2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
全31件 (31件中 1-31件目)
1
今日は掲示板にうれしい書き込みがあった。韓国旅行をして帰ってきた Y-Kさんからだ。いつも私が日記で書いている、韓国では「言って見る事、やって見る事」で大成功したと言うご報告であった。これだ。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ありがとうございました☆ Y-Kさん hero6500さんいつも楽しい日記をありがとうございます♪先日、韓国へ行ってきました!heroさんオススメのイテウォンのお店には、残念ながら行くことが出来ませんでしたが・・・(ノ_・、)シクシク今回は泊まったホテルで予約が入っていないとか、やっと部屋に入ったら、最初の予約とは違う薄暗くて狭い部屋だったり・・・でも、常にheroさんの教えである「言って見る事、やって見る事」を心がけていたおかげで、無事に思っていた部屋(思っていた以上かも!?)に変わることが出来ました!heroさんの日記を読んでいる皆さんも、韓国に行く時は、常に「言って見る事、やって見る事」を心がけて行動するといいことあるかも・・・です(笑)言葉は違っても同じ人間同士、言わなきゃ分からないこともありますから☆それでは、これからも日記楽しみにしています!! (August 31, 2004 09:40) ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★Y-Kさん!本当に良かったですね。こういうご報告をいただくと、日記を書いている甲斐があるというものですね。実はこういうご報告は私書箱にも時々いただいているのですが、今回は掲示板にいただいたので、日記に書いても問題ないと思い書かせていただきました。その他、表現はされていないけど、「言って見る事、やって見る事」を実践されて得をされた日記を発見したりします。例えばこれだ。http://plaza.rakuten.co.jp/kundoku/diary/200408310000/トラックバックの使い方が今だかつて分からないでいます。上の日記はchueiさんが郵便局で一言「言って見る事、やって見る事」を実践されて成功した例です。これからも皆さん!たくさんこれを実践して得してください。これも「喜び、発展実践会」の準備段階になるかもしれない。韓国支部長として、全国に支部を作りたいですね。
August 31, 2004
コメント(8)
昨日の日記のコメントで受けてしまい書くことになったのが今日のタイトル「トrリmチャ」だ。韓国独特の文化なので、こうして一度書くのもいいかもしれない。まずは意味だけど、「トrリmチャ」の「トrリm」は「順順に回す」と言う意味である。発音もちょっと難しいが、ちょっと練習して見よう。「ト」と言いながら下の先を上の歯の後ろにつけ、その状態で「リ」と言い、行ったと同時に口を結ぶ。出来ましたか?韓国語は発音が難しい。次に「チャ」は漢字で書くと「字」だ。だから「トrリmチャ」は「順順に回す字」の事を言う。「順順に回す字」?何のこっちゃ?では辞書を引いて見ましょう。辞書を見ると、「トrリmチャ」=「ハンニョrチャ」と出てきた。では「ハンニョr」これも難しい発音だ。この発音を説明するのに韓国語の文法講座1時間分の説明になるから今日はしまい。漢字で書くと「行列」だが、韓国語には珍しく、発音によって意味が違ってくる文字だ。これを「ヘンニョr」と読むと、まさに数学の「行列」だ。もちろん、単純に「列をなす」と言う意味もある。普通韓国語は日本語と違って、漢字1字に対して、発音が一つだ。これだけは韓国語を勉強する時に助かる。だから、韓国の人が日本語を勉強する時一番難しいのが漢字の読み方である。話を元に戻して、では「ハンニョr」と発音した時の意味は何だろうか?辞書に寄れば、「血族の傍系に対する世数関係を表す語(兄弟関係は同じ“ハンニョr”である)」とある。何のこっちゃ?つまり自分がいて、兄弟、従兄弟、はとこは同じ世代(ハンニョr)であり、両親、叔父は1つ上の世代(ハンニョr)だと言うわけだ。これを名前を聞いただけで、その人が自分とどういう関係にあるか分かるようにしたものが、「トrリm(ハンニョr)チャ」と言うものだ。もちろん同じ姓でないと通じない話である。だから辞書には「ハンニョrチャ」を「(“ハンニョr(=世数関係)”を表すために名前の字の中に織り込んで使う文字=トrリmチャ」とある。お分かりいただけたか?分からないでしょう。私も韓国に来てこれを理解するのに結構時間がかかりました。まあ簡単に言えば、同じ世代の人は同じ字を使っているということだ。たとえば金正一さんと言う人がいるとします。この名前の「金」は当然姓だ。「正一」が名前になるわけですが、「トrリmチャ」は大体真中の字、つまり名前の上の字を使う。だから「正」が「トrリmチャ」だ。だから金正一さんの同じ代(兄弟、従兄弟、はとこ...)の人はこの「正」と言う字を使っているわけだ。もちろん韓国の金さん全部ではなく、本(貫)と言われる一番最初の先祖が生まれたところが同じであり、かつ同じ派に属していないと通じない。この辺の説明をするとごちゃごちゃする。たとえば鈴木さんでも、どこどこ出身の鈴木さんによって違ってくるのと同じだ。と言っても、日本ではそれがはっきりしていないが。韓国の場合ははっきりしている。だから本が同じ金さん同士、昔は結婚も出来なかった。今は法律が変わってできるが、あまりよしとされない。このように日本の天皇家のように家計図ができていて、どこどこ出身で、何々派というのがあるわけだ。その中で決められた「トrリmチャ」が使われていると言うわけだ。もちろん父方だけであるし、申し訳ないけど基本的には男だけである。だから金正一さんの同じ「ハンニョr」の人の名前は、たとえば正秀、正雄、正吉とかになる。そして金正一さんのお父さんの名前が金勇基だとする。正月に親戚が集まった。正一さんがはじめて会った親戚の人と挨拶をする。年は同じくらいである。ところが名前を聞くと勇俊さんである。つまり正一さんのお父さんと同じ「トrリmチャ」である「勇」を使っているから叔父さんである。その時から年が近くてもおじさん(目上の人)として対さなければならない。ところでこの勇俊おじさん、姓が金じゃなくて裴(ぺ)であったらぺヨンジュン(ヨン様)になってしまう。これは冗談であるが、韓国の氏族社会はこのように構成されているわけだ。うちの女房の家は本家である。本家は長男が引き継ぐわけであるから、とうぜん同じ親戚が集まると、同じ代でも年が上になる。これが進むと、同じ年頃でも世代が下になってしまうことになる。だから子供の叔父さんなんかが現れたりする。最後に昨日の日記のコメントで盛り上がった内容をお話しよう。今までの話で基礎知識が出来たので、理解していただけると思う。私と同じ麗水に住む日本人の後輩がある人の結婚式に呼ばれた。その人の名前はウィゲホンである。「トrリmチャ」は「ゲ」である。お嫁さんは日本人だ。新婦側の親戚は日本からわざわざ来ていた。ウィさんの親戚ももちろんたくさん来ていた。さてこのウィさん、じつは8人兄弟である。特に男の兄弟が多い。弟、兄さんの結婚式だと言うことで集まったわけだ。ウィさんは新婦側の日本人に兄弟を紹介するのだが、後輩が通訳に入った。ウィさんが「この人は1番上の兄のゲスです。これはすぐ下の弟でゲロ。そしてこの人がすぐ上の兄のゲボです。」新婦側の日本人は笑いをこらえるの大変だったらしい。非常に失礼な話ですが、仕方ありません。お互い様なんです。韓国の人が笑ってしまう日本人の名前もたくさんありますから。外国に永く住んでいると文化の違いで泣いたり笑ったりです。これをどう受け止めるかによって生き方がぜんぜん変わっちゃいますね。在韓の皆さんは頑張ってください。日本の皆さんはちょっと難しかったけど、勉強になりましたでしょうか?
August 30, 2004
コメント(22)

フルハウスをご存知か?ポーカーのフルハウスではなく、今韓国で人気のドラマの題名だ。もともとマンガが原作らしい。俳優は「秋の童話」のソンヘギョと歌手のピが主人公だ。「フルハウス」とは主人公の女の子の家の名前である。旅行から帰ると家が人のものになってしまっていた。これを取り戻す内容である。このドラマのセットは仁川広域市オンジン(甕津)郡にある信島という小さな島にある。ちょうど韓国の玄関である仁川空港のある永宗島のすぐ上(北)に位置する。セットの写真はこれだ。反対側の玄関からの写真はこれだ。このセットのある信島と言うのははじめて聞いたが、この島のすぐ上(北)は江華島である。この江華島は私も仁川に11年住んでいたので何度も行ったが、見所のたくさんあるところである。また歴史的にも1876年2月に結ばれた日朝修好条約はこの江華島で結ばれたため江華島条約と言われる。これによって鎖国政策を取っていた朝鮮が門戸を開いたわけである。古いお寺もたくさんあるし、韓国の神様であるダンクン(檀君)を祭るマニサン(摩尼山)がある。また以前日記にも書いた昔からの韓国式エステ火汗蒸幕も有名である。このフルハウスが日本で人気になるかどうかは分からない。それよりも先月から始まった朝のドラマ「ソンテk(選択)」が日本でヒットしてくれるといいのだが。なぜかって、私の住む麗水が舞台となっているからである。この前、この楽天日記で知り合った三河の住人さんが麗水を訪問された時に案内した。セットの写真である。来月から始まる大河ドラマ「不滅の李舜臣」も麗水でロケがあったし、だんだん有名になって来た。何時の日か「冬ソナ」の龍平リゾートのように有名になってほしいものだ。
August 29, 2004
コメント(24)

我家の今日の夕飯は私の大好きなスントゥブチゲ(水豆腐?チゲ)だ。もともと私はチゲ鍋が好きだが、一般的なキムチチゲ、テンジャンチゲ、それから以前日記に書いたブデチゲ。そして今日のスントゥブチゲ(水豆腐?チゲ)である。水豆腐と言うのが日本語で合っているのか分からない。辞書には「押し固めないままの豆腐」=水豆腐と出てくる。とにかく写真を見てほしい。うちのはもっと色が赤いかな?コチュカル(一味唐辛子)の量で色と辛さが変わる。水豆腐、ねぎ、かぼちゃ、卵などが入る。もともと豆腐に限らず大豆料理は大好きだ。韓国で豆腐が最も有名なところをご紹介しよう。韓国の一番北は江原道だ。その日本海側に江陵市がある。ここは海と山のきれいなところである。まずはオデサン(五台山)国立公園があり、有名なドラマ「夏の香り」の中でハーブ農園が出てきたが、そのロケがあった「韓国自生植物園」がある所だ。そして海はキョンド(鏡道)道立公園がある。ここの海もすばらしいけど、実はここに韓国でも最も有名で、たくさんの豆腐屋さんが集まっている村がある。チョダン(草堂)マウル(村)と言う。海の近くなので、松林の中に出来た村だ。朝鮮時代中期の学者ホギュン(許均)の生家がある。その写真である。私は2年前に仕事で月に1,2度行っていた。海あり、山あり、だから海の幸、山の幸が豊富なところだ。豆腐の話だけしたが、刺し身も美味しい。特にいかの刺し身だ。ここからはあの「冬ソナ」のスキー場で有名な龍平リゾートも近い。また、韓国では有名なドラマ「モレシゲ(砂時計)」のロケ地で有名なチョンドンジン(正東津)も近い。この正東津駅が有名で、目の前に海で、そこの松ノ木がドラマで撮影され有名になった。これだ。機会があれば是非一度行って見てください。見るもの、食べるもの、たくさんありますよ。
August 28, 2004
コメント(6)
昨日の日記で疲れてしまい今日はいいことを書こうと思ってます。そんな今日、韓国に住む日本人の後輩に、ヨン様の日本のCMが見たいと言うリクエストがあったので、アップしようと思います。日本の皆さんは時々ご覧になっていたでしょうが、在韓の私たちは見れません。それで、検索しました。まずは第1弾「オロナミンCドリンク」です。http://www.otsuka-adview.ne.jp/top.htmlCMレビューから入って、「オロナミンCドリンク」です。「30秒バージョン」がおもしろいですね。韓国の人が一番苦手の日本語の発音「たちつてと」をヨン様に言わせちゃいましたね。韓国の人は「つ」がどうしても「ちゅ」になっちゃうんですよね。しかも2つも入ってる「はつらつ」、これは難しい!でもヨン様頑張ったね。「はちゅらちゅ?」でもさわやかでいいね。ヨン様、元気をありがとう!ついでに第2弾「ソニーハンディカム」もアップしちゃおう!http://www.sony.jp/products/Consumer/handycam/premium/tvcm_1.htmlまあこれは韓国も同じですね。もちろん「僕はハンディカム」のところ、韓国語ですけれどね。ところでヨン様人気すごいけど、ヨン様グッズも大量に出回ってますね。でも見ると、偽者がたくさんありますね。これは本物です。↓↓↓↓↓http://www.os.or.kr/jp/huyusona/album1.html韓国のKBSから公式に許可を取っているCINE DECOのものです。実は友達がこの卸をやっています。これを商売にして見たい方がいましたら、私書箱の方にご連絡ください。ここは本物ですよ!個人的に買いたい方はちょっと待ってくださいね。今ウェブショップを準備中です。開店したら買ってくださいね。では、皆さん今日も一日(もう夜だけど)元気で頑張ってください!
August 27, 2004
コメント(8)
日記の中で何度も言っている韓国で必ずやるべきこと、やると得するのが「言って見ること、やって見る事」だ。今日もこれを実践したのだが、今日は以前日記に書いた韓国通信(KT)との戦いであった。詳しくはこれを読んでほしい。http://plaza.rakuten.co.jp/global6500/diary/200408010000/上の日記の内容でKTに文句をいいに行った時は、既に息子は2ヶ月間コレクトコールを使っていた状態だから、やはり今回も35万ウォン(約3.3万円)の請求が来たわけである。前回KTでのやり取りで、来月(今月)も同じくらいかかるはずだと言ってあったので、請求が来たらまた行くと言ってあった。簡単に今回も出してくれるとは思わなかったが、案の定、またなんやかんやと文句をつけてきた。前回以上に大声を出す羽目になった。お客さんは多い方がいい。既にKTは民営化されているのでお役所ではない。イメージを気にする。一番頭に来たのは、以前話をつけたチェ代理が出てきて、分かったと言っているのに窓口の金というおばちゃんが、文句をつけるのだ。とうとう課長まで出てきた。課長は穏便に済まそうと話をするが、金がしつこく文句を言う。日本じゃ考えられない。上司がいいと言ってるんだから、黙ってればいいではないか!結局、明日1枚の書類を渡して、OKと言うことになった。またこうなるといけないので、覚書を書かせ、タクシー代もよこせと言った。課長がタクシー代だと渡すので、それは金があまりにも理不尽なので、遂言っただけで、そこまではしてもらわなくてもいいと断った。久しぶりに大声を出したので疲れた。時々、こんな風に生きなければならないのか?と、ふと思ったりするが、こうしなければ損をするのが韓国なのだから仕方ない。今日のニュースにこんなのがあった。護身用のガスガンを所有している人に役所が間違って課税の通知を送っていた。何も疑わず払った人もいる。「言って見ること、やって見る事」で免除してもらった人もいる。結局、ガスガンは銃刀法で銃とは見なされないので、税金を払わなくていいのに、役所が間違って所持者に納税請求書を送っていたと言うニュースだった。油断も隙もあったものではない!疲れるけどやるしかない!黙っていると、何もしないと損をする。今日はあまりいい内容じゃないけど、韓国に住んでいる日本人の方もたくさん私の日記をご覧になっているので、迷ったが書いた。自分が間違ったことをしているのであれば、当然受けるべきものは受けなければならないけど、そうでないことがあまりにも多いので、自分の家族を守らなければならない。智恵も必要だし、勇気も必要である。明日の結果は書くつもりない。明日はもっといい内容を書こう!
August 26, 2004
コメント(6)
以前韓国の経済問題の日記を書いた。これである。http://plaza.rakuten.co.jp/global6500/diary/200408130000/去年1年の韓国政府の成果は政治家のクリーン化と経済界との癒着をなくしたことであった。今政界で騒がしいのは、過去の暴き合いである。引き金はハンナラ党の党首朴クネ議員を独裁者(朴チョンヒ元大統領)の娘だとウリ党の議員が批判したことから始まった。朴クネ議員は父親がどうにかしてでも殺そうとしたが殺せなかった金大中氏を訪問して、父親のしたことを謝罪した。こんなことから昔の暗い過去を暴き合いが始まったわけだ。では、何が暗い過去になるかというと、これは戦前既成勢力であった親日派の流れであるということである。本人がダメなら、その親まで調べだして、何々議員の父親は日本とこう言う関係にあったという風にである。だれだったかお父さんが日本軍の出身であると発表された。何とも日本と仲が良かったことが『暗い過去』となってしまうところが、日韓関係の悲しいところである。私たちが思っているより深刻なようである。こんな本もある。http://kankoku_manse.tripod.com/Korea_criticism/kankokujinniyoru/miscellany/sinnitihano.html『親日派のための弁明』と言う本だ。一部を抜粋する。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■「韓国社会で親日派の烙印が押されれば、かつてスパイの烙印が押されたのとおなじように、政治も社会生活も全て放棄しなければならない。だから政治家や学者、大学教授、作家を問わず、その種の話題が出ると慌てふためいて、なんとしてでも親日派に分類されないともがくのだ。全く不幸な事ではないか。」(P143より引用)■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■またこの本を解説している『悪魔研究室』はこう言っている。『韓国の国会では議員同士が「お前は親日派だろう!」「いや、お前こそ親日派だ!」と罵倒しあうそうです。韓国の政治家に親日を対日政策として持っている人はいません。』やはり、政治的な対立で最後に出てくるところのようです。ところで私は新韓派なんですが、政治とは関係ないし、日本から何にも言われないですね。それよりも在韓日本人のメンバーは、最近は逆にヨン様のおかげで、肩身の狭い思いから、韓国にいること、配偶者が韓国人であることを羨ましく思われるようになったと喜んでいる。堂々と新韓派を宣言できるのでうれしい。いつか韓国の政治かも親日派を誇れるようになれる日がくるといいのだが。いつのことやら。
August 25, 2004
コメント(13)
日記の中で何度となく言っている言葉が「言って見ること、やって見る事」だ。これが韓国で絶対に必要な内容である。そのわけを知りたい方はこれをお読みあれ。http://plaza.rakuten.co.jp/global6500/diary/200407100000/これが良く現れたのが、今回のオリンピック男子体操である。もう皆さんもニュースで聞いていると思いますが、判定に対する異議申し立てである。最近体操の審査に対して非常に騒がしい。観客もブーイングで訴えている。これもすべて韓国の異議申し立てから始まっている。その記事である。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■「金メダル返せ」と声明 韓国与党議員【ソウル23日共同】韓国の与党ウリ党の議員12人が23日、アテネ五輪の体操男子個人総合で韓国の梁泰栄選手が採点ミスから金メダルを逃したとされる問題で「国際オリンピック委員会(IOC)と国際体操連盟(FIG)は、奪われた金メダルを梁選手に返さなければならない」と訴える声明を出した。韓国メディアによると、声明を出したのは韓国国会の文化観光委員会に所属する同党議員。この問題をめぐって韓国では、2002年ソルトレークシティー冬季五輪で韓国選手が微妙な判定で失格とされたのに続く事件として批判が高まり、「金メダルが泥棒された」(韓国紙)などと反発が強まっている。(共同通信) - 8月23日21時54分更新■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■これが悪いと言っているのではない。確かに判定は私もおかしいと思う。異議申し立ては当然だと思う。日本がかえって大人しすぎるのかもしれない。私も学生時代はスポーツをやったが、審判の判定は絶対だと教えられた。これでもし金メダルを取り戻せたら、この「言って見ること、やって見る事」は世界的に通じる事の証明である。ってちょっと大げさだろうか?鉄棒の競技でも判定を変えたり、今回のオリンピックはちょっと異常である。選手も審判も最後までフェア-プレーで頑張ってほしいものである。
August 24, 2004
コメント(8)
昨日は陰暦で言うと七夕でした。七夕の話は陽暦7月8日の日記に詳しく書いたので参考にしてほしい。http://plaza.rakuten.co.jp/global6500/diary/200407080000/上の日記のように内容は若干の差があっても基本的には同じである。ところが実際に行う行事なのだが、同じ麗水に住む日本人の女性に昨日の話を聞くと、日本の七五三の行事である。もちろん千歳飴はないし、日本は男の子が5歳、女の子が3,7歳と決められているが、それもない。とにかく、3,5,7歳の子供が村の大人(年寄り)に挨拶(クンジョr)をする。盆と正月と少し似ているが、7,5,3歳の子供と限定しているのは、まさに日本の七五三である。もしこの日記を読んでいる方の中で、韓国に住んでいる方は情報を下さい。これは単に麗水地方、あるいは全羅道地方だけの行事なのだろうか?こう言うのって調べるとおもしろいよね。何時の時代にどちらからどちらへこの文化が伝えられたのか分からないけど、こう言うのが残っているのは、それでも日本が多い。韓国はやはり朝鮮戦争で失ったものが多い。よく日本語を教えてた頃、学生に日本は伝統的な文化、習慣がたくさん残っていて羨ましいと言われたものだ。特に夏祭りは地方によって、その特徴が出ていいものだ。韓国にはこれがあまりない。でも今日の七夕なのか、七五三なのか分からないけど、昔からのものが残っていて、その話が聞けたのはうれしかった。
August 23, 2004
コメント(8)
土曜日に日本の母親が荷物を送ってくれたが、その中にDVDが一つ入っていた。前々から見たかった「ロードオブリング」王の帰還だ。これを見るために「ロードオブリング」の1,2もDVDで見た。もちろん韓国でもロードショーでやっていたが、韓国語字幕と言うのが今一つだ。字幕は非常に早いので、字を追うだけで画面がよく見えないし、特に「ロードオブリング」のような内容が複雑なものはわけがわからなくなってくる。それで、母親に無理を言って送ってもらった。そして8月5日に遂に日本で王の帰還が販売され、昨日送ってもらったわけだ。全体の感想としては、騒がれるほどでもなかったかなっと言った感じ。2にいたってはほとんど寝てしまった。3はさすがによかった。でも特に1,2を見ていなくてもなんとなく分かったのかもしれない、でもそれは1,2を見ているからかもしれない。外国にいると好きな映画が良く理解して、楽に見れないと言うのがある。だからどうしても見たいものは、我慢してDVDが出るのを待つ。ロードショーなどは昔から日本より早く来た。それだけ韓国の人たちは映画が好きだし、大きな市場である。時々日本で上映される前に韓国で見て来て、日本の友達に自慢したりしたものだ。そういう土台の上に少しづつ韓国映画も注目されつつある。日本では見向きもされなかったのに、「シュリ」以降人気が出てきた。韓国映画は字幕がなくても聞き取れるのでいい。もっとどんどんいい映画を韓国も作ってほしい。ところで「血涙」と言う映画が今作られているが、これを麗水でロケしている。この映画がヒットしたら、また一つ麗水が注目されるだろう。期待したい!
August 22, 2004
コメント(8)
さてさて、最近はどういうわけか日記を書くのが遅くなってしまう。と言っても本来日記は一日のあった事を晩に書くものなのだが、この「韓国奮戦日記」は日記でもあるし、韓国をテーマにしたメルマガでもあるので、朝早くに書くこともできるわけである。最近遅いと言うのは、朝から題材が浮かばず、一日が終わる頃、あわててひねり出していると言う感じである。今日のテーマもシャワーをしながら考えたものである。さて、前置きが長くなったが、韓国で暮らしている方はご存知だが、基本的に韓国の人はお風呂の習慣というか、文化そのものがない。と言っても韓国だけがそうではないので誤解しないでほしい。日本にその文化があると言うだけである。しかし、韓国に旅行に来た方はやたらと温泉マークが多いのに目に付かれたと思う。この温泉マーク、温泉ではなく旅館のマークである。だからと言って、温泉の出る旅館と言うわけではない。ただマークが日本の温泉マークである。家でのお風呂の文化がないので、当然湯船がないわけである。いや、友達の家に遊びに行ったらおトイレにあったと言われるかも知れないが、これは二通りである。一つは80年代から西洋式のマンションが建ちはじめて、浴槽のついているマンションも増えだした。ここには確かに浴槽がある。西洋式にトイレも一緒である。もう一つは一途立ての家に浴槽(?)のようなものが付いている。これは結構昔からあるが、浴槽ではない。水をためておくもので、洗濯の時や、料理をする時に使う水がめのようなものである。結婚して初めて女房の家に行って、風呂があるのに感激したら、それは風呂じゃないといわれてがっかりした記憶がある。この習慣から、マンションの浴槽も水がめの役割をしているか、物置の役割をしているところが多い。先ほどトイレ兼用の浴室で洗濯とか料理をすると書いたが、洗濯はともかく料理と言うのは何だろうと思われるだろうが、キムチをつけたり、主に野菜を洗ったり、結構いろいろ使う。日本人にはカルチャーショックかもしれないが、昔の日本も夏、風呂桶にスイカを冷やしたりしていたではないか?最近は大型の冷蔵庫があるので少なくなったが、昔は父親が買ってくると冷やしとけと言って、母親が風呂に冷やしたものである。韓国の人は家では普通、寝る前に顔を洗ってから、足を洗って寝る。シャワーをする人もいるが、若い年代の人が多い。それよりも町内に銭湯がたくさんあって、5時前からやっているところが多い。朝早く起き、裏山に登り、汗をかくと銭湯に行って一風呂浴びる。そして、コンナムルグッパ(豆もやしのグッパ)などを食べて朝出勤する人がたくさんいる。今はマンションが多く、シャワーする人が増えて、昔ほど銭湯が減ってしまった。そのかわり、サウナやチンジルバンと言ったスパのようなのがたくさんできている。韓国の新しいお風呂文化ができつつある。
August 21, 2004
コメント(8)
今日は私の住む麗水にあるコンドミニアムを管理する方と一緒に食事をした。その時、私にこんな話をされた。もちろんこの方は私が日本人であることを知っているし、彼の管理しているコンドミニアムには、日本のお客さんもたくさん来る。「hero6500さん、私は本当に韓国人であることが恥ずかしい。そして日本は運良く、偶然に経済大国になったのではないことをし知りました。」「それは、お客さんの生活を見てもはっきり分かります。」「例えばこの食堂に日本のお客さんが100人来ても、あとかたずけにそんなに人が要りません。」「食後、日本人は自分の口を拭いた後、そのティッシュで食卓もきれいに拭くし、立ち上がるときは必ず椅子を食卓の中に入れて立ち去ります。」「これが韓国人だとチィッシュは放り投げるし、椅子はそのままでどこかへ行ってしまう。」「このあとかたずけだけに何人もの従業員が仕事をする羽目になります。」「ここのバイキングにしてもそうです。」「日本人はきちんと順番を守ります。おかずを取る時も次の人に迷惑がかからないようきれいに取って行きます。」「これがまた韓国人だと、割り込みはする、お皿の上の料理はめちゃくちゃにします。」「これは皆教育のせいだと思いますが、この教育一つを考えたところ、30年は遅れてると思います。」このように言われました。確かに日本では当たり前のことが韓国では通じないことがたくさんある。まずは人に迷惑をかけまいといつも注意を払っているのが日本人だ。慣れてしまっている我々には何でもないことだが、韓国の人にこれを強要されるのはとても辛いことのようだ。だから、問題意識をもって自分の国を、国民のことを見つめる人は、遅れている、恥ずかしい。「日本人に見習え!」と言うのである。このことを聞かされて、うれしくもあったし、だんだん韓国ナイズされて、その基本的なことも守れなくなりつつある自分を反省した。いいものは伝えないといけないし、逆に韓国のいいことは積極的に取り入れようとする姿勢こそが、お互いに成長できることではないだろうか?つくづく考えさせられた一日であった。
August 20, 2004
コメント(24)
台風15号の被害が随分出ている。韓国も4人の方が亡くなった。日本はもっと酷いようだ。10人の方が死亡、行方不明だそうだ。ところで以前も台風の話は日記に書いた。http://plaza.rakuten.co.jp/global6500/diary/200407040000/以前は「ミンドゥルレ(たんぽぽ)」で、その前は「メミ(蝉)」だった。この二つとも北朝鮮が付けた名前である。この二つが韓国に大きな被害を与えた。今回の「メギ(鯰)」は韓国で付けた名前だ。「メミ」と「メギ」似ているが、「せみ」と「なまず」である。以前より温暖化によって台風がたくさん来るようになった。韓国も日本のようにきちんとした対策を立てていかなと、毎年大きな被害を受けることになる。昨日は隣町の南海市に上陸した。幸い去年の「メミ」ほど被害はなかった。今年はまだまだ台風が来そうだ。これ以上被害がなければよいのだが。
August 19, 2004
コメント(4)
今日夕方家の目の前に雷が落ちた。すごくでかい奴で、町内の信号や街灯、そして15世帯ほどが停電した。韓国語には「かみなり」と言う言葉がない、その代わり「ボンゲ(稲光)」と「チョンドゥン(雷鳴)」と言う言葉がある。だから、「あ!かみなり!!」と叫びたくても、頭の中で考えてしまう。かみなりと言えば、わが故郷栃木の宇都宮は有名である。夏の夕方は毎日のように夕立とかみなりが鳴るのを子供の頃の思い出として残っている。夕立が来ると、父親が縁側に出て、涼しいと言いながら、そろそろ来るぞと、雷を楽しみにしているかのように待っていた。1981年根岸吉太郎監督作品の「遠雷」は、わが故郷が舞台となっている。http://www.big.or.jp/~gomex/ms/enrai.htm元気な頃の父が思い出される。韓国でも田舎の方では夕立やかみなりなど、夏の情緒を感じられるものなのだろうか?私はマンション暮らしだし、デジタルの時代、かみなりが鳴り出すと、PCと特にインターネットのコンセントを抜く仕事にかかる。PCはともかく、インターネットは2度ほどかみなりで不通になると言うのを経験した。今日もそうだけど韓国はかみなりに弱いのか?あるいは日本も同じだろうか?夏の情緒として楽しめるかみなり、今の時代には不便なものでしかないのだろうか?
August 18, 2004
コメント(10)
オリンピックが始まり、昨日は遂に柔道の73kg以下級で韓国の選手が金メダルと取った。どの国でも最初の金メダルは大騒ぎをする。さてこの金メダルの価値だが、韓国では非常に高い。いろいろなところから補償金(?)が出る。国からも補償金と年金が下りる。総額にして1億6500万ウォン(約1600万円)と年金が生涯月に100万ウォン(約9.5万円)下りる。この補償金制度は国によって違うが、聞いた話では日本はそれほど多くないし、韓国は結構いい。この補償金制度は賛否両論なのだが、選手のこれまでの苦労と努力、そして国の名前を広めた功労を考えると、できる限りしてあげてもいいのではないだろうか?また、そうして上げてこそ、選手もやりがいがあるだろうし、何も考えずに練習に専念できるのではないだろうか?これが何もなかったり、少なかったりしたら、いくら好きなスポーツと言えども、リスクを背負って練習に専念できるだろうか?正直うちの子もそうだが、一度スポーツの道を選ぶと、よほど実力がない限り大学進学や就職と言うのが簡単ではない。実力がなくて途中で止めてしまうと、とりあえず学問の道と言うか、進学するためには、よほどの努力をしない限り、友達に追いついて、競争できるまでなるのは不可能である。それだけのリスクを負っての選択した道である。結果が出たときには、それなりの代価がなくてはやっていけないだろう。日本でも韓国でも、それなりの代価を補償してあげて、できれば歴史に残るような、感動的な競技を見せてほしいものである。もう一度、ガンバレ!ニッポン!!ガンバレ!韓国!!
August 17, 2004
コメント(12)
オリンピックが始まった。サッカーは厳しい組の上、初戦を負けてしまって、ベスト8進出が難しいようだ。反対に韓国は十分にベスト8進出の可能性がある。外国にいて国際競技(オリンピック、ワールドカップなど)を見る時不便なことが二つある。一つは日本の試合があまり見れないし、ニュースも簡単に入ってこないと言うことだ。もちろん今はインターネットがあるので、調べようと思えば全部分かるだろうが、韓国の結果はニュース等で直ぐにやってくれるので気にしなくても分かる。次に日韓戦になってしまった時、夫婦で見るのに非常に気まずい。熱中して応援できない。どちらか一方の試合ならば問題なく二人で応援できるのだが、このときばかりはそうも行かない。どうしてもお互いの国を応援してしまうからだ。交際結婚をした家庭はどのようにしているのか気になる。わざと見ないと言う手もある。この時ばかりは本当に困る。柔道は順調な出発をしているようだ。ガンバレ!ニッポン!!そして、ガンバレ!韓国!!
August 16, 2004
コメント(6)
今日は終戦記念日。日本では何となくもの悲しい日である。やはり敗戦と言う悲しみからだろうか?また多くの国のために命を落とした人たちに黙祷を捧げる日である。この日だけというのは何かかわいそうな、申し訳ないような気がする。戦争を知らない時代の生まれだが、若い人たちが純粋に国のために命を落としたわけだから、もっと誇れるものになってもいいのではないだろうか?だから私がもし総理大臣になったとしても靖国参拝はしたいと思う。これは思想的なものでもないし、もちろん政治的なものでもない。戦争の正当性を評価されるのはもっと時間がかかるのかもしれないが、亡くなった方たちの純粋な国を思う気持ちは誇らしいし、見習いたいと思う。さて、韓国では今日は国(民族)の独立記念日に当たる「光復節」である。日本と反対に喜ばしい日である。亡くなった人たちは日本人と同じく国のために戦って逝った方たちである。韓国では国の独立のための戦いであるため、誰がなんと言おうと正義であり、最高の名誉となる。この違いを考えた時に日本の殉教者はかわいそうである。日本の中ではそれなりの待遇を受けることができるだろうが、外国から見た時、少し違う。詳しいことは分からないが、帝国主義の時代、アジアの解放を信じて皆戦争に行ったわけである。あの時代、やはり「わが国は平和主義です。戦争はしません」が通じただろうか?ただ一つ残念なのは、アジアの国の解放のための戦争であったなら、どうして朝鮮を植民地にしなくてはならなかったのであろうか?同盟を結ぶなり、同等の立場に立ち、帝国主義を唱えてアジアに進出してくる国を相手に共に戦うべきではなかったのではないか?それとも朝鮮がそれを断ったのだろうか?当時は今の戦争のように複雑なものではなかったはずである。ともかく、毎年見たくない特別番組や映画などを必ずやっていたのに、今年はあまりないのは、オリンピックのせいか?最後に国のために亡くなった方の魂が今の日本の姿、外国の見方などを知っても、慰められることを祈ってやまない。
August 15, 2004
コメント(6)
明日は日本では終戦記念日、韓国では「光復節(クァンボkチョr)」と言って解放記念日だ。韓国は36年間日本の植民地下に置かれていた。今日はこの内容を話すのではなく、実は私の母方の叔父の話をしようと思う。母の姉の夫なので私とは血のつながりはない。この叔父は実は韓国で生まれた。と言っても韓国の血が流れているのではなく、植民地時代に叔父の父が韓国に渡って事業をしていた。おもしろいのは韓国もなかなか広いのだが、今私の住んでいる麗水に住んでいたと言うからおもしろい。昭和11年に麗水小学校を卒業した。当時の話を聞いたことがあるが、今も残っているところがある。今回同じ麗水に住む後輩から偶然、当時麗水に住んでいた日本人の会があることを聞いた。当時麗水には3000人以上も日本人が住んでいたらしい。日本にある麗水会も会員がかなりいるそうである。もちろん叔父をはじめ80過ぎの年配の方々が多い。今回連絡が取れた方は副会長をされている方だが、戦後も麗水に来られては、市役所や大学などに桜の木を寄贈されたり、交流も盛んにされた方で、麗水市から名誉市民賞も受けた方である。いずれにしても、このようにすばらしい交流をされている大先輩がいらっしゃるというのはありがたいことである。麗水市は唐津市と姉妹都市を結んでおり、やはりJCなどの団体が盛んな交流をしている。私たちもそれを見習って交流していきたいと思う。さて話は叔父の話に戻るが、叔父の連絡先が途絶えていたらしく、私が麗水会のほうに連絡したら、副会長が直接お電話くださったそうである。叔父は約65年ぶりに同窓生と連絡が取れたと喜んでいた。もし私が麗水に引っ越さなければ叔父は懐かしい同窓生と話できる機会がなかったかもしれないと思うと不思議な縁をここ麗水に感じる。韓国と日本はお隣同士、いろいろなことがあったけど、民間レベルでもっともっと交流を深くして行き、お互いに有益な隣人関係を作っていきたいものである。とは言いながら、明日はどうしても聞きたくない過去の悲しい歴史を思い出さなくてはならない。お互いのいい未来のため、それを乗り越えていきたいものである。
August 14, 2004
コメント(10)
原因は何だろう?数年間貿易は黒字続きだ。去年は政治家の汚職を追及し、前回の国会議員選挙は今までにないクリーンな選挙ができた。次に政治と経済の癒着問題だが、これもやはりクリーンした。構造的な問題は基本的には全て解決したのだが、その結果が今の不景気である。お金が回らなくなってしまった。あまりにも透明すぎる水には魚が住めないように、多少濁っている程度の方が、人は住みやすいのかもしれない。汚職があってこそお金が動き、それに関係した業種が金を儲ける。そうすると、その業種と取引をする別の業種も儲かる。このようにしてお金が回るのだが、それがなくなった。普通選挙の時になると儲かる業種があるのだが、前回の選挙では、ぜんぜん商売にならなかったと言う。日本も長い不景気が続いたが、韓国もそうなるのではないか心配である。韓国の人は日本人と違って、貯蓄はしないし、消費性向が高い、だから内需が活性化してお金が回る。これが韓国人の特長だったのに、あまりにも激しく構造調整をしたので、萎縮してしまったのか?内需が伸びない。しかし、6人に1人がブラックリストと言うのはどうしてなのか?単純な消費でないと言うことか?客観的に見て、ここ数年やって来たことに対して拍手を送りたい。それだけの内容がある。それなのに政治家も経済家も批判ばかりされている。韓国の大手企業のトップが外国に行くと、最高の接待を受ける。それだけの実績がある。それなのに韓国に帰ってくると、どろぼう呼ばわりされる。政治家も常に悪口を言われながらも構造改革を成功させた。お互いにもう少し褒め合ってもいいのではないか?私は拍手を送りたい。
August 13, 2004
コメント(8)

この日記で知り合った「三河の住人」さんが、昨日麗水を訪問くださり、今日は朝の9時にホテルで約束した。ホテルのあるところは、以前にも良く話した韓国の英雄李舜臣(イースンシン)将軍が、秀吉軍と戦った亀甲船を作った「船所(ソンソ)」と言う所の前にある。三河の住人さんは朝早く目覚めてその近くを散歩したらしい。今日は昨日約束した通り、突山(トルサン)島にある「向日庵(ヒャンギルアン)」に向かった。ホテルからは約30分で行く。暑くならないうちにと午前中出発したが、既に少し歩いただけで汗が出てくる。駐車場から山門のある町までは700m、これを歩いただけで、汗だくになってしまった。二人で凍らせた水を入り口で買い、約500mの登りである。山門の所で撮った写真だ。途中2回ぐらい休みながら目的の「向日庵(ヒャンギルアン)」に到着した。観光客もちらほら、庵ではお坊さんと仏教徒の人たちが読経をしていた。三河の住人さんは海の美しさに感動していた。その美しい麗水の写真は写真作家のファンウィドンさんのホームページをご覧下さい。http://www.h1000.com/「Yeosu tour」→「Hyangiram」でご覧あれ!小1時間ほどいてから、下山し、昼食を食べに行った。麗水の蘇湖洞(ソホドン)にある「太白山脈(テベkサンメk)」と言うお店に行った。ここは伝統的な韓国の家の作りになっていて、昔家の中で使われた家具や道具などが店の中に置かれている。まるで民族村の中にある古い家のようになっている。ここで山菜ビビンバを食べた。この店は一切化学調味料を使わないので、昔の味が楽しめる。今回の韓国旅行でこのお店のキムチが一番美味しいと三河の住民さんは言っておられた。店を出て、最後に華陽面(ファヤンミョン)のリゾート開発予定地を見て回り、そのまま麗水空港に向かった。1泊2日の麗水の旅を満足された三河の住民さん。この次は済州島での再開を約束して、お別れした。今日はソウルに泊まられ、明日帰国されるそうだ。最後まで楽しいご旅行であってほしいものである。こうやって楽天日記で知り合い、わざわざ外国のそれも遠い田舎までお訪ねくださり、本当にうれしかった。こう言うことがよくあると楽しいのだが、まあ仕事もしないといけないし、明日からまた頑張ろう!
August 12, 2004
コメント(11)

今日はうれしい日だ。と言うのは、この楽天日記で知り合った「三河の住人」さんがわざわざ私の住む韓国麗水まで訪ねて来てくれる日である。今回で何度目かの韓国旅行だそうだが、この日記で知り合い、私が麗水をご紹介したところ、お訪ねくださるとの事だ。あと1時間ほどでバスターミナルで会う予定だ。韓国語もよくご存知ないだろうに、私一人を信じてここまで来てくれるなんて、本当にうれしい!「三河の住人」さんはツアーで来られたのではなく、個人で来られた。初日ソウルに滞在され、天安、金泉、全州、麗水と南北に縦断されたわけだ。短い日程の中大変なスケジュールだ。さてこの後の内容はお会いして、一緒に食べ歩きする予定なので、夜、もしかしたら明日書くことになるだろう。お楽しみに!つづくっと言うことで、ってどういうこと?そうなんです。三河の住人さんが来られたんです。予定通りの時間にバスターミナルに到着され、まずはホテルにチェックイン。車の中でも、何年も前からの知り合いのように話の花を咲かせました。これが楽天のいいところですよね。1時くらいまで話し込んで、昼食にしました。聞くと、今回の旅行で焼く肉を食べてないと言うことでしたので、焼き肉屋に行きました。そこでは昼食だったので、軽くカルビ蒸し定食を食べました。食後まだ暑いので、またまた話し込み、4時過ぎに観光に出かけました。まずは麗水でももっとも有名な悟桐島(オドンドウ)に行きました。その後、突山(トルサン)公園、ここからは突山大橋が見え、今月から始まった、麗水が舞台となっているドラマ「選択」のセットの家を見に行きました。そしてその下にある李舜臣将軍が秀吉軍と戦った亀甲船を見ました。その後、一休みに市内にある先輩のお店でお茶をいただきました。先輩の店は、柿の自然染色で作った服やカーテンベットカバーと共に、韓国中国のお茶、韓国の有名な先生の茶器などを販売している。この日は智異山に10年以上こもって、野生の草を研究して作ったお茶を発明し、本も出している先生が来られていて、直接そのお茶をいただいた。店を出て、夕食を取ることにした。さしみ屋だ。ピョゴシと言う麗水特産の刺し身を食べた。そして、全羅道では刺し身を食べる時に味噌とにんにくをおろしたものを混ぜた独特の調味料をサンチュ(サニーレタスに似た野菜)やキャベツなどに、刺し身と一緒に包んで食べる。三河の住人さんも気に入ってくれたようだ。二人で11時近くまで話して、別れを惜しみながら、ホテルにお送りしてお別れした。本当に楽しい1日だった。明日はちょっと大変だが、向日庵(ヒャンギルアン)と言う日の出で有名なお寺のある山に登る予定だ。
August 11, 2004
コメント(8)
さっき日本の叔母に電話をした。叔母は一人なので、お袋と一緒に住んでいる。私の親父はもう何年も病院で寝てきりなので、お袋と叔母二人で住んでいる。その叔母が今日誕生日なので電話した。叔母は今日で68歳だ。叔母はお袋以上に韓流に狂っている。その叔母が電話で、日本は殺伐とした事件ばかりだと話す。確かにニュースを見るとそうである。韓国も同じである。次に叔母はこう言った。「でもね日本は韓国からパワーをもらってるんだよ」この韓国からもらってるパワーこそ韓流である。日本のおばちゃんたちに大きなパワーを与えてくれている。韓国のドラマを見、主題歌を聞くと昔の青春時代を思い出し、当時の若いパワーがよみがえって来るのであろう。とてもいいことだと思う。お金もそれほどかかるわけではないのに、夢を見ることができる。ドラマを見て、一時自分がヒロインになり、ヨン様と恋をすることによって若返る。この恋のパワーというのはすさまじいものらしい。本当に人を若返らせる。非現実的な恋ではあるが、現実的なものだと逆に問題となるのであるから、いいのではないか?韓流パワー、まだまだ続きそうだ。これが日本の景気回復につながる方法はないだろうか?そうなるとありがたいのだが...しかし、逆に韓国、日本と同じように殺伐とした事件は続くし、景気は悪くなる一方、庶民には本当に苦しい時代だ。こんな時代こそ英雄の誕生が望まれる。だから今「英雄時代」と言うドラマが放送されているのかもしれない。過去の朴大統領の時代は独裁の時代であったけど、その時代を懐かしむ人がたくさんいる。日本のバブルを懐かしむのと似ているかもしれない。ヨン様が今の日本の英雄とまでは行かなくとも、韓国にもパワーを与えてくれる何かが現れてほしいものである。
August 10, 2004
コメント(4)
今日は一日探し物している気がする。以前友達のお店がオープンして、そこでヨン様グッズを販売したら飛ぶように売れたと言う話をした。http://plaza.rakuten.co.jp/global6500/diary/200407210000/その時、unju360000さんがヨン様グッズがほしいと言う連絡を受けた。unju360000さんはご主人が韓国の方で、日本に住んでいるのだが、今ご主人と一緒にご主人の故郷に来ているらしい。それで、そこにヨン様グッズを送ってあげることになったが、友達が夏休みで店を休んでいて、今日やっと店を開けた。それで急いで店に行ってもらって来た。次に日本の母親がやはり韓国ドラマに狂っていて、今までいくつもドラマのOSTCDを送ってあげた。今回は「美しい日々」である。しかし、このCDがどこを探しても売ってない。SBS放送局にも訊いたし、韓国の検索エンジンでも調べて見た。どうしても見つからず、かえって日本の方が探せるかもしれないと、検索してみた。確かに日本の方が最近は豊富である。あるにはあったが、台湾製のものを販売していた。しかし、どこも売り切れ、入る見込みなしと書いてある。そんなに人気があるのか?それともOSTCD自体が少ないのだろうか?韓国製のものは「ロゴスフィルム」と言う企業が製作しているそうだが、連絡先がないと言う。これはSBSに聞いた話だ。それで104で訊いてみたけど出ていないらしい。PCで検索しても出てこない。お手上げである。もし、この日記を読まれた方で、「美しき日々」のOSTCDを販売しているところをご存知の方は連絡してほしい。ソウルや大都市ならともかく、ここ麗水の田舎ではとても探せない。大量に手に入れて商売したら売れるのかな?
August 9, 2004
コメント(11)
今日の日記のテーマを「韓国」にすべきか、「中国&台湾」にすべきか迷ったけど、韓国にも関係がある内容なので、「韓国」にした。韓国でも日本の政府高官の暴言があると、すぐ反日感情が高まり、デモをしたりするが、サッカー(スポーツ)の試合に負けたと言って大使館の前でデモしたり、公司の車のガラスを割ったりすることはない。中国の若者はどうしてそんなことをするのか理解が出来ない。もちろん、このアジア杯の開催中に反日感情を奮い立たせる事件があったとは言え、それとスポーツを一緒にしないでほしい。こんなことで4年後のオリンピックに安心して参加できるだろうか?それに今回は高句麗が一時期今の中国の領土の一部を支配していたのだが、その歴史をも完全に抹消している事実が分かり、韓国政府が抗議をしている。それぞれ国の見解の違いがあるので、お互いに完全に満足するような歴史教育や事実表現をすることは出来ないにしても、今回の中国のやり方は、事実自体を完全に抹消している。もちろん最初からそうではなかったが、韓国政府が抗議をしたら今回の抹消事件が起こったわけである。日本は抗議を受けると、お互いの立場を考えながらそれでも努力しようとするが、それを考えると中国のやり方は完全に高飛車である。もちろん日本も中国やロシアと領土問題を抱えているが、韓国も今度は中国との間で問題を抱えてしまった。近いとどうしても問題が起こるものである。解決までにはまだまだ時間がかかりそうである。いずれにせよ、アジア杯サッカーの連覇はうれしいものである。この勢いでオリンピックも是非金メダルを取ってほしいものである。が★ん★ば★れ ニッポン!
August 8, 2004
コメント(10)
夏休みの旅行から韓国の古典の話になり、今日はその最終日「興夫伝(フンブジョン)」を紹介しよう。これは兄弟愛、勧善懲悪がテーマとなっている古典である。韓国の古典は代々「パンソリ」と言う歌で語り継がれてきたものが多い。喜怒哀楽を歌の中ですばらしく表現している。韓国を代表する歌手のチョーヨンピルさんも、このパンソリを勉強したと聞いている。今日の「興夫伝(フンブジョン)」はパンソリで歌われる時は、非常に滑稽に表現されている。さて内容はこうである。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■興夫(フンブ)とその兄のノル夫(ノルブ)の話で、登場人物の兄のノル夫はお金持ちです。ノル夫という名前には、韓国語では遊び人という意味が込められています。弟の興夫は大勢の子供を抱えて貧しい暮らしをしていましたが、兄のノル夫は何の援助もしません。ある日、興夫の家にあるツバメの巣が蛇に襲われ、興夫は巣から落ちて脚の折れたツバメを助けて手当てをします。ツバメは南に帰りましたが、ツバメの王様が「興夫は非常に感心だからお礼をしなさい」とそのツバメに命じ、翌年興夫のところにパク(瓢箪)の種を置いていきます。興夫がその種を播くとすぐに大きくなり、パクを食べようとして割ったところ、中から金銀財宝が出てきてたちまち大金持ちになります。それを聞いた兄は、自分もやってみようと真似をして、わざとツバメの脚を折って帰したところ、同じようにパクをくわえたツバメが戻ってきます。実ったパクを割ると、中からお化けや借金取りが出てきて、たちまち兄は懲らしめを受けるという話です。http://www.han-lab.gr.jp/~cham/ajiwau/chap3/chap3.html■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■この「興夫伝」は兄弟の話ですが、これがおじいちゃんおばあちゃんに変わり、ツバメが雀に変わると、そうです。「舌切雀」のお話になるんですね。昨日の「沈清伝」と「浦島太郎」、一昨日の「暗行御史」と「水戸黄門」と言い、似ている話がたくさんあります。もちろん日本と韓国だけではありませんが、特に近いだけに本当に良く似てます。これからもいい昔話があればご紹介しましょう。最後にこれは韓国の人も知らない人が多いようですが、今日の興夫とノル夫の姓なんですが、金さんでも、李さんでも、朴さんでもなく、実は延(ヨン)さんなんです。延(ヨン)と言う姓は韓国でもめずらしいのですが、実は私の女房の姓が、この延(ヨン)さんです。それで私は普通の韓国の人も知らない興夫とノル夫の姓まで知っているのです。時々それを知っている韓国の人に、「私の妻の姓は延(ヨン)です。」と言うと、「興夫ですか?ノル夫ですか?」と訊かれます。もちろん「興夫です。」と答えてますが。
August 7, 2004
コメント(8)
昨日は「春香伝(チュニャンジョン)」の話を書いたが、これは妻が夫に対する貞操をテーマにしたものであった。韓国ではこれを「烈(ヨr)」と言い、その女性を「烈女(ヨrリョ」と言う。韓国の言って見れば三大古典にはこの「春香伝(チュニャンジョン)」と今日お話する「沈清伝(シmチョンジョン)」、そして明日お話しようと思う「興夫伝(フンブジョン」がある。今日お話する「沈清伝(シmチョンジョン)」は親孝行のお話である。内容はこうだ。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■第1話 沈清の決意昔、あるところに沈清(シムチョン)とい女の子がいました。お母さんは沈清を生んで7日目に亡くなり、お父さんは目が不自由でした。清はお父さんの代わりに幼い頃から一生懸命働きました。ある日清は、隣村のお屋敷に、針仕事をしに行きましたが、お父さんは帰りの遅い清を心配して、杖をつきながら迎えに出ました。ところが、うっかり足をふみはずして小川に落ちてしまいました。「たすけてくれ!」運よく通りがかったお坊さんがかけつけてくれました。「どなたか存じませんが、どうもありがとうございます。本当にこの目さえ見えれば‥‥」「仏さまに300石の供養米をお供えしてお祈りすれば、きっと目が開きますよ」お父さんは喜んで供養米の約束をしてしまいました。けれども家には、明日食べるお米もありません。「ああ、300石のお米さえあれば‥‥」帰ってきた清はお父さんからその話を聞いて、何とかしてしてあげたいと、いつも考えていました。そんなある日、中国の船乗りたちが、航海の安全のために、海に捧げる乙女を探しにきていました。それを聞いた清は、船乗りたちに会って言いました。「お米300石で、私をつれていって下さい」その願いを聞いて、清のけなげな心に感動した船乗りたちは、準備していた200石に、さらに100石くわえてくれました。そしていよいよその日がやってきたのです。第2話 悲しい別れ清は生まれて初めてお父さんに嘘をつきました。「私を隣村のお屋敷の養女に迎えてくれるそうです。そのしたく金で300石の供養米をお供えしましょう」と、いかにもうれしそうに話しました。出発の日、大ぜいの人々が船着き場に集まってきました。父親のためにいけにえになるといううわさが広まり、清を一目見ようとやってきたのです。それでお父さんはやっと最後に事実を知りました。「清や、行かないでおくれ。目をなおしたいのも、お前のかわいい顔を見たいからなのに、いけにえになるなんて‥‥」「お父さん、それは何かのまちがいです。どうか心配しないでください」清は泣きたいのをこらえて、船に乗りました。船が沖にさしかかると、ひどい嵐になりました。船乗りたちは祭壇を整え、太鼓を打ならして航海の無事を祈りました。清は目を閉じると、「お父さんの目がどうか開きますように」と祈って、海に身を投げました。清が真っ暗な海に沈んでゆくと、さっきまで荒れていた波もおさまり、嵐もぴったりと止んでしまいました。それから数日後、漁師たちが浜辺に流れついた人間大ほどもある大きな蓮の花を見つけました。「これは珍しい。王様にお見せしよう」漁師たちはさっそく王宮に蓮の花を運びました。すると王様の目の前で、花びらがゆっくり開きはじめました。「おおこれは!?」大臣たちが声をあげました。なんと中から現れたのは清だったのです。第3話 奇跡の出会い「これはいったい、どうしたことだ?」おどろく王様に、清はこれまでにいきさつを話しました。「清や清や」呼ぶ声に目をあけると、清はびっくり仰天しました。まばゆいばかりの宮殿に美しい天女をしたがえた、威厳のあるお方が立っておられました。「こちらは龍王様でいらっしゃいます」清はあわててひざまずき、深く頭を下げました。「おまえの親孝行の心に免じて、地上に帰してあげよう」そうして清は蓮の花に入れられ、天女たちが浜辺近くまで運んできてくれたのです。「ううん、そなたの孝行心が龍王をも感動させたのだなあ」王様はとても喜んで、この美談を国に広めるように言いました。そして、清を王妃としてむかえることになったのです。王妃となった清は、王宮で宴を開きました。国中の盲人を呼んで、お父さんを探そうと言うのです。ぞくぞくと盲人たちがつめかけて来ました。ところが、2日たってもお父さんは来ません。とうとう最後の日、宴も終わりかけたころです。最後に、ぼろぼろの服を着た老人が、よぼよぼと杖をつきながら入ってきました。「お父さん!」清は転がるようにかけだしました。「私です。清ですよ」「な、なに?娘は死んだはずなのに‥‥」その時、お父さんの目が突然開きました。「おお、見えるぞ!清や!」二人はひしと抱き合いました。すると他の盲人たちも次々に叫びました。「目が見えるぞ」「奇跡だ、奇跡が起こったんだ」王宮は喜びに湧き返りました。清はお父さんを迎えていつまでも幸せに暮らし、民からも慕われる立派な王妃になったそうです。(おわり)http://www.01.246.ne.jp/~tong-kj/ohanasi/sinchon.html ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■いかがですか?感動物ではありませんか?今の時代なかなか親孝行の話を聞くことが少なくなってきていますが、こう言う昔話は日本の子供たちにも紹介したいものです。さて、上の話の中で清が王様に話した「龍王」の話は実は海の底の「龍宮城」のことです。これが日本では「浦島太郎」になっているのがおもしろいですね。こういう昔話の比較もおもしろいかもしれませんね。もう一度今日は親孝行を考えて見ましょう。私も早速、国の母親に電話だけでもしようと思います。
August 6, 2004
コメント(10)

昨日夏休みで、智異山温泉リゾートに行ってきたと日記に書いたが、そこは行政区分から言うと全羅北道南原(ナムウォン)市だ。この南原(ナムウォン)市は韓国の古典「春香伝(チュニャンジョン)」の舞台で有名である。この韓国の古典「春香伝」は韓国の女性はこうあるべきであるという、韓国の理想的な女性像を表現した古典である。その内容を簡単に書くとこうである。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■朝鮮時代。全羅道、南原(ナムウォン)府の代官の長子である李夢龍(リ・モンニョン)は、父の赴任に従ってこの地で暮らしはじめて数カ月が経っていた。勉学ばかりに嫌気が差した夢龍は、憂さ晴らしに召使いの房子(パンジャ)を連れて廣寒楼(クァンハルル)に出かける。折しも端午の日、戸外では賑やかなラッパの音と共に相撲が繰り広げられ、林の中では少女たちがブランコ遊びに興じていた。その中でもひときわ美しい春香(チュニャン)が大樹のふもとでブランコを漕ぐさまを見た夢龍は、一目で心を奪われてしまう。春香が妓生(キーセン/引退した芸伎)の娘であることがわかると、夢龍は即座に春香を呼ぶように房子に命じる。だが春香はその旨を聞くと「雁受海、蝶受花、蟹受穴」という言葉を残してその場を立ち去ってしまうのだった。「雁は海を慕い、蝶は花を慕い、蟹は穴を慕う」という言葉の意味から直接会いに来るべきという春香の意図と聡明さを察した夢龍は、深夜、闇に乗じて春香の家を訪れる。彼女は平民の身である自分を正式に妻に迎えてくれることを条件に、彼を受け入れた。夢龍は「与月日一心」という念書をしたため、この心が永遠に変わらぬことを誓う。二人が身も心も打ち解けるのに時間はかからず、互いに愛し合い、夢のような日々は過ぎていった。しかしその幸福も束の間、すぐに試練が訪れる。夢龍は父の昇進に伴って漢陽(ソウル)へ戻らなければならなくなる。南原に残ることも、都へ春香を連れていくこともままならない夢龍には為すすべもなく、春香は再会を誓いながら涙ながらに夢龍と別れた。春香は夢龍との再会をひたすら待ち続けている。季節が過ぎ、南原に新しい長官が任命されることになった。春香の美しさを聞きつけ、大きな任地を辞退して田舎の南原府に赴任してきた下学徒(ビョンハット)である。彼は国の法律によって母親が妓生なら、その娘も妓生の身分であるとし、春香にそば仕えを強要する。春香は自分が妓生名簿に登録していない上、前官の子息と結婚の約束を結んだ以上、二夫従事はできないとかたくなに拒んだ。烈火の如く怒り狂う下学徒は、春香に反逆罪という濡れ衣を着せて過酷な拷問を加えるが、春香は断じて屈しようとせず、その場で投獄されてしまう。 その頃、漢陽で勉学に励んでいた夢龍は、科挙試験に見事主席で及第した。暗行御史(アメンオサ)として南原の調査にあたることになった夢龍は乞食に変装し、そこで農夫達の口から現長官の暴政に対する不満と、春香の気概に対する称賛の声を聞くことになる。夢龍は獄中の春香にこっそり会いに行くが、ぼろをまとっている彼の姿に春香の母である梅月(ウォルメ)は驚き、落胆を隠せない。娘の運命を案じ、嘆き悲しむのだった。変わらぬ愛を誓う春香と夢龍だったが、春香の身は下学徒の誕生日の祝宴の後、処刑される運命にあった。正体を明かせぬままの夢龍だが、その憤怒で胸が張り裂けそうになる。翌日、廣寒楼に各地の守令たちが招かれ、下学徒の誕生日を祝う宴が盛大に催される。宴が佳境に入る頃を見計らい、夢龍は単身、廣寒楼に乗り込んだ・・・!http://www.cqn.co.jp/NOW_ON/SHUN.html■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■この続きは皆さんの良く知ってる「水戸黄門」とそっくりである。助さんか角さんが出てきて、「え~い!控えおろう!!この紋所が目に入らぬか!このお方をどなたと心得る!?先の副将軍水戸光圀公にあらせられるぞ!」という訳である。違うところは助さんか角さんが最初から出て来ないで、李夢龍(リ・モンニョン)が危険になった時に軍隊が現れる。印籠ならず、馬牌(マペ)と言うのを持っているが「水戸黄門」のように大々的に見せたりはしない。これが馬牌(マペ)だ。とにかく、春香は貞操を守って李夢龍(リ・モンニョン)を待った。この姿が、当時の女性の理想像であったようである。現在でも南原市では毎年たくさんのイベントを行っている。ミス春香選抜大会もある。日本とも歴史的に関係の深いところでもあるので、機会があれば訪れるのもおもしろいと思う。
August 5, 2004
コメント(8)
昨日から家族と夏休みの旅行に神秘の山「智異山(チリサン)」に来ている。ノレバン(カラオケボックス)に行ったり、子供たちと花札をしたりして昨日はコンドミニアムの中で楽しんだ。今朝はゆっくり起きて、お昼頃チェックアウトし、智異山(チリサン)温泉リゾートに行った。コンドミニアムからは一つ山を越え、1時間足らずだ。ここはいろいろな施設があるが、今日は温泉とプールで遊んだ。ここだけではないが、韓国の温泉は日本の温泉と比べて、「ええ!?ここ本当に温泉?」と思える所が多い。だって日本のように匂いがしたり、色がついてないんだもん。自称すべてゲルマニウム温泉なんだけど疑問である。日本の影響で露天風呂もあるし、いろいろなサウナもある。ただ混浴だけはない。これは韓国の情緒に合わない。うちは息子3人なので、女房とはプールで待ち合わせした。大浴場からプールにつながっている。もちろんプールは水着着用なので、男女兼用である。女房は水泳が出来ないので水に浮く練習から教えてあげた。女房は田舎育ちで、農家だったもので、泳ぎは出来ないし、昔は女性が自転車を乗るのが考えられなかった国なので、もちろん自転車も乗れない、スキー、スケートもできない。全部これから教えてあげなければならない。今苦労して教えてあげているのが車の運転だ。この話は以前もしたのでこのくらいにしよう。今日は泳ぎを教えてあげた。帰りに隣町の順天で行きつけのカrグクス(韓国式そば?)の店に寄った。この店はカrグクスもあさりのだしで美味しいのだが、何よりもこの店独特のキムチ餃子が絶品である。宇都宮育ちの私が言うのだから間違いない。いつか社長に話してチェーン店にしたいものである。ここにちょうど済州島のパートナーの李君が順天に来ているので呼んで、中国のお客さんとのミーティングの結果報告を聞いた。非常に皆さん紳士的で協力を得られそうな希望的なミーティングであったそうだ。まずは大きな投資ではなく、中国と関係の深い、済州島に本格的な中国レストランの建設の話をしたところ、非常に大きな関心を示してくれた。約2億円規模の投資でできるし、済州道庁の全面的な協力を得る段取りは道庁とも付いている状態だ。どうしてもと言うのなら、最も適当な敷地の地主とのコンソシュームも可能である。何とか話が進めばうれしいものである。やはり中国でも南方の人のほうが資本主義に速く触れているせいか、話が通じやすい。以前北方の人にこの話をしたら、50年先ならと言われてしまった。まだまだ中国、外資投資を受ける立場が多く、投資するという認識はないようである。この後、明後日また会ってミーティングの約束をして別れた。私たちはショッピングセンターで買い物をして、家に7時ごろ帰った。夕食は簡単にと言うので、私がハンバーガーを作ってあげた。夕食後、こうして日記を書いている。日記も新しくなったようだが、何となくまだなじめない。まあじきに慣れよう。
August 4, 2004
コメント(6)

昨日あれから6時半到着の飛行機で会社のメンバーが麗水を訪れた。一緒に夕食をしながら最近の会社の報告を聞いた。大手企業数社と取引実績が出来てから他の大手企業は中小企業からの注文が多くなり、実績が大分伸びてきた。このままなら今年の売上は100億ウォン(約10億円)を越えそうである。2年前と去年が最も厳しくリストラをせざるを得なかったが、今年は売上延び、職員も6人に増やした。4年目に入ってやっと山を越えたようだ。今回の来麗水の目的は、外でお世話になっているD会社の課長と外で会い、言って見れば接待である。この会社はPE(ポリエチレン)などを作っている会社だが、もちろん大手である。わが社がPE生産過程に入れる触媒を納品することになった。接待が終わり、会社のメンバーをホテルに案内し、家に着いたら2時を回っていた。今日は8時半にホテルで待ち合わせして、会社のメンバーを空港まで送った。月1で麗水に来るようになるよう頑張ろうと励ましあい別れた。家に戻り、子供たちが夏休みなので、1泊2日の旅行に出掛けた。場所は家から車で1時間半の智異山(チリサン)である。この山は韓国でも最も神秘の山で、数十年前までは虎が住んでいた。それほど深い山である。 知り合いに頼んで安く借りられたコンドミニアムに一泊した。夜家族でノレバン(カラオケボックス)で熱唱した。久しぶりに家族皆で楽しい旅行が出来た。
August 3, 2004
コメント(4)
ここ麗水から済州島には一日一便飛行機が飛んでいる、2,3ヶ月前までは一日二便だったのに、最近は韓国新幹線の開通のせいで、いろいろと支障がある。麗水への新幹線開通までは後5年以上かかるだろうが、他の開通に伴い、今まで飛行機を利用していた人が新幹線を利用するようになり、全体的に赤字路線は縮小の方向性が出ているようだ。もう一つはソウル(金浦)に行って、ソウルから済州島に行く方法だが、これもチケットがない。なんせ夏休みである。早朝7時間半かけて船で行くべきだっただろうか?パートナーは大丈夫だから任せろと言うのだが、日本人である私がいた方が、話をしやすいのは確かである。今さら仕様がない、パートナーに任せよう。初めての訪問だし、それほど詰めた話にはならないはずである。カジノの予約も頼まれたと言うので、半分は観光気分で来るようだ。それはそうと、仁川の会社から、夜麗水に来ると言う連絡が入った。前にも話したが、わが社は中国から化学品などを韓国に輸入している会社である。契約はソウルなどの本社とするのだが、実際に使用するのは、ここ麗水にある韓国で唯一の化学コンビナート、麗水国家産業団地である。だから新しいお客さんへの挨拶にパートナーと李課長(女性だが南京大学を卒業し、中国語はぺらぺら)の二人が6時の飛行機で来るらしい。しかもミーティングは9時と言う。はじめ明日の9時かと思ったら、今日の夜9時にミーティングがあるらしい。こんな時間にミーティングと言うのも珍しい。何か急用なのだろうか?韓国では中小企業ではよくある事だが、大手では珍しい。いずれにしろ、一緒に夕飯を食べながら報告を聞くことになっている。済州島は李君に任せて、今日は会社の仕事をするしかないな。
August 2, 2004
コメント(6)
数日前、電話料金の請求書が来た。その中に長男の携帯電話の使用料明細が含まれている。今月(7月)はなんと30万ウォン以上請求が来てしまった。その中で長男の携帯使用料が20万ウォン以上である。こりゃどういうことだ?長男の携帯料金は定額制で契約しているので、そんなにかかるわけがない。調べてみると、「DECOM着信」と言う項目で20万近くかかっていると言う。「DECOM」はいわゆる第2電電の会社である。「着信」はいわゆる「コレクトコール」のことだと言う。つまり、誰かが長男の電話にコレクトコールをして、それだけの料金がかかったらしい。電話でKT(韓国通信)、KTF(移動通信会社)、DECOMに電話すると、たらい回しにされた。どこも責任はないから支払えと言うのである。これには頭に来た。もともと長男の携帯はKTの職員がKTF(移動通信)の営業を上からさせられ、どうしてもと頼まれて契約した。それも未成年者なら定額制の安いのがあるというので契約したわけで、その時コレクトコールなどできると言う話は聞かなかった。女房と二人でKTに乗り込んで、「言って見る事」を実践した。「言って見る事、やって見る事」の内容をご存じない方は、これをお読みあれ!http://plaza.rakuten.co.jp/global6500/diary/200407100000/具体的な実践編はこれを読まれよ!http://plaza.rakuten.co.jp/global6500/diary/200407130000/約1時間かかったが、コレクトコールの分は払わないでいいことになった。来月も同じくらい請求が来るはずだと言ったら、それもまけてくれることになった。これで4、50万ウォンは得したことになる。長男の話では、コレクトコールだから、料金先方払いであるというメインとがあり、了解していたそうである。まさかこんなにかかるとは思わなかったと言うのである。もちろん長男にも落ち度はあるだろうが、長男は未成年者であると言うこと、KTの職員が営業して頼まれて契約したこと、コレクトコールによって定額制と言っても別料金がかかることもあると言う説明が一切なかったと言う3点を訴え続けた結果の成功である。もちろんこれはよほど韓国語が達者ではないとできない技であるが、「言って見る事、やって見る事」の実践により、得することを紹介したくて書いたのである。こんなことまでと思われるかもしれないが、どんなことがあっても納得できないことは言ってみてほしい。道は必ずあるはずである。追伸:明日の済州島行きのチケットがどうしても取れない。今はシーズンである。代案を考えなくては。
August 1, 2004
コメント(8)
全31件 (31件中 1-31件目)
1