2026/04/29
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テーマ: 社交ダンス(9749)
カテゴリ: 旅行記
2014年に世界遺産に登録された富岡製糸場に行きました。

試合 からの帰り道、2026年4月27日です。

いつも近くを通るたびに一度はゆっくり時間をかけて見学してみたいと思っていた場所でした。

教科書に載ってましたもんね。あんまり覚えてないけど。





富岡製糸場は、明治政府が近代化政策の一環として設立した官営の製糸工場です。

渋沢栄一 や尾高惇忠らが中心となって、フランス人技術者ポール・ブリュナを指導者に招き、明治5年(1872年)に創業開始、しばらく赤字だったようで1893年には三井に経営が移行します。

さらに1939年には片倉工業が買収して1987年の創業停止後も建物や機器を維持し、2005年に富岡市に寄贈されました。





まゆから糸を繰り出す仕事をしていたのは10代から20代の若い工女さんたち。

なぜ女性限定だったのか気になっていたんですが、元々各家庭で育てた蚕から糸車を回して糸を作るのは女性の仕事だったからでしょうか。



『富岡製糸場の工女になる』ということは当時の女性にとって一つのステイタスだったのだと思います。





ここで学んだ知識や技術を後に各地に広める役割も担っていたようです。

蚕は卵から1ヶ月ほどで繭になります。

こちらはエサとなる桑の木。

大将は京都の小学校で蚕育ててたそうです。

まさかそれで西陣織とか...?





工場跡地はかなり広くて、製糸場の他に繭の保管場やブリュナ氏の邸宅など多くの見所がありました。

まゆから糸を生産して出荷に至るまでの工程を学べる動画や、ブリュナ氏が語る工場建設までの裏話映画が興味深いです。

係員の方が要所におられて、一つ質問するとたくさんの歴史背景を語ってくださるんです。

ボランティアなのか市の職員さんなのか分かりませんが、みなさん知識豊富で『聞いてみてよかったなあ』という気持ちにさせてくれます。





例えば置繭所の漆喰壁に当時の落書きが残っているんですよ。



この頃、4人1組で繭の保管や管理業務に関わっていた人たちの貴重な置き土産です。

中が薄暗いので、言われないと気付けなかったと思います。

こちらがその落書きのある繭置き場。





工場の外にある大きな鉄の円形水槽、最初はレンガで作られていたそうなんです。

まゆから糸を取り出すのにお湯で煮るんですが、そのために必要な綺麗な水を貯めておくためのものでした。



その隣にプールのような四角い貯水場が2つあったので、それも何か聞いてみたら、糸をとった後の繭殻などをそのまま川に排水していたら苦情が出たので、一度ここで貯めてゴミを取り除いてから流すことにしたのだとのことでした。





富岡製糸場にもし行かれることがありましたら、皆さんもぜひいろんな疑問をぶつけてみてくださいね。

きっと想像を超える物語が聞けますよ。

かわいいバスも走ってます。









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Last updated  2026/05/01 05:58:45 PM
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