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ケンミンSHOWの再放送を見る。毎週見ているわけではないが、この番組、ワタシが見るとたいてい東北を取り上げている。四国や中国が出ているのを見た記憶がない。テレビ局の人は西日本の県をちゃんと認識しているのであろうか。まあ関西人にとって東北の情報はほとんどないに等しいので(関西に東北出身者はあまりいない)それなりに楽しませてもらってはいるのだけれども。今日も山形や福島の「秘密のごちそう」が紹介されていた。あちらの郷土料理を見ていると「貧しいなあ」と思う。いや、そういう言い方をすると語弊があるか。他意はありません。でも「モノがなかった時代」が、あちらの食文化に色濃く反映しているのは間違いないんじゃないか。代用品が発達したり、逆に手に入りやすくなったらそれをよそでありえないほど使いまくったりするのって、いずれも「モノがない」という現実があっての現象でしょう。素人考えだけど。そう思うと上方ってやっぱり豊かだったんだなあ。うちらの文化の中に「窮乏」を思わせるものって見当たらないものね。むしろ食い倒れ。よその人が行き倒れてた時代に(そりゃ失礼だ)。大阪が歴史的・全国的に見ればゼータクな都市だということを、ケンミンSHOWを見るたびに実感する。ちなみに「秘密のOSAKA」のコーナーはネタぎれなのか、最近は大阪人ですら「それはないだろう」と思うのが多くなってきた。(地方ネタもそうかも知れないけど)
2010年01月31日
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うららかな天気の休日。風は冷たいけれど室内にいれば暖房なしでも気持ちいい。こういう日に何もやることがないというのは無茶苦茶贅沢だな。とりたてて日記に書くほどの出来事もないので、職場のことを書こうと思う。前からちらほら書いているが、今回の職場はなかなか凄い。平均年齢が若いのはこれまでの会社もそうだったが、今回は言っちゃ悪いが…、いや、やめとこ。まあしかし、仕事を離れて「若者」という名の珍しい生き物を観察するという無責任な見方をすれば、それはそれで興味深くもある。一昨日に書いた電話メモくらいは軽い肩慣らしレベルである。たとえば、年末の話。ウチはけっこう取引先が多いので、それなりにたくさんのお歳暮が職場に届く。いちおう社長は「職場に届いたお歳暮は職場のもの」という考えを持っているので、お礼状を書くために伝票をはがした後は中身を社員が分け、食品ならその場で食べていいことになっている。しかし、今の子たちは奥ゆかしい。社長が「これ食べていいぞ」と包装紙をはがしてテーブルの上に置いてやらないと、自分から包みを開ける者はいない。なので、社長が何日か出張に出たりすると、お歳暮の箱が空席の机の上に積み上げられることになる。その中身がお菓子とか缶ジュースとかならいい。ときにはカニとかアイスクリームとか、要冷蔵食品を送ってくる人がいる。これがもの凄く困るのだ。なにしろウチの職場の冷蔵庫は一人暮らし用で、しかも冷凍室はなし。クール宅急便のトロ箱など入りようもない。そんなところに「それ」は来てしまった。私が机の上に積み上げられたお歳暮の箱の下のほうに「それ」を発見したのは、月曜日だった。前の週に社長と私は出張に出ており、月曜日に久々に出社したのである。いかにも冷凍食品が入っていそうな発泡スチロール箱には「シャーベット」と書いてあった。恐る恐る箱を開けてみると、シャーベットの丸く可愛いパッケージがいちおう整然と並んでいる。「福岡名産のいちご使用」と書いてある。おそらくドライアイスが入っていたのだろう、箱の中に不自然な空間があって底に少し水がたまっていた。パッケージをひとつ手にとって軽く振ると、チャプチャプと音がした。シャーベットはすでに完全に液状化していた。私は一番席の近い男子社員に聞いた。「これ、いつ来たの?」「さあ、金曜日の朝にはもうありましたね」「冷凍食品じゃない?これ」「ですね」「知ってたの?」「ですけどウチ、冷凍庫ないし」だったら、その場にいたモンで食えばいいじゃねえか!気がつかなかったならまだしも、知っていて放置できる神経に恐れ入る。ここにいる連中は、自分の責任でなければ目の前でシャーベットが溶けていこうが平気なのか。てか、もしワタシが気付かなかったらどうしてたの?「これ自宅に持って帰って、凍らせて食べたい人いる?」聞くだけ無駄。「じゃあ捨てるぞ」と言ったら「いっすよ」。正直、ワタシだって持って帰ってまで食べたいシロモノではない。溶けたシャーベットを再び凍らせてもおししくなさそうだし。仕方なく、ワタシがビルの共同給湯室に箱ごと持って行き、一個一個ふたをあけて赤い液体を流したのであった。他の社員に聞いたところ、冷凍食品でなくてもだれも手をつけなかったお歳暮やお中元は、箱のままゴミとして捨てることもあるという。なんという…。許せねぇ、テメェら人間じゃねえ!「今後不要なお歳暮類はワシが持って帰るからワシの机の上に置け!」福岡の某食品会社様、せっかくいただいたお歳暮を無駄にしてしまい、申し訳ありませんでした。でも、いくら若い子が多い職場だからって、シャーベットなんかを送ってくるのはどうかと思うよ。冷蔵庫があるかどうかも分らないのに…。来年は缶ビールとかにしてください。
2010年01月30日
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月内最後の営業日とあって、朝からバタバタしっぱなし。といっても「月末が忙しい職場」というものはワタシにとって結構新鮮である。いくつもの会社を渡り歩いた身ではあるが、意外に「月末だから」やるべきことが多くなる仕事にはついていない。コンサルタント会社にいたときは、最初に毎月もらうフィーは決まっているので、その月にかかった交通費を提出するだけであとは経理が自動的に請求書を送ってくれた。広告会社は仕事を受注するたびに報告メールを打っていればこちらも自動的に経理があとを引き継いでくれた。直前に勤めた会社は仕事そのものが少なかった。今の会社がなぜ月末に忙しいかと言うと、経理担当がいない(笑)。社長のポリシーなのかケチなのか、そのうち聞こうと思っているが、とにかくクライアント担当者が自分で請求書を発行し、自分で回収する。仕入が発生する場合もやはり担当者が自分で手配し、送られてきた請求書の処理も行う。大企業なら一つ一つの仕事に専門部署がありそうな仕事を全部個人でやらねばならない。そりゃ忙しいわ。ただこのやり方は担当者がお金の出し入れをきっちり見なければならないので、ビジネスセンスの習得には役立つと思う。各スタッフが「小さな社長」みたいなもの。ただ、ウチのお客は小粒なところが多いのよ。一万円台の請求書もたくさん作ってるし。だから「漏れ」が発生することもままある。また、きちんとお金を入れてくれないお客も少なくないので、(ウチは審査がユルいので、大手代理店に相手にしてもらえない「ややブラック」な会社が寄ってくる)そういう場合は前にも書いたが、担当者が自分で回収する責任を負う。実は今日の「忙しい」の半分は、入金がない会社への督促電話である。若い子がウチで一人前になって大企業に転職したら、おそらく天国にやってきたように感じるに違いない。逆だと精神に異常をきたしかねない(それはオーバーか)。それはそうと、「ひきこもり」カサイはやはり会社を辞めるそうだ。
2010年01月29日
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ようやく川P出社。しかしワタシは今朝は直行する予定があり、その後も一社クライアントのところを回ったので、会社に出たのは15時過ぎ。川Pはすでに社長にさんざん叱られてしゅんとしてるし、ワタシも言ってやろうと思っていたことがいろいろとあったのだが、タイミングを逸したというか、いまさらくどくど言うのも格好が悪い。よってとくに何も言わず淡々と仕事の指示をする。求人の応募はいきなり3名。できるだけ多くの人に会いたいので、全員に書類選考通過の知らせを送る。なんか昨日の日記を見ると、今のスタッフの出来が悪いのでそいつらを見捨てて新しい人を求めているみたいだが、そこまでワタシも冷血ではない。今の学生サークルみたいな社風を変えるには、「オトナ」の人材の割合をもう少し大きくする必要があると思うのだ。ココではとにかく普通の会社の常識が通じない。一例をあげると、ウチの若者たちには「電話メモを取る」という習慣がない。外から電話がかかってきて、指名された社員がいなかったら「折り返し電話させます」と言うことはできる。それはいいが、どこにもメモしないのですぐに忘れてしまう。ワタシも入社当初「電話くれるように伝言残したの伝わってないの?」とお客から叱られることが何度かあり、それで気づいた。伝言を聞いたらすぐメモに書いて本人の机の上に置いとけ!そういうことを言うと、また何人かで連れ立ってトイレに行く。(26~29歳のオッサンがだよ)採用の条件は「常識が通じること」。これが今の子たちにはけっこう高いハードルなのだ。
2010年01月28日
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川Pは今日もお休み。今日は職場に電話をかけてきて、社長とワタシが事情を聞いたが、十二指腸の病気があるとかなんとか。おそらくウソじゃないとは思うが、その病気というのは突発的に月曜日に出るものなのか一度発病すると3日休まないといけないのかメールや電話が半日以上できないほどつらいのかよく分からないことが多い。これまでにも休むたびに社長が診断書を出せとかきちんと報告するように言ってきたらしいが、「大丈夫ですから」でごまかされてきたらしい。まあいいさ。きちんと報告しないのは本人の責任。冷たいと言われるかも知れないが、ワタシはもう川Pなしで仕事をまわせる体制を作り始めている。もう責任のある仕事を彼には任せられない。病気は個人の「どうしようもない」事情として、なんとかしてやりたいとは思う。お互い様だし。しかし休んでいる間、こうも連絡が取れないというのはどうなのか。初日に連絡がついたのだって、こちらからメールを送りまくったらしぶしぶ、という感じだった。それほど重篤な病なら入院してでも治すべきだろうし、そうでないならあまりに自分勝手ではないか。自分が休んでいる間、自分の担当している仕事がどうなっているのか気にならないのだろうか。「信頼のおけない人間」は「仕事ができない人間」より価値がない。信頼する価値があるのなら、川Pには行動でそれを証明してほしい。カサイは同僚に連れられてやってきた。川Pと同じ日に休んだのは偶然らしい。自宅にひきこもっているのを同僚が「会社に行こう」と誘いに行きぐずぐず言って嫌がるのを引っ張ってきたのだと。連れ出しに行った同僚と、玄関先で二人で泣いたそうだ。そういうのを友情と言うのか。彼らは言うのだろう。社長は別に彼らをクビにはしないし、彼らが辞めることもないだろう。けれどワタシは社長と相談し、今日さっそく求人広告を手配した。
2010年01月27日
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商売的にはまずまず順調にすべりだした今年なのに、「職場」という単位で見れば、困ったもんだと思うことが多い。やっぱ、社員の質がね。なんて上に立つ人間がそういうことを言ってはイカンのだけども。実は昨日・今日と、ワタシの部下であり相棒である川P君が出てこない。何で休むのか、どういう状況なのかという連絡もない。不思議なのは、彼と仲の良いカサイという社員も昨日から休んでいること。二人とも男だし、かけおちはないだろうと思ったけども、こう見事に連動していると何かあるのかと勘ぐってしまう。昨日のうちに川Pに連絡はついた。携帯電話にかけても全然無視なのでメールを送りまくったら、昼過ぎにようやく電話がかかってきた。腹が痛くて病院に駆け込んでいたとのこと。「だったら無理するな、休め」と上司らしく物分かりのいいことを言ったら、今日も休み。朝いちおう「病院に立ち寄ってから出社します」というメールが来たものの、その後何の音沙汰もなし。カサイのほうは今朝、同僚が彼の家に電話をかけたらいたらしい。こっちは明らかに仮病らしく、なんで出てこれないのかという問いに「だるい」「うざい」しか返事はなかったという。おそらく彼にとっては十分な理由なんだろう。しかしデタラメ社員でも、わずか10人の会社で2人いない穴は大きい。もちろん社員の質を想定して仕事や人員の配置をするのがマネジメントなのだけれども、社長自身が日々の仕事に追いまくられ余裕がなく、社員に関してはほったらかしというのが現状のよう。少し前に書いた、取引先からお金が入らないというのも、もっと日々綿密に社内で情報を共有していれば傷が小さいうちに何とかなったかも知れない。いや、なったはずだ。そのあたり、これから治していかんとイカンなあ。社長にそのことを伝えると、「あの二人が休むのは決まって月曜日なんや」。社長!それはなめられてます。
2010年01月26日
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かなり冷え込みが厳しく、街中でも雪が降りました。粉雪が降ると、どこからともなく聞こえる「こなーゆきーねぇ」の歌。いつの間にか季節の歌として定着した感がありますねえ。「こなーきじーじい」という定番のボケも何度か聞きました。
2010年01月14日
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今回のタイトルを見た人の90%くらいが、最近逮捕されたお笑い芸人のことを言っているのだろうと思ったでしょう。違います。私が嫌いなのはmsnのメッセンジャー。知らない方のために説明すると、msnメッセンジャーというのは要するにPCのチャットで、ログインしているメンバー同士が文字で会話できるサービスです。うちのスタッフは朝出社したらPCオンしてすぐにログイン。そうすると登録メンバーのPCには「○○さんがログインしました」という表示が自動的に出ます。メールほど形式ばらなくていいので「おはよう」「昨日のサッカー見た?」みたいなことを筆談していると思えばいいでしょう。それだけなら害はないようにも見えるんですが、嫌だなーと思うことがあるんですよ。たとえば職場でだれかが仕事でミスして上司に叱られたとする。その後2、3人が何も言わず席を立ってトイレに行くとしたらたいていメッセンジャーで「うぜーよ」「わかる」「一服行く?」みたいな会話が交わされていると思って間違いなし。最初はタイミングよく席を立つことが多いなと思っていたんですが、無言で意思疎通していたわけ。そうだ、中学校の授業中に女の子が先生の目を盗んでメモを回してた、あれをPCでやっているのと同じですね。20代後半のええオッサンが。さらに、うちの連中は外注先やクライアントのスタッフともメッセンジャーしているんですよ。簡単な質問や打合せなら電話やメールよりもメッセンジャーでするのが普通みたいです。彼ら自身は便利だと思ってやっているようですが、一対一でそういうことをやられたら社内で情報を共有できないし残すこともできない。メールの重要な長所のひとつに、互いの発言を記録として残せるということがあるのを知らんのか?それより何より、いつ他人の発言が自分のPCに飛び込んでくるか分からないという状況は(嫌でも目につくし)、仕事に集中できないんじゃないかと思うんだけども(だからもちろんワタシはやりません)。まあしかし、ワタシが一番気に入らないのは「メッセンジャーなんて遊びだろう」ということ。仕事中に対戦ゲームか何かをしているのと同じ。と思います。普段からくだけきった会話をしているせいか、社員同士メッセンジャーつながりのある会社に訪問すると、向こうの社員とこっちのスタッフはほとんど友達感覚。そういうのが心地よいのだろうね君たちは。ワタシはいくら心地よくてもケジメがないのは嫌。外部の人間との会話はたとえ形式でも「お世話になります」で始まるもんなんだよ、大人の世界では。
2010年01月13日
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ことのなりゆきはおいおいご説明しますが、なんと今年は本を作ることになるかも知れません。と言いましても、ワタシではなく他の人の小説原稿を書籍化するお手伝いなんですけれども。その人というのは、作家ではなくて素人でして、主婦。まあ「モノを書くのが好きなおばさん」といったところです。いちおうエッセイなどを書いていて、ちょっとした賞も取っているんですが、最近になって小説を本格的に世に問いたいと思うようになったのだそうです。最初に相談を受けたとき、だったら出版社に持ち込むか賞に応募するかしたらいいじゃないですかと説明しました。「共同出版」に騙されちゃダメですよと、悪徳出版社の情報も含めて。しかし、それではダメとおっしゃるんです。今のところは頭の中にこんこんと湧いてくるアイデアを大学ノートにメモして書きためている状態らしいんですが、その人はこれまでエッセイしか書いたことがなく、小説は初めてだそうで、これを整理して作品化するのには編集者の助力が必要だと悟ったのだそうです。だったらと編集プロダクションの人間を紹介しようとあたってみたんですが、ワタシの知り合いは冷たい人間ばかりで、というかそれぞれ忙しくとてもそんな余裕はないと。まあ正直カネになるかどうか分らない相談にかけている時間はないということでしょう。そのことを説明しようと、今日その人にお会いしてきました。お力になれなくてすみませんと頭を下げたところ、「あなたではだめですか?」「は?」「私は最初からあなたにお願いしているんですが」ウソじゃないですよ!そう言われたんだから。それで、結局ワタシが手伝うことになってしまいました。もちろんワタシは編集のプロではありませんので、あくまで外野の一個人として、こうしたらいいんじゃないか、みたいな「感想」レベルのことを差し上げるということで。ただ、出版関係に知っている人もいますので、作品化に関しては「普通の素人よりもノウハウは持っている」という強みはあります。まあ他人のふんどしをあちこちから引っ張ってきて、その人の夢の実現のお手伝いをしようというわけです。そういうわけで、今日は大きなスケジュールを決め、いついつまでにここまで進めましょうと打合せをしました。いちおう携帯の電話番号とメールアドレスは教えてもらっていますが「ごめんなさい。作品ができるまで家族には知られたくないので、 連絡はこちらから、ということにしてもらえますか」なんとなく背徳の響きが…。
2010年01月12日
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今年は何か例年と違うことをしようと思い、始めたのがアイロン。もともとアイロンは嫌いではないし、自分でやっていたんですが形態安定シャツという便利なものが出てきたおかげで、洗濯した後アイロンせずにそのままシャツを着て仕事に行くことができるようになったんですよね。そのうちに、形態安定でないシャツもノーアイロンのままで着ていくようになってしまい、いつの間にかアイロンとアイロン台が埃をかぶるはめに…。で、今年はちゃんと毎日アイロンをかけて仕事に行こうと。カジュアルな服装が許される業界ではあるんですが、いつまでも若い子と同じ感覚じゃあイカンだろうと。毎日アイロンをあてたシャツを着て仕事に行っていたのは、もしかしたらもう10年くらい前。不思議なもので、今アイロンをシャツの上に走らせているとなんとなくそのときに似た気持ちになったりします。あの頃は当たり前の日常がずっと続くと思っていたんだよなあ(遠い目)。
2010年01月11日
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関西在住の知人のブログを見ると、今日は見事に「えべっさん」一色。今年は宵戎、十日戎、残り福が見事に三連休に一致、さらには気持ちよく晴れ渡ったおだやかな天候ということもありかなりの人出があったんじゃないかな。ワタシのえべっさん参りはもう数年前からやっている「大阪の戎神社を全部まわりまっせ」ツアー。まず今宮戎で去年の笹を返し、近所の大国主神社まで足をのばして「えびす・大黒」の両繁盛神に今年の商売の成功を祈願。今宮戎は無茶苦茶な混みようなのに、大国主さんはそうでもないんですよね。行っとくべきだと思うけどなあ。ちなみに大国主神社は狛犬のかわりに大黒さんのシンボルのねずみが本殿の左右におられます。次に地下鉄を乗り継いで堀川戎にお参り。こちらは北浜が近いということで証券業界の方々が大事にしている戎神社であり、芸能方面に強いことでも有名。今年はこの堀川戎で熊手を買いました。手渡してくれたのは京次郎さんという女形のべっぴんさん。金の鈴みたいなやつを頭の上でじゃらじゃら振ってくれて、なんだか妙に幸福な気分。去年はさらに大阪天満宮の中の戎神社と野田戎にも足をのばしていたんですが、今年は同行人が「疲れた」とネをあげたために堀川戎でおしまい。でも梅田に行く途中にある露天神(お初天神)には立ち寄ってこちらでも手を合わせました。天神さんは出世の神様でもありますからね。道真公みたいに妬まれるほど出世したいものです。いやしかし、今年はちょっとお賽銭をはずんじゃいました。今年はいろいろと勝負の年ですので、えべっさん、大黒さん、天神さん、よろしゅうお願いします。
2010年01月10日
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重松清「カシオペアの丘で」読了。もうあまり興味はないものの、図書館に入っていると何となく借りてしまう重松。上下巻に別れているんですが、そんなにページが必要かあ?が第一印象。「20世紀少年」の重松版みたいな設定なんですが、いまいちかったるい。「自分を許す」とか「過去に向き合う」とか、それはそれで小説のテーマに十分なり得ると思うんですが、この読後感の軽さは何なんだろう。出てくる人間がみんな「いい人」なのもウソくさい。いやもちろん、小説なんてウソのアートなんですけど、いい小説は読みながら「これはないよ」なんて思わないでしょう?「分かりやすさ」は重松作品の魅力だと思うんですが、これに限ってはちょっとくどい。登場人物がしゃべりすぎ。「ココ大事なところですよ」と字幕がうるさいトーク番組のような。書評サイトを見たら、「なんだかなあ」な感想を持った人が何人かいて、そっちに共感してしまったのは重松作品ではたぶん初めて。
2010年01月09日
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26日に一緒にミニセミナーをやらせてもらう店舗コンサルのオカダ氏から「セミナーの件だけど」と電話がかかってきました。「ああ、ストーリーは考えてあるから今日中にメール送るわ」「それ、昨日までにくれるはずだったんじゃないの?」「そうだっけ?」「それをもとにして今日打合せするはずだけど、大丈夫?」うわっ!!!完っ璧に忘れてた。メールは送らねばと思っていましたが、今日の打合せの予定は完全にどこかへ行ってしまってました。いやでも、去年なんばパークスのスタバで年が明けたら一度打合せをしようと言ったのは覚えています。それ、今日だったのか。すぐにスケジュール帳に書き込まなかったせいだな。ほんと、短期記憶に関しては完全にメモリがヘタッてます。「いや大丈夫、すぐ準備して行くから」というワタシを制して、来週でいいよとオカダ氏のほうからリスケ提案。すいません、ありがとう。電話のこちら側で土下座。情けねー。
2010年01月08日
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たった一人の部下であり相棒である男のことを前に「K君」と書きましたが、イニシアルは味気ないので今後「川P」とします。あんまり変わらんか。今日、仕事を終えて事務所を出てエレベータを待っているとこの川Pが追いかけてきまして、電話でもかかってきたのかと思ったら「ワタクシゴトで大変恐縮なんですが」と、妙にかしこまった言い方をするじゃないですか。。まさか会社辞めるの?と一瞬頭をよぎるイヤな予想。「先に社長にはお伝えしたんですが」やっぱ辞めるの?「結婚することになりまして」。なんと奥さんになる人はすでにお腹が大きいらしく、テメー毎晩遅くまで会社にいるわりにはやることやってんじゃんか。とりあえずおめでとう。いや良かった。式はせず、とりあえず入籍だけというのも了解。仲人とか言われたらどうしようかと思ったよ。ふー。詳しい話は改めて聞くわとその場は別れましたが、帰り道、こんなリアクションで良かったのかと小さな後悔。もっと大げさに喜んでやれば良かったかな。腹に軽くパンチを入れて「奥さんを大切にするんだぜ」と囁くアメリカンな祝福でも良かった(似合わんか)。こういう報告って、たぶんそれなりに緊張すると思うんですよ。ワタシが一人になるのを待っていたような感じもあったし、勇気を振り絞ってというほどではないにせよ、かなりドキドキしながらの報告じゃなかったかと。だとすれば、期待はずれのそっけないリアクションだったんじゃないか。イヤな顔はすぐに出るんですけど、喜んだ顔は難しい。なんて、ちょっと寂しいですけどね。やはりこういうことは日頃からのイメージトレーニングが大事。いつ来るかわからない「次」に備えて、「驚きつつ祝福する」というナイスな上司リアクションを考えておこうと思います。
2010年01月07日
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今日はネタがないので少し前の話を。昨年末、初めてボクシングの試合を生で見たんです。それもスーパーウェルター級世界タイトルマッチ。現在「暫定」チャンピオンの石田順裕という選手がいましてその人が見事に判定で防衛に成功した、その試合。新聞にもちょこっと出てましたので見た人もいるかと思います。当日はワタシの誕生日だったんですが、仕事でお世話になっているゴトーさんが石田選手の応援をしているということで、チケットをプレゼントしてくれたのでした。場所は大阪府立体育館。ボクシングどころか、格闘技の試合を見ることそのものがまったく初体験のワタシにとって、いろいろと発見の多い、なかなか新鮮な体験でした。まず、客のガラが悪い(笑)。エグザイルか亀田兄弟の遠縁かと思うようなヤカラっぽい兄ちゃんが半分くらい。そしてその嫁らしき茶髪・金髪の女性。ワタシの元女房だったら絶対ついてこないと思いますが、このタイプの嫁はダンナの趣味に行動をともにするというのが面白い発見でした。そしてまた、こういう夫婦は若くして子供を授かりがちですが、乳母車を押して来ているカップルも多かったですね。体育館の後ろの壁に沿って乳母車がズラリ並んでました。で、ダンナはヤカラの友と前のほうの席に陣取り、奥様たちは比較的後ろのほうで子供をあやしいるという。席はいちおう指定だったんですが、かなり空きがあったようで勝手に前のほうに詰めても全然OKでした。しかし、ちゃんとお金を払って試合を見に来たコアなファンって、どのくらいいたんだろう。多く見積もっても半分以下?そんな感じでした。当日は世界戦を含めて7試合あり、当然格の高い試合ほど後のほうにあるわけですが、前座試合の間はみんなガヤガヤしゃべってるわ、立ち歩くわ、学級崩壊したクラスの如き状態。お前ら格闘技好きなんじゃないの?好きなものくらい集中して見ろよ。おそらくそういう連中って、ワタシと同じように出場する選手の関係者や近親者で、チケットをもらったんでしょうね。自分でお金を払ってたらあんなにイイカゲンな見物はできないと思うなあ。特定の選手の応援団もいて、その人たちは目当ての選手の試合が終わったらさっさと帰ったりして、メインイベント前に二階客席には穴があいたみたいな空席ができていました。それと、毎試合後に勝利者インタビューがあるんですね。レポーターの女性がリングに上がり、「今日の試合はいかがでしたか?」「今後の抱負を一言」とか、まあ当たり前なことを聞くんですが、どの選手もよくしゃべるんですよ。地元大阪の選手が多かったということもあるのかな?何にせよ、何となく持っていた「ボクサーは寡黙」というイメージはこの日できれいさっぱり消え去ってしまいました。中にはフルラウンド戦った直後なのに、聞かれたことの3倍くらいべらべらしゃべる選手もいて、ボクシングって意外に疲れないのか?などと思ったり。まあ勝って歌を歌う選手はいませんでしたが。実はこの日のメインイベントは石田選手の王座防衛戦ではなくて、元チャンピオン井岡弘樹の甥っ子の試合だったんですよ。本来は石田選手のジムが主催すべき試合だったんですが、力不足ということで、井岡ジムに費用を半分負担したもらったという事情をゴトーさんから聞きました。で、ジムの力関係と知名度、それとプロモーションに関する実績から、選手としてはまだまだ駆け出しの(でも評価は高いそうですよ)井岡のほうがメインイベント扱いになったという。厳しいですねえ、こういう世界は。ワタシはゴトーさんのはからいで石田選手からサイン入りの練習用グローブをもらいまして、職場に飾っています。何といっても一つの分野で世界一強い男の「気」が入ってますからね。ウチの職場のお守りです。
2010年01月06日
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ワタシの担当している仕事ではないんですが、年末入金期限の大口の代金がいまだに入っていないらしい。その交渉のために責任者の栗やんが東京に緊急出張。ウチのその仕事におけるポジションは「レップ」と呼ばれます。他の業界ならば「問屋」に近いかな。「広告を出したい」というクライアントがいて「その広告を手配しますよ」という代理店がいます。ただし、インターネット媒体というのはテレビや新聞と違ってとても把握しきれないほど世の中にたくさん存在するわけですね。(このブログだってひとつの広告媒体)そこで「どんな媒体を手配したらいいのかねえ」と悩む代理店に「こんな媒体がおまっせ」とネット媒体を紹介するのがレップ。だから、お金の流れはクライアント→代理店→レップ→媒体となります。今回のトラブルは、「広告を出したけど商品が思ったように売れなかったからカネは払わん」と開き直るヤカラがいて、代理店が「だからウチも払いません」というもの。去年このブログでお話しした詐欺会社とかそんなのではなくてクライアントはれっきとした上場企業。おかしいでしょ?だいたい商品が売れないのを100%広告のせいにされたらたまりません。商品がダメだから売れなかったという発想を持たないところが厚かましい。代理店だって子供の使いじゃないんだから、ちゃんと取り立てろよ。君らの存在意義って何なんだ?お客の小間使いか?同じ広告業界でもテレビや新聞など、いわゆる「マス広告」は違うんですよ。業務の流れはネットも同じ、でも圧倒的に媒体(テレビ局や新聞社)が強い。広告を出した後、クライアントが「効果なかったからカネは払わん」と言っても、媒体は代理店やレップに掲載料を請求します。代理店が「お客がおカネを払ってくれないから待ってよ」なんて言っても「それはそっちの事情でしょ」でおしまい。まあそれが世の中的には常識っちゃ常識ですけどね。要するに代理店というのは媒体の広告スペースを買い取って(業界ではバイイングと言います。そのまんまですけど)それをクライアントに販売しているという構造。媒体を一棟のマンションと考えれば分かりやすいですね。ある一室をクライアントに代わって契約し、そこをクライアントに提供しているのが代理店というわけです。これは本来マス広告もネット広告も同じ。だけど、代理店の役割が根本的に違うんですよ。マス広告の代理店は、媒体に代わって販売活動をしているわけですが媒体のリスクを肩代わりしているんですね。マス媒体は代理店を介在させることで確実に代金回収できる。まさに「売らせてやっている」関係といえます。ところがネット広告の代理店は、お客のリスクを肩代わりしているんです。実際、ネット広告には成果報酬(売れた分だけ広告料金を払ってね)という形態もあるように、クライアントのリスクを肩代わりする形で業界が発達してきたわけで、それが良いのか悪いのか分かりませんけど、お客の横柄、横暴がそこそこ許される土壌があるんです。だからマス広告の媒体や代理店はネット広告を見下しているし、「ネット広告は広告じゃなくて営業代行業」などと言われたりするわけで。今回の件は、ウチは先に媒体に料金を払っちゃってるんです。レップというのは、どちらかといえば媒体の味方なんですよ。そもそも今回はクライアントのほうが訳の分からない長期サイトを強要してきたようで、その段階から怪しいじゃないかと普通の人は思うでしょうが、それを受けざるを得ないのがこの業界なんですよ。ウチの社長がぽつりと言った言葉。「この業界、ホンマ払ったモン負けやな」。その言葉の裏には「ウチも払わなきゃよかった」という思いがあるわけで、うーん、とても健全な業界とは言えないですね。ともあれ、交渉がうまくいったことを祈ります。
2010年01月05日
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今日はまだお休みの人も多いのかな?通勤電車はらくらく座ることができたし、毎日こんなにゆったり通勤できるなら言うことない。ワタシのたった一人の部下であり相棒でもあるK君は身内に不幸があったとかでいきなりお休み。それはいいけど、朝届いたメールの件名「身内に不幸が出ました」ってのはちょっと待て。「出ました」はないだろう、新聞の号外じゃないんだから。今年最初の企画書は、除菌スプレーのWeb販売企画。ファ○リーズとかリ○ッシュとかの「次亜塩素酸ナトリウム系」除菌スプレーと違い、100%天然成分の安全かつ効果抜群の商品。なので、サンプルをブロガーに試してもらおうという地道なクチコミプロモーションを考えました。と言いつつ、テレビや雑誌へのニュースリリースも交えます。やはりマスコミの力は圧倒的ですからね。エッジの立った商品だし、もし取材されたらデカイ。今日仕事始めだった会社も実質的な仕事は明日からのところが多そう。外が暗くなる頃にはビルの中はひっそりして、なんとなく休日出勤しているようでした。
2010年01月04日
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中学校時代、冬休みがあけて最初の登校日にはやったクイズ。「今年の紅白ってどっちが勝った?」数日前の記憶をもとに「白組」などと言うと「それは去年!今年はまだやのにー!」これ、結構ひっかかりました…。紅白歌合戦っていつも思うんですが、もう役割を終えただの、人選が不透明だの司会がマンネリだの、どうのこうの悪口言われるのって放送前ですよね。テレビ番組の評価って結局、面白いかつまらないかでしょ。見られてもいない段階で批判されるテレビ番組って紅白くらいだよな。何度もブログで書いてますけど、ワタシは基本的に紅白好きです。選出の基準が何かは知りませんが、とにかく国内で最高峰の歌手が一箇所に集まるわけじゃないですか。そういう人たちのステージを見たら、いろいろ言われる悪口も全部忘れてしまいますね。実際、「いい歌」を聞いた後で、「でもあの歌手は今年ヒットもないし選出が公正でないから認められない」なんていう人がいますかね?いるかも知れないけれど、寂しい人だと思うなあ。それに、出場歌手はたった1、2曲で自分の世界にオーディエンスを引きこんでしまわないといけないわけで、野球でいえば代打にホームランを義務付けるようなもんじゃないですか。それをやってしまうアーティストはすごいですよ。今回だったらスーザン・ボイルもそうですけど、ドリカムや絢香のパフォーマンスも素晴らしかった。会場に行った人のブログを見ると、絢香の歌のとき(西田敏行以外に)泣いていた人も少なからずいたらしい。分かるよ。なのになんで紅組の勝ちじゃないんだろう?いいけど。逆に、そういう屈指のライブパフォーマーの中に立たされる実力のないアイドルグループはつらいでしょうねえ。せっかく覚えた英語も通じなかったし。だれとは言いませんが。演出のほうは、最近の傾向として大勢のコーラスをつけるのが増えたように思います。その分減ったのはアーティスト同士の共演。これはまあ、昔ほどリハーサルの時間を取れなくなったからだと想像しています。ですが、大人数をステージに上げる手法は、見ようによっては安易に映るので、終盤限定でほどほどにしたほうがいいとは思いますね(何様?)。ともあれ、いちおうタレントやイベントや音楽にかかわる仕事でメシ(の何割か)を食っていて、多少裏方の分かる身としては、あれだけの大がかりなライブイベントを滞りなく動かすのって素直にすごいと思います。ぶっつけ本番みたいな部分もあるでしょうし。ほんと、一度でいいから香盤表を見てみたい。ひとつ感心しなかったことといえば、曲間の場つなぎとかトークの箇所で、みんながめったやたら「歌のチカラ」を口にしていたことですね。テーマを言葉で念押ししなくてもいいでしょ。そういうのは歌を聞いた後に視聴者がそれぞれに感じればいいこと(そう感じるような演出をするのが制作者の仕事)。分かりやすさ重視なのかも知れませんが、あまりそちらの方向に行ってほしくはありませんね。まあなんだかんだ言って楽しみました。来年、じゃなかった今年も期待しています。
2010年01月03日
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初詣がてら外を歩いていて気付いたんですが、しめ飾りをしている家が少ないですね。しめ飾りがないくらいだから、門松なんて全然見かけません。民家だけかと思ったら、商店街のお店も飾りをしていないほうが多い。「謹賀新年」の文字の下に虎が吠えている出来合いのポスターをシャッターに貼り付けて、それで正月のご挨拶、みたいな感じ。商売人がそんなことでいいんですかねえ。新年のご挨拶はお客より先に年神様でしょうが。しめ飾りなんて大して高価なものじゃないでしょう。うちのは1000円で買ったし(店じまいぎりぎりに半額でGETしましたけど)。各家でそのくらいのお金もないとは考えられないので、これはおそらく「まあ、なくてもいいか」みたいな気分が主流ということなんでしょうね。思い出してみれば昨年はクリスマスリースもあまり見なかったし、「飾りもの」全般から人々の気持ちが離れつつあるのかも知れません。こりゃ景気も悪くなるわ。あと、なくなったといえばお正月CMの定番、ククレカレーの「おせちもいいけどカレーもね」を見ていない気がします。「お正月を写そう」のフジカラーのCMはやってましたが、カレーのほうはどうしちゃったんでしょうか。ワタシが見ていないところでやっているんでしょうか。どうしたって世の中は変化していくものですが、お正月はこの世が終わるまで「いつも通り」であってほしいと個人的には思っています。
2010年01月02日
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あけましておめでとうございます。今年はできるだけ毎日書き込んでいこうと思っていますのでリンクいただいている皆様、おつきあいのほどをよろしくお願いします。ここ1、2年ほど思い出したようにしか書いていなかったブログになぜ今年から本格復帰かといいますと、それなりに理由はありまして。実は今年、2010年は数年前から待ち望んでいた年なんですよ。7年ほど前、ちょうど長年勤務した会社を追い出されて途方に暮れていたときあるところで占ってもらったことがあるんです。「しばらくは停滞するね。でも47歳の年は最高の年になるからそれまでは我慢しなさい」と言われたんです。それが今年。で、たまたま昨年末に出ていた雑誌の年末恒例の「来年の運勢」でワタシの生年月日を見たら「2010年は運勢最高」と出ているじゃないですか。おお、一致してるじゃん!(まあ同じ四柱推命ですからね)そういうわけで、そんなに良い年なら日々の記録を残していこうというわけです。そんなことを考えていたら大晦日の夕方に仕事依頼のメールが!HPに「年末年始も対応します」と書いたのが功を奏したか。メールと電話でやりとりして、めでたく元日早々受注一件。いきなりのヒットに「ほんとにいいの?」と思う自分を早いとこ脱ぎ捨てなければ。-----------------------------------なんだか年をとるにつれて、時間の経過が本のページをめくるのと同じように感じられるようになってきました。筋書きがあるとかないとか、そういう運命論めいたものもありますが、それよりも「残りのページ数」がなんとなく気になってきたという、そういうイメージです。小説って、前の半分よりも後の半分のほうが早く読めてしまう気がするのってワタシだけですかね?人生だって、平均余命からするとまだ折り返し点を過ぎたくらいという見方もできるものの、ここから先はあっという間じゃないかという気もします。ワタシの人生も、小説ならばそろそろ大団円に向かって話しをまとめに入るべきページ数なのかも知れません。それともまだまだ伏線やニューキャラが出てくるのか。風呂敷を広げすぎて収拾がつかなくなるのだけは、とりあえず避けたいところではあります。
2010年01月01日
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