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最近、嗚咽して泣いたことってあったかなと考えると、ちょうど、一か月ほど前、とある少年の審判に立ち会った時だ。 少年院送致が相当という事案、そんな雰囲気の審判、そして、終盤、弁護士、調査官、裁判官が、審判の部屋を出て、協議を始める。裁判室に残されたのは、少年、両脇にそのお父さん、お母さん、そして、右側の1mほど離れた座席に、鑑別所の教官。そして、少年のすぐ後ろにわたし。 審判の結果はどうなるのか?その緊迫した状況の中で、父は少年の左側で、少年の左手をギュッと堅く握りしめている。右側にいた母親は涙をこらえきれず、くしゃくしゃになった顔で少年を見、そして、少年の右の手を強く掴んでいる。 わたしはそのお母さんの顔を見、その親子の姿を見ていて、涙が止まらなかった。我慢しても我慢しても、嗚咽して、涙がこぼれた。 自分の傍で、痛いくらいに手を強く握りしめ、泣いてくれる両親がいるこの少年はなんと幸せ者だろう。そう思った。なぜ、わたしは親子の愛や絆を見ると、涙が出るのだろうか・・・。 自分の手を強く握りしめて泣いてくれる人が傍にいたら、犯罪は確実に減るだろう。 人は人を愛するように努めるべきだし、人は人から愛されやすいように努めることが出来たらなお良い。 「愛のない者に、神はわかりません。なぜなら、神は愛だからです。」第一ヨハネ4:8あれから一か月、その彼と、仲良く歩んでいる最中だ。
2011/09/08
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10日ほどまえの話題であるが、我が母校・浪速少年院から、収容されて8か月目の少年が鉄格子を切って脱走した。約1年の収容期間を考えると、8か月目の彼は、ふつうでいえば、あと、4~5か月で出院であるのに、なぜ、逃げたのだろうか?親が引受人になってくれず、収容期間が過ぎても出る見込みがなくて、やけを起こしたのか?どうしても、今、社会に出て何かをしなければならないそんな思いがあったのか?わからないが、ショッキングな話だ。5月に所属する団体の仲間と、同少年院に講話に行かせていただいたばかりだし、当然、3か月前のことだから、その少年もいたはずだ。僕たちの講話をどう聞いてくれていたのだろう。非常に残念だ。脱走しても、また、捕まれば、いろんな意味で振出に戻ってしまうではないか?収容期間も伸びるであろうし、教官の先生方との信頼も一からやり直し、逆送されるか、特少に行くことも考えられる。こういう場合は、速やかに最寄の警察署に出頭して、自首するのが一番だ。なぜなら、罪に罪を重ねても、自分の目指した道が遠回りになるだけだ。脱走したことは愚かなことだが、犯してしまった罪のあとに、どう行動するか?それも大切だ。わたしは神に、その少年がいち早く、自首してほしいと祈りたい気持ちだ。少年院の教官には、人格的にも優れた方が多く、非行少年の更生に情熱をもっておられる方々だ。まさか、脱走されるとは思いもしなかったと思う。少年院によっては、比較的に鉄格子などがあえて置かれていない、半開放的な施設もある。そういう施設で逃走ということは、希に、希にあるが、浪速少年院のような厳重な警備体制のところで、鉄格子を切るなど、本当に驚きを禁じ得ない。 クリーニング科、電工科、溶接科、木工科、板金科、どの作業場でも、工具などを持ち出すのは不可能であるのだが・・・。これは、職員の不注意というより、事故ともいえる。浪速少年院の元生徒としては、考えられることではない。その少年の速やかな確保を願う。どうせ、確保されるなら、速やかな自首を願う。人間は失敗をする。しかし、失敗した後、立ち上がれば、また、やり直せる。その少年に伝えたい気持ちだ。
2011/08/23
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司馬遼太郎の「明治という国家」を読んでいます。自宅で預かっている少年が、一日数回、読書感想文を書いたりするので、その時間、身近な大人であるわたしも、模範を示そうと、難しそうな本を読んでいます。
2011/08/14
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乞うご期待!!
2011/07/15
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近々、新宿の某更生保護施設に見学と勉強に行きます。久しぶりに東京方面にいる友人と再会する予定です。 関東圏に住んでいない日本人はやはり、東京に行くというと、まんざらでもない、嬉しい気持ちになるのはわたしだけではないと思う。月曜日朝は、お茶の水のITCNの集会に参加しようと思う。
2011/06/16
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昨日は親しくさせていただいている僧侶のMさんと某市の人権擁護委員会会長さんと事務局長さんが所用で打ち合わせに来られました。今日は、東京から神父さんが、突然、人づてに来られ、ともに勉強をし合い、意見交換や、今、取り組んでいる活動についての話しあいをしました。人づてに人とつながって、そんな出会いを大切にすることで、自分の成長や人のためになる良い仕事を共に出来たり・・・そういった良い発展につながることもあると思います。 その神父さんは、2か所の刑務所と一つの少年院の教誨師もされている方でした。 いろんな職種、いろんなタイプの人と出会うことはとてもありがたいことだと思いました。
2011/06/10
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大阪の非行少年を持つ親の会の例会に参加してきました。セカンドチャンス!という少年院卒の自助団体の交流会にいつも参加してくださる方が、その親の会の中心メンバーのため、お礼も込めて参加してきました。 例会に参加し、発言もさせてもらって、ゆっくり交流をもたしていただいたのですが、皆さん、どうして子どもの問題を解決していっていいか悩んでおられます。 また、いつものことですが、そういう相談に来られる方は母親ばかり。 子供の問題は,母親だけの問題でなく夫婦の問題、家庭の問題でもある。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・例会が終わったあと、あるお母さんと、少年院にいる子供の引受人にならない親についての話になった。そのお母さんは、なぜ、自分の子供の引受人にならないのか?自分の子供ではないのか?子供たちがかわいそうだとおっしゃられた。 そういう親のことを、愛情が薄いとか、親放棄だ。と人は考える。 しかし、実際のところ、その親自身が、自分の親に愛情を受けたり、大切にされた経験が薄かったりすることが少なくない。 父親が蒸発し、母親は男をつくってまともに育ててくれない。愛情がわからず育ち、自分も結婚するが、自分の子どもの愛し方がわからない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 自分が親から大切にされた記憶があまりない。だから、自分の子供にはタップリ愛情を注ぎたいという親もいれば、 自分が大切にされたとか、家庭とは温かいものだという原体験がないばかりに、子どもを愛するとは何かわからない親もいる。 親が悪いからこうなった。というが、その親のまた親も、愛情とかけ離れた環境で生きてきた人も少なくない。わたしの学んでいた学校に、愛想の悪い女性がいた。彼女がなぜ、愛想の悪い女性になったのか?彼女の過去を聞いて納得できた。父親が酒乱で、母に暴力が絶えなかった。だから、いつも、母親と一緒に父から行方をくらまし、転校を繰り返した。新しい転校先で慣れたころにまた、父親に見つかり、また、母と逃げることを余儀なくされた。小学校の間に何度も何度も引っ越しをしたそうだ。引っ越し先の新しい学校で、人と仲良くなっても、また、父親に見つかって、転校するはめになる。友達を作って仲良くなると、別れがさびしくなる。だから、人に笑顔をつくって、友達を作ることが出来なくなった。・・・友達をつくらないほうが、転校するとき、辛くならない。・・・幼い彼女の自分の心を守る唯一の方法だったそうだ。その小学時代の経験から彼女は、人に愛想をふりまけない女性になってしまった。彼女は伏し目がちに微笑みながらそんな過去を話してくれた。人の現在の状態は、過去に影響される。わたしたちは今、目に見える現象や状態だけで、その人を判断してしまうが、なぜ、この人は、こうあるのか?その背後にあるものに目を向けるときに、敵対が少しでも理解に変わるのではないかと思う。人間の世界に必要なのは、ゆるしあうこと。口でいうのは簡単だけど、実際は難しいと思う。今のわたしには許せないような人はいない。でも、もし、自分の家族に何かされたら、わたしはその人を許せるか自信はない。しかし、キリストが十字架にかかられたとき、キリストの手足に釘を打ち、顔面につばきをかけ、ののしった人たちのためにキリストが祈られた、あの祈りだけは忘れたくない。「父よ。(神よ)彼らを許してください。彼らは自分で何をしているのかわからないのです。(どれほど罪深いことをしているかわかっていないのです。)」許すことは簡単なことではない。でも、神戸刑務所の教誨師であり、元・テロリストのヒュー・ブラウン牧師はおっしゃっておられる。許すことは、感情ではなく、意志であると。 感情的に人を許すことは難しいが、人を許さないことは、自分自身をぼろぼろにするばかりか、幸せには決してなれない。だから、相手のためでなく、自分自身のためにも人を許さないといけない。 まして、天の前には、人に指を差すわたし自身も、罪あるものだから。さきほどのヒュー・ブラウン牧師は、テロリスト時代、ほかのテロ組織とトラブルになり、双子の弟さんとともに拉致され、廃工場で、拳銃で両膝を打ち抜かれる体験をされたという。 自分がされるのはまだいいが、自分の弟の膝も打ち抜かれ、恨み、憎しみで心がいっぱいになったそうだ。 そのあと、しばらくして、事件を犯し、アイルランドの刑務所に収監されたとき、たまたま、刑務所のテレビで流されていた「映画ベンハー」を観たことを通して、衝撃を受けてキリストを信じられた。それから、殺されることさえも覚悟して、テロ組織を脱退することを組織の上司に告げた。その時、不思議に殺されることはなかった。ヒューブラウン牧師は著書「なぜ、人を殺してはいけないのですか」(幻冬舎)の中で、人を憎むことは、自分を破壊するだけでない。だから、感情では許せない思いになるが、相手を許すと宣言し、考えないように努力するとおっしゃっておられた。憎しみからは憎しみしか生まれない。しかし、許しからは平和が生まれる。ヒューブラウン牧師の講話は、多くの受刑者に、大きな、なにかを投げかけているに違いない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親の会に参加し、少年院に迎えに来ない親のことから、この話になったのだが、裁きあうのでなく、理解し合うことをわたしたちが目指していかなければならないと思う。
2011/06/07
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この間は、妻の末の妹が家に遊びに来ていて、2~3日一緒に過ごした。末の妹は、この夏、第一子を出産する予定だ。すっかり母親の顔になっており、 その表情から、充実した新婚ライフの様子がうかがえる。 また、わたしの兄も、この7月第一子を出産予定で、 またまた、妻のすぐ下の妹も秋に第3子を出産予定だ。 身内の中で、出産フィーバーが続いている。 命の誕生・・・とてもめでたい。 そういえば、妻のいとこも、二人、秋に結婚予定をしている。 めでたいことが続く時は続く。
2011/06/01
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わがティーンチャレンジ・ジャパンに岡山更生センターが与えられた。最大12名収容の施設。 みんなで捧げあい、支えあって、できた施設。途中、資金が集まらず、なんども、中断された。しかし、無事に完成した。 日本全国から多くの方がお祝いに集まってくださった。 司式はティーンチャレンジ理事長の船津先生。 式の途中で、古い友人との再会もあった。このセンターが、薬物依存症等で苦しむ方々の更生の場となって、社会に貢献することを神に大いに期待している。
2011/05/30
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今日は朝から、所属している薬物更生団体の代表の先生を新大阪に迎えて、大阪家裁に一緒に行ってきました。 薬物更生団体として、社会に貢献したい、そういう目的から、家裁に申し出て、いろいろと話があって、担当の方と面談の時間を設けていただいた。 このたび、担当の調査官は、17年前、わたしが3度目の逮捕時にわたしの担当調査官だった先生だった。 わたしは十代の時、4度逮捕された。その4回とも鑑別所で調査官が付き、面談され、なにかと調査された。 調査官というものは、担当少年を少年院に送る、送らないの調査をし、意見をする立場の人で、少年にとっては、いわば、その先生の意見が少なからず審判に影響するだろうことから、下手したら、自分を少年院に入れる敵のようで敵でない。敵でないようで敵になってしまう、そんな職業なのかもしれない。 3度目の鑑別所で担当調査官だった、M先生は、わたしが少々読書が好きと知ってか知らずか、本の話など、結構してくれたように記憶している。 わたしは太宰 治が好きだったから、太宰がどうのこうのとか言ったと思うのだが、M先生は、そういう読書の話で心を掴んでくれて、吉本ばなな、いいわよと自分の私本で、名作「キッチン」を貸してくれた。今まで、私本を持ってきて貸してくれた先生は初めてだった。わたしはその吉本ばななのキッチンを真剣に読んだ。キッチン、うたかた、サンクチュアリ、そういった短編もその本に含まれていたように思う。その時、たいそう感動したが、内容は、今はほぼ覚えていない。(今度時間作って古本屋で買って読んでみたいと思うが)犯罪を犯して収容されている人間としてでなく、一人の人間として扱ってくれて、その少年の興味を持っていることをほめ、伸ばし、そして、私本を貸してくれたその先生に、わたしは信頼という2文字を持てる大人を得たんだ思う。だから、この先生には心を開いたんだなあと。 残念なことかもしれないが、そのあと、わたしは再犯し、19歳で4度目の鑑別所送りとなった。しかし、わたしはこういう大人を自分が知れたこと、それは自分の財産だと感じていたように今となって思う。 少年院の中でもこの先生に手紙を書いたし、先生も返事をくれた。少年院を出て神戸に移り住んでいた時、この先生が神戸家裁に転勤したと聞いて、現場作業の昼休みに、神戸家裁にあいさつに行ったりもした。 元・非行少年とその元・担当調査官。会っていろいろとお茶でも飲みながら、昔、鑑別所の中で長い時間面接してもらったように、いろんな話をして、聞いてもらいたいと思うが、そうは、いかない。家裁としてはよろしくないことなのかもしれない。あいさつもそこそこに、気を使って私は立ち去った。それが15年前のこと。 それから、時々、3~4年に一回は、そのM先生の転勤先などを聞いては、職場に近況報告の電話を入れた。つい、2~3か月前も電話で近況報告をした。 おそらく、はじめて、17年前、M先生がわたしにしてくれたこと。そのことで自分にどういい影響があったのか。そういう話を少しさせていただいた。でも、野田くんは再犯したから、わたしがなんか役に立ったのかな?そういった質問を先生はされた。そりゃあ、先生は役に立ちまくってますよ。みたいなことを言った。 今、自分がしている仕事。その仕事上心がけることで影響されていること、それはM先生から影響されていることがある。それは人と接するとき、職域を越えて相手と対峙するということ。ある程度のことならだれでもできる。でも、相手のふところに飛び込み、人の心を打つのは、職域を越えるときにおこるのではないかと、わたしは考えている。 別に調査官が、自分の私本を持ってきて、少年に貸すのは悪いことではないかもしれないが、場所は鑑別所だけに目は厳しい。わたしを担当してくれた4人の調査官の中で、そんなことをしてくれたのはその先生だけだった。小説・文学は太宰 治だけが面白いのではない。ほかにも面白い本はたくさんある。そのことも教わった。 思い出話だが、3度目の鑑別所を出て、試験観察在宅処分になったとき、家裁の面接室で、母と親子喧嘩したとき、先生は、わたしと母の手をグッと掴んで、喧嘩の仲裁をしてくれた。その時の先生の真剣な、ちょっと悲しそうな目が思い浮かぶ。 私は神 イエスキリストを信じることを通して、人生の生き方が変えられた。確かにそうだ。でも、わたしの人生にこういう先生との出会いで、心を温められもし、今のわたしが形成されている。そのことを、神に感謝している。・・・・・・・・・・・・今日は先生と17年ぶりに会ったが、お元気そうで嬉しかった。こんなに立派になってと堅く握手してくれたが、久しぶりに素直に自分の成長を認めることができた。 この先生との出会いは、わたしにとって特筆すべき出会い、わたしにとって、心の財産であるといつか、伝えることが出来たらうれしいが・・・。
2011/05/16
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GWの真っ最中の三日(火)浪速少年院に、出院生3人で行ってきました。真ん中のでっかいのはわたしです。左からK戸くんの奥さんM子さん、顔半分がわたしの妻。K戸くん。そして、才門副代表。子供たちと、院長先生、首席専門官さん、教育統括さんです。休みの忙しい中、受け入れてくださった、浪速少年院の先生方おひとりおひとりに心から感謝いたします。 とりわけ、院長先生のご配慮に一層の感謝の気持ちが湧いてきました。 ちなみに、わたしたちの講和の終わりに、院生たちが歌のお返しをしてくれました。 坊主頭の非行少年たちの合唱に目頭が熱くなりました。その歌はhttp://www.youtube.com/watch?v=DpytUpSs974&NR=1 です。この歌を聞いていて、以前、浪速に勤めておられたK柴先生という方の指導が今も息づいているような感じがしました。
2011/05/04
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びっくり仰天な式テーマ先週、ものすごい仰天な洗礼式があった。おそらく、世界で報道したら、良い意味での衝撃が走るだろうと・・・、そういうニュースです。 洗礼を受けられたのは、とある組織の元・親分。そして、洗礼を授けたのが弟子教会の金沢牧師であるが、なんと、その洗礼をうけられた元・親分は、金沢牧師の元・親分さん・・・。 武闘派といわれ、その組織のふところ刀といわれたその元・親分さんは、元・子分である金沢牧師の前で、主イエス・キリストへの愛を誓われた・・・。 聞いた人がみな、耳を疑う仰天な洗礼式。 元・暴力団の牧師が、元仕えていた親分に洗礼をお授けする・・・。いや、神様のなさることは本当に素晴らしいし、奇想天外だ。 ちなみに、金沢牧師が現役時代、事情あって、組を移籍されたのだが、初めにその稼業についた時の親分さんである。 金沢牧師は、元・親分さんを気遣いながら、最高の笑顔で、式を進行していた。 幸せな気持ちにさせられた洗礼式だった。 ちなみに、今日は、GWであるが、浪速少年院に、セカンドチャンスという少年院卒の自助組織の仲間たちと行かせてもらう。ちなみに、そのセカンドチャンスの行事で施設に講和に行くのは初めてである。
2011/05/03
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全国の受刑者約2800人が東日本大震災の義援金として、 総額2156万円。 というニュースを目にした。 とても良いニュースではないか? 後輩が大刑より、所持金のすべて13000円を募金したと聞いて感心していたが そんな受刑者の方々はいっぱいいるということ。。。。 市民の方々からも、 見直していただけるような素敵なニュースだと思う。 犯罪者=怖い。ケモノ そういうイメージを持たれる方も少なくないと思う。 しかし、このニュースを通して、犯罪者の更生保護に対して、 理解や協力、関心を寄せられる方々が起こされるのではないかと思いました。 http://www.moj.go.jp/hogo1/soumu/hogo_hogo01.html (←更生保護)
2011/04/26
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今日の礼拝をもって、教会は11歳。人間に例えると小学5年生。 早かった11年。24歳で右も左もわからない未熟なわたしが教会を始めた。今は35歳。もうええおっさん。 振り返ると・・・、今まで、何をしてきたのか?そんな気持ちになって、自嘲したくなる時もある。 教会に来る人が多けりゃ喜び、人が去って来なくなると、塩をかけられたナメクジのように小さくなって、空しく、悲しく自分を呪いたくなる。 なんで俺みたいな人間が牧師やっているのやろうと・・・。 ゼロから始まった教会が時には、40~50名近い人で一杯になった時もあった。 潮が引くように人が去っていき、残ったのは虚しさだけ・・・。虚しさだけ・・・。そう思っていた。でも、その虚しさの果てに、見えたものがあった。 天の父、すなわちこの世界を造られた唯一の神様の大きさ・・・。この方だけは、良き方。そして、決して変わることのない方であること。 たとえ、わたしがつまづき、倒れても、この方が素晴らしいのは変わることがなく、全世界でこの方は多くの人を救い、今も、しるしと不思議を行われる。 失望、絶望するわたしに、こう語られる。「そんなお前でいい。そんなお前がいい。」 「それゆえ、主は あなたがたに恵もうと待っておられ、 あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。 主は正義の神であるからだ。 幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。 ああ、シオンの民、エルサレムに住む者。もうあなたは泣くことはない。 あなたの叫び声に応じて、主は必ずあなたに恵み、それを聞かれるとすぐ、 あなたに答えてくださる。」 (聖書 イザヤ書30章18~19節) イエスキリストを信じたら、ほんまに幸せものです。アーメン。これからもわたしは、失望と希望を行き来しながら、神の言葉を頼りに最後には逆転ホームランを打つ!そういうかすかな希望を持ちながら、前進していきたいと思います。最後に、今日聞いたばかりの”証”を一つ。十代の頃、一緒に悪の道を走ってきた後輩が洗礼を受けて、一年近く、休まず、ずっと礼拝に来ています。あいつを刺して来てくれ。と頼んだら、ほんまに刺しに行くような後輩でした。 シャブでおかしくなり、拘置所、精神病院、社会復帰するまで10年かかった彼が、イエスキリストを信じて、驚異的な回復力が与えられて、今は、どこから見てもまじめな青年にしか見えません。彼の入っていた精神病院に薬物関係の仕事の用事で訪れた時、病院の先生に後輩の名前を告げ、彼は今はまじめに教会来ていますよ!と言ったら、え、あの彼が!と驚き、喜んでいました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 自転車で40~50分かけて教会に通っている彼は、今日も礼拝に来る途中、バイクにはねられ、転倒したそうです。 昔の彼なら、それこそ、相手に天誅喰らわすか。金にするか。そんな彼でしたが、相手を許して、擦りむいて血が出る足をかばいながら、いそいそと自転車を漕いで教会にやってきました。 そういう話を聞くと、ほんとうに生きてて良かったなと思います。 人は変わることができるんですね。アーメン。
2011/04/17
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ゴスペル教室テーマ:ブログ 3月11日の震災以降、日本中が喪に服し、さまざまな方が、テレビで震災の状況を見ては涙されています。また、多くの方が精一杯の義援金を送り、多くの方が現地に足を運び、何かできることはないかと奔走している姿に日本という国の温かさを感じる今日この頃です。 3月は河内長野市保護司会の研修会にて、講演させていただいたり、引っ越しのバイトなどなど、公私ともに忙しい日々を送っていました。また、5年近く別荘で務めていた後輩が出てきたりと、嬉しいこともありの最近です。たいへんなのは、刑務所にいる知人たちへの手紙の返信で、社会で仕事をし、用事をこなし、子育てをしていると、なかなか、落ち着いて手紙を書く時間がとれないのが現状です。 時に、長いこと教会から離れ、さまよっていた人が、再び刑務所に収監され、もう一度悔い改め、平安に過ごしている様子などが手紙から届きます。牧師にとっては自分の手で洗礼を授けた人のことは、忘れようもありません。先日はお子さんにお菓子を買ってあげてくださいとその人から1万円が届きました。その気持ちがとてもうれしいことです。多く裏切られると、また、裏切られはしないかと、誰かを信じること、期待することに消極的になります。 信じて期待して、裏切られてまたショックを受けたくない、だから、あまり信じないあまり期待しないとなってしまう。 そういう経験をたくさんしてきた人でないとわからないと思います。でも、また、人は人を信じようとする。そういう繰り返しを通して、本当に信頼できるものはなにか、絶対裏切らない存在とは何かということに気付かされていくように思います。わたしにとってそれはもちろん、イエスキリストでありますが。書ききれないたくさんの嬉しいこと、大変なことが起こってきますが、被災地で苦しまれている方を思うと、正直、自分の戦いなど、小さく見えてきます。 ちなみに次男と長女が小学校・幼稚園にそれぞれ進み、子供の成長を楽しませてもらっています。 ところで、2か月ほど前から、わたしたちの教会で、ゴスペル教室が始まりました。はじまったばかりですが、第1、第2、第4金曜日の昼14時30分~と夜7時からレッスンが行われています。 講師は、ニューヨークでグラミー賞を5~6回受賞した、ブルックリンタバナクルクワイヤーを直に学んできた先生です。ゴスペルを教える腕は確かな先生。ピアノの腕前も見事でご自身で作曲もされる方です。上の写真は、とある日のレッスンの様子です。生徒さんが増えたらいいなと思います。東大阪近郊でゴスペルを習いたいけど・・・、初心者だから・・・、年齢が行ってるから・・・そんな理由でふみだせない人がいたらぜひ、来ていただけたらなあと思います。ちなみに、年齢ですが上は80代から20代まで参加しています。今は始まったばかりで少人数ですが、アットホームな感じの教室を目指しています。
2011/04/08
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シカゴにあるセーファーという出所者向けの職業安定所と民間刑務所を運営する団体を見ました。翌日はウィスコンシン大学のトムさんとスティーブさんの話を聞きに行きました。お二人とも元・受刑者で現在大学の教授をされている方です。
2011/02/28
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明日礼拝を終えてすぐアメリカに向かいます。社会復帰支援施設とティーンチャレンジウィスコンシンセンターなどに視察に行き、視察終了後、一年前から知り合ったミッキー牧師の家に少しお世話になりに行きます。シカゴ・ウィスコンシン・南カリフォルニアと短期間で回ります。今回は少年院時代の同囚・同部屋の博多出身在住のK君と一緒に渡米します。なにが起こるか楽しみです。
2011/02/12
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先週、教会の壁が白く綺麗になった。塗ってくれたのは二人の青年だ。二人とも、それぞれ、7年前、8年ほど前、人生をやり直そうと教会で生活し、同じ時をいつくか過ごした子たちだ。A君は19歳の時、暴力団の人ともめ、トラブルになり、心機一転やり直そうと、教会に来た。その光景を昨日のことのように思い出す。 暴力団が教会にかくまっているな!と攻めて来たら怖いことだが、神様が守ってくれると皆で信じていた。(実際に別件で乗り込まれたことはあるが。) そののち、彼は、ペンキ屋を開業し、今は従業員を雇い、仕事に精を出している。もう一人、T君は少年院あがりで、教会で生活した後、関西の二つの少年刑務所にお世話になったが今は、落ち着いて、鉄格子とは無縁の生活を送り、塗装屋ももう5年近く勤めているそうだ。 ケミカルともおさらばし、健康的な笑顔ではにかんでくれた。今回、二人はかつてお世話になったお礼にと、無料で道具と材料持ち出しで壁をきれいに塗ってくれた。涙が出るくらいうれしいではないか。幸せだなと思う瞬間だった。こんなに白くきれいになりました!ツルの恩返しならぬ、ワルの恩返し.今さら言うまでもないがキリストと共にあるなら人生は捨てたもんではない。
2011/01/18
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24日(金)夜7時30分から55分NHK大阪より放映される”関西熱視線”という番組の後半で少し、教会の取り組みが出る予定だそうです。街頭犯罪の約6割が、未成年、その少年たちの犯罪への背景と対策を探るというテーマだそうです。なにはともあれ、クリスマスイブに教会が紹介されるのはうれしいことです。(視聴可能地域は、関西と三重県 番組ホームページより)
2010/12/23
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某医療少年院に行ってきました。キリストの言葉によって、人生の方向転換ができたことを話すことができました。今回、兄の歌がメインでした。 奉仕ののち、この少年院で40年以上、教戒師として奉仕されてきたN先生ご夫妻と、わたしたちとで食事をしているとき、11年前、こちらの少年院で当時、院生だったKさんという少女の話になりました。Kさんは出院後、生駒聖書学院で学ばれ、卒業されましたが、今も、あるところでお元気にされていると、また、最近出産されたとのことでした。N先生夫妻にとって、院生は息子娘のような存在なのでしょう。そして、わたしにとってもKさんは後輩ですので、元気な様子を聞いてうれしく思いました。いつか、同じ経験から、キリストの言葉によって立ち直ったものたちが、みな力を合わせて、主のために、院生のために、ご奉仕できることが来ることを夢見ています。クリスマスイブの夜は、わたしたちの教会での小さな働きの様子が、某局の番組で少しだと思いますが、流れる予定です。明日は用意したお菓子とカードを少年院に配りにいく予定です。
2010/12/15
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今年も大阪府下5施設の少年院、児童自立支援施設にお菓子と御言葉入りクリスマスカードを届けます。今年は570人分のお菓子の袋詰めをしました。完成品です
2010/12/13
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明日は、某医療少年院のクリスマス会に参加し、短い時間ですが、メッセージを伝えるときを持たせていただきます。この少年院に初めてお話に伺ったのが、早いもので11年前です。 あのときから、もう11年も経ったんやなと時の流れの早さにびっくりします。 明日、兄がゴスペルを歌い、わたしが話しをする。兄弟そろってガンクビならべて、神のために奉仕できるのは幸いです。今年のクリスマスも忙しくなりそうです。
2010/12/13
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ご無沙汰しております。2,3か月ほど前から、元気いっぱいの少年を教会にて預かっておりまして、魂の交流をしております。かなり久しぶりの更新ですが、くりすますはコンサートをします。お近くの方はぜひ、足をお運びください。明日は久しぶりの岡山です。所属する団体の理事会があります。新幹線の中でゆっくり聖書とメッセージ準備に没頭したいと思います。
2010/11/25
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大会まであと2週間ほどです。ぜひ、お越しください^^
2010/09/07
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一か月ぶりの更新となりますが、バタバタ忙しく過ごさせていただいております。さて、いよいよ、ライズアップジャパン2010年本大会が歴史を司り、支配しておられる方、その方のもとで結集する大会です。ぜひ、関西近郊の方はお越しください。ゲストは売出し中のグレースマンという透明感のある曲を歌ってくれるユニットと、知る人ぞ知る、現在、東京でプロのアーティストとして、着実にファンを獲得している、IYSEとMANAMIさんです。IYSEの動画 http://www.youtube.com/watch?v=f3p1K9X3D1I&feature=relatedManami動画 http://www.youtube.com/watch?v=RIisSRLSQn8グレースマンの動画を探しましたが見つからなかったのですいません。
2010/09/05
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仙台がもっと好きになっちゃいました。バプテスト仙台北キリスト教会の佐藤雅先生と。(この日、奥様の律子先生とご一緒に青葉城跡にお連れくださいました。)仙台や ああ仙台や 仙台や(ほんまは松島やけどね。)芭蕉の気持ちがちょっとわかっちゃいましたっ!詳しい仙台日記はまた近々。
2010/08/05
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今年3月に続いて、再び仙台に行ってきます。中高生キャンプでメッセージの奉仕をします。ついでに日曜日は、バプテスト仙台北キリスト教会でメッセージをします。 心の中におられる神に委ねて、心の中におられる神に語っていただくことを願って行ってこようと思います。アーメン。
2010/07/27
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先週の日曜からお客さんが来てくれている。我が家にとって珍しいのがニューヨークからの高校生のお客さんだ。彼はわたしと同じ186センチ。そして、日本語も相当上手だその彼が、今度の日曜、教会の礼拝で、神を信じるに至った証を少ししてくれる。楽しみだ。一期一会を大切にすると、いろんな深いつながりが出来、幸いの連鎖が起こる。今週は、兄の結婚式に日帰りで東京に行く。東京への日帰りは身体に応えるだろうが、めでたいので楽しみである。。
2010/07/22
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最近、見た韓国映画の中で、泣かせてくれた映画。それは『最後の願い』という映画だ。主人公はクリスチャンのシン・ヒョンジュン。そして助演はホ・ジュノ。わたしにとって、嗚咽して泣かせてくれる映画と出会う確立は、一年に1回か2回。しかし、今回のこの映画は、なかなか嗚咽させてくれた。テジュ(シン・ヒョンジュン)とヨンウ(ホ・ジュノ)の学生時代、共通の初恋の人がヘヨン(ハ・ジウォン)。テジュ(シン・ヒョンジュン)は不良学生でヨンウ(ホ・ジュノ)はどちらかというと真面目に生きる学生。一人はチンピラに、一人は刑事になる。そしてやがて無期懲役を受けたテジュが、刑務所の面会室で彼女にそっぽを向き、ヘヨンに別れを告げる。それはヘヨンを思う気持ちからだった。いつ出れるかわからない無期懲役を受けた殺人犯を待っていたのではへヨンとお腹の子のためにならない。突然、別れを告げられたへヨンは、実家にも追い出されたのか、お腹の子を抱え、その苦しみの中、ヨンウと再会し、やむを得ずヨンウの助けでセヒ(女の子)を産む。そして、ヨンウとへヨンは結婚する。やがて、幼い娘を残してへヨンは他界する。ヨンウはセヒを自分以上に愛し、育てる。ところが、セヒは病魔に襲われ、肝臓を移植しないと命が助からない。その時、とったヨンウの行動は・・・。複雑で衝撃的な人間関係に驚かされる・・・。後は見てのお楽しみだが、悪者が命の大切さに気づき、自分の命を大切な人のためにささげていく・・・。見た後も温かい気持ちにさせてくれる映画だ。
2010/07/17
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収録に行ってきました。次回の月曜日、教育テレビで夜8時から30分番組で放映予定です。
2010/06/29
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この間の水曜日、母校である生駒聖書学院に、講義に呼んでいただきました。一日、3時限の授業。聖書学校で初めての奉仕でした。正直、自分が何を語るねんという自己卑下をする思いもないわけではないが、与えられた奉仕の機会は、神からのミッションとして、断らず、はい。喜んで!と受け止めるようにと教えられたので、祈って、準備して、行ってきました。 教え子に目を留めてくださる院長先生に感謝です!! わたし、近々、属しているとある団体の仲間と一緒に、NHKの収録に行ってきます。 7月にテレビ放映されるそうなので、奇特な方はごらんください。もちろん、また、告知いたします。
2010/06/25
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7月にコンサートがあるので、先日、そのチラシを印刷しに行ってきました。妻が娘を連れて行って来て!ということで(しょっちゅうですが)娘を連れて行きました。重たい用紙を抱えて娘を連れて印刷作業はなかなか大変です。妻は子育てに追われているので、一人の時間を持つことで、気分転換になっているようです。子育てに協力的な良い夫だと勝手に思い込んでいる今日この頃です。最近、十代の頃からの後輩が礼拝に来ていて、その後輩が今度、洗礼を受けます。その、彼と定期的にチラシ配りをしています。チラシを配り終えてから銭湯にいって、一、二時間ゆっくり湯船につかりながらキリストの話をするというのが、習慣になっています。平凡な日常に感謝です。
2010/06/17
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友人のいる大阪南部にある拘置所に面会に来ました。 拘置所の面会待合室には、ベビーベッドが置かれています。。。受刑者の奥さんが小さい子を連れてお父さんに会いにくるからです。 あるいは、女性の受刑者がいて、その女性受刑者の幼い子どもを主人なり、おばあちゃんが連れてくるということもあるでしょう。 ベビーベッドは拘置所のみならず、刑務所の面会待合室にも、設置している場合が多いです。今回、面会に来た友人は、昔からの友人です。彼はいいます。何を信じるのかは人の自由だけど、何かを信じないと生きていけない。人は無信心では生きていけない存在だと。 彼は、パワーフォーリビングという伝道雑誌を読み、感銘を受けているそうだ。人生には分かれ道がある。その友人とわたしとは、同じように、愚かな道を走った青春時代、わたしは、20歳でクリスチャンの道を進み、友人は極道の道を進んだ。もう、あれから14、5年ほど経つ。 あの時が分かれ道だった。分かれ道がイエスキリストにあって合流することをそして永遠の命の道へと続いていくことを神に祈っています。 囚われの身にある人に聖書を送り、信仰書を送る。時に切手や衣服を送る。そんな地味な奉仕は、祈ってくれる人、支えてくれる人がいて、成し遂げられる働きです。 自分が神に救われた!その原点に立ち返らないと出来ない働きです。 みなさんの分かれ道はどんな別れ道だったでしょうか?
2010/05/14
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心訓世の中で一番楽しく立派なことは一生涯貫く仕事を持つことです。世の中で一番みじめなことは人間として教養のないことです。世の中で一番さびしい事はする仕事のないことです。世の中で一番みにくいことは他人の生活をうらやむことです。世の中で一番尊いことは人のために奉仕し決して恩にきせないことです。世の中で一番美しいことはすべてのものに愛情をもつことです。世の中で一番悲しいことは嘘をつくことです。 福沢 諭吉 先日、友人から届いた手紙にあった言葉です。さすがは福沢諭吉です。わが国で一番高い紙幣にのるだけありますね。天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず・・・。関係ない話ですけど、わが国の硬貨は500円玉、100円玉、50円、10円玉、一円玉ですが、足すと666円。聖書のいう悪魔の数字。お金は見事に人を変えます。一万円札の表紙に選ばれた諭吉の言葉を心に刻んで行きたいものです。
2010/05/06
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神戸チャイナタウンのマドンナです。長田区の教会の帰りに久しぶりに寄りました!
2010/04/25
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とある集いで一緒でした。 彼は、男前なだけでなく、男性から見ても味のある男です。男性の俳優でも、アイドルでも、同性からも人気のある人はいいですね~。 今、売り出し中の彼ですが、誰だかわかりますか?わたしは以前、彼らのCDを妻と小学生と幼稚園の息子・娘と買いに行きました。
2010/04/13
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去る金曜日、仙台に行って来ました。礼拝のメッセージを含め、4回お話をする機会がありました。何といっても神学校時代の後輩のKEN牧師とゆっくり交わる時間が与えられて、幸せな一時でした。丁度、この日は、KEN牧師の教会の青年会の皆様とたこ焼きづくりをしました。大阪の人間だから美味しいたこ焼きを作ってほしいとの期待があったそうで、張り切って作りましたが、焼きながら食べると、お腹一杯になって、それほど、何個も食べれるものではありませんでした。一応、皆は美味しいと言ってくださいましたが、これや!という味を出せた感はありません。その後、食事をしてから、大阪でも有名な極○湯のチェーン店にお風呂入りに行ってきました。(KEN牧師と美味しい夜食を共にしました。店員さんと仲良くなって写真を撮りました。)翌日の土曜日は仙台市内のとある教会に連れて行ってもらいました。その教会の牧師は、以前、大阪のとある在日大韓教会で奉仕され、その時、近くの教会同士交流し、お世話になった、リー先生でした。2年前に仙台市内の教会に赴任されたので会いにいってきました。韓国のわたしの兄といった感じです。とても素晴らしい先生です。(先生家族と撮りました。)その後、1時間半ほどのんびりと移動し、二人で自然を満喫しました。パークゴルフという北海道発祥?のスポーツも楽しむことが出来ました。しかし、寒かったし、KEN牧師に容赦なく破れました。そして、翌日は3回のメッセージでした。しかも、すべて違うメッセージ。若さゆえか疲れませんでした。KEN牧師の教会は、自由ではつらつとし、元気な人が溢れています。昼のセミナー終了のほうで、教会の中心的メンバーのある方が、わたしにこうおっしゃられました。金沢先生の本に、野田先生が出ていて、その本を読んだ時、金沢先生がケンシロウだとするなら、野田先生はレイだと思っていましたと。その後、お話したとき、わたしはジャギ見たいなもんです。と答えました。北斗の拳を知らない方にはつまらない話ですいません。とにかく、今回の仙台訪問は最初から最後まで飛ばしまくりで最高の訪問となりました。何といっても、聖書のメッセージを語ることが出きるは、牧師冥利につきます。また、わたしのメッセージを聞いて、イエス様のことがわかった!と言ってくださるナイスガイの青年もいたではないですか!!そういうことが一番うれしいですね。そして、何と3,4ヵ月後にも、宮城県に宣教に行かせていただくことになりました。次回もKEN牧師と美味しい夜食をいただき、極楽湯に行こうとわたしの中で計画しています。
2010/03/31
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週末は仙台にてご用です。友人の結婚式以来の仙台です。仙台市内はわたしの想像をこえて、都会ちっくでした。 仙台といえば、同じ東北の青森。実はわたしは青森の金木町にある太宰治の生家に行きたい。それが少年院にいる頃からの夢でした。しかし、今回も時間的に行けそうにありません。太宰は生まれて来てすみませんと葉一に語らせたが、わたしはクリスチャンとして、救われてすみませんと神様に頭を掻きつつ申し上げたくなる時があります。近々どうしても行きたい場所。それは太宰の生家です。
2010/03/23
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今日は、交野女子学院に行って来ました!交野女学院は全国で9つある女子少年院の中で、関西で唯一の女子少年院です。 迎えてくださった次長の矢野先生は、重職につかれていながら、とても腰が低く、尊敬できる素晴らしい先生でした。 服装の身だしなみをきちっとされ、やさしくするところはやさしく、きっちりするところは、きっちりする。そんなメリハリを感じさせられる方でした。 このような人格者にお会いできることは自分の人生においても勉強になります。今日の講話は、『人の痛みを知る。~自分を大切に出来ないものに人を大切に出来ない~』そのような内容の講話をさせていただきました!!人の前で聖書の話をするのでも、講話をするのでも、何年経っても緊張します。もう10年牧師をしていることになりますが、いまだに手足は震えます^^・・・。 講話の前には恒例のバイオリン演奏でした。豆満江を渡って来た宣教師・李氏による、バイオリン演奏で始まりました。(*豆満江を渡って来たというのは、わたしと李氏における冗談のネタです。浪速少年院で先月講話させていただいたときは、李氏を対北朝鮮の特殊工作員だと冗談を言いましたっ。)李氏の演奏は一生懸命で、少女たちに感動を伝えたい!その思いが音色に乗っていました。 講話の冒頭で、わたしも15年前、同じく少年院に入っていたものです。そう紹介すると、皆、ぐいっと親近感をもって話を聞いてくれていました。 自分の妹に語るように1時間話しをしました。少し、話が長かったかな?とも思いましたが、キリストの十字架上の祈り、『父よ。彼らを赦してください。彼らは何をしているのかわからないでいるのです。』から、人間関係における許し合うことの重要性、そして、そのイエスの祈りは、ここに収容されている皆さん一人一人のためにも祈られた祈りであると結びました。わたしたち人間は加害者にも被害者にもなりえる。被害者の痛みを想像し、痛みを知ろうとする時、人の痛みを知れる人間となっていけるのではないか。わたし自身、まだまだ人格の工事中の至らないものですが、人の痛みを知る人間へとなっていきたいし、少女たちも再犯をすることなく、人の痛みを知る人となってほしい、その一事でした。 今日も、チョコレートとポテトのスナック菓子を90人分近く届けることが出来ました。共に、プレゼントしてくださった教会の皆様に感謝です!今日、交野女子学院に導かれたことを、学院の先生方、そして、天に感謝です。 (次長先生、李宣教師、T先生、わたし。)
2010/03/05
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2006年からはじまった母校、浪速少年院の訪問も5年目を迎えることが出来ました。今回も、バレンタインを記念して、チョコクッキーを贈呈させていただき、講話の機会も与えられました。浪速少年院の院生たちは、、昔と変わらず、キビキビし、奥深い目をして聞いてくれました。わたしが15年前入った当時は、収容生同士の会話は禁じられ、もし、会話が必要なら、先生に許可を申し出てから話をしなくてはなりませんでした。それの良かった面は、お互い、社会にいた頃の自慢話や武勇伝などのムダ話や、もし、ここを出たら一緒に遊ぼうなという、悪いことをしたもの同士の再犯の可能性が最小限に防げるという要素があることだと思います。でも、どういう環境でも自分の決意を貫く強さは必要だと思いますが。現在の浪速少年院の様子は外側からしか見えませんが、キビキビした少年たちの振る舞いと共に、アットホームな温かさも伝わってきました。今日は、同僚のリーさんがバイオリンを演奏し、(映画タイタニックの中で演奏されていた、『主よ。みもとに近づかん。』)その後に講話をしました。 講話の内容は1時間ほどにわたりましたが、端的にいえば、何を目的にして生きるかで自分の人生はおのずと決まる。院生活で良い人生の目的を見つけてほしいと伝えました。秋田院長先生と小柴統括と写真を撮らせていただきました。相変わらず、少年院の先生方は優秀な先生方が多く、また、秋田院長先生をはじめ、現場で教育部門を受け持っておられる小柴統括の底抜けな少年に対する熱意を感じました。また、秋田院長先生の温かで飾らない人柄に感じ入りました。少年院の先生の中でも改革的で、また、本当に少年の将来のために労を惜しまない先生方で、胸が温かくなるのを覚えました。少年院に入ったことは、罰として当然か、それとも少年たちにとっては窮屈で最悪な時間でしかないのか?少なくともわたしは少年院に入って良かったなと思います。また、そこで出会える先生方との交わりから教えられること大です。もちろん、帰りの車内で、リーくんと二人でクルマを停車し、神に感謝の祈りを捧げました。一出院生として、また、ひとりの牧師として、皆さんが愛されていることを語れてうれしい一日でした!!
2010/02/09
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というけれど、本当だろうなと思う。昨日、今日と、妻のおばあちゃんの昇天一年目の偲ぶ会に出席してきた。そのおばあちゃんには、わたしもやさしくしてもらい、暖かいまなざしで包んでもらったので、そのおばあちゃんの笑顔を想うと涙が出ることがある。 そういえば、妻はとてもおばあちゃん子で妻と結婚の話が出た時、おばあちゃんの家にあいさつに行ったことがある。9年くらい前の話だろうか? おばあちゃんは、可愛い孫娘が、どんな人と結婚するのか?心配し気になっておられたそうだ。その以前に、ある時、自宅のポストの中に、クリスチャン新聞の福音版が入っていて、その記事にわたしの証と写真が掲載されていた。おばあちゃんはその記事を見て、こんな子もおるねんなあ と記憶してくれていたそうだ。その福音版の教会案内の欄には、おばあちゃんが通っていた教会と別の教会の名前が押してあって、たまたま、ほかの教会の人が通りがかり投函してくれていたのだ。そして、それから月日が経って、孫がおばあちゃんにこんな人と結婚しようと思うと、わたしのことを説明してくれた時、 たまたまポストに入っていてその人の記事を読んだ ということになって、心を開いてくださっていた。 初めて会った日を覚えている。おばあちゃん子というくらいだから、おばあちゃんと妻との絆は深い。その深さを踏まえて、精一杯の気持ちであいさつに行った。おばあちゃんは別段、愛想が特別いいわけでもない。淡々と歓迎してくれた。でも、暖かさ、孫への愛がにじみ出ていた。 人から大切にされたからこそ、人のことを大切にしたいと思う。 血のつながりよりもかけてもらった愛情のほうが濃いなと感じる数日だった。
2010/02/06
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今日で34歳になりました。エキサイティングな日々を送っています。誕生日に小学1年の長男が、答案用紙の裏にメッセージを書いてくれました。涙が出ますね。正直、人から10万円もらうよりうれしいです。僕も親ですね。主に感謝。
2010/01/15
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府立S徳学院に行った。昔は教護院と呼ばれた。悪さをした中学生が主に家庭裁判所の審判で送られてくるところだ。今は呼び方が違い、児童自立支援センター。20年ほど前にこのS徳学院でお世話になっていた友人の名前を告げると、院長先生は懐かしく思い出しておられた。世話の焼ける生徒ほど、覚えておられるようだ。非行少年たちを相手に2~30年と奉仕されてきた重みを感じた。S徳学院を後にし、I学園に向かった。 大阪南端にあるI学園は小高い丘にあります。収容人数200数十人。少年院に入る子どもは全国で年間4千人くらいだそうだが、少年院の一施設にしては収容者が多いとのこと。園長先生は、男子の少年院で珍しい女性院長。温かみが溢れる素敵な先生だった。こういう先生がおられるだけで、周りが和やかになるのだろう。また、どんな感想文を少年たちが送ってくださるのかとても楽しみです。
2009/12/22
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今年も大阪府下の少年少女たちの矯正施設にお菓子と御言葉カードの贈呈をさせていただきます。今日は2ヶ所。明日も2ヶ所に届けに行きます。わたしも昔、1年と少し、生活していましたが、たかが、お菓子の一つがあの中では感激するほど、うれしかったです。 ところで、お菓子を贈呈したいと申し出ても残念ながら断られてしまう施設もあります。 お菓子を贈呈したいと申し出る個人や団体から申し込みがあれば、施設側も、どの個人・団体のを受け入れて、どの個人・団体のを断るかという例外をつくれないのだと思う。しかしながら、わたしも過去、某少年院にお世話になっていた。そこの出院生であり、今、まがりなりにも牧師をしている。だから、受け取る子どもたちにも、同じ道を辿った人間だから多少なりとも希望を与えることが出来るのないか?と考えてくださって受け入れてくださっていると思う。贈呈を快く受け入れてくださる先生方に感謝だなあと思いながらハンドルを握っていました。こうして、3年間、毎年届けることが出来ている。これが死ぬまで続けれたらうれしいことだなあと思う。今日、某女子少年院の駐車場に、娘さんの面会に来られただろうご夫婦とクルマですれ違った。他府県ナンバーだった。遠いところから、クルマを走らせてこられたんだなあ~、と思うとジンと来ました。
2009/12/21
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岡山での風景。 岡山開放訓練センター建設予定地近くの、車窓からの一枚です。 美しいです。こんな風景が自宅近くにあったらいいのになと思います。 岡山に到着した当日、ホテルのレストランに向かいました。岡山市内の牧師先生方にティーンチャレンジの活動をじかにPRし、協力をいただくために、食事会をしました! ティーンチャレンジ理事長のF津先生と代表の木崎先生の熱い証と要請がありました。 新幹線の中から、何気ない一枚です。 妻の妹から、岡山ではサワラの刺身が美味しいと聞いていましたが、サワラの天ぷらにしか出会えませんでした。次回、行った時は、サワラに刺身にありつきたいなと思います。今度は家族で行きたいですね。
2009/11/02
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顔で笑って心で泣いてという、人の生き様というか。生き方というか。心は嘆き、荒れ果てても、顔では笑っている。そんな心意気を持って生きることは難しいなあと思う。ある程度は出来ても、ある一線を越えたら もうええわ!となってしまう瞬間があるのではないか。 ただ、自分の立場とか、責任とかが、自分を律して来た。その責任や立場によって守られもするし、負担にもなる。両刃の剣だ。わたしの想像では、イエス様の12弟子筆頭のペテロは、心にあることを顔に出してしまうタイプだと思う。今日一日を感謝しつつ、笑顔で仕事にいきましょう! 今日から岡山で所属・支援している薬物依存症更生施設の理事会に出席します。 しばし新幹線に揺られて来ます。
2009/10/27
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遅くなりましたが、ライズアップジャパンの集会の様子です。ライズアップのメンバーみなさまと手作りのよい集会を行うことが出来、神様に感謝でした。この日は、超満員でした。2~300人ほど、集まったでしょうか。感謝感謝でした。
2009/10/20
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今度の月曜日、キリスト教伝道集会が、奈良の高の原・奈良市北部会館で行われます!1時~5時まで。一部がコンサート形式です。出演者は、グレースマン、ジェネシス(ゴスペル)、ライズアップ(ゴスペル漫才)、Iyse入場無料です。ちなみに、命により、わたし、メッセージをいたします。直前となりましたが、宣伝を!!
2009/10/06
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ニューヨークで集会!? アメリカ滞在の土曜日晩のオフの時間に国際結婚をされた日本人女性の皆様の、集会に参加させていただきました。 日本からお仕事などで駐在されているご家族や在住日本人の方々に自分が出会った神との体験談を語らせていただきました。 メッセージを聞いてくださった方たちの中で、イエスキリストを信じてくださったり、イエスキリストは祈りを聞いてくださる方であることを知ってくださる方が起こされて感謝でした。ここでお会いし、お話できたお一人お一人の日本の方たちのことをふと思い出します。その中のお一人で、Kさんという個性的な笑顔の素敵なお方がいました。お子さんがおられますが、わたしのお姉さんぐらいの世代でしょうか。この方は、心理学に造詣が深い方でした。曰く、心理学において、カウンセリングにおいて、ある意味、人(相談者)を救うことが出来ると。しかし、それは、カウンセリングの元に相談に来た本人しか救えない。でも、イエス・キリストという方は、(祈りで)相談した兄本人だけでなく、弟二人(わたしを含め)、父、母と引き続き、再生させてくださった。本人だけでなく、その家族も・・・。それは決して、心理学やカウンセリングで出来ることではないとおっしゃっておられた。わたしも思った。わたしたちのようなある意味、呪われた家族が再生されたのは、イエスキリストのお力のほかはないと。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・国際結婚された日本人女性のクリスチャンの皆様は、(おねえさんのような人たちです。)みな、ざっくばらんで、昔からのお知り合いのように親切にしていただきました。 また、みなさん、ナチュラルでそれでいて、神を愛していて、子供を愛していて、素敵な人たちでした^^ また、初めてのアメリカで、恥ずかしい話し、英語のアイムソーリー程度しかわからないわたしに、携帯電話を提供してくださり、恋しくなってきたおにぎりを持たしてくださったり、おいしい中華料理にお連れいただいたり最高の思い出を作ることが出来ました。 (ひろこさんご家族とまりさんご家族と昼食。高校生、中学生、小学生の子供たちと一緒に。)しかし、ここの中華は本当においししかった。日本のどの店にいけば、この味に出会えるでしょうか・・・。なにより、国や場所は離れていても、祈りにおいて繋がりあえる仲間になれたことが最大の喜びでした!!
2009/09/29
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女性寮へローリーは次に女性寮を案内してくれた。女性寮には男性が入る時、男性が入りますよと玄関で叫ばないと入れないことになっている。(男性寮に入る時も「女性が入りますよ!」と叫ぶことになっていた・・・。)寮は地下一階、地上3階で20名の女性を生活できるスペースがあり、約15、6名が生活していた。ここでは、ワンダさんというスタッフと3人の生徒が話しをしてくれた。3人とも、後、半年や8ヶ月という訓練期間が残っている。3人の中には、かつて、センターに来て逃げ出したという人もいた。でも、こうして、自ら戻って来て、センターでの生活を通して、真剣に薬物を絶とうとしている。彼女たちは、何故、自分が薬物に手を出してしまうのか?それは自分の意思の弱さであったり、幼い頃受けた傷が原因であったり、薬物に依存しているからであったりと、その原因を知っている。しかし、原因はわかってもその解決法がわからない。しかし、彼女たちは、ここでの生活で薬物中毒から解放されている。エンジー(仮名)は黒人女性で20代頃だろうか・・・。薬物の後遺症からか、足は振るえ、落ち着きがない。しかし、目はとても綺麗で、一生懸命、賛美歌を熱唱していた。鉄格子のついた窓この女性寮の窓やドアを見ると、鉄格子や鉄の網が外部に取り付けられていた。かつてニューヨークで最も荒れていたブルックリンにおいて、薬物から更生しようとする女性寮に、乱暴を働こうとして侵入しようとしてくる侵入者たちがいたそうだ。そのために窓には鉄格子や鉄の網が設置されている。今はそんな侵入者はいないということだが、そんな危険な時期をこのセンターは乗り越えて来たようだ。鉄格子は普通、囚人の脱走を防ぐためのものであるが、このセンターにおいては、人生をやり直そうとする女性たちを守るためのものだった。囚人たちは収監されると自由を失ったとか、運が悪くて捕まったと考える傾向にある。(わたし自身がそうだったが。)鉄格子は自分と社会を隔てる壁として見る。しかし、鉄格子が収容者と社会との接点を閉ざしてくれたことによって、気づかされることがある。この状況を通ったからこそ、気づけることがある。10年来の知人のように生徒の皆と語らい、祈りあったりもした。我が家の帰って来たかのような安らぎがあるセンターだった。印象的な出来事時間も過ぎ、そろそろ、失礼しようかという時、最後に印象的な出来事があった。この女性寮で生活するバリーさんという女性のご主人と娘が偶然、面会に訪れた。娘さんは中学生とまだ5、6歳ぐらいだった。ご主人は、金髪で長身。半ズボンにシャツという普段着のいでたちだがアメリカ映画に出てくる将校を思わせるような強さと気品を持った人だった。彼はわたしを何ともいえない目で見ていた。その目は多くの悲しみを見てきたような目をしていた。「この人は日本からティーンチャレンジを学びに来た人です。」と同行してくださった通訳の方がわたしを紹介してくれた。そして、すかざず、通訳者がいった。「奥さん、良かったですね。今、本当に変わっていかれて・・・。」「ここまで、来るのに、本当にいろいろあったんだよ・・・。」そう彼は言った。「でも、本当に、ここの人たちは皆、いい人ばかりで・・・。」 彼は人を信用していいのか?本当に妻のことを信じていいのか?そんな目をしているようにわたしは感じた。彼と握手をして、わたしは別れを告げた。センターを出ようとした時、アンジーやバリーさん、ワンダ、ポーラ・・・生徒の人たちが、沢山の手作りのサンドイッチの弁当を手渡してくれた。何とわたしたちが訪問することを聞いて、作ってくれていたのだ。帰りの車内でサンドイッチを皆でほうばった。ほうばりながら、あのご主人の目を思い出し、たぎる胸を抑えながらあの家族の幸福を祈らずにおれなかった。薬物によって、傷ついた家族、離れ離れになった家族がもう一度、一つになることが出来ますように。今回の訪問を通して、確信させられたことがある。あの家族も、あの生徒たちもそして、多くの薬物依存症者の方たちがこのセンターで人生の再出発をはかれるということを。
2009/09/24
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