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日曜日に奈良に行ってきた。奈良といえば今年は遷都1300年祭ですごいにぎわいなのだけれどメイン会場や東大寺、興福寺、法隆寺といった遠来の観光客の「外せない」スポットを外せば別にどうということはない。県全体がイベント会場みたいなものだからね。ワタシが行ったのは飛鳥方面。ほんとは自前のMTBで走りたかったが、それは体力的に無理だろうということで(だいいち目的地にたどり着けない…)電車で橿原神宮まで行き、あとは徒歩とバス。飛鳥と言えば高松塚古墳とかメジャーなスポットもいくつかあるが、そんなところに行かなくても奈良は散策場所にまったく不自由しない。むしろ目当ての寺や神社に移動するまでの田園風景を楽しむことこそが奈良の醍醐味ではないかと思う。高台から平野を見下ろすと、野焼きしている煙が上がっていたりして、絵画の中にいるような気分。ほんと、奈良に行って観光スポットだけを車やバスで急いで回るのなんて、楽しみを半分放棄しているようなもの。多少時間があまったので三輪神社まで足を伸ばし、山の辺の道に入ってほどほどのところで町に降りた。(山の辺の道を全部歩ききるほどの時間はなかったので)。地図ももたず、あてずっぽで歩いたが、ところどころに標識や看板型の地図があるので迷わない。地面にも目印になるタイルが埋め込まれているのでそれが有る限りはコースを外れていないと分かり、安心感がある。さらには公衆トイレも目立たないながら十分な数が用意されており、こういうのが観光にお金をかけるということなんだなあと感心。このあたりは少し地面が盛り上がった場所があれば、たいてい古墳。そんなのがそこここにボッコボコあるので、中にはさほど大事にされていないものもある。古墳の間で生活するのってどんな感じだろう。駅に向かう途中にちょっと大きめの小山があったのでだれの古墳かと思ったら、最近卑弥呼の墓ではないかと話題になった箸墓古墳だった。今年じゅうにあと3回は行きたい。
2010年05月17日
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近くのものが見づらくなってきたのは、かなり前から自覚している。パンフレットの小さな文字などを見るときは、もうジジイのようにそれを遠ざけて見るようになってしまった。その格好がサマになっているのも悲しい。が、最近はそれでも見づらいものが出てきた。目からの距離を離しても近づけても、薄目にしても目を大きくしても文字の書いてある表面を斜めにしてももはや「読めない」文字がある。老化ってのは一気に来るんだなあ。視力はまだいい、体力が突然落ちるとしたら、と想像するとぞっとする。あまり運動しなくなったのは、体力の低下を知りたくない気持ちが無意識に働いているのかも知れない。
2010年05月16日
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ここのところ青森の人との接触が増えている。今日など一日で三人もの青森県人と電話・メールで打合せをした。一人はキムラさん、フランチャイズ事業のお手伝い。二人目はスズキさん、手作り石鹸を販売するサイトを先日立ち上げた。二人ともネットからお問合せいただいたお客様である。そして三人目のハタチヤさんは、なんと警察の方。ネットビジネスのトラブルで取り調べを受けている会社の取引先リストにウチの名前があったらしく、ウラ取りの電話が来た。ネットで取引先が多いとこういうことがたまにあるのよ。それぞれにまったく関係のない人たちで、この人たちと一時につながりをもっているのは偶然に違いない。しかし、これまでの人生を振り返って、青森出身の人とすらほとんど接したことがないのに(西日本には東北出身者は少ない)なぜ今になって一日三人もの現地在住青森県人と会話しているのだろうか。めぐりあわせとはまことに不思議である。
2010年05月15日
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ネットの無料相談のサイトから電話が入ったのだが、明らかに子供(男子)の声だった。たまに裏サイトなんかで悩んでいる子供からの相談はあるので、それだけで不審には思わないが、たいていそういう電話はだれもいないところでこっそりかけてくるものだ。この電話は、後ろで聞こえる声があまりにうるさすぎた。まさに学校の休憩時間中、一人の携帯電話に大勢が群がって電話をかけている、そんな感じ。何を言っているのか分からない笑い声、怒鳴り声、巻き舌で脅すようなぞっとする声に、しばしば相談者の声が遮られたほどだった。相談内容は、自分で掲示板サイトを作ったのだけれども悪口を書きこまれるのでどうしたらいいかというもの。そんなことを言われても困る。自由に書き込みができる場は宣伝と悪口ばかりになるのがネットというもの。会員制にするか書き込みを承認制にするしかないでしょうと言うと、そうですか、と意外にあっさり相談者は電話を切った。数分後、また電話がかかってきた。今度は違う声である。しかし動物園の檻の中にいるかのような後ろの雑音がさっきと同じ。「先ほどの方ですか?」と聞くと、「いえ違います」。「あの、ぼくは中学生なんですが、頭に十円ハゲができてるんですね」「はい」「これはどうしてできるんでしょうか?」「・・・」「それと、十円ハゲが三つあるんですが、やっぱりそうなると三十円ハゲ と言ったほうがいいんでしょうか?」冗談にしてもまったく面白くない。付き合う義理もないので「相談先をお間違えですね」と受話器を置いた。もう電話はかかってこなかった。おそらく一件目の相談はいちおう「相談」なのだろう。しかし教室の中のガキどもが面白がって、おそらくいじめられっ子が「次はオマエのハゲのことを相談してみろよ」などと脅されて電話をかけさせられたんじゃないか。そんなことを想像した。こういう扱いを日常的に受けていたら毛も抜けるだろう。可哀そうに、と思ったが、ワタシがどうこうできるものでもない。彼がストレスのない生活を送れるように数秒祈って仕事に戻った。
2010年05月14日
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唯一の部下であり同僚である川Pに子供が生まれた。5月5日が予定日と聞いていたので、「子供の日が誕生日とはこりゃめでたい」「堂々と子供の誕生日に休めるな」「連休明けたらパパかよ」と職場のメンバーにさんざん冷やかされたのに、連休が明けて出社した本人は普段通りの顔。なんとなく「生まれたのか」と聞きそびれていたら(万が一、のパターンだってあるし)暗い顔をして「まだなんスよ」。そのまま予定日を一週間過ぎても気配がないということで昨日促進剤を打って、今日めでたくご出産。昼過ぎに電話が入って病院に向かったものの実際に生まれたのは夕方6時過ぎ。往生際が悪いというか、母ちゃんと離れたくないのかこれは相当な甘えん坊に違いない。「生まれました」の電話がなかなか来ないので職場にいるこっちも仕事が手につかなかったではないか。結局ワタシはこの人生で人の親になることはなかったし、この先もおそらくないとは思うのだが、ほんの少しだけ、子の誕生にやきもきする父親の気持ちを味あわせてもらった。ありがとうな。今日、この星の上に生きている人間が一人増えたんだなあと、そんなことを考えてしまった。ガラにもなく。
2010年05月13日
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今朝がた、ツイッターで話題になっていた話。ある一般女性がグーグルストリートビューで東京某所を見たところ、自分の伯父さんが自転車に乗って曲がり角に差し掛かったところが写っていたという。 コメントは「感動の再会。1月に他界した伯父。近所で自転車乗っている姿がストリートビューに。伯父さん、どこ行くところだったんだろう?何はともあれ感激です!」ストリートビューは数ヶ月前の風景が写っているので今はもうない建物を見つけることもできる。(近々このツールを利用したミステリーか推理ドラマが出てくると予想)しかし、亡くなった人を見つけるというのは何という偶然だろう。この女性が、なぜその場所を検索したのかは分からない。別に伯父さんのことを偲んで検索していたわけではないだろう。見たらそこにいた。ならば、伯父さんのほうから出てきてくれたような気さえする。この人は伯父さんのことが好きだったんだろうな。ワタシの父はどこを地図検索したら出て来てくれるだろう。あ、結局ネットに触れないまま死んだので無理か。
2010年05月12日
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めでたくワタシが担当したクライアントのラジオCMが完成。連休明けから6月下旬まで、朝日放送の朝の人気番組「おはようパーソナリティ」で一日ニ回、流れている。食パンのCMなのだが、聞いた方はいらっしゃるだろうか。クライアントと直接折衝しているのは私ではなく別の代理店のN君。ワタシはどちらかと言えば放送局側のコーディネーターである。クライアントはラジオCMがほぼ初めてということもあったので無茶な注文が噴出して困らされるのではと覚悟していたが奇跡的にというか、まったく停滞することなく放送に漕ぎつけた。おそらくN君のクライアントハンドリングがうまいのだろう。若いのに老舗企業を相手に大したものである。そう思って一息ついていると、ついに「おいおい」な要望が出てきた。「放送されているCMを店頭で流したい」という。これは無理。今回のCMは放送局に作ってもらったのでありということは著作権は放送局に帰属するのである。だからスポンサーといえど自由にはできない。実はこの手の要望は予想できたので、予めワタシからN君には「ムリ!ゼッタイ」と伝えていた。しかしクライアントは「広告制作のカネを払うんだから、ウチにだって権利はあるんじゃないのか」と。ここでN君は返答に詰まってしまったらしい。で、お客に直接説明してもらえないかと。まあワタシも著作権について詳しいわけではないが、CMの著作権は基本的に制作者に帰属するものなのだ。だれがカネを払ったかではないのである。もしスポンサーが著作権を主張するのなら、権利を買い取らねばならない。そうすると結構なお値段になる。今回は初めてのご出稿ということでのサービス価格であり、とても権利を主張できる金額ではない。まあしかし、お客が著作権を知らないのは罪ではない。ワタシが説明を怠るならば、そちらのほうが罪である。年をとって、客先を走りまわる仕事はなくなったが、この手のめんどくさい仕事はぐんと増えた。しゃあないか。オヤジにはオヤジ、ということで。
2010年05月11日
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まだまだどう楽しんでいいのか手探り状態のツイッターだが、ようやく自分なりの付き合い方というか、スタンスがつかめてきた。「受信ツール」としてのみ使おうと。それを通じてだれかとコミュニケーションしようとか、そういうことは期待しない(疲れるから)。自分のアイデアを世間に発表しようとも思わない。ただ、ツイッターはジャーナリストや作家やアーチストたちも結構やっているのだ。そういう人たちの比較的「生」に近い言葉を拾うというのは、なかなかに有意義である。たとえば今日など、たまたま昔好きだったテレビドラマ「沙粧妙子最後の事件」を検索していたら脚本家の飯田譲治氏がつぶやいているのを発見。そこからつぶやきのまとめサイト(これはツイッターではない)にたどりついたのだけれど、ファンとしては非常に興味深かった。http://togetter.com/li/18289うん、これでいこう。ツイッターはアンテナ。ということで。ときどき一般人が麻木久仁子さんから言葉をかけてもらったりしているのを見ると、気の利いたことを言わねばと思うこともなくはないけれども。
2010年05月10日
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体育会の強化合宿のような連休を過ごしたのだが、そのうちの一日は伊勢神宮に行ってきた。伊勢とつけなくても「神宮」と言えば伊勢神宮、日本の神社の中でもっとも格の高いところに行ってこの国をよろしくお願いしますと祈ってきた。こういうところに思い立って簡単に行けるというのは、関西に住んでいることの最大のメリットだと思う。しかし連休とはいえちょっと人が多すぎ。内宮にある「荒祭宮」などは初詣でもあるまいし、お参りする人の行列ができていたし。たしかに橋の架け替えなどあって話題にもなっていたが前に行ったときはそれほど人でごった返すということはなかったはずだが…。みたいな話を帰ってきてから友人にすると、「知らないんですか?今、神社ブームですよ」。ほんと!?たしかに書店で雑誌などを見ると、神社を取り上げているものがちらほらある。ふーん、そうだったのか。しかし検索してみると、やたら神社に「パワースポット」というキーワードがくっついているではないか。おいちょっと待て。もしかして、スピリチュアルとか、そっち方面の取り上げ方をしてるのか?エハラとかそういう連中?勘弁してくれよまったく。ワタシだって別に立派な思想をもって神社参りをしているわけではない。外国人に蹂躙されているこの国の現状を見ていると、日本古来の神々を大事にしなければと思っただけだ。同じようにいろんな人がいろんな考えをもってお参りしているのだろうが、「パワースポット」みたいな胡散臭げな発想でお参りするのはちょっと違うと思うぞ。別の友人の話では、パワーを得るための踊りというか体操というか、何やら体を動かす儀式めいたものがあるのだそうだ。神社の中でクネクネと体をくねらせているらしい。それも違うんじゃないの?まあ神社も神社で、パワーストーンとか売ってるし。勘違いでも何でもお参りしてくれればうれしいという、それもまた考えではあるが、うーん。ちなみに、伊勢神宮ではパワーストーンなど売っていない。おみくじすらない。それがなぜかを考えてみようよ。そんなものを求めるお金があるなら、式年遷宮の造営費を寄付すればいいと思うけどね。
2010年05月09日
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とくに書きとめるほどの出来事もなかったので少し前のことを。母から電話があったのである。何かと思ったら「連休の最終日から海外旅行にいくので」「母の日はおらんから何も贈らんでええで」だと。母の日にカーネーションを送っていたのも今は昔。仕事で失敗してそれどころではなくなり、そうでなくても親から借金もしているので贈り物などは億劫だったのだ。「そんなカネがあるなら返せ」とか言われそうで。それがわざわざ自分から電話してくるとは、よほどうれしい旅行なのだろう。そう思ったので別に興味はなかったが「どこ行くの?」と聞いてやると「東ヨーロッパ一週間の旅」だとか。「アタック25で優勝したか?」とボケるがあっさり聞き流され、「スイミングスクールで知り合った奥様に連れていってもらうの」と聞いてもいないことをうれしそうに説明された。まったく、父が死んでからというもの、母のはじけぶりはなかなかにすごい。父は母を家に縛りつけたがるタイプだったので、それなりに窮屈な思いはしただろう。しかし父の死後は趣味に旅行にと、父の遺したお金を早く使い切ってしまいたいと言わんばかりに、凄まじい勢いで消費する母には恐れ入る。ここでこんなことを言うのもアレだが、母は父の葬儀の最中に「これから好きなだけ外に出られるわ」などと軽口を叩いて親戚にたしなめられていたのだ。(こういう空気を読まない無神経な性格はしっかりワタシの遺伝子に刷りこまれている)男は嫁が死んだら抜けがらみたいになる例が多いのになんと元気ですこと。まあとりあえず気をつけていってらっしゃい。こっちも別に土産なんかいらんからね。
2010年05月08日
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ワタシも少し前に書いた勝間和代女史と西村ひろゆき氏の対談の件、女史が謝罪したらしい。ブログを見たが、一言も言い訳なし、「100%自分が悪うございました」という完全ノーガード戦法。お手本のような炎上対応だ。物議をかもした、ひろゆきに対しての「だめだこりゃ」発言にも自分で触れて非礼を詫びている。こういうことが著名人にはなかなかできない。政治家なんかだと「あれはゲストからお話を引き出せない自分の不甲斐無さに対して出た言葉」みたいなことを言って余計に傷を深めてしまうもの。その点さすが女史、スキがない。その辺が可愛くないんだけれども。しかし、勝間和代という人を見ていていつも凄いと思うのはその「打たれ強さ」である。たとえば日経のWeb版でやっている「クロストーク」という対話企画では、鋭い読者にダメ出しされることも結構あるのだが、まったくひるむことなく次の週にも議題を振っている。ワタシだったら絶対ダメ(比べるのも失礼ではあるが)。こんなブログでちょっと批判的なことを書かれてもしばらく書く気が失せてしまう。今回の対談の件では、炎上ブログに寄せられたコメントのすべてに目を通したという。セミナーでしゃべった後に主催者さんがまとめてくれた受講者の感想文を怖くて読めないワタシにはとても考えられない(だから比べるなって)。評論家として、コンサルとしての勝間女史の実力はよく知らないが批判をはね返す、あるいは吸収する能力は抜きん出ていると思う。ただ、こういう、常に戦いを挑んでいるような生き方は疲れないか。絶対上司に持ちたくないタイプの人ではある。
2010年05月07日
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月の営業第一日目が6日というのはなかなかキツイ。今月は営業日が18日しかないのである。それで先月と同じかそれ以上の売上を上げないといけないのだからサラリーマンはツライ。考えてみれば、5月が「短い月」であることは意外に注目されていない。「短い月は?」と問えば、ほとんどの人が「2月」と答えるだろう。商売人は「2月は逃げる、3月は去る」と言う。5月は「強奪される」とか「ごっそりいかれる」くらいのものだがあまりそういう言い方はされない。不思議なものである。不思議といえば、5月の取り柄(?)であるGWもそうだ。もはやお正月やお盆よりも長い一年で一番長い連休なのに、お正月やお盆よりも連休としての「格」が低いように思える。そりゃ神様仏様と関連づいた行事がないからとも言えるが、なんだか新興のIT企業がいくら頑張っても財閥系企業より低く見られるような、そういう扱いの違いを感じるのである。などと、くだらんこと言ってないで仕事だ仕事。
2010年05月06日
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この連休は珍しくアクティブに山歩きなどしたのだが、なかなか面白い発見があった。車を持っていないワタシは電車の最寄駅から登山口までバスで行く。そのバスに一人で乗っている女性ハイカーが何人かいたのである。最近よく言う「おひとりさま」である。あっ「おひとりさま」って独身女性を指すんだっけか?よく分からないがここでは「単独行動を好む女性」という意味で使う。ワタシの見た女性ハイカーたちが独身かどうかは分からないが、年齢はだいたい50代くらいだった。彼女たちは「自分の歩きやすいスタイル」を経験から会得したのであろうこなれたファッションで、かといってダサくもなく、別にアウトドアブランドの服や持ち物で固めているわけでもないが、なかなかカッコイイ。後姿を見ながら勝手にプロファイリングした。休日に山歩きするということは、働いているのだろうか。いや、専業主婦だとしても、子供が独立して好きなように時間を使えるのかも知れない。ダンナがいるとしても、束縛するタイプではないのだろう。自分の趣味に没頭するタイプのダンナなら、休日は嫁がいないくらいがいいかも知れない。姑と同居ではないだろうな。ちなみに、「おひとりさま」同士は会話を交わすことはない。それはそうか。友だちを作りに来ているわけではないし。どこかへ行くときは多くの友だちと連れだっていくのが楽しいと思う人は今でも多数派だと思う。が、そういうのは嫌だという人も増えてきているのだろう。というか、もともと好きでもないのに集団行動につきあっていた人は前から多かったのかも知れない。一人で何かしていると「ネクラ」などと馬鹿にされた時代がたしかにあった。そういうのが過去の話になったのなら個人的にはうれしい。お客が来ないさびれた旅館や飲食店なら「おひとりさま歓迎」の作りにリニューアルするのもいいかも(すでにあるか)。ただまあ、年はとっても女性の一人歩きが危険なのは変わりなし。その点が解消されれば、おひとりさま市場はもっと拡大すると思ったりしたのであった。実に月並みな感想ではあるが。
2010年05月05日
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前日のエントリで書こうと思ったがちょっと本題からずれているかと思ったので今日改めて書く。勝間女史が対談でテーマにしていた「若者の起業支援」である。支援するのはもちろん政府ということになるのだろうが、そんなの必要か?とワタシは思っている。今の日本が「起業しにくい環境」かどうかワタシは良く分からないが、だからと言ってあまり若者をそそのかすのは良くない。交流会のような場に出ると必ずいるのだ。まだ大学生なのに会社を作っているとか、これから作りたいとかいう奴が。話をすると実に幼稚で、「バンドやろうぜ」みたいな感覚で会社を作っているように感じる。労働基準法なんかもよく理解していないようだが、なぜか補助金のもらい方は妙に詳しかったりする。車を運転するには免許がいるし、医者になるには資格がいる。しかし経営者には資格も免許もいらない。これが問題だ。ビジネス的にも人間的にも未熟な奴が思いつきで会社なんか作ったら、かなり高い確率で失敗する。会社が潰れたら社長だけの問題ではすまない。取引先や社員に多大な迷惑をかけることになる。真面目にやったって、ベンチャーで創業3年後に残っているのは15%以下、その中で黒字は5%以下と言われている。その数字を改善しようとするなら「じゃんじゃん起業しなさい」とけしかけるより、むしろ資本金などのハードルを上げて「ちゃんと実力をつけてからチャレンジしなさい」とブレーキをかけるほうが正しいように思うのだが。「多産多死」を加速させて、それを「活性化」などと言うとしたらあまりに無責任ではないか勝間さん。補助金やら減税やらで支援してもらわなければやっていけないような会社は、最初から作らせないほうが世の中のためだろう。というか、たとえ素晴らしい技術やアイデアがあったとしても、人間的に未熟な若者は会社など作るべきではないとすら(以前に仲間と作った会社を潰した)ワタシは思っている。
2010年05月04日
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経済評論家で最近はツイッター愛好者として知られる勝間和代女史と、2ちゃんねる元管理人の「ひろゆき」こと西村博之氏の対談がテレビであった。ワタシは見ていなかったのだが(関西は放送されてないのか)、そこは親切なネット住人がしっかりYou Tubeに上げてくれていて、対談の模様をしっかりと見させてもらった。テーマは「ネットの匿名性の是非」と「若者に起業支援は必要か」。前者は良いとしても後者を何で勝間とひろゆきで対談しなければならないのかよく分からない。もっとも、前者にしてもほとんど議論以前のすれ違いぶりだったが。いちおう番組のホストは勝間らしく、彼女が話題を振る形式で進行されるのだが、なんと言うのか、意見の噛み合わないひろゆきを「やりこめよう」とする勝間が見ていて痛い。そりゃあ、ひろゆきが相変わらずのヘラヘラ答弁なので勝間もイライラしただろう。「ネット言論も発言者が名前を名乗って責任を持て」という勝間と、「たとえ名乗ってもネット上ではそれが本人かどうか分らないから無意味」とするひろゆきが、わずか10分程度で価値観に共通点など見いだせるわけもない(しかしこれを理解することがネットコミュニケーションの重大なポイントである)。消化不良のまま話題はネットの匿名性から若者の起業支援に。ここで勝間がとんでもないことを言い出す。「今の日本は若者が起業しにくい不幸な状態」だと。要するに「若者はじゃんじゃん起業しなさい。国は若者の起業にもっと手を貸しなさい」と言いたそうだったのだが、ひろゆきは「そんなの起業したい人がしたらいいじゃん。それを制限する法律なんてないでしょう」。ワタシもそう思う。ワタシの考えは置いとくとして、さらに勝間は続ける。「日本は外国に比べて幸福度の数値が低い」「昨日より今日、ものごとが良くなっている実感こそが幸福」と、なぜか話が幸福観に向かってしまうのだが、幸福の尺度など人それぞれ。「若者がなかなか起業できないから日本は不幸」だなんて、あなたそりゃ独善ってもんでしょう。世の中には「ただ毎日生きているだけで幸福」という人だって大勢いるのである。ワタシもその一人だ。さらにさらに、結局対談の中で何一つ会話がかみ合わなかったひろゆきに対して、勝間はあろうことか説教を始める。「私は何百人という人と対談したがあなたが一番やりにくかった」「あなたは自分の価値観に合わない考えをぶつけられると自分のフィールドに逃げて行ってしまう」「議論せずに自分の相手に対する優位性を主張しようとばかりする」とどめに「あなたの物言いは相手を見下しているよう」だと。いや、それ、全部あなたにあてはまることなんですけど…。結局この人は、自分と同じフィールドの人(経営者とか成功者とかいわゆる「ものの分かる」人)としか話しできないんだなあと実感。ひろゆきに対しては、ワタシは人間的にはこれっぽちも共感することはできないが、この日の対談はとりたてて変なことは言っていない。相手が自分の考えに同意しない勝間が一方的に切れただけ。おそらくネット住人(ワタシ含め)はひろゆきの肩を持ち、日経新聞を読んでいるような「常識人」は勝間の肩を持つのだろう。どちらが正しいとか言うつもりはないが、「勝間的」な人の価値観で世の中が動くとするとかなり疲れそうな気がする。実りのない対談ではあったが、勝間が「ネットに詳しい人物」として持ち上げられるのはかなり危険だということがよく分かった。それは結構大きな収穫かも知れないが。
2010年05月03日
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宮崎あおい主演の「ソラニン」を見てきた。映画館にである。もはやレンタルDVDすら手が出ないビンボー人がなぜそんな暴挙に出たかというと、この映画の製作にちょこっとだけ、関わったからだ。「関わった」と言っても(もちろん)大したことではない。映画製作など何百人という人が動いているのである。ワタシのしたことは下請けの下請けで、たとえてみれば建設現場の警備員が「このビルの建築に関わった」というようなもの。本当の関係者には鼻で笑われそうだが、かまうもんか。映画の製作に触れることができたというのはおそらくワタシの人生で最初で最後だろうから。映画の出来自体は、うーん、まあ「思ったほど悪くなかった」感じ。「20世紀少年」が先鞭をつけてしまった「原作の徹底実写化」手法に悪い意味で影響されていると言えるかも。セリフはほぼ原作通りで、原作にないシーンは数えるほど。それだけに、どうしても「原作の再現ビデオ」感はぬぐえない。ワタシは原作を知っているが、知らない人にはどう見えるだろう。とくにこの作品は時間の経過をいかに表現するかが大事だと思うのだが、そのあたりがあっさりしすぎというか。種田が姿を消した5日間とか、おそらく芽衣子には何ヶ月にも相当する不安な時間だったはずなのに、いかにもあっけなく連絡がついてしまう。それに5日間ほぼ働きづくめだったと言う種田が無精髭も生えていないツルッツルのキレイな顔をしているのも不自然。そういうことを言うのって揚げ足取りですかね?おそらくこの作品の評価を左右するのはライブシーンでの宮崎あおいの歌や演奏だと思うが、そっちは結構サマになっていた。なのに彼女の歌にセリフや回想シーンをかぶせたりして、もっとしっかり聞かせてくれても良かったのではないか。おそらくアラを見せないためだろうが、それほど恥ずかしい出来でもないように思うのだが。まあでも、ワタシはワタシが関わった部分が確認できればそれでいい。エンドロールにしっかりとそれを確認して、満足して席を立った。
2010年05月02日
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と、特に話題もなかったので何の気なしに人に聞いて直後にものすごく恥ずかしくなった。なんか十数年前の「ゴルフやってる?」みたいで。まあワタシも仕事柄手を染めているくらいでそれほど「つぶやき」はしていない。また、他人の「つぶやき」も熱心には見ていない。というか見ていられないのだな。ブログだと楽天ありヤフーありアメブロありで、いろんなポータルメディアに有名人が分散するが、ツイッターは一つしかないので全員がここに来る。その人たちの「つぶやき」がとめどなく流れ込んでくるので、必然的にすべてのチェックは不可能なのだ。ワタシがフォローしているのは友人より有名人が多い。面白いのは息子とのやり取りが泣かせる水道橋博士、タレントなのにごく普通の主婦のようなことを書く麻木久仁子、相変わらずの松尾スズキあたりかな。内田樹と高橋源一郎のやりとりもたまに興味深い。基本ミーハーである。ちなみに「tweet」は鳥が「さえずる」という意味で(だからツイッターには鳥のイラストが多用されている)「つぶやく」という意味ではない。最初に「つぶやく」と訳したのは誰だろう?それと、最初に「なう」を発言したのは誰だろう?というのが今のところのワタシのツイッターに関する興味である。
2010年05月01日
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