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奇妙な生き物。昨日の昼間、足元でうごめく小動物を認識した。のののののののののののののののののの ここらあたりはもともとムカデの多い土地柄なので、この個体も “ムカデか、あるいはヤスデかな” と すぐに思った。しかし。観察していると、この動物。どうにも動きが 変 。身体をくねらせて動く節足動物にしては、動きがおかしい。のののののののののののののののののののそう・・・身体を曲げずに硬直し・一本の棒のような状態 で 進む。[ハロウィンの]ゾンビのようにつっぱった身体でいながら、しかしそれでも 前に進む。むむむ と おもって 顔を近づけると、すぐにこの生物の正体がわかった。 ↓ それは・・・・のののののののののののののの冬に備えてせっせと巣へ食べ物[おそらは乾燥したミミズ]を運ぶすばらしくチームワークのよいアリさんたち だった。ののののののののそれにしても、 この配置の妙って いったい。。 こんなに規律の良いチームと綱引きはしたないな と そう思いましたよ、ええ。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.29

秀家も 見ていたのかなと思った ホトトギス。錦江湾をはさんで鹿児島市の向かい側にある垂水市。その垂水市の巨大なヘゴシダが自生しているような亜熱帯ともいえる牛根地区の樹林の中で、の ← 3mはありそう まだまだ暑い気候のなか、 元気に開花しているホトドスのお花をみました。ののの ホトトギスのお花の花言葉、それは『秘めた意志』『永遠の若さ』。お花が咲いていたこの場所が、関ヶ原の合戦のあと薩摩に匿われていた 宇喜多秀家の住まわれていた場所であっただけに[なんだか秀家の心情をあらわしているようで]とっても感慨深かったです。の家康の当時の年齢を考えれば、戦に負けたとはいえまだ20代後半であった秀家だけに、心中期するものがあったにちがいない・・・なんてことを勝手に思わずにはおられませんでした。 垂水市側から見た桜島 ↓のの元気の象徴ともいえる、あの錦江湾に浮かぶ活火山である桜島の姿を朝な夕なに見ていれば、だれでもきっとさう思う気がして。 → 竹中半兵衛のお墓編は こちら 。 関ヶ原から時代がくだって、大坂夏の陣のあとに流行っ たという、“花のようなる秀頼さまを 鬼のようなる真田 がつれて 退きも退いたり加護島へ” という俗謡。 この謡は、秀家の鹿児島滞在も踏まえての希望的観測だ ったのでしょうね、きっと。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.25

お花版のスローフードみたいな・・・そんなお話。 次回関連で、2009年分再掲載です。 ↓『お花版のスローフードみたいな・・・。』仏壇のない家がふえているようですね。それに伴って仏壇に飾る お花の 種類も変化してきました。以前、仏花といえば菊。菊でなければいけないといった風潮さえあった時代が夢のようです。 いいことだと思うんです。仏壇はないけれど、故人の好きだった花や自分のすきな花を、写真のそばに活けてみる。たとえば「おばあちゃんの好きだったユリやバラをかざってあげたい」なんて想う心が、なんだかとてもほほえましい。 都市部のお花やさんで売れる仏花はとくにこの傾向が強いのだとか。ヒマワリやガーベラ、バラにデンフェレなどのリクエストも多いといいます。品種に詳しくないお客さんも「明るい花束を」、「ピンク系に仕立ててください」と、注文をされるのだそうです。 ガーデナーとしたら、この傾向をもう一歩すすめたいですね。自分の庭やプランターで作ったお花を飾りたい。リビングや床の間、お気に入りの家具の上においた大切な人の写真の横を自作のお花で彩りたい。 それに加えてこんな楽しみもあるんですよ。それは バラ作りを通じて、同じようにバラを栽培していた故人の体験を、あなたも追体験することができること。 「こんな生育状態のとき、おばあちゃんなら どうしてたんだろ?」とか、 「わたしもピンクのパラが好き、いっしょなんだなあ」なんてかんじで、 バラ作りを通じて時間と空間を越えた故人との会話が可能 になる。 それって、あなたの身体のなかに確かに存在するおばあさんの遺伝子を確認する行為でもありますよね。気のせいかもしれませんが・・・なんだか いいなあ。さらによくよく考えてみれば、こういったガーデニングによる仏花の手作りは、経済が発達する以前の「自然な供養」の姿ではなかったのかなとも思います。そうであるなら、この『手作りのお花で供養』運動は、業者の手にわたっていた供養という行為と「供養花」を自らの手にとりもどす行為ということにもなりますね、きっと。 これって、つまりは お花版の地産地消、お花版スローフード。っていうか 『スローフラワー運動』 ですね。ふふふ。 そうやって、太古の昔からの先人達の努力でガーデニングや 農業は発展してきたのではないのかとも思うのです。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.23

工事ってこれだったのか、と 将門さまの首塚で。7月末の将門さま関連の三社参り時には、表から一礼しただけで通り過ぎた千代田区の将門さま首塚。そのときに気づいたのが、こちら → 「整備のために参拝できない日があります」という、お知らせ。 ↑ふーん、大がかりな整備って珍しいな と思いつつ、9月下旬の小雨が降り続く日にお参りしてみれば・・・ののののの そこには 雨だというのに濡れてない首塚が ありました。そうなんです、透明なプラスチックの波板と目立たぬように緑に塗装された屋根ができていたのです。ののののの おりしも千代田区のこの一角は、再開発の真っただ中。首塚さまの裏手も隣も、さらには道挟んだ向かいもビル建設の真っ最中。上記の整備のお知らせは、将門さまに失礼があってはならぬと、施主ズが考えたがゆえの屋根がけであったのか と 思った次第。そしてやっぱり、なんといっても将門さま関係。施工前にはゃんと神事はしたはずなのに、ここにきて追加の工事とは ひょっとすると、なんか不都合がおこったのかななんておもってしまうのは、これはいたしかたのないことなのでしょうね。 過去の不都合は こちら。 ビルが完成して再開発が終わったあかつきには、この あたりは いったいどんな風景になるのでしょう。 そのときの参拝を、いまから楽しみにしております。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.20

念願叶って将門さま三社へお参り。身体の各部が合体して超強力になるという、ある意味キングジョーをおもってお参りしたということで、夏の回の再掲載です。 ↓『念願叶って将門さま三社へお参り。』今年の夏の個人的なエポックメーキングな話題といえば三社まいりの夢がかなったこと。その三社ですが横の並びにて、 上の段横並びに 中央区日本橋兜町の 兜神社 中の段横並びに 新宿区筑土八幡町 筑土八幡神社 下の段横並びに 新宿区北新宿の 鎧神社の お社になります。 こちらが 兜神社 → ののの こちらが 筑土八幡神社 →のののの こちらが 鎧神社 →のののご存じの方もおおいことかとは存じますが、この三社は 兜神社 合戦時の将門さまの兜が落ちた場所に塚を作った 筑土八幡神社 将門さまの足が祀られている 鎧神社 藤原秀郷が祟りを恐れて将門さまの鎧を祀ったという謂われがあることでしられています[将門さまの祟りについては こちら]。とはいったもの、将門さま関連の神社にお参りしたときに共通してかんじるのは、地元の尊敬を集められているところ。今回も 筑土八幡神社さまでの 唱歌 ♪金太郎の碑や、鎧神社さまの境内にある幼稚園から聞こえる子供たちの元気な声、さらにはお昼どきの兜神社界隈の証券マンの皆さんの、ちよっとに参拝して一息いれられている風景に 接することができて、いずれのお社も地域の鎮守神様のたたずまいにて、お参りをすませたあとは、なにかこう心にほっこりとした暖かいものを感じた次第です。 三社参りということで、今回は将門さまの首塚はお参りせず 階段の手前でのご挨拶のみに。 めずらしく整備のためのお知らせをパチリ。 ↑ 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.19

合体すると強力になるロボットといえば。M78星雲出身の宇宙人であり、地球人に変身してウルトラ警備隊員として地球に滞在、地球の侵略を目論む宇宙人や宇宙怪獣と戦うといえばウルトラシリーズに登場するウルトラセブンですが・・・リアルタイムでセブンの放送をみていたもののひとりとして、セブンを徹底的に痛めつけたセメントファイターとしてあげたいもの、それが キング・ジョー です。動画は こちら。戦う相手を[前シリーズのウルトラマンよりも]淡々と というか、むしろあっさり・さりげなく片づけてしまう観のあったセブン の うえをいって、セブンのかける技をことごとくはね返し、いとも簡単に ねじ伏せてしまうキングジョー。ののキングという名前を冠するにふさわしい、まさに帝王! そのものでした。あまりの強さに、しょうじきファンになってしまいましたよ/笑。登場時にながれる電子音と相まって、恐ろしいとはいえない・旧式の潜水服にも似たその無機質な姿は、いえ無機質であればこその冷徹さで 満ち溢れていたように思います。そして このキングジョー。のののUFOにも見える4つのパーツに分かれて飛行もするのです。ほんと、スゴすぎ。 格闘場面でセブンにフェイシァル・クローを仕掛ける キング・ジョー。この放送の数年前に、初の武道館で のプロレス興行であった馬場VSエリックのファイトに 似てて、その点でもニンマリ。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.15

バケツ稲、晴れ姿。 初夏の風薫る 6月。 本年も 穴守稲荷様の境内に毎年恒例となったバケツ稲が登場しましたよ。ののの ののののの と、ご紹介してから ほぼ4ケ月。9月の末に バケツ稲は収穫のときを むかえました。ののの ご神前に そなえられたバケツ稲の晴れ姿 が こちら。ののののの まさに 穴守さまのご紋章だなと、納得。。ののののの とはいったものの、穴守さまの別の顔が こちら。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.11

イネの守護神。イネとイネつくりに関係した神様、それがお稲荷さまです。 稲成りに、稲生り(いねなり)で、稲が成育すること、 また 稲つくりを担(にな)うこと、すなわち 稲荷 。そうした理由から、古来より人々は伏見稲荷に参詣し、稲荷山の土を持ちかえります。稲荷山の土を戴いて、それを自分の田畑に撒けば五穀がよく稔り、害虫がつかないという素朴な信仰のかたちです。 前つがたは諸国の農民山州伏見稲荷山の土を求田毎に入れば 保食神の加護にてよく実のるとて皆人ごとに土をもとむ。と、大阪の随筆家であった田宮仲宣・文永壬午年〔1822〕刊の随筆集には、この稲荷山の土に関して書き留めてもいるようです。この風習が、のちのち各地神社の現代でも見受けられる「清め砂」や「御神砂」となっていったのかもしれませんね。そのような日本民俗信仰における稲作の神、お稲荷さま。仕事がら自分は、個人的に羽田の穴守稲荷神社にお参りさせていただいております[以前掲載した 不思議な砂の話 の回でご紹介した「御神砂」は、じつは穴守さまからいただいたもの。そんな穴守さまの紋どころには、はっきりとイネの姿が描かれております。そして、キツネのお話です。狐が稲荷神そのものであると誤解されている方もいるかもしれません。たしかにどこの稲荷社の境内にもおキツネさまばかり/笑。しかしキツネはあくまでお使い〔中世以前にはキツネの姿はみられなかったといいます〕。穴守神社のご祭神は、紀記などで食物の祖神・農耕の神とされる保食神、豊受姫命/とようけひめのみこと。 女性神であらせられます。 文中の随筆家・田宮仲宣さんっておもしろい> 別の随筆集にかかれているとのこと・・・「以前ある人の子に狐が 憑いた。この狐、たいしたもので諸氏百家を暗記しており、誰もこ の憑いた狐との問答に勝てなかった。しかしある人がある質問を したら、あっさりと観念して離れたのだそうです。さあ、諸氏百家 を暗記していたという その狐がわからなかった質問 です。 あなたならなんと問われますでしょうか? じつは・・・・ 論語の中で、「子曰く」とは何回出てくるか と問うと、狐は観念して離れた。と、いうことでございますが・・・はげしく納得/笑。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.11

祟りの境界線。2009年分の再掲載です。次回関連ということで、よろしかったら。 ↓『祟りの境界線。』とある農業県の山中の芋畑の脇、整地されていない草むらに放置されたままの状態で、二つに重なって倒れたままの墓石があります。いつのころからここにあるのか・・さえ、いまではわからない墓石。墓地ならともかく、ただの山中にポツンと取り残されている墓石です。なんとも、わり切れない話ではありませんか。この土地、この地区には心ある人が、ひとりもいなかったというのでしょうか。改葬するなり・場所を移動するなりして、放置されたかたちのこのお墓を供養してあげようという奇特な方はいなかったというのでしょうか。と、まずはおもったんですね。しかし、移動できないわけがあった。どうにもこのお墓、触れるだけで罰が当たるというのです。 「墓石に触っただけで手が腫れた」 「墓石を跨いで、病気になった人がいる」 「供養の意味でお酒を注いだら目が腫れてしまった」と、いうのですから穏かではありません。とにもかくにも、現地の人々にとっては現在のところ、『触らぬ神に祟りなし』がいちばん最良の方法だと考えられているというわけなのです。したがって、これまでどうり、このお墓は未来永劫、ここにあり続ける定めになっていることになりますね。 kkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkk ところで気になるのは、このお墓に祀られている人物。墓石に彫られているのは 『道雪禅定門』 という文字。さらに『享保13年』。・・・・享保13年は西暦1728年。そして『禅定門』とは、武士か、あるいは お寺の住職の妻。を指す言葉なのだそうですよ。明治時代以前の戸籍というべき、お寺の過去帳をひもとけば、この人物に関する記録がわかるのではないか・・・とも思えます。しかしですね、この地区のお寺は明治時代の廃仏毀釈により破壊され、過去帳もなし。くわしいことは、まるでわからないということです。個人的には、廃仏毀釈により破壊されたお寺の関係者〔住職の妻〕が、お怒りになっているのではないかと考えたいところなのですが、そのお寺にあったはずのほかの墓石などはまったくみつかっていないのですから、そうとばかりもいえないようです。よくよく考えてみれば、廃仏毀釈によって何も分からない状態になってしまったそのこと自体が、むしろ一番に恐ろしいのかもしれませんねえ。 注〕廃仏毀釈 日本において明治維新後に成立した新政府が1868年(明治元年)3月に 発した太政官布告神仏分離令、1870年(明治3年)の大教宣布など神道 国教・祭政一致の政策によって引き起こされた仏教施設の破壊などを指す。 神仏習合の廃止、神体に仏像の使用禁止、神社から仏教的要素の払拭 などが行われた。祭神の決定、寺院の廃合、僧侶の神職への転向、仏像・ 仏具の取り壊し、仏事の禁止、民間への神道強制など急速な実施のため に大混乱となった。 単なる物質であるいち鉱物に、人の魂は依り憑く(よりつく)こと ができるというのでしょうか。依り憑くことができるのは、個人の 名前が彫りつけられてあるが故?あるいはその場所?そこにおかれ た時間の長さ?それともほかに理由があるというのでしょうか。。 土を分析する身としては、そちら方面が気になります。 「夢で終らせない農業起業」 「 本当は危ない有機野菜 」
2015.10.09

土には空気を。 植物の生育が悪くなったときの改善策として、土に空気を入れることもお薦めですよ・・・というおはなしです。前回の 土の妖怪・泥田坊のはなし にもつながりますですので、参考までによろしかったら。 ↓ 左は、フレンチ系の生育をそろえたラベンダー。 右は、生育をそろえたデンタータラベンダー。 鉢に穴を開けることで、空気が供給され、新根の出る場所が確保されるというわけですね。春から秋にかけては、だいたいひと月に一回の割合で、鉢の大きさにあわせながら穴を開けています。ただし、この穴明け作業は、寒さで伸びが止まる冬の間は控えていますよ。 穴を開けるための道具はこれ。 大きい鉢用のドライバーと、小さい鉢用には握りをつけた鉄線を使用しています。 お気づきになった方もおられると思うのですが、土ってえらいもんですよね、長年つかっているうちにこの写真のように鉄の先端をすりへらすわけですから。。感心してしまいます。 そしてこの管理法のもう一つの利点は、植物を栽培するスペースがなかなかとれない場所での栽培をある程度は可能にすること。そして、大鉢のラベンダーでも、薄いプラ鉢のまま、そだてることも可能なんですよ〔飾るときに好みの鉢カバーに入れられます〕 ↓ 。 鉢の植物の生長がどうにも悪い・・・という方、これ以上鉢を大きくせずに育てたてたい・・・という方、 にはお薦めの技術です。やってみたいと思われた方は、最初はひとつの穴でもいいですから、効果を確認しつつ試してみられてはいかがですか。 ただし鉢土に生の有機物をたくさん施される方には向かない 技術ですので、この点は注意が必要です。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.10.04
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