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仕事で某通販会社に行ったんですよ。オッサン3人がマンションの一室でやっている会社ですが、通販というのは新聞に広告を出しているような会社でもそういうもんです。雑談していると、社長が「おう、今日はケーキがあるぞ。食べていきな」と。なんでも今日は社長の誕生日で、ワタシがその部屋に入るのと入れ替わりに帰って行った広告代理店の女性営業が、「皆さんでどうぞ」とケーキを置いていったのだとか。さすがデキる女性営業は気配りが細やか。と、思ったらそうでもなかった。オッサン3人がマンションでやっているような会社には、皿もナイフもフォークもありません。食器といえば、めいめいが勝手に持ってきたマグカップだけ。「まあいいや、腹に入ったら一緒だろ」と社長。出た、オヤジの常套句。ワタシは腹に入るまでも気にするほうですが、他人の会社でそんなことを主張するほど個性的ではありません。まずはデパートで購入されたらしい高級感あふれるケーキの箱を手でバリバリと人数分に破いて皿として使用。戸棚の奥に一本だけ残っていた、ずっと前にコンビニでピラフを買ったときのスプーンの柄をナイフがわりにザクザクとケーキを切り分け、「ほい」とワタシに差し出されたそれはカステラにクリームがぐっちょりこびりついた、「元ケーキ」の塊でした。ワタシはいちおう客人ということで、ナイフに使ったスプーンを洗ってフォーク代わりにと提供されましたが(でもぬるぬるしてた…)、オッサン3人は手で食べていました。この光景を写真に撮ったとしたら、「原始人の宴」とタイトルをつけても良いかも知れません。美味しいものはゆっくり食べる傾向のあるワタシですが、これほど早く食べ終わりたかったケーキは初めてでした。教訓。オッサン所帯に食べ物を持っていくときは、食器も一緒に。
2009年06月25日
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一昨日の日記のコメントで広告屋を辞めたと書いたら「大丈夫か」というメールを何人かの方からいただきました。いろいろあるけど、ワタシは大丈夫…、ってこともないか。自分一人食っていくのに四苦八苦です。まあでも、完全に広告から離れてしまったわけではなくてその周辺をうろちょろしてはいるんですけどね。じゃあ何で食っているのかと言うと、「呼び屋」です。キャスティングとかブッキングとか言われることもあります。たとえば「うちの会社にもイメージタレントが欲しいなあ」なんていう会社があれば、ご予算内で手配できるタレントをリストアップして、よろしければお呼びしますよと。呼ぶのは有名タレントの場合もあるし、予算重視の無名のモデルさんということもあるし、エキストラみたいな「ひと山いくら」の場合もあります。ちょっと前にUNITAさんにお願いごとをしたのもこういう仕事の一環です(その件はすみませんでした)。…広告ですけどね。でも広告そのものは作らない。レストランに食材を提供する業者みたいなものです。もう今の広告(とくにネット)は相当に嫌気がさしていますので直接関わりたくない。とりあえずコネと携帯電話をフル稼働の仕事です。
2009年06月24日
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「刑事一代」を見ました。ひさしぶりに丁寧に作られたいいドラマでした。広告臭さもほとんど感じることなく、映画を見たような感覚でした。「伝説の刑事」平塚八兵衛を主人公にした昭和犯罪史。出てくるのは男(オヤジ)ばっかし。そうなんだよ、昭和というのはオヤジが主役の時代だったのだ。刑事の女房は家で亭主を「待つ」のが仕事。犯罪者の女房は亭主を「かくまう」のがお約束。そういう時代。「冷蔵庫に置いてあったシュークリーム勝手に食べたでしょ!」なんて職場に怒りの電話をかけてくる女房なんていないし、午前様が3日続いたらチェーンロックをかけて亭主にホームレス一夜体験をさせてくれる女房も出てこない。まあドラマはそういうことが言いたいのではなくて(当り前)地味に緻密に捜査にあたる八兵衛を描いていました。さすが渡辺謙、迫力ある演技にぐいぐい引き込まれました。しかしなんというか、ひとつ文句をつけるとしたらカッコ良すぎるんですよ。ランニングシャツにステテコ姿でも決まっているというか。平塚八兵衛の実物は知りませんが、あんなに足長くはないでしょう。セリフはとにかく怒鳴ってばかり。そしてみんなタバコを吸う吸う。昭和のオヤジはみんなそうでした。
2009年06月22日
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父親が死んでから7ヶ月間、ブログから離れていました。その間に事務所も移転し、住むところも変えました。たぶん内面的にも変わったんじゃないかな。自分なりには結構変化のあった7ヶ月間でした。ブログのほうは、久しぶりに管理画面を見てもそれほど大きな変化はないみたいですね。広告が増えたかな。まあ楽天さんも大変ですからね。7ヶ月の間に、リンクしている人の更新が止まっていたり、いつの間にかいなくなっている人もいました。ブロガーだって生活の変化はあるだろうし、お別れの言葉を残せない事情もあるでしょう。いつまでも曲がり角でいようなんて時は許しちゃくれないというわけですね。ブログを再開してしばらくして、桑輝さんからメールをいただきました。再婚されたのだそうです。おめでとうございます。ほぼ同じ時期に離婚していたので、なんとなく同志のような気持ちではあったのですがあっさり置いていかれてしまいました。みんな変わっていくなあ。けれども愛は永遠に、というわけで、最近よく聞く歌を贈ります。LOVE FOREVER
2009年06月14日
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いろいろありまして、前の事務所は引き払い、某所に引っ越しました。今年の年初から。前はオフィス街だったんですが、今は住宅街。窓から外を見ると住宅ばっかしで会社なんかありません。スーツを着て歩いているだけで違和感を感じます。いいなあ、この雰囲気。夕方、屋上に出て風に吹かれるのが最近の楽しみ。ワタシの仕事はノートPCと携帯電話があれば実質どこででもできるので何の不自由もありません。近くには川が流れています。
2009年06月10日
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今月に入ったあたりから左手の親指の付け根がずきずき痛い。てのひらを上に向けようとひねったり、重いカバンを持とうと力を入れると、思わずカバンを落としてしまうほど。なんとなく筋肉痛に似ているけれども、腕をまわすときに親指の筋肉の内側が何かにひっかかっているようでもある。病院なんかに行くお金もないし、ネットで検索してみると、おお!見事に私の自覚症状には病名が付けられていました。腱鞘炎、とな。健勝苑じゃないよ(それは着物販売会社)。休ませていればそのうち治るみたいなことを書いてあるのでひと安心。まあワタシは法定伝染病に罹患する以外は病院なんか絶対行かんもんね。ただ一番困るのはトイレなのよ。やっぱお尻拭くのは左手なんで…。
2009年06月09日
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父親の死後、「難病もの」の映画をよく見ます。といっても映画館に行くお金なんてないですからテレビで放送されるやつ。「東京タワー」とか「象の背中」とか。見るたびやっぱそうなんだよなと思ってしまうのが、「辛い治療をどうするか」のくだり。たいてい、というかほぼすべてのその手の映画は「もう治療は辛いからやめたい」と言う病人に対して家族が「頑張って治そう」と、無理とわかっていても治療を薦めるんですよ。うちは父親が「もうやめる」と言ったときに「じゃあしょうがないね」だったもんなあ。ワタシも、母すらも。頑固者で、言い出したらきかない父だったので、父の言うことには逆らわないという家風というか「お約束」がとんだところで機能してしまったという。「しょうがないね」は「じゃあ死ねば」だよなあ。病人からすれば。形だけでも「頑張って治そう」とか、なぜ言ってあげられなかったのか。そうでなくても、なぜもっと「味方」になってあげられなかったのか。父親はずっとワタシの味方だったのに。そういうことをあれから毎日考えています。たぶん死ぬまで考えると思います。
2009年06月06日
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