、引き出すことができ、こうして、植物からであれ、鉱物からであれ、真の塩性の薬を得ることができるのです。特殊な場合についてはこれから後さらに扱っていくことにします。このように私たちは、地球外的なものを獲得するために、光を担うものを自然のなかに求めなければならないか、あるいは、地上的な物質からこの地球外的なものを取り去り、地球的なものを保持することに努めなければならないか。その結果が本来の真に塩的なものを得ることができるでしょう。あるいは、この両者の間に均衡状態を作り出すものを獲得することを試みなければならないか、それらの何れかをやってみなければならないのです。古代人が三つの原理を取り出そうとしていたプロセスを今日そのとおりやろうとしてもそれは非常に困難なことです。しかし、そうした古代の方法ではなく、この講義で述べられてきたように今日研究可能な方法というのが試みられなければなりません。つまり、植物からであれ、鉱物からであれ、地球外的なものを獲得するために光を担うものを自然のなかに求めたり、地上的な物質から地球外的なものを取り去り塩的なものを得たり、その両者の間に均衡をつくりだすものを獲得しようとしたりしなければならないのです。けれどもここで、性質は異なるけれども、そのいずれもある程度目的に導いてくれる、二つの道をとって進むことができます。本来は両方の道をとって進むことができるのです。よく知られた物質から、燐や塩あるいは水銀の性質を持つものを摘出することを常に目指し、それを用いていた古代の医師たちの立場に立つことができます。そういう医師たちにとって、薬のさまざまな特殊な作用は、彼らが当のものを、鉛から得たのか、銅から得たのかによっていくらか異なるということによって生じていました。つまり彼らはその起源を考慮していたのです。つまり、彼らが鉛から塩を作り出す場合、彼らにとってこの塩は、銅から作り出された塩とは少し異なっていたわけです。したがって、塩について語った場合でも、彼らは本来次のようなことを語っていたのです。つまり、彼らは、さまざまな塩におけるこの塩のなかには何かが、つまり、塩であることによって地上的であるけれど、いわばさまざまな金属からつくりだされた塩であることによって、何か地球外的なものでもあり、人間におけるきわめてさまざまなものと関わっているもの、これはすぐ明日にでも、より詳しく特徴をお話しできるでしょうが、そういうものがあるということを語っていたのです。たとえば、治療学における塩的なものの調合のために、この方法をとることができます。さらに、古代人たちの別の方法が忘れ去られたあとでとられた方法、これは、実際人間というものは単なるレトルト(Retortとは、もともと蒸留釜という化学用語)ではなく、レトルト以上のものであるという、なおも明確な感情から選ばれた方法なのですが、そういう方法をとることもできます。そしてこれは、そこにあるものの受容を通じて、そしてそこにあるものを自乗することを通じて、すでに存在している物質の根底にある力を利用できるようにすることを試みる方法です。これは、本質的に、ハーネマン的な方向(*免疫学とホメオパシー、同毒・同種療法)に内在している方法であり、古代の方法がすでに忘れ去られ、何か地球外的な、あるいはそれ以外の関連について、もはや何もわからなくなったあとに、人間の医学的な努力全体から、いわば一種の新たな興隆を示しているものです。そもそもこれは、現代の医師社会の絶望のなかにあると申し上げたいことなのですが、現代の医学において、本来地上的なものの根底をなすもの、つまり地上を越えたものが仰ぎ見られることはもはやなく、人々は、地上的なもののなかにのみあるものを常にうまく処理しようとしているということです。これを越えていこうとしているのがホメオパシー的なシステムです。もちろん、物理的な治療法もこれを越えていこうとしているのですが、これは、光の担い手、つまり燐を正しく用いる方法、あるいは、空気の担い手、つまり水銀を正しく用いる方法をもはや有していないがゆえに、光と空気を直接用いるのです。もちろんこれが第三の可能性でもあります。現代における治療の可能性に関しては、古代の医師たちの立場に立つこともできますが、地球外的な作用についてもはや何もわからなくなり、古代の方法が忘れ去られた後でとられる方法として、「すでに存在している物質の根底にある力を利用できるようにすることを試みる方法としてホメオパシー的なシステムがありますが、さらに、光と空気を直接用いるような物理療法も第三の可能性として挙げられます。けれども真の有効な道は、精神科学によって、鉱物的なものと地球外的なもの、植物的なものと地球外的なもの、動物的なものと地球外的なものとの関係に迫るときにのみ、再び開かれるでしょう。動物的なものが問題になるとき、すでに昨日暗示いたしましたように、人間との近さは容易ならぬものです。ここで古代人たちはひとつの境界を設けましたが、これもまた新たな研究から探究していくつもりです。古代人たちはこう言ったのです。植物、これは惑星系の範囲にあり、鉱物、これも惑星系の範囲にある。けれども動物界に至ると、惑星系から出ていく。つまり、地球外のもの、惑星的なものの内部にとどまっているときよりも、はるかに、ものごとと戯れるなどということは許されなくなるのだと。動物形成、それからとりわけ人間形成を導く力は、鉱物や植物のなかの力よりも、遥かに尚も、宇宙に拡散した状態なのです。動物形成、人間形成を導く力は、獣帯という境界線を引きました。それによって、植物的なものあるいは鉱物的なもののなかにあるものを越えて、治療力を探し求めないように、あるいは少なくとも、そうすれば容易ならぬ領域に踏み込んでいくことになるということに気づくようにするためです。むろん今や、昨日すでに皆さんにその特徴を少しばかりお話しました方法によって、この領域にも踏み込まれてしまいました。この方法については、病理学と血清療法の特殊なもののなかに立ち入っていくときに、さらに詳しく議論しなければなりません。こういう方法というのは通常、この方法が個別的なものに通ずるために、まったく強固な幻想を引き起こし、それによって、こういう事柄の背後にある危険性が、完全に隠蔽されてしまうということになるわけです。しかし、真に有効な道は、精神科学によって、鉱物的なものと地球外的なもの、植物的なものと地球外的なもの、動物的なものと地球外的なものとの関係を見ていくことによってのみ開かれます。その際、植物や鉱物は惑星系の範囲にありますが、動物形成、人間形成を導く力は惑星系の外部である獣帯の領域に拡がっていきます。そうした領域での治療法に関しては「容易ならぬ領域に踏み込んでいくことになる」ということを深く認識することが必要だといえます。
   第六講●解説/テーマ解説8-了(第6講・完了)
参考画:錬金術(alchemy)




哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2024年10月07日 06時10分09秒
コメント(0) | コメントを書く
[霊魂論] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: