2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全7件 (7件中 1-7件目)
1
仕事がら、診断書の作成もあって精神遅滞の患者さんを診ることは多い。もちろん遅滞の程度は様々。IQでいうならば、50~69が軽度遅滞、35~49が中度遅滞、20~34重度遅滞、20未満が最重度遅滞。WAISでは70~79あたりを境界知能と判定してくる。IQっていうのはご存知のように、100を標準というか平均として、みんなを集めて分布図を作って、9割くらいの人が含まれるある範囲を正常として、そこに目盛りをつけて決めている。...我ながらすごい大雑把な説明だな。精神遅滞のIQがこうして定義されるとすれば、同じように精神遅滞と反対の、高IQ集団が100を中心として対局にあるわけ。IQが80から120が正常、121~130が境界、131~150が普通に賢い、151~165がスーパー賢い、166~180はメガ賢い、181~がギガ賢い、みたいな。IQテストの種類とか、IQの計算方法によって、一人の人でも結果の数値には差が出るから、これはWAISの場合だけど、実際普通に賢いを超えると...150くらいから上は測定不能って出るはず。こういう高IQの人が「困ってます」って精神科に自分で来たり連れてこられることは基本的にあまりない。だけど、正常範囲を逸脱している、という意味では精神遅滞と同じなわけで、高IQの人の中には能力を持て余してたり、必ずしも社会適応がよくなかったり、周囲に理解されなかったりして苦しんでいる人がいるんじゃないかと思う。日本では、知的に低い人たちのために、授産所とか、学級とか、足りないなりに対応がされているけれど、逆は全くないように思う。...進学塾とかそういうことじゃないよ。精神科医としては、ちょっとその反対の世界も覗いてみたいという気がするのです。
2008年05月25日
コメント(2)
これからかかろうとする患者さん、かかる医療機関を変えようとする患者さんたちが一番知りたい疑問がこれだ。最近はネット上の掲示板にもいろいろな医師や医療機関の評判?噂?が載っている。いい先生がどこにいるか知りたい、という疑問には、まずどういう先生をその患者さんが「いい先生」と思っているのかわからないという問題がある。診断が適切な先生。処方がうまい先生。話を聞いてくれる先生。優しい先生。厳しいけれど頼りがいのある先生。説明の分かりやすい先生。はっきりモノを言う先生。やんわりと伝えてくれる先生。薬の少ない先生。患者さんの希望に合わせて薬を出す先生。検査をマメにしてくれる先生。検査の少ない先生。高い薬でも積極的に使ってくれる先生。なるべく患者さんの経済的負担が少なくなるように考えてくれる先生。これらの中には相反するものもあるけれど、どれも必要で、結局バランスのような気がする。同じ医師でも患者さんによってその配分を変えていることもある。まあ、いろいろあるけれど、突き詰めればどの患者さんも「治療のうまい先生」を一番求めているに違いない。では、治療のうまい先生はどこにいるのか。本当に地域で一番治療のうまい先生はネット上の掲示板に載ることもなく、誰にも知られず、ひっそりと生息しているような気がする。有名な先生や医療機関はもちろん、いっぱい褒められるし、いっぱい叩かれもする。それはそれでありだと思う。やっぱりそれでなくては、流行らないしね...。初診予約何週間何ヶ月待ち、待合室は患者さんでごった返していて、診察を何時間も待って受ける。入院受け持ち数のとりたてて多い先生がいると、自分も何とか仲間に入れてもらいたいと思う。そういうところを有難がる傾向は明らかにある。評判がいいから、患者さんが多いんだ、と。でも、意地悪な考え方をすると、みんながちっともよくならないから混んでいるかもしれないんだけど、そう考えてみる人は少ないようだ。治療のうまい先生の患者さんは、その治療に満足している。他の所の評判を調べようとも思わないからネット上の掲示板なんて覗かない。自分の先生が混むのは嫌だから知人以外には宣伝しようと思わないから書きこまない。中には普通にやれていて、自分が病気であること自体、病気だったこと自体隠している患者さんもいる。普通にやれているからこそ、隠すこともできる。その人がやれているのは主治医の治療が一端を担っているわけだけれど、当然知られることはない。これらの話は精神科に限ったことじゃないよ。本当の名医は、ヤブの中。
2008年05月16日
コメント(0)
若い女性患者さんたちの診察をしていると、診察をしているはずなのに、なぜか恋愛談義になることが、よくある。私も、ええ年食ってきたので、患者さんたちの(多くは真剣な)悩みを聞きながら「若いなあ」「いいなあ」「青春だなあ」と思ってしまう。たいてい「彼氏」の側には患者さんたちの想いが重すぎるらしい。患者さんたちは真面目だし一途だし、好きになってしまうともう他の事が目に入らなくなってしまうことが多いから。彼と喧嘩して、彼の部屋の前の駐車場に深夜立ち尽くしているところを親御さんに連れ戻され「大変だ」と診察に連れて来られたりしちゃう女の子。「ふらふらと家を出て、気がついたら彼の部屋の前にいて、『ここから始まったんだよなー』って思って、またここにいたら始まるような気がして、ぼーっと立っていてしまったんです」一歩誤ればストーカー呼ばわりされそうだけど、恋して待ち伏せたりしたストーカーすれすれの甘い思い出って誰にもあるもの。あー、分かる分かる、私にもそんな時代があったわねえ(遠い目)と思ってしまうんだけれど。私も親に心配させたので、親御さんの心配もよく分かるけど、恋をしていると若い子にはたまにあることなんだよね。患者さんは「彼に自分の気持ちが重過ぎると言われた」ととても傷ついている。そうなんだ、すごく好きなんだね。恋愛って、不思議なことに沢山好きになったほうが負けっていうか、不利っていうか、そういうところがあるんだよね。相手が振り向いてくれるまではそんな欲はなかったはずなのに、人間って欲張りだからさ。自分と同じくらい、彼にも自分のことを好きになってもらいたいって思うんだよね。二人がお互いにぴったり同じだけ相手のことを好きになる、っていうことは残念だけどなくて、いつだってどっちかの気持ちのほうが、重いんだよ。恋愛を、相手の気持ちで量るのは苦しくなるだけ。そんなのは、結局分からないんだよ。いつだって分かるのは、自分がどれだけ相手を好きかってことだけなんだ。それでもさ、相手より、自分の好きって気持ちのほうが重い、と感じたら、これは戦略的なことだけど、それをちょっと隠してみるほうが、自分の思ったようにお付き合いが進んだりするよ。男の人ってさ、女の子が自分のことだけしか目に入らない時より、仕事とか、趣味とか、家族や友人のことを大事にしてたりとか、ちょっと余裕がある時のほうが、惹かれちゃったりするんだよ。追えば追うほど、怖くなって逃げ出すけど、「あれ?こいつ俺のことが全てなんだと思ってたら、違うのかな。こいつの一部でしかないのかな」なんて思ったりすると、かえって一生懸命になってみたりしてさ。押しても駄目ならひいてみるのが恋の駆け引きとしては重要。重いって言われたからもう自分から電話は掛けちゃいけない、なんて思う必要もないよ。決定的にもう終わりにしましょうって別れたわけじゃないんだからさ。ただ、そんなこと言う彼には、少しだけ我慢して間を置いて、「ここのところちょっと忙しくてねぇ、元気ぃ?」って思い出したように電話を掛けてみると、男心をそそられるもの。あなたに言われて確かにそうだなって思って、趣味の何かを始めたの!そしたら楽しくなっちゃって、って宣言するのも効果的かな。そういう駆け引きを、楽しめるくらいの余裕があると、彼はあなたを魅力的に思うのよ。一度はあなたを好きって言ってくれたんだから、あなたはその時点で合格点に到達してる。そこからは戦略次第なのよ。それに彼だけが男じゃないから、万一この恋がうまくいかなくても、あなたが「彼氏が欲しい」って目をギラギラさせているんじゃなくて、「別に人生男だけじゃないし」って余裕を持っていたほうがとても魅力的に見えて、またほっといてもすぐ次の男性が現れるもの。みんな乗り越えてくることだし、若いんだからさっ!大丈夫。あなたは今、恋をしてて、ちゃんと恋ができるくらい、精神科の病気がよくなってるってことなのよ。診察室で、なんて話をしてるんだろうね(笑)。彼のほうが他の女の子に気持ちを移して、ってこととかでなければ、たいてい次の診察に患者さんはニコニコしてやってきて「解決しちゃいました」っておっしゃる。世の中の女の子たちを魅力的にしよう、ってキャンペーンを密かにやってます。後から見たら、今日の日記のタイトルはちょっとアブナイ響きだわ。
2008年05月11日
コメント(0)
連休明けの出勤。まず医局に辿りついて最初にすることは、当直日誌のチェック。決して今日の給食メニューのチェックではない(それも大事)。5/3~6まで連休だったので、当直日誌は5/2の当直から5/6の当直まで、5日分ということになる。さすがに連休、外来患者さんも入院患者さんも、不穏だの、発熱だの、疼痛だの、様々な訴えの書き込みが毎日びっしり。それを隈なく眺めて...おおおーっ!なんと外来も入院も含めて、自分の担当患者さんに関する記事が1行もなかったのである。私の患者さんは、次回の外来まで待てるような多少のことはあれ、とにかくみんな落ち着いて過ごしてくれた、ということである。すげえ、優秀!私の患者さんたちは、全員礼儀をわきまえていて、きちんと指示と服薬を守っている。主治医が出勤するまで、じっと待ってくれている。これはひとつ、自慢できることだと思う。
2008年05月07日
コメント(0)
子どもが交通安全教室のために自転車をひいて登校する。家が近い子どもはできるだけ持ってくるようにと先生に言われたのだ。私は、小さい頃自転車に乗れなくて苦労した経験がある。兄が自転車で事故に遭ったこともあり、親は私に自転車を買い与えなかった。「自転車は危ないものだから」と言い聞かされていた私は、友達から借りて乗ってみたいと思ったこともなかった。そもそも触ったことも乗ったこともないのだから、乗れるようになるわけがない。学校では当時も交通安全教室が年1回行われていた。小学校低学年のうちは、横断歩道の渡り方など徒歩での訓練だが、小学校3年生からは自転車の練習だった。自分がそうだったから、自転車なんて全員乗らされるわけがないと思っていた。初めての交通安全教室では、自転車に乗れない子もいて、乗れる子だけが自転車の安全を学べばよかった。ところが2年目、4年生になるとクラスで自転車に乗れないのは私だけになっていた。「じゅびあちゃんは自転車も乗れないんだって」「お母さんに甘やかされているからだ」自転車に乗れないことは、恰好のイジメの対象になった。この頃になって親はやっと自転車を買ってくれたが、まだ身長が伸びるから、と大きめの自転車を当然買うので、跨ってもつま先がつかず怖くて乗れるようにならない。仕方がないので補助輪をつけてもらったが、大きな自転車に補助輪なんて恥ずかしくて乗ることができない。小学5年の交通安全教室は、どうしようもなくて仮病で休み、家から一歩も出なかった。6年生に上がる前の春休み、自宅の狭い庭で必死に自転車の練習をした。補助輪を無理にも外し、何度も転びながら傾斜のついた芝生を下った。怖くてペダルに足を乗せることができず、跨って転がすことだけを繰り返した。自転車というのは小さいうちに練習しないと、転ぶ前から転ぶ痛さばかりを想像して、ダメなのである。結局6年生の交通安全教室には間に合わず、私はまた当日仮病で休んだ。クラスでは「じゅびあちゃんは自転車に乗れないから休んだ」と噂になっていた。...実際その通りなのだが、「自転車ぐらい乗れるよ!」と虚勢を張っていた。6年生の秋、私は何とかペダルを漕ぐことができるようになったが、親は公道で自転車に乗ることを決して許さなかった。その頃、家の向かいには「一番のいじめっ子」が住んでいた。母が留守の時(車がないので)、向かいのいじめっ子が我が家のチャイムを鳴らした。「ねえ、じゅびあちゃん、遊ぼうよ。これ乗っていいからさ。お母さんいないしちょっとくらいいいじゃない」彼女は私に自分の自転車をよこし、自分はお兄さんの大きな自転車に跨った。彼女は私が自転車に乗れないことを確認しに来たのだ、とはっきり分かった。母にバレたら絶対に怒られるが、ここで乗って見せなければ、クラスで何を言われるか分からないと思った。「分かった、乗ろう」あっさり返事をすると、彼女は私が渋ることを予想していたらしく、明らかに拍子抜けな顔をしていた。家の前の通りを、彼女と自転車で一往復し、「それじゃ」と全く「遊ぶ」ことなく別れたが、引きとめられることもなかった。それっきり、「じゅびあちゃんは自転車も乗れない」とクラスで言われることはなくなった。だがその時公道で自転車に乗ったことは、親にずっと秘密にしていた。次に自転車の問題が持ち上がったのは随分後で、何と高校2年生の時だった。修学旅行先の京都を、レンタサイクルで回ることになったのである。これには親が慌てた。「あんた、道で自転車に乗ったことなんてないじゃないの。やっとどうにか進めるっていうだけで、自由自在に乗れなければ、道で走れるわけがない」「乗れるんだけどな...」と思ったが、親は納得しない。あんたなんかが道を走ればすぐに車にはねられるか側溝に落ちる、と大騒ぎだ。結局、伊豆のサイクルスポーツセンターというところで行われていた、「女性のための自転車教室」を見つけてきて、親が申し込んだ。全く自転車に乗れない、乗ったことのない大人を対象に、1泊2日で乗れるようにしてしまうという、(乗れない人にとっては)かなりハードなプログラムである。最初は自転車をひいて歩いて取扱いに慣れるところから始め、次は跨ってもペダルを使わず、両足で地面を蹴るだけで進む練習だ。私は、開始して1分くらいで、両足を離して乗れてしまった。史上2番目の記録だそうだが、本当はもともと乗れたので...。全く乗れない人ばかりなので、夜みんなで風呂に入ると、私以外の人はほとんど足首のあたりを紫色に腫らしていた。転ぶよりも、ペダルをぶつけて青あざを作るのである。私は確か2日間の間で1回しか転ばなかったと思う。レンタサイクルを問題なく乗り越え、大学は下宿から自転車で通った。もう、親は何も言わなかった。自転車教室の最大の成果は、親が納得したことだった。自分が苦労しただけに子どもには早くから自転車をと思い、保育園を卒園した春休みに、一気に乗れるようにしてしまった。その時にはバレーボール用の膝サポーターをつけさせ、サイクルスポーツセンターの教え方を真似した。とても役に立ち、子どもは数回ずつしか転んでいないはず。そういえば、別れた夫も自転車に乗れず、私が乗れるようにしてやったのだった...(笑)。
2008年05月06日
コメント(0)
今年のGWは、どこへも出かけない予定だった。当直が何日に入るかでもめ、最初に予約した旅行をキャンセルした後、当直の日程がずれて行けることになったのだがすでに時遅しだったのだ。ところが、つ●恋へのお泊りの話が急遽舞い込んだ。会員権を持つ知人が、GWをタイムシェアリングで押さえたにもかかわらず、「行けなくなったのでどう?」と譲ってくれたのである。子どもも今年はつまらながっていたのでラッキー、とばかりに飛びついた。うちの旅行は「温泉旅館でボーっとする」のが圧倒的に多く、子どももそれはそれで嫌いではないが、たまには子どもがガンガン遊べる行き先もよかろう。行くことになってネットで調べてみたのだが、つま恋の一般向けGWプランは、朝夕食付きで1人1泊30000円近い!しかし知人が譲ってくれた権利は、素泊まりとはいえ何と1人1泊3150円で泊まれるのである。この価格差に気づき、知人に少しお礼をしなくては(汗)と思った。せっかく1人3150円と激安なのであまり高いお礼もできないが。知人は、会員用の施設利用券も人数分譲ってくれたので、プレイカードと併用してランドカーもかなり安く借りられた。ランドカーは園内移動には最適で大人気なので、すぐに全車貸出中となってしまうが、一般だと普通のレンタカーより高いかなり強気の価格設定だ。一部一般と同額のアクティビティもあるが、だいたいが会員だと4割引といったところだ。パターゴルフ、釣り、ファンシーサイクル、芝そり、トレジャーハンティングと遊んできたので、帰りの車の中で子どもは爆睡。温泉旅行はちょくちょく出かけるので、あえてつ●恋で有料の温泉に入ろうとは思わなかったし、ついに食事は混雑した園内(しかも、GWでバイキングも特別料金だ!)で一度もしなかった。昼食、夕食は掛川の創作料理屋や菊川のフレンチレストランへ出かけた。いずれも人気の店だが、車で15~20分で到着。朝食は夕食後にコンビニで購入しておいたサンドイッチやおにぎりで軽く済ませたので、1575円のバイキング(ピークのため、7時8時9時の予約制だった)もパス。安く宿泊したのに、つ●恋にはちょっと申し訳なかったかな。
2008年05月05日
コメント(2)
年末年始、GWの連休前は駆け込み押し込みで入院希望、入院依頼が増える。連休中はほとんどの医療機関が通常の診療体制をストップするし、クリニック受診中の患者さんでは電話相談先もないという事態に陥る。それでは不安だというご本人、ご家族の入院希望、さらには患者さんを入所させている施設(連休中は人手薄になりやすい)の入院希望が続々と集まってくる。できるだけ不安にはお応えしたいけれど、一方で精神科単科の病院では、身体合併症に注意を払わなくてはならない。設備の行き届いた総合病院と違って、連休中は検査もX線もストップだし、医師も当直体制で主治医が毎日出てくるわけではない。当直医が患者さんを高次医療機関へ転送したくても、その転送先も当直体制で、受け入れを嫌う。精神科で暴れたり、徘徊したり、大声をあげたりする患者さんなら尚更だ。平常時でも一般総合病院病棟の精神科アレルギーは深刻なものがあり、時として家族同伴で普通に外来受診させるしかないことがあるが、頼みの綱の「外来」がお休みなのだから。当直の先生にも迷惑をかけ、嫌な思いを強いることになってしまうし、何より患者さん自身の生命に関わることがある。若くてガタイのいい患者さんならばまだよい。基本的に体力があるので、通常の熱くらいならさほど慌てなくてよい。少々の細菌など、潜在的に跳ね返す力を持っている。怖いのはやはり高齢の患者さんだ。熱がはっきりしなくても、重症の肺炎であったり。食欲がなくなって数日で衰弱したり。不思議なことに隙間風の入る自宅で生活していた高齢の患者さんが、気密性の高い冷暖房の行き届いた病棟へ入院した途端、環境の変化で肺炎になったりしてしまう。検査のできない病院では、人体はまさにブラックボックス。今の医者は視診聴診触診打診だけで見抜く透視能力など持ち合わせていない。連休直前の平日、勤務時間終了間近になって、総合病院から高齢者の入院依頼など受けると、「身体合併症はありますか?」と尋ねるだけでなく、「血液検査尿検査、心電図、胸部X線と頭のCTを実施してから、患者さんを送ってください」と頼むこともある。設備やマンパワーに恵まれた総合病院なら、検査結果もすぐに出揃うが、こちらではそうはいかない。患者さんの到着が遅ければ技師はすべて退勤してしまうし、外注の血液生化学検査は連休明けまでやれないということになる。胸部X線くらいはその気になれば自分で撮れるが、機械を動かせない、動かそうとしたこともない精神科医は多いから、「私がやれる」と公になると技師のいない時他の先生の患者さんのものまで私が撮影依頼を受けることになり、仕事が放射線技師になってしまうので、実のところあまり公にしたくない。...いや、技師がいるだけマシなんだけどね。なぜ私が撮れるかというと、技師のいない病院にいたことがあるからなので。それで、「すみませんが身体疾患のスクリーニングを一通りやってから送ってください!」と依頼しているわけだが、恵まれた環境のドクターには、そこのところが理解されないようで、「おかしなことをいう女医が電話に出た」と思われてしまうらしい。だいたい相手の言う「身体合併症はありません」「糖尿病はコントロールされている」「高血圧だけ」「精神科的な問題だけ」という言葉は鵜呑みにしないようにしている(内緒だけどね)。実際、渋々ながら検査結果をつけて送らせたにもかかわらず、すぐに怪しくなり、送り返そうとしてもなかなか受け入れてもらえず(受け入れを頼まれる医者は送ってきた医者とは別だから、知ったこっちゃないという態度をとるのだ)、ようやく押しこんだら数日後に先方でお亡くなりになったケースを経験している。つけてきたのが本当に通り一遍の検査だけで、器質的障害を見逃していたのである。こちらとしても検査ができないから見た目で判断してるだけ、転院依頼の決定的な根拠を欠くから、やりにくい。この連休前も、大学病院Aからいわゆる老人病院Bへの入院依頼を、Bが満床だからと断り、私のところへ送ってきたケースがあった。認知症疑いで、不眠で徘徊や暴言のある80代後半の患者さん。摂食状態もよくない。電話では、身体合併症については高血圧くらいで、かかりつけの内科からの内服薬でコントロールされていると確認してある。割と早い時間だったので、入院をそのまま受けず、外来で一通りの検査を行うことができた。見て愕然。ろくに食べていないのに血糖は高いし、腎機能も著しく低下しており、完全に腎不全のデータ。さらに白血球数は18000(通常4000~9000)、CRPという炎症反応が26(通常0.5以下)。熱は微熱程度だが、明らかな細菌感染症だ。心電図は、これまた不整脈と心筋梗塞の疑いのある変化が見てとれた。全身ガッタガタ。かかりつけの内科、大学病院A、老人病院Bと、どこも検査をしていないのか。したとしても、結果を見ていない、問題にしていないのか。本人は腹が痛くて困ると言っているけれど、本当に痛いのかもしれないんだぞ。事情を話して検査結果を添付した診療情報提供書を作成し、お願いし倒して内科へ戻ってもらった。患者さんと、家族も大変だったと思う。たらい回しに見えるかもしれないが、こんな患者さんを精神科単科の入院でとったら、連休明けまで命の保証ができかねる。紹介元の「身体疾患は問題ありません」ほどアテにならない言葉はない。彼らは、目の前の患者さんを送りたい一心なのだから、送ってしまえばそれで終わり。普段も高齢の患者さんの入院依頼は、外来で最低限の検査をしてから決定することにしている。
2008年05月02日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1