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最近、面白い記事を2本見つけました。 「重文388件が所在未確認」 ネット出品 家宝意識薄くhttp://sankei.jp.msn.com/life/news/131208/trd13120812340008-n1.htm 個人所有の重要文化財約800点のうち半数近くの所在が不明になっていることが、文化庁の調べで判明しました。所有者が代替わりし、家宝を末代まで引き継ぐという意識が薄れたため、文化財の保管がおろそかになったり、安易に売却しようとする動きもあるとのことです。立命館大学「ゲーム資料現物寄付」のページは、なぜ炎上してしまったかhttp://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueakito/20131125-00030100/ ゲームソフトのアーカイブ作成を行ってきた立命館大学ゲーム研究センターに、テレビ番組での事業紹介をきっかけとして、大量のゲームソフトが送られてくるようになりました。大学としては、着払いの配送料、保管場所等の問題で困る事態が発生したため、センターのホームページに、現物寄付の際のルール(お願い)を掲載しました。ところが、そのホームページの内容に対する批判が殺到しました。 特に、送料を寄贈者が負担するようにと書いたことが、センター側があたかもタダで大量のゲームソフトを独り占めするという印象を与えてしまったようで、ホームページはいわゆる「炎上」状態となってしまいました。 重要文化財とゲームソフト、一見全く異なるジャンルですが、後世に伝えていく大切な「遺産」という点に、共通項が見えます。 そして、この二つの事件に共通するのは、「遺産の社会化」という課題です。 刀剣、美術品、ゲームソフト。これらはいずれも、その購入者の審美眼と熱い思いから、所有され、大切に保管されてきました。しかし時代の変化、特に少子高齢化の進行は、形ある歴史遺産を個人の思いと負担だけで維持していくことを困難にしています。家に保管する場所がない。保管に必要な環境が整えられない。これらの問題が一気に噴出するのが、相続の際なのではないでしょうか。そうでなくても、引越しとかがあれば、大切な物を手放さざるを得なくなるという事態は、いくらでもあります。 歴史遺産である家宝を継いでいくという個人の意識も必要ですが、それだけでは解決できないのではないでしょうか。 そこで考えていかなければならないのが、「遺産の社会化」です。歴史遺産は皆の財産という発想に立ち、歴史や地域の中での遺産としての位置づけを考え、研究機関、所有者個人や行政に任せきりにせず、市民(地域住民、あるいは当該ジャンルに関心を持つ者どうし)の主体的な関与で維持、活用していく。長期にわたって歴史遺産を伝えていくには、このような仕組みを構築していかなくてはならないのではないかと、私は考えています。 立命館大学の件について、センター側の「お願い」は、研究機関として妥当なことであり、やや言葉が足りなかったのかな、という印象を持っています。寄せられた批判に対応して、センター側も再度、公式見解を発表しています。http://www.rcgs.jp/p/option1.html
2013/12/28
こんばんは。 銀河線代替バスの年末年始運行情報が発表されています。 十勝バスhttp://www.tokachibus.jp/2013/12/11/3669/ 北海道北見バスhttp://www.tokachibus.jp/2013/12/11/3669/ 両社とも、銀河線代替バスの終日運休はありませんが、特に元日など、運行本数が大幅に減っています。また、同じ会社でも他の路線は運休、減便等がありますので、乗車される方はご注意願います。
2013/12/28

SLオホーツク号が最初に走ったのは、2011年でした。それ以前、石北本線内では「SL常紋号」として、復活運転の実績がありましたが、網走から釧網本線内に入り、オホーツク海をバックにSLが走ったのは、36年ぶりでした。http://abashiri.jp/tabinavi/00news/2011/2011-slohotukugou.html 以来、SLは3年連続で運行されてきました。 さて、年に一度、その地域にSLを走らせる意味は、どこにあるのでしょう。年に1回だけのSLなど不要、SLが来たって石北本線の客が増えるわけじゃない、そんな金があるなら普段の列車を増やせ、否鉄道の安全性を上げろ...批判があるのも事実です。 年間通じて定期的にSLが走る。確かにそれは大きな観光資源になります。しかし現実としては難しい。限られた車両を道内全域で走らせる現在の体制では、どんなに多くても年2~3回程度が限度でしょう。 SLオホーツク号の意義を見出すとすれば、SL運行というひとつの目標、あるいは行為に対して、地域の力が結集すること、その力の結集を通じて地域を見直すことにあると思います。 SLの魅力を地域の魅力(見どころ、知りどころ、食べどころ)とつなげる。地域の良さをアピールする。沿線が線的面的に連携する。そのアピールを次の展開につなげる。石北本線そのものの魅力、存在意義を考える機会にもなります。 JRが自らの営業施策として、長期間SLを走らせている路線もあります。そのような地域と比べると、SLが呼ぶ観光客の数自体は少ないかもしれません。しかし「観光」の真の意味...地域住民が誇りと思う事物を自信を持って示す...に立ち返れば、地域住民が地域の良さを感じるいい機会ではないかと思うのです。 来年度、SLオホーツク号は走らないのではないか?という憶測が流れています。JR北海道が不祥事を続けて起こし、SLどころではない、という見方です。JR北海道は今後どうすればいいのかについては、別の機会に譲りますが、SLが地域に導いたムーブメントを絶やさないような工夫を、今度は地域が主体となってレールの上で展開する、そんなことがあってもいいのではないかと考えています。
2013/12/19

北見駅近く、旧ふるさと銀河線検修庫跡地近くに残る旧国鉄の車両群について、SLオホーツク号運転に合わせる形で、6月22日と23日に車内公開を行いました。 今回は、正式にSLオホーツク号歓迎行事の一環として開催された、いわば「公式」の行事です。 SLに負けないくらい多くの来場者が訪れた...というわけにはまいりませんでしたが、乗車だけでない撮影だけでもない、鉄道と地域を多様に感じ取ろうとする方々の来場があり、実施した意義は非常に高かったと考えます。 車内の一般公開については、SLオホーツク号の後も実施され、10月14日(鉄道の日)には、郵便車両の中で映画上映会(内1本は鉄道郵便の取り扱いを記録した極めて貴重なもの)を行うなど、企画面でも少しずつ工夫をしてきました。また、あまりにも汚く今まで手をつけられなかった3両の内部清掃も行い、車内公開範囲の拡大や長期的な利活用への第一歩が踏み出せました。 地元では、これら車両群の認知度が少しずつ上がってきています。ですが、車両を残すことの意味、車両そのものの価値、車両と道内産業史とのつながり、さらにオホーツク地域の現代史への展開と考えていきますと、まだまだ捉え方、伝え方が足りないな、と感じています。また、本物の車両を間近で見られること、メカニック的な興味関心への対応も、これからの課題でしょう。今年は、北見工業大学の方々が多数、お手伝いに来てくださいました。彼らの知力をお借りしながら、新しい展開も考えていきたいです。 旧国鉄車両群は、12月1日に関係者によりシート掛けが行われ、「冬眠」に入りました。
2013/12/19

もうだいぶ経ってしまいましたが、SLオホーツク号関連行事について、ご紹介していきたいと思います。 SLオホーツク号の日程に合わせて、6月22日と23日の両日、「鉄道遺産を巡るセミナーツアー」がSL運行関連行事として開催されました。日帰りコースを2日間開催し、北見駅周辺の保存車両、佐呂間、計呂地の交通公園、温根湯森林鉄道の跡地、常紋トンネル殉職碑などを回るコースを設定しました。 このコースの中に、一見、鉄道と関係なさそうな見学ポイントがありました。 国道39号線端野から国道333号線に入り、仁頃の交差点を右に曲がって道道7号を常呂方向へ向かうと、途中に不思議な名前のバス停があります。 鉄山 周囲に民家がほとんどない、谷間の地に降り立って見ると、不思議な光景が目に入ります。 山が赤い。 地面も赤い。 ここが、かつて「国力鉱山」という鉄鉱石を産出する鉱山があった場所です。 この周辺には、マンガンを含む良質の鉄鉱石が埋蔵されていて、旧常呂町内では、国力の他に常呂、北見東亜、報国と計4つの鉱山が操業されていました。 当然、ここには鉄鉱石を産出するための設備があり、従業員がいて、住宅、商店などの施設がありました。しかし現在ここには、たった一軒の住宅しか残っていません。 その一軒の住宅に住む方から、お話しを聞くことができました。秘蔵の写真を見せていただきながら、この場所の栄枯盛衰に想いを馳せます。 もうひとつ、鉱山の存在を後世に残すものがありました。この鉱山の開祖とされる、芳川寛治の顕彰碑です。 国力鉱山が最盛期を向かえたのは、第二次世界大戦後です。産出した鉄鉱石の運搬手段に苦慮していましたが、1952(昭和27)年に湧網線(湧網西線)が常呂から浜佐呂間(下佐呂間)まで開通し、北見共立駅が開設されたことで、一気に生産量が上昇しました。湧網線延伸の最大の目的は、実は鉄鉱石の運搬だったと言っても過言ではないでしょう。 輸入される鉄鉱石に押されて、常呂の鉱山は次第に閉山に追い込まれます。 産業遺産が鉄道遺産と密接に関連している事例を見ると、現代史の奥の深さと、遺産を残し伝えていく努力の大切さを感じずににはいられません。 なお以前、「神のお告げ」で鉱床が見つかったとされる鉱山があると申し上げたのは、常呂鉱山のことのようです。
2013/12/19
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