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■早川良一郎『散歩が仕事』(文春文庫)

◎珠玉のエッセイ集です
定年後の日常を描いたエッセイなんて、おもしろくないにきまっています。そんな固定観念を、早川良一郎はあっさりと払拭してしまいました。早川良一郎は1919(大正8)年に生まれ、1991年に没しています。本書は63歳のときに上梓された著作の文庫版です。まるで宝石箱をあけたときのように、美しい掌編がとびだしてきました。
著者のことは、まったく知りませんでした。店頭で江國香織(推薦作『号泣する準備はできていた』新潮文庫)の推薦コピーにふれて、読んでみたくなりました。
――こんなふうに「声」のある文章を書けるひとがいまどのくらいいるのだろう。(江國香織)
表紙のイラストもすてきでした。買って読みました。本書との出会いに感謝しました。
著者は近所に住む、同年輩の定年退職者の家を訪ねます。自分のところには庭はありませんが、友人の家には石灯籠も池もあります。池をのぞいた著者が「大きい金魚ですね」とほめると、「緋鯉の鯉です」とたしなめられたりします。その後のてんまつを、すこし長いのですが、本書のエキスとして引用します。
(引用はじめ)
友人は日向ぼっこしながら庭をながめていた。白いのがだいぶまじった無精髭が目立っていた。
「毎日が退屈ですな」
「だって、あなたの家は大家族だ。一家団欒したら退屈もしないでしょう」
「いやあ、毎日ぶらぶらしていると、女房、子供がバカにしますよ」
「だって、いままで家族を養って奮闘してきたんだ。長い航海が終わって港に帰ったんだ。バカにされることはないと思いますよ」
「そりゃはじめの一、二カ月はね。だがあとはだめだな。なにしろ三十年うちにいなかったのが、朝からごろごろしているんですから、邪魔にされますよ」
「お孫さんがいるんだから、お孫さんをからかったら」
「チョコマカしているんで、こっちがくたびれちまいます。この頃の子供は扱いにくいんですよ。サルカニ合戦をおとなしくきいてるなんてのはいません。話題が違います」
「庭、庭」
と庭のない家に住んでいる私は話をかえた。
(本文P12より)
引用したのは最初の章「邪魔者」の一部です。すべてのページはこんな具合に、ちょっぴり物悲しく、愉快で、笑ってしまうエピソードでうまっています。
本書には54編のエッセイが、ちりばめられています。友人とかわす「アッハッハ」の高笑いには、思わずつりこまれて笑ってしまいます。わがままな愛犬チョビとの交流にも、ほのぼのとしたやすらぎを感じます。奥さんの尻に敷かれながら、つよがってみせる男気にも共感できます。散歩の途上でみかけた風景の描写には、繊細さがにじんでいます。女性のお尻の話、軍隊の時の話、銀座のバーの話、ロンドンの話……。時空をこえて、思わぬ世界にも連れて行ってくれます。
著者は下戸でお酒は飲めません。パイプ煙草をたしなむ愛煙家です。2階に小さな書斎をもっています。「老いについて」と題された章は、格別におもしろかったので紹介させてもらいます。
(引用はじめ)
ある日、二階で本を読んでいるところへ、なんの用事でかオクさんが来た。オクさんはタバコの煙が嫌で滅多に二階に来ないから、珍しいことである。
私は読書用の眼鏡で本を読みながら話をしていたけれど、話がこみいってきたので、読むのをやめて首を動かしたら、目の前四十センチのところにオクさんの顔があった。
化物じゃないかと思った。シミとシワで見るかげもない顔である。よその婆さんである。
あわてて老眼鏡をはずした。化物は姿を消し、いつもの美人のオクさんがいた。年をとるとこういう経験もするものである。(本文P33より)
早川良一郎の「仕事」である「散歩」に随行し、私はエッセイの楽しさを再確認しました。江國香織が書いているように、著者の「声」はたしかに聞こえました。ときには心のなかで吐き捨てる声。世間という声のなかで、ちょっぴり肩肘をはったときのきばり声。ついつい舌打ちしてしまい、それを飲み込んだ声。愛犬チョビと交わす声。過去を回顧するときのため息。そして友人たちとの高笑い「アッハッハ」――すべての声や音を耳にしました。
早川良一郎の散歩コースが示された白地図は、さわやかな風がページをめくってくれます。そのたびに白地図には、淡い色彩が浮かびあがりました。
(山本藤光:2014.10.07初稿、2015.02.09改稿)
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