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韓国に来て16年、いろんな男たちとであった。誤解しないでほしい、私は男であるし、ホモでもないので、そういう意味での出会いではなく、ただ普通の出会いの話をしているのである。韓国の男と日本の男の違いを今日は少し考えて見よう。民族性の違いと言うより、後天的な環境からの話である。まず日本との大きな違いは、徴兵制度である。韓国には徴兵制度がある。最近は少し短くなったようだが、以前は約3年の軍役が義務ずけられていた。前にもチラッと書いたが、この3年間の軍役で韓国の男の子たちは男になる。軍隊に行く前の男の子たちは、日本の同じ年代の男の子たちよりはるかに子供っぽいし、独立心に欠けている。と言うのは、日本より韓国は私が見たところ、子供に対してかなり過保護である。母親が特に溺愛する。それで言って見ればマザコンぽい男の子が多い。日本は高校を卒業すると、大学に入って、下宿したり、就職して独立する子が多いが、韓国ではあまり多くない。それが、高校卒業後、あるいは大学の2年生の時に、大体軍隊に入隊する。軍隊は男だけの世界である。そして、歳に関係なく1日でも早く入隊したもの(先輩)が神様である。上官と先輩の命令は絶対である。たとえ上官の虫の居所が悪く、滅茶苦茶殴られても、じっと我慢するしかない。サバイバル訓練もある、極寒の中、振るえながら歩哨をしなければならない。言っておくが、もちろん私は日本人であるから、韓国の軍隊に行ったわけではない。友達や、教え子から聞いた話である。特に酒を飲むと必ずと言っていいくらい、韓国の男たちは軍隊の話をする。ほぼ全員、二度と行きたくはないけど、忘れられない思い出だと言う。入隊すると、まず完全に自己否定される。人間として、男としての自尊心と言うものをすべて無くさせられると言う。逆らって、病院行きとなり、強制退役になった話はあるが、それ以外は皆我慢するしかない。上官は神様である。逆に自分が反対の立場になる時が来る。自分よりどんなに体がでかくとも、どんなにけんかが強くとも、年上でも、自分の命令のもとに「イェ(はい)!」の一言、何でも言うことを聞く。これは男として一度やって見たいものではないだろうか?もっともそのために3分の2以上は奴隷のような生活に耐えなくてはならないが。これを通過して、韓国の男の子は、男になって親の下に帰ってくる。母親は頼もしくなった息子を抱きしめる。その前に息子は両親に敬礼して、軍隊式で除隊したことの報告をする。軍隊の話は書くことがありすぎるので、次の機会にしよう。だから韓国の男の世界では、その影響が以上に大きい。男同士が会うと、軍隊はどこの部隊出身の何期かとお互いに聞きあう。そこでもし。同じ部隊の先輩後輩があったら大変である。もちろんいい意味であるが、まず朝まで二人は思い出を語り合いながら飲み明かすであろう。さて、前置きが(前置きでもないが)長くなったが、今日のテーマの話である。これはしかし、逆に民族性と歴史性に関係しているのかもしれない。韓国が出来る前、つまり戦前、さらに植民地統治下以前の、李氏朝鮮時代約500年は儒教の文化であった。儒教の教えにもいろいろあるが、その一つに「長幼の序」というのがある。簡単に言えば、年上を大切に、年上の人には、礼を尽くしなさいと言うことである。もちろんもっと深い内容があるが、今日のタイトルの内容を説明するにはこれだけで十分である。韓国社会では、特に男は、歳の差がいろいろなところで影響を及ぼしてくる。特にけんかの時がそうだ。韓国は交通事故が多いが、昔は特に接触事故や、あるいは割り込みしたと言うだけで、道端で殴り合いのけんかが始まった。よほど酷くならないまで止めない。止めが入って最後は、どちらともなく「おまえ!何歳だ!」と聞く。お互いに歳を言い合い、納得できない時は「住民登録証(ID CARD)」を見せ合う。そして、年下が年上に「兄貴!俺が悪かったよ」と言って、一件落着だ。もし、年下が謝らないと、周りの野次馬たちが「あんたそれはだめだよ、相手は兄貴なんだから、あんたが謝りなさい」と年長者が注意をしたりする。われわれ日本人には納得いかないところだが、それで落着くことが多い。もちろん、殴り合いが収まるだけで、今度は紳士的な話し合いになる。だから年上が責任が重ければ、きちんと事故の処理をしなければならない。年上だから、年下のせいになったりはしない。もちろん事故の時の話である。これは親子ほどの関係の時もそうだが、その時はもっと早く解決する。日本のように、親父くらいの歳の人に「くそじじい!」と言ってけんかするより、いいのではないだろうか。韓国は最近、その儒教のいいところが薄らいだとは言え、まだまだ残っている。ほとんど失ってしまった日本より、私個人としては、すばらしいと思う。皆さんはどう思われるだろう?
June 30, 2004
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昨日は以前日記で紹介した麗水の美しい自然を写真に撮り続ける、写真家のファンウィドン先生ご夫妻にお会いした。もう一度先生のHPをご紹介しよう。 http://www.h1000.com/ここには麗水の美しい写真がたくさん載せてる。残念なことに日本語がバージョンがないので、次のようにご覧あれ。サイトに入り、上のメニューの一番左「yeosu tour」に入る。次に左側のメニューの一番上の「Baekdo」に入る。出た画面の白島の写真をクリックする。出た画面の写真を一つづつクリックすると、美しい白島の自然を満喫することができる。なんとこのHPをご自身でお作りになったそうである。日本語バージョンを作るお手伝いを約束した。先生のご自宅はやはり、美しい麗水の海の見える丘にあるマンションで、目の前の埠頭から、鏡島という島に行くフェリーが出てる。5分で着いてしまうところだが、久しぶりに船に乗った。その写真である。↓↓↓↓↓先生の この島は小さな島で、市内からすぐ行けるので、埠頭の周りにはさしみやが並んでいる。特に麗水はハモの産地が有名で、今は少ないが、昔はほとんどが日本への輸出で、麗水市民の口に入らなかった。しかし、輸出が厳しくなってからは、麗水の名物となった。その中でも、この鏡島は「ハモ料理」で有名である。ライトアップする美しい突山大橋を見ながら、鏡島でも一番有名なお店で「ハモ湯引」をいただいた。これだ。↓↓↓↓↓ すごく柔らかい肉に、だしを見ると、高麗人参など漢方がたくさん使われている。体にもいい(韓国で今はやりの「well being」料理)。おもしろいのが、生のたまねぎにくるんで食べる。辛いかと思ったら、逆に甘い。と言うのもファン先生の奥さんが、一つ一つ辛味の出る部分を取って下さったからである。先生はこれからも麗水の美しい写真を撮り続けることなど、熱心に語ってくださった。そして8月にあの美しい白島に一緒に行こうと誘ってくださった。また、絵はがきをはじめとする写真集などの日本語バージョンの制作などを約束した。いつか麗水がドラマや映画のロケ地となり、人気が出れば、先生と私の作った写真集が皆さんの手元に届くかもしれない。そうなってくれたらうれしい。いつか必ずそうなると確信している。
June 29, 2004
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以前の日記で「チマパラン(スカートの風)」の話をしたが、読んでいない人のために、もう一度簡単に書くと。今はなんて言うのだろう?昔風に言うと「教育ママ」とでも言おうか?とにかく子供の教育に必死になる母親のことを指して、韓国では「チマパラン(スカートの風)」と言うのである。それは異常なほどで、小学校から普通3つ以上塾に通っている。多い子は7つぐらい。だから家に帰るのは11時、12時だ。そうやっていい中学校、高校、大学へ送ったのだが、今は甚だしい就職難である。特に女子の就職はもっと難しい。もちろん会社側でもいい人材はほしいのだが、慢性的な不景気になりつつある韓国の事情で、リストラで忙しい。だから新入社員のの募集も必然的に厳しくなる。そんな中で、女子の場合、どうしても条件が同じなら、美人の方を選びたいのが、人情(?)である。けして、会社の人事課の担当の人が男だからと言うのではない。女性の担当でも、会社のイメージ等を考えた場合、そうせざるを得ない。特にそういった業種(え?どういう業種)では、学校での成績より重要となる。そのため、就職を控えたほとんどの女性は、多かれ少なかれ、美容整形をする。だから、最近は美容整形の病院は大繁盛である。なかなか技術もすばらしくて、日本からも女性たちがたくさん、韓国に美容整形に来ているらしい。まあ今日は韓国の女性の話だけにしておきましょう。学校でも、少し美人でなかったり、太っているといじめの対象になる。もちろん就職できない。それが原因で、自殺する女の子も増えているのが現状である。それで、あるテレビ局が特集を組んで、その調査をしたのがあった。女性の店員を募集している外資系のレストランに3人の女性を面接を受けに送り込んだ。最初はかわいい女の子だ。店長らしき男「明日から働けない?」とすぐ答えた。次にちょっとかわいくない女の子(よく出演を許可したと思う。その勇気に感動!)を送ると、店長らしき男「後ほどご連絡いたします」だ。もう一人かわいい女の子を送った。やはりすぐ決まった。後でスタッフが取材に行って、いろいろ質問をした。スタッフ「やはり採用する女性の外貌を見ますか?」店長らしき男「うちは客商売ですからね。当然です」仕方ないだろう。世の中こうだから、女性の美しくなることへの執着はすさまじいものとなる。時々ダイエットのし過ぎで死んでしまったり、また太るかもしれない恐怖心から、拒食症になってしまったり、いろいろだ。これはウィハヨさんの日記から抜粋させてもらった内容である。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★中略一方女性についてはそれがまさに限りなき美の追求となるんです。韓国の女性の化粧やおしゃれは自分の美を最大限に表現することに神経を集中した積極的なものがあります。整形手術もその追求力からでてくるのかも知れません。それは女性として男性の愛をストレートに願った表現でもありますが、同時にそれは女性としての役割であり責任であると考えられ、社会的にも女性は当然世のため人の為に美しいものを見せる義務があるというのが自然な発想であるようです。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★これを読むと、韓国女性の美しくなることへの執着は、日本の女性のそれよりも、より本質的なもののように感じられます。全体を読みたい方はこちらです。http://plaza.rakuten.co.jp/imodksi/diary/200406170000/もちろん女性は美しいのにこしたことはないかもしれません。でもこういう韓国社会に生まれ育ち、これから一生生活していく韓国女性は大変だなあと感じざるを得ない。何かもっともっとエスカレートしていくような気もしないでもない。でもいくらきれいでも、性格が悪くてはね。まあ私は、うちの嫁さんの外貌も性格も満足しているからいいけど。皆さん!過ぎた欲望は、問題が起こるので、適当にしときましょう。
June 28, 2004
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昨日ポストに麗水市の刊行物である「美港 麗水」という新聞が入っていた。麗水市が月1で発行して、市内の全世帯に配られる。その内容がすごかったので翻訳して見た。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★麗水観光が変わる!(株)一上と1兆5,000億規模 メガトン級投資協約(MOA)締結麗水華陽 国際海洋リゾート 建設本格化光陽湾圏、国際自由区域内 麗水華陽地区 300万坪にゴルフ場とコンドミニアム、海水スーパーワールドを備えた、1兆5,000億規模のメガトン級国際海洋総合リゾート建設が本格化された。去る14日、全羅南道庁状況室で朴峻瑩 道知事、金忠錫 麗水市長、(株)一上 文龍賢代表など、50名が参席した中で、1兆5,000億規模の麗水華陽地区開発のための投資協約書(MOA)締結式を持った。これは昨年の1月から光陽湾圏経済自由区域の初期活性化のため、これまで全羅南道、麗水市、自由区域庁間の有機的な共助体制を構築し、投資誘致活動を広げてきた結果である。特に華陽地区開発事業は、2015年まで、国内外資本、総1兆5,031億ウォンを投資し、世界的な海洋観光リゾートを造成する事業として、我が市の観光事業の新しい礎となると評価されている。投資会社である(株)一上は光陽湾圏経済自由区域開発5個地区の中の麗水市華陽面華東里と長水里一円を圏域とする1個地区で、レジャースポーツ地区として計画された299万坪に、ゴルフ場と慰楽施設である海水スーパーワールド、コンドミニアム、ホテル、野外公演ホール、世界民族村、特殊教育機関などを備えた、大規模な複合海洋リゾートを建設する予定だ。第1段階事業として、長水地区169万坪には、2010年まで事業費8,673億ウォンを投入して、27ホール規模のゴルフ場と世界民族村、乗馬クラブ、ホテルなどを建設し、国内外国民(?)の生活環境造成次元で、国際学校とゴルフ、サッカーアカデミーなど、スポーツ関連の大学を誘致し、第2段階事業として、華東地区130万坪の規模には、2015年まで、6,358億ウォンを投入して、ゴルフ場、花卉村、休養タウン、オーシャンパークなどを開発し、壮年層と老年層を狙う国際的な休養観光レジャー施設が設置されることになる。(株)一上は、これらの事業を支障なく推進するため、香港のオンモスト ディベロップメント(Onmost Deve-lopmet)社から、149億ウォンの外資を既に確保しており、今後2015年まで、総事業費の中で半分を外資から調達する計画であると明らかにした。従って、華陽地区開発は閑麗海上国立公園など、秀麗な自然景観を保有する麗水地域に観光需要を創出して、2008年全国体祭(総合体育大会)及び、2012年世界博覧会誘致のための国際的水準の観光、レジャー施設が拡充され、麗水の観光の姿が確実に、変わると信じる。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★私も不動産開発の仕事もしていて、済州島でやってきたが、まさか、今私が住んでいる麗水で、こんな大きなプロジェクトが進められているとは思わなかった。灯台下暮らしである。いずれにしろ、うれしいことである。それで、今日は麗水に住む日本人会のメンバーの集まりがあり、この話題で盛り上がった。ところが、確かに自然はすばらしいのであるが、観光施設やおみやげなどが、まったく時代遅れと言おうか、とにかくまだまだである。日本より地方自治制が始まったのが、かなり後だったので、これからと言えばそうである。施設のほうは市などに訴えていくとして、お土産の開発を我々でやっていこうと言うことになった。市に勤めているメンバーもいるし、それぞれ出来ることを話し合った。それこそあんなに美しい自然がありながら、きちんとした絵葉書一つない。市から出しているものもダサい。どうして、以前紹介したファンウィドン先生のような、すばらしい写真家がいらっしゃるのに用いられないのだろうと思う。明日は先生にお会いして意見をお聞きしようと思う。また、8月だか、9月だか、新しく始まるドラマの舞台にも麗水が決まっているらしい。しかし、この新聞にあるプロジェクトが進めば、ドラマや映画のロケ地としても有名になるのは間違いない。もしかしたら、日本にも紹介され、日本の観光客がたくさん来られるようになるかもしれない。世界釣り大会も行われたところだし、これからどんどん変わっていくと思う。商売人としての私も、そろそろ動き出さなくてはと考えさせられた一日であった。いつかヨン様主演のドラマが、ここ麗水で作られるかもね。そしたらファンの皆さん、是非いらして下さい!
June 27, 2004
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これはうちの女房に読まれたら、ちょっとまずいけど、正直昔(90年代まで)の韓国の女性って、ダサい、ケバイって感じでした。ダサい理由は当時、まだ食べていくのが精一杯の時代だったので、美容にお金をかけられなかった。優秀な美容師もいなかったし、まともな雑誌と言えば、日本の「NO××」や「CA××」などがどこから密輸されてて、それが最高の人気であった。だから一般的に、どういうスタイルがおしゃれなのか分からなかったからである。当時、久しぶりに日本に帰り、東京で地下鉄に乗っていると、背が大きく、スタイルはいいのだが、化粧と服が派手派手で、え?その手の職業の人?と思える女の子たちが乗っていました。彼女たちが話しているのが聞こえてきて、驚いたことに韓国語でした。まあ個性的というか、目立つと言うか、だから日本の芸能界に在日の人が多いのかもしれないけど。化粧もそうです。何でこんなに厚化粧する必要があるの?って感じ。化粧しないと肌が白く、きれいなのにもったいない!理由の一つにいい化粧品がなかったというのもある。だから高いけど日本の化粧品は人気があった。ちなみに当時のおばちゃんたち、ほとんど全員髪がパーマであった。それも皆同じスタイル。まあ、今日はおばちゃんの話は置いておいて。最近はどうか?生活も豊かになり、情報も豊富になった。海外旅行も自由になり(昔は自由じゃなかったんです)、日本の文化も開放され、「おしゃれ」が分かってきた。逆に、そこへ持ってきて、韓国の個性の強さが、日本に受け、人気があるくらいである。だんだん、昔は見た瞬間、韓国人、日本人と見分けが付いたのに難しくなってきた。昔はこんな風に言われた。日本女性はたぬき型、韓国女性はキツネ型。なるほど的を得ているなあと思った。今はたぬき型韓国人と、キツネ型日本人が増えてきて、区別ができなくなってきた。やたら昔の話になり、申し訳ないが、昔はおもしろいことがたくさんあったので、ついつい書いてしまう。今は前よりも少なくなったが、韓国の女性、若い女の子も、実は脇毛を剃らないんです。何を隠そう、うちの女房も。最初これは、かなりのカルチャーショックでした。あんなかわいい子がどうして?驚き桃の木でした。もともと韓国の人はあまり毛深くないですが、時に夏など、何かのきっかけで、脇の下って、ちらっと見えちゃうじゃないですか。一度私も女房に、どうして剃らないのか、訊いた事があったけど、答えは、「え!?どうして剃るの?」でした。納得!そうか、これが韓国の文化なんだ!犬の肉を食べるのも、脇毛を剃らないのも。逆に韓国の人が日本に対する最高のカルチャーショックが何かご存知ですか?それは、実は「混浴」なんです。これはどう考えても理解できないそうです。ましてや家族が一緒に、特に嫁と舅が一緒に風呂に入るなんて、韓国のモラル(?)からは考えられないそうです。それから、いとこ同士で結婚することです。韓国ではいとこはもちろん、はとこくらいまでは、ほとんど兄弟と同じ感覚です。ですから韓国の人の目から、いとこ同士の結婚は近親相姦になってしまいます。話がそれてしまいました。この文化の違いは、また何かの機会に詳しくやりましょう。あれ?何の話でしたっけ?ああ、そうそう、韓国の女性と日本の女性の違いでしたよね。っと言うわけで、って、どういうわけ?って突っ込まないでください。私もごちゃごちゃしてるんですから。そうですそうです。だんだん区別が付きにくくなったと言う話でした。じゃ、どうやって区別するの?話してみれば分かるとか、パスポートを見せてもらうとか言わないでくださいよ。その一つは、眉毛なんです。これは実は在韓日本人のメーリングリストの掲示板で話題になっているのを見て、知ったんですが。比較的韓国人女性の眉毛は、日本人のそれより細いんです。もちろん日本人の中にも細い人はたくさんいますが、全体的に見てそうだと言うんです。全部抜いたり、剃ったりしている人もたくさんいるそうです。そして、刺青(?)で細く眉を入れています。あれ?私が知らないだけ?日本の女性でもたくさんそうしてるの?でも掲示板で日本の女性たちが話していたことですから、間違いないと思います。それから、こんな話もありました。ズボンの丈なんですが、韓国ではズボンの丈を長めに、日本では、その逆に、短めにするそうです。本当ですか?って、またしっかり調べてから書けと、お叱りを受けますね。まあまあ、今日の内容は、日本の国益とはあまり関係がないと思いますので、突っ込みはなさらないでください。逆に女性の方は、どんどん突っ込んでください。特に韓国の女性は。って、韓国の女性の誰がこの日記を見てますかね?ところがですね、ぜんぜん違う話なんですが、昨日の日記(美しい麗水)に、麗水の、いや韓国を代表する(ちょっとごますりがばればれ?)写真家のファンウィドン先生のサイトを紹介したら、何と先生からのメッセージが届いちゃったんです。これには驚きましたね。それも日本語でです。今日、ご連絡してお会いしようと思ってるんです。どうやってお知りになったのか訊こうと思います。どこのどなたが日記を見ているか分からないですね。と言うことで、今日はやたら脱線しますが、ご意見お待ちしています。とか書いて、アクセス数と書き込み数を上げようとしているとか?私はそんなのにこだわってないですがね。この日記は皆さんに韓国の情報を提供すると言う意味もありますが、私自身に対する戒め(?)でもあります。そんな大げさなことではなくて、一つは「継続」の訓練、もう一つは、成功している人の多くは、実は日記をつけてるんですね。もっともこの日記は、日記と言うより、韓国をテーマにした内容がほとんどですが。さて、今日は久しぶりに長くなりました。では皆さん、楽しい週末をお過ごしください。でも明日も日記は休まないつもりです。明日は久しぶりに日本人の集まりがあります。その話でも書きますか?
June 26, 2004
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今日は必ず明るい話題を書く約束をしていたので、私の住む美しい麗水のお話をしたいと思う。これは1回では書ききれないので、数回にわたり書きたいと思う。あまり関心のない人には飽きてしまわれるので、今日から毎日と言うのではない。私のこの日記のHOMEにも1枚写真を載せているように、麗水は、韓国の南海岸の真ん中に位置し、半島のように突き出しているため、3方が海に囲まれている。行政区域の中に、なんと3つも国立公園を持つという、韓国でも珍しい都市であるし、それだけ美しい自然が豊富である。その中でも特に多島海海上国立公園(巨文島、白島地区)の白島は、韓国の南海岸の秘境と言われる、美しい島である。もともと麗水には317の島があるが、その中でも最も美しい島であると言える。これです。↓↓↓↓↓ 画像が小さくて、本当の美しさをお見せできないのが残念である。それで麗水に住む写真家のファンウィドンさんのHPをご紹介したい。 http://www.h1000.com/ここには麗水の美しい写真がたくさん載せてる。残念なことに日本語がバージョンがないので、次のようにご覧あれ。サイトに入り、上のメニューの一番左「yeosu tour」に入る。次に左側のメニューの一番上の「Baekdo」に入る。出た画面の白島の写真をクリックする。出た画面の写真を一つづつクリックすると、美しい白島の自然を満喫することができる。今日本では「オールイン」が人気があり、これから済州島の美しい自然がたくさん出る話は以前の日記に書いたが、ここ麗水も、遠くない未来に必ずドラマや映画のロケ地になるであろうと確信する。是非皆さん一度おこしあれ!
June 25, 2004
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韓国に来て16年目、IMF体制化の中でも一緒に苦労を共にし、克服した時の喜びも一緒に味わった。しかし、このごろはその時以上に暗い!今回の金鮮一さん殺害事件もそうだが、その前は盧武鉉大統領の弾劾問題、慢性化しつつある不景気。今日の国内のニュースは金鮮一さんが拉致されたという情報を誰かが止めていたという内容だ。それで、国民が大騒ぎをしはじめた。金鮮一さんの会社の社長が止めたのか?イラクの大使館で止めたのか?、韓国政府が止めたのか?この疑惑が渦を巻いている。正直、昨日悲しい内容の日記を書いたので、きょうは明るい話題にしたかった。しかし、朝からこのニュースの特集である。早くオリンピックでも始まってくれないと、毎日暗い話題ばかりである。スポーツで盛り上がる国である。スポーツと言えば、2軍落ちしてしまった、ロッテの李選手の応援のため、インターネットで100万人の応援アクセスを勧めるコマーシャルをテレビでやっている。スポーツまでもいい話題がない。期待の女子バレーもオリンピック予選さんざんだった。こんままではいけないぞ!何か明るい話題を見つけなくては。でもここぞと言う時の底力を持つ韓国、何かやってくれるだろう。明日こそは楽しい話題の日記を書こう!
June 24, 2004
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イラクに人質となっていた韓国人、金鮮一さんが、結局今日の夜中に殺害されたことが報道された。前回のアメリカ人と同じように、首を切られて殺された。どんなに恐ろしく、痛かったであろうか?どんなに生きたかったであろうか?親御さんたちの悲しみはいかほどのものであろうか?私も息子が3人いるが、自分の子供がもしそのようなことにと思うと、少しだけ、親御さんの悲しみが理解できそうである。不思議と犠牲になる人は、いい人が多い。金さんも決して豊かな家で育ったわけではない。苦労して学校を卒業している。近所の人の話では、本当にまじめな人だったらしい。平和な国、平和な時代の中に、どっぷり浸かっている私たちには、戦争というものが、何か映画でも見ているように感じるが、現実は、今でもいくつかの地域では殺し合いが行われている。そこでは人間の尊厳などはないのであろう。殺さなければ、殺される。戦争は人間の最も醜いところが全部出ると言われる。人間ってこんなもんなのだろうか?私もその場にいたら、そうなるのだろうか?それを考えたら、自分が怖くなるし、決してそのような場所に行きたくないものである。行きたくなくても、その国に、その時代に生まれてしまったらどうしようもないのであるが、幸い、そうでない国、そうでない時代に生まれたので、こうやって平和に日記を書いている。でもやはり許せない!殺した人たちにも親や子がいるはずである。いや、こんな感傷なんか、彼らには通じないだろう。彼らもやはり生きるために、目的のためにやったことなのであろう。朝からなんとも言えない悲しみに包まれてしまった。以前の日本人の場合と事情が違っていただけに、金さんの安否は気遣われていた。これからが大変である。韓国の国民は黙っていないはずである。盧武鉉大統領も大変である。今日「国民との談話」の時間を持つと言うが、派遣問題どうするつもりだろう。もちろん答えは出ているのだが、国民が黙っているはずはない。また、大集会が続くことであろう。いつになったら、人が殺しあわない世の中になるのであろうか?最後にもう一度、金鮮一さんのご冥福を祈りたい。
June 23, 2004
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今でこそ、ここ韓国の有線放送のどこでも日本のドラマを放送してくれるし、日本の芸能界のニュースなどの情報がいくらでも入ってくるが、私が韓国に来た80年代後半から90年代までは、まだまだ日本文化の開放がされておらず、そういった情報は貴重なものでした。ここで韓国在住日本人のメーリングリストに後輩が投稿したおもしろい話がありますので紹介しようと思います。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★別のメーリングリストでなりゆき上、紹介してしまった自慢(恥?)話をご紹介します。チョナンカンの「チョンマル・サランヘヨ」があるじゃないですか。「クェンチャナヨ、クェンチャナヨ、クェンチャナヨ、カムサ、カムサ、カムサヘヨ~アアアアア、サアラアンヘヨ~ウウウウウウウ、サアラアンヘヨ~ウォウ、ウォウ、サアラアンヘヨ~シンギョンスジマ、シンギョンスジマ、シンギョンスジマ~」私はもしかすると、この歌に関係があるかもしれません。というのも、このSMAPというグループの『チョナンカン』こと草薙剛が『韓国語をこれほど覚えて、韓国にラブコールを送っている理由が、だいぶ前に、韓国に行った時、自分が韓国でまったく知られていないということにショックを受けたからだ』と言ってるんですよね。何を隠そう私は1992年末に、空港で、韓国を訪れたSMAPに会いました。その日、金浦空港に友達の迎えで行ったのですが、人が少ない到着ロビーにさっそうと現れた背が高い若者たち。ゲートを出るところをこちらからTVカメラが撮り、ライトを高く掲げた人たちが後ろ向きに歩いて彼らを照らす中、皆、ポーズを決めて歩いてきました。ところが、入国シーンを撮った後は、別に迎えるファンたちもなく、人の少ないロビーでただぼうっと立って誰かを待っていたのですよ。周りには誰もいなく、その5人くらいの若者たちだけでした。それで気になった私は、その5人のもとに行き、袖を引っ張って、話しかけました。「あのう、名前、なんていうんですか?」その時の彼らの驚いた顔。全員、口を開けて私の顔をまじまじと見るのです。そして、一人が言いました。「ス、SMAPですけど…」微笑みながら、私――「いやあ、ぜんぜん知らないですねえ」(^o^)もちろん、本当に知らなかったのです。皆、「え~!!」という顔で見るので、「これはまずい!! どうやら自分は常識外れらしい」と感づいた私は言い訳をしました。「韓国にいると、まったく知らないんですよねえ」(^o^;)私は笑いながらその場を立ち去りました。ところで、当時、日本から来た知り合いたちに、この話をしました。「先日も、空港で日本の歌手に会ったが、知らなかったので、名前を尋ねたら『SMAP』とか言っていた」 このとき、皆いっせいに、「え''~~~~!!」とものすごい声を出して驚くので、「ああ、知らないのは私だけか」ということになってしまいました。その時、すでにSMAPは大人気だったらしいです。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★これを読まれている方の中にSMAPファンがいたら、怒られてしまう話ですね。でももしかしたら、本当に草薙君が韓国語を覚え、韓国にラブコールしてるのも、後輩のせいかもしれませんね。久しぶりに日本に帰ると、浦島太郎のようでした。今は情報が入るので、そんなことはありませんし、逆に韓国ドラマブームから質問攻めに会います。いくらここは日本より小さい国とは言え、ヨン様と友達ではありませんので、「紹介して!」とか言わないでください。おばさん!
June 22, 2004
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今回でテーマ「韓国」への投稿は23回目である。そのおかげで、最近は一日、100~200人くらいの方が訪問してくれるようになった。最初は知り合いにこちらから遊びに来てねとか、誰かの紹介ですと言う人しか来なかったが、最近はいろいろな人が見に来てくれる。こうなると私的な日記が少し公的なものになってきたのを感じるようになった。今までのように適当に書いてると、「あなた勉強不足ですよ」と批判されたりもする。本当に勉強もしなくてはならないし、根拠があるのか検証していないものを書くこともできないなあと反省させられた。また同じく韓国をテーマにして書いている人の内容と、それに対する読んだ人の内容を見ると、親韓派と嫌韓派に分かれていることに気が付いた。昔は親韓派は少なかったが、韓国ドラマのブームなどから大分増えてきたようだ。もちろん、皆人それぞれ好き嫌いもあるだろうし、それこそ思想の違いもあるだろうから、韓国が「好きだ」という人もいれば、「嫌いだ」という人もいるだろう。はっきり言って私は好きだ。もちろん時々日本を批判したりすることを言われると腹が立つが、これは私が日本人だから仕方がないだろう。韓国が好きだというのは、第一に愛する女房の生まれ育った国だし、女房の両親を初め、家族、親戚の人たちが、私によくしてくれるからだ。だけど、長く韓国(外国)に住んでいると、自分が日本人(外国人)であることを忘れてしまうことが多い。逆に意識すると、生活するのに不便なこともある。以前にも日記に書いたが、私は韓国(外国)に来て、自分が日本人であり、日本という国を愛している(ちょっとオーバーか?)ことに気づいた。それは、29年間生まれ育ったところだからである。でも、栃木県で生まれて18年間、故郷で育ち、東京の大学に入ってから11年間東京で過ごしたが、その時も、「俺は栃木県人だ」という意識をもつようになったものだ。人は外に出て初めて、今までいたところを意識するようになるようだ。だから、今は自分が日本人であることをそんなに意識をもたないようになった。日本に対してはもちろん関心がある。それは両親が、親戚がつまり、血のつながりがそこにあるからであるし、仕事の関係からも関心を持たざる終えないからである。でもここにいると、日本と韓国どっちが好きと聞かれれば、当然日本と答える。おもしろいのは、韓国人のパートナーなどと中国に出張に行った時だ。仕事上では韓国のパートナーは中国が好きだといいながらも、仕事が終わり、我々だけでいる時は、中国の悪口を言ったりしている。当たり前のことだが、その様子を見ていると、第3国の国籍をもつ私としては、笑ってしまう。結局自分の国、自分の故郷、家族、私と言う、だんだん狭い範囲の中で生きていないと不便になってしまっていくのではないだろうか?だったら私は、生まれた家だ、地域だ、国だと言うことにこだわらずに生きていきたい。実際に外国に住んでいると、外国人ということで不便なことがたくさんある。早くこの国境と言うものがなくなればいいのにと思う。国と言う概念はともかく、新しい人や文化との出会いは楽しいものである。お互いが違うと言うことを認め合って、その違いを楽しめ合えるのが、一番いいのではないだろうか?
June 21, 2004
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私の住んでいる、ここ麗水は台風の影響で、午前中までは風雨が激しかったけど、午後になって雨が上がり、日も差してきて蒸し暑くなってきました。昨日は一日中雨で、こう言う日は、私も韓国が長くなって、プッチンゲが食べたくなります。この感覚って、日本では何でしょうね?こう言う日はこれが食べたいというのが、日本でありましたっけ?さて、このプッチンゲ、どういうわけか韓国では、雨の日になると、どこの家でも焼き始めます。雨が降ると気温が下がり、体を温めるためでしょうか?どなたかご存知の方はいますか?「プッチンゲ」、日本では「チヂミ」と言った方が馴染みがあるかもしれない。韓国では種類によって、地方によって呼び方が違う。日本でも「お好み焼き」や「モンジ焼き」やいろいろあると思う。韓国の人は韓国式ピザだと言うが、ピザとはイメージが違うだろう。一般的な家庭では、キムチ、ねぎ、たまねぎ、ジャガイモのプッチンゲを食べる。チヂミという言葉はどちらかと言うと釜山の方で、使われると言う話を聞いたことがある。その他、韓国の伝統そばである「カルグクス」のお店でも、このプッチンゲを出してくれる。ここでは「プッチンゲ」とは言わず、「パジョン」と言う。シーフードパジョンとかなかなか美味しい。お酒が好きな方は、韓国のどぶろく「マッコリ」と一緒に食べると最高である。私はジャガイモのプッチンゲが大好きだ。これです。↓↓↓↓↓ 森林公園などに行くと、どういうわけか、小さくて汚い店で、美味しいジャガイモの「プッチンゲ」を出してくれる。これと「マッコリ」、白菜のキムチ、トドッ(蔓人参)、ぜんまい、キキョウ、どんぐりなどなど。だんだん食べたくなってきてしまった。ここで、キキョウとどんぐりも食べるの?と思われる方もいるだろう。ところがこれが美味しいんです。この話はまた別の機会にしましょう。是非韓国に来たら、このプッチンゲ(パジョン)をお試しください。でも「マッコリ」は後が大変ですので、適当にしてください。
June 20, 2004
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大日本帝国の植民地統治下に置かれた朝鮮は36年間、朝鮮語の使用を禁止され、日本語の使用を強要された。だから、当時学校教育を受けた朝鮮の人たちは、今でも日本語を話せる人が多い。日本が終戦を迎えると同時に朝鮮は開放(韓国では光復と言う)を迎えた。1948年に大韓民国が建国され、1950年から朝鮮戦争を迎える、朝鮮戦争が終わってから韓国は新しい国づくりが始まったわけである。そんな中、36年間の名残で日本語化した韓国語がたくさんある。最近は少なくなってきたが、日本式の外来語の発音はそのまま使われているのが多かった。『オーライ』『タクシー』『テレビ』『ラジオ』『バック』などなど。その他、最も多く使われるのが、『いっぱい』である。『たっぷり』の意味で使われる。『イッパイ モゴッタ』は『いっぱい食べた』、ガソリンスタンドで『満タン』も『イッパイ』で通じる。車で使われる言葉にもこんなのがある。『車のアクセルを吹かす』という言葉があるが、やはりこの『フカシ』という言葉をそのまま使う。表現は『フカシロ カンダ』、直訳すると『吹かして行く』つまり、『吹かす』と言う意味である。工事現場で使う言葉、ビリヤード場で使う言葉は本当に日本語化した言葉が多い。夕方、在来市場行くと、こんな韓国語を耳にする。残りわずかになった商品をお客さんが『アト』と言う。どういう意味かと言うと『全部くれ』と言う意味である。『全部』の前に『あと(残り)』を入れてみると分かると思う。『アト(全部頂戴)』と言う意味である。こんな言葉もある。『アッサリ』。これはまったく日本語『あっさり』と同じである。でも『あっさりした性格』とかの意味ではなく、副詞として使う『あっさりと、かえって』と言う意味で使われる。やはり名詞が多い。『タマ(電球)』『タマネギ(たまねぎ)』『タビ(足袋)』などなど、上げれば切がない。韓国に住む日本人として、これがいいことなのか、悪いことなのか分からないが、まだまだ戦争の爪あとがたくさん残っている。だから、学校教育やマスコミなどが、きちんとした韓国語を使うよう教育している。地名も大分変わった。温泉で有名な『温陽』は『牙山』に変わり、『イリ』と言う町は『益山』に変わった。いつになったら、それがなくなるものか?逆に日本文化の開放が、若者たちに文化の侵略をされているとまで言われている。なんでもないのに、日本語を使ったり、日本式の表現をするのが、なんとなく『かっこいい』と言う風潮がある。日本の今の韓国ドラマブームから、韓国語ブームが起こり、いつか反対の現象が起こるかもしれない。そうなると、ヨン様は愛国者になれるかもしれない。(笑)
June 19, 2004
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皆さんは「ポシンタン」をご存知だろうか?「ポシン」は漢字で「保身」と書く、「タン」は鍋料理を言う。最近日本でも人気のある「サンゲタン」は高麗人参の「参」とニワトリの「鶏」で「サンゲ(参鶏)タン(鍋)」である。もう一つおもしろいのがあるので紹介しよう。「タクトリタン」と言うのがある。「タク」はニワトリの韓国の固有語である。次の「トリ」がおもしろい。これは日本語である。だから「タクトリタン」は「鶏鶏鍋」だ。韓国では日本の植民地時代の名残の言葉がたくさんある。これを書き始めると長くなるので、次の機会にしよう。「タクトリタン」は日本の「鶏鍋」とは全く違う。鶏肉にジャガイモが主でやはり一味が利いていて辛い。これだ!↓↓↓↓↓ 「タン(湯)」がどういうものか分かってもらえたろうか?さて、今日のテーマの「ポシンタン」である。「保身鍋」であるから、どんなものを想像されるだろうか?もう一つヒントは韓国にも「土用の丑の日」がある。もっとも韓国は「初、中、末」と三日ある。「伏(ボク)の日」という表現をする。つまり、「初伏、中伏、末伏」の3日だ。この日に「ポシンタン」をたくさん食べる。でも日本のように「うなぎ」を食べる日ではない。ある動物の肉である。これを食べない人は鶏肉(参鶏湯)を食べる。ここまで言うと、お分かりであろう。そうです。犬の肉である。つまり「ポシンタン」とは「犬鍋」だ。日本では食べないが、中国も良く食べる。どちらかと言うと中国は東北地方、特に朝鮮族が好んで食べる。もちろん漢族も食べる。昔、日本の友達が来た時に食べさせた。もちろん、犬の肉とは教えなかった。「うまい!うまい!最高だ!!」と言って、ペロリと食べてしまった。「どうだうまいだろう?韓国の最高級料理だぞ!」と言ってやった。後で犬の肉と教えてやったら、全部吐いてしまった。最後まで教えなければ良かった。韓国の男たちが好んで食べる。最高の精力剤と言うのであるが、医学的には根拠がないようである。ただ高たんぱくは確かである。精神的なものではないだろうか?鍋のほかに蒸しもある。鍋はいいが、蒸しはちょっとギトギトしすぎる感がある。韓国の男たちが大騒ぎするほど美味しいとは思わない。もちろんまずくわないが、丑の日だから食べようとも思わない。それに安くない。フランスのブリジット バルドが相当韓国を批判している。何でも愛犬協会の会長らしい。しかし、これは韓国の食文化である。では日本は馬の肉を食べるが、これは日本の食文化だ。誰かがフランスはカタツムリを食べると批判したらどうするのか?韓国では今でこそペットとして犬をたくさん飼うが、昔は家畜だった。今でも犬の農場はたくさんある。もし、皆さんが韓国にいらした時は、一度お試しあれ!「ポシンタン」を食べてこそ、真の韓国通と言える。ええ?韓国通じゃなくてもいいですか?それじゃ、食べなくて結構です。もう一つ「ポンティギ」と言うのがあるが、これは次に書こう。
June 18, 2004
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『パロディ』と言うと、普通有名な映画をおもしろく作るのを思い出すものだが、最近韓国で流行っている『パロディ』は映画だけではなく、有名ブランドをおもしろく変えて、いろいろな商品を作っている。それが若者にとても人気である。本物のブランド物は高いので、それを似せて作り、ただ似せて作るのではなく、『パロディ』なので、笑えるようにしてある。例えば、これはTシャツである。↓↓↓↓↓ どうです?『PRADA』と『NIKE』のパロディだ。このほか『PUMA』を『PAMA』にして、頭をパーマにしているのもある。『WELL BEING』とは逆に、若者たちが高価なものを皮肉っているところがおもしろい。価格も400円~1000円と安いのもいい。昔は高くて買えないので、似せたブランドを恥ずかしく着ていたが、今は堂々と『見てくれ!』と言わんばかりに、おもしろく作ってある。これがこの夏の流行である。これが案外東京の渋谷や原宿あたりで流行るかもしれない。商売にしようかな?
June 17, 2004
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韓国に長く住んでいると、会社の仕事だけじゃなくて、いろいろ頼まれもしたり、アルバイトみたいなこともすることになる。よく頼まれるのが通訳である。個人や会社の仕事の商談やら、地方自治体の日本との交流の時の通訳などだ。これは一般の通訳もあれば、時には同時通訳も頼まれる。以前、世界釣り大会の時も同時通訳だった。その他に翻訳である。昔はビジネス関係の翻訳がほとんどであったが、最近は文化解放以降、本や映画などの翻訳も増えてきた。それから、これはコンサルタントに入るが、市場調査や会社、団体などの調査である。市場調査はよくやったが、会社の調査なども、時々頼まれることがあった。契約しようと思う会社の裏調査である。こうなると探偵みたいだ。今はインターネットの時代になり、私もいろいろなメーリングリストに参加しているので、そこからの頼まれごとがほとんどである。その中で今日は人探しを頼まれた。在韓の日本人の集まりのメーリングリストに投稿されていたが、偶然知っている人だった。おもしろいことに、日本でその人を探している人の電話番号がでていたが、それが私の実家の電話番号に非常に近いのである。探し人も知っているので、思わず電話して見たら、なんとご近所の人であった。しかし、世の中狭いものである。特にインターネット時代に入って、世の中の狭さをつくづく感じている。また、以前は他人に対する無関心と、人を信じられない時代であったのに、逆にネットで出会った人とは、何年も付き合った人のように感じる時がある。オフ会などをやると、初めて会うのに、何でも知り尽くしている親友のように感じられるから不思議である。韓国では私もだんだん何でも屋になってきた感がある。でも会社の仕事だけでは味わえられない、いろいろな人との出会いがある。それを通して、仕事につながることも多い。要は頼まれた内容をどれだけ誠実にやるかによって、相手に認られ、別の仕事も頼まれたりするものである。ただ、ここ韓国での問題は、自分一人で全てやれるのであればいいのだが、韓国の人と一緒にやったり、日本人と韓国人の中間に入ったりする時が大変だ。仕事のやり方も違うし、文化の違いもあるので、誤解が多い。一度懲りたことがあるので、次からは全部自分が直接やることにしている。下手をすると、自分の信用も、人脈も全て失うことになる。両方の考えが理解できるのも辛いものである。お互いにその気持ちが伝わらず、誤解してることが多い。韓国の人からは何で日本人はそんな考え方をするんだと言われるし、それを説明しようとすれば、あなたも韓国人になってしまいましたと言われてしまう。確かに日本での仕事ならそうかもしれないが、韓国での仕事は全て日本式でやろうとしても無理があるからである。もちろん逆に韓国側も、日本人がお客さんであり、スポンサーならば、それに合わせなければならないのだが。どちらかと言うと日本のビジネスは非常にクールである。割り切ったやり方をする。何時の間にかアメリカ風になってしまっている。逆に韓国は日本の昔の義理と人情が含まれたビジネスのやり方である。その違いにお互いがいらいらして、うまく行かないことが往々にしてある。日本側はそんな甘い考え方じゃ、騙される、勝てないと言った感じだろうか。韓国側はそんな割り切った考え方では人はついてこないといった感じだろうか。何か今日はまとまらない日記になってしまった。感じるままに書いているからである。まあ、こういう日もあるだろう。
June 16, 2004
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今日は女房がお泊りなので、私が夕飯を作ることになった。韓国料理に挑戦して見よう!なによりも、私も子供たちもチゲ鍋が好きなので、何鍋にするかが問題である。最近暑くなってきてはいるが、韓国では「暑い時は熱い食べ物を食べて勝つ」ということわざがある。それで、今日はチゲ鍋である。私が選んだのはテンジャン(味噌)チゲ鍋だ。実はスーパーで買い物をしていると、チゲ鍋用の豆腐におまけでテンジャン(味噌)チゲ鍋の元が付いているではないか。これで簡単にチゲ鍋ができる。あとはジャガイモ、たまねぎ、ねぎ、唐辛子を入れればOK!本当はあさりも入れたかったけど、新鮮なのが見当たらなくて、抜きにした。野菜を適当な形に切って、鍋に入れ、水を入れて煮る。沸騰したらテンジャン(味噌)チゲ鍋の元を入れる。最後に豆腐を適当に切って入れる。これでお終い!簡単だ!日本の味噌汁と違って、韓国のテンジャン(味噌)チゲ鍋は煮込めば煮込むほどおいしい。子供たちもとてもおいしいと喜んで食べてくれた。大成功である。ところで、チゲ鍋と言えば、韓国にはいろいろな種類のチゲ鍋があるが、その中でも私の大好物がブデチゲ(部隊チゲ鍋)である。この変わった名前の由来は、この鍋に使われる、ブデコギ(部隊肉)という肉のためだ。ブデコギ(部隊肉)は昔韓国が非常に貧しい時代、米軍基地で食べ残りというか、あまり美味しくない部分なので、捨てられる肉をもらって来て、他の野菜などと混ぜて煮て食べた、言って見れば寄せ鍋のようなものである。確かにブデコギ(部隊肉)はあまり美味しくない。もちろん好みだから好きな人もたくさんいる。それよりも、ソーセージやハムが入っていて美味しい。最後にラーメンを入れてくれる。私の家ではブデコギ(部隊肉)は入れず、その代わりソーセージとハムをたくさん入れる。豆もやしとキャベツを入れ、最後に赤い大豆の缶詰を入れる。もちろん唐辛子味噌が効いてとても辛いが最高である。韓国では、やはり米軍基地のある38度線よりのウィジョンブ(議政府)が有名である。http://life.sbs.co.kr/myungmul/me-2.html#メニューの右から2番目『동영상보기』をクリックしてみてください。日本語で紹介してます。(じいちゃん、ばあちゃんのさくらがいっぱい)皆さんも韓国にいらっしゃった時は一度お試しあれ!チゲ鍋は500円前後で、ご飯は1人分100円、ラーメンも1個100円、4人で食べても1000円ちょっとである。もちろんお酒は別料金。焼酎もいいけど、ビールも合うと思う。何か書いてたら急に食べたくなった。では明日はブデチゲ(部隊チゲ鍋)と行きますか?
June 15, 2004
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昔女房と住んでいる町の商店街に服を買いに行ったことがある。ブティックが並ぶ電車の駅の地下商店街だ。気に入った服が見つかり、値段を聞くと80万ウォンだと言う。どう見ても80万ウォンには見えない。韓国を旅行された方はご存知多と思うが、韓国には定価という概念があまりない。今でこそ少しあるが、昔は全くなかった。だから同じものが、10万ウォンだったり、20万ウォンだったりする。お客さんによって全く変わる訳である。広告にも値段が出ていないのが多い。時々いらいらすることがある。さて話を元に戻して、服の値段である。当然「高い!」と言った。すると、「それじゃ、お客さん特別に65万ウォンでいいよ」と言う。一気に20%ぐらいまけた事になる。まだ高いと思うから、「おっさんよく言うよ、これどう見ても50万しないぜ!」と言った。すると「そんなわけないですよ。じゃ儲けなしで55万ウォンでいいですよ」と言った。「50万以上じゃ絶対買わないぜ!おっさん!」店の主人「分かりましたよ。じゃ50万でいいですよ」ここはもうちょっとまかるなと思い、「じゃいいよ、他の店で買うよ!」と言って帰ろうとすると、「分かったよ。お客さん45万でいいよ」と言って来た。最後に「40万なら買うよ」と言ったら。「まいったなあ!お客さんには、仕様がねえや。持ってけ泥棒!」結局最初の値段の半額で買ったわけだが、それでも店のおやじは儲かっているはずだ。初めてのお客さんに損をしてまで売らないはずである。韓国の小さなブティックのほとんどは、夜中に東大門や南大門の市場に出掛けて行って、朝早く仕入れてくるのが普通である。私も流通業を何年かやっているので、大体の原価はわかっているつもりである。さっきの服も交通費を抜いても最低5万ウォンは残っているはずである。もちろん私はいいお客さんじゃないけど。韓国には米軍基地がたくさんある。その中でも一番大きいのはヨンサン(龍山)にある基地である。その基地から歩いて10分程行くと、イーテウォン(梨泰院)という街がある。ここは軍人さん相手に商売をしているので、看板はほとんどが英語か日本語である。一種独特の街である。↓↓↓↓↓ 日本語も見えるのは、この街が革製品(かばん、さいふ)が有名で、日本の観光客や日本のお店の人が買い出しによく来るからである。いわゆるインポートのコピーものである。しかし、よく出来ている。革製品の縫製技術はイタリアにも負けないくらいである。皮の品質もいいので、本物より良く出来ていると言ってもいい。こんな笑い話がある。ある人がここで大量に仕入れて、日本に持ち込もうとしたが、当然税関で引っかかった。その人は開き直って、全部本物だと言った。すると税関で、本物に間違いないから税金を払えと言われたそうだ。その人は喜んで税金を払ったと言う。なぜならニセモノであるなら全部没収であるし、税関で本物と認めてくれたので堂々と本物の値段で売れるわけだから、税金を払っても安いわけである。このイーテウォン(梨泰院)もやはり定価がない。お客さんによって変わる。例えば、エルメスのバーキンのかばんのコピー、日本でも30万円程するはずである。もちろん本物は100万前後するが、コピーものでもいいものはそのくらいするはずである。それを日本の観光客には100万ウォン(10万円)前後で売る。2回目以降は7,80万ウォン位まで下げてくれる。日本のかばん屋さんが仕入れに来た時は4,50万ウォンぐらいか?お得意さんならもう少し下がる。それが私が買うときは3,40万ウォンである。もしかしたら韓国人の業者はもっと安く買っているかも知れない。多少差はあるがその位値段の差がある。もし、この日記を読まれた方で安く買いたいと思われる方は私書箱の方に連絡してくだされば、ご紹介しましょう。少なくともかばん屋さんの仕入れ値ぐらいまで負けてくれるよう話してあげますよ。もちろん私は一銭ももらいません。その代わり次に私がその店に行けば紹介してくれたと、いろいろサービスしてもらえるからである。お互いに徳なのでかまわないと思う。その代わり商売にはしないでほしい。商売にされても私は関係ありませんから悪しからず。個人使用なら2,3個であれば日本の税関で何も言われませんが、大量の持込は禁止されていますから、ご注意ください。じゃどうやってかばん屋は持ち込んでるのかって?それは運び屋さんが別にいるようですが、私は知りません。個人が観光で韓国に来られて、ほしいものを少し安く買われるののお手伝いができるのであれば、私もうれしい。というわけで、韓国には定価がない。日本人や外国人は韓国語でバガジと言って、吹っかけられる。それでも日本で買うより安いから、言われた値段で買ってしまう。でも韓国では基本的にまけてくれるから、一言「ピッサダ(高い)!」と言って見て下さい。安く買えるように成れれば、また一つ韓国に行く楽しみが増えますよ。では皆さんお試しあれ!
June 14, 2004
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最近韓国での流行り言葉の一つに「ウェルビン」という言葉があるが、最初どういう意味か皆目見当がつかなかった。聞いてみると外来語らしい。昔と比べて韓国も外来語をたくさん使うようになった。ハングルの優秀性は認めるが、漢字を使わないと限界があるし、日本語のように、カタカナという便利なものがないので、特に外来語のハングル表記は、外来語なのか、自分の知らない韓国固有語なのか迷ってしまうことがある。今日のこの「ウェルビン」という言葉も聞いただけや、ハングル表記だけされると、すぐに外来語とは思いつかない言葉である。これを読んでいる皆さんも「ウェルビン」と言われても、さっぱりであろう。しかし、これを日本式に「ウェルビーイング」とカタカナで書くと、まずはカタカナなので外来語ではないかと言う予想がつくので、頭の中で、外来語かもしれないと言うことが認識され、このカタカナの意味を外来語として考えようと働き始める。すると意外と早く、これが「well being」ではないかと、キャッチする。私は英語は得意ではないので、「well being」と言う単語はしらなかったが、「well 」と「being」は知っているので、もしかして、意味は知らないが「well being」ではないか?そして、「well」は「良く」と言う副詞で、「being」は「なる」と言う「be動詞」の現在分詞形だから、「なっている」とでも言おうか?だから「well being」、「よくなっている」とか「よくなりつつある」と言った意味ではないかと予想することが出来る。しつこくなり過ぎたが、これが「ウェルビン」と言われては全く分からない。正直、今でも正確な日本語の意味は分からないので、知ってる方は教えてほしい。いつのまにか「ハングル」の優秀性と限界性についての話になってしまった。もっとも優秀性については何も説明していないが、これは次の機会にしよう。さて、この「ウェルビン(well being)」だが、朝のワイドショーなので、説明している内容は「体のためによりいいものを、よりいいことを少々お金がかかっても買ったり、したりする生活」と言ったものであった。野菜は値段は一般の野菜の数倍する有機野菜を食べ、フィットネスクラブへ行き、ハーブ入りのお風呂に入ったり、などなどである。デパートにいくと「ウェルビン」コーナーもある、主に有機野菜やサプルメント、健康器具などを販売するコーナーである。やっとGNPが1万ドルを越えたばかりの韓国では、ちょっと早すぎとも思えるのだが、以前に日記で書いたように、IMF体制を経験することによって、貧富に差がより広がった韓国であるから、その「持っている層」の人にとっては、なんでもない生活である。逆に「持っていない層」の人にとっては、考えられない生活である。でもどういうわけか、ニュースや報道の中心がこちらになる。韓国のドラマを見ても90%以上が中流以上の階級の人たちの話である。時々サクセスストーリーなどで貧しい人たちの生活として出て来るが、現実とはかけ離れた内容で出てくる。逆に日本のドラマはほとんどが庶民の生活が中心である。韓国には「キガ チュッタ(気が死ぬ)」と言う言葉がある。「自信を無くす」と言った意味であるが、この言葉を良く使う。しかし、「自信を無くす」とは言わず、「自信を無くさないように」という表現を多く使う。つまり、今はとても不景気だし、政治的にも大混乱期であるので、「自信を無くさないように」いい話題だけ話そう。こういう意図もあるのかもしれない。以前は景気が悪くても、デパートで、それも高級品は良く売れたものである。これは日本人と違って、韓国人の消費性向の高さでもあろう。それが少し前までは、デパートも閑古鳥であった。しかし、今は「ウェルビン」と言う言葉のヒットから、少しは景気を取り戻しているように見える。しかし、在来市場などはやはり、相変わらず景気が悪い。これから夏になると、飲食店も景気が悪くなる。おかしいのは韓国では刺し身を良く食べるが、夏、特に雨の日は食べない。ビブリオ菌などのせいかも知れないが、異常に気にして食べない。だから逆に雨の日に刺し身屋に行くとサービスが良い。矛盾した韓国の構造のようだが、これが韓国の生活意識と言おうか?それともマーケティング戦略に消費者がはまっているだけなのか?はっきり分からない。いずれにしても韓国であれ、日本であれ、早く景気が良くなってほしいものである。
June 13, 2004
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今日本では『冬ソナ』人気から韓国ドラマがたくさん放送されているようだ。うちの親もその一人で、『冬ソナ』はビデオを借りてきては何遍も見てると言うし、今やっている『夏の香り』と『オールイン』も見ているそうだ。今回済州島の友達が日本に行くと言うので、親に送る荷物をお願いした。その中に『オールイン』のCDも入れた。『夏の香り』も入れたかったけど、ここは田舎と言うことと、最近はインターネットで歌は全部聞けるので、いわゆるレコード屋が姿を消した。しかし、デパートや大型スーパーにはあるので、探したが、『オールイン』しか見つからなかった。正直、『夏の香り』はそれほどヒットしなかったのもある。前置きが長くなったが、実はその『オールイン』の舞台となるのが済州島である。見た人はご存知だと思うが、済州島の美しい自然がたくさん出てくるし、これから開発してレジャー産業をするのに最適な立地条件を備えている。またそのため政府、済州道は外資誘致に非常に積極的で、投資家に対する多くのメリットを与えている。以前『地域差別』と言うことで日記に書いたように、済州島もまた開発が遅れたところである。リゾート開発だけでなく、不動産投機にも最適な場所である。もちろんそれには信頼できるパートナーが必要であるが。『オールイン』はまさにその内容のドラマである。最初は博打打の話だと思っていたが、主人公がアメリカから帰ってきて、自分を裏切った親友への復讐劇であり、全てを失ったものがゼロから登っていくサクセスストーリーである。済州島は真ん中にそびえ立つハンラ山の噴火によってできた島だと言われる。↓↓↓↓↓ 韓国本土と違い、土地はやせている。稲作はできない。土地も悪いし、何より水はけが良すぎる。ハンラ山の噴火で土の下は凝灰岩の岩である。やたら石ころが転がっているし、土を掘るとやはりその石が出てくる。最も今ではその石が大きな付加価値を生み、またきれいな地下水が商品となり、島民たちは昔と違って裕福である。不思議と昔から女性が多く、男性が貴重なので、女性が働いて生計を立てているところが多い。今でも遊んでいる男性が多い。女性はすごく働き者である。開発が進むにつれて、観光客も増え、以前は新婚旅行のほとんどは済州島であった。最近は海外が多くなったが、昨年などサースの影響で、かえって済州島の観光業は非常に良かった。日本からもほとんどがゴルファー達だがたくさん来るし、最近は特に中国からのお客さんが多い。ビザがないと言うのもあるだろう。韓国は全体的にそうだが、済州島は特に日本語が使える。一流ホテルは当たり前だが、観光地やお土産やなどで、言葉の不自由を感じることはないだろう。『冬ソナ』で龍平リゾート(スキー場)を日本の観光客が大勢訪れているが、『オールイン』がヒットしたら、今度は済州島へのお客さんが増えることだろう。『オールイン』の中で、済州島の松岳山のリゾート開発の話が出てくる。この開発を私も済州道とパートナーたちとやろうとしたことがあった。アメリカからも投資家呼んで進めたものである。その時の松岳山の写真があったのでアップしよう。画像が小さくて残念である。本当に美しいところである。↓↓↓↓↓ これが成功していたら、私も『オールイン』の主人公になれたかな?
June 12, 2004
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今日の日記の内容が『韓国』というテーマになるか疑問だけど、タイトルの『出会い』と言うのは、韓国に来て16年目の今、この15年間に出会った人たちの話をしたいと思う。特に私は1991年の夏から丸5年間、日本語学校の講師をしていた。その時出会った教え子は5000人を超える。その当時、下は高校生から上は70代のおじいちゃんまで、学生、社会人、主婦など、いろいろな人が日本語を習いに来ていた。韓国では、今は大分変わってしまったけど、師(先生)に対しては、しっかりと敬意を払う。たとえ外国人の先生でもそうである。70代のおじいちゃんも、私が先生であると言うだけで、尊敬語で話される。いろんな人と出会い、いろんなことを学ばせてもらった。当時私はそれほど韓国語も上手ではなかったし、法律の問題やいろいろ分からないことがあると、教え子に頼んで、教えてもらったり、解決してもらったものである。まったくどっちが先生か分からなかった。もちろん日本語はそれなりにしっかり教えたつもりだし、結構人気があった。当時探すのが大変だった日本のドラマの聞き取りと読解などは、まだあまり一般的でなかった。あるドラマなどは、台詞をほとんど暗記するくらい教えたものである。そんな日本語学校を辞めて、ビジネスを始めた。最初は流通業だった。それなりに儲かったが、何よりも韓国でビジネスができるという自信が付いたことと、新しい出会いがあったことが大きな収穫であった。そのうち対日本向けの貿易代行をやりながら、2000年の11月に貿易法人を設立した。その時のパートナーの二人が日本語学校時代の教え子である。韓さんと言う人と、崔さんと言う人だ。ずっと私の日記を読んでくださっている方はご存知のはずである。中国、チンタオ(青島)在住の崔さんである。また前回一緒に中国に行った、これまた崔さんも実は教え子である。今の私のビジネスのパートナーと、何かの時に手伝ってくれる友達は皆、その時の教え子たちである。その絆はなかなか固いものである。これからも一生付き合って行きたいパートナーである。最後にもう一人、忘れられない出会いがあった。この日記を書くことを勧めてくれ、わが『喜び、発展実践会』を創設された榮聖先生である。(宗教じゃないよ)この方とも韓国で出会った。これから先もお付き合いさせていただきたい方だ。振り返って思うことは、ビジネスはお金じゃなく人だと言うことだ。どんなに大変でも、自分からは決して裏切らない。これが信用となるし、一生付き合っていけるパートナーであり、友達を作ることができると確信している。確かに、相手の事情で、私を去っていったり、迷惑をかけられたこともたくさんあったが、必ずあの時はすみませんと戻ってきてくれる。それは国など関係ない。もちろんこんな甘い考えなんか通じないと言われてしまえばそれまでだが。でも人生って何だろう?(だんだん哲学的になってきたぞ)たくさんの人と出会って、友達になり、ビジネスも一緒にして、幸せなら、それもいい人生ではないだろうか?これから先もたくさんの友達に出会って生きたいものである。この日記を通して、それができることを願ってやまない。
June 11, 2004
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ちょっと内容が一日遅れました。書きたかった内容でしたが、3日間のシリーズをやってましたので書けませんでした。結構たくさんの人が、この話題について書いてますが、私も一言黙っていられず、書くことにしました。その理由は3つあります。1.私の生まれが餃子で有名な宇都宮である。2.今回の餃子に限らず、食品、特に学校給食に納品してい る業者がこのような問題を過去に何遍も起こしている。3.このために韓国の商品の日本への輸出に損害を与えてい る。まずは私は宇都宮の生まれで、餃子が大好きである。だから餃子の味にはうるさい。韓国で餃子は『マンドゥ』と言うが、ソウルのチョンノ(鐘路)が焼き餃子で有名だ。焼き餃子を『ヤキマンドゥ』とか、そのまま『ヤキギョウザ』と言うお店があるところから、中国から直接入ってきたのではなく、植民地時代に日本を通して入ってきているようだ。しかし、はっきり言ってまずい!硬くて食べられたものではない。それでも最近は専門店もできて、少しはましになった。済州島などは日本のお客さんが多いので、それでも日本の味に近い店がある。逆に私の住んでいる町の隣町の順天にはキムチ餃子のおいしい店がある。かえって、日本の餃子とはまったく違う味、韓国の伝統の味でおいしい。宇都宮に紹介したいものである。とにかく餃子好きの私としては許せない!それよりも2番目の理由が一番許せない。人様の口に入る食べ物である。ましては以前、小、中学校の給食に納品している業者が有効期限の切れた食材を納品して(有効期限が表示されている部分を書き換えた)摘発された。自分の子供、親戚の子供が食べると思ったら、そんなことができるのか!!うちの子は今3人とも学校給食を食べている。幸い、私の住んでいるところでは、そのような事件は起きてないが、信じられないのが正直なところである。これは韓国だけでなく、日本でもどこの国でもやめてほしい!3番目、今日のヤフーのニュースに韓国から輸入されている餃子を輸入禁止にしたと書いてあった。当然である!しかし、貿易商をしている私としては、これによって日本が韓国の商品に対するイメージを悪くしたことにより、多少なり影響が出る。幸い私は食品を扱っていないが、やはり問題がある。やはり許せない!何人かの過ち、それも金のためにしたことが、多くの人の命、健康を脅かし、多くの人の仕事の邪魔をし、国のイメージを悪くした事件であった。二度とこのようなことがあってほしくない!日本でも、他のどの国でも。
June 10, 2004
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さてさて、この日本人のルーツを探る日記も、今日で第3弾。昨日は遂に桓武天皇から始まる平氏が百済出身であることまでお話しました。今日は、いよいよ源氏に迫ってみたいと思います。一般に源氏の祖となるのは清和天皇です。ところが清和天皇の血統を見ると、文徳ー仁明ー嵯峨ー桓武となり、桓武天皇のひひ孫に当たります。じゃ清和天皇も百済の子孫ではということになりますが、問題は清和天皇の子孫です。次は清和天皇の系図です。(1)清和天皇-陽成夫皇-元平親王-経基王-源満仲-頼信 (2)清和天皇-貞純親王-経基王-源満仲-頼信-頼義-義家- 義親-為義 -義朝-頼朝 二つの説があるのですが、最近は(1)説が有力なようです。問題となるのが経基王(源経基)です。それからその子、源満仲です。この二人、親子となっていますが、子の源満仲が父である経基王(源経基)より5つ上です。ということは詳しくは分からないけれど、血統的には桓武天皇とは切れている可能性があります。いずれにせよ、この2人から源氏が始まるわけで、源満仲の3男頼信は武士として基礎を作り頼義、義家によって源氏の東国における地位を不動のものとしました。これ以降源氏が繁栄したわけです。さて、今回清和源氏を新羅と仮定したのは血統的な事ははっきりしませんが、源経基の孫に当る源頼信が新羅神を祭る八幡宮を氏神とし、孫の八幡太郎義家、新羅三郎義光など八幡宮関係の宮で元服させている事、義家の子孫の頼朝も鎌倉に鶴岡八幡宮を建立し、新羅神を氏神にしているからです。その昔、桓武平氏出身の平将門が桓武系の中央政権と戦うため、八幡宮の本家、九州の宇佐八幡宮と菅原道真の霊、つまり新羅の神を味方につけたのと似ているかも知れません。また、薩摩の島津氏が頼朝の落胤だと言われるほどに、島津と頼朝の関係が深いのですが、実は島津氏は本来は惟宗氏と言って宇佐八幡宮の宮司で、もとを正せば秦氏です。それが頼朝から島津という地名の荘園をもらって島津氏になりました。このように清和源氏は血統が明らかでない上に新羅神の八幡宮に関係が深いのです。ということで源平合戦の背後には半島の新羅と百済の争いがあったというわけです。おまけで信玄と謙信の話です。ご存知のように信玄の武田氏の先祖は清和源氏系新羅三郎です。そしてお兄さんは八幡太郎です。源氏は「八幡」と縁が深い新羅系です。八幡は「はちまん」とも読みますが、「やはた」とも読みます。「はた」つまり「秦」です。秦氏といえば新羅です。新羅三郎という名前は新羅神社で成人式をしたからでした。新羅神社はもちろん「八幡宮」の流れをくむ神社です。次に謙信ですが、謙信は関東管領上杉氏の養子で本当は長尾氏ですが、戸籍上上杉で、上杉氏は藤原氏で百済系です。ここでも新羅と百済の争いがありました。3日間ありがとうございました。この話はこのくらいにしましょう。明日からまた、韓国の日常の話にもどしていきましょう。でもまたきかいがありましたら、日韓関係史についてお話していきたいと思います。
June 9, 2004
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昨日の続きになりますが、それでは百済が滅びながらどのように日本の中でその力をつけていったのでしょうか?もちろん百済が滅びる前から、百済はもちろん、新羅も高句麗も、そして、小さな伽耶(任那)まで日本に来て、その勢力争いをはじめていたわけです。その中で政権を握ったのが百済だったのですが、その流れを韓国にいる友達が詳しく説明してくれました。彼女(実は女性)はどの文献から調べたのか教えてくれませんでしたので、『あ、それは何々の文献』とご存知の方は教えてください。あくまでも、ここは私の日記ですので、大学の先生たちが行う学会などのような専門的な意見を話し合う場ではありません。関心のある方に読んで頂ければ、それでいいわけです。そして、この内容が絶対と言うわけではありません。私が書こうとしている小説の材料の一部をご紹介するだけです。これからの内容は友達の教えてくれた内容です。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★まず有史以前から朝鮮半島から渡来してきた人たちによって日本人が形成されたので韓国人も日本人も元は同じなのですが、そのような中で、製鉄文化をもった伽耶系のスサノオ族(スサノオノミコト=天皇家の祖)が渡来し、高句麗系の先住民(ヤマタノオロチ)に変わって出雲を中心に日本海側の国家を治めたようです。伽耶は日本式には任那で、任那の韓国語発音はイムナ、イム(君主)のナ(国)つまり天皇家の出身地という意味です。伽耶(任那)は新羅と百済の間に位置していたので、ある時は新羅に支配され、ある時は百済に支配されました。その影響で日本の天皇も新羅系、百済系がありました。東漢一族は百済系の伽耶人で蘇我氏の祖です。蘇我氏はご存知の通り天皇家の外戚であり実質的な支配者でした。聖徳太子も蘇我氏の血統ですが、百済、高句麗、新羅の文化や学問をそれぞれ取り入れ、優れた仏教文化である飛鳥文化を形成した人物です。その頃百済は内部闘争があり義慈王のクーデターで百済の支配層が変わりました。その流れをくむ人が中大兄皇子と中臣鎌足(百済王族)です。白村江の戦いの時援軍を送ったのは中大兄皇子でした。(結局百済は滅びましたが)中大兄皇子と中臣鎌足は日本(倭国)に自分たちの百済政権を立てようとしました。中臣鎌足は藤原の姓を受けましたが、「百済倭国」を昔の発音で読むと「フジェワラ」、沖縄の発音で読むと「フジワラ」だといいます。新政権には旧百済系であり新羅の文化も取り入れている蘇我氏や聖徳太子が目の上のたんこぶでした。百済滅亡から少したって、日本では百済色をはっきりと示す藤原不比等(鎌足の次男)が台頭し、そして百済王系の高野新笠を母にもつ桓武天皇が即位しました。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★やっと平氏の登場まで来ました。約束の『源平合戦』までには、まだちょっと時間がかかりそうですね。また明日をお楽しみに。
June 8, 2004
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韓国の有名な歴史作家に崔仁鎬(チェイノ)さんて方がいます。この人の代表作に『失われた王国』というのがあります。結構長編なので、どなたかにいただいたのですが読みきれないうちになくしてしまいました。要は韓国の3国時代に新羅によって滅ぼされた(西暦660年)百済が日本において、復興されていく内容です。このテーマは日韓関係史の中で、はっきりとまだ解き明かされていない日本人のルーツに関する内容です。この内容を全部この日記ではとても書くことはできません。メルマガにして連載で書くか、最初から小説として書くかしなければ、とても書ききれません。実は私が現在少しづつ書き始めている小説『恩讐の彼方に(仮名)』のEPISODE1の内容です。今日はちょっとこの内容に触れたいと思います。以前天皇陛下がご自身の祖先の出身が今の韓国にあることを発表されて話題になりましたが、天皇家だけではなく、日本の貴族社会、そこから派生して、現在の多くの日本人は朝鮮半島を故郷にしているということです。そして、今の日本文化の原点もやはり、朝鮮半島にあると言うことです。もちろん正確には歴史学者たちが検証しなくてはならないことですが、いろいろの事情で、明らかにされていない内容もあります。これは私個人の日記ですから、私の考えを勝手に書いていい訳ですから、今まで韓国に住みながら、いろいろな人から話を聞いた内容を少し紹介してみたいと思います。これを読んで意見していただくのは結構ですが、あまり熱くならないで下さい。私は右翼ではありませんが、こよなく日本を愛しているし、第二の故郷である韓国を愛してしまったので、日韓関係史に興味を持ち、見聞きしたことを書いてみるだけです。今日一日では長くなりすぎますので、3日くらい、反響によっては一週間くらいの内容で書いてみます。まず第一日目の今日は、私が日韓関係史に興味を持つきっかけになった話をしてみたいと思います。ある韓国人から聞いた話です。韓国には三国時代がありました。まあ言ってみれば戦国時代ですか?そして、その3つの国は高句麗(こうくり)、新羅(しらぎ)、百済(くだら)です。え?何ですって?ひらがなで書かなくても読めるって?あまり馬鹿にしないでくださいって?もちろん、きちんと読めるのは分かっております。実はこの読み方に注目していただきたくて、わざわざひらがなで書いたのです。もう一度、上の3国の読み方を見て下さい。何か感じませんか?そうです。百済(くだら)だけおかしいんです。高句麗(こうくり)、新羅(しらぎ)は読み方が自然なのに、百済(くだら)だけは、変です。どうやっても『くだら』とは読めないでしょう?『ヒャクサイ』になっちゃうでしょう?そうです。素直な方は感じるはずです。じゃ、『くだら』ってどういう意味?百済王朝の首都であった扶余(プヨ)に『落下岩』という観光の名所があります。 百済王朝最後の王、義慈(ウィジャ)王の時、新羅が攻めて来て、日本の沖縄のように多くの宮廷の女性たちが、あの落下岩から飛び降り自殺をしました。それで有名な岩です。ここです。↓↓↓↓↓ その下は錦江(クンガン)という川が流れており、その川は郡山(グンサン)の海(東シナ海)まで続いています。逃げ延びた人たちや落下岩から落ちて死なずに生き延びた人たちの多くはその錦江から海に出て、日本へ逃げ延びて行ったというのです。これが百済の最期です。実はその錦江に船に乗る船着場があるんです。韓国語で船着場を『ナルト』と言います。この船着場(ナルト)の名前が何と『クダリナルト』と言います。ここです。↓↓↓↓↓日本に逃げ延びた人たちは新羅から追っ手がいるかもしれないので、自分たちを百済(ペッチェ)人とは言えませんでした。それであの忘れられない百済での最後の地、『クダリナルト』が忘れられず、『ああ!クダリナルト!!』『クダリ』『クダリ』『クダリ』『クダラ』になったという話でした。どこまで本当かは分かりませんが、事実日本の伝統音楽は百済の宮中音楽と非常に似てると言われています。少なくともおそらく数百人、数千人(ちょっと多いか?)いたであろう宮廷の女性たちの何人かは、そうして日本に行き、百済文化を日本に伝えたのではないでしょうか?そして、忘れられない『ウリナラ(我が国)』、『ウリ奈良』、『奈良』を作ったのではないでしょうか?。今日は軽い感じで書きましたが、明日からは本格的に書いていきたいと思います。明日の予告をしますと、源平合戦は、実は百済人の生き残りと新羅人との戦いであったと言う内容です。お楽しみに。
June 7, 2004
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今日は韓国では顕忠日(ヒョンチュンイル)という祝日である。残念ながら今年は日曜日と重なり、昔の日本のように振り替え休日のない韓国では明日、休まない。きっといつか韓国でも振り替え休日になるのではないかと思う。さて、この顕忠日(ヒョンチュンイル)だが、どういう日かと言うと、国のために犠牲になった人たちを追悼する日である。ほとんどが、韓国の独立運動家と韓国動乱(朝鮮戦争)の時に亡くなった人の中で、国が認める人(ほとんどが国立霊園に眠る人たち)を指す。立派な人たちだと思うが、反面、このような日があり、大々的に追悼してもらえることがうらやましい。なぜうらやましいかと言うと、国が認めた人を追悼することを国民全員がよしとしているし、そのことをとやかく言う国内外の声がないからである。これが日本ではどうだ?こんな祝日はもちろんないし、あると言えば終戦記念日だが、日本の国民のどれだけの人が、その日国のために亡くなった人を追悼しているだろうか?ましてや、韓国や中国などアジア諸国の反応を見ながら、気を使わなければならない。首相の靖国神社参拝問題もそうであるが、太平洋戦争の大義について、国民の考え方の違いや、アジア諸国に対する遠慮などから、大々的に追悼することができないのが日本の立場である。戦争の大義はともかくとして、当時純粋に国のために命を捧げていった人たちの精神と言うのは尊いものではないだろうか?こんなことを書くと、批判されるかもしれないけれど、私の考えはそうである。韓国にいるので、特に敏感である。思想とか、政治とかは分からないが、当時国のために命を捧げた先輩の精神を私は見習いたいと思う。昨日も書いたが、もちろん私は右翼ではない。別に親を戦争で亡くしたわけでもない。国がどうの、民族がどうのも関係ない。今日この日、韓国のために亡くなった人たちの追悼を私もしたいと思う。いつの日か、戦争の大義は別として、国のために犠牲になった人の魂が世界中の人から追悼される日が来ることを願ってやまない。
June 6, 2004
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『愛国心』。タタンタさんの『竹島』に関する日記に書き込んでいると、急に書きたくなったタイトルです。韓国の人は非常に愛国心が強い人たちです。民族教育のおかげです。また、休戦状態にある韓国の事情からも必要な教育であったと思います。しかし、残念なことに、その民族教育の中には反共と共に反日の教育が含まれていました。このことは何度となく日記の中に書いてきたし、これからも出てくるであろう内容です。とにかく、この民族教育のおかげで韓国の人たちは愛国心が強いです?『強かったです』になってきました。昔のように皆食べれない時代とは違います。貧富の差が個人主義を生み出し、全国民が愛国心を持っていた時代は過ぎ去りました。じゃ、日本はどうなんでしょう。韓国のように、独立解放と言う目的を成し遂げて一つになった国に対して、天皇を中心に一つになって戦って、全てを失ってしまった日本では、民族教育をタブーとする敗戦シンドロームに陥ってしまいました。『もう嫌だ!お国のために全てを捧げた結果が何だ!もう二度と戦争は嫌だし、お国のために自分を犠牲にするのは嫌だ』当然そういう考えが起こって来るだろう。だから愛国心は基本的に大切だと思うけれど、いま時そんなことを言ってる奴は右翼しかいないと、特殊な思想の持ち主のように思われる。アメリカもベトナム戦争の敗北から一時そのような問題があったようだ。その犠牲者の独りが『ジョンランボー』かな?冗談はともかくとして、でも私のように海外にいて、特に日本の悪口がたくさん聞こえてくる韓国にいると、自然に愛国心と言うものが湧いて来てしまう。言って置くが、特殊な思想を持っているわけではない。韓国の人から見た時、私は日本の代表になってしまうのである。だから、一緒に日本の悪口を言いたくはないし、言ったら、自分の国を愛さない悪い人に思われてしまう。彼らにとって日本は恩讐の国であっても、彼らが日本人である私が愛国心を持たないことは理解できないし、許し難いことなのである。もう一つ、韓国や中国などに行くと、日本の国力を知らされる。なんだかんだ言いながらも、韓国の人は日本の国力は認めている。もちろん、『いつか追い抜くぞ』と言う思いは必ず持っているが。中国でもそうだ。韓国とは少し違うが日本に対する敵愾心はなくはない。でもやはり、中国で日本人であると紹介されると、なんでもない私にも、なんというか?一目置くと言うか?そんな感じを受ける。それは、やって来たこと全てが正しいことではないけれども、先祖や先輩たちが築いてくれた国力のおかげで、それなりの恩恵を受けていることを感じる。日本の中にいると、それがあまり感じられないであろうが、外国に出ると、つくづくそれを感じさせられる。だからこそ、これから私たちの子供たちが、どこの国へ行っても、国を恥ずかしく思わないような国にして行きたいものである。エコノミックアニマル(懐かしい言葉?)でなく、たくさんの国に協力して、感謝される国になるように。侵略した国、全てを奪った国と言われるのはもうたくさんである。そして、愛国心で終わらず、愛地球心?を持って、この地球全体を愛していける者となりたいものである。何か今日は大きなことを書いてしまって恥ずかしい。でもこれが本音かも?
June 5, 2004
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最近日本の衛星放送で韓国のドラマ「オールイン」が放送されているそうだ。日本の母親が「冬ソナ」に引き続いて、この「オールイン」と「夏の香り」を見ているという。それで今日はレコード屋に行ってきて、二つのCDを買ってきた。昔は日本に行くたびに何か買っていっても、韓国のもは何もいらないと言われたものだが、今では韓国海苔と焼酎は定期的に送らせられているし、日本に帰るときはキムチからはじまって、それはそれは大荷物である。しかし、最近はドラマが流行っているので、CDに代わった。まだ、ドラマがやってないのもいい歌があれば送ってあげている。ところで、この「冬ソナ」からはじまった、『季節シリーズ』だが、韓国で最初にヒットした「秋の童話」は何故日本で放送されないのか不思議である。韓国でもあと「春」が残っているが、まだ計画がないようだ。さて、今日のテーマである「オールイン」だが、私もおもしろく、欠かさず見た。何よりも舞台となっている済州島には、たくさんの思い出がある。まず最初は新婚旅行で行った。その後何度か行った後、2年前は仕事で月に2、3回行っていた。不動産、建築関係の仕事である。その中で、私がやろうとして、できなかったリゾート開発の内容が実はこのドラマの中に出てくる。済州島は言って見れば、日本の沖縄のようなところだ。もっとも沖縄ほど暖かくはないが、でも韓国では最も南に位置している。ただこの島の中央にハンラ山とい言う、標高1950mの山があるので、この山のせいで、済州島の気候はいろいろおもしろい。韓国のどこよりも四季がはっきりしている。春と秋が長い。済州島には3つの多いものがある。それは『風、石、女』である。この理由もやはりハンラ山のせいだと思う。昔は沖縄が『琉球王国』と言う独立国家であったように、済州島も『タンラ王国』と言う国があった。国とまでは行かないけれど、独特の文化を持っていた。沖縄に独特の文化、言語があるように、済州島にもそれがある。そして、この島は以前にも書いたが、朴チョンヒ大統領の時代、全羅道と併せて、開発が全くされなかったところである。だから逆にこれから開発されていくところである。美しい自然がそのまま残っているところがたくさんある。特に国際自由貿易都市に指定されて、外国からの融資に対して、たくさんのメリットを与えている。それだけ開発が願われているところである。まるで『オールイン』の主人公のようにアメリカの投資家を招いて、プレゼンをしたりしたものだ。ドラマのようにはうまく行かなかったが、まだ諦めていない。いつか実現させたいものである。『オールイン』を見て、また、この日記を見て、済州島に本気で投資したいと思われる人がいれば、連絡をいただきたい。済州道の投資誘致課の人とも良く知った中であるので、ご紹介しよう。まあビジネスに関心がなくても、一度ゴルフでもしに行かれても、楽しめるところである。
June 4, 2004
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『日韓交流』このテーマは大切なことだが、とても難しい。今朝ごはんを食べながらテレビをつけると、ワイドショーをやっていた。釜山の外国語大学の学生たちが対馬に行って、掃除をすると言うのである。私はまたなんで韓国の学生が対馬(日本)へ行って掃除をするのかと思って見ていると、なんと対馬の韓国よりの海岸に韓国からのゴミが大量に打ち上げられているではないか。去年は50tであったが、今年は何故かその3倍の150tものゴミが打ち上げられているらしい。それを対馬の住民たちと一緒にボランティアで学生たちが掃除しに行ったわけである。掃除の後、公民館のようなところに集まって、打ち上げというか交流会をしていた。外国語大学の学生だから、日本語ができる学生も何人かいるが、ほとんどが言葉が通じない状態で、ボディーラングェジを使っての会話である。インタビューに答えている学生は『まずはこのように韓国のゴミでご迷惑をかけていることに恥ずかしい。でもこのように一緒に掃除しているのがすばらしい日韓交流だと思う』と言っていた。この日韓交流だが、私も韓国に15年もいると、いろいろな交流に参加してきた。小グループのものから、数千人が集まる大会まで、数多く参加した。その時はお互いに、『我々は一つだ過去の歴史のことは、忘れてはいけないけど、それ以上に両国の未来を一緒に考えていこう』と大変いい感じで終わるのである。しかし、次の日に日本の閣僚なんかが暴言を吐いたとかで、その一言で全てが無かったことのように、反日感情がよみがえって来る。その時はいつも今まで一緒にやって来たことは何なんだろうかと言う焦燥感にかられる。そして彼らの言葉は『あなたとほとんどの日本人は好きだ。でも日本という国と一部の人たちは嫌いだ!』必ずこの言葉が出てくる。それでもあきらめずに、韓国の人も、そしてここに住む日本人もまた一から始めるのである。これからもその繰り返しかもしれない、でも国と国だ。隣の人が嫌いだと引越しするわけには行かない。どうにかして仲良くしていくしかあるまい。でも2002ワールドカップから始まって、日韓関係がとても進行しつつあるのは事実である。北朝鮮との関係やら、いろいろ課題はあるけど、これからもっと発展的な日韓関係が作られていくことを期待したいし、私も微力ながら、懲りずにまた挑戦してみたい。
June 3, 2004
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東アジア3ヶ国の経済事情をこのように表現している。中国は相変わらず高速道路を突っ走っている。日本は長~いトンネルから抜け出ようとしている。そして韓国は、長~いトンネルに入ろうとしている。中国の表現は間違いないと思う。日本は本当に抜け出ようとしているのだろうか?中国で会った日本のお客さんとその話をしたら、『そんなことを言っているのは聞いているが、まだ実感がない。』と言っていた。一番苦しい立場にいるのが韓国である。昔のような価格競争は不可能であるし、それなら技術力で勝負していかなければならないのだが、日本のように競争できるだけの技術は、IT部門くらいしかない。自動車の輸出はそれでも価格で勝負できるが、これからどんどん中国製やベトナム製の自動車ができてきたら、方法がなくなってしまうであろう。先月のような中東油価の高騰の影響を最も著しく受けてしまう国である。当然生産できない上に備蓄量も少ない。ある地域ではレギュラーのガソリンが1リッター1500ウォン(約150円)を越えた。とても庶民が乗用車に乗れる値段ではない。私は1999年にIMF体制になるや否や、ガソリン車からLPG車に代えた。当時はLPGはリッター250ウォン(25円)ほどだった。まだ自家用車のLPG仕様車が少ない頃であった。ほとんどが営業用のタクシーであったので安かった。しかし、うちもそうだがレジャー用のRV車のLPG仕様車が増え、政府が保護を止めて、ガス代を釣り上げた。今日も入れてきたが、リッター600ウォンだ。わずか4年で240%も値上がりした。たまったもんじゃないのがタクシー会社である。その時からデモが多くなった。もうこうなると安くは無い。なぜかというと、LPG専用のエンジンがまだ開発されていないので、ガソリン車用のエンジンを乗せている。だから異常に燃費が悪い。私の車は9人乗り2700ccのRVカーだが、市内ではリッター4も走らない。それでも食べていけるのはガソリン代に比べて交通費が非常に安い。タクシーは基本が150円くらいだし、ソウルー釜山(約500km)の高速料金も2000円以下である。バスは80円くらいだ。飛行機代は7000円前後、韓国新幹線は4200円(ソウルー釜山)。一番の問題は就職難である。新卒の雇用が本当に少なくなった。あれほど大騒ぎしていい学校にと、お金を使っても、就職できない。だから、有名大学の学生は休学して在籍期間をわざと長くする。就職が良くなるのを期待してではない。アルバイトの家庭教師を長くするためである。今就職できても、新卒の初任給は200万ウォン(20万円)行くかいかないかである。しかし、家庭教師をして頑張れば4,500万ウォン稼ぐのも夢ではない。しかもアルバイトの口は卒業生より現役の大学生の方が人気がある。だから卒業したがらないのである。就職できても、35歳くらいから、もう既にリストラの対象になるのである。就職すべきか?誰でも一度は考えてしまう。最近ではテレビの番組の中で、就職を一つのゲームのようにしているものもある。ゲームと言っては失礼になるくらい、学生も企業の人事課の職員も必死である。だからといって、事業を始めるのも簡単ではない。リストラされて、少ない退職金で何か事業をやろうとすると、それを狙っている詐欺などにあい、全てをなくしてしまったと言う話を時々耳にする。しがらい世の中である。昨日書いた日記の『韓国の情はどこいったの?』っ言う感じの話はそれこそ毎日ニュースで耳にする。やはり私が見たところ中国しかない!中国に行くと、本当に希望が見えて来る。だからこの3国を制するものが成功を収めるのは間違いないと見ている。そろそろ芽が出そうである。早く花を咲かせ、収穫したいものである。
June 2, 2004
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さて今日から6月である。今月も頑張って日記を付けなくては!最近は日記と言っても、今日一日の出来事と言うより、今まで15年間韓国で暮らしてきて、感じたことを書いてしまっている。もっともこの日記のタイトルは『韓国奮戦日記』であるから仕方がない。今日は昨日の続きのようになってしまうが、『韓国の情』をテーマに書いてみよう。まずはこの『情』という言葉、非常に難しい言葉である。『情』ってなんだろう?『愛』と同じ?いやいや、少し違うような気がする。『愛』よりももっと深いような、原因的と言おうか?なんか哲学的になってきたぞ。いろいろな『情』があるが、よく耳にするところで、『母親の情』から、この『情』というものが何か考えてみよう。『母親の情』とはもちろん単独では存在し得ない。『子』という対象があってこそ『母親の情』があり得るのである。韓国のこの『母親の情』も半端ではない。基本的に我々日本人が見た時に、ほとんど過保護としか思えない愛情を注ぐ。だから男の子はなかなか独立できない。皆マザコン気味である。しかし、よくできたことに韓国には徴兵制度がある。韓国の男の子はこの徴兵制度によって、強制的に親離れさせられ、男になれる。軍役を終え、帰ってくると確かにしっかりした男になっている。その代わり、その間の母親の心配と言ったら普通ではない。徴兵制度のない日本で生まれ育った我々には理解できないであろう。入隊すると子を国に捧げたのであるから、たとえ訓練中の事故で子供が死んでも何も言えない。実際時々そのような悲惨な事件もあるのは事実である。だから、母親も子供も入隊するや否や、休暇の日を指折り数え始める。韓国には部隊に訪問して、タレントを呼んだりして、軍人を慰労するテレビの番組がある。その中で最も涙を誘われるのが、軍人の代表一人の母親が密かに招待されて、息子との劇的な対面をする場面である。お互い抱きしめ合い、涙でグチョグチョになる。もしこれが日本なら、『かあちゃん、何しに来たんだよ!恥ずかしいじゃん!』って感じではないだろうか。韓国の親子の情の関係は日本のそれとは全く質が違う。どんなに遠い道のりも、どんなに重い荷物でも、息子に会うためなら、息子に食べさせれるなら、苦労を苦労と思えないのが『母親の情』である。まるで無尽蔵に溢れ出る泉のように、溢れる愛を子供に注ぐのが『母親の情』である。つまり『情』とは『泉のごとく存在し、愛する対象が現れたときに、その対象に向かって愛を流し出すもの』と言う表現だろうか?この『母親の情』だけではない。『韓国の情』というのはいろいろなところで見つけることができる。何かを食べる時、そこに誰かがいれば、必ず分け合おうとする。一人だけ食べようとはしない。だから、私もよく失敗したものだ。例えば、夏暑くてアイスクリームが食べたくなった。日本なら食べたければ、食べたいものが買って食べればいい。それで私も一人買って食べようとした。しかし、そこにいた友達が、『おまえ一人で食うなんて情がねえなあ』と言うのである。タバコも一人では吸わない。一緒にいる人と分け合って吸う。これは中国でも同じである。食事の時間にお客さんが来ると、一緒に食べようと誘う。しつこいくらい誘われる。お役所などで税金の支払いなどをする時、家の事情を説明するとまけてくれたりする。うちは子供が3人なので私を含めて外国人登録を4人がしているが、時々滞在期限が切れているのに気が付かずに罰金を払わなくてはならないとき、わざと汚い服を着て、生活が大変なんですと言えば許してくれたりする。今は通知が来るので忘れたりはしないが、昔はそんな通知など来なかった。逆にその情のために困ることもたくさんある。その内容は昨日の日記を見るべし!またそのために日本人は情がないと思われる。できないことを頼まれたら、できないと言ってあげないと、下手に期待して、最後に困るのは本人である。だからはっきり断るのが本人のためと思うのだが、断ると情がないと言われる。だから断る時は言い訳をたくさん言わなくてはならない。『何とかしてでもお手伝いして差し上げたいのは山々なんですが、こうこうこう言う理由でどうしてもできません。情けないとお思いでしょうがどうかお許しください。』このくらい言って初めて納得してくれる。日本なら『できません』の一言で済むのに。日本人は生まれてから最初にしつけられる事は『他人に迷惑をかけてはいけません。』である。だから規則を守ろうと努力する。でもここは規則の上に『情』がある。事情を聞いて、『情』的に何とかしてあげなくてはと思ってもらえれば、規則を違反してでも何とかしてくれるところが韓国である。もちろんそれを悪用してはいけないけど、時々助かることがある。いい意味での情は学ぶべきものである。この内容は深いのでまた次の機会に書きたいと思う。
June 1, 2004
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