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ワールドカップ開会式。でも私は中国語のクラスに出席です。さすがにいつもより出席者は少なかった・・・(^^;去年の四月から習い始めた中国語ですが、全然上達しないまま、再び、同じ先生の、同じクラス・・・つまり入門コースで週に一回お勉強してます。NHKのラジオ「中国語講座」は、毎朝しっかり録音。CDも毎月買って、準備だけはカンペキなんですが、聞く時間がなくて・・・っていうより、「ちゃんと録音してあるから」って安心しちゃって、聞かなくなるという悪循環。ただの録音マニアになっております。ああ、明日こそはまとめて聞くぞ~!でも、サッカーの試合もあるしなぁ~。秩父歩きの影響で、今日は下半身が筋肉痛です。本日、図書館から借りた『峠 秩父への道』を読みました。
2002年05月31日
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最近、秩父にハマっております。きっかけは今年の春、「秩父観音霊場34ヵ所総開帳」の記事を新聞で読んだことです。総開帳というのは、秩父に34ヵ所ある札所のご本尊(観音様)が、午年に限り、みーんな公開されるということ。ふだん、お参りに行っても、ご本尊が非公開だとガックリしてしまう私は、「12年に1度の機会、行かなくちゃ!」と、歩き巡礼を始めました。札所めぐりは「歩き」ですが、往復は車だったり、電車だったり、日帰りだったり、一泊二日だったりしましたが、本日、晴れて満願しました!いや~、この達成感・・・これが歩き巡礼の醍醐味でございます。それに、秩父ってすごく良いところです。まず、水がおいしい。ものすごくおいしい。水というのは、人間の生活の基本ですから、この基本が優れている、というのは、すごく重要なことだと思います。水がおいしいから、コーヒー、蕎麦、酒、豆腐・・・といったものも、とてもおいしく作れるわけで。思わず「秩父に暮らしたい」と、秩父の不動産情報を検索してしまった私でありました。秩父札所めぐりは総距離約100キロ。並みの脚力があれば、5日~6日で歩き終えられます。江戸時代の人は、江戸からの往復含めて、全部徒歩で(当たり前だっ!)、11日間くらいで帰ってきたそうです。
2002年05月30日
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最近、「札所めぐり歩き旅」にハマっています。この春から歩き始めたのが、秩父観音霊場34ヶ所。秩父なんてー、と「ヒマつぶしハイキング」程度に考えてたら、これがどっこい、なかなか面白い。里山歩き、町歩き、荒川の上流に沿って景色も変化に富んでいるし、札所の雰囲気も、京都あたりの有名観光寺院と比べると、ずっとひなびていて感じがいいです。ただ、難を言えば、秩父の象徴でもある武甲山が、山頂から山肌にかけてエグり取られて、もとの山の姿をとどめていないこと。・・・どうしてかというと、秩父の一大産業であるセメントの材料となる、石灰採掘のためなのです。あーあ。観音霊場と言えば、やっぱりメジャーなのは「西国三十三ヶ所」です。そこで、西国を歩いて巡拝している、お寺のご住職みずから作ったという、「歩くための地図」というのを京都から取り寄せてみました。3500円もするけど、ものすごい力作です。秩父と違って、距離が長いからなー。一体、何日かかることやら・・・。というわけで、本日もさわやかに快晴、ヨレヨレ散歩はご近所歩きだけでした。
2002年05月29日
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さて、日記第一日目・・・は、中国映画「鬼が来た」です。カンヌ国際映画祭グランプリ作品です(確か・・・)この「鬼」というのは日本人のことで、終戦間近な中国の寒村が舞台です。ある年の暮れ、村人の馬大三がワケもわからず脅されて、預かってしまうハメになったのは、なんと日本陸軍・軍曹の花屋小三郎と通訳の二人。花屋はおそらく抗日グループに、日本軍との何らかの取引材料として使われるために、拉致されたらしく・・・。しかたなく、その男が引き取りに来るまで日本兵の世話をすることになったはいいが、この村は日本軍の占領地であり、日本人に見つかったら村人が皆殺しになる・・・。とまあ、そんな始まり方です。まず、長い映画でした~、2時間半。前半は村人と花屋のやり取りに大笑いする場面も出てくるのですが、後半はまさに「悲劇」と化します。しかし、こんな悲劇にする必要があるんだろうか、とやや疑問。まあ、中国の人が作った、中国の人が納得するストーリーというのは、こういうことなんだろうなぁ、と思いますが、中国人は善良で人間らしく、対して日本人は・・・?日本軍がアコギなことをしでかした事実はあると思いますが、では、中国の人はよその国の人に対して、アコギなことをまったくしでかしてないのでしょうか。中国人の庶民の苦しみを丹念に描くなら、日本人の庶民(花屋)の苦しみも、もっと丁寧に描いてほしいような気がします。観て「楽しい~♪」という映画でないことは確か。私はズシーンと落ち込みました。それは、日本人がエグく描かれてるからじゃなくて、ここまで日本人が関わって作った映画であっても、日本人とはこんなにも理解されていないのか、という、ちょっとした絶望感で。ちなみに花屋を演じたのは香川照之。この人の怒鳴り声ばかりが耳に残ってます(演技は素晴らしいと思った)。今日も快晴、さわやかな五月の陽気。帰りに「珍珠ネイ茶」の抹茶ミルクというモノを発見し、飲んでみました。本場台湾に比べて、「珍珠」の数が少なくて、大不満足だった・・・。
2002年05月27日
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この日記を始めるより、少し前のことですが、忘れたくないので書いておきたいと思います。13年間、一緒に暮らした猫の“ぷーにー”が息を引き取りました。明け方近くのことでした。脳腫瘍(推定ですが)のため、この半年間はいろいろと大変で、もうダメだ・・・と覚悟を決めたことも何回もありましたが、そのつど、驚異的な回復力を見せてくれた、やせっぽちで気難しいヤツでした。最後の数週間は片方の眼球が突出してきて、当然、ご飯は食べられなくなり、死ぬ数日前にはひどい糖尿が判明、おまけに腎臓もやられたようで、骨と皮だけになった体から、血尿を大量に出しました。この時点で死を覚悟しましたが、安楽死という選択肢を取らなかったことは、私の「一分でもいいから生きていてほしい」という自己満足で、苦痛を長引かせただけかもしれない・・・という気がしないでもありません。この二日後にお別れすることになりました。いろいろありましたが、今はぷーにーが天国で元気に跳びまわっている姿を思い描き、「もう頑張らなくていいからね、さよなら、ぷーにー」と毎日祈っています。でも、こういう風に書いてると、やっぱり涙が出てきてしまいます・・・。
2002年05月15日
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