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多少涼しくなってきたとはいえ、まだ暑いので、アイスクリームを買って食べると、だらしなく、こぼしてしまい、ワイシャツにくっついた。だらしない。と思う。チョコアイスは、もう取れないんではないだろうか・・・。今日、垂らしてしまったのは、ポロラルフローレンのワイシャツである。これは、準本物である。準本物とは、何か、あまり、大きな声では言えないが、単純にいえば、本物工場からの横流し品である。多分である。食べることに関しても、親には、箸を綺麗に持ちなさいとか、犬食いするな、茶碗、味噌汁持ちなさいと言われた。お箸の持ち方は、自分でも、まずまずなものだと思っているし、箸の持ち方がいまいちだと北側恵子みたいに評価さがるよな。でも、私は猫舌にプラスして猫肌のため、ご飯やミソ汁を飲むのは困難で、冷めてからなら持てるよ。 英語で熱いも辛いもHOTだけど、区別がつかないのか、それとも気にしないのか、というのはあるが、まあ、それは状況判断だろう。キムチ食べながら熱いという意味で使わないし、でも熱々のカレーなら、難しいと言うか、どっちもか。まあスチームリイホット、スパイシーホットといえばいいんだろうけど。それにしては、ちうごくは、雑巾も布巾も同じか。同じ布でテーブル拭いて床拭いて、その布をテーブルの上に置いたままメシ食ったりして。 お、デング熱流行っているね。懐かしいね。ボルネオ島から帰国した翌々日、入社式、いきなり熱が出て入社2日目にて40度を越える熱、休んだはいいが、1週間休んだ。結局、研修は受けなかったわけで、というか、会社行ったら、オマエいきなり辞めたんちゃううんかと皆さんに言われて、ちょと困った。しかし人間40度越えると、割と凄いね。歩くのが困難で、トイレ行くのは、まるで飛んでいるようであった。ぶっとび。まったく何も食べずに3日(水は飲む)ぐらいなってやっと、歩いて点滴受けに行くと、スーっと力が漲っていくのが面白かった。42度続くと人間死ぬらしいからね、割と、40度越えてて怖かったなあ。超静かになるんだよな。しかし、まだ日本では、蚊は越冬しないよね、するのか?まあ、それは、そうとして、月で雑誌や音楽変わるとおもいきや、ANA朝と帰りが違った。行きが8月で、帰りがまだ8月末なのに9月になっていた。まあ、いいけど。そうえば、GWや正月は、同じ航空会社での行き帰りで月が替わって上映映画も変わると、ちょと得した気分かな。今日は行きにサンタナのブラックマジックウーマンとか聞いて、帰りにオフコースのアイラブユーとか聞いて、ANAのオールナトニッポンはナツメロずっとやっているんだよね。おメエ、オフコースなんか、好きだったのか!イエス10代前半はオフコースでしょ。アバとか。いや、勿論、ヘビメタもですよ。あ、ハードロックもですよ。いやはや、帰りは、浜名湖とか三河湾とか見えて、おお、ここ絨毯場爆撃したら放浪さんとかベリーさん死んでしまうな、と思ったはずはないよ。この前、久しぶりに船のボーっという汽笛聞いたわ
2014.08.31
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オレのためにあるような言葉だ。命令口調の宿無料提供中って鮎と古代、合うねえ、昔は川も綺麗だったからどこでも鮎いたんだろうなあ金いれとくれよ。尾花沢って、いたるところに、スイカ売りまくりスイカドーム、ここまでやると、沿道スイカ売りとしてはやりすぎやネエ。王様の耳はロバの耳生贄のヒトきこり茂吉の故郷ということです。勿論、サイトウです。となりねこ百姓一揆 山形へ( リンク) ゆけむりライン、瀬見温泉( リンク) 銀山温泉( リンク) 新庄市から走り抜ける( リンク) お釜1( リンク) お釜( リンク) 天童市新庄市から走り抜ける( リンク) 山形空港( リンク)
2014.08.30
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ホテルでもらった地図。夜行バスでインドのジャイプールからウダイプールに到着して、早朝降ろされた道端から一番安いドミトリーのあるホテルに目星をつけていたら、目の前にあった。 The Hotel Keerti & Pratap Country Inn in Udaipur, India can be contacted by phone +91 83138 or fax +91 83058. Here it is unfortunately not yet possible to book online.とのこと。そういえば、ここからチットガーに4時間かけて行ったけど、世界絶景100とかに時々入っているから不思議だな。行ったよ。底の団長に、翌日、彼が自転車乗ってきて偶然すれ違ったのだが、彼は私を見つけるや、自転車乗り捨てて(自転車こけた)、握手を求められた。昨日はありがとう。ありがとうって。随分、良いことをした気がした。義理じゃないんだけど、実は前日も彼が通りがかりに、外人と見つけて、チケット買ってくれと売ってきたのだ。ダンスショー楽しそうだったし、安かったから夜に行くことにしたんだ。そして、割と楽しかった。インドの鉄道は、大きな都市では外人専用レザベーションオフィスがあったが、他の都市は、インド人と一緒に並んで買う。女性は順番抜かししてもOKなようで、どんどん順番抜かれる。それで、記入して、差し出すと、インド人切符売りは「何が欲しい?」といい、だからそれはこれに全部書いているじゃん、と思う。バカヤロウ。初めての10代のインドって辛いのにやられて、ヴァラナシでもカルカッタでも中華料理行ってしまった。それも、その辺で知り合った人たちと行った訳。あと近郊バスのチケットって1ルピーしなかったんだよな。カルカッタのカーリー寺院及びマザーテレサの死を待つ人の家ってバスで行ったなあ。バス代、5円とか10円。インド最後の夜は何とホテルでインドカレー、あの時ムッチャ高かった、ウヘーっと思っていたが、4人で1,000円。あのときは、カレーの味は分からなかったが、働いてからインドに一度行ったが、お金を払うほどカレーがおいしくなることが分かった。自分がグルメ人間に堕ちてしまっていたのが怖かった。その前に、20歳越えてインドに行ったら、毎日カレー上手くて、10代のインドでカレーの辛さに苦しんだのは何だったんだろうと思った。パキスタンに入った。インド的空気を残しつつ、全くインドではなかった。ラホール。駅前には宿屋が多く存在する。ラホールの宿は、YMCAとサルベーションアーミー以外は全部泥棒宿ということで有名だった。特に駅前のホテル群は、すべてやばいと、いうのは旅行者の間では有名な話であった。それで、私もYMCAに宿投となった。椅子とテーブルと箪笥があった。その配置は、フィリピンのセブ島のYMCAと同じであった。YMCAの受け付けの男が、寂しそうな顔をして、日本人の彼女がいるとかいいながら、指輪をくれた。日本にいる彼女に渡してくれとでもいいたげに。それは私にはブカブカであったが、案の定、次に訪ねたイランで指からスポッと抜けてなくなった。イランは闇両替のために、公共機関と宿が安かった。しかし、飯は普通の価格だった。アッバシホテルは5ドル。あの頃は、高級ホテルに泊まるためにイランに行ってた人もいたなあ。いやはや、泊まる時キンチョウしたな。
2014.08.29
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上海。毛とか角とかなくなったんだよねえ。イークアイウーとか、もうないんだよねえ。ゴルムドから今は550キロの鉄道があり13時間で結ぶが、当時は、泊まり含めて46時間のバスであった。何回、バス乗っとるねん。放浪さんの好きなカンチャナブリ、昔行ったよ。遠足列車で。レジカセ鳴らして、タイ人女子高生らしき軍団が列車内で騒いでいたのが微笑ましかった。コパンガン。サンセットビーチ、レストランが1件とバンガローが20ほど。それで全ては終わりだった。他の島内のビーチに行くには、険しい山道を歩いて越えていかねばならなかったようだが、それは面倒だった。西洋人はブヨブヨの腹やしなやかなお尻を出して、胸やセイキを焼いていた。 島には、バンガローが飼っている犬が2匹いて、夕方になると、海に自発的に入り、じっと夕焼けを見ている哲学犬と科していた。 飯は、毎日、漁をして、取れた魚がメインデッシュとなる。浜辺に打ち上げられた魚を見て、これを食べると適当なことをいい、自分の食べたものを自分の部屋の台帳に自分で記帳し、値段も書き込み、最後に、まとめて全てを払って精算するシステムだった。ノートで自己申告だ。ジュース飲んだらノートに5Bと記入するのだが、 バンガローの主に、たばこを吸う真似をしたら、パッケージされたものをくれた。何て記帳していいいか分からなかったので、?と記帳して、50だか100だかを書き込んだ。いくらかは忘れたが、私には、正しきグルがいなかったので、本当の世界にいってしまうのに、1年を要した。仕方なく「?50B」と書いておいた。牧歌的だったなあ。 その夜のことは忘れられない。丁度、その夜は、ロッドスチュワートがかけられており、やがて、バッテリーの音だけになり、21時、全ての電源が終了し、全くの暗闇になった。後は、蝋燭だけである。ヘッドランプは持っていたが、その夜は、バンガローの部屋の中で、蝋燭を焚き、静かにしていた。そして目を閉じた。 目を閉じた瞬間に、目の裏側に、何百というブッダの行進が始まったのであった。これだったのか!私は、一人、歓喜した。ここから、いろんな実験的思索が始まったのであった。始まりのブッダであった。 昼間は、停電となり、従業員は朝早くから晩遅くまで休みもなくずっと働いててすごいな、と思いきや、昼間、皆、ずっとへたばって寝ているのであった。そのだらしなく寝ている姿が愉快であった。店の女の子もだ。何へたばってんだよ、とへの字顔を彼女を眺めると、むくっと起き上がり、何ですか、ミスターアジノモト、と笑って答えられた。 荷物をまとめて、従業員の女の子にチェックアウトするよ、というと、笑われた。船は3日に1回しか出てないのよ、昨日出たでしょ、だから明後日だよ。と。滞在は2日延びた。シンガポールでは、バス停からベンクーレンまで2時間ぐらい歩いて探した。今、10ドル、10倍インドネシア、世界遺産プランバナンにいたっては今、17000ルピア、230倍。(1,700円→昔7円)ボロブゥールも同じ。
2014.08.28
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日本ってのは、昔、世界の金銀の何割も生産していて、黄金の国とかいわれて、東方見聞録とか書かれて、ソレ目指してコロンブスが出発したりなんかして、ってことだよね。マルコポーロがちうごくまでいって、金が唸っているジパングまで何故行かなかったのか、そこには人食い族がいると東方見聞録にも書かれている。まあ、そんな感じで、銀山へいさだけど、何とかならんの?温泉あんじゃん、ってことだったのだろう。風情もあるしさ、と言う具合で。それでも、これ車で飛ばして行ったけど、途中道は空いているのに、銀山温泉周辺だけは急に人口密度上がり、その落差が面白いなと思った。そして、何故か、白人の女の子がいて、多分住んでいるみたいで、日本語話していた。この白人女将とは関係ないだろう。そうこういううちに、時代は現在となり、日本円はいまだに、ハードカレンシーでいられる。金本位とリンクしていない現在、ハードカレンシーを誇れるのは、ドル、ユーロ、スイスフラン、ポンドぐらいなもので、ちうごくが第2位の経済大国と行っても元は信用されていない。いやはや、1990年代まで、それまでに中国に行った人は覚えているだろう、兌換券があったことを。一般人民は兌換券を持っておらず、外国からの旅行者は無理矢理兌換券を使わされ、その価値は、あのときで、ナンボだっけ1兌換券=1.65人民元だったような気がする。それで、友諠商店(まあ、百貨店みたいのか)でよい製品を買うには兌換券しか通用しなくて、逆に旅行者が安く人民元で旅行したくても、国を挙げて阻止してくるという構図だった。CITS通しなさい、列車に乗るにも、人民の2倍とかさらに1.65倍の兌換券で買わされると。不思議に思っていたのは、この兌換券の存在知らない人もいるのではないかと思っていたら、やっぱり少数ではいたようだ。逆に兌換券しかないと思っていた日本人もいて、勢い余って路上で何か買ったら、札が通用しなかったという話を聞いた。上海では、マルボロが吸いたくて、兌換券と交換してくれという若者もいて、それにメシも食わせてもらったものだ。めしどころか、列車のチケットまで何時間も並んで人民元で買ってもらったという訳。いやはや、当時の列車は酷かった。行き先と軟座硬座の種類と日付を言っても、メイヨーで終わり。これが資本主義なら、その日は軟座ならありますよ、とか、明後日なら空いてますよとか言ってくれるものだが。ただ一言メイヨー「ない」で終わり。そこであきらめず、食い下がらなければならない、アテモノの世界である。日付を変えたり、クラスを変えたり何度も何度もパターン変えてトライすると、超メンドクサソウニ、それはあるみたいに、切符を投げて寄こす。というか面倒なので、あってもメイヨーが普通だ。1日1人に切符を売ろうが1000人に売ろうが関係ないのだ、収入も同じだし・・・あ、中国に行った誰もが思い出す思い出を思い出してしまった。未解放都市ってあったねえ。まずは、地図で公衆トイレを確認スイカソーダを飲んでいる観光客のおばちゃんが、これむっちゃおいしいわと言っていたので、釣られて買った。昔、フランスで紙パックでワインを売っていたり、イギリスの労働者階級エリアのスーパーで缶ワイン(劇甘)が売っていたことjに、多少びっくりしたことを思い出したぐらいだ。しかし、何十キロも山の中に入ってきて、人いなかったのに、ここに来たら人がイッパイでなんだがおかしい。 山形へ( リンク) ゆけむりライン、瀬見温泉( リンク) 銀山温泉( リンク) 新庄市から走り抜ける( リンク) お釜1( リンク) お釜( リンク) 天童市新庄市から走り抜ける( リンク) 山形空港( リンク)
2014.08.27
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まあ、そんな訳でさ、一応、大富豪なんだけどさ、さすがに1ヶ月に2回海外旅行するとさ、お金もなくなってさ、食べるものもなくなってさ、今年あと数回、海外旅行を企画している大富豪の私としてわさ、もう、優雅な休日は、朝から寝るしか仕方ないんだよね。起きると腹減るしさ。でも、やっぱり華麗なな私は加齢と共に、だんだん、夕方まで寝ると、床ずれ起こしそうになってしまうから、ついつい散歩にでかけちまうんだよね。この心苦しさ。ジャイサルメールの街から意味なく少し離れたポツンと砂漠の中にある宿で、どこに行くのも暑くて嫌になるので、部屋に飯を運んでもらう。この頃から、お金を払って水を買うようになった。いやはや、その前の1986年は、インドのくせに、水を買ったことはなかった。頑張ってジュースやチャイであった。このときは、デリーで大学の同級生、後輩と合流。どこまで行っても草履だったので、秋に日本帰ったときには厳しかったなあ。この草履は何を隠そうカトマンドゥで買ったもの。あの秋の日、成田空港を出ると、「うわっ、日本中冷房かかっとう!」と一瞬真剣に思ってしまったものだ。インドからパキスタンに入ると、西洋の商品が現れる。ネパールで西洋の商品に溢れてて、インドに入るとなくなる。その象徴がコーラ。何ヶ月か旅行しても、考えたら、電化製品ないのだなあ。電化製品?何だ。いまや12キロをゴロゴロ転がしているけど、18キロのバックパック背負っていたって、そりゃ温度計なんか持っていたらねえ。インドで神様プロマイド50枚も買って、泊まる毎に部屋に飾ってたりしてねえ。しかし、ヘッドランプは必需品であった。あとは、フルーツを買ってきたりするので、サバイバルナイフは必要。今は飛行機に乗せられない。シンガポールで没収もされたわ。トイレットペーパーは必需品、勿論体積を減らすために、芯を抜く。今は、期間も短いので、駅前で配っているチラシと、ウエットテッシュですばしっこく対応。トイレットペーパーは、ガサツにキジ紙と格好よく叫んでいた。いや、叫んではいないか、呼んでいただけか。最近は安宿に泊まってないので、トイレに紙あるからな。
2014.08.26
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子供の頃、両親がよく将棋をやっていたが、結局、私は最後まで将棋をすることがなかった。だから先を読む力がないんだ。将棋は古代インドを発祥とし、奈良時代に日本へ伝播。天童で将棋駒づくりが始まったのは、将棋が庶民に定着した江戸後期。いろんな看板が立ち始めたのは、そうね、いつ頃からかしら。 山形へ( リンク) ゆけむりライン、瀬見温泉( リンク) 銀山温泉( リンク) 新庄市から走り抜ける( リンク) お釜1( リンク) お釜( リンク) 天童市新庄市から走り抜ける( リンク) 山形空港( リンク)
2014.08.25
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仙台駅 - 松島駅 - 小牛田駅 - 古川駅 - 岩出山駅 - 有備館駅 - 川渡温泉駅 - 鳴子御殿湯駅 - 鳴子温泉駅 - 中山平温泉駅 - 赤倉温泉駅 - 最上駅 - 瀬見温泉駅 - 新庄駅、ということだ。どういうことだ。バスタオル1枚持って飛行機に乗り、レンタカーを滑らせてきた。元来は、新庄から、どんどん、温泉巡りしていこうという趣向もあったのだが、恐ろしいことに、そんなことをする時間は全くないのである。残念である。1日では無理である。無理と言うか、更々、実をいうと、そんなつもりもなかったのである。やっとこさ湯煙コースまで来たものの、山形空港からは、怒涛の50キロぐらいは離れていたような気がするのである。そういった個人的事情もあり、行けたのは、新庄と、次の駅の瀬見温泉までである。他、仙台まで続く温泉については、多分、もう行くこともなさそうである。日本中にあるような気がします、義経弁慶伝説、何だか、日本中にあるような気がするのは気のせいか。朝10時台だったので、ひとっこヒトリ歩いていません。河で鮎つりしている鮎オッサン見かける程度だ。いや,早朝に帰るお客さんを見送ったホテルの従業員女性を2人見た。そして、人生を思った。若い彼女たちはどこから通勤しているのだろうか、そして、何故ここに就職しているのだろうか。ここが出身なのだろうか。この地で生きていくのだろうか。通りすがりの旅人には想像もツカヌ深遠なドラマが隠されているのだろう。奈良県にも新庄というところがあり、ここに仕事で通い詰めたことがあったが、近鉄の尺土駅から御坊戦だか何かの支線に入るのだが、本線から離れていくときに、売られていく大切に育てられた牛の気分になって気が滅入ったと記憶する。通勤時間は2時間半、到着したら、まず疲れている、それが実態だった。この山形県新庄市も、まあまあの寂れっぷりだが、それでも、メインストリートはまだ多少元気なようであった。 山形へ( リンク) ゆけむりライン、瀬見温泉( リンク) 銀山温泉( リンク) 新庄市から走り抜ける( リンク) お釜1( リンク) お釜( リンク) 天童市新庄市から走り抜ける( リンク) 山形空港( リンク)
2014.08.24
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1980年代、初めて海外に行く時、どうやってチケットを探し出したのか、多分、紹介だろう、秀インターナショナルに行った。のちのH.I.S.であるが、当時はまだ立ち上げ数年目の黎明期、大阪はDDハウス横の小さな雑居ビルの2階にあった。ちょうど、DDハウスにディスコマハラジャができた時だ、つまりのバブルの象徴の一つであった、というか、その寿命は私の学生時代ぐらい長さであった。ただし、私は、そういうものを目指さず、ひたすら、格安航空券のみを扱う(今は多角化して、ツアーもあるし、なんていうのホテル&エアチケットというフリープラン型のも積極的に扱っている、どころか、今は手放したけど、LCCの先駆けスカイマークを就航させ、ハウステンボスを黒字化させた)当時は、エッチアイエスのライバル会社マップがあり、そちらも2社で比較してよく利用した。でも、バンコクでも8万円台。(時期にも寄るが)なんだろう、とはいっても、いつの間にやらエッチアイエスにはK西さんという担当者がつき、マップにもK馬さんという担当者がついた。マップのほうが、まだバックパッカーのたまり場みたいな雰囲気を残していて、そこで、スタッフか誰かが旅行に行ったアルバムが多数置かれていて、ピピ島の生写真見て、ここええなあと思ったものだ(まだ、地球の騙し方「タイ編」が出てなかった)。しかし、なんだか、ちょっぴりK馬君はえらそうで、ちょとだけ気に食わなかったし、なんだか、リコンファームの紙だったか何だかにも彼の名前が印刷されていたのも、ちょと意味なくむかついた。一方、人のいいK西さんは、どうしてもリクエストチケットがOKステータスにならなかったので、毎日電話してたら、「トイモイサンのためにOKの人外していれときました」と言ってくれたが、考えればそんなことするはずないし、もしかしたらリクエストの順番を上げてくれたのかもしれない。それでも、前にも書いたけど、インドは、16万円でエアインディア、香港バンコク経由であった。そのK西さんも、やめてしまい、その後、の若い担当者も、発券中に、実は今日で退職させていただきますとか、まあ、そんな感じ。マップは、当時はHISより大きかったが、その後、潰れHISに吸収された。あとはIACEとか旅行屋とか予約したな。そんでもって、日本で一番最後に旅行代理店に行ったのは、1994年12月。突然、行きたくなって、HISに行き、「明日、いけるところありますか」と聞いて、シンガポールかルフトハンザでヨーロッパなら行けますといわれ、スペインに行った。支払いはその場で、チケットは空港受け取り。それ以降は、もう電話だけとなった。特に、今はルフトだが、当時はいつもアムステルダム経由で行きたくて、KLM指定で買っていたなあ。もはや、今や、ネットで一言も喋らないものなあ。そういえば、障壁の高かった航空業界参入のときも、官僚も渋い顔しながら陰ながら「学生時代HISさんにはお世話になりましたよ」と励まされたそう。そういえば、高学歴の人たちが以外と多く出会ったな。まあ、学生時代ってギリシア(まで陸路で行った終点)以外ユーラシア大陸しか行ったことなかったけど。なんと、未だにオーストラリアに行ってないな。高速道路の星1高速道路の星2高速道路の星3
2014.08.23
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クアラルンプールのインド人街を歩いた。インド料理だ、と思ったのだが、なんと、屋台が1席も空いていない。ラマダンで太陽が沈んだので、皆、食いまくりの世界なのであった。そういえば、ルフトハンザの小話で、初めて出張する社員が、「先輩、英語で着ないんですよ、ダイジョウブでしょうか」といい、先輩が、「オレは2回目だからなんとかなるよ、訳してやるよ」と言い、乗務員に「最終目的地はハンブルグでしたかフランクフルトでしたか」と英語で聞かれて、後輩の方を向いて「食事は、ハンバーグかソーセージか、どっちがいい?」と言った。何か、そんなことを不意に思い出し、いや、マレーシアともインドとも全く関係ないなあ、とため息ひとつ。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.23
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クアラルンプールは、まあ、いわば、何でいつも過去通過したばかりだったのか、考えてはみたが、それは自己都合というものあろう。かつてのメインの駅、クアラルンプール駅。今は、隣のKLセントラルに変わった。駅はムワーンと熱かった。考えれば、クアラルンプールはバスで通過したことがなかった。昔、空港から市内に入り、タイに向かうバス停に行ったはずだが記憶が、路地裏の屋台で飯を食っていたというワンシーンだけ覚えている。かつての栄華もひっそりしている。マレー鉄道ビル国立モスク。イスラム美術博物館 オマエ、イスラム教かキリスト教かどちらかになれ、といわれれば、多分イスラム教になるような気がするなあ。警察博物館。数々の人形あるが、警察が暇すぎて後ろからついてくるので、写真なしたこKTMコミューターではなく、RKL暑いのでこそっとビール買って、隠れるように飲みながら歩く、日本並みの価格。これが、私の旅行ペーパー singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.22
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編さて、戻る。ツインタワーとしては、まだ世界一の高さのままである。歴史ある洞窟らしいけど、ツアー料金が滅法高く、珍しい生物も、まあ、オレにはあまり興味なさげな生物(蜘蛛とか)だったので、やめた。サルは多いが、餌付けしたらあかん、つけあがる。UFOマレーシアのタイプーサムの終点だ。おれこれいきたいわー正門2,3年ぶりにペプシ飲んでみた。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.21
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これは、お馴染みのヒトにはお馴染みの光景。成田空港ANA国内線搭乗口である。搭乗口は見渡せるワンフロアに、搭乗口が5,6箇所、全て沖止めのため、バスで向かうのである。国際線の乗り継ぎなので、お腹が空いているということはあまりないのだが、たまに、着陸ぎりぎりまで寝ていて、朝食を飛ばしてしまったり、夕食食べすぎてこれ以上食べる気がしてなかったのに、それから2時間もすると急速に腹が減ってきた、みたいな事態になったとき、ここで高い高い立ち食いウドンを食べるためになる。まあ、そんなはめになったのは2回だけだけど。まあ、そうはいっても、まあ、妊婦や車椅子の次に上級会員とか乗れることになっていて、そのあと一般の後ろ席の客から機内に入っていくのだが、大抵は、私は最後の方に入る。但し荷物が多い場合(預け入れしてなくてゴロゴロを持っている場合は、仕方なくオーバーヘッドビンのスペースを確保するために早めに機内に入る)は別にして、何セ、私は、ツラと同様、尻の皮が薄くて2時間も座っていると尻が痛くて落ち着かなくなる。映画館でも3時間の映画は辛い。だからできるだけ最後の方に乗る。よく、到着したら1番に出ることがあるが、それは結構早くイミグレに行きたい気持ちが勝つからであって、やっぱり後ろからヒトがついてくるのはあまり気持ちいいものではない(長距離走なら別だけど)。電車も一番前に並ぶことはない。何故なら、いつなどき後ろから押されるか分からないからだ。だから、危険を察知する前に危険を回避し、3,4人並ぶまでホームの後ろのほうでうじうじしている。特に酔っ払っている時こそ注意だ。自らフラフラ落ちるかもしれないではないか。それが、長生きするためのラビット人生である。まあ、人生は大袈裟なので、単なる処世訓である。あ、それも、大袈裟である。どこか店に入るときも女性を先に入れるし、出るときもレディファーストだ。これは騎士道というか紳士というか、昔の卑怯な西洋人の真似である。敵がドアの向こうにいたらマズイ、だから先に連れ合いを行かせるのであるが、それをレディファーストとかいいながら誤魔化す輩に、ものはいいようやのう、と感心する。サーブされてきた食事もレディファーストだ、これも単なる毒見役である。先だからいいのか、先だから嬉しいか、何だか、私にはよく分からない、それが親切なのか、分からない。緊急事態で、先に脱出しなければ死ぬかもの、女性子供ファーストなら分かるが。分かるが、あくまで緊急かもなあ。男性が女性より能力があるのは、瞬間的な腕力だけだものね。持久力は女性のほうが高いからね。そういえば、何百キロマラソンしたら女性のほうがタイム上回るのでは。うーん、あー、そっか、食事する時に案内人がいないときは、男性が先に行って、座るときだけ女性にどうぞ、が正しいのか。そっか、ビンボー人が行くレストランに案内人なんか店の外にいないか。それからあれか、女性が着飾っててハイヒールやロングドレスやったら、こけない様に気を遣えってことか。あとタクシーなんかは、やっぱ先に男性が乗るか。お互い満足するって、難しいすよね、ピーッコク、バカ殿みたいね。
2014.08.20
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第一の洞窟視察を終え、学芸会的舞台を兼ねた休息所を越え、タイプーサム写真の展示を超えたところあたりから第2の洞窟である。子流しから始まる。光り輝く中へああ、ガネーシャか。ナーガ、ナーガまあ、へびか、ナーガ、ナーガ。ハヌマン洞窟とアートギャラリー見学したら、だいたい疲れたよ。あとは、おまけのバツー洞窟だ(しかし、皆、観光客の99パーセントはバツー洞窟しか行かない) singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.19
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コーヒーを飲む。1時間にコーヒー200杯飲むと死ぬというが、それは醤油一気飲みとか、焼肉定食20人前イッキ食いとか、タバコ1箱食べるとか、そら死ぬだろう。まあ、そんな訳で、出かけようが家にいようが、まずはコーヒーである。そのあとは、ライスミルクである。またアメリカがイラクに爆撃し始めたが、アフガニスタンやイラクで戦死した兵士より、帰国してから自殺する数のほうが多いらしいね。それでかえではなくて、戦争後遺症になったり、就職なくってド貧乏になったり、行っても帰ってもロクナことはない。でもアメリカの高校って怖いらしいね、ナンカノ密約で高校生の個人情報を軍部に教えていて、携帯とか訪問とかで甘い言葉でバンバンとリクルート活動されるらしいね。戦争から帰ったら大学に奨学金出すとか何だか言われて。何だか、アメリカの産業は軍事関連だものなあ。負けちまうんだろうなあ。といいつつ、結局は本読んだり、ネットで検索作業を続けて、次回行くべき場所の検索をしているわけだが、最近、どんな本が面白かったかなあと思い起こすと、期待せずに買った「山本美香という生き方」であった。元々、戦争ジャーナリズムに昔から興味があるのに加え、なんと同年代というのも共感を生む。報道されなかったイラクの生々しさは、一気に読んでしまったなあ。 それにしても、税率上がって消費減ったな。消費税増税の目的なんだったかな、アア、税収アップだったね。政府は想定内って、もし本気で想定内って思っていたら、企業減税もしているから、税金総額下がるんじゃないの?まあ、今までの歴史が証明しているけどね。やっぱり税金を上げるだけのための増税だということが分かった。車乗ったら信号待ちオモロナイのは全国共通の認識ではあるが、イーパイ人が通ってくれる都会の横断歩道ならまあ、いいものだ。我慢指数も減るよ。車も人も横断しないのに赤信号ってのが、人生行き急ぐ現代人には癪に障るんだよな。風景と物語が必要なんだ、私たちには。最近の大雨で各地被害を受けている。でも死んだ人はしれてるな、なんと思えるのはやっぱり想像力がないからだ。それは仕方ない。10年ほど前の大雨で、ニュースが流れた。「淡路島で1名が土砂崩れでなくなりました」と。その1名が、知り合いだった。大人しい奴だった。全然関係ないけど、槍魔栗三助を思い出し、昔夜中にやってたテレビ思い出したけど、現代用語の基礎体力 って覚えてないかな。例
2014.08.18
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アートギャラリーのレリーフとコンクリー彫刻を超えた向こうは水族館である。ああ、白蛇か。まあ、へびか白いサカナ白い甲羅だけああ、ただのスッポン白いスッポンと、おもいきや、写真では分からないが、甲羅が50センチ以上。割とでかいやナイか普通のピラルク土にタイプライター埋め込まれてた。アートか?この亀、絶対おかしい、シャムの亀やさて、洞窟は終わり次のコーナーに進む悲しくなるほど、下手な踊りに同情しながら、観客の目線は、孔雀に。この3人組が暇すぎて、アイスクリームを買いに行ったものだから、俺もつられる。そんな主体性なくっていいのだろうか。意味なく、あのねのねの、なんだっけ、あひるもがちょうもガーガーガーだっけ?そして、第2の洞窟に向かいつつあるおお、これは世界の奇祭の本でみたやっちゃ、タイプーサムやもう泣いてますタイプーサム見に行きたいな。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.17
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3つの通り道になってはいるものの、どの道を通っても同じである。西洋人観光客ってのは、昔から肌を出して、太陽にやられまくるが、その仕返しか、布を巻けといわれて、貸出料いくらか取られて、チッ!と舌打ちしている。重い、すぐ休憩だ。コレ系の不気味さ、親しみ湧くよねえ。マレーシアのタイプーサムの終点だ。おれこれいきたいわー何故だか、目の前でマイクで歌っている。一番奥まで来た。一番奥がこれ。ウーン多少薄暗いのは、天井の一部にしか光が漏れない、ガキの頃に憧れそうな基地状態であった。ああ、これロストワールドね。考えたら、学生時代だったら、ちょっとこういった少し郊外なら1日がかりの観光ってことになったんだろうな。いや、当時とアマリ変わらないか、あの頃も昼前に出かけて、夕方には宿に戻り、だったからな。それに加え、今日は銀行に両替に行く、で1日、今日はGPOに手紙を出しに行くで1日、まあそんな感じだったような気がする。そういえば、インドでは18歳の時は、カルカッタに4泊、バラーナスに4泊、カジュラーホ。ジャイプル、ウダイプル、アグラ(タージマハル)2泊ずつとかでまあ、精力的に回っていたのに、22歳になると、カルカッタ1週間、バラーナス1週間、カトマンドゥ1週間、ポカラ1週間、とずるずる延び始めてた気がするなあ。それが中年になると、激務のサラリーパーソン、同一箇所に3泊ってのがもうなくなっちまったよ。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.16
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何で終戦というのか分からないが、敗戦ってことやろなあ。もし、勝戦してても終戦記念日っていってただろうか。あそこで勝っていたら、今頃どうなっていただろう。少なくとも経済的にはド貧乏国家になっていただろう。といっても、今、日本ヤバイヤバイ、とかいいながら、日本も明治以降第一次、第2次と2回破綻している。破綻から立ち直ってまだ60年やそこいらしかたっていないのだ。ほら、財閥解体とか、農地解放とかあったやん。農地解放は、凄かった。あのとき、土地をただで手に入れてがっつり遊びほうけなかった農家には金が唸っていて、それで地方の金融関係が維持できているぐらいだ。最近は知らないけど。戦後すぐに総資産をチェックして金持ちから、2~9割の税金を取り立てて没収したのも、またやるかもしれないぞ。いやいや一般市民も郵便局に預けていた金は10年間凍結されて、3分の1はとられ、そして、10年後物価は300倍になっていたのだから、戻って来たお金も、1000万円も2万円ぐらいになって、まさに騙された。それでも戦争被害は、でてくるけど、戦争仕掛けた奴や、ひどいことした奴、日本だけじゃないけど名乗り出ない。この日に日本にいるのは8年ぶりである。新入社員の夏に1週間タイに行って以来、盆にはちょこちょこ出かけていたものだが、1997年のより再度本格化した、というか、あの年はサンフランシスコとバンコクに行った訳だねえ。2013年敗戦時。2012年敗戦時。2011年敗戦時。2010年敗戦時。2009年敗戦時。
2014.08.15
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この日記がアップされるのは、このブログが多少時系列からずれているのでいつか分からないが、今年は急遽諸事情があり、盆休みはなくなったのである。なくなったからといってしょぼくれているわけではないのである。もともと、自慢でもないが、しょぼくれているのである。土日の台風は兵庫県を直撃、あまりに煩かったので、日曜の午前中は、煩さを消すために、二度寝したぐらいだ。いつもは、派手にやらかす昆虫で一番煩いクマゼミも、鳴くどころではなかったようである(雨が止むと、一斉に、お待たせしました、のように鳴き出した、おいおい、おまえらが鳴くのは午前早い時間だろ、今の時間は油蝉の時間だぞ!ああ、そういえば、今は山沿いに住んでいないので、ガキの頃夕方に毎日聞いていたヒグラシ聞いてないなあ。数年前、六甲山涼みに行ったら鳴いていて、物悲しい感じだった)雨なので、私も出かけるに、飛行機乗るどころか欠航が相次いでおり、世界のブロガーの方々も雨で暇だったのか、それなりにアクセスもうなぎ上り(後で知ったが)で、すっかり放浪さんに指摘されるまで近づいていることも知らずに100万アクセスしたのであった。ざっくり10年で1年10万アクセスで、1年ざっくり10ヶ月として毎月1万アクセスで、1ヶ月ざっくり30日として1日300アクセスである。多分最初の頃はそんなになかったはずだ。今は500以下はないようだ。それだけ、世界には珍なことが好きな人が多いようで、その要請を一身に受け、今後も益々成仏したいのであった。他に何か趣味ないのか、いやはや無趣味とは怖いものである。 そうはいってもそれを祝して飲みに行くことにした(事実は、アクセスについては全く知らず、取引先から今晩暇でっかと電話があったからであり、偶然にも、その日は空いていたのである、というか、偶然にも、その週は全部空いていたのである。というか盆なので、偶然にも会社に来ているのは数人である。取引先も、偶然にもほとんど休みであり、日中も偶然にも、1件の社外とのアポはないのだる。あるのは、我が存在だけである。電話がかかってきたときは、それでも忙しく、今晩の予定を全てキャンセルしなければならなかったので、多少時間はかかった。約1秒である。飯を買いに行くとか、この本を読むとか、この調べ物をネットでするとかの脳内キャンセル作業である。仕事も泣きながら後ろ髪を引かれる思いで急いで切り上げ、自宅を越え、神戸に行くのである。湊川である。新開地の近くであり、かの福原の近くである。昔、ラーメン屋で友達が働いており、さすがに12時間毎日立ちっ放し、数年持たず辞めたが、最近10年ぐらい会ってないなあ。死んだのかもしれない。それから高校の友達が駅前で喫茶店をしていて、前日大阪京橋で飲んで、焼き鳥に当たって、後にも先にも人生1度だけ食当たりで会社を休んだ日に、夕方に回復したので、せっかくアポ取っていたので高校卒業以来初めて会った。それで飲んだわけだが、それから新開地のアートギャラリーなどは何度か行きつつ、このエリアで夜飲みにいくのは、久しぶりである。人気店が故、(座席数も少ないので)予約は必須のようであり、満席なので、ちゃんと、既に看板の電気は消えっぱなしなのである。あ、背肝(肝臓のレバーではなく腎臓)がある、珍しいものがあると思い、食らう。肝臓は鳥にのなかでも小さいので、あまり取れないというものだ。多分。溶岩焼きも食らうが、溶岩の上で焼くトリッキーな技だが、ちょっと大袈裟である。大分の鉄輪で食ったなあ。2軒目は壷焼きである。会社員になったころ、毎晩飲み歩いて、締めは壷焼きってのが多かったことを思い出す。汁がたまらないってことなのである。ちなみに、この店の隣は、泡の国であった。といっても老若男女適度に入り混じりながら問題なく飲める居酒屋であった。その後、3件目にも行って最低価格のワインボトル1本空けてから順調に帰宅し100万アクセスを祝うのである。というか100万アクセスしたのを知ったのは、翌日放浪さんに指摘されてからである、何度も言うけど。そういう訳で、翌日は猛烈にタマゴがけインスタントラーメンが食べたくなり、卵1パック6個入りを買ってきたが、インスタントラーメンはばっちり在庫はあると思いきや、なかなかなく、ようやく底から掘り出したものは3年ぐらい前に賞味期限が切れていたが、まあまあ、タマゴが命と、火を消す3分前にタマゴを2つ落としてかき混ぜる。残りは冷蔵庫に入れる。インスタントラーメンは思いのほか不味くなっており、とじたタマゴだけが新鮮であった。次に、ビールを取ろうと冷蔵庫を開けると、タマゴが落ちて残り4つ全部割れた。卵1個あたりの価格が100円を越えたことを静かに悟り、少し寂しくなった。 そういえば、冷蔵庫に象を入れて見えなくする3つの作業は何だ、という質問を思い出したなあ。
2014.08.14
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アートギャラリーである。15リンギット(460円)を支払い、紙のリングを腕に巻きつけられる。さすがに入場料が高いのか、空いている、というか、まあ、なかなか気がつかないかもしれないが、バツー洞窟より、こちらやハヌマン洞窟が私のメインとなったのである。変な体位いくぜ、パヲーさて、洞窟に入って行くのだが、やたら立ち止まっている父と娘2人おお、ツバメの巣軍団かとおもいきや鳩の巣軍団。すんばらしいレリーフが先ずは続く。やたら誰かが指を指して、こいつのせいだといっている。いきなり、これだけ現代的。リリーフ終わり、立体化。来た、来た、北から浮気相手来た出た、出た、だから家から追い出されたでも、でもでも、ネバー、ネバネバ、ネバギバップでも首、切りましょねロメロとジュリエッタついていくついていく先は、ヒンズー的レレレのおじさん布風味コンクリーで子育てリンガに張り付くこうび中?ヒンドゥにシク?それともラジャスタンの人?ドーティはいてるからヒンズー教徒だよな。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.13
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何せ、オレは、多少、ボーっとしていた、何故なら、クアラルンプールはもう何回も来ているので、だいたい分かるだろうと言う油断であった。何せ来たのは20数年前に何回も来た、キたって、メシ食ったりしただけの通過で、よおく考えたら、1泊もしたことがないことに、到着してから気がついたのである、正確には、前日に気がついたのである。1箇所のメイン以外にも、時間は3,4時間は余りそうな勢いだったので、まあ、インド人外とかチャイナタウンとかブラブラするかなと思ったぐらいであったのである。それで、前日のネットで最寄り駅だけを検索したのである。駅前に、ドワーンとインド人街とかが広がっているのだと思っていたのであった。でも駅を降りると何だか分からない。と思うと、西洋人女性がスマホネットで地図を見ている、その気なしについていく、ついていくどころか、抜かしていく。そういうと、駅すぐに、信号渡ったらマスジッドジャメ。クアラルンプールとは泥の河って意味だったと思うけど、インドも何とかプル(ウダイプルとかジャイプルとか、町って意味だったような気がする)。その泥の河が交わる、まあ、いわば、クアラルンプル発祥の地ともいうべきもの、な、のか。もうちょっと、違う西洋人に着いていく。なんだ、こいつら政治集会に見に来たか。異教徒もどさくさに紛れてタダでもらえる。異教徒もどさくさに紛れてタダ近くでメロディアス・イスラミック・ポップムージックを聞ける。聞けるのだが、どうも、オカマサン達が歌っているように見えて仕方ない。抜けると広場だった。お、っといったものの、コレが何の建物かわからない。(後日調査で、ムルデガ広場と連邦局建物ということらしい)分からないが、なかなか美しく、前の道は車が遮断されていてよい感じだ。なんだか、現地の皆さん、のんびりしている感じだ。まあ、私もまだ飛行機出発まで時間があるので、随分のんびりだ、ゆっくり飯を選択する時間もあれば、飯を選択しない時間もある。公園で、ぼーっとしていると、ふと、昔来た1980年代のことを思い出していた。その中で、ホテルニュージャパンのことを思い出していた。東京に帰国して、旅先で知り合った東京に住む友達の家に寄って、そうだなあ、東京観光とくにないなあ、あ、火災後のニュージャパンでも行く?といって赤坂にのこのこ出かけていったのであった。乗っ取り屋チョーネクタイ横井が出てきて、客が悪いなんていって散々バッシングもされたのだが、元々料亭で2.26事件の時に青年将校が立てこもった地であり、戦後オリンピック誘致が決まった頃にニュージャパンが完成し、地下のナイトクラブで力道山が刺され、通常死ぬことがないのに、急変して変死。そして乗っ取られて1982年火災。出火元の部屋に宿泊していたイギリス人は死んだが、イギリスに送られても身元が現れず、遺体もなくなった。火災保険にこのホテルに入っていたが、チェック漏れで3日前に傷害保険が切れており、経理が気がつかず、それで賠償でも揉めた。火災後バブルで地価はうなぎのぼり、ホクホクの買収した千代田生命はつぶれ、AIGに買収され、AIGもリーマンショックで瀕死。今は外資のプレデンシャルと森ビルが買い叩いて、プレデンシャルタワーとなったが、噂によるとプレデンシャル担当の森ビル社員が2人変死ということらしい。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.12
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生野銀山1。今まで、割と、炭鉱生活やってきた。鹿角市の尾去沢鉱山 東北。夕張炭鉱 北海道。新居浜の別子銅山 四国。鯛生金山 九州。昔の人は飲みました、と書いてあるものの、飲んでは行けませんと書いてある。祈りの広場ありこれで、カールしてヘアセットします。女性編めし金食い虫カップルですお金も採れる現代人ポイすね出口2番目にえらいひと1番偉い人外に出たら、気温は15度アップこの人形なくなったなありの巣でした
2014.08.11
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踊る金第一書記姫路といっても、随分山奥である、セッピコ山の近くの安富村である。遠い、なかなか遠い。姫路市どんなけ広いのやの安富町。チープ系であり、よく見ると韓国系である。腰曲がる村民より多いぐらいだ。火薬背負ってウロウロします。ヨッパライかかしもある。実は、キャンプ場もあり、少し、自分が恥ずかしい。村民は3人しか見なかった。若い奴らが、やってきているよ。しかし、さすがに、焼肉とか本当にキャンプ行ったらしないものなあ。子供かかし有り、道にはみ出ている。唯一見た村民案山子を宣伝しているのに、案山子を見に来ているのは、われ、一人。家の中にもかかし
2014.08.10
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駅から、バツー洞窟に行くまでに、メインの門を通らずに、横道の小さな裏口から入るのだが、まっすぐバツー洞窟を目指さず、左に曲がるのである。勿論、何故曲がったか分からないが、そこにビッグなハヌマ-ン像があり、おじさんが、何だかボロイ椅子に座ってチケットを売っていたのである、それも安く2リンギット(60円)である。これは、よく分からないが、入らねばなるまい、そう思った次第。何故ならショボクテモ後悔しないからである。実際は、後悔はせずに満足したのである。ところで、マレーシアといえば、エアアジアが安いかも知れないが、1日前に調べまくると、直前だと、大手エアラインのほうが安かったんだよなあ。きつい階段に上っていくのである。ドラむカンである。セキチュウである。頂上は、リンガ、ショウにゅうである石筍でできたりんがである。多分、コレ一番の見どころ singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.09
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無茶苦茶暑いということで、涼むためには、洞窟か高地、海外という手段がある。いや、家でエアコンかけるのが安いか、いや近所のエアコンひえひえのスーパーやデパートに行けばいいか。いや、実際に私も、それは、読書の時間には目の前の建物内のカフェに潜る込むのだが、そうだなあ、昔、って1980年代だけど、バンコクでは勿論、ノンエアコンの部屋にステイしてて、サイアムスクエアの東急とか、スクンビットだっけ、大丸に行ったりして涼を取りに出かけたわけだが、当時、デパートが出来始めたころ、私と同様のツッカケパンツの(私は短パンではなかったけど)涼みに来ていただけの地元タイ人が多く、客単価が無茶低いということを言われていた。タイも今やどこでもエアコンあるし、生活も向上した。というより、不快度というのは、湿度も重要だ。カラッとしていると、日陰に入ると割と涼しい。しかし、日本は湿度も高いので、他の国に行って直射日光を浴びない限り、どこに行ってもOK。東南アジアも夜は涼しいよな。マア、冬も日本より寒い国から帰ってきても、日本寒いって思うけど。 考えたらタイのコサムイに20年以上行ってないな。学生時代は、まあ、今と同じように浮かれていたな、もう、疲れたらコサムイコサムイって、でも何も疲れてないのにだよ。まあそうはいっても4回だけだよ行ったのは。多分。もう働いてから行ってないので、随分変わったのだろうなあ、コパンガンもコタオもなあ。あ、そういえば、まだ俗悪のパタヤには1度も行ってないんだよなあ、全く行く気もなかったけど、今なら行ってみたら面白いかもなあ。あ、コというのは島って意味だからね、本当はサムイ島なんだよ、コサムイ島っていうと、サムイ島島だね、要は、サハラ砂漠が砂漠砂漠で、ガンジス河が河河ってな感じですよね。100メートル上がると、気温は0.6度下がる。そんな感じで10度ぐらい低いところに行ってきた、というかオカマである。いや、オカマエピソードは私にも、日本人にはストレートの私としては多いほうだと思うけど、今回は蔵王のお釜である。山形県と宮城県の県境にある。蔵王は関西人には、程遠い、名前しか知らない、まずスキーに行く人はいない(東北にはいかない)。甲信越とか長野とかぐらいじゃないだろうか。アー、涼しい。お、涼んでいる場合ではない、急いで山形空港もどれ。 山形へ( リンク) ゆけむりライン、瀬見温泉( リンク) 銀山温泉( リンク) 新庄市から走り抜ける( リンク) お釜1( リンク) お釜( リンク) 天童市新庄市から走り抜ける( リンク) 山形空港( リンク)
2014.08.08
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宝来宝来神社2。しかし、簡単なことだが、宝くじをするヒトは競馬やボートするヒトよりギャンブラーだ。理由は簡単だ、胴元が儲かる(テラ銭、しょば代)の割合が一番多いから、客の取り分は一番少ないのだ。宝くじするぐらいなら素人でいいから目蔵滅法に他のギャンブルをしたほうがまだ儲かる可能性は高い。夢代にしては高いだろう。かといって、カジノ計画、だめだろな、同じように国がショバ代取ろうとしたら。普通、ベガスなんかも還元率95パーセントだろ。ああ、そうだ、韓国みたいに、外人のみにしたら?ははは。オール賽銭、なんぼでもつぎ込んでくれや。絵も売ってますメイド、コックも売ってます愚痴聞いてくれます。犬は暇そう。石。兎。天狗。トイレ。ギャンブルにまで・・・当たった!休憩所も朱。身代わりになります。マップ 2014年熊本 長い駅名、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」 南阿蘇、清水滝 ホギホギ神社1 ホギホギ神社2 ホギホギ神社3 弓削法皇社 弓削神社 粟島神社 やすらぎの丘、宮内庁の七福神 熊本空港
2014.08.07
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クアラルンプールのトランジット時間は大きな声では13時間の滞在とは言えないが、小さな声ではハッキリと言える13時間である。ここは思い切って40ドルの両替だ。(そのうちの半分が空港エキスプレス代だ片道、概ね大雑把に1,000円だ、会社員の私には1,000円はびくともしないが、学生時代なら2日分の予算なので、びくともする。)KLIAエクスプレス(KLIA Ekspres)は、KL国際空港―KLセントラル間の57kmをノンストップ28分間で結ぶ電車。電車は混雑時15分間隔、通常時は20分間隔で運行し、片道RM35(往復RM70=まあ2,000円)。東南アジアで最速の時速160kmを99.7%の定時で運行と、案外遠い距離も苦にならない30分である。160キロだぜ、新幹線のちょっと弱っちいい奴やン。空いていて、足を出すが、靴下には穴が開いているのである。穴の開いている靴下をワザワザ日本から持ってきて、コチラで処分して荷物を軽くしようとするコスイ考えである。(本当は草履のはずなのだが、カバンを開けたらどちらも右足用草履だったのでカバンの奥底で眠っているままである、だから会社帰りなので、革靴で東南アジアを旅行しているのである。まるで絵に描いたエリートである、エリートとバレテシマワナイカ冷や冷やものである。ウソである。)マレーシアというと、ゴムの木イメージである。でもそれは古い考えかもしれない、でも、19歳の時、初めてマレーシアをバスで縦断する中で、ゴムの木の中を走った記憶が強烈なのである。ゴムである。伸びるだけに、何となくラバーで、気持ちいいのである。ラバーが気持ちいいって?ごめん。昨晩、ブルネイでネットで調べたところによると、空港で荷物を預け入れればよいと思ったのだが、もしかしてセントラル駅ならコインロッカーあるんじゃないの?と思い、行ってみると、小さな荷物は150円で預け入れられることが出来た。公式おっさんがコインロッカーの前でうろうろしていて、お前の荷物サイズは何だと聞きまわり、コインロッカー専用のコインを販売している。(その横に自動販売機で買うこともできる)マレーシアは、かつての日本(20年前)が残っているのか、案内に、中国語と韓国語がまだなく、日本語の案内。さすが、かつてのルックイーストか。でも、チョトだけ嬉しかった、マレーシアはチウゴクとか韓国ではなく、いまだにニッポンのご贔屓やで。というか、東南アジアは、正しいのである。いまだに台湾含め、チウゴクや韓国よりニッポンが好きなんである。拝金主義だけでないところに、東南アジアの奥深さがある、ありがとう。こんなんでいいんですか。そういえば、昔は特に911テロの前はヨーロッパも結構駅にコインロッカーあって、タリン、コペンハーゲン、ストックホルムとかで預け入れた気がするなあ。そういえば、昔、バンコク中央駅でも荷物預かりによく預けたなあ。困ったのが、バーレーンの空港、荷物預けないから、一日中転がして観光、鬱陶しかったなあ。車内ではいちゃついたらあかんよ。KLセントラルからKTMに乗り換え、終点のバツケーブを目指す。30分程度か。ペトロナスツインタワーは、20世紀では、最も高い高層建築であり、2003年に台北101に抜かれたね。終点で降りる。でたでたシバ。マレーシアのヒンドゥ寺院である。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.06
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ポンパレで、マッサージに行ってきた。いやはや、しかし、マサージ、安さといえば、1位ミャンマー、2位ラオス、3位カンボジアかなあ、ミャンマーでは、どこにも外国人にでも分かるサインはなく、一番で聞いて地元民しかいかないところに言ったが、鉄道の陸橋を渡った北側のすぐ右にあった。雑魚寝だがちゃんと冷房も効いており、それでいて、1時間1.5ドル。外国人の悪しき習慣だが、せめてチップを渡したかったが、彼女はすぐにいなくなった。俺は、何だか、急いで彼女を探し出し、手に札を握らせた。彼女は、チップの意味が分からず、呆然としていた。考えれば、最近はアマリ使っていない言葉に「徹底的」というのがある気がする。いや意識せずに使っているのだが、ふと先ほど、電車の中で気がついたのだ、てっていてきに、と「て」が三回あるということに。それに、特に外国人が喋ると、テッテイテキと変な発音で話すのだなと思うと、ちょとだけ、電車の中だけど、ちょっとだけだけど噴出しそうになった。旧実家に一番近い高速道路(意味なし)日本の時刻東経135度を越える。山のてっぺんに目立つ木2本日本一タイ焼き。それにしても、オレは、昨日のポンパレで、ぶり返しで筋肉痛だぞ。肩痛い。それから、おかんから手紙が来ていた。「ジュリーのコンサートに行きました。エネルギッシュ。おわり」と。
2014.08.05
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白川をはさんで一対の弓削神社がある。今日は弓削町の弓削法皇社 (男神)をご紹介である。といいつつも龍田町弓削の弓削神宮(女神) 今日行くのであるが、川を挟んで行政区が変わるだけに、現在社会に置いては精神的にも更に距離があるという感じである。まあ距離にして5分である。まあたいていの日本の性神ってのは、農作物豊穣、出産、多産、夫婦仲、の守り神とされてきました。いずれにせよ、契りというかマジわりに関係あり(豊饒もおしめめしべの大成功生き残りだからね)、ある程度日本独特的な感じはするんだよな、と世界の聖心、あ、精神、あ誠心、違う性神を求めては笑う私としては、思うのである。インビこそ日本だと。橋を渡ったらすぐである。愛嬌が命。これ、いわゆるところの藁人形じゃないんですか?これ、いわゆるところのウンコじゃないんですか?共闘お、YTさんでした。あ、建築物の一部までが・・・高欄の一部組み込まれ、茶色に塗られ漆光している。天国への階段、高校生の頃は略して、テンカイ。階段登って何になるんだ。その道訪問北海道 レトロスペース2札幌市洞爺湖の珍小島虻田郡洞爺湖町乳神神社浦幌町岩手県花巻温泉郷・金精長根花巻市コンセイサマ 遠野市福島県浄土松公園キノコ福島県郡山市新潟県金玉神社新潟市遊郭に泊まる・東光院・十上神社・岩屋山石窟佐渡島雲母神社関川村ほだれ祭1・ほだれ祭り2長岡市 雁田神社 上越市茨城県御前岩 那須川町栃木県門田縁切稲荷神社足利市性神の館・ 性神の館2宇都宮市日光東照宮横、輪王寺 観音堂 香車堂日光市群馬県迦葉山弥勒天狗寺沼田市縁切寺満徳寺太田市命と生命のミュージアム・ 命と生命のミュージアム2階・珍宝館 渋川市東京都オリエント工業1・オリエント工業2・オリエント工業3・オリエント工業4局部に宿る1・局部に宿る2・局部に宿る3・局部に宿る4渋谷区ロボットレストラン1・ロボットレストラン2・ロボットレストラン3・ロボットレストラン4・ロボットレストラン5・・ロボットレストラン6・ロボットレストラン7・ロボットレストラン8新宿区神奈川県金山神社祭り ・かなまら祭り2・かなまら祭り・かなまら祭り3川崎市静岡県最後のエンタメ系秘宝館熱海市伊豆極楽苑 ・伊豆極楽苑2 伊豆市まぼろしアート館1 ・まぼろしアート館2 ・まぼろしアート館3 ・まぼろしアート館4 ・まぼろしアート館5 ・まぼろしアート館6 ・まぼろしアート館7 ・まぼろしアート館8伊東市山梨県夫婦木大神甲府市長野県姥捨・澳津神社・岩鼻上田市愛知県間々観音小牧市高浜茶屋吉貴高浜市野間大坊 美浜町 大縣神社・田縣神社 犬山市石川県スッポン堂 加賀市和歌山県円月島・歓喜神社 白浜町京都府縁結び神社 ・縁切り神社・五条楽園京都市奈良県宝山寺、色町 生駒市大阪府バーレスク大阪1・ バーレスク大阪2・バーレスク大阪3・バーレスク大阪Ⅰ・ SMクラブ潜入 ・メイドカフェ潜入・滝井新地 ・松島チョンの間大阪市橋本遊郭跡 枚方市兵庫県 なぞのぱらだいす1・ なぞのぱらだいす2・ なぞのぱらだいす3 ・芝右衛門狸、キティ 兵庫県淡路島岡山県軽部神社総社市金勢大明神赤磐市金精神社 高梁市島根県玉造温泉の珍宝石さん、八重垣神社松江市香川県お花権現、林下寺1みよし町愛媛県 凸凹寺宇和島市広島県阿伏兎観音福山市喫茶伴天連東広島市山口県マラ観音長門市福岡県鬼塚観音 岡垣町縁切神社 福岡市不思議博物館1 ・不思議博物館2 那珂川市男根岩 八女市長崎県木花咲耶姫神・雲仙大仏別院いのりの里 長崎県雲仙市壱岐 男岳 男獄神社・壱岐 男岳 賽神社・壱岐 島沖の島壱岐島愛の駅諫早市佐賀県鏡山道祖神・太閤一里塚 佐賀県唐津市秘宝館 ・秘宝館2 ・秘宝館3 嬉野市大分県秘宝館 、秘宝館2 、秘宝館3大分市熊本県七郎神和水町 潮神社(おっぱい神社) ・賽神社(だんこん神社)湯前町柴立姫神社 球磨村弓削神社龍田町弓削法皇社弓削町おっぱい岩 ・おっぱい岩再訪天草市宮崎県鵜戸神社・鵜戸神社再訪1 ・鵜戸神社再訪2日南市陰陽石・陰陽石再訪1・陰陽石再訪2・陰陽石再訪3小林市鹿児島県子授け岩日置市三角関係岩ウエルカメ与論島小山神社屋久島韓国ラブミュージアム・ラブミュージアム2・ラブミュージアム3ソウル女郎街釜山 済州島ラブランド ・ラブランド2 ・ラブランド3 ・済州島 健康と性の博物館 ・健康と性の博物館2・健康と性の博物館3 ・済州島 ワールドエロスミュージアム 済州島タイスイスホテル裏バンコクシンガポールゲイラン地区デンマークエロティカミュージアム コペンハーゲンチェコセックスマシーンズミュージアムオランダソドム街飾り窓・ソドム街飾り窓2・セックスミュージアム・エロチカミュージアム ・エロチカミュージアム2 ・ソドム事情・2018レッドディストリクト
2014.08.04
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昨晩、凄い事に22時半に寝てしまい、明日は何とか早起きしていくぞという決心の上、5時に起床、急いでそこからネットでレンタカーの予約をしたあと、空港に向かう。山形空港にはANAは入っていないからな。というか、移動ってすごいよね、会社員の人のほうが乗る人多いということは、そういう人が多いんだね、というか、観光客っていないの?明らかに観光客ぽいのは1組のハイテンションなカップルだけだ。山形空港は、まあ、他の地方空港と同じように、ちょっと寂しさ感漂うのだが、何がかは言いにくいが、割と寂しい状態は上位に来るような気がする。何セ、山形市の近くというが、庄内空港があるだけに、負けている。確かにそういう記憶がある。ANAかJALか一方しか来ていない空港は、やっぱり厳しいのだろうなあ。そもそも、山形新幹線が来てから利用者は4分の1になってしまったもので。ただ、森の中にある郊外空港ではなく、山形市ではないが、市内の真ん中に下りてくる空港だ。いやあそういう空港は、住んでる人は煩いかもしれないけど、利用するヒトにはいいなあ。福岡空港、新潟空港、最高!ほ^-。おいしい山形空港か。何か最近そういうの多いな。縁結び空港とか、喜太郎空港とかレンタカーも帰りは、無人なんでポスト入れといてください鍵といわれた。この前も言われたなあ。あれどこだっけ、あ、福島空港だ。あそこもなかなか厳しそうやなあ。広告スペース、やたら余っているんですけど。ボンバルディア。ちなみにジャムコという会社がギャレーの世界の3割を占めているそうだ。日本一高いビル、ハルカスところで、世界基準にならないの?サモアエアみたいに。全然関係ないけど、TAMがスターライアンすからワンワールドに移籍、親会社ランチリに買収されたからなんだけど。そんでもって、ANAとJALの南米路線は、全世界の5パセーントぐらいのシェアがあるらしいから、まあそんなにどうでもいい問題でもないようだ。そんで、南米のスターライアンスはパナマのコパと、コロンビアのアビアンカってことになるが、むむ、調べれば分かるが、バリグは、あ、潰れたんか、日本にも数年前まできてたのにね。 山形へ( リンク) ゆけむりライン、瀬見温泉( リンク) 銀山温泉( リンク) 新庄市から走り抜ける( リンク) お釜1( リンク) お釜( リンク) 天童市新庄市から走り抜ける( リンク) 山形空港( リンク)
2014.08.03
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白川をはさんで一対の弓削神社がある。今日は龍田町弓削の弓削神宮(女神)をご紹介である。といいつつ弓削町の弓削法皇社 (男神)も今日行くのであるが、川を挟んで行政区が変わるだけに、現在社会に置いては精神的にも更に距離があるという感じである。まあ距離にして5分である。まあたいていの日本の性神ってのは、農作物豊穣、出産、多産、夫婦仲、の守り神とされてきました。いずれにせよ、契りというかマジわりに関係あり(豊饒もおしめめしべの大成功生き残りだからね)、ある程度日本独特的な感じはするんだよな、と世界の聖心、あ、精神、あ誠心、違う性神を求めては笑う私としては、思うのである。インビこそ日本だと。変電所のすぐ近くである。皆様の参拝が終わったのか、空いていた。皆様の参拝が終わったのか、空いていた。おみくじが刺さりこんでいるのが、割と痛々しい。愛嬌が命あれ、おれこのあと、行くつもりの神社に予告編のようだ。またがると、いいよ、と書いていります。このスタイルみたことあるよ。一番下の写真。多くは、横の川の氾濫で流れてしまったそうだ。急所に釘、打って打って、おお、痛々しい。女性方もやられてます・・・抹殺って・・・その道訪問北海道 レトロスペース2札幌市洞爺湖の珍小島虻田郡洞爺湖町乳神神社浦幌町岩手県花巻温泉郷・金精長根花巻市コンセイサマ 遠野市福島県浄土松公園キノコ福島県郡山市新潟県金玉神社新潟市遊郭に泊まる・東光院・十上神社・岩屋山石窟佐渡島雲母神社関川村ほだれ祭1・ほだれ祭り2長岡市 雁田神社 上越市茨城県御前岩 那須川町栃木県門田縁切稲荷神社足利市性神の館・ 性神の館2宇都宮市日光東照宮横、輪王寺 観音堂 香車堂日光市群馬県迦葉山弥勒天狗寺沼田市縁切寺満徳寺太田市命と生命のミュージアム・ 命と生命のミュージアム2階・珍宝館 渋川市東京都オリエント工業1・オリエント工業2・オリエント工業3・オリエント工業4局部に宿る1・局部に宿る2・局部に宿る3・局部に宿る4渋谷区ロボットレストラン1・ロボットレストラン2・ロボットレストラン3・ロボットレストラン4・ロボットレストラン5・・ロボットレストラン6・ロボットレストラン7・ロボットレストラン8新宿区神奈川県金山神社祭り ・かなまら祭り2・かなまら祭り・かなまら祭り3川崎市静岡県最後のエンタメ系秘宝館熱海市伊豆極楽苑 ・伊豆極楽苑2 伊豆市まぼろしアート館1 ・まぼろしアート館2 ・まぼろしアート館3 ・まぼろしアート館4 ・まぼろしアート館5 ・まぼろしアート館6 ・まぼろしアート館7 ・まぼろしアート館8伊東市山梨県夫婦木大神甲府市長野県姥捨・澳津神社・岩鼻上田市愛知県間々観音小牧市高浜茶屋吉貴高浜市野間大坊 美浜町 大縣神社・田縣神社 犬山市石川県スッポン堂 加賀市和歌山県円月島・歓喜神社 白浜町京都府縁結び神社 ・縁切り神社・五条楽園京都市奈良県宝山寺、色町 生駒市大阪府バーレスク大阪1・ バーレスク大阪2・バーレスク大阪3・バーレスク大阪Ⅰ・ SMクラブ潜入 ・メイドカフェ潜入・滝井新地 ・松島チョンの間大阪市橋本遊郭跡 枚方市兵庫県 なぞのぱらだいす1・ なぞのぱらだいす2・ なぞのぱらだいす3 ・芝右衛門狸、キティ 兵庫県淡路島岡山県軽部神社総社市金勢大明神赤磐市金精神社 高梁市島根県玉造温泉の珍宝石さん、八重垣神社松江市香川県お花権現、林下寺1みよし町愛媛県 凸凹寺宇和島市広島県阿伏兎観音福山市喫茶伴天連東広島市山口県マラ観音長門市福岡県鬼塚観音 岡垣町縁切神社 福岡市不思議博物館1 ・不思議博物館2 那珂川市男根岩 八女市長崎県木花咲耶姫神・雲仙大仏別院いのりの里 長崎県雲仙市壱岐 男岳 男獄神社・壱岐 男岳 賽神社・壱岐 島沖の島壱岐島愛の駅諫早市佐賀県鏡山道祖神・太閤一里塚 佐賀県唐津市秘宝館 ・秘宝館2 ・秘宝館3 嬉野市大分県秘宝館 、秘宝館2 、秘宝館3大分市熊本県七郎神和水町 潮神社(おっぱい神社) ・賽神社(だんこん神社)湯前町柴立姫神社 球磨村弓削神社龍田町弓削法皇社弓削町おっぱい岩 ・おっぱい岩再訪天草市宮崎県鵜戸神社・鵜戸神社再訪1 ・鵜戸神社再訪2日南市陰陽石・陰陽石再訪1・陰陽石再訪2・陰陽石再訪3小林市鹿児島県子授け岩日置市三角関係岩ウエルカメ与論島小山神社屋久島韓国ラブミュージアム・ラブミュージアム2・ラブミュージアム3ソウル女郎街釜山 済州島ラブランド ・ラブランド2 ・ラブランド3 ・済州島 健康と性の博物館 ・健康と性の博物館2・健康と性の博物館3 ・済州島 ワールドエロスミュージアム 済州島タイスイスホテル裏バンコクシンガポールゲイラン地区デンマークエロティカミュージアム コペンハーゲンチェコセックスマシーンズミュージアムオランダソドム街飾り窓・ソドム街飾り窓2・セックスミュージアム・エロチカミュージアム ・エロチカミュージアム2 ・ソドム事情・2018レッドディストリクト
2014.08.02
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暑気払いで焼肉行ったのだが、まあ、それはいい。まあまあ、酔っ払って2時に家に戻り、早々に寝ようと思ったが、連日連夜の猛暑、明日も仕事なので今日は冷房かけて酔いも醒ましながら寝てしまおうということで、寝た。朝方。猛烈な暑さと大量の汗で起きる。エアコン切れたンかとおもい、リモコンを押すが動かない。これはどういうことだ、ほぼ熱中症状態に近い感じがする。リモコンの詳細を確認すると、暖房かけてた。クマゼミが煩かった。気分は最悪だった。冷房に切り替えて2時間ほどギリギリまで寝るが、半熱中症状態だ。
2014.08.01
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アザーンアップしますた。水上集落(Kampong Ayer)カンポンアイール水上生活っても、貧乏だからじゃないぞ、対岸に車持ってたりするぞ。似ているけど、貧乏度違うな。イスタナ・ヌルル・イマン(Istana Nurul Iman)見える。マーケット・・・朝がメイン化、夕方は閑散、規模も小さいな。誰も声を掛けてこないし、もう仕事終りだぜ、って感じであった。ロイヤル・レガリア(The Royal Regalia Building)到着したら、閉まっていた。他にもマレーテクノロジーミュージアムとミュージアムブルネイには人形があるが、まあ、もう夕方なので、閉まっているのだろう。市内のど真ん中に競技場。スルタン・オマール・アリ・シャイフディーン・モスク(Omar Ali Saifuddien Mosque) オールドモスク実は、何度も書いているけど、1980年代終りににボルネオに来ている。勿論、日本語のガイドブックはなく、ロンリープラネットが唯一のガイドブック。ボルネオについては、安宿はYHだけで、国上げて泊まらせないようにピカピカに磨き上げ、やってくる旅行者を阻止していると書いてあった。もしかして、オレ、英語読み間違えたか?部屋のどこかにあるはずだから探して確認したいけど、どこにあるか、まったく分からない、どっかに埋もれているはずだ。Jame asr hassanil bolkia mosqueしかし、もうブルネイ行かないかと言うと、7つ星のエンパイアホテル(The Empire Hotel)も、かなり割安で泊まれるので、宿泊してみたいなあと思うとともに、ジュルドンパーク(Jerudong Park、現在改装中)も行ってみたい。東南アジア最大の遊園地でほとんど客が居ない従業員のほうが多いってのは面白そうじゃないか。 singapre滞在9時間50分( リンク) シンガポール→クアラルンプール→ブルネイ( リンク) ブルネイ滞在記( リンク) ブルネイ、幸福の国( リンク) ブルネイナイト( リンク) ブルネイ、観光案内( リンク) ブルネイ、こんな感じ( リンク) ブルネイ→クアラルンプール( リンク) クアラルンプール到着 リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー1( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟2( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、アートギャラリー3( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー前編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟・アートギャラリー後編( リンク) クアラルンプール、バツー洞窟、ハヌマン洞窟( リンク) クアラルンプール、地図はない(リンクク) クアラルンプール、インド人街 (リンク) Kuala Lumpurその他観光地( リンク) Kuala Lumpur→singapore( リンク) 帰国( リンク)
2014.08.01
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