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昨日の夜から今朝にかけて、『オリオン座流星群』というものが見えるそうです。高気圧の覆われていて日本の広い範囲で見えているみたいです。昼夜逆転生活の私なら、夜中でも起きているので見てみたいと思うのですが、母親に対して夜中に家の外に出る明確な理由がみつかりません。普段から天体観測や星座に興味がある子供なら問題ないのでしょうが、今まで全く星座などには興味が無い生活をしていたので、急に「流星を見に」と言って夜中に家の外に出ると、かなり怪しまれます。急に毎月のオンラインゲームの課金が切れた時は、何度か夜中にコンビニにウェブマネーを買いに行った事がありますが、それは普段から行っている明確な理由があったので母親も納得してくれました。他の家庭はあまり知りませんが、普通の45歳の大人にもなれば、夜中でも自由にコンビニなどに行けるのでしょうか。夜中以外の日中でも、一人で外出する時に母親から「どこに?」「誰と?」「何時から何時まで?」と報告してから出て行かなくてもいいのでしょうか。ドアを開け閉めする音で、寝ている母親が心配して起きて来て、どこに何をしに行ったのか質問されないのでしょうか。昔は些細な音や気配でも、明け方までベッドの中で読書をしている母親が、起きて来ていましたが、高血圧で倒れてから最近は4時ごろには深い眠りになったみたいで、明け方には監視されているような重い気分が軽くなり、このようなブログなど書くようになりました。このように私は、極度の『過保護』『過干渉』の教育の元で育てられ、45歳になった現在でも、そんな教育方針というか母親の感情に縛られて、うつ病の原因の一つにもなっております。
2018/10/22
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N島家はドアや扉を閉めません。部屋やリビング、家の中のドアはいつも開けっ放しです。もちろんクーラーや暖房の効きもよくないです。さすがに玄関のドアは不用心なので開けっ放しではないのですが、母と伯母が外へ出て家の前を掃除したり、郵便物や植木鉢など何かを見ている時は、5~10分ほど玄関のドアが全開になっています。私が2階から降りてくると家の前のスーパーに出入りする人に丸見えです。夏などは蚊や虫が家の中に入って来るので母に言うと、決まって同じ返事が返って来ます。母親「すぐ入ってくるつもりやったんや!」トイレのドアも閉めません。母と伯母がトイレに入ってもドアは最後まで閉めません。他のドアや扉のように全開に開けてはいませんが、キチンと閉めず1/4ほど開いています。昨晩も私がリビングで夕食を食べている時も、リビングの2つの開き戸は全開、洗面所のドアも前回、そしてバスルームの扉も開いていました。バスルームの窓が開いていれば、隣の家から食事をしている私が見えるでしょう(苦笑)冬になると寒いですし、食事をしている間もリビングに洗濯機の音が聞こえて落ち着けません…。母と伯母の寝室も、部屋に入って寝る時もドアをキチンと最後まで閉めずにフワリと開いています。ですので、母親が起きていると、夜中でも私が1階へ降りたりすると音や気配で分かります。母親「あんた昨日ようオシッコ行ってたな」監視されているようで息苦しいです。子供の頃、家のドアを開けっ放しの思い出があります。小学校を終えて家へ帰ってドアを開けるといつも、客間の扉、お茶の間の扉、台所の窓が全部開いていて、裏の家の換気扇が見えていました。なにも時代劇や昔のドラマのように、ふすまを丁寧に開け閉めしなくてもいいと思いますが、開閉が簡単な西洋式のドアくらいは、日常生活で普通に開け閉めしてもいいと思います。
2018/10/16
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先ほど、深夜の1時過ぎ、1階のリビングに降りて行くと母親が小豆のアイスキャンディーを食べていました。甘い物が大好きなので、1年中冷蔵庫の中に買い置きしています。そしてその後、賞味期限が迫っていたので、冷蔵庫の中にあった焼き肉に焼肉のタレをかけた物とクラッカーを食べました。いつもは夜中に『お茶漬け』と『お漬物』に『トンカツ』や『唐揚げ』などおかずがあれば食べます。満腹になるか、食べる物がなくなるまで食べます。祖母が健在の頃は、祖母と母親と一緒に深夜過ぎに食事をしていました。私が生まれてからずっと見てきた習慣です。N島家では普通の事で、ごく自然な光景なのですが、心療内科に通い『普通の一般社会』というものを知ると、かなり珍しい事のようです。健康にも良くなく、ダイエットをしている人にはあり得ない事ですね。もちろん、そんな深夜の寝る前に食事する祖母と母親は肥満体型です。私も不登校になり、昼夜逆転生活になり、このN島家の悪習慣に仲間入りをしました。家族でいがみ合っていない時は、微笑ましい夜食でしたが、やっぱりこんな習慣は良くないですね。祖母も母親も仕事をしていないので、明け方の4,5時からお昼前まで寝ていられるのですが、一般社会の仕事をしておられる方々には絶対無理でしょう。こんな生活をしている祖母と母親は、毎日のように「はぁシンド…」「はぁえらい…」「浮腫んで顔パンパンや」と言っていました。肥満に高血圧…。N島家の女は、一生生活を改善する事はありません。私は、15歳で小児糖尿病を患い、こんなN島家に反発して生きてきましたが、いったい何が幸せなのか分かりません。体型や健康、美意識など考えずに、食欲と睡眠欲を解放した生活のまま人生を生きる事が、人間の幸せなのか…。少なくとも彼女たちはこの幸せを選んだのですから…。
2018/10/14
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今日は日曜日ですね。いきなりですが、今日のブログは私の子供時代の『お風呂』『入浴』についてです。私の育ってきたN島家の生活習慣では、お風呂は日曜日だけ、1週間に1回でした。小学校の頃は、まだシャワーという物も無かったので、体を洗うという事自体が週に1回でした。別に戦争中でもない、昭和48年生まれの私ですから、育ってきた時代は昭和の終わり頃ですね。子供の頃は、他の家族の事も知りませんし、何よりTVで日本のホームドラマというものを一切見るのを禁止されていましたので、世間一般の事というものが分かりませんでした。1週間に1回のお風呂が普通と思っていました。それが不登校や反抗期になり、禁じられていた日本のホームドラマなどを見ると、仕事から帰ってきたお父さんが、毎日のようにお風呂に入り、さっぱりとしてビールを飲みながら夕食を食べているシーンが数多く描写されていました。当時、母親と祖母に聞いた記憶があります私「なんでうちは毎日お風呂入らんの?」と聞くと母親「そんなもん、毎日風呂落して(水を抜く意味)掃除しとれるかいな!」祖母「女は汗かかんしな」祖母「風呂入らんでもキレイや」N島家の入浴が1週間に1回なのは、お風呂掃除がシンドイからでした。今になって思うと、他の家庭では普通の事、当たり前の生活習慣でしょうが、N島家ではお風呂に入るという事は大変な事でした。いくらシンドくても、体を清潔にしたり、温めたり、汗をかく事は、何気ない生活習慣ですが、重要な事だったと思います。
2018/10/07
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