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■恩田陸『六番目の小夜子』(新潮文庫)

◎恩田陸との出会い
『六番目の小夜子』は恩田陸のデビュー作であり、高校生3部作の原点でもあります。この作品は生命保険会社を退職後に書き終え、1991年日本ファンタジーノベル大賞に応募されたものです。結果は佳作でしたが、翌年に文庫として刊行され作家デビューを果たします。
いまから20年ほど前のことです。重松清(推薦作『とんび』角川文庫)の幻のデビュー作『ビフォア・ラン』(KKベストセラーズ、現・幻冬社文庫)を探して、神田の古本屋を歩いていました。結局この作品は後日、地元千葉の古書店で、100円ワゴンのなかから発見したのですが。
そのとき同じワゴンにあったのが、恩田陸『六番目の小夜子』(新潮社、現・新潮文庫)の単行本でした。それまで恩田陸は、読んだことがありませんでした。手にとると、「読んでみて」という声が聞こえたような気がしました。埃を取り払い、表紙をみました。
帯には「ある高校に/密かに伝わる奇妙なゲーム。/「六番目の年」、/それは怖ろしい結末を迎えて……。」とあり、それよりも数倍大きな活字で「綾辻行人氏激賞!」とありました。
これらのコピーは、どうでもよかったのです。だいいち私は、綾辻行人作品をまだ読んだことがありませんでした。ひかれたのは、帯の片隅にあった本文中の活字みたいな小さなコピーでした。
――「幻のデビュー作を/大幅改稿して単行本化」
重松清の幻のデビュー作を見つけて狂喜した瞬間、恩田陸の幻の処女作とも出会ったのでした。私は弾んだ気持ちで2冊の幻のデビュー作ををかかえて200円を払いました。
重松清の幻のデビュー作については、別途書きます。あのとき同時にゲットした、恩田陸『六番目の小夜子』(新潮文庫)の不可思議な世界にはまりました。のちほど知るのですが、本書は文庫が先行発売され、私が手にしたのはその単行本化だったわけです。
舞台は地方のある進学高校。ここには10数年にわたって受けつがれてきた、奇妙な伝統が存在しています。かって文化祭で演じられた「小夜子」という一人芝居がありました。この年の進学率が非常に高く、それ以来「サヨコ伝説」が根づきました。
恩田陸は『六番目の小夜子』について、インタビューに答えるかたちで、つぎのように語っています。
質問者:『六番目の小夜子』は、一番目の小夜子が死んでその霊が「この学校」を呪っているんだ、だからこんな変なことが起こるんだっていう考え方が普通、というか一般的なホラーっていう思想で作られていませんか。
恩田陸:そうですね。でも呪いそのものよりは呪いの仕組みというか、呪いが流布されるシステムに興味があるので、呪い自体はどうでもいいんです。
(雑誌「文藝」2007年春号)
恩田陸自身が語っているように、伝統のゲームについてはほとんど、微細な説明はなされていません。それゆえ「ゲームの中味がわかりにくい」、という批判をあびることになります。ただし恩田陸は、それが伝統となる経緯については、詳細な筆運びをしています。
――それがいつ始まり、誰が始めたのかは、正確には分からない。しかし、それは、三年に一度、必ず行われるのだ。/それは、他愛のないしきたりだった。なんの意味もない、それをしたからといって、どこかで表彰されるとか、栄誉を与えられるとかいうわけでもない。しかし、それでもその『行事』は行われた。(本書プロローグより)
(1)卒業式のとき在校生は、全卒業生にひとりずつ花をわたします。卒業する「サヨコ」は、そのときひそかに新たな「サヨコ」に鍵をあたえます。これが新たな「サヨコ」任命の印です。
(2)「サヨコ」に指名された人は受諾の意思を示すため、始業式の朝の教室に、赤い花を活けなければなりません。
(3)あとはだれにも知られずに「サヨコ」を演じつづけ、卒業式で新たな「サヨコ」をこっそりと指名するのが義務となります。
(4)ただし3年に1度だけの行事なので、ただ鍵をわたすだけ
の「サヨコ」も生まれます。
――私たちの卒業する年、その年は『六番目のサヨコの年』と呼ばれていた。(中略)『六番目のサヨコの年』。その四月の始業式の朝、この物語は始まる。(本書プロローグより)
◎「箱」を描いた
ここまでの予備知識がなければ、第1章にあたる「春の章」から混乱することになります。私は出鼻からアップアップしました。なぜなら始業式の朝、花束を抱えて早朝の学校にやってきた『彼女』(本文中の表記)を女性だとばかり思いこんでいたのです。つまり著者がつけたカギカッコの『彼女』を読み流してしまっていたのです。
――『彼女』はゆっくりと階段を登り、チラリと二階の廊下を覗いた。/そのとたん、ギュッと心臓を鷲づかみにされたような気がした。/一人の髪の長い少女が、ピタリとこちらに視線を向けて廊下の真ん中に立っていた。(本文P17)
六番目のサヨコに指名された『彼女』は、転校生・津村沙代子と鉢合わせをします。
――「あなたも赤い花を活けにきたの?」/少女はゆっくりとそう言った。(本文P18)
2人の「サヨコ」の出現。ここから先については、紆余曲折はあるものの、スムーズに物語にはいりこむことができます。
恩田陸は、雑誌「文藝」(2007年春号)のインタビューのなかで、『六番目の小夜子』執筆中にいちばんこだわったのは「学校」。学校って「箱」みたいなものだと語っています。そしてその説明として、「同じ年齢の人間が一か所にいる」という不可解さだとつけくわえました。
恩田陸の「箱」のイメージは、得体のしれぬものが詰まった容器というものです。恩田陸はかねてから、「単なる懐古趣味じゃない、不変のノスタルジーを書きたい」と語っていました。そのために必要だったのは、舞台としての「箱」の存在だったのです。
謎の転校生・津村沙代子についても、恩田陸は「箱」のイメージで説明しています。ふたたびインタビューでのやりとりを引いてみます。
質問者:津村沙代子という女の子は別に怪物でも幽霊でもないただの人間ですが、何か入っちゃってるところはありますよね。
恩田陸:まあ望まれる役を演じちゃっているというか、自分という「箱」に何かが入っちゃった感じもあるかな。でも逆に一つの箱から出ちゃってどうしていいかわからなくなってそれで鬱にな
ったり自殺をしちゃったりすのかなって。(雑誌「文藝」2007年春号)
恩田陸は谷崎潤一郎『細雪』を、高く評価しています。目指しているのは、「人間は出てくるけれどこれ人間なのかな」という感じのノスタルジーの世界です。
――本当にインパクトがあったんですよ、『細雪』を読んだ時に、「こんなに何も起きないのに、このサスペンス感は何?」みたいな(笑)。ラストは唐突だし、雪子は下痢しているのに(笑)。「あれは何で?」ってずっと思ってるんです。いつかああいうものを書くのが私の理想です。(雑誌「文藝」2007年春号)
◎高校生3部作の完結
デビュー作『六番目の小夜子』につづいて、恩田陸は高校生シリーズとして、『球形の季節』『夜のピクニック』(ともに新潮文庫)と書きつなぎます。『夜のピクニック』は高校生3部作の完結編と位置づけられます。私は「箱」の描き方が、格段に進歩しているとの実感をもちました。
『球形の季節』(新潮文庫)は、地方の高校に広がる奇妙な噂がテーマです。脱出したい少年と居残りたいと願う少女をひとつの「箱」にいれて、恩田陸は感動のラストを描いてみせました。
『夜のピクニック』(新潮文庫)は、午前8時から翌朝8時まで、あらかじめ定められた道をひたすら歩く、高校生活最後の歩行祭が舞台です。この作品は多くの読者から支持され、第2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞を受賞しました。また2004年度『本の雑誌』が選ぶ「ノンジャンルベスト10」では1位に選ばれています。
「高校生3部作」で恩田陸は、逃げ場のない舞台となかなか進まない時間をフル活用しました。そしてそのなかに放り込まれた主人公たちの揺れる心理を、巧みに描きあげたのでした。
「山本藤光の文庫で読む500+α」作品として、『夜のピクニック』をとりあげることも考えました。しかし恩田陸作品は、どうしてもデビュー作から読みはじめてもらいたいと思いました。谷崎潤一郎『細雪』という崇高なゴールをめざし、ノスタルジーという大きな「箱」を背負った恩田陸。「高校生3部作」を順序よく読んでいただくことで、恩田陸の熱い息づかいがきこえてくると思います。
(山本藤光:2009.08.26初稿、2015.02.09改稿)
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