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先日から、BS11で橋田寿賀子さん脚本のホームドラマ「ほんとうに」を見るのが楽しみになっています。かれこれ、50年前のドラマです。主人公は、肝っ玉母さんの京塚昌子さん。そして、若々しい草刈正雄さんと可愛い大竹しのぶさん。そして、子供のころの憧れのマドンナ、長山藍子さん。嫁、姑。世代の格差。子どもと大人。いろんな立場の違いからいろんな行き違いがあるんだけれど、根っこには、それぞれの愛がある。どこの家にもあるような問題が次々と起こるんだけど、それぞれに不器用で問題がややこしくなってくる。時代がゆっくりとしていたからなのか、一人一人の気持ちがていねいに描かれていてそのひとつひとつが、なんだか、身に染みてわかる気がするんです。悲しくはないのに、自然と涙があふれてくるんです。なんだか、温かい気持ちになってくる。見ていたのは、子供のころだったけれど、大人になった今見るとまた、違った見え方があります。それにしても、草刈正雄さん、かっこいい!大竹しのぶちゃんもかわいい!長山藍子さん、素敵!子役の松田洋治くんって風の谷のナウシカのアスベルやもののけ姫のアシタカの声優をされましたよね。毎日ビデオに撮って夜にゆっくり見るのが楽しみです。
2023.09.21
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母を思うと、白い花のイメージです。我が家の庭で、白い花を探したら、ピーマンの小さな花が咲いていました。「朝から映画を見に行く!」と昨日から決めていたので起きてからは、庭の水やり、洗濯、身じたく・・・と長特急で済ませました。いつものポロシャツ姿じゃなくて、ブラウスを着ていくんだと、それも昨日から決めていました。(*^^*)何年も前から、素敵なブラウスを見つけては買っておいたのに結局、毎日、仕事のしやすいポロシャツばかり着てしまう。このままじゃ、着ないまま捨てることにもなりかねないのでお出かけの時には、おめかししよう♪見てきたのは、「こんにちは、母さん」大泉洋さんと、吉永小百合さんが親子です。「肩の力を抜いて、朗らかに」心に残った言葉です。吉永小百合さんの姿勢の良さと美しさにほれぼれしながら、生きるヒントももらったような気がしています。肩の力を抜いてほがらかに。
2023.09.09
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今日も朝から、雨。気分転換に、映画を見てきました。大名倒産。インディージョーンズと迷ったけれどなんだか、笑って軽い気持ちになりたくて。うふふ・・うふふ・・と笑いながら、でも、学ぶところもありました。ネタバレになるので多くは語れませんが、エンドロールの最後のほうの佐藤浩市さんの踊る姿がそれ見てるだけでなんだか元気もらえましたよ。( ´艸`)
2023.07.01
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「監察医 朝顔」のスペシャルドラマを見ました。伴侶をなくした人の気持ち、災害に最愛の人を失った人の思い、老いてゆく親を看る人の思い、そして、老いてゆく人の思い・・・・ドラマの中に、様々な思いが、読み取れて今回も、心に残るお話でした。中でも、同年代の時任三郎さんが演じる「万木平」の姿にはいろんなことを考えさせられました。(時任さんと私は誕生日が4日しか違わず、時任さんが4日お兄さんです(^^♪)老いは確実に進んでいて、今の日常が、いつ、当たり前のことではなくなってしまってもおかしくないということ。私の母も、母方の祖父も祖母もみな60代で亡くなっています。母は67で亡くなりましたが、たくさんの病気を抱えながらも、今の私の年には、友達を誘って車に乗せ、カラオケを楽しんでいたりしました。ある日を境に、時は考えなかった速さでその時に向かって、転がっていったのです。母が亡くなった年まで、あと2年余り。あんなに離れたくなかった学校からもようやく卒業する気になれました。今、できることをいっぱい楽しんでおこう。いつか、主人や母や祖父母たちにあったとき、うふふ・・の話をいっぱい聞かせてあげるためにも!!! 庭に植えた茗荷、りっぱな茗荷がとれました。周利槃特に思いを馳せて。
2022.09.28
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偶然なのですが、ネットでアドラー心理学の、とある文章を読みました。アドラーは人が取り組む課題には、「仕事、交友、愛」があるといっています。仕事に全力を注ぐと、仕事以外の課題に割くエネルギーと時間は少なくなります。そうなると、当然仕事以外のことには取り組めなくなります。でも、それは、「仕事に多くの時間とエネルギーが取られるのでほかの課題に取り組めない」のではなく、むしろ、「ほかの課題に取り組まないために、仕事にだけ全力を注いでいる」というのが本当のところだというのです。えっ!!驚きました。けれど、振り返ってみるとこれまでの私の人生は、特に主人が亡くなってからの人生は、仕事がその中心にありました。すべてそうだったとは言い切れませんが、確かに、思い当たるところもあるような気がします。仕事が忙しいことを理由に家族に向き合わなかった日々・・・。もちろん、仕事以外の友達との交友など時間がとれるわけもなく・・・。だから、これからの人生は<仕事の比重を減らしていく必要がある>・・というのです。裏を返せば、交友と、愛にもっとエネルギーと時間を使おうということです。また、こんなことも書いてありました。「過去を手放すこと」も、楽しく生きるためには必要だと。若いときに活躍したことをいつまでも忘れられない人はそのあとの人生を、“頂点”だったときと絶えず比較してしまう・・・というのです。「若いときのように活躍できなくても幸福に生きられる」ということを知らなければ苦しいだけで幸せには生きられない・・・と。後半は、すごく納得しました。非常勤講師としての今の仕事は今までのようには、直接こどもたちに関われないのでいろいろと、もどかしい気持ちもありましたが、これらのアドラーさんの言葉は、今の私に大事なことを教えてくれていると思いました。
2022.05.11
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我が家のひまわり、第一号が咲きました。さあ、いよいよ、君たちの季節が始まるよ!娘に送っていたLINEの返事が夜中の1時に来て、それで、目が覚めたのだけど、それ読んだらちょっと、胸がどきどきしてきて!?(怒り?不安?さみしさ?)それに、どんな返信をしようかと考えていると眠れなくなってしまいました。台所に行って冷たいお茶を飲んでたまたま、部屋の片づけをしたときに出てきた本を手に取って、読み始めました。「心が乱れるのは、今、目の前に起きたことを過去の嫌な記憶を通して見ているから。」「ごめんなさい。許してください。愛しています。ありがとう。」これをくりかえして心を空っぽにしよう。ハワイのホ・オポノポノです。とりあえず、お布団の中で何度も唱えて・・・気が付いたら眠っていました。朝、起きてすぐに思いました。「あのまま、勢いで、返信しなくてよかった・・・。」
2021.06.24
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おらおらでひとりいぐも 河出文庫 / 若竹千佐子 【文庫】少し前に、映画を観てきました。「おらおらでひとりいぐも」主演の田中裕子さんを始め、キャストのメンバーがみな大好きな人たちばかりだったので。それに、夫を亡くした一人暮らしのお年寄り・・ってところにも強くひかれたのかもしれません。観終わった感想は、星の数で言うと★★☆☆☆というところでしょうか。何かひとつパンチが効いていないというか。どっちを観ようかと迷った草なぎくんのにしておけばよかったかな?と少し後悔してしまったほど。だけど、不思議と時間がたってから、なんとなく気になるのです。知らず知らずのうちに映画の中のいろいろなシーンを思い出したりしているのです。気が付いたら、私の中でも一日中、しゃべりまくってる人(?)がいるんです。顔を洗っている時もお味噌汁の具を刻んでいる時も・・・・。やたらと、私の中でしゃべりまくっている人(?)がいる。きっと、いままでも、そうだったのかもしれませんが、あの映画を観てからそれにすごく気が付いて、・・・・笑ってしまいます。この声の主が、さみしさ?だったら、映画のさみしさ1,2,3のように底抜けに明るくて、いい加減で、楽しいのがいいな。わたしのは、気をつけておかないとどんどん深いしんどさの淵においこむようなそんな声がぐるぐる回ってしまうからです。今日も気になっていて、もう一回、映画を観てみようかそれとも、原作を読んでみようかなんて、思っています。
2020.11.24
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気になってて、少しづつ、読みました。若いのに、書きっぷりがよくて気持ちいいです。こうすれば、片づけられます!と断定(?)していることろが小気味いいです。それで、先週、私の服(トップス)について「かたをつける」作業をやってみましたがやはり、そんなにときめかないのに、もったいない・・・と、捨てきれず、また、しまいなおしている私がいました。体にしみついた性格なんでしょうか・・・。それでも、すっかりかたをつけて片付いた部屋にすると人生までもが変わってくる・・・というので少しずつ、少しずつ 片づけ作業を進めていきたいものです。
2012.02.14
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良寛さんの愛語般若心経をやさしい言葉でかきなおしてくれた新井満さんが良寛さんの言う愛語についてわかりやすく書いてくれています。どんな人のことも 非難したり軽蔑したりしてはいけません。どんな人のことも ただ祈ってあげましょう。・・と、いわれる良寛さんの人に対するやさしい言葉の数々です。そばにおいて、なんどもなんども読みたいと思います。なにが正しいとか、間違っているとかそんなことは、とるに足らない、どうでもいいこと。そんなことにこだわるのではなく、目の前の人に、やさしい言葉かけをしたり、助けてあげたり、ただ祈ってあげられるそんな人になりなさい。そんな良寛さんにとって、無邪気なこどもたちはほとけさまだったのかもしれません。それは、なんとなく、わたしも、わかるような気がする・・・。何の計算も打算もなく、楽しいことにはとびはね、笑顔し、悲しいことには、顔をぐちゃぐちゃにして涙するそんなこどもたちは ほとけさまに近いのかもしれません。こどもたちと日がな一日手毬をつく良寛さんのもう一つの顔。僧侶としての生き方をひたすら追求する真摯な姿。寺を持たず、檀家を持たず、擦り切れた服と、粗末な庵、だれもが、良寛さんを慕うわけが わかるような気がします。あの瀬戸内寂聴さんも手毬という本で良寛さんのことをかいています。あの、貞心尼と良寛さんの関係をどう描いているかが心配でしたが貞心尼の心に優しさを引き出した貞心尼にとっての仏さまのようなあこがれの存在・・として、描かれていて、安心しました。良寛さんに 男女の色恋は似合わないと思うからです。性別も、大人子供も、いや人であるかいないかすらも超越して受け入れるそんな心の柔らかさ、やさしさを描いて欲しかったからです。良寛さんの本、まだまだ、読んでみたいです。
2009.08.20
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最近のマイブームは「良寛さん」。こどものころから、良寛さんと一休さんはなじみのあるお坊様でした。私の住むところから少し行くと良寛さんが若いころ修行を積んだ円通寺というお寺があります。歴史好きな父を、主人に何度かドライブがてらそこにつれていってもらったことがありますが、その時は、私自身、そんなに良寛さんに思いがなかったのでお庭を散策した思い出しかありません。学級で、何かの拍子に良寛さんのあの有名な「竹の子」の話をしたところ、子どもたちは全く反応がなく、「良寛さん」自体を知っている子が一人もいなかったのです。それで、子どもたちに、もっと話してあげたいな・・・という気持ちから、最近、また良寛さん関連の本を読んでいます。その中の「愛語」について。「愛語」そのものは曹洞宗の道元の言葉ですが、それを良寛さんはこう説明しておられます。(谷川 敏朗 (著) 「良寛の愛語・戒語」より)1.やさしく思いやることばとは、まず人々に対しいつくしみや情け深い気持ちを持ち、目をかけ思いやりのことばを用いることです。2.決して、荒々しいことばを用いてはいけません。3.世間では、「お変わりありませんか」と、ことばをかけるしきたりがあります。4.仏門では、「お大事に」と、ことばをかけるあいさつがあります。5.老いた人には、「いかがですか」と、声をかけることです。6.人々には、生まれたばかりの子どものように、いつくしみの気持ちを持ちながら、やさしいことばを用いることです。7.よいことは賞めてやりなさい。8.よいことがなければ、いたわってやりなさい。9.やさしく思いやることばを大切にする心から、次つぎと思いやることばが大きく広がって行きます。10.そこで、日ごろ気づかず見えなかった思いやりのことばも、目に見え気づくようになります。11.だから、今生きているかぎり、すすんでやさしく思いやることばを用いなさい。12.やさしく思いやることばは、のちのちの世まで、変わることがないでしょう。13.やさしく思いやることばは、あだやかたきの心を取り静め、はり合う権力者をも仲よくさせるものです。14.直接やさしく思いやることばを聞くのは、笑顔をつくらせ気持ちを楽しくさせます。15.またそれとなく、やさしく思いやることばを聞くのは、そのことばが心の奥底にまでしみ通って、忘れがたいものです。16.やさしく思いやることばは、いつくしみ思いやる心から生まれてきます。17.いつくしみ思いやる心は、いたわる心をもととします。18.やさしく思いやることばに、世の中を変える大きな力があることを知るべきです。19.やさしく思いやることばは、目に見えるものだけに用いるものではありません。目に見えないあらゆるものにまで、用いなければならないものなのです。改めて読むと心に沁み入ります。もらうことより、あげること。肝に銘じておきたいです。(といいつつ、すぐ忘れてしまうのです(+_+))良寛さんは「人の中には 美しい玉がある」といわれます。その玉は 人を必ず幸せに導いていくものだといわれます。愛語はその玉をみがく言葉だそうです。磨かなければ、いくら玉を持っていてもそれは曇って、幸せの方へは光を放たずに終わっていくそうです。わたしも、私の中の小さな玉を信じてみたいです。
2009.07.26
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50歳からの満足生活50歳からの楽しい楽しい「ひとり時間」三津田富左子 作者は94歳のおばあちゃんです。ご主人を亡くされてから、実にいきいきとひとり生活をエンジョイされています。そこには、覚悟と強さと割り切れる潔さがあります。まずは、つらい淵にじっとしているのじゃなく、体をうごかしてみよう!!きっと、そこから、元気はわいてくるのかな?と 読むうちに、だんだんポジティブな気持ちになってきます。
2009.07.19
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象の背中気になっていた本ですが、なかなか読めなかった。本屋さんで見つけてもなかなか手に取って中を開く事が出来なかったのですがやっと、ようやく読むことができました。・・・・君と会えてしあわせだった朝の空見あげ 微笑んで僕はきっと日差しになって見守っているよ 君のこと・・・・象の背中(続)寝がけにお布団の中で読んでいて涙が止まらなくなりました。隣で寝ている娘がお嫁に行くにはまだまだ10年以上はかかるのでしょうが主人の気持ちがとても切なくて・・・・・。遠くに出張に行く時、長距離を車で走りながらふといつか娘がお嫁に行くこと思ったら自然に涙がでてくるんだ・・っていってたっけ。具合が悪くなってからは娘がお見舞いに来るのがつらくて耐えられない・・っていってた。その気持ち、今になって分かるなんて。だけど、この絵本のように娘のそばに私のそばにきっとあなたはいてくれているんですよね。いつもいつも・・・。
2009.02.11
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約束いくつかの短編で構成されています。その中に、愛する人が死んだあと、残された人がまた、歩きはじめる話も多く含まれていました。どの話も、最後はほっとする結末なので読んでいてうれしかったです。亡くなった人が、姿は見えなくなってもちゃんと存在し、やはりまだ愛し続けてくれているということ。亡くなった人は残された私達が幸せになるのをとても望んでいるということ。改めてそれをかみしめながら読みました。雪のひとひらある日、この世界に生を受けた雪の「ひとひら」見るものすべてが、驚きで楽しくて・・。そして、いつしか愛する人に出会う。けれど、やがて、愛する人とは死別し、それでも、自分の生を全うする。ありきたりな私たちの人生だけれどその自然な道筋を素直に受け入れて生きることが実はとてもすごいことなんじゃないかと思えてきました。ちっぽけなちりのようにも見える私たちの人生。自分ではどうしようもできない私たちの人生。それを全うすることはとてつもなく凄いことなんだと・・。みんな本当にすごいんだ・・・と。
2009.01.25
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マザー・テレサ日々のことば2009年の読書1冊目は「マザー・テレサ 日々のことば」です。死は、自分の家に帰ることですが、人は、何が起こるかを恐れて死にたくないのです。そこには良心の問題もあります。”もっと良くやるべきだったのに”と。私たちは 生きたように死ぬものです。死とは人生の続きであり、また、人生を完成させるだけでなく、体をお返しするにすぎないのです。しかし、心と魂はずっと永遠に生き続けます。死なないのです。 「マザー・テレサ 日々のことば」 より
2009.01.04
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2008年に読んだ本の記録です。遊雲さん父さん井上 ひさしさんの本井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室めっちゃええやん!憲法9条わが人生の時刻表五木 寛之さんの本林住期渡辺 和子さんの本「ひと」として大切なこと目に見えないけれど大切なもの
2009.01.03
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2008年に読んだ本の記録です。 玄侑宗久さんの本を読みました。 釈迦と女とこの世の苦釈迦に説法死んだらどうなるの?多生の縁仏弟子の世間話実践!「元気禅」のすすめ脳のちから禅のこころ龍の棲む家
2009.01.03
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2008年に読んだ本の記録です。アルボムッレ・スマナサーラの本を読みました。 ブッダあべこべ感覚充実感こそ最高の財産ありのままの自分自分を変える気づきの瞑想法一生役立つブッダの育児マニュアル怒らないこと苦しみをなくすことブッダの幸福論怒りの無条件降伏逆境をはね返すブッダの智恵
2009.01.02
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■アミターバ■玄侑宗久玄侑宗久さんに惹かれるのは 彼がとても科学的で論理的に説明してくれるからです。どうしても、「人が死ぬ」ということについて考えるとき、多大な感情が働いてしまうのでこうあってほしい・・・と思いながら考えてしまいます。だけど、そう思う気持ちのどこかで死ぬと跡形もなくすべてなくなってしまうんじゃないか・・という不安もぬぐいきれません。だから、死を考え始めるとなんだかどんよりと重い気持ちになってしまう。けれど、玄侑宗久さんは、感情ぬきに、語ってくれます。さまざまな化学の面から語ってくれます。だから、とても説得力があるのです。へたに、同情なんていう気持ちはないから信じられるのです。そして、なにより、彼が語っている死後の生き方は亡くなった私の主人がよくいっていた世界とぴったり重なります。中でも このアミターバは わかりやすかったです。形は無くなっても 光のちいさなつぶつぶとして亡くなった人たちは存在があり続ける。その存在は 生死、時間に関係なく、愛する人たちとつながり、この世にあるさまざまなものに生きる力を与えてくれている。いま、私がこうして元気に生きていられるのも主人が時折、うつむきそうな私のそばにきてパワーをくれているんだと 強く確信しました。そそいて、なにより、亡くなった主人は決して不幸ではなく、まだまだ存在は続いている。いつかわたしも、おなじように形の無い光の存在になったとき、今度ははっきり私にも主人が見え、感じることができるのですね。■まわりみち極楽論■玄侑宗久この本もなんだか、わたしには 救いの本でした。■中陰の花■玄侑宗久ちょっとわかりにくかったけれど、でも、どの本にも同じことがつらぬかれています。
2007.11.18
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TVでみのもんたさんが、「仕事を選んだことはない。 仕事が自分を選んでくれているのだから どんなことでも断らずにやってきた。」と言っていました。最近 新井満さん訳の「般若心経」をよみましたがみのもんたさんの生き方は 仏様の教えに通じるものがあるなあ・・と思いました。そして主人の生き方もです。こだわりをすて来るものは拒まず、去る者は追わず、与えられたことに 日々賢明に生きる。心して 過ごしたいです。
2007.04.17
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苦難の乗り越え方 江原啓之 内容(「MARC」データベースより)○悲しみや苦しみはどこからやってくるのか。 それは人生にどのような意味があるのか-。 苦難という言葉は、霊的視点からすれば、本当は「苦難は苦難にあらず。 自らが求めた感動である」ことを説く。 ○江原さんはテレビで見る限り、とても優しい方に見えます。話を聞いているとそれだけでほっとする感じです。 でも、ちゃんとつたえなければいけないことは、きっちりとはっきりと書いていると思いました。運が悪いとか、運がいいとかいう考えはまちがっている。道は自分で切り開いていく・・やはり、それが基本だと思いました。○人が亡くなることについては、悲しむべきことではない・・と書いてありました。死は永遠の別れではないと。 ○「そう思っていても、悲しくて泣き濡れてしまうのは、厳しいようですが、あなたの方が依存心を持っているのです。泣いているのは誰のためかをよく考えて。本当に亡くなった人のことを愛しているならそう長くは泣いていられません。自分の人生をしっかりと歩むことこそが、今は亡き人を安心させることであり、浄化を応援することになるのです。」○書かれていることがわかるような、わからないような・・・・。一度読んだだけではまだよく理解できないところもありますが、亡くなった人は決して不幸ではない。絶対にそうなんだ。と、また強く心に言い聞かせました。
2007.01.20
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般若心経絵本 諸橋精光 あのころ、主人が行く世界のことが知りたいと思っていろんな本を読みました。主人は「まったく怖くない、きっと大きな宇宙の中に帰っていくだけだよ。それはこの世界と別にあるわけじゃない。きっと、つながっているんだ。」と言っていました。 同じようなことが五木寛之さんの本に書いてありました。お釈迦様の教えの中にあるそうです。 私もそれを信じようと思いました。主人は無くなってしまうわけじゃない。もっと永遠の大きな存在になるんだって。 けれど、主人が亡くなってからは ずっと耳をふさいでいました。目をつぶっていました。何も信じる気力も無かった。 ふと立ち寄った本屋さんでこの本を見つけました。優しい絵だったので娘にも読めるかな?と思って買ってみました。 一度読んだだけではまだよく理解できないところもありますが、気持ちが穏やかになるような気がしました。 主人も私も同じハンニャハラミツの世界に生きているんだな。
2007.01.06
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