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病院へは、11時ころ着きました。12時20分まで禁食、と札がかかっていました。看護師さんの話では、「眠る薬を追加したので、よく眠っています」とのこと。きっと、処置室で、大興奮しちゃったんだろうな。声をかけて、反応した息子の第一声は「DS持ってきた?」でした。昨夜、持ち帰ったのですが、充電するためのアダプターが無かった。息子に聞くと「じいじのへやにある」そんなこと、私が知るか!「DS持ってきてくれるっていったのに~」息子の手には、新しいソフト。じいじが買ってくれたようです。「おかあさん、じいじよりはやくくるっていったのにぃ~(泣)」「だって、お父さんが、じいじとお母さん二人が病院にいるのは無駄だって言うから、おかあさん早く来れなかったんだよ」じいじがキレました。「○○(夫の名)がどうとかじゃないだろう!が早く来て欲しがっているんだから!!」「じゃあ、おれは、土日しか来ないから!」全く子供みたい。(夫そっくりの反応)いわく、ルンバールのとき、麻酔が完全に効く前に刺されて痛かったそうです。薬のせいか、今日はよく「げーしそう」といって、ガーグルベースンを口元に持っていってました。実際に戻したのは、夕食後、プレドニゾロンを飲んだ後。まずい薬をせっかく飲んだのに、もう1回飲まなくちゃならなくて、かわいそうでした。点滴のところから【吐き気止め】を入れて、15分後くらいに飲むことができました。錠剤を飲む練習を始めた方がよさそう。外が暗くなると、息子は、ぽろぽろ涙をこぼし、「おかあさん、かえっちゃうんでしょ?」とくりかえします。「寝るまでは、帰らないよ」「ねたら、かえっちゃうんでしょ?」「病院にお泊りはできないし、お洗濯もしなくちゃいけないからね」「よるね、おかあさんがかえったあとにね、こわいゆめをみて、ないちゃうの」「寂しかったら、看護師さんを呼んでいいんだよ」「でも、おかあさんがいい」「あした、はやくきて」「早く来たいけど、お母さんは、お薬飲んでるから、朝眠くて仕方ないときは、車の運転ができないの。事故を起こしたら、に会えなくなっちゃうから。 はっきり目が覚めて、これなら安全運転ができる、という時間じゃないと来られないんだ。ごめんね」涙をこぼしながらも、真剣に聞いてくれました。明日は、なるべく早く行こうと思います。今日は、病室を出たのが22時15分でした。
2008.07.31
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今夜は、市の花火大会。病室から見物しました。6人部屋なのですが、外泊、一時退院などで、残っているのは二人。そのうち飽きてしまい、フィナーレは見逃してしまいました。病室の窓は開けられないので、音が聞こえず、花火の魅力も半減。さて、治療の方は、今日も薬の服用のみ。主治医のT先生から【寛解導入療法B】という用紙をいただきました。使用する薬、副作用については、手書きで書き添えられていました。親切な先生です。明日は、髄注(ルンバール)があります。きっと、処置室に入るときに泣くんだろうな。義父が早く行ってくれるそうなので、昼前に着くようにしたいと思っています。
2008.07.30
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今日は、特にすることも無く、朝夕は、プレドニゾロン・バクタ・胃薬の服用と、吸入。昼は、プレドニゾロンと吸入。以前の入院時、CVが抜けかけてしまい、無意識にいじらないように、とククロン(幅広の包帯)を、胸に撒いていました。今回は、その必要が無いのですが、本人はCV=ククロンと思っているらしい。「暑くて汗をかいちゃうよ。」「かゆくなるかもしれないよ。」「テープでちゃんと止めてあるから、大丈夫だよ。」と言ったのですが、納得しません。先生に、巻く必要がないということを言ってください、とお願いしました。首にも絆創膏が貼ってあり、CVを下げる袋の紐があたって痛い、とも言ってます。先生と、看護師さんの話しで、その場はあきらめたでしたが、消灯時間が近づき、寝かしつけようとしたら、「しんぱいで、ねむれないの」この、言い方、声のかわいらしいことといったら、皆さんにお聞かせできないのが残念。今夜の担当看護師さんは、前回入院時に新人ナースだった方。一緒に、ナースステーションにお願いに行きました。「じゃあ、夜だけ巻くことにしようか」と、ククロンを巻いて、一安心。昼間図書館で借りてきた、恐竜の本を読み、添い寝して寝かしつけました。明日から、抗がん剤。くれぐれも、副作用が軽くすみますように。
2008.07.29
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今回は、局所麻酔で行うので、朝食あり。おやつからは禁食。手の甲に、点滴ルート確保する時には、泣いていました。ストレッチャーに移され、涙ぽろぽろの夫は仕事に出たものの、仕事量が少なかったそうで、早退して病院に駆けつけました。手を握って、「楽しいことを考えよう?」といつものように、声をかけ続け、なんとか落ち着いたところで、手術室へ。約1時間後、「無事終わりました」と部屋に戻ってきました。「よくがんばったね」と、私と夫が頭をなでたり、手をさすったり。夕食前に目が覚めて、水を飲み、頭がはっきりしたところで夕食。3時のおやつのリンクルアイス2個も、取り置いてくれたので、デザートつきの夕食になりました。CVを首からさげる袋を持ってくるのを忘れてしまいました。手のひらにマジックで【CV袋】と書きました。(帰宅して、すぐにバッグに入れました。)小児慢性特定疾患申請用の診断書で疑問だった点を、先生に確認できました。明日は、早く病院に行ってあげたいので、30日に保健所に届けるつもりでいます。
2008.07.28
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病院指定時間が、午後7時。5時過ぎから、激しい雷雨。「せめて車に乗るときは、小ぶりになってるといいな」と思っていましたが、ちゃんと、傘もささずに、車に乗り込みました。走り出すと、まだ雷雨でしたが、渋滞もなく、スムーズに病院へ。診断書のことで、先生にお話をお聞きしたかったのですが、いらっしゃいません。保健所への届けは1~2日遅れても大差ないので、明日うかがうことにしました。体温、血圧を測ると、することもなく、消灯の9時までは、テレビを見ていました。電気を消して、ベッドに入ると、寂しさや不安から「くすん、くすん」泣き出す息子。1年生になったのだし、添い寝はしないよ、と言ってあったのですが、かわいそうで、やっぱり添い寝と、胸を触ることも許してしまいました。泣き顔より、健やかな寝顔が見たいですからね。「は、おかあさんの宝物だからね。 明日は、眠くなる薬をしたら、楽しいことを考えて寝るんだよ。 興奮しちゃうと、いっぱい薬を使われちゃうからね。 かわいいくん、 明日も早く来るからね。 大好き。」なんて話しかけ、頭をなでていたら、眠りにつきました。病室を出たのは21時21分でした。明日から、本当の入院生活が始まるんです。今から、落ち込んでなどいられません。明日は、着替えを少し持っていこう。息子は「DSを持ってきて」と言ってたけれど、何時間でも熱中してしまうから、やはり、オレンジカードが着いたときの対策にしよう。※オレンジカード 白血球が少なくなって、感染が心配なときに、 「お部屋で過ごしましょう。」 と書かれた、オレンジ色のカードがベッドにつけられること。
2008.07.27
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息子が会いたい子、R君と連絡を取って、ショッピングセンター隣接の公園で待ち合わせ。定時になると、噴水がでて、下着姿や、水着姿の子供が遊んでいます。息子も、R君、弟のI君、3人ではしゃぎながら、水遊びを楽しみました。良かったね、大好きなR君に会えて。「手紙を書くからね」と言って分かれました。はがきを常備しておこう。
2008.07.27
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朝、母から電話「旅行の写真ができてるから、出てこない?頼みたいこともあるし」息子は、最初「行かない」と言いましたが、「○ちゃん(従兄弟)も行くけど?」「行く!」というわけで、姉のところに寄って、実家へ。私も、母に頼みがあったんです。息子のカット。抗がん剤で抜けることは確実なので、短くしてもらいたかった。私のカット。自分で切ったので、ざんばら髪。母が、「コレじゃしょうがないから、パーマをかけてあげる」ということで、少し長居をしました。中学1年以来だな~こんなに髪が短いの。母の頼みは、やはりお使い係でした。スーパーで商品券を買い、おせんべいやさんに行き、卵屋さんへ行き、それをまた配ること3軒。ガソリン代をいただきました。写真は2L版に伸ばしたものも数枚。それと、父の手記のコピー。うちのカメラで撮ったものもプリントして、2008年・夏のアルバムを整理しようと思います。旅行代を受け取ってもらえなかったので、ひとまずこれを、母に送っておきました。図書館で借りて、1巻も見せたのですが、2巻の方が、「写真が素敵♪」だそうです。3巻の内容がよければ、それも送ろう。楽天ブックス、便利です。早いしね。
2008.07.26
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今朝の薬は◇プレドニゾロン散(24日朝から開始)1日3回◇バクタ顆粒(23日夕から開始)奇数日、1日2回◇ガスター散2%0.5g(24日朝から開始)1日2回の3種指定の10時までに病院へ。体温、血圧をはかり、しばらくして主治医のT先生が採血に。23日に採ったときに、あまり痛くなかったのでしょう。息子は、看護師さんに押さえられることなく、一人で、ちゃんと採血をしてもらいました。その後は、特にすることもない。昼食を食べて、プレドニゾロンを飲んで、プレイルームで遊んで・・・。月曜日にCVカテーテルの手術をするので、夕方、手術室の看護師さんがいらして、説明。今日も、外泊。手術前日には病院に入らないといけないので、次回の指定は、日曜日午後7時までに病院へ。夫も休みなので、一緒に送って行きます。いよいよ、本格的な抗がん剤治療開始。くれぐれも、副作用が強く出ませんように。私も、体調をくずすことなく、毎日病院に行けるよう、心がけています。
2008.07.25
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息子は、朝から1階に入り浸り。私は、昨日も今日も、眠くて眠くて、今朝も2度寝してしまいました。11時頃、心療内科へ行ってきました。再発という現実は、胸に重くのしかかってきます。今の私の気持ちと、鈍感勘違い男(夫)の言動にどう対処したらよいか、などという話をしてきました。いつもは2週間分の薬ですが、少し通院がずれると、お盆休みになってしまうため、4週間分の薬をいただいてきました。もう少し、気分の落ち込みを軽くするような薬を出して欲しかったのですが、同じ薬です。自分としても、あまり薬に頼ることはしたくないので、辛いときは、思いっきり泣いて、息子と接するときには笑顔でいられるよう、気持ちの切り替えで対応したいと思っています。夫が8月11日から、胆石、胆嚢ポリープ、胃のポリープ切除のため、1週間程度入院するので、パジャマを買ってきました。夏場は、肌着だけで布団もかけずに寝ている夫ですが、病院内でそうはいかないでしょう。家でも、ちゃんとパジャマを着てくれたほうが、敷布団のダメージが少ないと思って、何度も頼んでいるんですけど。シーツと、肌掛けの洗濯を頻繁にしています。明日は、息子の病院へ。また採血があるんだろうな。点滴はつながないから、また外泊にしてくれるかな?一応「病院にお泊りだから」と言ってあります。帰れると思っていて泊まりだとショックですものね。
2008.07.24
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今日から、長い入院の始まり。そう思って出かけました。ベッドが5号室から3号室に移されていて、ここで、10ヶ月闘病するんだわ、と決意をしたところ、主治医のT先生がいらして、採血。泣かずに採血ができるようになったと、喜んでいたのに、ここ最近、はずればっかりで、息子はおびえながら「K先生がいい。K先生にやってもらう」と、外来の担当医の名前をあげ、涙目。「大丈夫、T先生も上手だから」と、1回も採ってもらったことは無いけど、口八丁。息子を抱きかかえて、左手を押さえ込んで、右手は看護師さんが押さえ、無事T先生初採血となりました。結果は WBC 6.7 HGB 13.5 PLT 25.5「骨髄にも、抹消血にも異常が無いので、まず、プレドニン1週間飲んで、睾丸の様子で判断します。」ということで、投薬前の大きチェックは、処置室にて。今日は泊まり、と覚悟してきていたのに、昼食、おやつを食べたら、外泊許可がでました。次回は金曜日に来ればよいとのこと。お父さんも、じいばあも喜ぶね。今日の夕食から飲む バクタ。明日の朝食から飲む、プレドニンと胃薬を渡されました。夜は、3人で川の字になって寝ました。おとうさんは、いびきがうるさいので、途中退場しました。
2008.07.23
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キッズ体験プログラムというのがあって、対象は小学生。該当するのはと甥。陶芸体験を申し込みました。高校生、中学生の姪・甥も、その会場に行き、自分の名前の木工フレームを作りました。見本に、カブトムシ、クワガタムシの模型を貼ったものがあったので、息子のために、私も作り始めました。下書きは、難なく書けたのですが、ボンドで貼り付けるときに、手がふるえてしまい、うまく出せないので、夫に交代。小枝を使って、 Fight M○○○○○(の名前)と文字を入れ、陶芸の終わったが、カブトムシ、クワガタムシを向かい合わせに糊付けしました。病室に置いておこうと思っています。陶芸は8月中に送ってくれるそうです。どんなものができているか楽しみです。実家に着いたのが午後7時過ぎ。自宅に帰る途中で夕食をすませようと思い、に、何が食べたい?と聞いたら「牛丼!」私はお肉がダメなので、期間限定のうな丼を頼みました。は、お子様セットのお肉と、皿盛りWのお肉をみ~んな食べてしまい、たまねぎ数個を残したお皿を夫に渡して、ごちそうさま。すごい食欲だな~と、感心してしまった。満腹になれば、後は寝る。車内で寝てしまった息子を、夫が部屋に運び、体を拭いて着替えさせました。明日は、朝風呂で、頭を洗ってから、病院に行かなくては。日中のこと。バスの中では、後部座席に座った子供たちの声がにぎやかです。息子の元気な声を聞いていたら、「なぜ、こんなに元気な子を、入院させなくてはならないのだろう」という思いで胸がいっぱいになり、涙を止めることができませんでした。3年前の入院時は、貧血がひどく、炎症反応もあって、「治療して、元気にしてもらう」という意識でした。でも、今回は、自覚症状も無い、抹消血にも、骨髄にも白血病細胞は見つからなかったのに、ハイリスクの治療を行う。理屈ではわからなくもないけれど、やっぱり、理不尽だと思うし、納得がいかない。くよくよしてたって仕方ない。そう思うけれど、涙って、勝手にでてくる。息子の前では、絶対、笑顔!!大丈夫だから。きっと、治るんだから。私は、強い母にはなれないけど、簡単に折れたりしない、しなやかさを身に付けたい、そんなふうに思いました。来年には、またみんなで、こんな旅行ができる。そう信じて、乗り越えていこうと思っています。
2008.07.22
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30人は乗れるバスを借りて、12名で那須へ出かけてきました。今日の目的地はりんどう湖ファミリー牧場。霧雨の降る天気でしたが、暑すぎるより、よほど良いです。みんなで、おいしいソフトクリームを食べました。息子は、乳牛の乳搾りを体験。上手にしぼれました。昼食には、が初めてステーキを食べました。最近牛丼で、肉の味を知ったので、食べる気になったようです。父も、こんなに大勢で食事をするのは久しぶり。いつになく、箸が進んだようです。それから、アトラクションをいくつかめぐり、アーチェリーにも挑戦。私の気分は、すっかりスジニ=「太王四神記」の弓の名手。大まぐれで、2本続けて中央の丸に矢がささりました。とってもいい気分でした♪ストレス解消にいいかも。宿泊するホテルについて、温泉に入り、バイキング形式の夕食。そのあと、カラオケルームで、と甥で「崖の上のポニョ」の主題歌を歌ったり、楽しいひと時を過ごしました。ロビーに設けられたステージで、歌姫の美声に癒され、2部屋に分かれて就寝。私は、マヌケにも、入眠剤を忘れ、なかなか寝付けません。おまけに、お酒を飲んだ夫のいびきのうるさいこと!何はなくとも、入眠剤。それでも、夜明けを見ることなく、眠りに着きましたが、朝5時15分に「ピンポーン」。出てみると、母が「お風呂にいかない?」さっきやっと寝付いたのに~。とてもそんな気にはなれず、「私はいい」と断ってしまいましたが、気を遣う姉は、一緒に行きました。えらいぞ、姉。
2008.07.21
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実家の自治会の夏祭りに行きました。今年は初めて、こども神輿を担ぎました。と、甥が(ともに小1)が加わって、元気な掛け声を響かせていました。二人が参加する前は、元気が無かったんですって。(夫の話)去年は、まだの維持療法の服用は続いていたけれど、父も元気だったし、姪の二人も浴衣を着て、にぎやかな祭りだった。今年、やせ細った父は、神輿を担ぐ二人の写真を撮ってくれたけど、すぐに疲れてしまって、家に戻ってしまった。休み明けにはも入院。(今日も、外泊の扱いですが。)先のことを思うと、ため息ばかりです。明日は、那須高原に1泊旅行。実家の両親、姉と子供2人、(元)弟と子供3人。うちは、と私2人参加の予定でしたが、夫も行くことになりました。と、泊りでどこかに出かけるなんて、当分無理だし、父の姿を見たら、「今回が最後かもしれない」という気持ちになったのでしょう。会社へは、「ポリープを取ったあとの検査のため、病院に行く」と言い訳したそうです。あまり、悪いことは考えず、目いっぱい楽しんできたいと思います。
2008.07.20
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♪ぽーにょぽーにょぽにょ さかなのこ♪頭の中、ぐるぐる聞こえています。家から1番近い、シネコン。1番大きなスクリーンは「ポケモン」です。ポニョは、3番と6番の二つを使って公開。朝1番の回で見てきました。かわいいです。息子には大うけでした。私は、ちょっと眠たい部分もありましたが、夫は、背景を絶賛していました。実は、むか~し、アニメーションの背景を描く仕事をしていたのです。安月給と、才能の無さに悩み、転職したのです。今でも、安月給ですけどね(笑)
2008.07.20
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夕方、夫が入院している病院へ行きました。「昼から食事がでたんだけどさ、重湯なんだよ」病室にいる間に、夕食がきました。器は3つ。ぜんぶ、具の無い汁物。昨日、箸を届けたけれど、全然箸の使いようがありません。ゆっくり飲んでも、あっという間に完(飲)食です。リンゴのゼリーがついてきて「これが、1番うまいな」明日退院しても、当日、翌日はお粥や、やわらかいうどんぐらいしか食べられないそうです。支払額が、7万~8万だそうで、「1泊2万のホテルに泊まって、食事がコレだけって、寂しいよな。 昼間売店に行ったけど、カステラ買って食べようかと思ったよ」実家の父と同じことを言ってます。大腸は痛みが無いだけましで、胃のポリープを取った後は、かなり痛みがあるらしいです。14個もあるんだもんねぇ。かわいそうだけど、「の痛みを分かち合うと思えば?」「そうだな。の気持ちが少しわかったよ。 点滴がついてると、いちいち押して歩かないといけないし、 手首の角度で、針のところが痛むから、じっと寝てるしかないんだよなぁ」胆石&胃のポリープ手術の日程は、明日の退院までに決まるそうです。夫が入っている医療保険って、何泊からでるのかな。本人も知らず、私も無関心でしたが、見直しておかないといけませんね。プラスにならなくてもいいから、かかった分ぐらい、保険で出ると良いけど・・・。
2008.07.18
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小学校1年1学期の通知表は、・だいたいできました・もうすこしの、2段階評価です。は、全部 〔だいたいできました〕の方に丸がしてありました。授業日数70日に対し、欠席11日。学校からの連絡欄には、こう書いてありました。 積極的に挙手をして 自分の考えをはっきりと 発表することができました。 図工の「つなげてかさねて」の学習では、紙を折って はさみで切った形の下に 違う色の折り紙を重ねて貼り 作品を美しく見せる工夫をしました。 硬筆では意欲的に取り組み りっぱな文字が書けました。何人がもらったのか判りませんが、市の硬筆展で【優良賞】という賞状をいただきました。涙のツボを刺激したのは、クラス全員の寄せ書き、のようなもの。1人1枚ずつ、縦8cm・横9cmの中に、色とりどりに描かれた絵と、応援メッセージ。 「がんばってね」 「またいっしょにべんきょうしようね」 「はやくなおるといいね」などなど。クラスカラーの、青い色画用紙に貼られていました。先生からは、1がっきのあいだ いっしょにべんきょうしたり うんどうしたり たのしかったね。さんのびょうきのことをきいて びっくりしました。はやく なおって またいっしょに ○○しょうで すごしましょう。まってます。とメッセージ。病院の正面玄関前に、郵便ポストがあるので、お返事は、入院してから郵送しようと思っています。自由に出歩けるのは、あと4日。毎日楽しく過ごせるといいな。
2008.07.18
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この夏に、胆石手術を予定している夫。今日は、大腸検査です。朝から、2リットルの飲物をゆっくり2時間かけて飲む、という苦行に耐え、私が息子を迎えに行っている間に、病院へ行きました。大腸にポリープが3個あって、それを取る手術をしたので、今日、明日は入院になりました。日帰りでも大丈夫なのだけれど、稀に、大出血する患者さんがいて、この病院では2泊する決まりらしいです。長期入院を控えた息子が家にいるのに、自分が入院で、とても残念がっていました。主治医は、「せっかく入院したんだから、胃のポリープも明日取ろうか」と、言ったそうです。そんなことをしていたら、映画に行く予定が丸つぶれ。「胆石手術の時で良いです」と夫が言ったら、「明日、予定が空いてるんだけどな~」と、外科の先生らしく、切る気満々だったそうです。夫も退屈してるので、息子のために買ったDVDプレーヤーを、明日持っていく約束をしました。
2008.07.17
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今月は、2日、4日に登校して、今日が3日目です。朝は、通学班で行きました。3時間授業で、12時前には下校だったのですが、持ち帰る荷物が多いことと、炎天下を歩かせたくなかったので、学校へ、車で迎えに行きました。クラスのみんなが、「さんが来た~!」と喜んでくれたそうです。明日の1学期終了式にも出席できそうだし、けじめがついてよかったです。
2008.07.17
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10時前に病院着。脳の検査はMRIかと思っていましたが、CTでした。10分もかからず終了。つぎに、胸のレントゲン。今日の検査はこれで終了。本人は、もう帰っていいのですが、(入院といいつつ、毎日外泊。 ベッド確保のためには、そういう扱いにしないとだめなんでしょう。)養護学校の就学相談が、午後2時15分から。ちょうど、この病棟での夏祭りの開催日。病棟ごとに開催日がずれていて、保育士さん総出のレクリエーションが午後3時から。前に入院していたときは、保育士さんがいる曜日は週3日ほど、時間も短かったので、こういった催しは無理でしたが、現在は、各病棟に保育士さん常駐なので、いろいろできるようになったのでしょうね。およそ1時間の夏祭り。甚平を着ている子が多い。息子は、「ぼくも着替える」と言いましたが、甚平なんて、入れてきてないよ~。少し不機嫌になりましたが、はっぴを着せてもらい、お神輿を担ぎ、ヨーヨーつりや輪投げ等、楽しめたようです。就学相談の方は、看護師長さんから「夏休み中も、補習で先生が来られます」と聞いていたのですが、そのためには、1学期中に在籍してないとダメ。夏休み期間には転校できないので、9月1日付で、養護学校の転入になるそうです。点滴がつながっているときは病室での授業。点滴がはずれて、医師の許可があれば登校して、授業を受けるそうです。1階の内科病棟内を抜けて、学校への通路を行くと、傘もいらず、学校に入れます。今日も、5時前には、病院を出られました。車内で寝てしまい、お漏らししてしまったので、着替えに甚平を出したら、「なんで、びょういんでださなかったの!?」と、息子が怒ってました。しかたないでしょ、病院には持って行かなかったんだから。次に病院に行くのは23日。この日から、本当の治療が始まります。入院生活もね。ちょっと、ブルー。
2008.07.16
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朝は、食欲がない息子。薬を飲ませるために、昨夜残した蒸しパンを少し食べさせました。お昼は「何が食べたい?」と聞いたら「チャーシューラーメン!」車でラーメン屋さんに行きました。お子様セットに、トッピングでメンマとチャーシューをプラス。麺は少し残したけれど、お肉は完食。おいしそうに食べてくれると、うれしい。その後、幼稚園に寄りました。体操教室を退会しなくてはならないので、体操の先生にお会いしたかったのですが、昼食時間で、外に行かれたようで、会えませんでした。年長の担任だった先生と、写真を撮りました。また、元気になったら、体操教室も復帰したいと思っています。2時頃、さっと、シャワーを浴びせて、出発。病院お泊り前提で、ももちゃん(犬型抱き枕)も乗せて。病棟に着いて、背中と腰のテープをはがしてもらいました。4時頃、予定どおり、病状と、治療の説明。いつも外来でお世話になっているK先生と、今回主治医になるT先生、夫と私。要点だけを並べると、「髄液、骨髄液ともに、目視では異常は見られません。 染色体検査の結果は2週間くらいかかります。 治療中に再発したのではなく、一通り治療を終えたあとの再発なので、予後は良いと思われます。 しかし、再発なので“超高危険群”の治療になります。 強い薬を大量に入れるので、骨髄抑制が起こります。 毎回輸血をするように、なると思います。 骨髄の回復を2~3週間待って、また、薬を使います。 化学療法が終わってから、睾丸に放射線を当てます。 (この辺は、私はすでに聞いている話) 来週水曜日からステロイドの服用、再来週にCVカテーテルの手術を予定しています。」 説明が終わったら、今日も「帰っていいですよ。 明日は11時から検査を予定していますので、10時までにきてください」とT先生。「朝食は食べずに来た方がいいですか?」「造影剤を使わないので、普通に食べてきて大丈夫です」とのこと。良かったね、今日もおうちで寝られるね。放射線治療で不妊になるというのは、男女とも同じですね。片方の精巣機能が残ればよいのですが、生殖機能は、放射線に弱いそうで、期待できません。男性ホルモンの機能だけは残したいので、片側は、放射線量を調整するといいますが、第二次性徴の時期にならないと、その点もはっきりわからないそうです。自分で作れないとなったら、注射でホルモン補充するしかありません。今は、それより、化学療法の副作用があまり出ないことを願うばかりです。夕食前に、病院を出たので、スーパーで食材を買って帰りました。
2008.07.15
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指定時間の9時までに、外科病棟へ。「11時に、内科病棟へ上がるので、その前に入浴を済ませてください」朝風呂をあびて、時間までプレイルームで『ドラゴンボールZ』のビデオをみたり、遊んだりしていました。採血もすると聞いていたけれど、それは、上(内科)ですることになったそうです。荷物をまとめて、3階内科病棟へ。この病棟は土足禁止、医師、看護師はもちろん、面会者もマスク。夏は暑いのよね~、このマスクが。案内されたのは、2004年初発のときと同じ5号室。あの時は、窓際だった。今回は、手前の通路寄りです。窓際は明るいけれど、天候の影響を受けやすい。日中は暑すぎ、朝晩は冷えることがあるので、私的には良いベッド位置です。点滴ルート確保と、採血を同時にしたようです。「いたくしないで、いたいのやぁだぁ、はやく~はやくして~」処置室からは、息子のこんな声が聞こえてきます。「明日するのかな?」と漠然と思っていた骨髄検査、「今日やりましょう」ということになり、昼食、おやつ抜きで、検査。処置室に入ったのが午後3時ころ。眠くなる薬を入れて、眠っている間に終わるので、直接痛みは感じないはずなんですが、なかなか、寝ない息子。「いたいのやだぁ、おかあさんがいい、いたいのやだ~、やめて~・・・・・・」こんな具合に興奮するものだから、眠剤を増やされ、検査後は、遅くまでぐったりしています。夕方、夫がやってきました。現在の状態と、今後の治療方針の説明を、火曜日が、木曜日の午後4時頃したい、と言われたので、お昼に夫の会社に電話を入れました。そうしたら、仕事が手に付かなくなって、早退してきたそうです。夕食が配られた6時に、息子を起こして、水を飲ませました。吐かずに飲めたので、体を起こして、夕食を食べ始め、夫が、小銭をくずすために買ってきたココアを飲んだら、戻してしまいました。先生からは「今日は、もうすることも無いので、外泊してもいいですよ」と言われたのに、具合が悪いと、病院泊まりになってしまう。内緒で、吐しゃ物を処理して、「外泊、行ってきます」病棟をでました。まだ、朦朧感がある息子を、夫がおんぶして、車まで運び、家について、部屋に連れて行ったら、また嘔吐。それで本人はすっきりしたようで、着替えをさせ、布団でごろごろしていましたが、「せなかの とって」止血ガーゼが厚く、丈夫なテープで止められたままでした。通常は、検査当日夕方、看護師さんがリムーバーを使ってはがしてくれます。夫が、はがそうとしたら「いたぁい~」「ぬらして はがすの」濡れタオルを使っても、同じこと。仕方が無いので、ガーゼのところのテープをはさみで切って、バンドエイドを貼りました。1時間ぐらいたったころ「ぼく、おひるもよるも、ごはんたべてないから、おなかがすいて、ねむれない」夫がコンビニで、消化の良さそうな蒸しパンを買ってきて食べさせました。入院1日目から、外泊です。明後日、脳の検査をするそうです。明日は、3時に病棟へ行くことになっているので、病院に泊まるんだろうな、と思ってました。
2008.07.14
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少しでも、入院生活が楽しくなるように、これを買ってきました。石内蔵型のオセロ盤『オセロ極(kiwame)』病棟にもオセロゲームはあるんだけど、こまが不足していました。これなら、こまを失くすことがないからいいかなって。そして、外科病棟での様子(6人部屋にテレビが1台、ビデオとは接続されている)、チャンネル権は年長の子、あるいは入院が長い子になってしまうので、自分専用があった方がいいと思い、これも注文しました。ソニーポータブルDVDプレーヤーDVP-FX720色は息子の好きなブルー。予備のバッテリーも注文。駅前の量販店を見に行ったんだけど、ネットのほうが、安かった。早く届くといいな。多分、最初のうちは元気があって、プレイルームで遊んでいると思うので、抗がん剤の副作用で、ベッドから出られなくなったら、好きなDVDでも見て、気を紛らわしてもらおうと。想像するだけで、胸が痛くなる。息子の前では、絶対、笑顔!入院中、足腰が弱ってしまうので、その対策は何かあるかな?と思案中。良い案があったら、教えてください。今日は、朝早く自分から起きて、好きなテレビ番組を見ていました。食欲はあまりない。午後、小学校に行って、担任の先生にお会いしてきました。クラスの子供たちには、「病気を治すために入院するので、しばらく学校には来られない」と伝えてくれるそうです。終業式ぐらいは、出席できると良いのですが、実家の父との旅行もあるし、どちらも、というわけにはいかないかな。明日、主治医と相談してみますが。自分の朝顔を持ち帰ることになっていたので、それを取りに行ったら、うさぎ小屋の前を通りました。息子は紫陽花の葉をあげようとしましたが、うさぎたちは気に入らない。そうだ、たんぽぽは食べるってきいた。たんぽぽの葉をあげたら、うさぎが競って、寄ってきます。他に、なんという名かは知らないけれど、小松菜に似た葉っぱも、よく食べました。創立120周年記念で、航空写真を撮ったし、6月に運動会もしたし、短かったけれど、この学校での思い出は、楽しいものばかりだと思う。そして、治療が終わったら、また(夫の母校でもある)この学校に帰ってこよう。覚書7月11日夕食後~14日朝食後 メイアクトMS小児用細粒(抗生物質)服用
2008.07.13
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息子は、例によって、1階に入り浸り。今日と明日、旧作DVDレンタル100円とメールが来ていたので、久しぶりに、ショップへ行った。他、5枚借りてきた。1階の中古ゲームソフト売り場で、息子にもできそうな、DSのソフトを2つ買った。ゲームは、なるべくさせたくない派だが、入院中、体がだるく、動けないときの暇つぶしとしては、やむをえないと思う。少し様子を見て、与えるつもり。フラガール、面白かったです。子供の頃、家族旅行で行った、常磐ハワイアンセンター。アルバムの中で、セピア色のアロハシャツを着た私がいる。何にも覚えていないのが残念。
2008.07.12
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永遠を旅する者 永遠を旅する者 ロストオデッセイ千年の夢著者: 重松清 出版社: 講談社 サイズ: 単行本 ページ数: 389p 発行年月: 2007年11月 本体価格 1,600円 (税込 1,680 円) 坂口博信(『ファイナルファンタジー』)×井上雄彦(『バガボンド』)の壮大なゲーム構想を、稀代の書き手・重松清が深化させた、全く新しいファンタジー。 【内容情報】(「BOOK」データベースより)彼は老いず、ただ去りゆくのみ。彼は死なず、ただ別れるのみ。その寂しさ―あんたにわかるかい?書き下ろし、700枚!壮大なスケールで描く命の賛歌。 【著者情報】(「BOOK」データベースより)重松清(シゲマツキヨシ)1963年岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。出版社勤務を経て執筆活動に入る。1999年『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 6月28日~少しずつ、読んでました。心にしみた言葉がありました。主人公は、永遠の生を生きるーすなわち死ねない男。ある町で、葬列を見送ったおかみさんが、彼にこう話します。「亡くなったひとは、帰っていくんだよ」「土に帰り、空に帰り、海に帰っていくんだ、生き物の命はみんな」・・・中略〔現世から立ち去っていくー目の前から消え去ってしまうーそう考えると、死はどこまでも悲しい。 だが、ひとは死ぬことでどこかへ帰っていくんだと考えてみれば、悲しみに、安らぎや歓びが入り交じってくる。〕死ぬことも老いることもできない彼は、どこへも帰っていけない。この部分を、息子を亡くした方のコメント欄に残してきました。私の周りで、“帰っていく”人といったら、実家の父かなぁ、と漠然と思っていました。息子は、定期検診を受けながらも、完全寛解のまま、小学校を卒業するだろう、と。まさか、こんなに早く再発するなんて。でも、何度再発しても、治療法があるかぎり、寛解になって、学校生活を送れるようになる、と信じています。今日の息子は、とても元気な声を、家中に響かせていました。「誰か、会いたい子はいる?」ときいたら、幼稚園で仲良しだった、ちゃんの名前を出したので、昼食時に、イオンのフードコートで会いました。その後、ゲームコーナーで遊んで、別れました。こんなに元気なのに、治療をすると具合が悪くなってしまう。嫌な病気ですね。夕方、担任の先生からお電話をいただきました。話しながら、つい涙がこぼれて・・・、息子が下にいるときで良かった。話の途中で夕立があり「洗濯物が干してあるんです」と切ってしまった。息子からかけさせようとしたら、なかなかその気にならない。1時間後ぐらいに、ようやく電話をかけて、先生に元気な声を聞かせることができました。終業式、出させてくれないかな。主治医の先生に相談してみよう。
2008.07.12
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〔退院〕ではなく〔外泊〕です。つまりは、入院が継続する、ということ。朝、寝過ごしてしまい、病院に着いたのが7時35分。は、味噌汁にご飯を入れて食べていました。5時ごろから起きて、ぬりえをして、テレビを見て、咳の吸入薬も済んだそうです。8:15 プレイルームへ 子供向け番組を小さい子と一緒に見ていました。8:48 検温 35.5度 「1時から、化膿止めの点滴を入れます。 昨日、明日から入浴可と言いましたが、 再度先生の診察を受けてから、入浴になるか、体拭きになるか決まります」 と、担当の看護師さん。10:00 おやつ クラッカーと、一口チョコアイス。10:28 ナースステーションのベッドで、診察。 入浴可。 細胞検査の結果はまだでていない。12:00 昼食 おかず食べない。13:00~14:00 抗生剤の点滴。 終了後、針も抜いて、本当に身軽になった。14:25 泌尿器科の先生より 「傷はきれいだし、点滴の針も抜いたので、泌尿器科のほうはこれで終わりです。」 その後、血液腫瘍科の先生が 「ちょっと、いいですか?」 と、病棟外の面談室へ。 「細胞検査の結果、睾丸再発です。 血液検査の結果では、異常が見当たらないので、可能性は低いですが、骨髄、中枢神経の検査をします。 月曜日、内科(がん)病棟へ入院になります。 化学療法の後、精巣に放射線照射をします。 大きいほうで、がん細胞が見つかったのですが、小さいほうにも、がん細胞があるという前提で、どちらにも照射します。 精子は作られなくなりますが、小さいほうの精巣への放射線を調整して、男性ホルモンが分泌される機能は残す予定です。 今日は、もうやることも無いので、家に帰っていただいて、月曜日に来てください。」入院期間を聞いたところ、 「再発なので、強い治療になります。ハイリスクの治療です。 10ヶ月ほど入院治療になります。」実家の父との旅行の件を聞いてみました。 「来週は検査だけですし、19~21日なら、治療前ですから、行っても大丈夫です」 「詳しくは、また骨髄検査後に、ご両親揃って聞いてください。」再発確定です。・・・・覚悟はしていたつもりですが、やっぱり告知は辛いです。明日か明後日、ディズニーリゾート行こうかな。当分行けないものね。ジブリの映画も見られないのかな。あ、旅行が21日から1泊なら、初日か日曜日に行ける。くよくよしても仕方が無い。の前では笑顔。大丈夫。きっと、寛解になって、どこへでもいけるようになる。でも、10月9日の学校の遠足は、行けないね。学校自体行けないのだから。養護学校への転校手続きもしなくちゃ。出前授業をが、受けるようになるなんて。お父さん(夫)は、会いたくても、会いにいけない辛さがあるだろうけれど、治療で苦しむ息子に、何もしてやれない自分も辛いです。治療法が確立された病気であるから、今後のスケジュールもある程度わかるし、まだ抹消血にがん細胞は無いのだから、早期発見と言えると思う。なんで、うちの子なんだろうなぁ。今日から“外泊”で、家に戻ってます。月曜日、ユウウツだな。
2008.07.11
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昨日、と約束したので、5時半に起きて、6時台に家を出ました。およそ30分で到着。は、よーく眠っていました。7:26 朝食がきたので、起こした。 食パン薄切り2枚とサラダ、バナナ、牛乳。 パンを少し食べた程度。7:35 主治医回診 「傷のほうは、だいぶいいね。あとは検査結果次第だな」8:20 咳の薬吸入9:12 ぬりえ開始10:30 おやつ ゼリーとお茶。 はゼリーが嫌いなので、こっそり私が食べちゃった。10:40頃 血液腫瘍科で、同じ時期入院していたKさんが来てくれた。 「あるくと、いたい」 というので、いわゆる“おひめさま抱っこ”で、入り口まで連れて行った。 (おんぶの方が余程楽なのだが、傷口を圧迫しそうだったので。) 久しぶりに会ったT君は、実に大きくなっていた。 とは2歳違いだが、体重は同じくらいだそうだ。 太っているようには見えないので、骨太なんだと思う。 相変わらず、目がとってもかわいい。 女装が似合いそう。(←普通の親はさせないだろうケド) 病室が1番奥なので、疲れた母に代わって、Kさんが抱いていってくれた。 彼女は筋トレしてるからね~、軽々と抱いていましたわ。 贅肉、脂肪で、ぶよぶよの私。 彼女を見習って、筋肉つけないとね。10:50 点滴をしている左手の包帯交換。 手の甲に刺した点滴針が抜けないよう、しっかりテープで止め、添え木までしてあるので、手を怪我した人みたいに見える。11:09 手術後初、トイレで排尿。 「あるくといたい~、いたい~」 というが、いつまでも歩かないと足が弱ってしまいそうで、 看護師さんに手伝ってもらって、むりやり歩かせてしまった。12:00 昼食 ご飯と味噌汁だけ! おかずは全く手をつけない。 学校でもそうなんだろうか?心配になった。14:00 ナースステーション内のベッドで、傷口の消毒。 患部を覆っていた、硬いラップみたいなものをはがすときに痛かったそうだが、 それをはがしたら、平気で歩けるようになった。 午前中、無理に歩かせて、かわいそうなことをした、と反省。 点滴もはずされ、身軽になった。(点滴針は刺さったまま)15:30 病院内レクリエーションの“お化け屋敷”を、みんなが見に行った。 は、水疱瘡の予防接種を受けていないので、 看護師長さんが許可せず、お留守番。 3年前のこの時期にも“お化け屋敷”があって、は怖がって行かなかったが、別の病棟の一人が直後に水疱瘡を発症。 感染力の強い病気であり、小児がん治療中の子供が感染したら重症化する、とパニックになったことがある。 本人は、前回と違って行きたがったが、仕方ない。 算数のドリルをやった。16:15 プレイルームへ 病室にいるより、生き生きしている。 より小さい子ばかりだったが、マイペースで遊んでいた。17:45 咳の薬 吸入。18:00 夕食 白いご飯だけ完食。 おかずは、頑として食べない。 「食べないなら、お母さんは帰るよ」と言っても、なかなか口に運ばない。 なんとか、スープ半分、コーン数粒を食べた。 メインの鶏肉は食べない。 牛丼や肉じゃがのお肉は食べるんだけど。食後、そのままプレイルームで、たまった宿題を片付けた。20:20 病室に戻り、テレビ番組を見た。 番組終了後、すぐに私がテレビを消したのだが、6号室最年長の子が、またつけた。 消灯時間は過ぎているのに。 そして、またまた隣のベッド上の照明がつき、まぶしくて困った。 カーテンで仕切っているが、上のほうは大きな網目なので、光をさえぎらない。 アーム付きの照明なら、そのベッドだけを照らすことができるのに。 県知事に手紙を送ろうかと思った(県立病院なので)が、今日すぐ対処できることでもないので、看護師さんに頼みに行った。 注意してくれて、隣のベッドの照明は消えたが、 こりずにまたテレビをつける脳外科コンビ。 じかに言って、私の不在時にが意地悪されたら困るので、また看護師さんの元へ。 テレビを消して、端に移動させてくれた。は「でんきがきえたら、おかあさんかえっちゃうんでしょ?」と泣きべそ。 「泣くと悲しくなっちゃうから、楽しいことを考えよう。 お母さんは、まだ帰らないからね。 が寝るまで、帰らないから」 添い寝は注意されてしまったので、中腰になってを抱きしめ、楽しそうな話をいろいろした。9:35 私の首に腕を回したまま、就寝。明日も、早く行ってやらねば。予定通り、12日退院なら、あと1日の辛抱だからね。検査結果については、今日も、何も言われなかった。明日は、わかるんだろうな。悪い結果なら、聞きたくない。せめて、実家の父との旅行が済んでからの入院になって欲しい。化学療法が始まったら、3ヶ月は入院だもの。途中外泊があったとしても、旅行なんてできない。父との旅行も、まだまだ機会がある、と信じたいけれど。
2008.07.10
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義父が、8時前に家を出て、病院へ行ってくれた。私が、所用を済ませて、病院に着いたのが午前11時。「おかあさんきたから、じいじかえっていいよ。」あら、うれしい言葉以前は「じいじがきたから、おかあさん、かいものにいっていいよ。 ねるときは、そばにいてね」と言われてました。義父に、様子を聞いたところ、着いたときには朝食は済み。水分補給と止血成分の点滴。歩いてトイレに行ってよいという許可がでているが、本人が「歩くと痛い」「起きると痛い」。おやつは全部食べた。とのこと。いつも、プレイルームにいるイメージのだが、今日はずっとベッドの上だった。手術した患部が、なかなかやっかいなところで、テーブルの上に載せたものを見るような角度に起き上がれない。ということは、昨日、一昨日、かなり暇つぶしになった塗り絵ができない。11:50 体を触ったら、熱っぽい感じがしたので、看護師さんに体温を測ってもらったら、37.1度の微熱。 手術をしたから、少し体温が上がっても仕方ない。 日勤の看護師さんは、丁寧な対応で、何度も熱を測ったり、点滴の様子を見に来てくれた。 12:00 昼食 おかずがダメで、(こっそり持ち込みの)ごま塩で、ご飯だけ完食。 ふりかけ持ってこよう。12:30 排尿 尿瓶で取っているときの体勢、持ち方が悪かったようで、上着を汚してしまった。 無頓着に、先っぽをちょんちょんと拭いたら、傷口に触れてしまい 「いたい~、いたい~!」12:47 化膿止めの点滴(ペントシリン)約1時間。 看護師さんが「座薬を入れましょうか?」と言ってくれたが、浣腸が痛かったこともあり、本人拒絶。 「がまんできる」13:55 咳の吸入の薬。14:00 寝てしまった・・・・。14:30 おやつ ジャガイモ2分の1個とお茶 何度も声をかけてたが起きない。 昨夜、抑制ベストとパンツをつけて、上向きの体制しかできず、眠りが浅かったようだ。15:00 「起きないと、夜寝られないよ」と声をかけたら 「いたい~、いたい~」と言いながらも、目は開かず、眠っている。17:05 主治医回診 よく寝ている。 「腫れは今日がピークで、だんだん落ち着いてきます。 週末退院予定ですが、検査結果によります。 血液腫瘍科の先生と相談して、今後の方針を決めます。」 (最初に手術の話があったとき「10日退院」ときいていたので、それを言ったら、明日の退院はない、と言われた。)18:00 夕食 やっと、起きてくれた。 今日のおかずも×。 おやつのジャガイモを取っておいたので、それと、ごま塩ご飯、キウイを食べた。18:58 吸入の薬19:15 看護師さんが、傷口の確認。 紙パンツがぬれていた。 寝ているときにしたらしい。2回ぐらい確認したんだけど、気がつかなくてごめんね。20:00 消灯 でもテレビはついている。 全然寝る気にならないので、ベッド上の電気をつけて、 宿題のプリント、 連絡帳に担任の先生へのメッセージ お父さんとの交換日記(ごくごくたま~に書いていたノート)を書いた。 これも、テーブルの上に置いたら書けないので、硬い本を台に、斜めに持ってやっと書いたもの。 ちなみに、先生宛てに書いた内容 「7がつ9にち すいようび ぼくはきのう しゅじゅつをして ぱんつをはいたときに おかあさんがへたで いたかった。でもごはんは がっこうがおいしいです。びょういんも おもちゃがいっぱいあって たのしいです。 ○○○○○○こ(なぜかフルネーム)せんせいへ。△△△△△△より」 自分の名前はカタカナ。 書けるってことをアピールしたかったのかな? 半分は、〔↓こういうことを書いたら?〕と誘導したのですが、 昨日手術をして痛いとか、 食事は病院より学校の給食がおいしいとか、 早く学校へ行きたいとか。 昨日、今日、丸二日ベッドの上から下りていないのに、 「びょういんも たのしい」と書ける息子には、完全に負けてます。 子供って、強いですね。20:40 ベッドに上がって添い寝(おっぱいさわり)したけれど、昼寝4時間の子が寝るはずもなく。21:00頃 点滴の確認に来た看護師さんに 「お母さん、ベッドに上がらないでください」と言われちゃった。寝るまで待ってたら、何時になるやら。以前は0時まで、病院にいたこともありますが、息子に言い聞かせました。「ね、明日、早く来るから、お母さんは帰るよ。」涙目。「あした、はやくきてくれる?」「明日早く来るためには、今日はもう帰らないと、お母さんも、朝起きられない。」「でも、ももちゃんもいないし~」「ごめんね、用意したのに置いてきちゃった」「あさごはんのまえに きて」看護師さんに食べさせてもらうと、嫌いなものも食べなくちゃならないのかな?指きりして、約束しました。「泣いていると、悲しい夢を見ちゃうよ。楽しいことを考えよう。 お父さんが、箱根に行こうって言ってたよ。ロープウエーや登山鉄道、湖で遊覧船も乗れるよ。 (実家の父)じいじが、みんなで旅行に行きたいんだって。 ○ちゃんや、△ちゃんや、◇ちゃん、□ちゃん(甥や姪)、みんな連れて行きたいって。 みんなで、遊べて、きっと楽しいよ。」(実家の父は、余命を知り、まだ動ける今のうちに、最後の旅行をみんなで、と考えているようです。)「あした、ももちゃん つれてきてね。ちゅうたろうも、わすれないでね」(ちゅうたろう=ねずみのパペット)頭まですっぽりタオルケットをかぶり、泣くのを懸命にこらえてる息子。「じゃあ、明日早く来るからね」12日退院なら、あと二日。毎日が試練の細胞検査でがん細胞が見つからないことを、ひたすら願ってます。
2008.07.09
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午前7時40分、病院着。(病院からの指定は8時)ベッドの上で塗り絵(ドラゴンボールZ)をしていた。水分補給のための点滴が、7時から。手術前、最後の飲物がポカリ250cc。朝食抜き、昼食抜き。息子の手術は3番目。10:25 眠くなる苦い薬を、嫌がらずに飲んだ。10:35 手術着に着替え。11:02 ストレッチャーに移され、手術室へ。 笑顔で「行ってきます」12:35 主治医(執刀医)の話。 「手術時間は38分、抜糸の必要のない方法で、検査に必要な細胞を取りました。 2~3日は腫れて痛がるだろうけれど、痛み止めなどで対応します。 今後の治療については、組織の検査結果次第。 血液腫瘍科の先生から、話があると思います」13:15 回復室(手術の後に入る部屋)から、病室へ。 「処置があるので、ご家族は25分に部屋に来てください」 点滴が、水分補給に加え、抗生剤。 麻酔がきいていて、よく眠っていた。17:10 主治医回診。 検査の結果はいつ出るのか尋ねたら、2~3日かかるとのこと。 (この時間には、最初に手術した子は、水分も取り、ベッドの上に座っていた。)17:50 目を覚まし、体を起こそうとする。 上半身・下半身とも、ベッドに抑制されている。 安静が保てないと、傷の治りに影響が出るため。 「目がさめた?起きないでね。」 「なんで?」 「頭が痛くなっちゃうから、寝てて。」 「しゅじゅつ、おわったの?」 「終わったよ」 と会話。18:15 排尿(尿瓶) 「いたい」18:30 「まだ、あと1時間起きちゃダメなんだよ。」 涙ぽろぽろ「上だけ見てるのいやだ」 夫が買ってきた本を見せた。 「風の谷のナウシカ」のビデオを見せた。 「のどがかわいた」「起きたい」「おなかすいた」 と泣くので、看護師さんと交渉し、ガーゼに水を含ませ、唇を湿らす程度のことをした。19:20 ようやく水を飲ませても良いと、看護師さんが、コップに少量(50cc)の水を、持ってきてくれた。20:00 待ちに待った夕食。 おかずが気に入らず、ご飯とメロンだけ。 お茶碗3分の1ぐらい食べたところで 「お腹がいたい~。」 空っぽの胃に食べ物が入ってきて、胃や腸が動き出したせいと思われる。20:30頃「うんちがしたい」 起き上がることが許可されないので、便器と尿瓶を用意。 排尿のみだった。 隣のベッドの子も、今日手術。 何をされているかはわからないが 「痛い~!!」と泣き叫んでいた。 その興奮が伝染したように、息子も泣き叫ぶ。 「起きあがりたい! 寝てるのいや~」 泣いて泣いて、せっかく食べたものを戻してしまった。 上着、持込のバスタオル、シーツ、ベッドパッドまで、しみてしまった。 全部交換して、また抑制されて・・・。 「ぼくのせいでよごしちゃった(泣)」 「のせいじゃないよ」 「でも、ぼくが、びょうきだから」 こんな、小さな子が、看護師さんに迷惑をかけたと、自分を責めている。 あまりにも切なくて、 「きみのせいじゃないよ。大丈夫だよ。」 そう声をかけながら、私が泣いてしまいそうだった。 誰が、きみを病気にしたの? 今年3月、ようやく維持療法が終わって、普通の小学生になったはずなのに、 どうして、また苦しまなくちゃいけないの? シーツ類を交換した後は、すっかり落ち着いて、 残っていたご飯を5口くらいよく噛んで食べた。 これを吐いてしまったら、明日も朝食抜きになってしまう。21:40頃、私の胸を触りながら眠ったので、病室を後にした。明日は「いたい」と言って泣くだろうか。明後日には、検査結果が出るだろうか。10日に退院できるだろうか。私には、待つことだけしかできない。辛い気持ちを抱いたまま、自宅へ向かいました。代わってあげられるなら、代わってあげたいよ。ごめんね、何もできなくて。
2008.07.08
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朝、お隣のMちゃんに連絡帳を預け、通学班の集合所で「10日まで、検査入院するので、よろしくお願いします」と言ってきました。8時20分ごろ家を出て、9時少し前に病院着。泌尿器科を受診。3日の採血結果で、炎症反応が見られるとのこと。軽い咳が続いているので、そのせいだと思うのですが、全身麻酔で手術をする際に、万一のことがあってはならないので、今日も採血あり。今日の看護師さんも、大はずれでした。へたくそ~!でも今日は、〔採血の上手な看護師さんの名前を書いたノート〕を持ってます。SさんとKさんが、処置室にいました!少し待ちましたが、Kさんに採血していただくことができました。やっぱり上手。1回で、スムーズにできましたから。誰にだって、新米時代があります。子供の血管なんて細くて、探しにくいかも知れないけれど、せっかく、採血は「痛くない」といえるまでになったのに、3回(7/1,7/3,7/7)続けて2回ずつ針をさされ、「いたいよ~、早くとってよ~」と泣いた息子が、かわいそうです。採血の結果、炎症反応を示す数値は、下がっている。予定通り手術することになりました。承諾書に記名押印。初めての外科病棟。レイアウトは、以前入院していた内科病棟を、裏返しにしたような感じ。入り口近くが乳幼児。息子は1番奥の6号室に入りました。ほとんどプレイルームにいて、部屋にいないことも一緒。麻酔科の診察も受け、ここでも承諾書に記名押印。3時のおやつは、七夕特別ケーキでした。点滴用の針を左手に刺して、固定された様子は、嫌でも、最初の入院当時を思い出させます。夕食は、七夕そうめん。(前に入院したときも見たような気がします。)皿に盛られたそうめんの上に、錦糸卵、星型に抜かれたスライスチーズはオレンジがかった色、かにかまぼこの赤、いんげんの緑、と彩り豊か。卵といんげんは残しました。夜は、添い寝して、息子が寝てからじゃないと帰れないな、と覚悟していたのに、8時15分に消灯。「お父さんとお母さん、帰ってもいい?」と言ったら、意外にも、あっさり「いいよ」一応持ってきた、犬型抱き枕のももちゃんも、車に残してきました。3年前は、いつも一緒のベッドにいたのにね。ベッドも、未就学児用の、檻のような柵付きではなく、ふつうのベッドです。成長したんだなぁ。「明日は、早く来るからね。おやすみ。」明日の手術が、検査用の組織を取るだけで済みますように。そして、その結果が、恐れている病名ではありませんように。願い事は、いつも同じです。いつまでも息子が健康で、ずっと一緒に暮らしていけますように。
2008.07.07
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最短で3泊4日の入院ですが、その準備として、パジャマと、紙パンツを買ってきました。が「欲しい」と言ったドラゴンボールZの塗り絵、仮面ライダー電王の折り紙。ちょっと奮発して、クーピーペンシル30色学校で使っているのは12色。色を選ぶ楽しさがあるでしょう。こういうもので、入院生活の退屈さを、まぎらわすことができたら、安い物です。今回は外科病棟なので、どんな雰囲気なのか、全くわかりません。個室で私が泊まれるといいな、と思っていますが、大部屋の方が退屈しないかなぁ、と思ってみたり、手術して、患部の痛みは我慢できるものなのか?夫もその辺を切っているので、「抜糸が痛かった」と聞いていますが。子供が痛い思いをする、と考えただけで、胸が痛みます。その後、実家に行って、遊びに来ていた中学1年の従兄弟に遊んでもらって、楽しそうでした。(父が「会いたいなぁ」と言ってるのを、母が元義妹に連絡して、連れてきてもらったそうです。 彼女自身、父親を癌で亡くしているので、もう離婚して何年もたつのに、元舅のために、子供をつれてきてくれる。 とてもありがたく思っています。) 私はひどく頭痛がして、母に鎮痛剤をもらって横になっていたら、2時間も眠ってしまい、帰宅が10時過ぎてしまいました。息子は、実家で夕食をすませ、お風呂にも入ったので、車内で眠ってしまいましたが、おんぶで2.5階の部屋に運びました。
2008.07.05
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水・木と会社を休んだ夫。7日の麻酔科の説明と、8日の手術の際は、夫婦そろって話を聞くよう言われています。会社に休みを申請するとき、「息子が、手術を受けることになって・・・」泣いてしまったそうです。もともと、夫は涙もろくて、映画やテレビドラマでも泣く人ですが、会社で泣く、なんてことは、3年前の入院時以来だと思います。夫も、胸を痛めているんだなぁ、と感じました。それでも、息子の前では道化師となって、なるべく笑わせるようにしています。
2008.07.04
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息子は元気に学校へ行きました。私は、実家の父の手記を入力していました。来週は、どういうことになるかわからないので、今日のうちに、心療内科へ行くことにしました。「息子が、再発しました。精巣浸潤だそうです。まだ現実感が無いのですが」「そうですか。今まで、再発の確率は低い、大丈夫という話をしてきましたが、その点はお詫びします。 再発の場合、白血病細胞が残りやすいのは、脳と生殖器です。 他の臓器などと比べたら、精巣を取ってしまえば大丈夫、ということも多いですから、 葉月さんにできることをしてください。」「これで、姑がどうとかいう話は吹っ飛んだでしょう?」「それどころではありませんから」同じ薬を2週間分、いただいてきました。
2008.07.04
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夫は、昨日“食あたり”で、会社を休みました。今日も、まだ肉体労働をするほどには回復しないので、会社は休んで、息子の病院に付き合いました。9時20分までに来て下さい、というので、早めの行動を心がけましたが、病院に着いたのは、ちょうどぐらいの時間でした。待合室で「ちっくん(採血)あるのかな?」と、不安そう。一昨日の看護師さんは、下手な部類。針を刺してから静脈を探っていたので、「痛い!」と言ってました。せっかく、泣かない採血ができるようになったのに。9:50 血液腫瘍科で、名前を呼ばれました。 「泌尿器科で超音波検査をすることになると思います」 事務員さんに案内され、泌尿器科待合室へ。10:15 泌尿器科で診察。 はじめまして、の先生です。 小学校1年生のお子さんがいらっしゃるそうです。触診をして「7日入院、8日手術をします。組織を取って、検査に回します。」とおっしゃる。「大きいほうに、問題があるのですか?」と私。「そうです、腫れている状態です。」「退院予定は10日ですが、出血の状態などによっては、12日まで延びるかもしれません。 前の病気の再発なら、血液腫瘍科で治療します。 違う病気なら、泌尿器科で治療します。 手術時間は45分ほどです。 切って見ないとわかりませんが、両側の細胞を取るかもしれないし、 精巣摘出になる場合もあります。 今日はこれから、手術前検査をしていってください。」“精巣摘出”なんて、簡単に言わないで欲しい・・・。さて、検査の1番目は採血。ちょっとおびえています。 しかも!今日の看護師さん大はずれ。何度も針の向きをかえ、ぐりぐりして一滴も取れません。息子「痛いよ~早くして~」と泣いています。「取れそうも無いので、抜いてください」先に採尿をしてくることにしました。そして採血室に戻る途中で「おかあさん、痛くしない人の名前わかる?その人にやってもらう」名前を書いたノートを、持っていませんでしたが、細田さんとか、阿部さん、そのような名前だったと思い、採血室で、そう聞いてみましたが、いないとのこと。主治医の先生が様子を見に来ていたので、先生に採血をお願いしました。50か60ぐらいは取れたのですが、そこで急に血が出なくなりました。先生が「何ミリ取るの?」「85ml」です。「△◇は、一昨日のでいいんじゃない?」ということで、痛い採血終わり。「もう痛いのは、ないよね?」まだありました。耳に少しキズをつけ、出血が止まるまでの時間をみるという検査。こちらの部屋では、アンパンマンのビデオに気を取られて、一瞬「いたっ」で終わり。次に心電図 上半身裸になり、両足首にクリップ、左胸に端子3箇所(その後右に2箇所端子をつけて)記録。心臓エコー 角度を変え、サイズを測ったり、血流を見ていたようです。 時間がかかりました。12:09 睾丸・腹部エコー検査12:25 レントゲン検査はこれで終わり。12:35 入院申込書記入。提出するときに、事務員さんが手にしていた用紙、病名が見えました。「白血病精巣浸潤」再発、ってことですよね・・・(涙)息子は、抗がん剤が効く体質。大丈夫。大丈夫。精巣組織検査で、白血病じゃない病気が見つかるかもしれない。いろいろ考えることはあるけれど、本人の生命力を信じるしかない。私にできることは、何だろう?息子のストレスを軽減させること。息子が、病院での生活に楽しさを見つける手助けをすること、かな。辛いけど、まだ、全部<黒>になったわけじゃない。8日の手術後に、告知があるのでしょう。小児慢性疾患の受給継続申請で、「重症認定は通らなかった」と通知がきていた。自己負担額は所得で決まるので、「所得証明書を送るように」と書かれていた。再発なら、重症対象になるので、区役所の保健センターに行って、用紙をもらってきた。この用紙が無駄になった方がいい。だけど、病名が“・・・の疑い”とは書いてなかった。ほぼ、再発に間違いない。10人に2~3人のくじをひいてしまったんだね。きみは、優しい子だから、「他の子が辛い思いをするくらいなら自分が」と引き受けたのかもしれないね。なってしまったものは、仕方ない。一時的に、養護学校に転校するんだろうな。骨髄移植の対象になるのだろうか。一人っ子だから、兄弟はいない。私たち両親も、最初の入院時に調べたが、一致したとは聞いてない。取り越し苦労してたって、しょうがない。化学療法のみで、寛解にもっていけると思う。薬の効く子だから。大丈夫、大丈夫、大丈夫。きっと治って、また小学校に通える。あきらめない泣かない手を抜かない笑顔を忘れないそして 信じるさだまさしさんの、この言葉を唱えて、乗り越えよう。
2008.07.03
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あなたに逢えてよかった著者: 新堂冬樹 出版社: 角川書店 サイズ: 単行本 ページ数: 414p 発行年月: 2006年10月 本体価格 1,600円 (税込 1,680 円) ダ・ヴィンチ 2006年12月号掲載 紅茶専門店で働く夏陽を、常連客の純也がデートに誘って始まった二人の恋。しかし、半年後に彼らを襲ったのは、進行形の記憶障害・MC(I軽度認知機能障害)だった……。恋人が自分のことを忘れてしまう不安と葛藤する純愛を描いた『野性時代』の連載を単行本化。(つ) 【内容情報】(「BOOK」データベースより)もし、かけがえのない人が自分の存在を忘れてしまったら?記憶障害という過酷な運命の中で、二人はひたむきに生きてゆく。心に深く刻まれた“あの思い出”に願いをこめて―新堂冬樹が“絶対の愛”を真正面から描いた「忘れ雪」「ある愛の詩」に続く純恋小説3部作、完結篇。 【著者情報】(「BOOK」データベースより)新堂冬樹(シンドウフユキ)コンサルタント業務を営む傍ら、執筆活動を開始。『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞。あまりにリアルな描写と作品世界からノワール小説の旗手として注目を浴びる。だがそのジャンルを極めるだけでなく、2003年初の恋愛小説『忘れ雪』を、その翌年には『ある愛の詩』を刊行、涙がとまらない“純恋小説”という新ジャンルを打ち立て、大ベストセラーとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 気に入った文章を紹介します。主人公の母が、亡くなった夫のことを語ったセリフ。「お父さんは、いつもあなたのことを気にかけていた。(中略) でも、それはあなたのことを不安に思っていたという意味じゃなくて、心配していたの。いい?心配と不安は似たもの同士に思われがちだけど、そうじゃないのよ。心配は心を配ること・・・・・・つまり、心遣い。不安は、安らぎを否定することよ。お父さんは、あなたのことを心配していたけれど、不安にはならなかった。なぜだかわかる?それは、のことを信頼していたからよ」夏陽(なつひ=ヒロインの名前)私も、心配症だけど、不安からは遠ざかろう。息子を信じているから。
2008.07.02
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小学校2回目の参観日。絽の着物を着ていきました。去年のブログに頻繁にでてきたこれです。 着姿はこんな感じ。 今日締めた帯や小物は違うのですが、似たり寄ったりってところでしょうか。暑かった~。帯がうまく結べなくて、家を出るのが遅くなってしまい、和服で早歩き。参観中、汗が足を伝っていく感じが不快でした。は、積極的に手を上げ、発表をしていました。廊下に貼られた硬筆が、とても上手にかけていて、びっくり。いつも“な”の斜め線が長すぎて不恰好だったのに、貼られているものは、整っていました。やればできるのね。おかあさんは、うれしかったよ。懇談会ではクラス役員の方から連絡事項の伝達。テレビで、校長先生のお話と、PTA会長さんのお話。その後、担任の先生から、お話がありました。だいたいお話が終わったところで、教室にゴキ○リが登場。先生が、箒で叩いて退治。我が家でも、そのうち出てくるのかな~嫌だな~。先生には、明日受診のため欠席すること、場合によっては、月曜日に入院することを伝えました。明日、「大丈夫でした。入院はしません」と連絡帳に書けますように。
2008.07.02
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7月3日(木)の予約でしたが、〔7月1日は、小学校の創立記念日でお休み〕とわかったので、予約を変更してもらい、息子の検診に行ってきました。血液検査の結果、WBC 8.6 HGB 14.4PLT 260白血球が多め、だけれど、好中球が半分以上なので、問題はなし。HGB、PLT問題なし。診察台に上がった息子の睾丸をみて、先生が首を傾げます。先月も指摘され、私も、夫も、入浴時にはよーく観察してきました。左右で大きさに差がある。鶉(うずら)のたまごのような形で、小さいものから大きいものに、段階的に紐でつながれた模型と見比べて、先生がおっしゃるには「先月は、2と3だったんですが、今回は3と4ですね。 泌尿器科の診察を受けた方が良いと思います。 今日は手術の日だから、確認が取れないのですが、月・水・木だったら、いつ来られますか?」私の返事を待たずに院内電話で、泌尿器科に連絡をとっている先生。「新患の予約は最短で10日。9時20分です。来られますか?」「はい」というやり取りがありました。廊下の壁面に、七夕の飾り付けの真っ最中。も、☆をいっぱい貼り付けました。短冊には、「みんながいつまでも へいわでいますように」と書いて枝に結び付けました。どこで覚えたのでしょうね、りっぱな願い事です。恒例の、実家に寄って、野菜をもらって、ガソリンを入れて帰ってきたのですが・・・。(ガソリン代高いですね~。176円だって。 市内では181円のところもありましたから、安いほうでしょうけど)留守番電話に2件の録音あり。主治医の先生から。「この伝言を聞いたら、病院に連絡ください」というもの。電話したら、受付の人が、「先生は、席をはずされていますが、 電話がかかってきたら、番号が合っているか、確認するように言われています。」番号は合っているし、伝言を聞いたから電話をしたわけですが。この時点で、緊急性を感じ、動悸がしてきました。折り返し、先生から電話がかかってきました。「8日火曜日に、泌尿器科の手術を予約しました。 生検をすることになると思います。」「手術ですか?」「3日に、血液腫瘍科に来ていただいて、そこから泌尿器科へ紹介します。 早めに来てください。 月曜日に麻酔科に入院して、火曜日手術です。 お父さんにも来ていただきたいのですが。」木曜日に泌尿器科の診察を受けて、手術が必要ない場合も考えられる、けれど、ここまでお膳立てされたということは・・・。「何日ぐらい、入院するのでしょうか?」「細胞検査をして、悪いものがあれば、血液腫瘍科で治療になります。」再発ってこと?考えたくない。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせつつも、人間って、〔防衛本能があるから、悪い方を先に考える〕らしいですね。体操教室の終了時間に、幼稚園に迎えに行きました。みんなと同じ、それ以上に元気。それなのに、どうして?体操の先生には、「来週は、お休みになるかもしれません。 今日は病院に行ってきたのですが、ちょっと問題があって、 明後日の診察結果次第で、入院することになるそうです。 そうならないよう、祈っててくださいね。」と言いました。息子がボールを蹴ったり投げたりする様子を見ていたら、自然と涙が出てきて困りました。「あ~暑い」と言いながら、めがねをはずして、目元をぬぐっていました。明後日、「みんなが安堵した」というブログになりますように!
2008.07.01
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