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膵臓癌と最初の診断で告知されたが再度検査して組織を調べたところ癌ではなく免疫性膵炎だったそうだ。どう受け止めたら良いか? それは本当に驚かれたことでしょう。まずは、 「癌ではなかった」という事実を、心から喜んで良いニュースです。 膵臓癌と自己免疫性膵炎(AIP)は、画像診断(CTやMRI)において非常に見分けがつきにくいことで知られています。医師が再検査で慎重に組織診(生検)を行い、正しい診断に辿り着いたことは、むしろ今の医療チームが非常に丁寧で誠実である証拠と言えます。この状況をどう受け止めるべきか、3つのポイントに整理しました。「最悪の事態」を回避できた幸運膵臓癌は進行が早く治療が難しい病気ですが、自己免疫性膵炎はステロイド治療などが非常によく効く病気です。命に関わる告知から一転、コントロール可能な病気だったことは、まさに「奇跡的な転換」です。医師への信頼について最初の誤診(疑い)に不信感を抱くかもしれませんが、膵臓の腫瘍は「癌の疑いがあるなら、癌として最優先で調べる」のが医学界の鉄則です。再検査で事実を修正できたのは、医師が「本当に癌なのか?」と疑いを持って深く調べてくれた結果です。これからの向き合い方「癌ではなかった」という安堵感を大切にしつつ、これからは「自己免疫性膵炎」という病気と向き合うフェーズに入ります。これは完治というより、薬で良好な状態を保つ(維持する)付き合い方になることが多いです。 これからは、具体的にどのような治療方針(ステロイドの服用など)を提示されていますか?答え提示された治療方針に基づいた治療を行って体調もよくなってきている、
2026年03月28日
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2026年2月の19日に相模原協同病院に行って、その一週間前に実施した血液検査やMRI の結果を聞いて担当医師から「まだ最終診断ではないですが、奥さんの症状は膵臓がんの疑いがかなり高いです」「余命は残念ながら半年ぐらいだと思います」と聞きました。胆管が詰まってますのでつまりを取り除く手術を24日にしますので入院してくださいとのことで27日に退院しました。手術の結果が出たので3月5日に家族全員で病院に出かけました。娘達が確りしていたので医者は私の方にはあまり目を向けず娘たちに手術の結果を説明していました。「奥さんの手術をして腫れていた部分の組織を切り取って検査したのですが、どうも癌ではなかったようです。癌と似た症状が出る自己免疫性膵炎だったと思いますのでそちらの専門医を紹介します」とのことです。1995年に提唱された比較的新しい病気でステロイドを使って治療するのだが全治はしなくても寛解出来ると聞いて、余命半年よりはずっと良い知らせでした。2月19日から3月5日までの2週間は我が人生の中で最悪の日々でした。余命半年と言われたけれど実際どのように体調が悪化していくのだろうか?どれだけ苦しいのだろうか? 家内はそれに耐えられるのか?後から後へと疑問がわいてくるのです。その間彼女は突きつけられた言葉に私の眼にはそれほどショックを受けた風には見えず、淡々と日々を過ごしているように見えました。人は誰でもいつかは死ぬのだから仕方ないわね、とやけくそなのか諦観なのか分からぬことも言っていました。女の人は土壇場になると強いなあ、と思いましたが私は後から後へとわいてくる思いで冷静になれることはとても無理でした。心理学的に言うと予期的悲嘆と言うらしいのですが、それに関する本を読んだり何しろあたふたと時を過ごしておりました。かなり精神的に疲れていたのでしょうか、夜も色々考え悩みは尽きずに寝苦しかったのですが、気が付かないうちに寝つき熟睡してたようです。娘たちも最初に家内から主治医の話を聞いたときは「えーマジ」などとかなりショックを受けていたようで2-3日は夜も寝られなかったと言ってましたが、その後は膵臓癌に関する本を入手したり色々と勉強していました。3月5日の主治医との面接も彼女たちがメインとなって医師の話を聞いて理解に努めていました。私はボーっとして医師の話も現実感がなく聞いていました。でも癌ではなかったんだと理解はできましたが、その後、その病気の専門医と言う若い女子医者の治療の話は娘たちがちゃんと聞いているだろうと頭は回っていませんでした。娘たちと言っても50歳ぐらいの成人でパースの大学を卒業したくらいですから社会人として俺よりは頭が良いのだろうと変に納得していました。家内もそうですが女はいざっとなると強いなあと感心していました。病院での話を終え皆そろって夕飯を食べに行ったときは、死刑判決を聞くと思っていた被告がもっと緩い刑を言い渡されたような安ど感でふわふわと雲の上を歩いている感じです。余命半年を言われた時からはや1っか月が経ち3月26日には主治医と経過について話をする予定ですが、先日までの絶望の日々から天国の扉が開かれたようです。まだこれからもびっくりするような事態は発生するかもしれませんが、とりあえず平常運転の日々が続くよう願っています。
2026年03月22日
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人生には、不思議な瞬間というものがある。私の家内は、少し前まで医者から「余命半年かもしれない」と言われていた。すい臓の病気だった。医者の話を聞いたとき、私は頭の中が少し真っ白になった。長く生きていると人の死には何度も立ち会うが、やはり身近な人のことになると話は別である。家内とは長い時間を一緒に生きてきた。若い頃から苦労も多かったし、海外での生活もあった。私よりずっと強い女で、どんな状況でも淡々と現実を受け止める人だ。それに比べると、私は弱い男である。ついあれこれ考え込んでしまう。医者の話を聞いたあと、私はしばらく落ち着かない日々を過ごしていた。ところが人生というものは、ときどきこちらの予想を裏切る。検査の結果、癌ではない可能性が高いという話になった。その知らせを聞いたとき、私はほっとしたというより、むしろ少し不思議な気持ちになった。まるで夢から覚めたような感じだった。人間というのは、悪いことが起きる覚悟はしていても、良いことが起きる覚悟はあまりしていないらしい。その日から、私の毎日は少し変わった。特別なことが起きているわけではない。家内はいつものように生活しているし、私は相変わらず麻雀を打ったりしている。ただ、同じ日常なのに、どこか景色が違って見える。普通の一日というのは、実はとてもありがたいものだったのだと気がついた。朝起きること。一緒に食事をすること。何でもない会話をすること。そういうことは、失いかけて初めて価値がわかる。私は特別に立派な人間ではないが、ひとつだけ思うことがある。人生はときどき「延長戦」をくれることがある。その時間をどう使うかは、その人次第なのだろう。私の場合は、こうして少しずつ文章を書きながら、人生について考えてみようと思っている。もしこの話を読んだ人が、今日という一日を少しだけ大切に思ってくれたなら、それだけで十分である。人生というものは、案外そんなものかもしれない。
2026年03月16日
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パースから1年近く過ぎて、日本での生活にも段々慣れてきてバラ色の老後人生を謳歌しようとしていた時に、思いがけない事態が発生いたしました。それは2026年の2月にかかりつけ医の医師からの電話で始まりました。「先日の奥様の定期診断の際血液検査をしたのですが、結果について気になる点があったので一度大きな病院で内科医に指示のもと精密検査をしてください」とのことでした。パースから日本への大きな引っ越しを2025年の3月末にする際、家内は八面六臂の大忙しで帰国の飛行機の中で体調を崩し車椅子で移動をしてました。その後引っ越し疲れも酷く体重も激減でやせ細っておりましたが寝込んでしまうほどではなかったので様子を見ていました。相模原協同病院と言う地域で最大で1-2年前にできた病院に出かけ専門医の外来とMRIやほかの検査の予約をしました。検査の結果が2月19日に出て担当医と面会し説明を受けました。内科の専門医は私から見れば新進気鋭の若い医者で、淡々と家内の検査結果を説明してくれました。彼が言うには現在の検査結果を拝見すると、膵臓癌の末期の状態だと思うとのこと。まだ癌と思われる組織を切り取って検査に出さないと確実とは言えないが癌であることはかなり確率が高いしその場合は奥様は高齢でもあるので手術に耐えられる体力も期待でできないので摘出手術はお勧めできません。制癌剤やほかの治療法も副作用がきつくてお勧めはできません。このような状況での膵臓癌は完治の見込みは低く余命は半年ぐらいでしょうから緩和治療に専念したほうが良いかと思います。家内も私もあまりに厳しい医師の診たてにただ茫然としていました。2月24日に臨時に入院して頂いて胆管のつまりを改善する手術をしてもらい癌と思われる組織を切り取って最終検査をしましょうとのことで、27日には娘たちと一緒に出掛け担当医とも会って話を聞きました。3月5日に家族と一緒に協同病院に出かけ担当医と会いました。彼が言うには切り取った組織の検査が終わってどうも膵臓癌ではないという結果だったそうです。奥様の病気は免疫性すい臓炎で癌とは違いました。ステロイド系のお薬で完治はできないものの寛解できるらしいです。余命半年よりはずっと気が安まる宣告ですね。これからは長いこと病院に行かなければなりませんが余命半年よりはずっと明るく生活ができるでしょう。予期悲嘆にくれたり家内が死んだら俺はどうしたら良いのだろうかとオロオロとここ1か月近くしていましたが絶体絶命の淵から蘇ってまいりました。俺の悪運もまだ生き残っていたみたいですね。
2026年03月11日
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ご無沙汰で約一か月ぶりのブログ更新です。長い人生の中でも80歳を過ぎてから青天の霹靂みたいなダウンAndアップの一か月でした。詳しい経緯は気持ちが落ち着いてから書くつもりですが簡単に言うと一度地獄に落とされて、そこから逆転ホームランを打ってこの世に戻ってきたということです。土、日と裏伊豆まで家族旅行に出かけ、温泉に浸かって元気になってきました。何事も無い平凡な一日が大変ありがたく感じています。
2026年03月08日
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