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今日はちょっと番外編で、お昼寝の時間について書きたいと思います。モンテソーリのプリスクールでは、ランチが終わったあと、大体1時から2時半までをnap/rest time (お昼寝・休憩時間)に当てています。本当ならば、ここが一番先生にとってリラックスしてほっとできる時間なのでしょうが、私にとって、1日で一番疲れる時間なのです。まず第一に、寝てくれない子供が多い!と言うこと。寝れる子は自分でマットの上に行き、そのまま寝転がっているだけでいつのまにか寝てしまっている、と言うパターンなのですが、そういった子供はクラスに2~3人くらいしかいないので、あとはもちろん、一人一人背中をさすり、寝かし付けるしかないのです。そのときの私のミッションはまず、“このまま起きていたら大変なことになってしまうであろう”子供たち数人を重点において、その子供たちから寝かしつけることにしています。しかし!そのマットの上に寝かす(横たわらせる?)と言う作業だけでも苦労を要します。もちろん子供たちは寝たくないので教室中をうろうろ。次から次へといろんな物を引っ張り出したりして遊び始め、ちっともマットの上に来てくれないのです。ようやくマットの上に戻したところで、素早く行動を開始します。ブランケットをかぶせ、そのまま背中をさすりまくります(笑)。そうすること数分(長い子で20分ほど要します)、要約うとうとし始めるので、ここで一気にラストスパート!さらに優しく背中をさすります。一度眠りについてくれれば、もうよほどの大きな音などしない限り、みんな起こすまでぐっすり寝ててくれます。いつも絶対寝ない子供2人を除いては、大体うまくいけば全員2時半まで寝てます。しかし更なる憂鬱はこの、お昼寝終了後なのでした。やはり気持ちよく寝ているところを起こされるのは、誰も良い気分ではありません。それは子供たちも一緒で、大体の子供たちは起こされるとびっくりしてしばしの間ボーっと放心状態。それならまだいいのですが、毎回必ず機嫌が悪く怒り出してしまう子がいるので、いつも困ってます。最近ではもう慣れたので、まず先にそういった子供たちを起こして時間を与えるようにしてるのですがもっと良い方法を思いついたので、それを実行中です。それは、まだ眠っている間に靴を履かせてしまうことと、起こすとき、他の子供たち(特に彼らと中の良い子供たち)に起こしてもらうこと。その方が、子供も起きた直後に友達を見て笑顔になることが多いのでした。でもたまにそれでも怒られて、とばっちり受けてしまった友達もいるので、この効果がいかなものかはまだ、検討中です。
Dec 29, 2005
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来週から2週間、冬休みに入るということで、今日金曜日は一応面目上はハーフデイ、午後1時には学校は終わりということでした。じゃあ私も早く帰れるのかと思い、ちょっとウキウキしていると先生から、「プリスクールは関係ないのよ。だからアフターケアも普通にあって5時半まで残る子供もいるのよ。」と。なのに先生は1時半頃涼しい顔で「Happy Holiday!」といって帰ってゆきました。がっかり。私はアフターケア担当。。でも帰れる子供は1時ごろ帰ってゆき、後はいつもより少ない子供たちが3時まで、そしてアフターケア組が5時半まで、結局いつもと変わらずでした。しかし時間が経つに連れて、いつもより確実にみんな早く帰っていきます。いつもは最後まで残る子供も、今日は早めのお迎えが来ていて、これなら少し早めに帰れるかな~?とまた余計な期待を。しかしこれが甘かった・・・。いつもはアフターケアにいるはずの無いサラが、今日はなぜかアフターケアにいて、しかもお迎えがなかなか来ない・・・。他の学年の先生たちも、もうとっくにいなくなっていて、そうこうしているうちに私のクラスに2人ばかり高学年の女の子たちが送り込まれてきました。そのうちの1人の子はすぐに帰ったのですが、その後、取り残された女の子が不安になってしまい、泣いてしまったのです。時間はもうすでに5時15分頃を回っており、学校全体には私とサラとその女の子のみ。このまま迎えが来なかったらどうしようと私も不安になりつつ、その泣いてしまった子をなだめました。サラは何にも気にしていない様子で、相変わらずのやりたいほうだい(笑)。そして5時20分頃になってようやくその女の子のお母さんが登場しました。一安心し、サラのお母さん(この時点ではお母さんがいつも迎えに来ていたので)を待ち焦がれていても、一向に現れる気配がありません。そして5時半。待ちきれなくなったサラと外へ飛び出し学校の入り口を見ていると、1台の車とライトが見えました。サラに、「あれ、お母さん?」と聞くと、「ママじゃない!ママの車じゃないよ!」というので、いったい何者かと思っていると、突然、「ダディーだ!」とサラ。しかもサラ、お父さんを見るとはしゃぎだし、「お父さん、嫌いだよー。やだよー。」と言いながらあっちこっち走り回り、それを追いまわす私。ようやくお父さんの登場でした。しかし父さん、なぜか車を入り口のドアぎりぎりに止め、トランクを開けます。そして学校に入ってきて、「リザード(とかげ)を持って帰らなきゃならないんだけど、どこにあるか分かるかい?」と聞いてきました。トカゲのことなんて何も知らない私は、「とかげ?でもなんか生き物ならその辺に置いてあるのを見ましたけど、その探しているとかげがどこにあるかは分からないですねー。」と答えました。そしてそのまま父さんは、どこからかものすごい大きな水槽を探し出し、その中には巨大なトカゲが2匹も入ってました。その水槽を懸命に持ち上げて、車まで運ぼうとするのを、私もただ黙って見ているわけには行かないのでドアを抑えたり、大慌てで手伝う羽目に。その後、これまた大きなライトなども持ち帰り、「もうこれで必要なものは無いですかね?」と聞くと、「もう無いよ。」と父。これでようやく安心してタウニーのデイケアに彼女を迎えに車を飛ばしたのでした。タウニーも6時までにピックアップしなければならないので、ギリギリでした。
Dec 23, 2005
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前日(水曜)は、突然謎の奇病に襲われてしまいダウン。学校もお休みさせてもらいました。後にこの病気は、今子供たちの間で流行しているものの一つということを知りがっかり。何で私の体はこうもいつもどうでも良い“流行”というものに敏感で、いち早くそれをキャッチして波に乗ってしまうんだろう・・・。子供に関わり、子供と働き始めてから今まで何度もそういった“流行風邪”のようなものをもらい、苦しい思いをしてきました。でももう5年目だし、いいかげんに免疫もできてきたのでは??と思ってたけれど、やっぱりまだまだ流行をキャッチしてしまう悲しい我身でした。今日もまだ完璧に具合が優れないけれど、これ以上職場にも迷惑をかけられないので無理矢理出勤してきました。今日は、本来ならば昨日からやるはずだった折り紙を子供たちに教えることから始まりました。クリスマスに向けて、お父さん、お母さんに子供たちからのプレゼント、ということで私の折り紙に白旗が上がったのでした。ここで、以前に母から贈ってもらったいろんな色や柄の可愛い折り紙たちがまたもや大活躍しました。以前も教育実習の時に、彼女からの折り紙などの援助品が大活躍をしたのです。感謝、感謝!まず私のクラスからはじめ、他の2クラス、計50人ほどの子供たちと一緒に折り紙をしました。でもまだまだプリスクールの子供たちには難しすぎるので、まず自分の好きな折り紙を選ばせ、何を作りたいかを聞き、後は私が折るのを所々手伝ってもらいました。その後に自分で名前を書ける子は書かせ、ラッピングをして出来上がり。どの子もみんな楽しんでくれて、何個も違ったものを作りたがっていましたが、時間も無いので一人1つづつしかできませんでした。でもまだまだ折り紙は残っているので、また別の機会に子供たちに作ってあげたり作らせてあげたりしようと思ってます。
Dec 22, 2005
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今日はウォーカーが居なかったので、昨日に比べると少しは楽に思えた日でした。しかし朝からイアンは大暴れで、やりたい放題のわがままっぷりを発揮して私たちの手を焼かせていました。彼は何でも自分の思い通りにならないとすぐに泣き叫ぶので、またいつものごとく、「もし何か嫌なことがあったら、叫ぶのではなくて、何がしたいのかちゃんと言葉を使って相手に伝えてね。」という教えを繰り返し、そのあとはちゃんと他の子に言葉を使って気持ちを伝えていました。イアンは何かして欲しいときには“Please”、何かしてもらったら必ず“Thank you”と言えることに気づいたので、それについてもたくさん誉めて彼の良いところを伸ばすように努力しているところです。金曜はなぜかアフターケアも含め、子供の人数がいつもより少なく、他の日に比べるとだいぶ楽です。でもやっぱり5時半ぎりぎりまで双子の女の子が残ってしまい、早く帰れると言うわけにも行かなかったのが残念です。その双子の女の子は台湾人で、前の日記にも書いたプリシラと、妹の名前がゾーイというのですが、これがまた二人双子ならではか、いつも二人仲良く遊んでいる半面、しょっちゅう言い争いをしてたりもします。それがまた見てて微笑ましくもあるのですが。とにかく、彼女のママが5時半ぎりぎりに小走りでやってきて、私もついに帰れるぞーと、彼らとほぼ同じに学校を出たのですが、そのとき後ろから「せんせーい!待ってー!」とプリシラ(多分、予想ですが)が追いかけてきて「ハグしてー」と言い、続けてゾーイも一緒になり追いかけてきて、そのあと二人揃って「バイバーい、先生!」と手を振っていたのが、とても可愛かったのでした。
Dec 16, 2005
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今日は朝からずーーーーーっと、イアンではない、もう一人の手を焼かせる男の子、ウォーカーがいつものごとく言うことを聞かず、朝からクラスをめちゃくちゃにしていました。何度も先生にしかられても、ぜんぜん聞く耳持たずで同じ事を繰り返し、もちろん私の言うことも聞くはずがありません。クラスはそんな彼に振り回され、昨日よりも大変な雰囲気でした(昨日は不幸中の幸いで、ウォーカーは居なかったのです。)そのまま午前中は過ぎ、ランチ前にプレイグラウンドに遊びに行ったのですが、今日もまたものすごく寒くて死んでしまうかと思ったほどです。しかも私としたことが、命の手袋を忘れてしまったのです。こんなにも寒いと、手袋がない剥き出しの手は、外に出て5分もしないうちにあっという間に感覚がなくなってしまいます。あれだけ言ってもまだ手袋を持ってきていない子供たちのほうが多く、彼らも凍える手が痛すぎてすぐに泣き出すのでした。昼寝の時間は私一人ぼっちなのですが、その時も“絶対寝ない子供”の異名をとるウォーカーはもちろんいつものごとく寝るはずもなく、ずっと物音を立てたり自分のマットの上と教室をうろうろしはじめました。それに加え今日は、いつもだったら寝てくれるイアンまでちっとも寝ようとせず、最強の二人組が揃いも揃ってお昼寝をサボり、他の子供が寝ているときに騒ぎ出すと言う悪夢の自体を作り出してしまったのです。何度も静かにするように注意し、二人を別々に遠ざけたりしたのですが、それも長くは続かづに二人で騒ぎ始めました。そのおかげでいつもよりどっと疲れが出てしまい、アフターケアの時間のときは死んでました。。。
Dec 15, 2005
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今日はなんと、私のクラスの先生が週末からずーっと風で寝込んでしまっているらしく、休みでした・・・。教室に入ると、隣のクラスのアシスタントのパムがクラスにいたので、ほっとしたのですが、彼女は私を見ると、タマラ(先生の名前)がいないことを告げて、すぐに隣の部屋に戻ってしまいました。そこから私のいきなりHead Teacher (主先生)の1日が始まってしまったのでした。朝はずーっと教室でwork(お仕事)なので、子供たちが全員ちゃんと何かしらやっているかを確認する為に部屋をぐるぐる見回りました。しかしやはり集中力の続かない子、他人のworkにいちいち手出しする子、出したものを片付けない子、なかなか自分のworkが見つけられずに教室をうろうろする子、大騒ぎする子、などで大混乱に。モンテソーリでは静かに大人しく行動する事が重要なので、クラスが大騒ぎになることが一番良くないのです。何度「みんな、静かにしようねー。」と言ったことか。そして10時になり、天の助け!いつもは隣のクラスにいるおばあちゃんのアシスタントが私のクラスに来て、助けてくれることになったのです。彼女は見た目はもう70くらい行っているのではないでしょうか。とても優しいおばあちゃんなので、みんな大好きなのです。私も彼女が来てくれて本当にほっとしました。彼女のほうがここで働いている時期は長いので、分からないことがあれば聞いてみたり、助けにもなります。おばあちゃんはそのまま2時までいてくれ、そのあとはまた独りぼっちになってしまいました。実は1時から2時半まではお昼寝タイムで、その時は何人か起きている子もいてもまだどうにかなったのですが、そのお昼寝タイムが終わってからが、1日のうちで1番大変な時間でもあるのです。普段大騒ぎしていて、寝ないと大変なことになってしまう子供たちを中心に順番に寝かしつけることに成功!我ながらでかした、と思います。そこまでは良かったのですが、クラスで3人ほど、本当に寝起きも寝付きも悪い子供たちがいて、起こそうとすると例のごとく機嫌が悪く叫ぶのです。。そして起きたがらず、ずっとマットの上にいて動こうとしないのですが、3時になったらみんな自分の荷物を用意して整列しなければならないのです。なので、その寝起きの悪い子達をなだめるのがどんなに大変だったことか・・・。その子一人を待っているわけには行かないので、できるだけみんながみんな同じ時間に用意できるようにしなければならないのです。普段は私も含め、3人ほど大人の人たちがいて、手早くできるのに、今日は私1人だけです。私は更にアフターケアの係でもあるので、他のクラスの子供たちもまとめてプレイグラウンドに連れて行くという役目もあり、残された子供たちの行方も、誰も何も言ってくれなかったので、隣のクラスの先生に慌てて託したりと、もう想像を絶する忙しさだったのです。その後はどうにか、他のクラスからまたヘルプが来てくれ難を逃れたのですが、その人もその人手他にやらなければならないことがあり、ほとんどそこには居なかったのですが、もうここまで来たら怖いものなしです。改めて、今までのデイケアでの経験や、教育実習での経験が本当に役に立っているなあと思いました。自分ひとりで大勢の子供をコントロールする(年齢はばらばらではありますが)事に慣れていたので、突然の事態にそこまでパニックにならずにすんだのが何よりでした。アフターケアの時、ちょっと嬉しい出来事があったのでここに記しておきます。以前の日記にも書いた、クラスで特にサポートの要る男の子が居ると言うことを書きましたが、その子のお母さんも他の学年でアシスタントをやってるのですが、今日教室にやって来て私に、「イアン(彼の名前)がすごいあなたの事好きなのよー。いつもその話ばっかりしていて、初めはあなたの名前がわからなくて何のことを言ってるんだかさっぱりだったんだけど、最近ようやく新しい先生(私)の事を言ってるんだって分かったのよね。」っと言ったのです。彼は性格的に本当に大変だけれど、毎朝クラスに入るたびに一番に飛んできてくれる子なので、そのことを彼女に伝えておきました。私はまだまだ新しいと言うこともあって、なぜか普通の子供たちよりも多少サポートの必要な子供たちにすごい好かれています。休み時間にプレイグラウンドに行くと、他のクラスの子も含め、そういった子供たちに囲まれるので、嫌とも言えずに(笑)彼らとずっといることになります。その分彼らが度々問題行動を起こしたりしたら、私がケアしなければならないので、何となく“飛んで火に入る夏の虫”って感じで、余計な苦労を買って出ているような気もします。パムなどには、「彼らを甘やかさないでね!」って言われてしまいました。でもずーっと私の手を握ってくるのでどうしようもありません。またたくさんの子供たちが私と手をつなぎたいが為に喧嘩になってました(疲)。私が思うに、もしこういった子供たちをうまくサポートしたいのであれば、彼らの行動を厳しく非難する前に、まず仲良くなっておいたほうが良いのではないかと思うのです。甘やかすのではなくて、向こうがちゃんと心を開いてくれる関係になれるようにする。そうすれば、彼らもよりよく私の話を聞いてくれるのではないかと思ってます。
Dec 13, 2005
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今日が正真正銘、最後のマイケルのベビーシッターでした。私がモンテソーリでの仕事をGETしたのと同時期に、彼らはメキシコクルーズと言う長く優雅なバケーションに出ていて、先週の金曜に戻ってきたばかりなのです。仕事が決まったときに、今日が最後になってしまうと言うことを伝えておいたので、学校のファイナルもあることだし、今日はモンテソーリをお休みさせてもらいました。明日からは毎日働き詰です。久々に会ったマイケルは、私のことを少し忘れてしまったのか、はたまた長いバケーション中、毎日ママと一緒にいたからか、私が抱くとすぐに泣いてしまいました。せっかく仲良くなれてたのに、切ない話ですね。しかしママいわく、最近になってようやくおばあちゃんを見ても泣かなくなったらしいです。おばあちゃんって・・・。ほぼ毎日会ってるのでは!?それじゃあ私はいつになったら慣れてくれるだろう、と思っても、もう終わってしまったのでどうしようもありません。突然の辞表提出の為、次に人が見つかるまで、私の友達のエイコが引き継いでくれることになりました。マイケル、大丈夫かな~。機嫌が悪くなければ良いけれど・・・。今はただエイコの健闘を心から祈ってるところです。
Dec 12, 2005
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今日はランチ前の休み時間に先生とミーティングをした。これは毎週1回、行われるらしい。私の働いてるクラスの先生は、今の私のようにアシスタントを経て今年からこのクラスを任されているのですが、以前の日記にも書いたように、本当に優しくて良い人なのです。実は歳も私と1つしか変わらないので友達のように接することができるし、気を使わなくて良いのでミーティングも気軽にできました。彼女は“モンテソーリ教育”について3年も大学で学んできたらしいので、もちろんその道のプロでもあり、私も日々色々と勉強になっています。その時に、サポートが多く必要な子供(問題行動を多く起こしてしまっている子供たち)について、主に話し合ったのですが、今までもそうであったように、やはり家庭環境から来ていることが多いようです。4歳のサラと言う女の子は、気に入らないことがあるといつも泣き叫び、全く私たちの言うことを聞いてくれません。何を行っても「No~~~~~~~!!!!!」の一点張りで、さらに「ギャーーー!」と叫び狂います。先生が教えてくれたのは、彼女はここの学校に来る3日前に今の家に養子として引き取られ、それまでは実の両親と車の中で(家がないために)生活をしていたと教えてくれました。そして今その親たちは、二人ともjail(刑務所)にいると言うことでした。なので、彼女にはスペシャルなアテンションが必要なのです。初めは私も彼女の行動にとてもびっくりしていましたが、その話を聞いてからはできるだけ上手に手助けして行きたいと思いました。他にも男の子二人、まあさすがに男の子と言うこともあって多少暴力的で落ち着きのない子供がいて、彼らには特にサポートが必要なので、私も彼らを中心に毎日過ごしていると言っても過言ではありません。しかし、この二人は特にサラのように家庭環境に複雑な問題などなく、ただ単に家で何でも好き放題やらされている、つまりは我侭ほうだいやり放題なのでした・・・。このうち一人の5歳の男の子も、ものすごい発作持ち(?)で、何か気に入らないことがあるとまずとにかく耳を劈くような勢いで泣き叫びます。そしてさらにそのまま自分の体を投げ出すので、とても危ないです。しかも体が大きいほうなので、そうなると抱きかかえることもできません。なので、この子にはまず、何よりも叫ぶ前にもし嫌な事があったら、「言葉を使って説明しなさい。(Use your word please)」と繰り返し教えています。泣き叫んでも、私は何を言ってるのか理解できないから、助けてあげられないよ、と。この子とは、毎日同じ事を、根気よく話していくことが大事なのです。しかし、この子はとても人懐っこく、毎朝私がクラスにはいるたびに「わーい、enaだ~~!」と言って駆け寄ってハグをしてくれるのです。先日も、私を見つけて勢いあまって教室を走ってしまった彼は何度もやり直しさせられていました・・・。元いた場所へ戻って、ゆっくり歩いて私の元まで、と言うのを2回ほどやり直しさせられてしまったのでした。
Dec 8, 2005
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ある日のことです。いつも通りプリスクールで働いていると、ある先生が高学年の男の子を一人連れてクラスにやって来ました。どうやら彼は、授業中にしっかり先生の言うことを聞かなかったのか、こうして特別に他のクラスへ連れて来られ、本来やらなければならなかった勉強をここでしなくてはならなくなったのでしょう。私が教育実習を公立の幼稚園クラスでしていた時も、何度かこういったことがありました。やはり授業中にちゃんと言うことを聞けなかった子達が、たびたび幼稚園クラスに送り込まれそこで自習をさせられていました。これはある意味Punishment(罰)ととして、「こんな小さい子供たちでさえちゃんと先生の話を聞いているのに・・・」と言うことを考えさせる意味もあったのだろうと思います。そして何よりも、本人にとってはとっても恥ずかしいことになるのでしょう。子供たちが、。「何で彼はここにいるの??」と好奇の目で彼らを見ています。そんなこともあり、私も私のクラスにたびたび送り込まれて来る彼らと仲良くなり、クラスの子供たちを教えている一方で、もし彼らが分からない問題があればそれも教える、と言うこともしていました。小学校3年生は私の専門以上の学年だったけれど、まだまだ何とかそのレベルの算数やスペリングは何とか教えることができてほっとした記憶があります(笑)。それにしても、彼らはみんな良い子だったのになぜ???更に、その時また別のクラスの先生から直々に、「クラスで今とても問題を抱えている子がいるのだけれど、もしその子の態度がひどくなった時には彼をあなたのクラスに送っても良いですか?」と言う相談を受けたこともありました。その時はもう私一人でクラスをコントロールしていた頃だったので、私の先生と相談して、「それはena次第だから、よく考えてから決めなさい。」と言われ、考えた挙句OKを出しました。結局その子はある日突然転校してしまい、私の元へやって来ることはありませんでしたが。とにかく話を元に戻すと、その日プリスクールにやってきた先生を見て、私たちはお互い「あっ!!!」と言ってしまいました。なぜかと言うと、彼女は私が通っている合気道道場に最近通い始めたおばさん(彼女がここの先生だと知るまでは、失礼だけれど私にとってはただのおばさんでしかなかったので)だったのです。彼女はまだはじめて日も浅いのですが、息子さんと通っているところを何度が見ており、私はまあ、曲がりなりにも「先輩」なので度々教えてあげたこともありました。でもまさかこんなところで再会すると思っていなかったので驚きと同時に嬉しかったです。彼女も私がここで働き始めたことをとても歓迎してくれました。
Dec 3, 2005
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もう12月だから当たり前だけれど、ホントーに毎日寒くて寒くて仕方ないです。だけど子供たちが外で遊ぶ時には私も一緒に行かなければならないのであの極寒の中ずっと外に出てなければならないのが悪夢としか言いようが無いです。何人かの子供たちもあまりの寒さに涙と鼻水を垂らしながらぶるぶる震えているのにも関わらず、何でそこまでして外にいなければならないのか・・・。今日も朝から「わーい!またenaが戻ってきたー!」から始まりました。9時ごろ、先生がみんなを一度カーペットに集めたのですが、たくさんの子供たちが私の隣に座りたがり大騒ぎに。みんなが押し合いへし合い、何とかして私の横に腰を据えようと必死になりました。慌てて何とか子供たちをなだめ、「次の機会に一緒に座ろうね。でも今はここに座ってくれる?」と言ってその場は収まりました。ふうっ・・・。みんなが私と一緒に座りたがってくれるのは嬉しい事なのですが、それが原因で大騒ぎになったり喧嘩が始まったりしてしまうのは困りものです。朝のレッスンの時間に先生に、海の生き物の絵を書いて切り取ると言うレッスンの助けをする役目を頼まれたので、一度に3人の子供たちを呼んで彼らの手伝いをしました。もともと3つの海の生き物の型紙があって、子供たちにはそれぞれ好きな型と紙を選ばせて、型をなぞり、後は好きなように色を塗ったり顔を書いたりさせました。その後に、できる子ははさみを使いその絵を切り取ることにしました。しかしほとんどの子供たちはまだうまくはさみを使えないので、せっかくの魚がぼろぼろになってしまってました・・・。まあ、しかたない。その後、11時半ごろに、子供たちがまたみんなカーペットの上に集められました。クラスにいるソーンと言う男の子のお父さんがやってきて、パイレーツ(海賊)についての話をしてくれると言うのです。またなんで突然海賊なのか、と言うと、実は次の日の土曜日に学校のfound raising(寄付金集め)の為、私のクラスでは海の生き物をテーマに教室を飾りつけたりする予定だったため、上記の魚の絵のように海に関するものが必要だったのです。まずは彼が到着するまでみんなで海賊について知っていることを話し合いました。彼らはどんな格好をしていて、どんな船に乗っていて、どんな物を持っていて、どんな事をしているのか、などです。子供たちはもうすでに海賊についていろんな事を知ってました。そして遅れること15分、いまや海賊に扮したソーン父の登場です。髪は長髪で(もしかしたらカツラだったのかもしれませんが)バンダナを巻いています。洋服も、いかにも典型的な“海賊”ルックで偽者の刀までついてました。そしてちょっと変わったアコーディオンとギターを持ち出して、海賊がよく酒を飲みながら歌い踊るように、曲を演奏しだしたのです。これがとても上手で、まさに私のイメージしていた海賊そのものなのでした。その歌に合わせて子供たちも歌い踊りだしました。それにしても、彼はいったい何者なのか。。単なる“海賊マニア”か何かなのでしょうか??謎は深まるばかりでした。
Dec 2, 2005
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モンテソーリスクールでの仕事が始まって2回目。朝教室に入ってゆくともうすでに数人の子が私のことを、「彼女が戻ってきた~~!!」と歓迎してくれました。そして何人かの子が私の下へ駆け寄るとハグをしてくれたのでした。これが一番、幸せなひと時でもあります。まだまだ見習という感じなので、先生にいろいろと教えてもらい、頼まれたことを確実にやっていくように努力しました。朝は11時半までずーっと、子供たちは教室にあるものを使って、遊びを通していろんなことを学んでいきます。アルファベットや算数のレッスンをする子もいれば、ブロックやパズル、お絵かきなどをする子、水、石鹸を使って物や手を洗ったり、スプーンで物をすくったり、日常生活に必要なスキルを学ぶ子もいます。大体子供たちは何かをやるときに、私や先生に助けを求めてくるのでそういった子達の手助けをしました。また、ひとつのことが終わると片づけをせずにまた新しいものを出してしまったりする子も多いので、そういう時も片付けを促したりします。自分で出したもの、散らかしてしまったものは自分で片付ける、ということも大切なレッスンのひとつなので、先生はできるだけ手出しをせずに、自分たちでやらせるようにします。このとき、やはりまったくいうことを聞かずに片付けようとしない子も多いので、その子達をうまく誘導するのが大変です。たまに気に触ると泣き叫んだりする子供もいるので、そういう風にならないようにうまく彼らをまとめるのはまだまだ時間がかかりそうです。私と一緒に働いている先生は、本当にやさしくてしゃべり方もとても静かで、怒ったところを見たことがありません。モンテソーリの教育では、どんなにいうことを聞かない子がいても、決して怒鳴ったりはしてはいけないのです。なので落ち着いてじっくりと子供たちと話す必要があるのです。私も子供たちに怒鳴ったりしたことは無いですが、地声が大きいので気をつけなければ。。。特に今日室内では、できるだけ小さい声で話すように子供たちに教えているので。この日の昼寝の時間は悪夢に見舞われました。いつも絶対に寝ないという男の子を含め、数人の子供たちが更に寝ずに騒ぎ立てて大変なこととなりました。もう何をしても収まらない状況に一気に疲労が。そのまま5時半まで残り、家に帰ったころには疲れ果てて9時ごろ寝てしまいました。また明日も仕事です・・・。
Dec 1, 2005
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