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手に余るテーマだが、少し子どもたちのために
噛み砕いておこうと思う。
品格ってなんだろう。
品格、品位、どちらも(各=レベル)(位=レベル)という
文字が存在している。
文字的にいうなら、レベルに応じた品質(中身)とでも
言えるか。
実際、品格があると考える人物を思い浮かべてみると
有名だからという部分を差し引いても、それなりの
地位、功績のある者が多くなる。
では、レベルが上がらないと、品格というものは備わらないのか。
そんなことはない。歴史で習ったように、地位があっても
「成金」と揶揄される者はいる。
品格が備わるには客観的に自分や他人を見れるかという部分に
負うところが大きいと思う。
立場ある者に、人格者が多いのは、彼らが衆目を
集める人間だからだ。彼らの言動に皆が注目するからだ。
周りの目を、自覚した時、人は恥を知る。
恥ずかしいことをしない。それが品格の第一歩となるのではないか。
そして、もうひとつ大事なこと。
それはいたわりの気持ち、思いやりの気持ちだろう。
すでに何人ものブロガーの皆さんが紹介しているが
ここでも引用しておく。 (21世紀へ生きる君たちへ・司馬遼太郎)
人はひとりでは生きていけない。
助け合う気持ちのもとは、いたわりという感情。
それは他人の痛みを感じること。
しかし、それは本能ではないから訓練が必要。
訓練することで自己が確立し、たのもしくなる。
これは人が生きていくために欠かすことができない心構えである。
人をいたわる気持ちというものは、司馬さんも言うように
ある程度訓練を必要とする。
具体的に言うと、感情的に行動せず、理性をもって
行動する訓練だ。
ここで先に挙げた客観的に自分や他人を観ると
いうことが大事になる。
自分のとる行動で、相手、周囲の人はどう感じるかを
考えるのだ。
相手の立場を自分と置き換えてみてもいい。
そして、相手の痛みがわかったら、恥ずかしいと感じたら
他の選択肢がないか考えてみるといい。
だれにでも嫌いな人くらいいる。
だが、それを大勢でいじめるということ。
これは卑怯だ。粋じゃない。
1対1で対峙すべき問題だ。
いじめを各自が恥ずかしいと、自分のことと
思えるようになれば、いじめはほんの少し減っていると思う。
自分の理想とする自分、これを自分の進むべき道の
少し先に置く。そうすることで、人は少しずつ品位の
備わった人間に近づいていくのだ。
だからこそ、ブログ上での私は、君たち生徒が知っている
私より、ほんの少し優しく、賢く、理想的な先生なのだ。
小学生が来てしまったので、後で乱れたところが
あれば直すつもり。