2020.05.14
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なぜランボーの詩集をその人にあげたんだろう?「地獄の季節」の詩を一つ二つ読んだことしかなく、たいして好きでもない、そんな詩集を彼女に渡して何を意図していたんだろう?その人は、僕の4畳半の下宿を突然訪れた部活の先輩だったが、どうやら僕に、人生のことなどまだ何も知らない僕に、話を聞いてほしかったようだ。日が暮れかけて部屋の中がうす暗くなったころに、どこかの大学生の子供を堕ろしたことがある、という過去を話してくれた。その時の僕には、誰かをそうさせた経験もなく、友人がそうなったこともなかった。ただ言葉を失った。だからだろう、彼女が自宅に帰る電車の駅までの道すがら、何かをしてあげたいという思いが募って、芸術的な本が並んでいる本屋に入り、その本を選び渡したのだ。それにしても、ランボーとはあまりに不適切な選択だった、とランボーを知っている人は思うかもしれないな。僕自身は、その時の状況にあっていたかどうか未だに判断できないのだが。その後その人は、実家に帰省していた僕を、友人と二人泊りがけで訪ねてくれた。ということは、彼女はきっとランボーの詩集を手渡した僕にあまり腹を立てていなかったのだろう。

ランボーの「地獄の季節」より

またそれが現われた!
それって何?永遠さ.海と太陽が混じりあっているこの光景.

ボクの永遠の魂よ、厳粛な誓いを守れよ
たった一人の夜で燃えるような昼だけど.

だからキミは自分を解き放つ
人間の承認からも、共同の慣性からも!
キミは飛んでいく・・・に乗って


目指すものもなかった.
科学をしても耐え忍んでも、
苦痛があるだけだ.

明日はもうない、
繻子の残り火、
あなたの情熱は務め.

またそれが現われた!
それって何?永遠さ.海と太陽が混じりあっているこの光景.

(仏語原文と英訳を参考にして、韻文的に訳することはせず、意味が少しでも通じるように訳した。もちろん、僕の理解する意味なので、まったく見当違いかもしれない。現に、小林秀雄訳とはかなり違う。たとえば、冒頭の句を小林は「また見つかった」と訳しているのだけど、原文はElle est retrouvéeと受け身になっている。僕の浅学では、これは主体的な「見つける」という行為ではなく、なにか自然に目に入ってくる感じじゃないのかな、と思い「現われた」と訳した。)





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最終更新日  2020.05.14 23:39:54
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