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このブログも随分放置してましたが、各ジャンルごとに別のブログに移行して行きましたので、仕方が無いところ。私の日記を公開したところで面白くもなんとも無いですし、さりとて、どうでも言い事を書きとめておきたいときもありますし。そんな感じで存続させてます。そんな感じで、もうこのブログ自身を引越しさせる必要もなくなりました。 で、今日はこれから城ノ越山に登り、山中で一泊する予定にしてましたが、お客さんが来てしまい、出るに出れなくなってます。今、そのお客さんは外人の方がお相手中。暗くなってから装備を担いでポイントまで移動するのが嫌なので、今週は中止します。 妙な行動の目的は、城ノ越山ブログも、分離したものの全然新たなネタが無いわけで、そのネタ作りの為と、もう一つは街の灯りがすぐそこに見えるような近所の山でも、最低限の装備で一人で寝っ転がるのはそれなりに不安で、普段の生活がどれほど様々なものに守られているのかを思い知る機会になる為です。実際、一度経験すれば人生観が変わりますよ。キャンプ場でも何でも無い山中で一人で野宿するのって。 私は、キャンピングカーに山ほど装備を詰め込んで、キャンプ場でバーベキューをやったりするのをアウトドアとは認めてません。あれは、インドアを屋外に持ち出しただけ。とここまで書いたところで、なんだコリャ!!足元に血溜まりが出来てました。さっき、金属の金具に脚をぶつけたのですが、気がつきませんでしたけど、切れてたみたいです。痛いなあとは思ってたんですが。で、ふき取っておりました。カーペットなんで、もう、この染みは取れないでしょうね。キャンピングカーに戻ると、あんなので「山の空気は旨い」とか言うなって話です。散々、空気を汚しておいて。山ではある程度の「不便」を味わうべきです。街から隔絶された相反する領域だからこそ開放感があるわけで、そんな中に普段と変わらない文明を持ち込むのは、領域を侵す事なんじゃないかと思ってます。クマの被害が増えていますが、彼らが残したゴミを漁る事で、人間の匂いに慣れ、エサの豊富さに気づいて人里に下りてきている可能性は極めて高いと思います。 人間の生活領域は自然を削って出来ています。本当の意味での自然は、日本にはほとんど残っていません。山へ登ってもその木々は、一度切り倒され、ハゲ山にされた後に再び生えてきたものがほとんどです。原始の森ではありません。そんな山でも沢山の生き物が住んでおり、秩序があるのです。その危うい領域にまで、楽しみの為だけにズカズカ乗り込んで行くだけでも無粋なのに、あのキャンピングカーですよ。思い上がるのもいい加減にしなさいと言いたくなります。 山と共生しているものにとって、山は財産です。似非ヒューマニストのいうような抽象的な意味ではなく、文字通りそこから収益を得ているものです。だからこそ、山の秩序を守るわけです。人間は放っておけば必ず悪さをします。個人レベルでは善人でも、集団になればそうとはいえません。だからこそ、「損得」が絡まなければ秩序は維持されないのです。レクリエーションで山を訪れるものにはそうした意識は欠片もありません。訪れたそのときのみ楽しめれば後はモラルのみの問題。そうなったとき、人間の集団としての凶暴性が発露するのです。モラルは個人には守られていても、集団によって容易くレイプされるものです。 かといって、すでにこれだけ世界を侵食している人間が、いまさら「自然を守ろう」なんて言っても、偽善もいいところ。(私は「地球に優しい」という意味不明なコピーが心底嫌いです。)だから、キャンピングカーでレクリエーションを楽しむ事そのものを否定しているのではありません。ただ、勘違いして欲しくないだけです。彼らは「自然を満喫」しているのではなく、「自然を征服」して満足感に浸っているのだという事を。それが分かっているのならば、被害を最小限に食い止めるように努力するようになるでしょう。 なんで、こんな話になったんでしたっけ・・・。
2006年10月28日
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有名サイトさんでは珍しくないのですが、アフィで稼ごうとしているサイトなんかが面白い記事を丸パクリして、バレた途端に削除して逃げるなんて事は、ネットの短い歴史の中で掃いて捨てるほどありました。しかし、まさか自分のブログがパクられるとは・・・。このブログからではなくTNAブログの方。元々海外のサイトを翻訳している2次サイトなので、内容を転載するのは全然OKです。トップに明記してます。引用なら引用で問題ないのですが、オリジナルの記事として書かれている文章に、私が書いたものと句読点や記号の使い方まで全く同じ文章が使われていました。完璧コピペです。しかも、見つけたのは某インディレスラーの公式ブログ。よっぽど文句を言ってやろうかと思いましたが、リンクにこっちのブログが貼ってあったので大目に見る事にしました。でも、本来なら記事に引用である旨と引用元の記事へのリンクがあってしかるべきです。ニュースを扱うブログなら、他所のブログと内容が被ってしまうことはよくあることです。なんで、コピペなんてあからさまに不正が分かる方法でパクリますかね。書き方が変わってたら、こっちもなんとも思わなかったんですよ。ああこの人も興味がある内容なんだって。うちから持っていったネタだったのが分かったとしても、むしろ光栄に思うくらいです。しかも、ネタが訃報ですから不謹慎でしょう。「ご冥福をお祈りします。」って言葉くらい、自分で打ちなさいよ。祈ってないのがバレますよ。というわけで、パクリはダメ!!ゼッタイ・・・とは言わないけど、バレないようにやってね。って事でよろしくお願いします。パクった記事を見つけても突撃したり、この記事を先方に伝えたりしないでくださいね。「ああ、そういう事をやる人なんだ。」と思って、心に仕舞っておいてください。私はもう、今回は見逃すと決めてますから。
2006年10月11日
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今、大学に入学してくる生徒達は、いわゆる「ゆとり教育」を小学校1年生から受けていた世代です。彼らの学力の低さと、言動の稚拙さは目を覆うものがあると言われます。できないし、やらない。注意されると脊髄反射的に逆ギレし、状況が悪くなると親に頼る。親も子供を盲目的にかばい教師や他者を攻撃する。このような最悪ともいえる教育を受けた生徒が珍しくないのがこの世代の特徴なんだそうです。 とにかく、他人をけなし、貶める事になんの罪悪感も感じていないので、教師の側も大変です。男性教師が授業中に女子生徒と目が合おうものなら「キモい」んだそうです。詰め込み過ぎの教育方針を是正し、じっくり考える力を養うはずのゆとり教育は、より一層、頭を使わない子供の大量生産を行ってしまいました。 「子供は叱ってはいけない」という教育論ぶった暴論がまかり通ったのも、このゆとり教育時代でした。叱ることで可能性を奪うというのが主旨だったはずですが、どんな分野でも、どんなに才能豊かな子供でも、大小、様々な壁が待ち受けています。それを乗り越えるためには、一つの方法として「褒める」事は重要です。しかし、それ以上に重要なのは「叱咤」すること。普通の子供は褒められれば「こんなもんでいいんだ」と考えるわけで、次からは能力を伸ばす事よりも、楽に褒められる方法を選びます。で、親が「叱らない」と分かってしまえば、何にもしなくなる。当たり前の事。努力した経験が無いから精神が弱い。精神が弱い人間は体力も鍛えられません。こうして出た結果が、過去最低の運動能力。特に、持久走のタイムは悲惨としか言いようがありません。 しかし、だからこそ「天才」を生み出す可能性の高い世代でもあると思います。たとえば、団塊ジュニア世代なら、多少勉強が出来ても他にもっと成績の良い生徒は山ほどいるので、本当に頭が良い生徒であっても、特別扱いはされません。エリート集団に埋もれてしまい、突出した存在とはなりにくいのです。しかし、現在はこんな状況だからこそ、「自分にはこれができるんだ」というものを見つけ、そのための努力を惜しまない生徒は容易に目立つ存在となる為、成功しやすいと考えます。 問題は、そうした目立つ生徒に対して「羨望」よりも「妬み」の方が強い、他の生徒達の反応のこと。自分に自信のあるものが一つでもあれば、他人を妬む必要などないのですが、自分では何にもしないから、他人も成功して欲しくないわけです。優秀な生徒に感化されて、クラス全体の士気が高まるなんてことは、あり得ないと考えるべきです。残念ながら、優秀な生徒のセグリゲーションは進めるべきなのかもしれません。 教育者でも親でもない、我々のような人間は、無関係だと考えがちですが、彼らは確実に社会に出て、社会を支える仕事に就くわけです。社会は、中心に優秀な人材がいれば問題なく回るというものではありません。末端で働く人たちの教育水準が低ければ、簡単に崩壊するのです。就職せずとも、車には乗るわけです。考えただけで恐ろしくなります。 今後10年。恐らく、日本人は自分達の社会が崩壊していく様を目撃する事になるでしょう。私は、いろんなものをそぎ落とし、何があっても傍観者であることを決めた逃亡者です。しかし、かなうのであれば杞憂であってほしいとも思っています。唯一いえることは、何が起こったとしても、それは、我々全ての日本人の責任だという事。一部の政治家や官僚が悪いと、責任を誰かに押し付けることはできません。だって、根幹にあるのは「子育て」なんですから。 これからの10年。精一杯、覚悟を決めて生きていきましょう。
2006年10月10日
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忙しくて「目が回る」っていうのは慣用表現ではないですね。ここのところ、異常に忙しい日々が続いており、頭がフラフラしてます。目を瞑ると、本当に世界が回っているように感じられ、まっすぐ立てない状態。おかげさまで、サラリーマンを辞めて以来、はじめて、かつ大幅に当時の月収を超えそうです。で、例によって例のごとく外人が「お父さんの70歳の誕生日が近いから、ビデオの編集を急いでやってくれ」とか、どうしようもなく忙しいときに限って、無茶を言ってくるわけです。ちなみに言われたのは今日の朝。いつもの事ですし、無理してやっても「アリガト」の一言でおしまい。ホント、どうにかして欲しいです。明日は明日で、仕事が複数入ってますし、明後日は最低でもチャリンコに50kmは乗らなきゃいけないことが決定済みで(しかもこの仕事一銭にもなりません。だから交通費をケチりたいんです)、どこで時間を作れって言うんでしょうね。睡眠時間を削ったら本当に死にますよ。例えとか冗談じゃ無く。今日もヘロヘロになりながら、大混雑の大宰府天満宮近くでの仕事を終えて、外人が突然言い出したビデオの編集に必要なボードを買いに行き、次のお客さん宅へ行って無理難題をこなして、やっと帰ってメシが食えると思ったら、外人がドラクエ1をやってて、メシを食ってないとか言い出す始末。本日のチャリンコ走行距離は、外人のお使いのおかげで60km超ですよ。当然、簡単に済まそうと思ってるのに、結局、2人分晩飯を作りましたとも。つうか、あいつ、ここ数ヶ月、食費を払ってません。払ったって1ヶ月辺り1万円なのに。そのくせ、この前、夕方6時くらいに晩飯の準備を始めてたら、「早すぎる」って怒られました。英会話の待合室が台所なので、お客さんに丸見えなんですけど、よく知ってるお母さん達と、ゲームやって遊んでるガキ共しかいなかったし、その後、仕事が残ってたんで、余計な雑事を片付けたかっただけなんですけど。ここまでボロクソ言っといてなんですが、いつまでも少年の心を忘れない男(「ポケモンの最新作がやりたいから英語版を手に入れて来い」とか言われてます。もちろん、金を払う気無しで)ですんで、どなたか、一刻も早く結婚してやってください。そして、私を解放してください。
2006年10月08日
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チャリンコが届きましたので、今日から新車の方に乗ってます。同じモデルを買ったつもりでしたが、1年の間にモデルチェンジしたようで、乗った感触がちょっとちがいましたが、相変わらず走りはスムーズで、中国製の変なメーカーとは別物です。MTBを買うならパナソニックの一番安い奴がオススメです。来週の頭には片道約25kmの移動が待ってます。慣らしには丁度良いので、天気が良いといいのですが。それと、私の体調。せっせとジム通いを続けており、相変わらず走ってます。10~15kmだった距離も15~20kmに増やし、ペースも8~9.5km/hから、9.5~12km/hへとアップ。これはかなりキツイです。でも、10.6km/hでどこまでも走れるようになるのが当面の目標なので、このくらいに設定しておかないと、練習になりません。10.6km/hはちょうど4時間でフルマラソンを走りきれるペースです。今の体力では、15kmくらいがこのペースで走れる限界です。体重さえ減ってくれれば、どうってこと無い速さなんですけど、やっぱり、体重は少しずつしか落ちません。それでも、今日のトレーニング後の体重は81kgを切りましたので、成果は上がっています。ジムに入会した頃が81kgで、そこから最大で84kgまで戻り、ジワジワと落としてきました。同じ81kgでも中身は全然違うはず。ランニングマシンだと、走った分に応じて、消費カロリーや、減った体重まで表示されるんですが、これが曲者。だって、1km走ったところで、体重は9gしか減らないんですよ。こんなの見てしまったら、やる気をなくしちゃいますね。普通。なので、消費カロリーと、それと同等の食品を常時表示させて、食べる事に恐怖感を植えつける方が効果的だと思います。3km走るのと、ショートケーキ1個が同じくらいだって事が分かれば、我慢した方が楽だって分かりますから。でも、本当はケーキを食べちゃって、3km走った方が体には良いんですけどね。って話題がそれちゃってますが、トレーニングのペースを上げたばっかりで、日常生活にも影響してますので、トレーニングは休みの日とはいえ、途中で力尽きないかどうか心配です。なんか、大きな注文があって、有り金はたいて仕入れに回し、一文無しになったと思ったら、在庫が売れて当面の資金が調達できたり、金に困ってるのか、困らない運命なのか、よく分からない今日この頃。使う額が少ないから、のんきにやってられるんですけどね。
2006年10月06日
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